「それじゃあ、お世話になりました」
「いや、俺達も首都に帰還しなきゃならなかったから、物のついでさ」
ブルールを放棄した自警団員達。彼らは、それぞれの親類を頼る者、義勇軍に志願するために近くの基地へと向かう者とで別れ、バラバラに散って行った。
頼る親類のいないウェルキン、イサラ、そしてアリシアは一刻も早く戦争を終わらせるという決意の下、義勇軍に志願願することを決め、行動を起こすためにヴァリウス達と共に、ガリア公国首都・ランドグリーズへと一時的に避難していた。
他の自警団達のように近くの義勇軍部隊へ志願するという手もあったにはあったのだが、アリシア達は彼らとは決定的に違う点が存在していた。
エーデルワイス号の存在である。
エーデルワイス号はイサラの実父、テイマー技師によって作られたワンオフの戦車。その存在は強力な武器になることは間違いないのだが、それと同時にとある問題を抱えてしまった。
エーデルワイス号の正式所有権についてである。
エーデルワイス号はギュンターの父、ベルケンが個人的に所有していたとされているが、ウェルキン達はその所有権の更新手続きを完了していなかったのだ。
通常、民間人が一定以上の武器(ライフルや小銃以上の火器)を個人的に所有することはガリアでは禁じられている。例外としてはガリア政府の発行する書類審査などをパスし、年に一回更新手続きを完了させなければならないとされている。
今年の更新手続きは、今月の最週末までとされていたため、まだ更新手続きを行っていない。これをパスしない限りエーデルワイス号は緊急時だとされ、正規軍あたりに接収されてしまう可能性があるため、ウェルキン達は自警団の者達と同じように最寄りの義勇軍基地へ向かうことなく、ヴァリウス達と共にランドグリーズへと訪れていたのだ。
「この先の事務所で義勇軍の受付がやっている。エーデルワイス号の所有権についてもそこで手続きができるはずだ。それと、エーデルワイス号の整備についてはこの先にある修理工に頼むと良い。性格は少しばかりあれだが、腕は確かだ」
「ありがとうございます。けど、これは父の形見ですから。整備は自分ですることにします。それに、普通の戦車とは勝手が違いますから」
気持ちだけいただいておきますとセルベリアからの申し出を断るイサラ。
今まで自分が整備してきたエーデルワイス号を好意でとはいえ、他の誰かにいじって欲しくはない。せっかくの好意を断るのは心苦しかったが、それでも自分の大切なエーデルワイス号を誰かの手にゆだねることはしたくなかった。
「別に気にすることはない。ただのおせっかいなんだ。どうするかは君の好きにすればいい」
「そうそう。それに、あの親父ならエーデルワイス号を見るだけでも喜びそうだしな」
「確かに、そうかもしれないな」
「ア、アハハハ・・・」
辛辣な二人の言葉に苦笑いするアリシア。ここに来るまでも、二人の会話は遠慮がなかった気がするが、こうもはっきりと自分の知り合いを貶せるんだと思わず笑ってしまう。
「さて、それじゃあ、ここでお別れだ。戦場で会ったときはよろしく頼むぜ」
大通りに差し掛かったあたりでエーデルワイス号に合わせていた速度を緩める。この後ヴァリウス達は一旦基地へと帰投しなければいけないためアリシア達に最後まで付き添うわけにはいかなかった。
「はい、その時はよろしくお願いします」
「義勇軍とは言え、軍は軍だ。お互いに死なぬように気をつけることにしよう」
「そうですね。セルベリアさん達もお気を付けて」
「本当にありがとうございました!」
三人揃って頭を下げ、エーデルワイス号で通りを進んでいく。その後ろ姿を見送り、ジープを基地へと向かわせた。
基地へ帰投し、133小隊が待っているはずの宿舎へと向かう道中、ヴァリウスと肩を並べて歩いていたセルベリアは唐突に彼へと問いかけた。
「彼らは戦場で生き残れると思うか?」
「断定はできない。戦場で生きるか死ぬかなんて、はっきり言えば運以外の何物でもない。どんなに周到な作戦を用意しても、どんなに優れた兵器を使っていたとしても、最後に生死を分けるのはそいつの持つ運だ。・・・けど、ここまで言ってなんだけど俺はあいつらは生き残ると思ってる」
