──トーマス=◯ジソン
思ったよりも好評っぽくて死ぬほど嬉しいのですが、続きのエピソードや設定をやんわりとしか考えてなかったなんて言えない……!
それと、後出しにはなってしまいましたが独自設定タグを増やしますた。
人間というのは退屈を嫌う生き物だ。
それは個人という話ではなく、人類という種全体の括りにおける話。
平穏を望み、平和を謳いながらもそれを謳歌できた者がどれほどいたものか。停滞には刺激を。日常には変化を。そういったものを望む、あるいは望まなくとも押し付けられるのが、人間の性というものだ。
まぁ異論はきっとあるだろう。あくまでこれは、私が見聞きした世界での話。家庭と、近所と、学校と、路地裏。私が知る限りの世界はその程度でしかないのだから。
けれど、その彼らの大半が同じような本質を持っているのだとしたら、きっと外の世界も同じなのだと思う。
私だって退屈は好きではない。別に身体が血と闘争を望んでいるとか、そこまでマッドでもないけど。でも代り映えのない日々というのは、やはり中々に辛いものだ。
世界には一生寝転がって生きていたいとか、何もしないで生きていたいとか、そういう怠惰な願望を持つ人だっていると思う。そんな人はよっぽどの面倒臭がりか、もしくは平穏とは程遠い日常にでも身を置いているのだろう。
別に彼らの願いを真正面から否定するつもりでもないけれど、なんというか、ひとつ、経験者として言わせてもらうと。
『何もしない』という行為こそ、人間から最も遠い行いじゃないかな。
結局、人はどうあがいても何かをしなくちゃいけないわけで。それは食事だとか、呼吸だとか、そういう生物的な話じゃなくて。
なんというか、そう、人はまず赤子として生まれる。そこから世界へと干渉し、様々な刺激や感情を受け、感じていくことで赤子は人間となるわけだ。
つまり、人間とは行動によって人間たり得る。
だからこそ、文字通り何もできない人間というのは、果たして人間と呼べるのか、呼べないのか。
……うーん、ちょっと哲学っぽい話になってきた。
やっぱり、ずっと一人でいるとくだらないことばっかり考えちゃうんだよね。変に思考をこねくり回して、答えのない問題を考え続けるみたいな。
たしか以前の私はもっとのほほーんとしてた筈。だって学校に通うような年齢なんだもんね。そのくらいの年頃の子供なら、もっとお馬鹿な事に思考を費やしてると思う。
なんかちょっと話がずれて来てしまったので、とりあえず先に結論から言ってしまおう。
ああそうだ、つまるところ、私が何を言いたいのかといえば。
「──ケルシー先生。私って、オペレーターになれないんですかね」
ほら、敵陣に放り込めば凄いことになりそうでしょ。
◆
「却下だな」
『ええー、意外と名案だと思ったんですけど』
人間についての持論を展開するタレスの結論──というか提案に、ケルシーは眩暈を覚えた。
思わず即答してしまうくらいには、突拍子もない嘆願である。
オペレーター。ロドスの職員の多くがそれに分類され、各作戦の実行に従事する者たちのことだ。医療オペレーターや他多数のオペレーターはそれに留まらぬ業務を任されているものの、概ねはそのような職種。
彼らの中には感染者、非感染者問わず、鉱石病に対し並みならぬ感情や因縁を持つ者も多い。だから、物凄く都合よく解釈すれば、ある意味では彼女にもその適正はないわけではなく。
──だからといって、許可などするわけがないのだが。
「そもそもの話、戦えるのか? 自身の持つアーツさえ不明だというのに」
『あ、それ言っちゃいます? 私が自分の能力さえも分からないおバカさんだって言っちゃいます?』
「少なくとも、自分の実力を計れないようではな」
『うわーん、ひどい』
それ以前にもっと根本的な問題があるだろう。喉を登りかけた言葉を、寸前で押し止める。
まず、彼女は動けない。当然だ、肉体の大半が源石と化しているのだから。
現時点で彼女に可能な行為といえば、言葉を交わす会話のみ。それだけでどうやって戦闘に参加するというのか。
いや、彼女が言う通り、戦場に出撃させるだけで文字通り『凄いこと』にはなりそうだが。
だがそれは決して戦術的に──どころか人道的に有効な手段とは言えず。
それに限った話だけではない。タレスという存在を外部に晒した時、与えうる影響は計り知れないだろう。
一般人、感染者、研究者、集団、組織──国家。
鉱石病に対する好悪の姿勢によらず、このテラの大地のすべてに、波紋を与えかねない。
それほどまでに、彼女の存在は特別で、異質だ。
「そんなに外に出たいのか」
