「フフーンフーン、フーン!いや~、久々の休暇ですね~!」
アンスリウム郊外における激戦から二週間、軽傷とはいえ、負傷していたためについ昨日まで入院していたエレイシアは、上機嫌に町中を歩いていた。本人からしてみれば、かすり傷にも等しい程度の怪我だったのだが、アリアを始めとした衛生班一同、そして病院関係者たちの制止により一週間もの間入院生活を過ごすこととなった。
そして、昨日ようやく全快と結果が下されたエレイシアは実に数ヶ月ぶりとなる休暇を満喫するために、これまた久々となる首都ランドグリーズへと繰り出していた。
「さてさて~どう過ごしましょうかね~?最近はここいらのカレー屋さんも戦争の影響でしまったりしてますから、新作なんて期待出来ないですし~・・・おろ?あれは・・・!!」
女性としてその過ごし方はどうなんだと一言言いたくなる計画を脳裏にて展開させていたエレイシアは、先を歩く一人の男性の姿を目にし、満面の笑みを浮かべながら駆け出す。
「シキさ~ん!!おーい!シキさ~ん!!」
「あれ、エレイシアさんじゃ無いですか」
自身を呼び止める声に振り返った青年は、笑顔で近づいてくるエレイシアの姿を目にすると、優しげな笑みを浮かべ足を止めた。
「こんにちわ、シキさん!えっと、今は仕事中でしょうか・・・?」
「いえ、丁度仕事が終わったところですよ。これから飯でも食いに行こうかなって思ったんで、一人でブラブラしてたんですよ」
シキがそう言った瞬間、エレイシアはまるで戦場にでも行のかと言わんばかりの目をして、「なら、一緒にご一緒しませんか!!」と、力強い言葉を発する。
その気迫たるや、並大抵のものではなく、勘のいい者ならば、否、普通の感性の持ち主ならば、エレイシアがシキと呼ばれた青年に対し並々ならぬ想いを抱いていることに容易く気づくだろうと思わせるほどに、彼女の目は真剣な色を宿していた。
「ええ、いいですよ。一人で食べるのもなんだか寂しいですし」
「ホントですかっ!!やったー!!」
先程にも述べたように普通の感性の持ち主ならば、彼女が何故にここまで喜ぶのかを疑問に思い、そして”女性が男性を食事に誘った”という事実から、何となくではあろうが、その理由に辿り着くことが出来る筈であり、それは恐らく容易であろう。
「ハハハ、エレイシアさん、そんなにご飯食べたかったんですか?」
「え・・・?あ、アハハハハ、そうなんですよ!!ええ、私今、スッゴクお腹空いちゃって!!ハハハハハ・・・ハァ・・・」
しかし、それに気づかない、”極一部の人間”と言うものが存在する。俗に言う”鈍感”な人間というヤツであり、エレイシアにとっては残念なことに、彼はその”鈍感”な人間に属される者であった。
「実は俺も結構お腹空いちゃってたんです。あ、そう言えばつい最近良い感じの店がオープンしたって聞いたんですけど、そこ行きませんか?」
「え・・・?あ、ハイ、是非!!」
(やっと・・・やっと、私の想いが届いたんでしょうか!!)
