戦場のヴァルキュリア 蒼騎士物語   作:masasan

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第十三話

「それで・・・アスロン市は、すでにガリアの手に渡ったのだな?」

 

「・・・はい。敵部隊の規模は2個小隊程度と少数ですが、今までのガリア軍とは全く違う精鋭ばかり。部隊の約半数を失い、部隊の指揮をとっておられたヴェルナー・ドレスナー少佐の指示にてアスロン放棄を決定。ヴェルナー少佐は、撤退戦の折に・・・戦死なさいました」

 

アスロン市から約20キロ地点。133小隊、及び422部隊の混成部隊と交戦、壊滅的被害を被ったアスロン駐屯軍残党はギルランダイオ要塞への撤退途中に遭遇したある部隊と面会していた。

 

本来ならば、アスロンへの援軍としてギルランダイオを発ったドライ・シュテルン、マリーダ・ブレス大佐旗下の特殊実験部隊、通称アインヘリアルである。

 

戦死したヴェルナー少佐から指揮権を引き継いだ若い士官は当初この部隊との接触を避けようかと考えていた。アインヘリアルは、帝国軍内でもいろいろと曰くつきの部隊である。人体実験を行っている、粛清部隊として味方殺しを行っている、任務のためなら敵味方関係なく損害を与えるなど、碌な噂がない。

 

だが、得体のしれない部隊なれどその実力だけは本物だった。マクシミリアン、もしくはマリーダ大佐以外の指揮系統に属さないアインヘリアル。彼らが介入した戦場はどんなに劣勢だろうとも、どんなに敵が強大であろうとも戦場を蹂躙し、勝利をもたらしてきた。

 

そんな彼らの援護が得られれば、現状多くの負傷兵を抱える残党であっても何の問題もなくギルランダイオへと帰還することができる。そんな打算の下にルイアと面会を果たした士官だったが、しかしルイアから発せられた言葉は彼の願いとはまったく異なるものだった。

 

「指揮官不在の敗残部隊か・・・悪いがこちらも貴官等に割く戦力は持ち合わせていない。現状の戦力でもってギルランダイオへと帰還せよ」

 

「そんな・・・!我が隊には多くの負傷兵がおります!彼らを伴ったままギルランダイオへと帰還するのはリスクが高いのです!どうか護衛を・・・!」

 

「我らがマクシミリアン殿下から仰せつかったのは「アスロン市に駐屯する部隊の援護」だ。アスロンを放棄した敗残兵達の世話などは命じられていない。それに、負傷兵が荷物になるというのならば、それを下せばいいではないか。余計な荷物は持たないに限る」

 

冷たく突き放すルイアの言葉に、ギリッと歯を軋ませる。負傷者を見捨て、ギルランダイオへと向かえ。ルイアが言っていることは、つまり仲間を見捨てて自分たちだけで帰還しろと言うことだ。

 

あの戦火の中を何とか生き延び命をつないだ彼らをこの男が容易く「見捨てろ」とほざいたのだ。

 

「脆弱な兵など、帝国には必要ない。早急に処分することこそ貴官の為すべきことではないのか?」

 

何の感情も籠っていない口調で語るルイアに、溢れんばかりの憎悪を向けそうになるが、何とか自制するため拳を握りしめる。爪が食い込み血が零れおちるが、こうでもしないと目の前の澄まし顔へと殴りかかりそうなのだ。

 

(お前に・・・お前なんかに、何がわかるんだ・・・!!)