『え? いえ、別にそういうのが目的ってわけでもないんですよね』
タレスは言って、うーん、うーん、と。子供のように唸る。彼女の癖のひとつだ。自身の頭の中にある曖昧な言葉を、形成しようとする時の。
『……ケルシー先生。先生は、退屈ってどれくらい嫌いですか』
ややあって投げ掛けられた問いは、先ほどの話の続きのよう。
「そうだな。私としては、あらゆる時間を極力無駄にしないよう心掛けている。退屈な時間というもの自体があまりない」
効率的に、無駄なく。自身の体調を整える意味でも休息は必要だが、娯楽に意識を割くことはほとんどないだろう。
時にストイックとさえ呼ばれるその性質は、ケルシーとて理解している。
「だが、ああ。そういう意味では、退屈というのは好きではないな」
『うーん、思ってたのとちょっと違いますね……。まぁいいや』
あっさりと質問を終え、タレスはもう一度唸りをあげる。これは時間が掛かるか、と何気なく考えたとき、隔離室のマイクは彼女の小さな音を拾った。
『……私はね、先生』
その声には、強い感情があった。喜怒哀楽、そのどれにも該当しない、しかし確かに一方向へと向けた静かな
『──退屈っていうのが、すーっっごく苦手なんです』
まぁ、今はしょうがないから我慢できますけどね。
そう言葉を続ける彼女の唇は──ひどく、歪んでいた。
◆
無骨な靴音が、無人の廊下に反響する。
タレスの保護──あるいはケルシーが彼女と初めて相対してから数日が経っていた。
だが、ある意味予想通りというべきか、想定以上にというべきか、状況に進展はない。ケルシーは彼女の扱いを曖昧なままに、未だにどうするべきか計りかねている。
他の患者と同じように健康診断を行ったものの、その情報はほとんど当てにならず。むしろ、より一層彼女の異常性を知らしめる一因となってしまった。
外部に情報が漏れぬよう厳命してはいるものの、ロドス内では未だに彼女とその影響を受けた回収班の噂で持ち切りだ。
結局、今ケルシーにできることは、タレスの話し相手になってやること。それだけしかない。
──彼女は素直だ。
言葉の内には精神疾患の予兆は見られず、非常に友好的。検査にも進んで協力し、価値観についても平均的な一般人に部類される。
少々気楽な性格のようだが、学校に通っていたとの事から、年齢的にもそうおかしな話でもない。
そこに異常性さえなければ、彼女は人々の中心にいたのだろうか。
「考えても詮無きこと、か」
長い長い廊下に、ケルシーの呟きが溶けて消える。
『ロドス』という個の存在として見るならば、彼女の存在を受け入れ、正面から向き合うことが正しいことだろう。
だが、組織に所属する個人の単位で考えるならば、あまりにもリスクが伴う。
結局、どちらを選ぶべきか判断できない。それが、進展しない現状を生んでいた。
何をすべきかは、相変わらず分からない。けれど、
靴音が止む。ケルシーの眼前には、オペレーター用の宿舎の扉。
軽く息を吐き、意識を入れ替える。
扉の横にあるインターホンのボタンを押せば、簡素なブザー音が鳴り響いた。
『……どなたですか』
機械的な雑音の後に続く、疲れ切った男の声。スピーカーを通じてもなお、その声量には覇気のなさが窺える。
「ケルシーだ。様子を見に来た」
『け、ケルシー先生ですか? 今開けます、少々お待ちください』
再びの雑音の後、扉が開く。出て来たのは、ひどく窶れた男だ。精強な顔立ちには青白さが残り、頬も少し痩せこけている。
「ケルシー先生、わざわざご足労頂いてすみません」
「これも業務の内さ。気にする必要はない」
彼こそが回収班の一人。
タレスの『毒』を直視し、精神に著しい傷を負った者。
そして──その中で唯一の、回復傾向にある男だった。
◆
「調子はどうだ」
綺麗に整頓された室内へ通され、来客用の椅子に座ったケルシーの第一声に、男は何とも言えない顔を返した。
その両の手にはそれぞれ陶器のカップ。香りからしてコーヒーだろう。
「……とりあえず、どうぞ」
「いただこう」
返答の先送りであることは、お互いに承知の上だ。しかしケルシーは、彼を責める気分にはなれなかった。
差し出されたカップに口をつける。
インスタントの安物ではなく、さりとて高級品でもない。普段から飲むには丁度いい味だ。
男も同じく自身の分のカップを傾け、ほうと息を吐いて机に置く。
「……調子は、あまり良いとは言えません」
静寂を破ったのは、男の声。己の罪を告解するような、咎人の如き声だった。
「彼女──タレスちゃん、でしたか。あの子の姿が、ずっと頭から離れないんです」