思いがけないシキからの誘いに、内心舞い上がるエレイシア。男から女性を食事に誘う。それは、所謂”デート”というヤツなのだから当たり前であった。”自分が彼の事を好きだと言う事に気づいてくれた”と言う事なのだから。
だが、この時彼女は自分が好く相手がどういう相手なのかをすっかり忘れていた。
シキ・エンドルフィーニ。ガリア軍諜報部に所属している若き士官であり、エレイシアの意中の人。極度の鈍感な人間に分類される彼は、エレイシアほか、多数の女性から好意を寄せられているにも関わらず、それに全く気がつかない極度の”鈍感野郎”。
そんな彼が、エレイシアの気持ちなどに気づくことが出来るだろうか?答えは・・・
「そこって結構量が出るそうなんで、エレイシアさんも満足出来ると思いますよ?」
「え・・・?」
否であった。それどころか、恋する乙女に向かって、「量が多いので、あなたでも満足出来るのではないだろうか?」などと言う、普通の女性ならば頬をはたかれても仕方ない発言をサラリと言うような男であった。
そんなシキだが、彼は多くの女性から好意を寄せられているのである。そんな彼は、当然の如く諜報部の多くの男性からは恨まれている。しかし、極一部の男性からはむしろ同情の視線を向けられることが多かった。その理由は・・・
「あ~!!シキだぁ!!!」
「ん?うぉ!!ちょ、ちょっと、アルク!!いきなり飛びついてくるな!!」
「え~!!良いじゃない別に!!私は今シキとこうしていたかったんだから!!ねぇ、これから一緒に食事に行きましょう!!丁度今食事に行こうとしてた所なのよ!!」
「ちょ!!またあなたですか、このアーパー娘!!シキさんから離れなさい!!シキさんはこれからわ・た・し・と!一緒に食事に行くんです!!横からしゃしゃり出てくるんじゃありませんよ!!」
「む!!何よこのデカ尻女!!邪魔よ!!」
「デカッ!!し、失礼な!!私のお尻は大きくなんてありません!!」
「ふん!!なに言ってるんだか!!そ~んなに大きいくせしてさ!!ねぇ~シキ!こんなデカ尻女なんて放って置いて行きましょ!!」
「いやちょっと、アルク・・・!!」
罵り合いをしながらグイグイとシキの腕をとり、引っ張って行こうとする美女に、エレイシアは凄まじい形相で美女のことを睨み付けた。
彼女は、アルクェイド・フォン・アレンスウェード。ガリア公国の伯爵令嬢でありながら、シキに恋心を抱く者の一人。
伯爵令嬢と言う、かなりの貴族としての地位を持っているにも関わらず、平民のシキに恋心を持つ彼女は、従来の性格なのか、それとも育てられてきた環境のためなのか、かなりの世間知らずな言動を取ることが多く、そんな彼女をエレイシア達、シキを慕う女性達ー通称シキ・ラヴァーズーは、”アーパー娘”と呼んでいるのである。
本来ならば、ダルクス人であるエレイシアがアルクェイドに対してこのような言動をとってしまえば、何をされてしまっても文句は言えないのだが、彼女はそんな事を気にせず、ただの友人として(もしくはシキを巡るライバルとして)接しているので、とやかく言いはしない。そもそも彼女の実家であるアレンスウェード伯爵家は”完全実力主義”を信条としており、”有能な人材を人種で人を差別するなど愚かな事”と言い切る、ガリア貴族としては異質極まりない家なのである。
それはともかく、細かいことを気にしないというか、人種で自分の事を差別しないアルクェイドをエレイシアは気に入っているには気に入ってはいる。だが、だからと言って、シキを譲る気などは全く無いエレイシアは、遠慮無く彼女の言う事に対して反論する。
「デカ尻デカ尻って何度も言うんじゃありませんよ!!それに、私はデカ尻何じゃなくて、安産型って言うんですよ!!そう!!(シキさんの)子供を安全に産めるんです!!!あなたみたいなアーパーとは違うんですよ!!!」
「ねぇ、シキ~。今度はいつ休みなの?今度休みが取れたら、私と一緒に海に行こうよ!!私のナイスバディな水着姿を見せてあげるから!!あ、もちろん水着見せるなんてシキだけだよ?他の男になんか絶対に見せ無いんだから!」
「無視ですか!?」
公衆の面前で何を言っているんだと言いたくなるような事を、大声で叫ぶエレイシア。しかし、そんな彼女の言葉などアルクェイドの耳には届いていないようで、エレイシアの言葉を完全に無視しながら、シキへと休日になにをしようかと言う会話を一方的に展開していた。