 

倍近い兵力を持ちながら、敵に対した損害も与えられなかったのは確かに反論のしようも無いくらい、情けないことだ。だが、敵はあの「蒼騎士」率いる精鋭部隊だ。弾幕に恐れる素振りも見せず、敵陣へと攻め込む胆力。混戦の中、味方への誤射を恐れず敵のみを撃ち抜く洗礼された技量。こちらの手の届かない距離から、正確に目標を撃破する技術力と腕前。古の戦場にいたと言う「英雄」にも見劣りしない身のこなし。

 

あれに勝とうとするならば、最低でも4倍近い戦力差がなければならないはずだ。そんな部隊を相手に生き残った戦友たちを、この男は切り捨てろと言う。

 

呑めるわけがなかった。

 

自分は、亡きヴェルナー少佐からこの隊を任されたのだ。その自分が、我が身可愛さに仲間を、戦友を見捨てることなど、決してありはしない。

 

だからこそ、なんとしてでも仲間たちをギルランダイオへと無事に連れ帰らねばならない。

 

だが、この男に感情で訴えても何の効果も無い。この男は、まさに冷血漢。情など、何の役にも立ちはしないと考える人種で、そんな物に訴えるくらいならば有益な情報の一つでも渡した方がまだ交渉の糸口があるはずだ。

 

「・・・敵は、ただのガリア軍ではありません」

 

「なら、なんだと言うのだ?亡霊とでも言うのか?」

 

「―――蒼騎士です」

 

「――――」

 

それまで士官の報を一切見向きもしなかったルイアが、かすかに目元を動かし、初めて士官と目を合わせた。

 

「―――蒼騎士、だと・・・?」

 

(喰い付いた・・・!!)

 

「―――はい。敵は、あの「蒼騎士」、「魔女」が率いる精鋭部隊です。その部隊の所持する戦車はこちらの戦車の射程を大きく上回っており、碌な対抗手段がありませんでした」

 

浮かびそうになる笑みを内心で止め、それまで何の反応も示さなかったルイアが自分の提示した情報にどのような反応を見せるのか。一挙手一投足、すべてを見逃さないよう注意していた士官だったが、しかし彼の思惑通りの反応をルイアは示すことなく「―――そうか」と呟くと、すぐに視線を士官から逸らしてしまう。

 

「ご苦労だった。もう下がっていいぞ」

 

「―――ッ!!ま、待ってください!護衛は!護衛の件は一体!!」

 

「先に言った通り、我が隊にも余裕があるわけではないのだ。それに、貴官の言が真実ならば、これから戦うのはガリアの誇る英雄だ。そんな者共を相手にするのだ。戦力を割くわけにはいかないだろう」

 

「―――ッ!!」

 

正論だ。自分でも、ガリアの「蒼騎士」と戦う前に戦力を割くような愚行など犯しはしない。それが、自軍の拠点に戻る部隊の護衛などならば、なおさらだ。

 

狙いが、裏目に出たか・・・!!

 

自身の目論んだ結果とは正反対の結果に、士官は後悔の念を抱き、歯を食いしばる。だが、彼はルイアが口にした意外な内容に、目を見開いた。

 

「―――護衛は出せんが、多少の物資ならば供給しよう」

 

「―――ほ、本当ですか!」

 

「元々、我らはアスロン駐留軍への援軍として来たのだ。多少なりとも物資の補給は持参している。だが、多くはやれない。物資もタダではないのだからな」

 

感情を感じさせない淡々とした言葉。だが、今回紡がれた内容は、先ほどとは違い朗報だ。顔に安堵の笑みを浮かべながら士官は敬礼した。

 

「ありがとうございます、大尉。無理を言ってしまい申し訳ありません」

 

「世辞はいい。それよりも、我が隊はこれよりアスロンを奪還した敵部隊と交戦を行う。早急に物資の受け取りを終え、ギルランダイオへ帰還したまえ」

 

「ガリアの蒼騎士と戦うのですか・・・!」

 

「無論だ。栄えある帝国軍が、一方的にやられたままで黙っているわけにもいくまい?」

 

その後に呟かれた「取っておきたいデータもあるからな」と言う声は士官の耳に届くことはなく、彼は自分たちの仇を取ろうとしてくれる目の前の男が、自分が思っているよりも感情がある人間なのではと微かに感じ始めていた。

 

だからだろうか。先ほどまでは恨みさえこもっていた目は幾分か和らぎ、出撃の準備を始めると告げたルイアへと士官は自然と敬礼を取り、武運を祈ると口にしていた。

 

「・・・ご武運を」

 

「貴官等もな」

 

