ダンジョンでできちゃった婚をするのは間違っているだろうか   作:たわーおぶてらー

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謎の閃が産んだ迷作




できちゃった①

 

 

 

 アルス・ラドクリフという男は英雄だ。

 

 

 迷宮都市最大派閥の一角たる【ロキ・ファミリア】の誇る精鋭にして、対格たる【フレイヤ・ファミリア】の筆頭たる【猛者(おうじゃ)】オッタルと唯一対等であるLv.7に至った現在における頂点の片割れ。

 二つ名は公式非公式を問わなければ十を超え、神々はその在り方を面白がりながら恐怖する。

 偽りなき神殺し(ゴッドスレイヤー)にして最速昇格記録保持者(レコードホルダー)、数多の闇派閥の構成員を討ち取り、ダンジョンにおいては最前線にて不落の城塞と化す英傑。

 

 その身は決して砕けることがなく、その心は決して折れることがない。

 大地を砕く剛腕、不動なる豪脚、不壊なる剛体。眼には消えぬ光、心には不滅の炎。

 ただ一人の為にと死線を駆け抜ける姿は多くの冒険者を奮い立たせ、同時に神々をも湧き上がらせ畏怖させた。

 その道程を阻む者であれば、たとえ神であれども弑逆する。

 本来禁忌であることすら成しながら、しかしその在り方に微塵の曇りもない理想的な英雄の姿。

 

 故に、神々より与えられた二つ名を【貴き者(ハーヴァマル)】。

 

 恐ろしき道化の神に従う綺羅星の如き男。

 曇りなき英雄として語られていた彼が初めて心の底から折れかけ、不安と絶望に苛まれることとなる事件を彼のファミリアではこう呼んだ。

 

 

 

 

 

 ──剣姫デキ婚事件、と。

 

 

 

 

 

 

 できちゃった婚。略称をデキ婚。

 

 これは二人の同意のもと結婚前に子どもを授かる『授かり婚』とは違い、二人が予期せずに子どもを妊娠してしまった状態から結婚に踏み切ることを指している。

 授かり婚ならば計画性も感じるし前向きではあるが、できちゃった婚となると後ろ向きなイメージを拭うことは難しい。

 どれだけ言い繕っても、避妊する努力を怠った結果、予想外の形で命を宿すこととなったと言われる可能性が残る。

 そして大抵の場合、責められるのは男であり病んでしまうのは女である。これには諸説あるが、迷宮都市オラリオにおけるギルド調査によればこの傾向にあるらしく、中には妊娠した女性を責め立てる心無い者もいるらしい。

 

 そういった輩が湧いてこないように対処せねばならぬ、と頭を悩ませるのはオラリオにおける最大派閥の一角で副団長を務める女だった。

 名をリヴェリア・リヨス・アールヴ。紛うことなきエルフの王族にして、できちゃった婚をやらかした団員の尻拭いをやらねばならぬと義務感に追われる哀れな女である。

 

「その、なんだ、申し訳ない……」

「謝らないでくれ。お前たち自体はそう悪くないだろう……」

 

 沈痛な面持ちで女王に頭を下げるのは人間であり、【ロキ・ファミリア】に所属する第一級冒険者。

 名をアルス。現在、ファミリアどころか迷宮都市全体で数えても二人しかいないLv.7への到達者にして、今回のできちゃった婚騒動の張本人である。

 心に炎を灯し、多くの偉業を成し遂げ、その背を以て大勢の家族を導いてきた青年は今、ともすれば自死しかねないほどに思い詰めていた。

 

「…………俺が悪いんだ。祝いの席だからと酒に吞まれ、後輩のカップルに影響されて恋人が欲しいとか叫んであの娘を刺激した俺が悪いんだよリヴェリア……」

 

 事の発端は、凡そ二ヶ月前に遡ったある日のこと。

 酔い潰れたアルスを部屋まで送った少女が送り狼と化し、避妊という概念を投げ捨てて一発カマしたところから始まった。

 初めてだったこともあり、翌日には少女の母親役を務めるような者であるリヴェリアにバレ、しかしお前たちが交際するならそれはそれで認めようと話はそこで収まったはずだったのだ。

 問題は、主神や他のメンバーに隠れてこそこそ付き合いながら過ごしていた二ヶ月間で避妊に失敗したとかしなかったとかいうわけではなく、最初の一発が致命的(クリティカル)だったことである。

