ダンジョンでできちゃった婚をするのは間違っているだろうか   作:たわーおぶてらー

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マネーマネー①

 

 

 

 

 

 ある日の夜、あの【貴き者(ハーヴァマル)】がダンジョンでモンスターを虐殺して高笑いしながら帰ってきた、という噂がこれまたある酒場から広まった。

 

 

 ──事の発端は、三日前に遡る。

 

 

 

「食堂の修繕費はひとまず、貯蓄していた資金から賄うことに決定した。それに伴ってアルス、ベート、ガレスの三名には各々二千万ヴァリスを。騒動に加担した他の団員には貯蓄金額の一割をファミリアに納める賠償を命じる。これが対象者のリストだ」

 

 数日行方不明になっていたフィンがケロッとした顔で帰ってきて告げたのは、男たちにとって絶望的な宣告だった。

 なるほど、確かに飲んで暴れ回った奴らが絶対的な悪ではあろう。特に名指しされた三名は大悪である。

 そして払えないことも無いのが何ともいやらしく、毟りすぎなのでは? というとある超凡人の意見は算出された被害額によって抹消された。

 

 その額を見ればこの機にファミリアの財政を潤わせる為に毟り取りに来た訳ではなく、お前らがどれだけやらかしたか分かってんだろうな? というフィンの怒りは彼らに嫌でも伝わった。

 浮いた金はファミリアの貯蓄として有事の際のために蓄えると言われれば、彼らもそれ以上文句を言うことは無かった。

 大人しく要求されただけの金額を納め、遠い目をするだけである。

 

 しかし、それだけではすまない懐の痛み方をした者もいた。

 その男は額を聞いた瞬間にふらふらと部屋に戻って項垂れて地面に手を付き、絶望に満ちた表情で床を見つめていたのだ。

 先程は様子がおかしかったとフィンを伴って尋ねてきたリヴェリアはそれを見て、もしやと冷や汗が背を伝った。

 

「アルス、まさかとは思うが……」

 

 払えないことはないよな? という無言の問いかけに対し、項垂れたままのアルスは何時になく暗い声音で返答する。

 

「払える。払うのはいいッ。いいんだッ。しかし二千万となると貯蓄がッ……!」

 

 その言葉に、吹っかけたはずのフィンの額にも冷たい汗が伝う。

 これがベートであれば笑い話ですむ。ガレスであっても同様だ。

 だがしかし、これからアイズと産まれてくる子を養う男が貯蓄を失うのは少々不味い。いや、かなり不味い。

 なにせこの冒険者とかいう存在、日々の探索だけでもじゃぶじゃぶ金を使う。

 

 浅い階層なら高レベルの暴力で特に消耗もないが実入りも良くないし、そんなことをすれば下の人間の取り分を奪う卑劣漢に堕ちてしまう。

 そのような行為は【ロキ・ファミリア】として、第一級冒険者として許されるはずがなかった。

 そしてしっかり潜れば時間と装備の摩耗、消耗品の消費によって金銭面で苦しめられる。

 

「……幾らになる?」

「残金四千万をギリ切るくらい……」

「少々心許ないな」

「冒険者じゃなければ金持ち判定なんだけどなぁ……」

 

 四千万もあれば当面なんの問題もないと思われがちだが、アルスをはじめとする冒険者たちはその限りではない。

 たとえば、彼の主武装である両手剣は一本で七千万ヴァリス。大盾は一枚で一億ヴァリスだ。予備はあるが使用しているものには劣るし、所詮予備は予備でしかない。つまり壊れたら後がないのである。

 しかし数千万稼ぐとなるとしばらく時間と手間を要求される為、一筋縄ではいかない問題だ。

 

 とはいえ罰則が緩くなる訳もなく、約二週間後の遠征に備えて貯蓄を増やしにダンジョンに向かわねばならなくなった。

 ちまちま稼ごうとすると整備費用で利益が薄くなるからどうしようかなぁ、とアルスの脳内では凄まじい勢いでお金が計算されていた。

 

「ぐぬぬぬぬぬぬ」

「……最悪貸してやるから無理せず稼いでこい。深層で無茶をしなければ壊れることもなかろう」

「明日から頑張るかぁ……」

 

 彼には単独(ソロ)で潜っても数日で深層から帰ってくるだけの実力がある。

 それこそ中層の迷宮の孤王(モンスターレックス)、ゴライアス程度であれば単騎であっても即殺可能だ。

 アレを討伐して魔石とドロップを持ち帰れば足しにはなるが、アルスはそれに思い至った瞬間に今は次産間隔(インターバル)のど真ん中だったことに気づく。

 