敬礼を解き退出する士官を見送ったルイアは無表情の中に微かな笑みを浮かべながら虚空を見つめる。

 

「そうか・・・お前が私の前に・・・運命と言うのは、どうやら私達を引き合わせるようだな・・・クククッ」

 

笑み零すルイアの顔は、それまで無表情が嘘のように不気味な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、何とか勝てたな」

 

アスロンを占拠していた敵部隊との戦闘からすでに1時間近くが経過している。その間、ヴァリウス達は帝国によってもたらされた被害の状況、負傷者の報告、消耗した武器弾薬についてなど、様々な戦後処理を行っていた。

 

アスロン市の一角に簡易テントを設置し負傷者の治療、食事の準備、損傷した機材の簡易整備など戦いが終わって、はい終了と言うわけにはいかないのだ。

 

「ルシア中佐、422部隊の損害報告です」

 

「ああ、ご苦労さん」

 

様々な報告書へと目を通し、コーヒーをすすっていたヴァリウスの下にネームレスの現纏め役であるクルトが自隊の受けた被害報告書を手に訪ねてきた。

 

「422部隊の死傷者は無し。欠員は一人もおりません。負傷者も、軽傷者数名のみと、被害は皆無と言えます」

 

「そうか。そりゃよかった。あ、負傷者の治療ならうちのと一緒に受けてくれ。丁度今向こうのテントでやってるみたいだからさ」

 

「しかし、422部隊の損害を中佐に面倒見てもらうわけには・・・」

 

「気にするなよ、アーヴィング少尉。数人治療する奴が増えたってうちの衛生班ならどうってことないよ」

 

「・・・今の自分は、No.7です、中佐」

 

「ホント真面目だな、アーヴィング少尉・・・。少しは周りの奴らを見習えよ?適度に肩の力を抜くのも大事だぞ?

 

そう言ってヴァリウスは、近くの食糧配布テントの周りで133小隊の面々と談笑するネームレスの面々を指さした。

 

「ほう・・・それで、ここまで味が変わるのか」

 

「ああ。コイツはちょっとした工夫が必要だけど、それさえ出来ちまえば、がらりと風味が変わるんですよ?大尉も、一回試してみたらどうですか?」

 

「ふむ・・・」

 

「あ、ギオルさん!!今度こそあたしと勝負してくださいよ!!この前も折角のチャンスだったのにはぐらかして!!」

 

「おいおい、勘弁してくれってのに・・・俺はもう年なんだって」

 

「アニカさん、ダメですよ?ギオルさんに迷惑かけちゃ。戦闘が終わったばっかりなんですから、二人とも身体を休めないと」

 

「はい、グスルグ。いつものソース。一応頼まれていた味にしてみましたから、あとで確かめてみて下さいね」

 

「ああ、すまない。これがないとどうにも気が引き締まらないからな」

 

「そういってもらえると嬉しいですね~。あ、そうだ。今度新しいスパイスに挑戦しようと思うんですけど―――」

 

「あのソースって、エレイシアの手作りだったのかよ・・・」

その

 

「最近特にあの辛い匂いが更に増してるなと思ったんだよ・・・勘弁してくんねぇかなぁ・・・」

 

和気藹藹と133小隊の面々と談笑すうネームレスのメンバーを見たクルトは眉間に皺を寄せつつも、ああいった笑顔を作る自分を想像し、ありえないなと頭を振る。私生活でもああいった顔を見せたことがほとんどない自分にとっては、仲間と談笑するよりも敵と戦う方が難易度は低いはずだ。

 

クルトの表情から、何か変なことを考えてるなと読み取ったヴァリウスは苦笑を浮かべながら眉間に皺を寄せているクルトの肩を軽く叩く。

 

「ま、適度に肩の力を抜かないとな。いつも気を張ってばかりじゃ疲れるだろ?」

 

「・・・そう言うものでしょうか?自分は、特にそう感じたことはないのですが・・・」

 

「まぁ、真面目な性格のお前なら、そうかもしれないが・・・とにかく、後のことは任せろ。お前達は、先に基地へ帰投してくれ」

 