 さもありなん、二次性徴を終えた少女の肉体は子を宿すことを可能としていた。

 タイミング、時の運と呼ばれるものさえ味方すれば子宝を授かることはなんら不思議なことではなかった。

 

 それに気がつくことなく凡そ二ヶ月を過ごし、朝食を食べて腹ごなしをしていた時に唐突に起きた少女の体調不良。

 慌てて対応したアルスとリヴェリアだったが、リヴェリアが救護院に連れて行って発覚した妊娠という事実は、彼らの立場を考えるとあまりにも重すぎた。

 二人の間には確かな愛情があり、幼かった頃から彼らを見守ってきたリヴェリアも懐妊自体は慶事だと捉えているが、それを素直に良しとしない輩が多数いるのもまた事実。

 子どもを堕せなどという愚物が近くにいないのはほぼ確かなのでまだいいが、心無い言葉で傷つく可能性だけは拭えなかった。

 特に妊娠した少女のことを思えば彼らの主神は一時的であれアルスを非難する可能性は極めて高く、同調した馬鹿どもとアルスとの間で争いが起こる可能性も高い。

 そういうバカ騒ぎを娘のように愛する少女が初産で悩んでいる近くで起こされるわけにはいかず、かといって素直に公表すれば前述の通り騒ぎになりかねない。

 騒ぎになれば子を宿したことで不安定になりやすい少女によくない影響が出る可能性は捨てきれず、かといって内密にするわけにもいかない。

 だが、とにかく妊婦の負担になることは排除しようと潔癖な程に気を配ろうとする男女経験皆無のエルフと、いきなり子どもが出来て絶賛動揺中の二十代の男が顔を突合せて悩んでも答えが出るはずなどなかった。

 

「やべぇ、やべぇよ。子ども? 子どもってのはやべぇよ。もちろん結婚はするけど妻子持ち冒険者なんて危ないこと今すぐやめて居酒屋でも開いた方がいいのか……?」

「まあ待て落ち着け。あの娘がどうしたいかにもよるだろうそこは」

「腹に子ども抱えてダンジョンに潜るのはダメだ。どれだけ泣かれても止めるぞ」

「それには同意するが産んだ後だ。人生は長い。これから先をしっかりと生きていく為にはより慎重に選ばねばならん。お前に居酒屋の店主が務まるかどうかは怪しい」

「ぬぅーん……」

 

 会話内容は極めて真っ当だったが、目の前に存在している問題からは目を逸らしていた。

 個室でうんうん唸る二人だが、次の遠征までには団内に周知しなくてはならないのだと理解はしているのだ。

 ダンジョンの深層へと向かう遠征は初期段階とはいえ妊婦を参加させていいものではなく、幹部候補である少女を理由もなく省くことは出来ない。

 そうなれば来月に迫る遠征までに少女の不参加を確定させる必要があり、その為には団内への周知と少女自身への説得が不可欠だった。

 

「詰んでないか?」

「騒ぎになるのは避けれんだろうな」

「親指が疼くぜ」

「やめろ縁起でもない」

 

 団長の特技をネタにして遊び出すアルスを窘めたところで、部屋のすぐ外で止まった足音に二人して口を噤む。

 控えめな扉を叩く音に入室を促せば、恐る恐る扉を開けて部屋に入ってきたのは渦中の少女だった。

 

「……邪魔、だった?」

「大丈夫だよ。おいで」

 

 部屋に入ってきた少女を手招きし、横抱きにして膝の上に座らせる。金の髪を手で梳かせば心地良さそうに目を瞑る少女の姿。

 リヴェリアはそれを見て目を細め、アルスは表情を和らげた。

 

「なんか馬鹿らしくなってきたな」

「否定は出来ん」

「……?」

 

 何やら二人だけで楽しそうに笑いだしたのを見て、何となく不満を感じた彼女は不満そうな目でアルスに抱き着くことで意志を表明。

 苦笑いを浮かべた彼が長い髪を一房手に取って口付けた。次いで額、頬へと唇を落とす。

 母親(リヴェリア)の手前、ここまでだと切り上げれば機嫌を治したのか目を閉じて体を預けた。

 

「ロキに言おう。あんまり騒ぐようなら拳でケリをつけてみる」

「大丈夫か?」

「どうせ隠せないんだ、ロキだけ呼んで味方に引き込めるまで説得するよ」

 