「なぜだ?今さっき生きるか死ぬかは運次第だと言ったばかりだぞ?」
「だから、ここまで言ってなんだけどって言ったろ?ウェルキンは抜けてるようで観察力、洞察力に優れてる。指揮官としての柔軟性も持っている。イサラはエーデルワイス号を一人で整備、改修できるだけの腕だ。戦車を操る腕も良い。そう簡単には死なないだろうな」
「そうだな。それに、あのアリシアという少女。あれも中々筋が良い。あれだけ高い身体能力の持ち主は私達の部隊でも多くはない」
結果、三人の評価はそこらの正規軍よりかなり出来るという結論に落ち着き、そう簡単に死ぬことはないとなった。
「ま、今はさっさとギオル達と合流しなきゃな。あいつら、俺達がいないと偶にハメはずしやがるし」
「それはお前も一緒だろうが。その度に私が被害を被るんだ。少しは自重しろ」
ヴァリウスの言葉に、セルベリアが突っ込んだ。
が、どうやら藪蛇だったようで、ヴァリウスはニヤニヤと笑いながら、
「あれ?セリアも結構悦んでんじゃん。まぁ、毎回腰が抜けるまでやってしまうのは流石にやり過ぎかな~とは偶に思うけど」
と彼女の耳元で囁いた。
「~~~ッッ!!お、お前は、こ、こんなところで、な、何を言っているんだ!!だ、大体私は悦んでなど・・・!!」
顔を真っ赤にして反論するセルベリア。しかし、普段は凛とした彼女が見せるあわてた姿に、ヴァリウスは笑みをさらに深くする。
「はいはい。そう大きな声で叫ぶと周りに聞こえちまうぜ?」
仮にもここは寄宿舎へと向かう通路。周囲にはこれから出撃する兵士、作戦を終え疲れた様子の兵士たちが、突然大声をあげたセルベリアへと視線を集中させはじめていた。
「クッ・・・!!あ、後で覚えていろよ!!」
普段の冷静沈着な姿はそこにはなく、ただ顔を紅くした一人の若い女性の姿がそこにはあった。いつもとは違った、自分にしか見せないセルベリアの一面。それを見れたことに満足げなヴァリウスは、肩を怒らせて歩く彼女のあとに続き、笑いをかみしめながら歩みを進めていった。
「お、今回はちゃんと大人しくしてたみたいだな、お前ら」
「いえいえ、流石に隊長達が戦ってるだろう時に騒いでなんていられませんよ。まぁ、アークス曹長はそれでもお酒だけは飲んでましたけど」
「なぁ~に言ってんだエレイシア!!飲めるときに飲む!!それが酒を飲む者の心得ってヤツだろうが!!」
「知りませんよ、そんなの。第一、私はお酒飲む方じゃないんですから。それに、飲むのならあの人とがいいんです。一人で飲んだって味気ないですよ」
133小隊に与えられた宿舎の食堂にて、ヴァリウス達を待っていたギオル達。そんな中で、ギオルの隣に座るエレイシア伍長は、彼との会話中にさりげなく惚け始めていた。
エレイシア伍長。ダルクス人でありながら、ガリア軍最精鋭の133小隊、グリーズ分隊副隊長を務める女傑。現在とある人物に猛アタック中なのだが、その人物が鈍感なのと、優秀すぎる133小隊の度重なる任務のせいでここ最近まったく会えていないせいで、かなりのストレスをため込んでいるとかなんとか。
「はいはい、惚けはそこまでなエレイシア。一応待機命令中だから酒はほどほどにしとけよギオル。じゃあまた後でな」
「はいよ~」
「ああ、今すぐにでも会いたいです!!シキさ~ん!!」
「ダメだこりゃ」
エレイシアの奇声に、周囲にいた隊員達は皆諦めたように肩をすくめ、すでに手遅れだと声を揃えたのだった。
エレイシアの奇声から2時間後。ヴァリウスは宿舎近くにある格納庫にて、補給物資の受け取りを監督していた。
「いつもどうも、ゴトウさん」
「べつに、これも仕事だしね。礼を言われる事じゃないよ」
運び込まれる物資の横で、ヴァリウスとともに作業を監督するゴトウは、くたびれた中年的な空気をまといながら、「仕事だからね」と呟きながら火の付いていない煙草をくわえていた。
