ダンジョンでできちゃった婚をするのは間違っているだろうか   作:たわーおぶてらー

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沢山の評価、お気に入り登録ありがとうございます。感想の膨大な量に対し、貧弱な語彙でおもしろく返しきれないことをこの場を借りて謝罪します






できちゃった④

 

 

 

 

 はじめの頃、よく分からない子どもだと思った。

 

 自らの主神であるロキが連れてきた出自不明の少年。聞けば他の神が遺した子であるという。

 既に還ったという神の遺言で来たとは言うが、当時の彼女たちに知らされたのはそれだけだった。

 だからそんな十二歳の少年を相手に何をしてやればいいかなんて、当時のリヴェリアには分からなかった。

 

 困ったので、とりあえず彼女の知識を彼に与えた。

 はじめにダンジョンの知識を。次に魔法の知識を与え、最後に常識の欠如に気がついてそれを教えた。

 

 教えている時の彼は大人のように大人しく、落ち着き払った彼は基本的にリヴェリアの出した指示を堅守する良い子供であったと思う。

 教えれば学び、教えなくとも己を磨く。向上心がある子供だったように思う。

 ただ家族が欲しいと言う少年はどうにも空っぽで、その瞳が伽藍堂の蒼を映すことが彼女は何故か苦手だった。

 

 それでも師として接した焦げ茶色の髪に美しい蒼の瞳の少年は、着実に階梯を登って行った。

 入団当時Lv.2だった彼が二年でLv.3に到達して彼女の手を離れた頃、新たな少女を導くことになったのは間が良かったのか悪かったのか。

 

 それから一年と少しして、大切な少女が彼と出会ってから、彼が大きく変わったのを彼女だけが知っている。

 

 真面目で勤勉なだけだった少年は茶目と遊びを覚え、仏頂面で参加していたパーティを抜けて少女を構い倒すようになった。

 少女に合わせてる為か装備も武器も一新して戦うのを見るのは最初肝が冷えたが、天才的と言う他ない習熟の速度に不安は消失した。

 三人で共にダンジョンに潜ることを原則としていたが、抜け出して無茶をする少女に少年が付き合い始めてから彼女の気苦労が倍加したのは内緒の話だ。

 

 怒ろうとすれば庇う少年に何度拳骨を落としたかも分からない。それと同じだけ彼に隠れて少女にも落としていたのだが、終ぞ彼らは脱走と無茶を辞めることがなかった。

 良くはないが良い傾向もあったのが今でもなお悩ましいが、彼らが自身を大切に思えるようになったことを考えると良かったのだろうと思う。

 

 復讐に取り憑かれた少女はいつの間にか母となり、空虚だった少年は確かに父となった。

 

 彼らの纏う空気が妊娠の発覚から一気に変化したことを、リヴェリア・リヨス・アールヴは心の底から嬉しく思っている。

 陽だまりの様な少女と太陽のような青年。

 いつの日からか娘のように思う少女と息子のような青年の幸福を、彼女は心の底から祈っている。

 

 

 

 

 いつの日か、彼の抱える『運命』とやらが訪れようとも、必ず守り抜くと決意している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある日の朝、天下の【ロキ・ファミリア】のホームが半壊したらしいという噂がオラリオ中を駆け巡った。

 それどころか夜中にどかんどかんうるせぇ! とギルドには何とかしてくれという嘆願と苦情が大量に来ていた。噂どころか事実らしい。

 そうなると、ギルドでは誰が最大派閥に文句を言いに行く不幸を背負うのかという話になり、醜い押し付け合いが発生した。

 結果、哀れな犠牲者はとある女性職員に決定する。

 

 名をエイナ・チュール。エルフの母と人間の父をもつハーフエルフであり、あのリヴェリア・リヨス・アールヴとも縁がある血筋だ。

 間違いなくそれが理由なんだろうなぁ、と下っ端職員に過ぎない彼女はあまりにも醜い押し付け合いの結末を受け入れざるを得なかった。

 そもそも夜中に暴れてホーム壊すって何? と思う彼女だったが、どう足掻いても上からの命令には逆らうこと叶わず。

 

