ダンジョンでできちゃった婚をするのは間違っているだろうか   作:たわーおぶてらー

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気がつけばお気に入りが五千を超えて日刊一位にもなってました(過去形)。読んでいただきありがとうございます
筆が乗ったので本日二話目。
妖怪魔石置いてけとレフィーヤたんのお話




マネーマネー②

 

 

 

 

 レベルの差とは『器』の差だ。

 高ければ高いほどより強く、差が大きければ大きいほどどうしようも無い。

 それは覆せない絶望的な差であり、冒険者が積み上げる他に変えられない宝だ。

 

 時間をかけて力を蓄え、その果てに『偉業』を以て己の『器』を昇華する。

 それが冒険者。それが神々が子供たちに授けた『恩恵』。『神時代』における不変の法則。

 

 その到達点、現存する冒険者における最高は、レフィーヤにはあまりにも遠すぎた。

 

 大笑しながら挑んだティオナはズタボロになってスキルを吐き出しても尚あしらわれ、レフィーヤは渾身の魔法すら斬り裂かれた。

 モンスターを相手にする時のように大盾を持つこともなく、素手でティオナの全力を受け止める。

 リヴェリアの魔法を『召喚』しても一閃で両断し、持っていた杖で蹴りを防げば次の瞬間には背中が壁に激突していた。

 

 あまりにも、理不尽だったと思わざるを得ない。

 

 正面にいるはずなのに動作が見えず、師であるリヴェリアにも認められる『魔法』を歯牙にもかけない。

 圧倒的な暴力。研ぎ澄まされた技量。積み上げられた経験値。蓄えられた知恵。

 そしてなにより、レフィーヤが気圧されるその瞳。

 彼女はその『差』を、思う存分に味わった。

 

 倒れればポーションをかけて起こされ、悲鳴を上げれば追いかけ回され、立ち向かえば限界まで痛めつけられて壁に投げられる。

 治療はレフィーヤとティオナの両名が倒れた時にのみ行われた為、ティオナはレフィーヤよりも更に長く扱かれた。

 それでも笑顔を絶やさずにいられる姿に素直に感動すら覚えたものだが、同時に自分の不甲斐なさを痛感する一日だった。

 

 そうして、ともすれば心が折れかねないほどの蹂躙を受けたレフィーヤは翌朝、治したはずの身体が痛む気がして目を覚ました。

 彼女の記憶はポーションを馬鹿みたいに浴びたことによる臭いを気にして水を浴び、そのままテントでティオナと並んで寝たところで終わっている。

 

 気だるい身体を叱咤して起き上がり、先に起きて何やら火を見ているティオナに挨拶する。

 

「おはようございます」

「おっはよー! 意外と早かったね!」

 

 はいこれ朝ごはん、と差し出されたのはパンと暖められたスープ。それから足りなかったらこれも、と携行食が差し出される。

 受け取って感謝して、隣に腰かけてそれを口にする。

 特別美味しいというわけではないが不味くもなく、やはりダンジョンは食の娯楽が薄いのだけはどうにもならないな、と心の中で少しだけ悲しくなった。

 それでも食事は有難いものだし欠かせないものであるから摂るのだが、無言で食事を続ける彼女の脳裏に浮かぶのは昨日の光景ばかりだ。

 

 渾身の『魔法』を両断した姿。

 ティオナの全力を片手で受け止めてそのまま殴り返した姿。

 彼女を射抜く、その奥に何かを宿す蒼い瞳。

 

 どれもが彼女の力不足を突きつけてきていて、器を握る手に力が篭もる。

 

「どうかしたの?」

「えっ、いえ、なんでもないですよ」

「ほんとー? どっか痛いとことかあったら言ってねー?」

 

 その時はアルスに文句言うから! と快活に笑う彼女に僅かに張り詰めていた気が緩んだ。

 この元気が良いアマゾネスの少女に、入団ばかりの頃からレフィーヤは何度も助けられたことを思い出す。

 それと同じかそれ以上に困ったこともあったのを思い出して、彼女はすぐさま微妙な気持ちになった。

 

「いやー、それにしても昨日のアルスやばかったねー。前から強かったけどやっぱ別格って感じ」

「そう、ですね……」

 

 戦う姿は何度か目にした。しかし正面から相対するのは初めての経験であり、それを前にして折れはしないまでも奮起するのは難しかった。

 彼女は憧れの遠さを知った。

 アイズ・ヴァレンシュタインは彼と肩を並べて戦えるのだ。

 彼と並び、支え合うことが出来る。

 レフィーヤとはレベルの差があるとはいえ、やはり差は大きい。強くなりたいと願うものの、彼女の背中はあまりにも遠い。

 