「了解しました。では、これより422部隊は幻任務を133小隊へ移譲、基地への帰投を開始します。それでは、後の事はよろしくお願いします」

 

敬礼し、隊員達の下へと歩いていくクルトの背中を見送りながら「若いのに硬い奴だ」と零し、自らもまた隊の下へと歩いていく。

 

その後、133小隊と別れ基地へと帰投していくネームレスを見送ったヴァリウスは、彼らの姿が見えなくなった辺りで、戦闘終了後から感じる悪寒に似た何かを発する方向へと視線を向けた。視線は、鋭く、まるで戦闘を行う直前のような空気を纏っている。

 

「どうした、ヴァン。いやに険しい表情をしているが・・・」

 

「・・・何か、とてつもなく嫌な予感がするんだ・・・」

 

「お前の勘は馬鹿に出来ないが・・・敵か?」

 

「分からない。それを確かめに無理言ってキース達に偵察へ行ってもらってるんだが「隊長、キルヒア少尉から通信が」来たか・・・こちらヴァリウス。何か発見したのか?」

 

『ええ。隊長、相変わらず良い勘してますね。東10kmに、砂塵を確認。規模は分かりませんが、方角から見て帝国軍と見て間違いありません。あくまで私見ですが、報告にあった例の部隊ではないかと』

 

「根拠は?」

 

『敵の通信を傍受してみましたが、通信に聞きなれない部隊名がありました』

 

「そうか・・・分かった。疲れているとは思うが、引き続き警戒を頼む。後の指示は追って伝える」

 

『了解』

 

キースとの通信を終え、隣で険しい表情を浮かべるセルベリアへと「敵が来る」と告げ、指示を出し始めた。

 

「総員集合。損害の出た装備は外して、予備の武器を用意するように伝えてくれ。連戦できついとは思うが、相手はどうやら普通の敵じゃないらしい。・・・厳しい戦いになりそうだ」

 

「分かった。負傷者はどうする?」

 

「アリアからの報告にもよるが、ラグナイトの治療を受け戦線に投入可能と判断された者以外はここに残す。それ以外は郊外にて交戦準備を頼む」

 

「了解した」

 

離れていくセルベリアの背を見送ったヴァリウスは、自身も戦闘準備を整えるべくその場を離れる。その表情は険しく、これから起こる戦いの厳しさをどこか予感しているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全軍、進軍停止。レギンレイブを起動しろ」

 

アスロンから5キロほど離れた地点。アスロン駐留軍残党をギルランダイオへと送り出したルイア達レギンレイブは、特に大きな障害に突き当たることなく順調に歩みを進め、1時間程度でアスロン市を目の前にしたところまで迫っていた。

 

「隊長、なぜここでレギンレイブの起動を?ここから徒歩で向かうとなると、戦闘時に起動制限時間を超過してしまう恐れがありますが」

 

苦言を呈する部下を一瞥し、ルイアは一言「アスロン市内へ進軍はしない」と告げた。

 

「アスロンへの進軍はしない・・・?ならば、どこで敵と交戦を?」

 

「敵ならすでにいるぞ」

 

「ッ!!」

 

ルイアの言葉に瞠目し、慌てて周囲を見渡す。しかし、彼の目に敵の姿は映らず、「一体どこに・・・」と困惑しながら周囲へと目を凝らす。

 

「前方2キロ地点。上手く偽装してはいるが、あの膨らみは不自然だ。それから、その横にある森にも、敵兵が潜んでいる。肉眼では目視出来んが、恐らく報告にあった戦車も潜んでいるはずだ」

 

首にかけていた双眼鏡を使用し、話にあったあたりを注意深く探る。傍目には何の変哲もない草原だが、言われてみれば確かにポツポツと不自然な膨らみがいくつか見られた。森の方は兵も、そして戦車の姿さえも見えないが、ルイアの観察力は共に行動してきた経験から絶対的なものを誇っていると知っているので、疑うことはなった。

 

だが、そのどちらも「言われてみれば」気付くかもしれないと言うレベルの偽装が施されている。あれを離れた距離から看破するルイアの能力に、男は改めて戦慄を覚えた。

 

