原神の世界に転生したので自由に生きたい 作:ヘルメットのお兄さん
10 過去の街
彼女は暗くなった空を見上げると一つの島が目に入る。
この地上からはどれだけ手を伸ばしても到底届かない、空に浮かぶ島をじっと見つめると彼女は傷の付いた足を曲げ膝をつき祈りをささげる。すると後ろから来た影が彼女の背にそっと触れる。
「ヴァネッサ姉さん……」
「リンド……勝手に外に出てはダメといつも言ってるでしょ」
ヴァネッサと呼ばれた彼女はリンドと呼んだ少女をそっと抱き寄せる。
「ヴァネッサ姉さん、その……今日はいつもよりはっきり見えるね。神様の住む場所」
リンドは先程までヴァネッサが見ていた空に浮かぶ島を指す、その島には微かにだが空を飛ぶ何かが見える。
「そうね……けどリンド、そろそろ部屋に戻らないと」
ヴァネッサはリンドの頬にそっと手を添えると瞳を閉じて言い聞かせるように話す。
「リンドが元気になれば、神様もきっと喜んでくれるはずだから」
「うん……ヴァネッサ姉さん、神様が喜んでくれたら姉さんを勝たせてくれるかな? どうしてヴァネッサ姉さんが戦わないといけないの?」
「リンドやみんなのためにも私は戦わないといけないの。ほらリンド、私のことを思うならもう部屋に戻って休みなさい」
「うん……」
リンドを小屋に戻すとヴァネッサは鉄枷の付いた足を動かし暗い夜の街を歩み始めた。
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目を覚ましたらそこは神殿だった。
痛む頭を抑え何が起こったか思い出す。
「確か新しい神殿の探索に出て、そこで変な空間みたいなのを見つけて……」
そこまで言ってハッとなる、周囲の神殿が明らかに新しくなっているのだ。
それに一緒に潜った偵察部隊がいない、先に出たのかそれとも進んだのか……
とにかく外に出ようと入り口に向かって走り始めるが俺達が解除した仕掛けがまた復活していた、なんとなく嫌な予感がした俺は解除をせず瞬間移動で目の前に見える入り口に向かった。
途中に人どころかヒルチャールにも会わないことに不気味な感覚を感じながら入り口に到着すると洞穴が塞がれていた、確実に俺が通れる程には広がっていたはずの穴が開いていたはずなのだが目の前には鼠ですらやっと通れそうな穴しかない。俺が呆然としているとダダの方に違和感を感じダダの部屋につなげると
『やっと気づいた!』
「なあダダ、俺は一体……って部屋どうしたんだよ、ぐっちゃぐちゃじゃないか」
『全然目覚めなかったから騒いだ、それより外に出られないのか』
「ああ、穴が塞がるなんてありえないよな?」
『もう一回崩落したら塞がるぞ』
それからダダの提案で上空百メートル上に転送してからもう一度空中で転送する事で脱出した。洞穴の前に着地した俺は周囲を見渡すが
「おかしい……」
『人も、テントも無い』
嫌な予感は加速していく、状況を知るためにも急いでモンドの街に向かうが
『セス! 上! 上!』
ダダが空を指すので上を見上げると空に島が浮かんでいた、一瞬群玉閣かとも思ったが流石にモンドにまで来るとも思えない、だとすると本当にここが自分の知っている世界なのか怪しくなってきた。
「とにかくモンドへ向かおう」
『セス、着いたら図書館に行こう』
モンドへ転送を繰り返して到着するころには太陽も昼前に差し掛かる、ようやくモンドの門前に到着するがダダは違和感を感じたようだ。
『あんな鎧の奴いたか?』
「とにかく行ってみよう、ここで立ち往生してもしょうがない」
そうして門をくぐろうとするが
「貴様! 止まれ!」
「怪しいものじゃないですよ、俺は冒……」
「そんな巨大な人間がいるか! 貴様人間に化けた魔物だな!」
「ローレンス卿を狙っているのだろうがそうはいかないぞ!」
「いや、違っ」
「逃げたぞ! 追えぇ!!」
何とか逃げ切った後、ダダと相談する。
『やっぱりあんな鎧知らないぞ』
「それにローレンスとか言ってたな……本当にモンドかここ」
『図書館で調べる、連れて行ってくれ』
図書館に着けばダダが調べるということで今度は外から転送して街に侵入する、さっきの門番の反応からして今の俺が見つかるのはかなり危険だ、徹底的に路地裏や屋根上など誰にも気づかれないように西風騎士団本部へ向かうが
「……なんだここ」
そこにあったのは西風騎士団本部ではなく謎の屋敷、いよいよここが何処かわからなくなって来た。
『もう適当な屋敷に入ろう、図書館がどこかわからないし』
正直抵抗はあったがなりふり構ってる場合でもなさそうだ、夜まで待って適当な屋敷という屋敷に空間術をフルに使って侵入しこの街の事を調べる、それを三日ほどかけて分かったことは三つ。
『ココは数百年前のモンドだ、オレ達の知ってる本はなかったし西風騎士団も存在してない』
「そしてこの街を支配してるのは大貴族達、途方もない金を民衆から搾取して奴隷を従えている、その貴族たちの筆頭が」
『ローレンス卿だ』
