Vtuberとお隣さん   作:ただのリスナー

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プロローグ

『うーん、やっぱりここの敵つっよいなぁ…』

 

 魔女の恰好をした女の子が、画面の端で眉を下げた。

 今日発展著しいVtuber。その中でも超大手の株式会社ぶいかつの公式ライバーである彼女、青原リアナは、今日も今日とて配信を続けていた。

 

コメント:何回同じところで死んでるんだ

コメント:がんばれ♡がんばれ♡

コメント:学ぶってことを知らないんですか?

 

『言葉きついぞぅ!畜生、私だってこんなところで詰まりたくなんかないんだよぉ!』

 

コメント:うーん、今日も鳴き声が染みる…

コメント:鳴き声ソムリエニキ今日もよう見とる

コメント:だからそっち方面にステップしたら崖から落ちるって何回やったら分かるんじゃこのサルゥ!?

 

『サル!?サルっつったか今!?ゆるさーん!』

 

コメント:おお

コメント:倒した!

コメント:おめでと

コメント:やるじゃん

 

『へへっ、へへへ…これが怒りの力だ…ああ、やっと倒した。やっと…うう…』

 

コメント:※ただの雑魚敵です

コメント:達成感に浸ってるところ悪いけどはよいけ

コメント:ソイツ無限にリポップするゾ

コメント:少し行ったところで同じ敵ともう一回遊べるドン!

 

『ああああああああああ!』

 

 絶叫が響き渡る。誰だこんなゲーム紹介してきた奴は!と憤るリアナ。いつもの切れ芸であった。

 

『はあ、はあ…ふう。よし、行くか…』

 

コメント:うわぁ!いきなり落ち着くな!

コメント:草

 

 盛り上がるコメントに、可愛らしくも面白おかしくゲームを進めていくリアナ。

 そんな、いつも通りの配信の途中に、それは起こった。

 

『――――きゃあああああああああああ!』

 

 リアナの声ではない別の声だった。ついで、ガラガラガラ、とガラス戸が開いて閉じたくぐもった音が響く。

 

『え、なに?』

 

:なんだ?

:どしたどした

:今の誰?

:悲鳴?

 

『えっと、なんだろう。何かあったのかな…?』

 

:悲鳴だったぞ

:何かあったんじゃね?

:ヤバいのでは

:配信事故か?

 

『え、え?ど、どうしよう。ちょっと様子見てきた方がいいかな…?』

 

:結構近かったし、ちょっと見てきた方がいいのでは

:いや、何かに巻き込まれるかもしれないし、警察に行った方がいい

 

『いや、でも、ちょっと知ってる声だったんだよな…うぅぅーん…よし、ちょっと見てくる!ミュートにしまーす!』

 

:気を付けて

:何かあったらすぐ逃げて

:つか、ミュートなってなくて草

 

 ミュート宣言とは裏腹に、音は已然入っていた。足音が響き、今度はもっと近くでガラス戸が開く音が聞こえる。

 

『…あの、お隣さん。大丈夫ですか?すごい悲鳴だったんですけど…』

『ああっ、ぉあっ!ふぅぅっ!?』

 

:お隣さん!?

:なんか可愛い声が

:女の子か?

:リアナの優しい声が俺に効く

:うらやましい

 

『ご、ゴキブリがぁっ!』

『…えっ!?ゴキブリ!?それだけであんな悲鳴を…?』

『起きたら一緒の枕で寝てて、すぐ目の前にぃ!』

『何それこわい』

 

:何それこわい

:それはトラウマになりますよ!

:うわ

:うっ、古傷が…

:古傷ニキ強く生きろ

:それは大事件

 

『顔色悪いですよ、大丈夫ですか?』

『大丈夫じゃないです!』

 

:大丈夫じゃないです(絶叫)

:は?涙声くっそかわいいんだが?