男が無能なのではない。ルイアが異常なのだ。

 

「待ち伏せですか・・・どうしますか、隊長」

 

「罠にわざわざかかってやる必要もあるまい。ここからレギンレイブで薙ぎ払う」

 

次々と起動音を発し始める供給車からエネルギーケーブルを着脱し、整列するレギンレイブを背後にしながら、表情を一切変えずに淡々と述べるルイア。

 

方針が決まり、レギンレイブ達はルイアの前へと進み出る。

 

ガシャッガッシャッと重い音を発しながら横一列に並び終えたレギンレイブはその場で停止。

 

ルイアの「砲撃用意」と言う指示によって抱える槍のようなものを偽装を前方の草原へと穂先を向ける。

 

「撃て」

 

槍のようなものから蒼い光が迸り、草原へと光の柱が放たれた。一見しただけでもそれが秘める暴虐的な力が伺えるそれに、草原に伏せた敵は驚きを露わにしているはずだ。だが、もう遅い。光は敵が潜んでいる場所を丸々飲み込み、地面ごとその空間を抉り取る。後に残るのは、光が秘めた力の残痕だけだ。

 

「やはり、レギンレイブの力は素晴らしい・・・!!敵兵の死体さえも残らなかったようですよ、隊長!!」

 

光がもたらした力の痕に興奮した様子を隠さない士官は、上気しながらルイアへと話しかけるが、当のルイアは「違う・・・」と小さくつぶやいた。

 

「一杯喰わされたな・・・あれはダミーだ」

 

「ダミー・・・?し、しかし偽装までしてこちらを待ち伏せていたのですよ?それがダミーとは」

 

「だからこそだ。ダミーにより真実味を持たせるには、そのくらいしなければならない。本物はおそらく―――」

 

「敵襲!7時の方向より敵部隊接近中!」

 

「―――後ろだ。私の目も、どうやら衰えたようだ」

 

微かに自嘲するように口角を歪め、後方から接近してくる敵を見遣る。ガリア軍の特徴的な青い軍服ではなく、隠密性を重視した迷彩柄の戦闘服を纏った集団が後方の隊へ攻撃をしかけながら駆けてくる姿があった。

 

「初手はこちらが一杯食わされたか」

 

淡々と口にした言葉に悔しさは微塵も伺えない。そして、敵が迫っていると言うのにひどく落ち着いた口調で呟いたルイアは腕を一振りし、「レギンレイブを後方に展開する。他の戦闘員はそれまで敵部隊の足止めを行え」と指示を下した。

 

上が落ち着いた態度でいるためか、練度の高さゆえか、アインヘリアルの面々も下された命令を迅速に実行、敵部隊への迎撃を開始する。

 

形成される弾幕はアスロンに駐屯していた帝国軍とは比べ物にならないほどの密度を成し、一気に接近しようとしていたガリア軍はその足を停止させざる負えなくなる。

 

その間に最前列に並んでいたレギンレイブは一斉に反転、移動を開始した。

 

「さて・・・ここからが勝負だな」

 

レギンレイブが位置に就くのが先か、敵が迎撃を潜り抜けてくるのが先か。そこが、この戦いの勝敗を決定する。微かな笑みを浮かべながら、ルイアは銃声が飛び交う戦場を睥睨した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新たにアスロン市へと接近する帝国軍との戦闘前、敵の戦力が不明なためヴァリウスは開発局からテストを頼まれていたダミーバルーンを使用した情報収集を行おうと目論んでいた。

 

このダミーバルーン、使用方法は至って簡単で、人型を模したバルーンに空気を送り込めば完成といった代物で、近くで見れば一発で偽物と分かる代物なのだが、偽装を施すことのよって遠目では本当に兵士が伏せているように錯覚させることが可能な品だ。

 

そして、自分たちはこれまた開発局から支給された迷彩装備を纏い仕掛けから少し離れた場所で待機することにしたのだ。

 

それらを用いて、敵を待ち伏せているかのように見せかけ敵の戦力を多少なりとも分析しようとしていたヴァリウスだったが、しかしその目論見は敵の放った攻撃によりすぐに潰えた。

 

(あの、蒼い光・・・まさか、帝国にもヴァルキュリアがいるのか・・・?けど、それにしては被害が小さい。クソ、なんなんだ、やつらは・・・!!)