「この、アーパー娘・・・!!シキさん!!こんなアーパー無視して、さっさとお昼食べに行きましょう!!早くしないと混んじゃいますからね!!!」
自身を無視するアルクェイドに何を言っても無駄だと悟ったエレイシアは、実力行使に出た。現役の軍人であり、その中でも精鋭である133中隊の中でもかなりの腕力を誇るエレイシアは、容易くシキの腕を掴んでいるアルクェイドを彼から引き離す。
「あ、ちょっと、何するのよ、このデカ尻女!!」
「やかましいです!!私達はこれからふ・た・り・で、食事をするんですから、邪魔だって言ってるんですよ、アーパー娘!!さっさとどっか他の所に行きなさい!!」
「ふん!!デカ尻女に指図される覚えなんてないわよ~っだ!!シキ、こんな女とじゃなくて、私と一緒に行きましょ!!」
「ちょ、二人とも痛いって!!そんなに腕を引っ張んないでくれ!!」
エレイシアとアルクェイドによって、左右の腕を引っ張られシキは余りの痛みにそう二人に言うが、お互いに視線をぶつけ合って牽制を続ける彼女達にはシキの願いなどは全く届いていないようで、各々が掴んでいる腕に、更なる力を加えて引っ張り合う両人。
そんな二人の姿に、シキは若干涙目になりながらも、「頼むから放してくれ~」と弱々しくも声を上げる。そして、そんなシキの願いが神にでも届いたのか、視線を激しくぶつけ合う二人に凛とした声が降り注いだ。
「アルク、そのくらいにしておきなさい。伯爵家の娘ともあろう者がはしたないわよ」
「ア、アルト姉さま・・・」
アルクェイドが自身の名を呼んだ女性に対して怯えたような声を発し、目元をひくつかせる。アルクェイドが、アルトと呼んだその女性は、その身を漆黒のドレスに包み、非常に妖艶な笑みでアルクェイドを見つめていた。彼女は、アルクェイドの姉であるアルトルージュ・フォン・アレンスウェード。アルクェイドを太陽とするならば、アルトルージュの美しさは、夜空に浮かぶ月。それも、ただ地上を照らすだけではなく、人を狂わせてしまうような妖艶な美しさを宿している。
そんな彼女の登場に、アルクェイドは頬をひくつかせ、エレイシアは、アルクェイドがこれでやっとシキから離れると言う喜びと、アルトルージュから発せられる、人の上に立つ者としての威圧感を感じ取り、若干険しい表情を浮かべる。
もちろん、アルトルージュが自分に対して危害を加えるなどとは思っていない。先程も述べたとおり、アルトルージュとアルクェイドの家系である、アレンスウェード伯爵家は有能な人材ならば、ガリア人であろうと、ダルクス人だろうと、それこそ帝国の人間であろうとお構いなく登用する。
それ故に、彼女達アレンスウェード伯爵家の人間には人種で人を差別する人間はほぼいない。そして、アルトルージュも人種で差別するような器量の小さい人間ではないと確信している・・・してはいるのだが、それでもエレイシアは、アルトルージュの覇気に対して、自然と身体が警戒してしまう。
そんなエレイシアの様子を横目でチラリと見たアルトルージュは、クスリと笑い、「そんなに警戒しなくても大丈夫よ、エレイシア」と声を掛けた。
「別にあなたに何かをしようだなんて考えていないのだから、そう警戒しないでくれるかしら?」
「あ!!す、すみません!!その、つい身体が反応しちゃって・・・」
かなり失礼な物言いであるが、アルトルージュは全く気にしていないのか穏やかな笑みを浮かべながら首を横に振る。
「別に構わないわ。それよりも、あなたたち、これから昼食かしら?」
「えっと、そうです。それで、食べに行こうって思ったらアルクに捕まっちゃいまして・・・」
「ブッー、捕まっちゃったって、どういう意味よシキ~」
シキの発言に頬をふくらませて抗議するアルクェイドであったが、アルトルージュが、「アルク」と一言だけ口にすると、「は~い・・・」ろ、渋々と言った表情を浮かべ、抱えていたシキの腕から身を離し、アルトルージュの側まで移動した。
「ごめんなさいね。この子、久しぶりにあなたに会えたものだから、ついついはしゃいじゃったのよ」
アルトルージュが苦笑しながらシキにそう言うと、シキはとんでもない!!と言った表情で両手をブンブンと振る。
