~征歴1935年4月7日~
首都ランドグリーズで補給を終えたヴァリウス達第133独立機動小隊は、現在帝国軍に奪われているヴァーゼル市奪還のために、ヴァーゼル近郊へと進軍していた。
特に大きな戦闘もなく、順調に進軍していたヴァリウス達だったが、彼らは一様にどこか不機嫌な表情をしていた。
「ったく、ダモンの野郎、あっさり帝国にヴァーゼルを奪われやがって」
「というか、全体的に帝国に好き勝手にやられすぎですよ。なんで2週間足らずで、ヴァーゼルまで占拠されてるんだって感じですよ。これだから、正規軍は情けないって言われるんです」
食事中のギオルがダモン将軍へと悪態をつき、それに乗った形でエレイシアが正規軍の情けない戦果に対して、サラリと毒を吐く。
しかし、エレイシアのその言葉は誰も否定するつもりもなく、むしろ彼らも皆彼女と同意見だった。帝国がガリアへと宣戦布告したのが、3月15日。そして、最終防衛ラインである、ヴァーゼル市が占拠されてしまったのが、4月5日である。
たった3週間足らずと言う期間でガリア正規軍は帝国軍に最終防衛ラインまで追い込まれたのである。「正規軍は何の役にも立っていない」と市民に言われてしまっても、無理からぬことである。
かく言うヴァリウス達も、この正規軍の醜態には、ほとほと呆れていた。自分たちがブルールを一時的に防衛し、首都へと帰還してから、まだ2週間程度しか経っていないのにも関わらず、既に首元にまで刃を突きつけられている状況なのだ。同じ正規軍に属する者として情けない限りと言うのが133小隊共通の認識であった。
しかも、諜報部隊であるスネーク分隊からの情報によれば、ヴァーゼル防衛戦にて、最高司令官であったダモンは自身の身の安全のため、例のごとく多くの将兵を犠牲にし、自分は誰よりも早く戦場から逃げ出しているらしい。
確かに最高指揮官の死は、指揮系統に支障をきたすため避けなければいけないことではある。だからと言って、ダモンのように指揮官が真っ先に逃げ出してしまえば、将兵の士気は一気に落ちる。上が自分たちを見捨てたと証明しているようなものだ。士気が保つはずもない。
最高指揮官でありながら、誰よりも早く逃げ出していくダモンの姿は、正規軍のタダでさえ低い士気を、完全に消失させてしまい、ヴァーゼル市の防衛は結果的に完全な失敗に終わり、首都ランドグリーズの目と鼻の先まで帝国軍の剣先を迫らせるという最悪の事態を招いたのだ。
「お偉いさん方も、ダモンなんかに総指揮なんか任せるからこういう結果になっちうんだ。そこんとこ、ちゃんと分かってたのかねぇ。しかも、その尻ぬぐいを俺達にやらせようってんだから、やってられねぇぜ、全く。ねぇ、隊長?」
ギオル達と共に昼食をとっていたヴァリウスに、ギオルは同意を求めてきた。たしかにギオルの言う通りだと思いながら、正規軍の情けない戦果に消沈し始めている隊員達へ釘を刺す。
「確かに、ダモンの無能が帝国に対し、余りのも情けないのは事実さ。けどな、一応油断だけはするなよ?お前達に限ってそんなことは無いとは思うが、念のためな」
そこで一端話を切ったヴァリウスは水で口を湿らすと、それにと続ける。
「ダモンが無能だろうが、犠牲になってる正規軍もいるんだ。そいつらを、一人でも多く助け出し、この戦況を打開する。普通の奴らじゃ到底できないことだ。だが、俺たちになら出来る。だろ、ギオル?」
ヴァリウスの言葉に、ギオルは、「ま、そのとおりですがね」と呟き、どこか照れたように頭を掻く。