:プルプル声可愛すぎる

:素の声でこれかよ…わっふるわっふる

:一般人に何をいってだお前ら…ふぅ…

:おい

:おい

:おい

 

『状況は理解できました。あの、自分で倒せますか…?』

『え…?』

『あ、無理ですよねそうですよね』

 

:綺麗な絶望声

:絵に描いたような絶望で草

 

『わ、分かりました。私が倒します!』

『えっ!?ほ、本当に!?』

『はい!』

『っ…ありがどうっ!ありがどうっ、ありがどう…!』

『な、泣かないで』

 

:優しい

:やはり俺たちのママ

:やさしいせかい

:やさいせいかつ

:泣き声助かる

 

『それじゃあ、鍵は開けられますか?』

『が、頑張ります…』

『よし、それじゃあお願いしますね』

 

 どたどたと足音が遠ざかり、ガチャリと扉を開く音が聞こえ、しばらく無音が続いた。

 しかし、それもすぐにぐぐもった女子の声にかき消されることとなる。

 

『きゃあああああ!』

『お隣さぁあああん!?くそっ、今仇を取ります!ていっ…んなあああああああ!?』

『いやあああああああ!』

『ひいううううううう!?』

 

:何だ!?何が起きているんだ!?

:絶叫のフェスティバルや!

:普通に近所迷惑で草

:さっきの青騎士戦を上回る激闘

:何が起きてるのか気になりすぎる

:おいおい、ゴキブリ一匹で何を大げさな…俺に任せな。住所を教えてくれたらすっ飛んでいくぜ

:↑ギルティ

:そのまますっ飛んでお星さまになってこい

 

:これは、伝説になる予感

 

 コメントが爆発的に盛り上がり、そのまま応援合戦の体へと流れていく。色とりどりのスパチャが流れていく。

 

 これが、後に『お隣さん事件』と言われるようになる配信の一部始終なのであった。

 

 

 

 

 

 

 霧島姫子は、突然の来訪者に目をぱちくりとさせた。

 

「おはようございます。あの、今お時間よろしいでしょうか。ああ、私、こういうものです」

 

 そう言って名刺を差し出してくるのは、びしっとスーツを着こなした冷たい印象を持つ女性だった。名刺には『田村泉』と、『株式会社ぶいかつ』という文字が。

 そして、その後ろには、申し訳なさそうな顔を浮かべ、今にも泣きそうになっている、隣人の綾瀬安奈の姿があった。

 

「あ、綾瀬さん!」

 

 昨日の件で一気に姫子の中で頼れる相手ランキング上位に躍り出た安奈の登場に、明るい声で呼びかける姫子。しかし、安奈はそっと目を反らして萎縮してしまう。

 

 ただ事ではない雰囲気に気圧され、ついつい二人を家の中に招き入れ、お茶を差し出していた。姫子は机に対面する二人をちらちら見つつ、「あの、それで…今日はどういった…?」とおずおずと切り出すと、

 

「その前に…あの、本当にすみませんでした!」

「ふぇ?…ええっ!?」

 

 安奈がばっと頭を下げてそういうものだから、姫子は一瞬呆然としたかと思うと、顔を困惑に染めて慌てだした。

 

「ど、どうして謝るんですか!?」

「昨日の事で、私は取り返しのつかないことをしてしまったんです!」

「え?昨日のって、ごきっ…Gの事ですか?でも、私はむしろ助けてもらって本当に感謝してるっていうか、その、なんていうか…」

「その事ではないのです」

 

 田村が待ったをかけて、すぐ様にスマートフォンを取り出した。ガラケー派の姫子は目を丸くしてその画面を見る。

 

「あの…?」

「とりあえず、これを見てください」

 

 そう言って、動画を流す。

 そこには、三角帽子をかぶった、妙に露出の高い服を着た女の子がいた。何やら喋りながら、ゲームをしているようだった。

 

「…あの、これって何してるんですか?」

「これは、Vtuberと呼ばれる職業の人です。聞いたことは?」

「…?全然…」

「そうですか。Vtuberとは、ヨーチューブなどの動画配信サイトで、このように配信をして収入を得る人たちのことを言います。彼女はそのVtuberの一人で、『青原リアナ』と言います」