キール・ゴトウ中佐。第一次大戦時、諜報部で活躍したものの、何故か今はガリア軍兵糧部でそこそこの地位があり、ガリア軍上層部の一部からよく思われていないヴァリウス達第133独立機動小隊への補給をつとめてくれる、ヴァリウス達の良き理解者である。素性が謎な人物だが、ヴァリウスの信頼を得ている数少ない人物の一人だ。
「上層部のお偉いさんに疎まれている俺達にこんだけ補給物資やらを持ってきてくれてるだけでも十分礼を言う価値はありますよ」
「別にお偉いさん方がどうこう言おうと仕事は仕事だしね。それにうちじゃ、結構な人気なんだよ、お宅の部隊ってさ。ほら、ここって美人が多いじゃない?それでうちの連中がさ、”ここに物資を送って懲罰喰らうなら本望だ!!”って言う輩が多くって。ま、それでちゃんと仕事してくれるなら文句は無いんだけどね。だから、その送ってる殺気ちょっと弱めてやってくれる?ほら、彼らも華が欲しい時期なんだよ」
ゴトウの窘めるような視線とともに呟かれた言葉に、ハハハ・・・と空笑いを発しながら、兵糧部の連中と混ざり物資を確認しているセルベリアをデレデレと見めていた補給部隊員達へと向けていた殺気を少し弱めてやる。
だが、止めはしない。なぜなら、かなりむかつくから。
自分の彼女へと送るあの下心満載の視線は許せないが、そこまでの覚悟で仕事をしてくれるのならまぁ多少は勘弁してやろう。絶対にそれ以上は許しはしないが。
「華と言ったら、カリサさんとかノアさんがいるじゃないですか。そこら辺はどうなんですか?」
「いやいや、ノアならともかく、カリサのヤツに手を出すバカはいないって。あいつ、あんな顔してるけど、実際俺と同じくらいの年なんだよ?一緒にあの大戦を戦ったくらいなんだから。それにアイツに弱みなんて握られたら、いくら搾り取られるか分かったもんじゃ無いしね」
それにノアにはアスマがいるからと呟き、ヴァリウスの代案をバッサリと切り捨てる。
ヴァリウスはカリサの童顔を思い浮かべ、あの人そんなに年いってたんだ・・・と思わず考えたのだが、唐突に背筋に走った嫌な寒気に、身体をブルッと震わせた。
止めよう。これ以上考えてると、なんかこの先とんでもない目に会いそうだ。
「ま、まぁいいです。それより、なんですか、この装備?見たことないヤツなんですけど」
急な話題転換だとは思うが、そうしないといけない気がした。
リストに載っている武器の名前を指しながら、こんな物を自分は頼んだ覚えなど無いとゴトウへ尋ねた。
「どれどれ・・・ああ、これか。開発部の連中がね、新兵器作ったから是非テストしてくれってさ。なんか、対戦車用の武器だとか言ってたよ。おーい、あれちょっと出してくれ!!」
「ウィーッス!!」
それまで動かしていた手を止め、駆け足で物資のほうへと走っていく隊員達を見つめながら、「うちはテスト部隊じゃ無いんですけどね」と呟く。
「まぁそう言うなって。お宅も開発部には色々作ってもらってんでしょ?なら偶にはあちらさんのご要望にも応えなきゃ」
確かに、いろいろ無茶な注文をしているので、多少の要望は受け入れようとは思っているが、せめて事前通知くらいはしてほしかった。
やがて、物資の山の中から、男二人がかりで、それもかなり重そうな表情でヴァリウスの身長ほどはありそうな箱が運ばれてきた。
「えっと、確かバンカーライフルって言ったかな?なんでもお宅に渡した新型の徹甲弾を改造したものを使用出来るようにしたライフルで、下の所にバンカーが付いてるんだと。なんでも60メートルほど離れた距離からなら戦車の側部装甲を破壊できるくらいの威力はあるみたいよ。取り付け型のバンカーは戦車の装甲を貫けるんだとか。まぁ、その代わりかなり重くなってるから、お宅の部隊でぐらいしか運用出来る人材が見つからなかったんじゃない?」
手元にあった仕様説明書を読みあげるゴトウ。確かにスペックだけ聞けば、かなりの代物だとは思う。だが、自分で言うのも何だが兵器というのは誰にでも扱える物ではないと意味がないのではないか。
至極常識的な考えであったが、よくよく考えてみるとこの部隊に普通の武器を使っている者があまりにも少ないことを思い出す。
自分のディルフしかりセルベリアのルシウスしかり。