ギオルと同じく、先ほどまで不満の色を浮かべていた他の隊員達も緩み始めていた表情を引き締め、士気を滾らせる。
「上手く隊の不満を反らせたみたいだな」
「セリアか。別に、俺は思ったことを正直に言っただけだよ」
食堂の入り口でヴァリウスの隣に並ぶセルベリア。彼女の視線の先には、それまで隊員達が纏っていた不穏な空気は完全に払拭されており、133小隊本来の姿があった。
「すまなかった。私も、隊の空気は感じ取っていたのだがな。それに、本来ならば、ああいった隊員のケアなどは、お前の副官である私の役目だ。だと言うのに、隊長であるヴァンにやらせてしまうとは・・・」
度重なる敗戦報道、そしてダモン将軍自身が、自分たちをギルランダイオ要塞から遠ざけておいて、自分たちが危うくなったら、手のひらを返したように自分を助けろ、尻ぬぐいをしろと言ってきたのだ。
隊の空気が悪くなるのは当然で、それをどうにかしようと思っていた所に、ヴァリウスが先に問題を解決してしまった。
本来ならば、そう言った不平不満は、ヴァリウスではなく、セルベリアが担当するべき問題だ。しかし、今回に関しては、ヴァリウスが先に隊員達の不満を多少なりとも解消した、と言うだけのこと。
だが、責任感の強いセルベリアは、自身が行うべき仕事をヴァリウスにさせてしまった、と軽い自責の念を抱いていた。微かに表情を歪めるそんなセルベリア。
相変わらず変なところまで真面目だなと苦笑を浮かべながら、「そんな気にすることでもないだろ」と口にする。
「隊の空気が悪いのは俺も知ってたし、俺は、俺が思ったことをギオル達の前で言っただけさ。別にそんな俺がやるべき事だとか、セリアがやらなきゃならないだとか、そんな重大な事じゃ無い。今回はたまたま解決したのが俺だっただけだよ」
ヴァリウスの言葉に、「しかし!」となおも食い下がろうとするセルベリアに、「それに!」と、言葉を被せ、話を続ける。
「いつもセリアには迷惑掛けっぱなしだしさ。ま、偶にはこういうのもいいだろ?セリアには、また今度頑張ってもらうって事でさ。な?」
よく言えばリラックスできる、悪く言えば気の抜ける笑顔を浮かべた。
「ヴァン・・・全く、お前は本当に、そう言った所には無頓着というか、優しいというか・・・」
「そうか?別に、普通だろ?」
至極当たり前のことだと言わんばかりの笑み。その当然なことが出来る人物が、実際どのくらい居るのか、この男は理解してはいないのだろうな。
苦笑とも、喜びの笑みとも取れる曖昧な微笑を浮かべながら、セルベリアは自身の半生を共にしてきた男の背中へ、普段は見せないとても優しげな視線を向けた。
ダモン将軍の敗北により最終防衛ラインへあと少しと言うところまで追いつめられたガリアは、至急帝国に奪われた中部の要所、ヴァーゼル市の奪還を軍部へと下命。軍は正規軍、義勇軍問わずのヴァーゼル市奪還作戦の決行を決断。
ランドグリーズにて補給を終えた133小隊にも奪還作戦への参加要請が下り、一同は戦闘可能な全部隊を率いて帝国に占領されたヴァーゼル市を目指し足を進めていた。
一個小隊のみでの行動故、順調に予定進路を北上していた133小隊だったが、念のために先行していた
「隊長、ハウンドより入電、予定進路上にて正規軍と帝国軍の戦闘を確認とのことです」
「戦闘?まだヴァーゼル奪還戦は行われてないはずだが・・・小競り合いか?どこの部隊が交戦しているか分かるか?」
