ダンジョンでできちゃった婚をするのは間違っているだろうか 作:胃痛
難産。何も考えずに書いて一話目を投稿するからこうなる
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その男は少女の英雄だった。
小さかった少女の為に手を尽くし、いつも傍らに立ち続けた。
辛い時も苦しい時も、嬉しい時も楽しい時も。いつだって彼は彼女の手を握ってくれた。いつだって彼は彼女を守ってくれた。いつだって彼は彼女の背を押してくれた。
怒られる時は一緒に怒られてくれて、泣いている時は涙を拭ってくれた。
友と呼ぶにはあまりに近く、家族ではあるがそうでなく、兄と慕うには恋し過ぎた。
相棒とか、妹分とか言われる度に拗ねて困らせること数年。一度もその想いを告げることはなかったが故に、いつか訪れるはずだった決壊。
本当は素直に好きと言いたかった小さな少女がいた。
ただ、少女はどうしようもなく不器用だった。
胸の奥の身を焦がすような炎を失って、温かな太陽のような彼が欲しくなって仕方がなくて。
いつの日か、彼女の荷物を一緒に背負うと言ってくれた彼を他の誰にも渡したくないと願ってしまった。
お酒で箍が緩んだ隙を突き、確実に攻めて落とすのだと好機を伺った。
不器用でも口下手でも、それでも手に入れたいものがあるのだと彼に示した。
けれど、触れ合う肌の熱も、言葉で伝えられる熱情も、どれか一つでは彼女を満たしてはくれなかった。
彼の熱も言葉も瞳に灯る光も心も全てを彼女のモノにして、その日ようやく彼女は満たされた。
だからその時、少女は初めて自分を欲張りだと自覚した。
※
レフィーヤ・ウィリディスという少女にとって、アイズ・ヴァレンシュタインという少女は特別だった。
エルフである彼女から見てもアイズは美しく可憐であり、その類稀なる強さも相まって憧憬を抱かざるを得ない。
しかし、学区を出て迷宮都市最大派閥である【ロキ・ファミリア】に入団した彼女を待っていたのは、敬愛する少女の傍を離れない男の姿だった。
忌々しい男の名をアルス・ラドクリフ。種族はアイズと同じく純粋な
そんな字面だけでも尊敬できる男をレフィーヤが内心忌々しく思うのは、敬愛する少女にその男が張り付いていて離れないからである。
朝、朝食は必ず隣の席。その後、ダンジョンへ行く時は他に誰が同行していようと必ず一緒。ダンジョン内でも食事の際は必ず隣に座り、地上に戻ってからは共に換金しに行く。もちろん、夕食も隣の席で食べている。
これを毎日繰り返し、レフィーヤがアイズを視界に入れる時には九割を超える確率で一緒にいる。
親しいにしても一緒に居すぎていて、正直ありえないというのが感想だった。
あの男は何故、あの人の傍を離れないのか。そもそもなんであんなにベッタリで嫌がられないのか不思議でならない。
団員の多くが疑問に思うものの触れることの出来ない話題である。
とはいえ付き合ってるとか付き合ってないとか恋仲とか恋仲じゃないとか、そういう話の次元じゃないというのがレフィーヤの見解だった。
「……レフィーヤ?」
だからこそ、こうして今アイズだけが横にいるという極めて稀な事態において、レフィーヤ・ウィリディスはエルフの誇りにかけて問いたださねばならないと強く思う。
入団してから二年、金髪金眼の彼女の傍からあの男がいない絶好の機会を逃す選択肢はない。
朝からダンジョンに向かった彼を見送ったというアイズを捕まえたレフィーヤは、しかし二人きりで中庭の長椅子に腰掛けたところで硬直して動いていない。
彼女の憧れの人、多くの団員から憧れと誇らしさを抱かれるLv.5の冒険者。さて、そんな人物に可能な限り無礼なく聞こうとすればそれは中々難しいことであった。
仲はまあそれなりにいいと自負する彼女だが、二人きりになるのは初の体験だったのも大きい。