 

それなりに時間を稼げると想定していた偽装を施したダミー群だったが、それを一瞬で吹き飛ばしたとんでもない暴虐性を持つ蒼い光を分析しながら、ヴァリウスは眼前に展開する敵へと銃弾を撃ち込み、また一人敵を撃破。お返しとばかりに放たれる銃弾の雨を木の陰に隠れることによって回避する。

 

敵の戦力はおよそ一個小隊規模。戦力的には自分たちと変わらないが、報告にあったあの奇妙な鎧を纏った集団。あれは、そんな戦力差など一瞬で吹き飛ばす力を持っている。

 

ダミーがあった場所はそこに草花が生い茂っていたとは信じられない光景と化している。地面は深く抉られ、歪な窪みを形成しており、それが数メートルほど続いている。あんなものを放たれれば、歩兵である自分たちは言わずもがな、装甲車とてひとたまりもなく撃破され、通常の戦車よりも厚い装甲を有している133小隊の戦車と言えども大破は確実。先ほど放たれたような一斉放火にあえば一瞬で部隊は全滅である。

 

今は敵を盾代わりにすることであの化け物じみた攻撃を防いでいるが、敵はすでにあの鎧達をこちらへと動かしている。あれが自分たちの目前に現れた時がこの戦いの決着の時だ。

 

それを防ぐためにはなんとしてでも接近戦を仕掛け、乱戦状態へと持ち込むしかない。

 

「と言っても、こうも見事に牽制されたんじゃ、うかつに身動きが取れないんだがな」

 

「おまけに、ここを突破できても、後ろにとんでもない化け物が待っている、と。全く、貧乏くじにもほどがあるな」

 

ヴァリウスと同じく木陰に身を潜めるセルベリアが口角を歪め皮肉気に笑う。

 

ダミーを一瞬で吹き飛ばした敵――便宜上”甲冑兵”と呼称――が攻撃をしてこないのは、味方の兵がヴァリウス達の間に存在しているからだ。

 

この盾代わりとなっている敵兵がすべて消えれば、甲冑兵が攻撃をしない理由は消滅する。現状を維持することが、ヴァリウス達の生き残るための手段となっているのだ。

 

「だが、いつまでもこの状態を維持ってわけにはいかないよなぁ」

 

「甲冑兵もこちらへと移動しているようだからな。ここにやつらが到着すれば、その時点で私たちはあの世行きだ」

 

敵を討たねば敵が来て、敵を討っても敵が来る。問題は解決の糸口さえも見せない。このまま正攻法で戦いを続けても、待っているのは死だけだ。

 

「・・・しょうがない。ちょっと無茶するか」

 

通信機を手に、ヴァリウスは呟いた。それを横目にセルベリアはこちらへ攻め込もうと動いた敵を射殺し、すぐに身を隠す。

 

「こちらヴァリウス。各員、聞こえるか?」

 

『こちらジャガー、聞こえます』

 

『ハウンド、感度良好』

 

『こちらホーク、聞こえますよ』

 

『こちらグリーズ!銃声で聞き取り辛いが、なんとか聞こえるぜ!』

 

「よし。各員に告ぐ。これより、俺とセリアが敵陣に突っ込み、後方から迫る甲冑兵を撃破する。援護を頼むぞ」

 

『『『・・・はぁ!?』』』

 

うるさっ!と、通信機を遠くに離す。だが、通信機から流れてくる仲間の声はボリュームを落とすことなく発せられ、銃声に負けない音量を維持している。

 

『何言ってるんですか、隊長!この弾幕を二人だけで潜り抜けるなんて、無茶にもほどがあります!!』

 

『第一、ここを突破しても、後ろには甲冑兵存在してるんです。二人だけでは到底かなうとは思えません!』

 