 それがかなり難しい事というのは想像に難くない。彼らの主神ロキは彼女を溺愛している為、交際の未報告に加えて妊娠となれば大荒れは確定である。

 それ故にどうしたものかと頭を悩ませていた二人だが、長年共にいる少女の幸せそうな姿を見ていれば不安も多少は和らぐというもの。

 これから彼女の幸福を守らなくてはならないアルスもまた、腕の中の温もりを思えば罵詈雑言の嵐程度は乗り越える意思が固まった。

 

「ロキ、どうかしたの?」

「ああ、交際についても隠してたし騒ぎそうだから気後れしててな」

「……大丈夫だよ」

「ほう?」

 

 主神に対して信を向ける少女にリヴェリアが瞠目する。

 

「ロキなら、大丈夫。認めてくれるよ?」

「そうか」

 

 娘のように育ててきた少女の眼差しを受けて微笑みながら息を吐いた。

 瞳には暗い炎ではなく、どこか温かな光が宿っている。それはかつて彼女たちが溶かせなかった、リヴェリアの教え子の一人である青年が心を溶かし導いたものだ。

 彼女もまた、改めて覚悟を決めた。扉の外でこそこそしている主神の気配を感じ取り、アルスと目を合わせて彼女をこの部屋に連れ込むことを決める。

 再度開けた扉のすぐ外には彼らの主神がいつも通りに笑いながら立っていて、その少し気張った雰囲気に最古参であるエルフが溜め息を吐いた。

 

「なんで溜め息吐いたんや!?」

「お前の趣味の悪さに呆れただけだ、ロキ」

 

 膝の上で甘える姿を見ても何も言わないのはそういうことだろう。リヴェリアもアルスも思わず溜め息を吐き、交際自体は普通にバレてたなと確信する。

 それを見て変なものを見たような顔をしたロキが笑い、アルスたちの向かい側に腰を下ろして口を開く。

 

「いやまぁ、流石に付き合いだしたなーってのは分かるで? 距離感とかちょいちょい縮まっとったしなぁ」

「デスヨネー」

「で、分からんのが今や」

 

 無駄話を続けるつもりはないと言外に切り捨て、本題に入る。

 

「朝からアイズたんの体調が悪いのは分かっとった。それにリヴェリアとアルスが気を使うんも理解出来る。けどこうしてこそこそしとるんだけはよーわからんのや」

「ちゃんと話すよ」

「大事な話なんやろ?」

「ああ、とても大事な話だ」

 

 極めて、非常に、大事な話だ。

 アルスは今後のファミリアの活動、ひいてはアイズの冒険者としての今後にも関わるものだと前置きする。

 その時点でロキはある程度を察しただろうが何も語ることはなく、続きがアルスの口から告げられるのを待ってくれていた。

 膝に乗っていた少女を下ろし、両手を膝の上に置いてロキと正面から向き合う。

 

 

「アイズが身篭った。俺の子だ」

 

 そして、神の心臓が停止した。

 

「凡そ二ヶ月と診断された。早くなったが結婚する。今後に関してはまだ話し合いの途中だが夫婦として子を育てるつもりだ」

 

 神の頭があまりの出来事に機能停止した。

 全身はもはや燃え尽きた灰のような有様だった。

 そんな有様を見てもアルスは至極真面目な態度を崩さない。

 

「どうか認めてほしい。無理なら俺のことはいくら詰っても構わない。ただ、アイズと子どもを祝ってやってほしい」

 

 戸惑うことも迷うことも無く、ただ真っ直ぐにぶつけられる言葉に女神が再起動して事態を飲み込んでいく。

 妊娠。年齢。遠征。冒険者。引退。休止。子ども。結婚。アイズ。アルス。祝福。怒り。歓喜。

 多くの感情と思考が過ぎり、その全てを終えるまでにしばらくの時間を要した。

 ほんの少し前まで子どもだった彼らの未来。憎悪に身を焦がす少女と家族に飢えた迷子。

 それが、目を離していたわけでもないのに大きく変わっていることに気がつくのに時間はかからなかった。

 感動に瞼が熱くなり、再び湧き上がってきた思いの丈に震えながらも彼らの()として口を開こうと前を向く。

 

 

 

「ちょっとタイムで!」

 

 

 

 

 

 


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