 どんよりとした空気を背負ったエイナが昼過ぎに黄昏の館に辿り着いた時、その目に映った光景は酷すぎるの一言だった。

 飛び散った瓦礫と砕けた建築。全壊でも半壊でもないが、まあ酷いと言わざるを得ない。

 前に見た時は完璧に綺麗だったんだけどなぁ、と遠い目をするエイナを服装からギルドの職員と判断したのであろう山吹色のエルフの少女が彼女に声をかけてくる。

 

「えっと、ギルドの方ですよね? 一体どんな用でしょうか……?」

「ギルドから派遣されました、エイナ・チュールと申します。本日は昨夜に起きた騒ぎの確認と寄せられた陳情を送りに来ました」

「あぁ、やっぱり……」

 

 嘆息した山吹色の少女だったが頭を振ってそれを振り払ったのか、少し疲れた様子でエイナを門の中へと誘う。

 

「とりあえずですけど中へどうぞ。事情の説明をリヴェリア様からお受けください」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 案内されながら歩みを進めるエイナだが、その顔には緊張がにじみ出ている。

 それはエルフの王族であるリヴェリアがその先で待つからというのが大きいが、それ以上に恐ろしい噂が満載の冒険者がこのファミリアには所属しているからだ。

 毅然とした態度で臨まねばとは思うものの、最強の一角を前にして維持出来るかと言われれば彼女にその自信はなかった。

 会う可能性は高くはないが、低くもないのが悩みどころである。

 

猛者(おうじゃ)】が戦う姿を見たことがあるものは非戦闘員には少なく、逆に【貴き者(ハーヴァマル)】が戦う姿を見たものは非戦闘員にも多いことが影響していた。

 特にエイナには三年前に起きた虐殺と弑逆の惨状を目にしており、その恐ろしさを目の当たりにした過去がある。

 敵対した主神を殺すのを妨げたからと三十名に及ぶその眷属を()()()()()()怪物。

 これを恐怖しないわけがなかった。

 

「リヴェリア様、ギルドの方をお連れしました」

「御苦労。入ってくれ」

「失礼します」

 

 応接室の扉を山吹色のエルフがノックして問いかければ、聞き覚えのある声が入室を促した。

 開かれる扉の先には見覚えのある翡翠髪のエルフに金髪金眼の少女が並んで腰掛けている光景があった。

 そして、少女の膝に頭を載せて瞳を閉じた男の姿もそこにある。

 部屋自体は橙を主とした暖色で彩られ、居心地はいいのだろうが中にいる人物がエイナにとってはよろしくない。

 

「うちのファミリアが迷惑をかけてすまないな」

「いえ、そのようなことは……」

「まあ座れ。そして茶を飲め。ふむ、アルスは見ての通り二日酔いで役に立たんから私が茶を淹れてやろう」

「えっ!?」

 

 お茶を淹れる!? 高貴なハイエルフであるリヴェリア様が!? というか元気だったらオラリオに二人しかいないLv.7に淹れさせてた!? とひたすら驚くエイナだが、我が道を行くハイエルフは止まらない。

 予め用意してあったカップにこれまた予め用意してあった紅茶を注いで固まってしまったエイナの前に置いた。

 硬直したエイナを見て苦笑を隠せないリヴェリアだったが気にした様子はなく、彼女が再起動するのを暫し待った。

 

「す、すみません……」

「楽にしてくれればいい、と言いたいが私よりもアルスの方が恐ろしいと見える」

「……はい」

 

 リヴェリアからの指摘にエイナは素直に頷いた。偽りを述べるより、真実を告げることで万が一の不興を買いたくなかったが故である。

 

「安心しろ。見ての通り、今のこいつは嫁の膝で伸びているだけのダメ男だ。そう怖がる必要も無い」

「は、はぁ………………え、嫁?」

「嫁だ」

「お嫁さん、です」

「えっ」

 

 嫁ってなんだっけ、とエイナの脳が一瞬壊れかけた。

 そして【剣姫】と名高いアイズ・ヴァレンシュタインはあのアルス・ラドクリフの嫁であるという事実を認識する。

 