『自殺行為ですぜ、隊長!』

 

次々に発せられる皆の抗議の声。当たり前といえば当たり前なのだが、ヴァリウスの取ろうとしている行動は、明らかな自殺行為、無茶どころの話ではない。

 

だが、そうでもしなければ現状を打破することは出来ないのだ。

 

「確かにこの弾幕の中を俺とセリアだけで突破するなんざ、無茶だとは思う」

 

『なら!』

 

「まぁ、聞け。だからと言って、このまま現状を維持していればいいわけじゃないのは、お前らだって分かってるだろ?」

 

『それは・・・なら、せめて俺たちも一緒に行きます!』

 

「グレイ、それこそ馬鹿な話だ。いいか?|俺≪・≫と|セリア≪・ ・ ・≫ならこの中を突破出来る。けど・・・お前らじゃ無理だ」

 

『『『・・・』』』

 

冷たい、突き放すような言葉。だが、誰もがそれは真実だと理解していた。ヴァリウスとセルベリア。この二人は、自分たちよりも、一段上の存在なのだと。

 

「それに、あいつらを突破した後も、盾代わりとして使うなら、引付役が必要だろ?なら、俺たち二人でここを突破、接近する甲冑兵を撃破する」

 

『しかし・・・隊長達の負担が大きすぎます。それに、あの甲冑兵の攻撃をたった二人で受け持つなんて・・・』

 

「それは多分だが大丈夫だ。敵さんも味方が居る中であの光を放とうとはしないはずだ」

 

希望的観測が多分に含まれた予想だ。しかし、通信機の向こうに居る面々にとってはかなりの説得力を持っていた。

 

『・・・了解しました。なら、私たちは隊長達を全力で援護します』

 

『それしかない、か・・・無事に戻ってきてくださいね、隊長』

 

『帰ったら一緒に酒でも飲みましょうぜ!』

 

『ご無事で、隊長』

 

「ああ。もちろんだ。・・・ここは任せたぞ」

 

通信機を置き、ヴァリウスは目を瞑る。未だ銃声は途切れることなく轟いているが、今この瞬間だけは彼の耳に銃声は一切届いていなかった。

 

(ほんと・・・仲間に恵まれたよな、俺たちは)

 

記憶がなく、自分が本当は誰なのかも分からない。奇妙な研究所でセルベリアと出会い、今まで生きてきた。自分を拾ってくれた義父、自分を慕って集まってくれた仲間。

 

本当に、恵まれていると思う。

 

だからこそ、

 

「あいつらの期待・・・裏切るわけにはいかないよな」

 

「ああ。頼まれてしまったからな。”無事に帰ってきてくれと”」

 

「ああ。だからこそ―――」

 

傍らに立つセルベリアの言葉に笑みを浮かべ、立掛けていたディルフを手に取る。ひとつ息を吸い、目を見開く。二人の体からは、うっすらと蒼い炎が立ち上っていた。

 

『出し惜しみは無しだ』

 

『ああ』

 

それぞれの得物を手に木陰から身を踊り出す。二人の姿を見た帝国兵たちは、即座に反応、銃口を姿を見せた二人へと向け引き金を引く。

 

マズルフラッシュが煌めき、火薬によって撃ち出された銃弾が並び立つ二人へと群れをなして襲いかかる。二人はその場から一歩も動いていない。

 

”仕留めた”

 

必殺を確信し、なおも引き金を引き続ける帝国兵たち。だが、彼らは信じられない現実を目にした。

 

”二人が、その場から消えた”のだ。

 

確実に二人を貫くと思われた銃弾は、蒼い光の残滓を貫くもすでにそこに実体はない。空中を奔った銃弾は生い茂る木々へと命中し鈍い音を響かせる。

 

一瞬にして銃弾の雨を回避した二人は、体勢を低くしたまま地を駆ける。帝国兵達へと目にもとまらぬ速さで迫るヴァリウス達。そのスピードは帝国兵達の認識速度を優に超えており、誰一人として彼らの姿を捉えることは出来ていない。