グレイの狙撃銃も確か彼が独自に改造した代物だったし、キースの部隊で使っているライフルも正規軍に配備されている正式な物ではなく、開発部の代物だった気がする。
おまけにアンスリウム、グラジオラス、ストレリチアなどはもうすでにかなりの手が加えられ、もともと軍の使う戦車と全く違っていた物がさらに使う隊員の、いや、シルビアの考えの基すでにこの部隊専用の物と化している。
今更こんな事を心配しても意味がないと言う結論に至り、ヴァリウスはこの思考を即座に放棄。色モノ部隊だとか思わず考えてしまったが、そんな部隊を率いてるなんて考えたくなかった。
とにかく、今はこのライフルと呼んで良いのか分からない代物のことを考えるべきだ。それこそが、最優先事項なのだ。
「というか、どれくらいの重さなんですか、コレ。二人がかりで持ってくるって事は結構な重さだと思うんですけど」
「今は予備パーツやら弾薬やらが一緒になってるからかなり重いだけで、本体だけならそこそこの重さだったはずだけど・・・え~っと、・・・お、あったあった。ほい、これがこのライフルのスペック表ね。で、本体の重さは、確か30kgぐらいだったかな?まぁ多少重いとは思うけど、お宅の部隊でなら普通に使いこなせる人もいるでしょ?」
「そんな適当に言わないでくださいよ・・・たしかに、このスペック表通りならかなりの戦力にはなりそうですね。まぁ重さがネックですけど。う~ん、この重さとなると、対戦車槍よりも重いんだな。たしかアレが15,6kgくらいだったはずだし」
と言うか、すでにライフルと呼んで良い重さではなく、立派に大砲の領域に入ってるだろこれ。正直30kgもあるとなるとやはり対戦車兵に持たせるしかない。普通なら、対戦車兵だって持てる奴などいないが、生憎うちの部隊なら何人かは持てるかもしれない。
対戦車兵士かないな。というか、こんな物を偵察兵や突撃兵に持たせて機動戦なぞ出来るわけないし。
「仕方ない、エレイシアに持たせるか。あいつあんな身体してかなりの力持ちだし。」
あんな細い身体のどこにあんな力があるのかと思うくらいエレイシアの腕力は高く、部隊でも1,2を争う力持ちであった。本人はかたくなに否定しているのだが。
「ああ、あとこの前渡した徹甲弾の具合を報告してくれって言ってたよ?実際に使ってみた感想が欲しいそうだ」
「ああ、良い感じですよ。ただ、もう少し射程が欲しいのと、連射は出来なくともせめて総弾数を増やしたいですね。装甲に密着しなきゃならないのなら、このライフルに付いてるバンカーで同じ事をやる方が威力も上ですし、一応ディルフは銃剣なんで、ライフルとしての特性も、もう少し生かしたいですし」
実際に使ってそこそこ満足した結果となったのだが、こうやって新しいライフルに使われているバンカーのスペックを見てみると、どちらかというとバンカーの方が密着した状態ならば敵に与えるダメージは大きいだろう。
ここまで自分の要望に答えてくれたことに感謝してはいるが、こんな代物を作り出す余裕があるんだ。もうちょっと無茶なこと言っても何とかしてくれるだろ。
なかなか鬼畜なことを考える男だった。
「そう、分かった。報告しとくよ。あ、そうそう、装弾数にかんしてなら、今日の物資の中に徹甲弾専用のマガジンを作ったってさ。ディルフ用に調整してあるそうだから、使ってやってちょうだい」
「そうですか。分かりました。開発部の方にもよろしく言っといてください」
「はいよ~」
手をフラフラと振りながら、ゴトウは物資を下し終え、撤収作業に移っているトラックへと歩いていき、乗り込む。
エンジンがかかり、基地から去っていく兵糧部の一団を見送ったヴァリウスは、置いて行かれたバンカーライフルを見つめ、これを持たせることにしたエレイシアの事を考える。
「・・・またエレイシアが喚くんだろうな・・・」
いくら力持ちだろうが彼女も恋する女性。自身の腕力をかなり気にしている彼女にこんな物を待たせなければならないと考え、これから訪れる説得にかかる労力を思い浮かべ、ハァ~~~・・・と重い溜息を吐いたのだった。