浮世離れした金髪金眼の美しい少女は整った容姿をしたエルフであるレフィーヤでも息を呑む上に、十日ほど前から急激に変化した彼女の纏う雰囲気はどこか艷っぽい。
「あ、あのっ、私ずっと聞きたいことがあって!」
「うん」
慌てなくていいよ、と僅かに微笑む姿に再び呼吸を忘れかけたのを堪えて意を決して口を開く。
「その、アルスさんとはどんな関係なのか気になるんです。もちろん変な意味じゃなくてアイズさんと付き合ってるのかとかそういうのでして!」
「うん」
「あの……本当に、どうしていつも一緒にいるのか気になるんです」
結局、気になるのはそこだった。
付き合ってるとか付き合ってないとかはレフィーヤにとってはどうでも良くないがどうでも良くて。
どうして彼らが比翼のようにあるのかというのが気になって仕方がない。
「……不思議?」
「不思議です。その、お二人の仲がいいのは分かるんですけど距離感とか、まるで二人で一つみたいな扱いが気になって……」
団長であるフィンがアルスに指示を出す時は必ずアイズが行動を共にするし、逆にアイズに対して出された指示はアルスがそうする。
単体で完結するはずの戦闘であっても二人を投入する行為に疑問を抱かないはずもなく、勇気ある団員による質問は訳ありとしか返答を貰えない。
それが噂に拍車をかけているし、レフィーヤのように疑問を抱えている者は少なくない。
だから、アイズから返ってきた答えに固まって動けなくなった。
「アルスは私だけの英雄だから」
彼を英雄と称えるのは理解出来た。レフィーヤだって、何度もあの背中に魅せられた。
仲間を背に立つ雄姿。団員を家族だと慈しみながら時には挑戦へと背を押す先達として。
オラリオ最強の一角である彼を英雄であると、彼女もまた認めている。
だが、アイズだけの英雄というのはどういうことだろう。
アイズ・ヴァレンシュタインだけの英雄。
言葉にすれば簡単だが、それがどういう意味なのかは理解が及ばない。
考えすぎてレフィーヤの頭はぐるぐるしてきた。
「……だ、大丈夫?」
「大丈夫ばないです」
小首を傾げるアイズだが、レフィーヤの心情は結局わけの分からない関係に荒れ狂っていた。
「なーんか難しいようで難しくない話してるわね」
「あ、ティオネ」
褐色アマゾネス姉妹の姉が呆れを隠さない態度で中庭に現れた。
会話をある程度耳にしていたのだろう彼女はうんうん唸るレフィーヤの頭を軽く叩きその隣に腰掛けた。
「英雄だとか言ったって伝わらないわよ」
「……えっ」
「当たり前でしょ。私だってラウルから聞いてないと意味わかんなかったわよ」
ガーン、と凹む音が聞こえそうなほどアイズはしょんぼりした。
表情はそこまで動いていないが、付き合いの長いティオネには確りと伝わった。
「ほらアイズ、もうちょっと詳しく説明してあげなさい」
ティオネがレフィーヤを叩いて再起動させながらそう言うが、どう説明すれば伝わるのかが彼女にはちっとも分からなかった。
だってアルスはアイズの英雄で、まだ内緒にしないといけない内容もある以上そう説明する他がないのだ。
どうせもう数日もしたらティオネには話されるだろうしいっそ話してしまおうかとも思うが、リヴェリアたちが真剣に悩んでいるのを考えるとそうもいかない。
アルスは何やら朝からダンジョンに潜ってしまっているし、困った時のロキとリヴェリアは友人に会いに行くと言って外出中だ。
フィンは遠征の準備で忙しく、ガレスはベートを筆頭とする戦闘中毒者を扱いている。
つまり、今のアイズには味方がいない。
そのことに気がついた彼女は自分でなんとかしなくては、と全くこれっぽちも必要ない使命感を抱いた。
この瞬間、フィンの胃が破壊されることが確定したことを知るものは誰もいない。