俯く彼は、選ぶように言葉を綴る。その姿はある程度の落ち着きを見せているようだ。
酷いものだと、まさに発狂と呼ぶべき状態の者もいたのだ。それと比べれば、彼は十分に理性的といえる。
「俺だって、感染者の端くれです。単純ですけど、同じように苦しむ人を保護するっていうこの仕事には誇りだってあります」
黙って男の話に耳を傾けるケルシーから見ても、彼の言葉に嘘は見受けられない。
どうにも誠実な男だった。その純粋さが、彼の心に深い亀裂を与えたのだろう。
でも、と言葉を続けた彼は自身の顔を掴み、呻く。
「あんなの、あんな状態の子がいるだなんて、考えたこともなかった。……今でも覚えています。彼女を助けようと手を伸ばした時、俺は、恐れた」
「だが事実として、彼女はここに居る。君は自身の使命を全うしたわけだ」
「ええそうです。そうでしょう。──他に、誰も動けなかったんですから」
タレスに対し抱く感情は、実際に相対したケルシーにもある程度の理解がある。
まず、恐怖だ。眼前の存在を認識した脳が、『それ』を人間と認めようとしない。意思を持ち、言葉を解する源石の塊。あまりにも冒涜的で、救いようのない怪物。
そして『それ』を『彼女』と見なそうとした瞬間、己の理性と思考に矛盾が生じる。
結果的にそれは、受け入れざる存在を受け入れねばならないという、ひどく困難な状況を産み出していた。
目を塞いではいけない。目を反らしてはならない。まさしく、ロドスという組織にとって致命的な毒と呼ぶべき存在だった。
「みんな、ひどい有り様でしたよ。固まって、震えて、叫び散らして逃げたいのに、それだけはできないって心の底で分かってるから、動けなかった。俺だって殆ど同じ気分でした」
それだけでも、十二分に強いだろう。
精神に異常をきたしたということは、彼女と向き合おうとした証でもある。つまりそれは──回収班の全員が、決して逃げはしなかったことの証明に他ならないのだから。
「……こうして、多少はマシになってきても思うんです。彼女に手を伸ばすのを躊躇った俺に、もう一度同じことができるのかって」
最後に、己へと向けた疑心と共に、男は重苦しく息を吐いた。
再び、室内に静寂が落ちる。
完全に俯いて、言葉を失った男。ケルシーもまた、彼に掛けるべき言葉を考えていた。
このまま意気消沈していても、男の精神が快復することはないだろう。深く突き刺さった楔は、抜けることなく彼の心を抉り続ける。
このままでは業務にならない。──などという実利的な話を抜きにしても、放置はできない様相だった。
彼が変わるには、そう──何か、行動が必要だ。
「彼女に──タレスに、もう一度会ってみるか」
「え?」
その提案はケルシー自身、直前まで考えてすらいなかったこと。
しかし、悩み、迷い、未だ答えの出せない彼にしてやれることは、慰めでも叱咤でもなく、もう一度タレスと向き合うことなのではないか。
危険な賭けであることは当然だが理解している。そしてそこに僅かばかりの焦りが含まれていることも、自覚していた。
ロドスはいずれ彼女を受け入れなければならない。停滞する現状に、何か変化を与えるならば、今しかないのだとケルシーは思うのだ。
「無論、強制はしない。医師として当然だ」
「俺は……」
口ごもる彼は目を瞑り、何事かを考えている。その心中にある葛藤はどれほどのものか。他者の感情の推量などできはしない。それでも、その一端ばかりは理解できる。
長く、長い沈黙だった。ケルシーのカップが底を見せ、乾くくらいには。
やがて、結論を見つけたのだろう。目を開いた彼は、ケルシーを真っ直ぐに見詰める。
「──会います。いえ、会わせて下さい」
「覚悟はできているんだな」
「はい。……まだ少し、怖いことに変わりはありません。ですがここで本当に逃げてしまえば、何か、致命的なものを取り落としてしまいそうで」
それさえも怖くて、恐ろしいのならば、と、男は笑う。
「当たって砕けろ、ってヤツですよ」
そう言い切った彼の顔は、覚悟と呼ぶにはあまりにも弱々しかった。
Q.もしまかり間違ってタレスがオペレーターになったら?
A.戦場に突如現れる車両。数人の防護服を着た者たちが飛び出し、おもむろに原石の塊を運び出す。手際よく高台へと設置され、訝しむレユニオンの鼓膜へと唐突に声が響く。
『よーし、私も頑張っちゃいますよー』
発狂するレユニオン。巻き添えで発狂するオペレーター。指揮系統は瓦解しドクターも発狂。戦場は今日も地獄である。
だいたいこんな感じなのです。
ちなみに本作、タレスちゃんが主人公というよりも、彼女を取り巻く人物たちの物語という感じです。