「まあでも、そんなに凹むことはないよ! 相手してくれてるってことは、レフィーヤにそれだけ期待してるってことなんだからさ!」

「でも……」

「そもそもアルスと正面から戦えるのなんて、団長たちと【猛者(おうじゃ)】くらいなんだから気にするだけ無駄だって。大事なのはこっから頑張ることだよ」

「頑張ること……」

「あたしは頑張って頑張って頑張って、それでいつかギャフンと言わせてやるんだ! レフィーヤも頑張ってアイズに褒めてもらいなよ!」

「そう、ですね!」

 

 そうだ、このままではいられない。あの憎き男から、せめてアイズさんの隣で戦う資格は奪わなければ! とレフィーヤは奮起した。

 単純な少女である。エルフにしては珍しく直情的な傾向にあるが、それが幸いしている。

 そして憧れの人(アイズ)から頭を撫でてもらって褒められる光景を夢想してによによし始めた。これは直情的な傾向が災いしている。

 

 なんだか勝手に壊れた妖精に軽く引いたティオナだったが、そこはアマゾネス特有の大雑把具合で乗り越える。

 ちょっと面白い友人なのでこれくらいは平常運転と言えるだろう。たぶん。

 

「あれ、そういえば」

「どしたのー?」

「アルスさんはどこに?」

 

 彼のテントは片付けられており、野営の跡が残っているだけ。装備も置かれていないし、彼のバックも置かれていない。

 その事に気がついたレフィーヤの発言だったが、ティオナの返答に絶句することとなる。

 

「早起きして三十七階層に行ったよ。なんでも一人の方が都合が良いんだってさ〜」

 

 酷いよねー、とそのまま置いていかれたことを愚痴る。

 レフィーヤは頭が疑問符でいっぱいになった。

 

 荷物持ちとして連れてこられたのでは? という疑問から始まり、最終的には、もしかして昨日の鍛錬(いじめ)だけが目的で連れてこられたのでは? という疑問に執着する彼女の思考はしばらく続き、反応のなさに痺れを切らしたティオナに揺さぶられて正気に戻った少女は叫びをあげる。

 

 

「な、なんなんですかもぉ〜〜〜!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ウダイオス。三十七階層に君臨する迷宮の孤王(モンスターレックス)。推定はLv.6。

 討伐には【ファミリア】単位で臨むべき階層主。

 

 巨大な迷宮構造をした三十七階層のとある『ルーム』。そこに出現しているそれは、今、一人の冒険者によって殺されようとしていた。

 

 骸骨のモンスター、『スパルトイ』をそのまま巨大化させたような漆黒の巨躯。

 闇が充満する巨大な眼窩に灯る朱色の怪火。

 手にはこれまで誰も目にした事の無い、全長6M(ミドル)ほどの黒大剣。

 

 巨大なウダイオスからすれば小さなそれは人にとっては理不尽極まりない質量であり、正面から受ければ無事でいられるはずもない。

 その上で無限に湧くスパルトイは圧倒的な数の暴力を体現し、剣山を産む力は足場と動きを阻害する。

 

 故に、無謀にも単独で挑んできた男の末路は本来ならば死あるのみ。

 足掻くことも許されずにその命を散らす、はずだった。

 

『オオオオオオオオオオオオオォォォォォッ!!』

 

 苦悶の叫びを上げるのは絶対者であったはずのウダイオス。

 銀の閃きと共に核関節の一つが砕けて片腕を失い、巨躯の髑髏は痛烈に殴打された。

 スパルトイの群れを瞬く間に魔石を宿したガラクタへと変えながら、大盾と剣を携えただけの冒険者がウダイオスを一方的に痛めつけている。

 

 残った右腕の核関節が輝く。実行されるのは剣を振り上げて下ろすだけの単純な動作。召喚したスパルトイを巻き込んで押し潰すそれは片手に持った大盾で受け止められ、そのまま弾き返された。

 返す刃で周囲のスパルトイの群れが全滅。更なるスパルトイを召喚し、懐に飛び込んで殴打されて肋骨が一本砕けた。

 

『オオオオオオオオオオオオオォォォ!!!!』

「いやうるせぇよ。黙ってスパルトイを出せスパルトイを」

 

 人の身でありながら階層主を膂力で上回る。物量も意味をなさないほどの隔絶。

 その圧倒的な光景を作り出す冒険者こそ、都市最強の一角、Lv.7の到達者である。

 彼の狙いはウダイオスが呼び出すスパルトイの魔石。

 本来ならば三十七階層を走り回ってモンスターを殺して回る方がいいのだが、迫る遠征に向けて討伐しておく気遣いの結果なのかもしれない。

 

 本来ならば【ロキ・ファミリア】が全戦力をつぎ込んで討伐に臨むことで安全とは言い難いまでも確実に討伐する予定だったが、既にフィンに話してアルスが討伐することで話はついていた。

 結果として発生する、一方的な光景。

 全ての抵抗を正面から捩じ伏せ、全て出し尽くさせるような戦い方で嬲るようにウダイオスの巨躯を削っていく。

 