「は、はあ…すみません、パソコンは全然触ったことなくて…」

「いえ、こちらこそ、急にこのような話をしてすみません。ただ、一つだけ理解していただきたいのが、この『青原リアナ』は人が操作しているもので、いわゆる中の人がいるということです」

「着ぐるみみたいな?」

「はい。そして、その『青原リアナ』の役を務めるのが、彼女、綾瀬さんなのです」

「はあ~。そうなんですね。なんだかすごい人だったんですね、綾瀬さん!」

 

 ほのぼのとした顔でそう言って、お茶をこくりと飲む姫子。対して安奈は沈痛な表情で、それが何故か姫子には気になった。

 

「それで、これが問題のシーンなのですが」

「?」

 

 首をかしげる姫子。田村は無言で音量を大きくする。すると。

 

『――――――きゃあああああああああ!』

 

「…ん?」

 

『ああっ、ぉあっ!ふぅぅっ!?』

 

『ご、ゴキブリがぁっ!』

 

『起きたら一緒の枕で寝てて、すぐ目の前にぃ!』

 

「あれ、これって…」

 

『顔色悪いですよ、大丈夫ですか?』

『大丈夫じゃないです!』

 

「これ…私の声じゃないですか?」

 

 しかも聞き覚えのある会話だった。完全に昨日の一部始終であった。

 

「はい。そうなんです。実は、昨日の会話の一部始終が、配信にのってしまったんです」

「ご、ごめんなさいいぃぃぃ…」

「え、え、えええ?」

 

 目を白黒させる姫子。崩れ落ちる綾瀬に、なんて声をかければいいかあたふたする。

 

「あ、あの…これって、何かまずい事なんでしょうか…?」

 

 涙を流す綾瀬に気をやりつつ、恐る恐るそう尋ねる。

 

 そして、田村は少し間をおいて、口を開いた。

 

「まず、この配信を見ていた視聴者の数ですが、1万人を超します」

「…へ?」

 

 間抜けた声が姫子の口から漏れ出す。だが、姫子にとってはそれほど予想外過ぎる数字だったのだ。

 

「そして、この配信がツオッターなどのSNSで拡散され、バズりました。具体的に言うと、まず『お隣さん』が世界トレンド1位に。そしてその下に『青原リアナ』や『配信事故』『ゴキ●リ』など、複数のワードがトレンド入りしました」

「え?え?ど、どういうことですか?ごめんなさい、その、つおったー?は使ったことなくて…」

「つまり数百万を超える人が、この配信…つまり、貴方と青原リアナについて話題にしているという事です」

「すっ!?」

 

 目を丸くする。姫子にとってはもはや異次元の話であった。

 

「加えて、ヨーチューブにこのシーンだけを切り抜いた動画が投稿され、たった一日で閲覧数が100万を超えました。しかも、その全てが今も進行中です」

「…」

 

 もはや言葉も出ない。姫子は口をぱくぱくさせ、呆然とした様子でお茶を飲んだ。湯呑は空っぽだったが、それでも飲む動作を続けた。

 

「…え?え?あの、私、こ、これからどうなるんですか?これって、大丈夫なんですか?」

「幸いにも、本名や住所など、個人情報の類は一切出てこなかったので、実害は出ないかと。ただ、霧島さんの様な、普通の一般人の方を巻き込んで、このような形で衆目に晒すなど、本来あってはならないことです。この度はご迷惑をおかけしてしまい、本当に、本当に申し訳ございません」

「ごべんなざい…」

「え…!?いや、だって、私だって…!私が騒いだりしたから…その、本当に、ごめんなさい!」

 

 三人で頭を下げることになった。

 田村はすぐに顔を上げて、目を丸くし、姫子の頭を見る。綾瀬は泣きながら、姫子を見て目を白黒とさせていた。

 

「き、霧島さん!頭を上げてください。霧島さんに非は一切ありません。すべてはこちらの不手際で…」

「で、でも!知らなかったって言っても、業務中に私情で騒いで妨害したのは私の方、なんですよね…?だったら、私が悪い…です」

「そんなことない!そもそも私がミュートし忘れたから!」

「でもっ!」

「いや、私が!」

「…お、落ち着いてください、お二人とも!」

 