「い、いえ、そんな、アルトルージュ様が謝られる事じゃないですよ。それに、別に迷惑って訳じゃないですし・・・」
シキの言葉にエレイシアが一瞬ムッとした表情を浮かべるが、別にアルトルージュが悪いわけではないので、すぐにその表情を消す。
「そう言ってもらえるとうれしいわ。それと、良かったら、食事をご一緒にどうかしら?もちろん、代金はこちらで持つわ」
「なっ!!」
アルトルージュのその申し出に、エレイシアは驚きの声をあげる。このままではシキと二人っきりの食事が出来なくなると思い至り、すぐさま断ろうと口を挟もうとするも、それよりも一瞬早く、アルクェイドがパンッと手を叩き、シキへと笑顔で詰め寄る。
「アルト姉さま、それ名案よ!!ね、良いでしょ、シキ!!」
「クッ!!だから、あなたは離れなさいと何度言ったら分かるんですか!!」
再びシキの腕を抱えたアルクェイドを何とか引き離そうとしていると、シキが(エレイシアにとって)思いもしなかった返答をアルトルージュに返した。
「え、でもそんな、悪いですよ・・・ね、エレイシアさん?」
「そ、そうです!!アルトルージュさんに奢って貰うなんて、迷惑でしょう?なので、ここは遠慮させてもらい「遠慮すること無いわよ、シキ!!それに、私もシキと一緒にご飯食べたいもの!!」クッ、このアーパー・・・!!」
アルトルージュの申し出に申し訳ないと言う姿勢を見せて断ろうとしたエレイシアの言葉に被せるようにアルクェイドが発言する。
しかし、シキはそれでもまだ思案顔だ。それも仕方ない事ではある。アルトルージュやアルクェイドが行こうと言っている場所は、平民の自分達にとっては言った事もない場所だろう。
そんな所にホイホイ連れて行って貰うなんて、申し訳ないに決まっている。
「イヤ、でもやっぱり申し訳ないですよ・・・その、行こうとしている所って、やっぱり値段高いんでしょう?そんなところの食事を奢って貰うなんて・・・」
「あら、そうでもないわよ?これから行こうと思ってた所は、そんなに高い所でもないしね。確か・・・そう、イルニアナという名前だったかしら」
「!!そこってまさか・・・!!」
「あれ、そうだったんですか?実は、僕たちもそこに行こうとしてたんですよ」
シキがそう言うと、アルクェイドが、「本当に!!うわ、スッゴイ偶然じゃない!!」と言ってシキへと更に詰め寄る。
「それなら、一緒に行っても構わないわよね?ね、そうでしょ、シキ?」
アルクェイドのその言葉に、「う~ん・・・」と少しの間悩んでいたが、すぐに「よし!!」と言ってアルクェイドに言った。
「そうだな。あそこならばそんなに高くないし、そうするか。良いですよね、エレイシアさん」
「え、ええ!!?」
思いもしなかったシキの返答と、その事に関して同意を求められるという、予想の斜め上を行くシキの言動に驚きの声を上げるエレイシア。
そんな彼女の態度にシキは、「ダメですかね・・・?」と不安気な声で尋ねる。
本心で言えば、ダメに決まっている。折角二人っきりで食事が出来ると思っていたのに、何故他の人たちと、それも恋敵を交えて食事をしなければいけないのか!!と。
しかし、エレイシアにとって非常に残念なことに、その提案をしたのはアルクェイドではなく、アルトルージュである。アルクェイドならば、遠慮無く断るのだが、アルトルージュ相手にそんな事を実際に言えるわけがない。
故に、彼女の返答は決まっていた。
「も、もちろん構いませんよ・・・みんなで一緒に食べた方がおいしいですしね・・・」
口元をひくつかせながらも、必死で取り繕った笑顔でそう言うと、シキは、「と言うわけで、ご一緒出来ることになりました」とアルトルージュに告げた。
「やった~!!ありがとね、シキ!!」
「いや、お礼なら俺じゃなくてエレイシアさんに・・・」
シキのその言葉を聞いたアルクェイドは、まるで子供のような笑顔を浮かべ、シキに抱きつく。
「アルク、いい加減にしなさい、はしたないわよ。・・・さて、それでは早速行きましょうか?このままここで時間を潰すのはもったいないわ。時間は有限なのだしね」
「は~い!!行こ、シキ!!」
「ちょ、コラ引っ張るなって・・・!!」
「ハァ・・・」
こうして(一部不本意ながらも)一行は大通りを目的地であるイルニアナへと足を向けた。