「そこがお前が来た要件にも関わっていてな」

「……はい」

 

 なるほど、そこからどうやって黄昏の館で大騒ぎになるのかという話であったか、とエイナは理解した。

 そして、頭の良い彼女は人気者である少女を娶る男へのやっかみでやんちゃがあったのかな、と脳内で瞬時に大筋を予想する。

 報告書として紙に詳細を記載する構えを取る。

 

「まず、この娘がアルスとの子を孕んだ」

「……はい?」

 

 初手で彼女の予想の斜め上を越えられた。思わずペンを持った手が止まる。

 彼女の知る限り少女の年齢は十五。男の年齢は二十二である。マジで? というのが素直な感想だった。

 

「それで遠征からアイズを外すことを発表するのと同時に、この子たちのことについても話をした」

「はい」

「何故かそのまま宴会になって酔っ払った男共がアルスと殴り合って食堂が壊滅した。以上だ」

「……は、い?」

 

 エイナ・チュール。長く生きてはいないが、こんな訳の分からない理由を報告書に書かなきゃいけないのか、と気が遠くなる思いだった。

 なんで宴会から殴り合いになるのかとか、殴り合いで建物が壊れるってどんだけ本気でやったんだとか、言いたいことが山ほど出来た。

 けれどそんな馬鹿げた理由でギルドには大量の苦情が寄せられ、自分は尻拭いに貧乏くじを押し付けられたのだ。

 たまったものではなかった。

 

「意味がわからないという顔だな」

「そう、ですね。ちょっと考えられないです」

「そうだろう? 私もそう思うよ」

 

 くつくつと、愉快だと笑いを堪えられずに漏らすハイエルフ。口は悪いのにそこには深い情を感じさせるもので、エイナは呆気に取られてしまった。

 同時に、リヴェリアという人物を少し理解する。

 

「何はともあれ、ギルドには苦情を受けて再犯の防止に務めると答えよう。アルスも懲りただろうしな」

「……懲りるの俺じゃなくない?」

「お前()と言っただろう。ガレスもベートも当分禁酒だ。そもそも妊婦の前で飲むやつがあるか、馬鹿どもめ」

「おっしゃるとおりですごめんなさいゆるしてくださいせっきょうだけはゆるしておねがい」

「……リヴェリア、怒っちゃだめ」

「アイズ、夫だからと甘やかしてはダメだ。少々厳しい方がいい」

 

 甘やかしてないよ、と主張するアイズの頭をリヴェリアが撫でる。それに含羞む少女の姿はまるで本物の家族のような光景だ、とエイナが瞠目する。

 彼女の知る【剣姫】はこんな表情なんてしなかった。

 いつも血に濡れて戦いを求めるような少女だったはずだが、何がそんなに彼女を変えたのだろうか。

 少女の膝に横たわる不条理の権化が答えなのだが、彼女にはそれを知る由もない。

 

「うごぉー……」

 

 ついでに、この都市の最高戦力に数えられる男が二日酔いで倒れているのが本当に意味不明だった。

 こんなのがLv.7? 貴き者とか呼ばれてるの? と疑問に思うエイナだが、現実は何も変わらない。酒には勝てない、これが真理だった。

 なんだかちょっと怖がってたのが馬鹿らしくなってきたエイナだった。

 

「ところで、だ」

「どうされました?」

「なに、アイナに手紙を届けて欲しくてな。送ろうと思っていたが、娘が来てくれたのは好都合だった。頼まれてくれるだろうか?」

「もちろんです、お預かりします」

「ありがとう」

 

 リヴェリアが懐から出した手紙を受け取る。一応、ギルドに報告するのはこういう内容になります、とさっさと書き上げた報告書を彼女に見せておくのも忘れない。

 必然的に【剣姫】の妊娠婚姻が漏れることになるが、そこはリヴェリアも認めるところではあるらしい。

 そこでふと、エイナは気がついたことを口にした。

 

「そういえば、結婚式はどうされるんですか?」

 