「えっと……アルスが一緒なのは、約束したから」
「約束ですか?」
「……うん。ずっと、一緒にいるって」
「なんですか、それ……」
何かを思い出したのか、含羞む彼女に絶句する。
過去に交した約束一つを守るために彼と彼女は共にいる。第一級冒険者として並び立ち、同じファミリアの中でも一線を画する実力に至った比翼。
片や迷宮都市最強の女剣士とまで言われ、片や『頂天』を争う文字通り最強の一角。
そんなのまるで英雄譚じゃないか、とエルフの少女は言葉を失って固まった。
「アルス・ラドクリフってのはそういうやつよ。相手が神だろうと殺して進む大馬鹿野郎ね」
「大馬鹿野郎は言い過ぎじゃないですか……?」
「あんなの大馬鹿よ、大馬鹿。この二年は大人しいけどね、レフィーヤもそのうち分かるわ」
さすがに言い過ぎなのではないかと思うレフィーヤだが、アイズも特に否定はしないので口を噤んだ。
彼女の二年に対してティオネは四年。これはきっとそれ故に生まれる理解と距離の差だった。
入団時期によるその差は埋め難い。時間の積み重ねはどうしたって差を生むけれど、今のレフィーヤにはその当たり前がどうにも歯がゆかった。
「で、結局アイズはあいつとどこまでいったの? 抱かれた?」
「……えっ」
ティオネの鋭すぎる言葉に今度はアイズが硬直した。
「だ、だだだだ抱かれたなんてそんな破廉恥なこと!」
「……ふぇっ」
レフィーヤの一言に心の中で幼いアイズが涙目になった。
「ふーん?」
「あ、アイズさん!?」
どうしてティオネには全部筒抜けなのだろうとアイズは思う。
ティオネとついでにここにはいないティオナはいつもいつも、アルスとの間にあったことを当ててくる。
「…………」
「黙っちゃって可愛いわねぇ」
にやにやと愉しそうなティオネが止まらない。
対するアイズは恥ずかしくて仕方がないのだが、その様子を見て遂に薄らと笑声が漏れ始めた。
真っ赤になって頬を膨らませるといよいよ堪えきれなくなったのか堪える素振りもなく笑声を上げた。
とはいえ、やられっぱなしは許せない。
だから、渾身の一手をティオネに叩きつけた。
「──できた、から」
「……え? なんて?」
「子ども、できたから。だから、ティオネより、私の方がすごい」
「………………はい?」
直後、空気が凍る。
あ、これやべぇ地雷踏んだ、と内心で大量の汗をかくアマゾネス。あんまりな発言に考えることをやめたエルフ。言ってから秘密の暴露をしたことに気がついて蒼くなって震える天然娘。
特にこの発言を誘発したアマゾネスの恋する乙女は高速回転する思考がとんでもない事実を導き出して背中を嫌な汗が伝った。
元々、彼女がこの場でアイズに絡んだのは最近様子がおかしい彼女を探る為だったのと、愛しの団長たちが集まって何をしているのかを聞くためだった。
ちょっと揶揄うことに興じてしまったが、そのせいでダメ元だった知りたい内容を全て知ってしまったのだと彼女は理解した。
すなわち、最近アイズの様子がおかしいのはその胎に子を宿したからであり、フィンたち首脳陣が集まっているのはそれに関してどう扱うかではないか、と。
第一級冒険者であるアイズの戦線離脱。相手はアルスで確定。三週間後には遠征。騒ぎそうな馬鹿の顔。内外で発生する騒動の予想。
その他、様々な事柄がティオネの脳裏を超高速で駆け抜けた。
全身から血の気が引く感覚を覚えた。同じように顔を蒼白にしたアイズの方へと勢いよく振り向いて肩を掴む。
「ほ、他のところで言っちゃダメよ!? 私は聞かなかったことにするから!!」
「……う、うん」
「こども。アイズさんの、こども……?」
「レフィーヤ! 正気に戻って口を閉じてレフィーヤ!!」
(やべぇ、やばすぎる。やらかした。付き合いだしたとか一発ヤッたとかそんな話じゃねぇ! ふざけんな、ちょっと前の私!)