「待ってください・・・帝国の部隊章は確認できず。ガリアは中部方面軍第1中隊所属の第243小隊と確認」
「戦況は?」
「現在の戦況は・・・243小隊が優勢・・・いえ、勝利しました。帝国軍、撤退していく模様です」
「ガリアの勝利・・・よほどいい指揮官なのか、それとも帝国側の指揮官がよほど低能だったのかは分からないが、朗報だな」
事も無さげに言うセルベリア。しかし、その周囲に居た隊員達は「正規軍が勝利した」事実が、ハッキリ言って信じられなかった。現在の戦況が示す通り、ガリア軍は帝国に対して非常に劣勢だ。それは、帝国側が戦い慣れていると言うのもあるが、基本的にガリア軍は一部の例外を除けば全体的に実戦経験が非常に少ない。
ヨーロッパ統一を目指す帝国は隣国やその他の国々へ頻繁に戦争を仕掛け、領土を拡大していった。それと対照的にガリアは、豊富なラグナイト資源を保持した中立国と言う立場から諸外国への侵攻など一度もなく、自国防衛程度しか経験していない。
実戦経験の少ないガリア軍では侵攻してきた帝国軍に対し勝利した部隊はあまりにも少ない。故に帝国軍に勝利した部隊に対しヴァリウスは少なからず興味をそそられていた。
「243小隊か・・・見てみたいな」
少年のような笑みを浮かべるヴァリウスの横で、セルベリアはまた悪い癖が出たかと一つ溜息を吐いた。
「アーヴィング少尉、貴官にお客様だ」
「自分に、でありますか、上官殿」
ヴァーゼル市郊外において偶然遭遇した帝国軍との戦闘を終えた直後、装備や物資の回収を行っていたクルトの下に243小隊の隊長が訪れクルトに客が来ていると告げた。
クルトは、こんな所で自分を尋ねてくる知り合いなど、全く心辺りがなかった。同期で自分を訪ねてくる様な知り合いなどいないし、軍に顔見知りな人物などは見当も付かない。両親は首都で相変わらず雑貨屋を営んでいるはずで、こんなところまで来るはずがない。
いったい誰がと疑問を感じながらも、上官からの命令を無碍にすることなどできない。それまで行っていた作業を中断し、前を歩く隊長の後に続いて歩き出す。
「上官殿、自分を訪ねてきたという人物は、一体?自分には見当が付かないのですが・・・」
「ん?ああ、それはそうだろう。私とて彼らとこのような場所で会うとは思ってもみなかった。その上、少尉に会いたいなどと言われるとはね。しかし、彼らの目に留まるとは。やはり少尉は優秀だと言う事だな」
「はぁ・・・」
この反応から予測するに、恐らく相手はこの上官よりも階級が上。それも有名な人物という事くらいしか、現状の情報では推測しかできない。
「ここだ、少尉」
隊長が士官用のテントの前に止まり中に入るよう促してくる。ここに、自分を訪ねてきた人物がいるらしい。
屋内と違ってノックは出来ないが代わりに「よろしいでしょうか」と許可を尋ねる。
「入ってくれ」と予想していたよりも随分と若い、恐らく自分と同じくらいの年齢だと思われる女性の声が中から聞こえてきた。
一体どのような人物だろうかと疑問を強めながら、「失礼します」と、断りをいれ中へと足を踏み入れる。中に居たのは、二人の男女。年は若い。
どこかで見たような気がするが、それよりも挨拶をするのが先決なので官姓名を名乗る。
「クルト・アーヴィング少尉です」
「ああ、戦闘終了後に、わざわざすまない、アーヴィング少尉。私は、第133独立機動小隊の、セルベリア・ルシア大尉だ。そして、こちらが」
「ヴァリウス・ルシア中佐だ。はじめまして、少尉」
(!!まさか、あのルシア中佐と、大尉か!!)