 気づいて、もう一つ余計なことに気がついてしまった。

 

 瞬間、彼の脳裏を駆け巡る金銭計算。

 次瞬、弾き出される収入、導き出される消費。

 

 異様な雰囲気を感じ取ったリヴェリアが嫌な予感に顔を顰めるのも気にせず、アルスは勢いよく立ち上がった。

 

「来た! これは勝った! 大儲けの予感ッッ!!」

「……はぁ」

「明日から少し空けるよ。アイズにも伝えてくるわ! ありがとうリヴェリア!」

 

 その姿は脱兎の如く。彼は一陣の風となって己が妻の自室へと走り去った。

 ポツンと残されたハイエルフも溜め息を吐いて歩き出した。

 

 

 

 

 そんなことがあった翌日、黄昏の館では己の神的発想が恐ろしいなどと宣って上機嫌な馬鹿と、それに巻き込まれようとする馬鹿アマゾネスの少女が山吹色のエルフと共に武具を携えて門の前に立っていた。

 

「おはよう、二人とも」

「おはようございます……」

「おはよー! あたしだけだとあれだと想ってレフィーヤも連れてきちゃった!」

 

 片手を挙げて挨拶するアルスの腰には片手剣。背には大盾と両手剣を背負いながら、防具は最低限という奇妙な身なりだ。

 その後ろからは見慣れた金色と緑色の母娘。

 

「おはよう」

「おはようございます、リヴェリア様! アイズさん!」

「ん、おはよ」

「おっはよー!」

 

 当たり前のように合流し、誰が何を言うことも無く門を出る。

 

「アイズたちはどうしたの? 見送り?」

「見送りと、朝ごはんを買いに」

「私はその付き添いだ」

「なるほど〜」

 

 アイズが戦闘衣じゃないのも見慣れてきたねー、と言いながらティオナは進む。

 喜色満面、これからダンジョンに潜るのが楽しみで仕方がないというように足取りは軽い。

 巻き込まれたレフィーヤは手を繋ぐアルスとアイズをなんとも言えない表情で見ており、そんなに機嫌は良くなさそうだった。

 

「夫婦、お二人は夫婦だから……くぅ……!」

「あはははは、変なのー」

「戻ってきたら矯正した方が良さそうだな」

「ひぃっ」

 

 震えるエルフと愉悦に浸るハイエルフ。それらを笑うアマゾネスという恐怖の光景を背に、手を繋いだままの彼らは朝早くから店を出している通りを歩いていく。

 朝とはいえ往来の多い通りであるため見目麗しい彼女たちは当然のように視線を集めるが、次の瞬間には皆一様に手を繋ぐ男と【剣姫】へと視線が吸い寄せられていく。

 その度に絶望と怨嗟の視線がアルスへと集まるが、彼は持ち前の胆力でこれを完全無視。隣を歩く少女を愛でることに集中していた。

 

 朝陽に照らされた髪が綺麗だな、とか。以前より髪に艶がある、とか。全体的に可愛らしくなった、とか。その服似合っている、とか。

 夫婦というよりは付き合いたての恋人のように彼はアイズを褒め、彼女はそれを受けて含羞んでいた。

 

「ほんと、可愛くなったなぁ……あ、勿論だけど前も可愛かったからな? なんかこう、最近は輪をかけてそう感じるだけで」

「……うん。気にしてないよ?」

「そっかそっか、ならいいんだ」

 

 朗らかに笑いながら、ふとアイズの目に入った露店の商品が美味しそうだということで立ち寄って購入する。

 その名をじゃが丸くん。

 じゃがいもから作られたシンプルでありながら根強い人気を誇る商品である。

 嬉しそうに戻ってきたアイズにアルスは目を細め、着いてきていたリヴェリアたちも苦笑する。

 

「……美味しい」

「じゃが丸くん好きすぎない?」

「だって、美味しいから……」

「一口くれない?」

「……だ、だめ」

「ブレないなぁ」

 

 じゃが丸くんを譲らない姿勢だけは出会った頃から変わらない。渡さないよ、とそっぽを向く姿に笑いを堪えるので必死だった。

 少女の幼い側面に喜べばいいのか悲しめばいいのか微妙な心境になるアルスだったが、別に悩むほどのことでもないかな、と自己解決してスッキリした。

 自分のお嫁さんが可愛いならなんでもいいやの精神である。

 