 エイナの言葉を聞いたアイズが膝上の頭を撫でていた手を止めて硬直し、リヴェリアがカップに口付ける手前で固まった。

 そう、結婚式。式なんて必要ないというか、挙げることが出来ない人も多数いるが、少なくとも金銭的に問題が無いはずの彼らがそれを行わない理由はないように思われる。

 

 それ故の質問だったのだが空気は凍りつき、部屋の時間は止まってしまった。

 唯一アルスだけがうんうん頭痛に苦しんでいるが、先程よりも苦しそうなのはエイナの気の所為ではないだろう。

 これは何かあったなと確信するには十分過ぎた。

 

「……実は、だな」

「は、はい」

「タイミングが分からなくて難儀している」

「あ、そうですか」

 

 エイナが思ったよりも普通の悩みだった。

 

「妊娠した状態でもお腹が大きくなる前に式を挙げることもあると聞くが、私としてはやはりアイズの負担が気にかかるので賛同できん。となれば産んだあとかとも思うのだが、そうなると少なくとも七ヶ月は先になるだろう。それはそれで寂しくないか、と思ってしまうし私だってアイズの晴れ姿を少しでも早く見たいという気持ちはあるんだ。しかしやはり妊婦の体に差し障る何かがあったらと思うともう何も出来なくてな。どうしたものかと日々悩んでいる」

「………………はい」

 

 ああ、このお方ってヴァレンシュタイン氏が大好きなのか、と彼女がとあるハイエルフを理解することは何も難しいことではなかった。

 娘は今にも頭を抱えそうな母を見て困ったような雰囲気を醸し出しているし、息子の方も似たようなものだった。

 

「そもそもアイズに合わせたドレスを用意するのが難しいのだ。最近はデザインが多く幾つか見てみたがどれもアイズには似合うからこそ選び難く結婚式が一度しかないことを呪う羽目になったぞ? ロキはロキで露出が多いものを選ぼうとするから止めるのに苦労した。……いや、似合うだろうとは思うのだが神聖な式は貞淑な姿で行う方が良いだろうし何よりやはり露出が少ない方がこの娘は美しいと思うのだ。しかし露出が少ないものを選ぶにしろ今度は再びデザインで悩むことになって朝から晩まで悩んでも決めきれん」

「……………………そうですね」

 

 なるほど、理解。私、地雷、踏んだ。

 助けを求めて【剣姫】を見るが、知らぬ存ぜぬとばかりに膝上の男の髪を撫でている。

 起爆した親バカは既に暴走を始めており、もはやエイナにはそれを黙って聞く以外の選択肢が存在しなかった。

 

 それから、滔々と語り続けるリヴェリアから彼女が解放されたのは日が暮れた頃だった。

 途中から聞くのも飽きたのか少女と男は寝ていた上に、様子を見に来た山吹色のエルフが新たな犠牲者として巻き込まれたことでエイナとの間に謎の連帯感が生まれたのは良かったのか悪かったのか。

 疲れ果てたエイナは肩を落として黄昏の館からギルドへと帰って行った。

 

 それを見送ったリヴェリアの内心はついやってしまった、と若干の後悔が滲んだものではあったがそこまで深い反省ではない。

 むしろ娘夫婦の話を出来て満足感すら覚えているのだが、生憎とそれが婆臭いことこの上ないことに気づく者も指摘する者もいなかった。

 応接室で仲良く眠る二人を夕食の為に起こしに向かう。

 

「……起きろ、二人とも。そろそろ日が暮れる。夕食を食べに行こう」

「……ん」

「はいよー」

 

 眠そうに目を擦るアイズを、二日酔いが治まったのか元気そうに膝から離脱して立ち上がったアルスが手を取って立ち上がらせる。

 そのまま自然に手を繋いで、部屋を出るリヴェリアの後を追う。

 夕陽に照らされた三人の姿を家族のようだと、すれ違った山吹色のエルフは思った。

 

 

 





色々頑張って設定を爆速で煮詰めることに成功しました。これで気まぐれに過去やら原作時間軸も書けます(白目)



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