男女の名前を耳にしたクルトは、全く予想していなかったビックネームに内心でひどく驚愕しながらも、表情に出すには失礼に当たるとポーカーフェイスを保ち続ける。
自身の卒業したランシールの最短卒業記録を持ち、なおかつ自分が成しえなかった最高成績での卒業を成し遂げ、そして今やガリア軍最強とうたわれる軍人が目の前にいる。
しかも、わざわざ自分を訪ねてきたという話だ。正直な話、信じられない。
「少尉の先ほどの戦闘を見て、直接本人と話がしたいと思ってな。疲れているところ、すまない」
「いえ、それほど消耗してはおりませんので、どうかお気になさらず。中佐殿」
「そうか。それなら良かった。それより、先ほどの戦闘は、見事だったな。直接ではないが、報告で聞いた。少尉の作戦で勝利したそうだな」
ヴァリウスの賛辞に、「いえ、当然の結果ですので」と答えるクルト。
「あの時点で、既に我が軍の勝利は確定しておりました。自分は、その条件を皆に提示しただけにすぎません」
「なるほど、確定していたか・・・少尉、君は指揮官として、一番大切な事は何だと思う?」
唐突なヴァリウスの質問に思わずクルトは「は?」と、声を漏らしてしまう。が、すぐさま自身の考えを述べる。
「それは・・・戦況を正確に把握することです」
ランシールで学んだ指揮官として一番大事な条件。いかなる時も冷静沈着に行動し、戦場の流れを常時把握することこそが、指揮官として一番大事な条件であるとクルトは認識していた。
「戦況を確実に把握し、それを基に部隊へと指示を出す。ランシールでも教わったとおり、冷静な判断を下すこと。それが指揮官として一番大切なことではないでしょうか?」
さも当然と言った様子のクルトにヴァリウスは、「そうか・・・」と一言だけ零した。
「しっかりとランシールの教えを実践できているようだな、少尉。今日はわざわざすまなかったな。今後の活躍に期待しているぞ」
「ハッ!!ありがとうございます、中佐殿!!」
敬礼するクルトに、「ああ、こちらこそ」と答礼するヴァリウスとセルベリア。そのままテントを出ていく二人の姿が消えるまで、クルトは敬礼をし続けた。
テントから二人が出ると、クルトの上官が声を掛けてくるが二人はそれを適当にあしらい、ヴァーゼルへ向かっている部隊と合流するためにジープを243小隊のキャンプ地から発進させた。
「それで、ヴァンはあの少尉を見て、どう思ったんだ?」
ジープを運転しながら、セルベリアはヴァリウスに先ほど会ったクルト・アーヴィング少尉の印象を尋ねてみた。彼女が見た限りでは、真面目な新人士官であったと言う感想ぐらいしか抱かなかったが、同じ指揮官として、また同じランシールの首席卒業生としてどのような印象を感じたのかを聞いてみたくなったのだ。
「どう思ったか、ねぇ・・・まぁ、印象としては「良くも悪くも真面目な奴」って感じだったかな。質問の答えはランシールで耳にタコが出来るくらい言われ続けたことだったが、実直にそれを守り通してるってことはなんとなく感じた。基本に忠実、それでいて戦場の流れをしっかりと把握できるくらいの観察眼は備わってる。いい指揮官だし、これからもっと成長するとは思う。けど、」
「けど、なんだ?」
「今のままじゃ、まだ大事なことが気付けていない。けどこの先、その足りていない事に気がつければ、彼は一気に成長すると思う。ま、あくまで予想だけどな」
ヴァリウスからの返答に、「そうか」と一言だけ返すセルベリア。彼の予想が、昔から良く当たるのは彼女が一番良く知っている。人を見る目の確かさもだ。セルベリアは、ヴァリウスの言う通り、あの少尉はこの先何か切っ掛けがあれば、一気に成長するのだろうと軽く頷いた。
「ま、とにかく今はヴァーゼル奪還のことを考えなきゃな。今までにない大規模戦闘だ。気を引き締めていかないと足元を掬われかねないからな」
「ああ。油断せずにいかなければな」
この道の先にある、帝国に奪取されたヴァーゼル市。目前に迫ったヴァーゼル奪還作戦へヴァリウス、そしてセルベリアは少なくない被害が出るであろう未来を想像し、それぞれが厳しい表情を浮かべた。
再会の時は、すぐそこに迫っていた。