「そういえば」

「ん?」

 

 じゃが丸くんをしっかり味わいながらも中々の速度で食べ終えたアイズは、不意に思い浮かんだ疑問を口にする。

 

「今回は、どこまで行くの?」

「三十七階層。ぼろ儲けの計算よ!」

 

 ぐへへへへ、と怪しい笑い方をする男は平然と深層に行く旨を述べた。

 そうなれば当然、たった三人でそんな所まで潜ることに恐怖を覚える哀れな妖精が一人。

 

「さ、三十七階層!!? む、無理です! やっぱり私無理ですってティオナさぁん!」

「えー、余裕だよ余裕! 何かあってもアルスが全部片付けてくれるでしょー?」

「まあ、ティオナには無料(ただ)で荷物持ちしてもらうしな。レフィーヤもLv.3だし、基本的には荷物持ちでいいぞ。戦うのは全部受け持つから」

「レフィーヤのこと、守ってあげてね?」

「もちろん」

「アイズさんまでそんな無慈悲な!?」

 

 一気に騒々しくなる一行だったが、どれだけ騒いでもティオナはレフィーヤを連行するつもりだったし、アルスもこの騒々しい後輩を連れていくことに否はなかった。

 戦力としてはアルス一人で事足りるし、何だったらティオナすら必要ない。それでもレフィーヤを『深層域』に連れていく理由は『お勉強』である。

【ロキ・ファミリア】の最大戦力の戦いを見ること。それから、これから彼女も参加するであろう遠征に向けての経験積みという名目だった。

 

 未だ彼女に直接告げてはいないが、アルスにとってもレフィーヤというエルフの少女は他の団員(かぞく)と比較しても重要な立場にある。

 なにせ、あの【九魔姫(ナインヘル)】を越える逸材と目されている存在だ。幹部として育成する義務がある。

 これに関してはリヴェリアからも頼まれていることであり、アイズやヒリュテ姉妹と共によく行動を共にしていたのも安全に危険を体験させるためという理由があった。

 

 つまり、今回もまたどれだけ悲鳴を上げようがリヴェリアは彼女の味方になりえない。

 空気だけでも学んで来いと無理矢理に押し出すだろう。

 

「……アルスが全部倒すから、レフィーヤは大丈夫、だよ?」

「うぅ、アイズさぁん……」

「よしよし」

 

 そんなこんなでアイズがレフィーヤをあやしていれば、あっという間にバベルへと辿り着く。

 留守番のアイズとリヴェリアとはここでお別れとなる為、入口の付近で脇に逸れて一度止まる。

 

「ここでお別れかな」

「ああ、気をつけるんだぞ」

「うん、気をつけて」

 

 お前はさっさとアイズから離れんか、とティオナがレフィーヤを引き剥がして荷物を背負わせる。

 いきなり現れた背中の重みに呻くが、仮にも冒険者としてそれなりのレベルにある彼女は平然とそれを背負ってみせた。

 

「おう。二日か三日で戻るから、身体に気をつけてな」

「……うん」

「リヴェリアを大いに頼るんだぞ」

「うん」

「ロキのセクハラに気をつけてな」

「それは大丈夫」

「頼もしいな」

 

 拳を握るアイズを見て、彼は己が主神の生存を祈った。

 神といえどもLv.5の拳を受けて無事ではいられまい。不滅不朽とはいえ、下界にある限り彼らは人と大差がない。

 少女が力加減を誤らないことを祈りつつ、主神が愚行に及ばないことも祈るアルスだった。

 

「アルスー! 行こーよー!」

 

 手を伸ばして髪に触れていたアルスはティオナに呼ばれてそちらを向こうとして、前触れもなく顔に伸ばされた手に動きを止められた。

 そのまま有無を言わさず口付けられ、頭一つ背の低い少女が顔を赤くしているのを見て破顔する。

 

「可愛いやつめ」

「……うぅ」

「二日で帰るよ。約束だ」

 

 三日かかるかもと予想していた予定をしれっと変えながら、俯く少女の頭を雑に撫でて彼は今度こそダンジョンへ向かって消えていった。

 

 

 

 そうして、レフィーヤ・ウィリディスは地獄のような苦しみを味わうこととなる。

 