 

だが、尾を引く蒼い光が二人が自分たちの許へと迫り来ていることを知らせていた。

 

「う、撃て!!弾幕を形成しろ!!」

 

若干パニックに陥りながらも迎撃の意思を示す下士官。非現実的な光景だが、敵が迫っていることには変わりない。冷静さを完全には取り戻せていない面々も、命令に対し反射的に行動を開始。

 

冷静であった時と比べればかなり隙間があるものの、夥しい数の銃弾が壁を作りヴァリウス達の接近を阻止せんと立ち塞がる。

 

しかし、今の彼らには、中途半端な弾幕など意味を成さない。

 

射線と射線の間に生まれる僅かな隙間を縫うように駆ける二人の体に銃弾は掠りもせず、宙には蒼い軌跡だけが描かれる。

 

瞬く間に縮まる両者の距離。飛来する銃弾に顔色一つ変えずに奔るヴァリウス達とは対照的に、数多の銃弾にも怯まず、接近する二人に対し帝国兵達は焦りと怯えの色が浮かび上がる。

 

やがて、相対距離が30mにまで迫った瞬間、それまで地を駆けていた二人の姿が再び帝国兵達の視界から消え去った。

 

「またッ・・・!周囲警戒!!来るぞ!!」

 

弾幕形成を中断し、周囲への警戒を行う。どこから攻めてくる・・・前か・・・横か?

 

緊張が奔り、汗が滲む。視界から消えているということは、どこから攻撃されるか分からない恐怖が襲いかかるということだ。それは、兵士の精神を確実に蝕む毒と同じ。誰もが怯えの色を隠せずにいた。だが、一向に敵が攻撃を仕掛けてくる気配はない。緊張に空気が張り詰めるなか、ふと後ろから風を感じた兵士の一人が振り返った。

 

「―――う、後ろだ!!」

 

誰に気づかれることもなく、二人は敵陣の真っただ中に居た。叫んだ兵士をヴァリウスが一瞥する。不気味に輝く赤い瞳に見詰められた兵士はビクリッと体を震わせながらなんとか銃口を向けようとするも、思うように体が動かず狙いが定まらない。

 

(クソッ・・・動け・・・動けよ!!)

 

ガチガチと不快な音がする。自分の歯が発する音だと気付いたのは彼らが去ってからのことだった。自分の体だというのに。ただ見詰められているというだけで、自分の体が自分のものではないかのような錯覚さえ覚えていた。

 

見詰められていたのは数秒だろうか。それとも数十秒?いや、数分かもしれない。実際には1秒もなかったのだが、彼にとっては永遠ともいえる時間が経過していた。

 

そして、気づいた時には彼らの姿ははるか遠くへと消えていた。

 

「助かった・・・のか?」

 

特に攻撃もされず、去って行ったヴァリウス達を茫然と見送る。圧倒的なスピードで弾幕を突破し、誰にも気づかれず陣中に現れ、何もせずに去って行った敵。

 

不可解な彼らの行動に呆気にとられていた下士官は、だが彼らが目指す先にある者が何か気付くと、全部隊に追撃命令を下そうと動く。

 

だが、それは一歩遅かった。

 

「全軍、突破した敵を追げ「た、隊長!!敵が!敵が攻撃を仕掛けてきます!」何ッ!クソ、まんまと出し抜かれたと言うことか・・・!!」

 

呆然としていた帝国へ突如襲い掛かる133小隊。中枢であるヴァリウスとセルベリアを欠きながらも、苛烈な攻撃は帝国の足を止めるには十分の圧力があった。

 

「・・・全部隊に告ぐ!正面の敵を即時殲滅する!!出し惜しみはするな、全力を持って排除に掛かれ!!」

 

「いいか、全員よく聞け!!俺たちの役割は隊長達の援護!!これだけだ!!無様な格好はさらすんじゃねぇぞ!!」

 

気炎を上げる両軍。遥か先を駆けるヴァリウス達へと届けとばかり、残された面々は己らに課された責務を全うすべく全力で敵との交戦を開始した。

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