 安奈と姫子が二人であたふたし始め、鼻と鼻がくっつくくらい顔を近づかせて争い始めた。話が終わらないと悟った田村はすぐにそれを止める。

 

「ふう…霧島さん。そう言っていただけるだけで、私も綾瀬さんも救われます。ですが、それでも悪いのはこちらです。綾瀬さんも私も、プロとしてこの仕事をしています。責任は、Vtuverである安奈と、そしてマネージャーである私が取ります」

「…そう、ですか…」

「霧島さん…本当に、ごめんなさい」

「綾瀬さん…」

 

 しゅんとする安奈、そして何故か姫子。田村は調子が狂う…と内心で思いながら、こほん、と咳ばらいを一つして話をつづけた。

 

「ひいては、損害賠償も全てさせていただきますし、他に不利益な事などがあれば、出来る限り対応させていただきたいと思っております」

「そ、そんな、受け取れないです…」

「…まあ、そう言うとは思っていました。だけど、これからさらに話題が話題を呼んで、拡散されていくことになると思うんです。なんというか、範囲が範囲なだけに、何もしないというのは…」

「…どうしてそんなに広まっちゃったんでしょう…?」

 

 姫子が視線を落としながら尋ねると、田村は即座に返答した。

 

「それは、霧島さんの声があまりにも可愛かったからでしょうね」

「…ふぇっ!?」

 

 姫子が顔を真っ赤にする。

 

「もちろん、青原リアナが元々人気Vtuberの一人であったというのもあるでしょうが、それ以上に、霧島さんの声が話題になっています。曰く、『こんな一般人がいるか!』だとか、『声が天使すぎる』だとかですね」

「え、ええええええ!?」

「まあ、後は話題性ですよね。今は誰もが認めるVtuberの黎明期ですので、こんな話題性のあるトピックに食いつかない人はまあいないでしょう」

 

 顔に熱が集まり、思わず手のひらで包み込む姫子。声を褒められた経験は姫子にはない。以前の会社では、声が小さくて聞き取りづらいとよく怒鳴られたものだ。

 

「うう…そ、そうでしょうか…?そんなこと、初めていわれるんですけど…」

「ですが、こうして実際にお会いしてみると、確かに可愛らしい声をしてらっしゃいます」

 

 アーモンドの形の目が柔らかく細められ、優しいまなざしで見つめられる。姫子はそれに顔をかあっと赤くした。

 

「ねえ、綾瀬さん」

「は、はい!霧島さん、声すごくかわいいですよね。前からずっと思ってて、だから、たまにおしゃべりするのがとても楽しみだったりしてました」

「えぅ…ありがとう、ございます…」

 

 まさか、安奈にまでそんなことを思われていたなんて。限界に達して、姫子はうつむいてしまう。

 

「うーん…それにしても困りましたね…ん?これは…」

 

 田村がふと視線を外した時、タウンワークが見えた。その下には履歴書らしき紙束が挟まっているのが見える。

 

「もしかして、霧島さん…仕事をお探しで?」

「えっ?あ、はい…その、前の会社でクビにされてしまいまして…」

 

 表情を暗くしつつも、笑顔でそう言う姫子。その顔を見て、田村はふむ、と手を顎に当て、そして口を開―――こうとして、安奈に先んじられた。

 

「そ、それじゃあ、霧島さん!ぶいかつに来ませんか!?」

「…ぶいかつに?」

「はい!あ、ご、ごめんなさい、勝手に…」

「いえ。私もそれがいいなと思ったところだったので」

 

 目を丸くする姫子に、田村は手を差し出した。

 

「どうでしょう。もちろん、面接などはしていただくことになりますが…私が推薦させていただきます。霧島さんはなんというか、とても面白そうな方なので、ぜひ来ていただけたらなと」

「私も!霧島さんと一緒に働きたい!」

「綾瀬さん…田村さん…」

 

 姫子は目じりが熱くなって、鼻をつんとさせた。

 そして、ゆっくりと手を差し出して、恐る恐る田村の手を取ったのだった。

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