誰かに聞かれたら団長たちの努力が水の泡だ。馬鹿みたいな騒動になりかねないし、纏まった場での発表ではなくうっかり聞いたような形で広まるのだけは不味い。
間違いなく混乱になるが、幸いなことに付近から人の気配は感じられない。
誰も聞き耳を立てていなかったことを無理矢理信じて、正気を失ったレフィーヤの頬を叩いて気を取り戻される。
「はっ! アイズさん!?」
「レフィーヤ、1回黙って私の話を聞きなさい」
据わった目で肩を掴むティオネの剣幕に憐れなエルフはこくこくと無言で頷いた。
掴まれた肩からみしみしと聞こえてはいけない音が聞こえてくる。地味だが無視できない痛みだった。
「今、アイズから聞いたことは忘れなさい。口に出さず紙に記さず考えずなかったことにするのよ」
「で、でも」
「いい? これは団長の、ひいてはリヴェリアの意思よ。逆らっていいと思う?」
あくまで推測に過ぎないが、リヴェリアがこれを知らないはずがない。アイズに何かあった時の相談は必ずリヴェリアにいくはずだし、間違っていたとしてもこのまま通すしかない。
強い視線に憐れなエルフはこれもまた首を横に振って思惑通りにならざるを得ず、その場はあまりにも痛々しい空気に包まれて沈黙した。
※
ところ変わって、ここはダンジョン第九階層のとある
周辺のモンスターは軒並み斬られるか殴られるかして殺し尽くされ、夥しい数の魔石の収拾を終えた二人の男が微妙な空気で立ち尽くしていた。
「……なにこれ?」
「フレイヤ様より、祝いの品だそうだ」
現オラリオにおいて最強を競う二人。【
アルスは正直手元にある籠を捨てたかったが、祝いの品だと言われるとなんとも言えない気持ちになってしまって捨てられない。
オッタルはなんの祝いなのか分からない上、受け取ってから複雑そうな顔をする男になんとも言えない気持ちになっている。
「色々言いたいことがあるんだが」
「奇遇だな、俺もだ」
変なとこで気が合うね、とアルスが諦めたように息を吐く。
オッタルは顔を顰めたが何処吹く風。祝いの品は有難く、と軽く掲げながら彼に告げた。
「じゃあこれで──」
「その前に一つ問う」
「なんだよ」
内容をある程度予想しているのか、気だるげに返答する彼の瞳にあるのはそれと相反する熱意の炎だ。
場合によってここで一戦構えるぞ、と視線で通じ合う二人だったが対するオッタルの態度は変わらない。
「目出度いこととはなんだ?」
「……は?」
「新たな領域に至ったわけではなく、稀有な武具を手に入れた様子でもない。ならばこそ、俺にはお前の身に起きた慶事というものが分からん」
「あー、なるほど。そういうことか」
つまりこのオッタル、女神からとりあえず祝いの品をアルスに届けろとしか聞いていないらしい。
それだけで態々ダンジョンまで追いかけてきて渡すのが頭おかしいよなぁ、と考えるアルスだが誰かがそれを聞いたらお前ら大差ないだろと言われるのは間違いがなかった。
だが、ここにいるのは二人だけ。誰か来たとしても二人の姿を見れば巻き込まれまいと足早に立ち去るだろう。
「んー……」
「何を渋る? 慶事であるならば俺もまた祝福しようと思うのだが」
「いや、ちょっとあれな話でなぁ」
アルスにとってタチの悪いことに、オッタルには悪意がない。
かつてより超えるべき壁だった男は今や競い合う好敵手であり、宿敵ではあるがその仲は決して険悪なものではないのだ。
だからこそ言ってもいい気がするのだが、しかし他言する恐れがないとはいえ他派閥の人間にいうのもどうなんだと悩む。
いつか知られることではある。隠し通せるようなことではないし、本来ならば隠すようなことでもない。
とはいえ団員にもまだ言ってないのに告げるのはなぁ、とうんうん唸るが答えは中々出ず、珍妙な沈黙と湧いてきたモンスターが瞬く間に殺害される状況が暫し続いた。
長い沈黙の末に、オッタルの心做しかしょげた丸い耳にアルスは絆された。
「驚いて変な声出すなよ? 他のやつに言うのも禁止な?」
「ああ」
他言する気は無いだろうが念を押した。
丸い耳が元気を取り戻すのをアルスの海色の瞳は確り捉えた。
「子どもが出来たんだ」
「……ほう」
相手は、と聞くようなことはしなかった。
アルス・ラドクリフが子どもが出来たことを幸せそうに語る人物など唯一人しかいるはずがなく、この男がこの手のことで不義理を働く輩でもないと彼は理解していた。
であれば、彼は彼の愛を手にしたのだろうと納得する。
かつて己に挑んだ少年は青年となり、確かに己の願いを形にしたのだろう。
そう考えた時、オッタルの口は自然と言葉を紡いでいた。
「いずれ、改めて祝いを贈ろう」
「悪いな」
「気にするな」
そう言って、今度こそ立ち去るアルスを彼は追わなかった。
立ち去る男に背を向けて、下へと向かって歩みを進める。
その対比が彼にはなんとも面白く、思わず頬を釣りあげながらダンジョンの奥へと姿を消した。
頂点の席は一つだけだ。