 剣山は砕かれ、黒大剣には既に亀裂が走った。スパルトイが湧く間隔は明らかに長くなっており、変わらないのはひび割れた髑髏の眼窩の怪火のみ。

 どこもかしこも痛み、傷つき、壊れかけている。

 戦闘が開始されてから早くも一時間。

 殺しきらないギリギリを攻めるような攻撃で散々嬲られたウダイオスに意思があれば、それはもう盛大に怒り狂って憎悪していただろう。

 

 巨躯の振り下ろす大剣を何度も受けた腕はそれでもなお健在であり、硬い骨を蹴った足もまた然り。

 細かな傷すらないアルスがやっていることは、正しくただの甚振りだった。

 ただ、当人は追い込んでも何も無いしこれは経験値(エクセリア)も碌に稼げんな、と勝手に失望している。

 

「引き出しも尽きただろうし、そろそろ終わらせるか」

 

 わざとらしい嘆息が一つ。

 

 刹那、大地を蹴る豪脚。そして、一閃。

 一歩で懐に飛び込んだアルスがそこから更に跳ね、その一閃でウダイオスが剣を握る右肩の核関節が砕け散った。両腕を喪失する。

 

『オオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!!』

 

 ウダイオスの咆哮に喚ばれたのか大量のスパルトイが出現、更には大量の剣山が地面から伸びてくるが、両手剣を握るアルスの右腕はそれらを一顧だにせず、一閃。

 骨格に守られていた巨大な魔石は骨諸共に砕け、漆黒の巨躯が灰へと還る。そして、次の瞬間には残されたスパルトイの群れが首から上を消失して全滅した。

 あまりにも呆気なく、あまりにも盛り上がらない幕切れだった。

 

「おお、なんか変な大剣ドロップしてんな。儲けた儲けた」

 

 床に転がった大量の魔石をバックパックへと収集しながら何となく懐中時計を開けば、予定よりも遊んだつもりが遊べていなかったことを把握する。

 これならもう少し稼いで帰れるな、と判断して三十七階層を軽く走り回ることを決めた。

 見たことの無いドロップの大剣もあるし、やはり大儲け成功であると内心小躍りする勢いだった。

 

 けれど、思わず独り言ちるのはなんとも言えない言葉。

 

「……それにしても、こんなに弱かったのか」

 

 かつては苦戦した。死にかけた。

 黒大剣なんて持ち出しては来なかったが雑兵のスパルトイも手強く、なんなら本体に傷をつけるのも割と一苦労だったと記憶している。

 それが、今の彼からすれば本気でやっていれば軽く嬲る程度となった。

 

「強くはなれたなぁ……」

 

 確かにこれは成長したと言えるだろう。進歩したと言えるだろう。

 だが、それは同時に終わりの見えない停滞に陥ることを意味していた。

 果たして、今のアルス・ラドクリフの『冒険』はどこにあるのか。

 

 

 

 

 更なる高みへと至る為の『偉業』とは、なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第十八階層、リヴィラの街の外縁。

 野営を片付けてアルスの帰還を待っていたティオナとレフィーヤは、彼が行ってきたという所業に瞠目した。

 

「う、ウダイオスの単独撃破ぁ!?」

「この通り終わらせてきた。魔石は大量、レアドロップも確保。これで貯蓄も潤うというわけよ」

「え、えぇ……?」

 

 そんなんでいいの? と流石のティオナですら首を傾げる。

 

「それって『偉業』なんじゃ……」

「残念ながらそんな歯応えはなかった。ステイタスが少し伸びてたら御の字かなぁ」

「で、デタラメな……」

 

 階層主の単独討伐、それも『深層域』のとなれば間違いなく膨大な経験値と『偉業』なのではと思ったレフィーヤだったが、目の前の男にとっては全くそうでは無いらしい。

 カラカラと笑う男を見て感心すればいいのか呆れればいいのか分からないが、オラリオの人々はこれを『偉業』だと称えるんだろうなとは予想出来た。

 ただ余人の『偉業』は彼にとってそうではないだけで。

 

「幾らになるかな〜、幾らになるかな〜」

 

 だというのに、上機嫌で金勘定しかしていないこの男は何なのだろう。いや、愛しき憧れの人であるアイズの佳い人である。

 鼻歌でも歌うように言葉を繰り返しながら地上に向かって歩き出した男には、その背の大盾についた傷の他に目立って傷も汚れもない。

 だが、スキップでもしそうなくらいに軽い足取りで金勘定をしては小躍りする姿は滑稽だった。

 複雑な心境がより複雑になった。数時間前まで畏怖すら覚えていたけれど、なんだかただの馬鹿にすら見えてきた。

 

 行きのように無理矢理に運ばれるという苦難に陥らなかったことに安堵するレフィーヤは、長引きそうになった自分の思考を打ち切った。

 そんなことよりも、今はあの背中を見るべきだと。

 自分の憧憬の隣に立つために、己の無力を呪うが故に。

 

 何でもいいから学び取るという強い意志で、彼女は前を向いて歩いた。

 

 

 

 


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