 発端は『上層』である第三階層を歩いていた時のこと。

 湧いてくるモンスターが湧いた瞬間に息絶え、視界に映ったモンスターは瞬きすら間に合わない速度で魔石に変わる。

 どれだけ数がいようと一閃、銀が閃けば全滅する。

 そんな圧倒的な光景に畏怖しながらも彼女がアルスとアイズが口付けていたことについてティオナと会話しながら歩いていた時、このアマゾネスはとんでもない事を言い出したのだ。

 

『めんどくさいし、レフィーヤ背負って走り抜けない?』

 

 などと巫山戯たことを宣ったアマゾネスにアルスが賛同し、レフィーヤは背負っていた荷物をアルスに強奪されてあっという間にティオナの背に背負われていた。

 そして、そこから始まる地獄の行軍。

 とにかく速さを意識しているのか目まぐるしく変わる景色。轢き殺されるモンスターの数々。激しい揺れ。変な絶叫を上げるレフィーヤに愉快だと大笑するティオナ。

 どれだけ悲鳴をあげても先導するアルスは速度を緩めることはなく、もしやアイズさんとの関係について騒いだ復讐!? などと見当違いのことまで考え始め、余計な体力を消費する始末に陥った。

 

 そんなこんなでレフィーヤだけがフラフラになりながら辿り着いた第十七階層。

 本来であれば迷宮の孤王(モンスターレックス)の一体、ゴライアスが存在する階層に辿り着いた。

 次産間隔(インターバル)の真っ最中である為この階層にその姿はなく、代わりに動いてもいないのに疲れ果てたエルフの少女と元気いっぱいな男女の姿。

 

 ここで止まったのはリヴィラに行くのに一度レフィーヤを落ち着かせようという優しさからであり、ついでに少し扱くかという悪魔的発想からだった。

 

「さて、お前たちには話すことがある」

「ん?」

 

 大盾を置き、両手剣を片手で持ったアルスが座り込むレフィーヤとその傍らのティオナに向けて口を開く。

 あからさまな闘志、殺意の欠けらも無く、気怠そうな様子を隠そうともしないながらもそこには明確に戦う意思があった。

 

「アイズの離脱によって俺たち【ファミリア】の戦力は大きく低下することになる」

「そうだね」

「そして、俺たちにはダンジョンを攻略する必要がある。これは果たさなくてはならないことであり、俺たち全員に共通した意思だ」

 

 当たり前のことを当たり前に語りながら、手を引かれて立ち上がったレフィーヤとティオナが身構えるのを待つ。

 どれだけ手を抜いても、どれだけ必要だからとやる気が欠けていても彼はLv.7。冒険者たちの頂点の一角。緊張に身を固まらせる彼女たちを責めるものはいない。

 

「まあ強いやつが必要な事情は色々あるが、アイズが抜けた穴を可能な限り小さくするためにはLv.6以上の四人で下を育成するべきだと判断した」

「それで、アルスはあたしとレフィーヤの担当ってこと?」

「そういうことになる。正直、俺にそういうのは向いていないと思ったんだがなぁ……」

 

 手加減というものに心底苦手意識があるアルスは提案された当初かなり渋った。

 しかし、お前がアイズ孕ませたのが原因といえば原因じゃないか? などと遠回しに脅迫されれば否とは言えない。

 

「なんでアルスがレフィーヤなの? リヴェリアの方が適任じゃない?」

「そこは事情があってな。俺の方である程度やったらリヴェリアに変わる予定だ。そういうことなので、レフィーヤはくれぐれも頑張るように」

「……は、はい」

「今日はお試しだから夜までシバく。明日は三十七階層に行ってそこから地上に走って帰る予定なのでそのつもりで」

「え゛っ!?」

 

 思わぬ強行軍にティオナが目を剥くが予定を変えるつもりはないらしい。

 そして、夜まではまだ暫くの余裕が有る。

 

「さて、構えろ。強くなってもらわないと俺が困る」

「え、ちょ、ちょっと待ってください!?」

「一切待たん。死ぬ気で頑張れ、レフィーヤ・ウィリディス」

 

 時間はない。早くしろ、と既に準備万端のティオナを顎で指しながら急かす。

 大双刃(ウルガ)を構えたティオナは満面の笑みを浮かべており、緊張と恐怖が混ざったレフィーヤとは真逆だった。

 

 

 まずは()()()()()()()からだな、と心の中で嘆息してアルスは重たい刃を振りかぶった。

 

 

 

 

 


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