ダダとの情報収集が終わった今、俺は路地裏から街を散策している。数百年前にタイムスリップしたとか信じられないが考えたら俺が転生した事がまず信じられるようなものではないので置いておく。
この街は暗い、多少の賑わいはあるが俺の知っているモンドと比べると雲泥の差だ。今日は南の商業区に来ているがやっぱりここも……
「じゃあ────ここの──交換──―」
この声は……俺は気づかれないように屋根に登り上から声の場所を見る。
「こんなにケチをつけて来る観客も珍しいんだけどな、それじゃ……こっちの詩だったらどうだろう、ふふっ」
『セス、ウェンティだ!』
「わかってる」
まさかこの時代にもウェンティがいたとは思わなかった、いや、考えてみればあいつは普段は酒の亡者でもれっきとした風神だ、この時代にもいてもおかしくない。
店主と交渉でもしていたのかウェンティが詩を歌うと住人達は足を止め一人の吟遊詩人の声に見惚れる。
「────―いかがでしょう?」
「……まぁいいくれてやる、うちの娘もこんなに喜んでいるしな」
「賢明なご判断で」
ウェンティはそう言ってふふんと鼻を鳴らす、昔から変わらないなあいつ。
「おい、あんたよそ者だろう。今後のためにも気を付けた方がいいぞ、皆が俺のように優しいとは限らんからな、今のこの城はそういったやつの方が少ない」
「モンドに……何かあったの?」
「何もないさ、平和で、穏やかで、いつも通りさ」
「……」
ウェンティの表情が曇るのが見える、今の貴族が支配するモンドでは住人が笑うのも難しいだろう。
その後も何やら会話していたがどうやら今はバルドー祭りが開催されているようだ、ウェンティが意気揚々と広場に向かったが店主が警告していた言葉が俺の耳にやけに残った。
――祭りは民衆のために開かれてるわけじゃない! 貴族たちに楯突いたらロクなことにならないぞっ!――
『ウェンティ、追いかけるか?』
「……そうだな、行こう」
こっそりと広場に向かうと既にウェンティがボールを持って何やら太った小僧と話していた。
「貴様……ッ、それは俺が取るはずだったもんだぞ!?」
「ん? 誰が君のだって決めたの? 最初に球を取った人に幸運と贈り物が与えられるって祭りのしきたりではそうなっていたはずだけど?」
「なぁーにがしきたりだ……何様のつもりだ貴様?」
『揉めてるな、ウェンティ』
「だろうな……自由大好きな神があんなの許すわけないだろうし」
しかし今のあいつはただの吟遊詩人としてこの街にいる、自分が神だと宣言するなら話は別だがあのままでは危険だ。
「────ゲームはルールを守らなきゃ、その偉大なる家ってのは常識も教えてくれないの?」
「貴様ッ!!」
貴族の小僧が剣を抜いた、あれは不味いだろ。
だがウェンティはあっさりと背を向けると逃げ出した。
「捕まえろ!」
「わわっ!」
当然兵士たちが追いかけだした、ウェンティなら逃げられるだろうが取り敢えず俺も追いかけ……
『セス、あれ被れ!』
……ダダが指した先に会ったのは路地裏に棄てられていた紙袋だった。
▼
騒動を起こした張本人であるウェンティは街を走り回っていた。
「(一般人から離れないと……)」
入り組んだ街を右に左にと曲がっていると一人の女性とぶつかってしまう。
「いたたた……」
ウェンティがぶつかった人物を見上げると彼女の姿に目が留まる。
足に枷がついていて露出の多い姿から見える肌には細かい傷が付いている、そして彼女の風貌にウェンティは見覚えがあった。
「(ムラタ人……?)」
「大丈夫ですか?」
「あ……ありがとう……」
「止まれ!」
女性に引き起こされたウェンティは自身を追いかけていた声に気づくと素早く彼女の後ろに隠れる。
「チッ……獅牙の称号を持つ剣士か……そいつは大罪人だ、早くそこをどくんだな」
「……」
「とぼける気か? ひどい目に遭いたくなきゃそこをどけ」
獅子の称号を持つ剣士……ヴァネッサは貴族にも臆さず身構えると苛ついてきたのか貴族のバクは
「何度も言わせる気か? こっちは十人もいるんだ、お前もその大罪人も無事でいたきゃ……」
その瞬間、ヴァネッサと兵士達の間に何かが空から割り込んできた。
こっそりと別の場所に隠れていたウェンティがその姿を見た印象が
「(巨人……?)」
そいつは人間としては異常な大きさだった、三メートルに達しそうな程の巨体に反し身体は糸のように細く吹けば飛びそうな印象を受ける。
超が付く程のロングコートを身に纏いズボンは見たこともない素材で作られ、顔は紙袋でうかがうことが出来ない。
その巨人はヴァネッサを一瞥するとバグの方に向き直る。
「な……なんだお前は……俺が誰だかわかっているのか?」
「……」
巨人は何も言わずじっとバクを見つめる、ウェンティの位置からは見えないが巨人を見ていたバクは一歩下がると
「チッ……覚えてろよ」
と言って去っていった。巨人は警戒するヴァネッサに向き直ると何も言わずにその場を去った、去り際に巨人は隠れていたウェンティを見ると煙のように消えてしまった。
ウェンティは巨人の消えた場所から、目を離すことが出来なかった。