Vtuberとお隣さん   作:ただのリスナー

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第2話

 霧島姫子、19歳。

 

 彼女が活きてきたこれまでの人生は、一言で表すと、まさに『平凡』であった。

 片田舎の農家の家に生まれ、特定の趣味を作る事も、友人を作って一緒に青春を駆け抜ける事もなく、ただ漠然と将来の為にちょっとした努力をするだけして過ごした学生時代。

 高校卒業と同時に夢を見て都会の会社に就職するも、世はまさに労働の概念が壊れちゃうみたいな大黒企業時代。気の弱く、才覚も見た目もぱっと見平凡だった彼女はすぐに上司に目を付けられ、散々やんなっちゃうくらい超働かされた後、労働基準法も真っ青になる程あっさりと捨てられてしまう。

 

 クビにされた後、彼女を待っていたのは茨の道だった。資格も持っていない、特技もない、そんな彼女を雇う会社は全くと言っていい程見当たらず、雀の涙程度にいた雇ってくれそうな会社も、前の会社みたいな…すなわちバリバリのブラック企業っぽさを嗅ぎ取れてしまい、未だ色濃く残ったトラウマに足を取られ、気後れしてしまうばかりだった。

 とはいえ、実家を出る時にあれだけ涙を浮かべて応援してくれた親の元に戻るのは申し訳がなさ過ぎて…彼女は既に、二進も三進もいかない状況に陥っていたのだ。

 

 そんな彼女は、今――――。

 

 

 

「ど、どうぞ!」

「ああ、わざわざありがとうございます」

「どうも」

 

 控室にいた二人の演者に、姫子はがちがちになりながらお盆に乗せたペットボトルを渡した。

 彼女はスーツ姿だ。首からぶら下げた黒い紐とネームプレートが揺れて、そこにはしっかりと『霧島姫子』という名前が刻まれていた。

 

 株式会社『ぶいかつ』所属の一平スタッフ。それが今の彼女の肩書である。

 

 一週間前に、ぶいかつ所属のマネージャー、田村泉によって推薦され、受けることになった面接。結果として、姫子自身驚くくらい全てが円滑に進んでしまった。

 面接は社長との対面面接であり、少し雑談しただけで二つ返事で採用が決定。

 まずはスタッフとして必要な知識を付けていき、ゆくゆくは大切な仕事を任せたいと、顔なじみでもある田村の補佐として働くこととなった。

 

 姫子はここ数週間、目が回るくらい忙しい日々を過ごしていた。

 

 今日も、安奈―――青原リアナと二人のVtuberとのコラボ企画がもうすぐ始まる。いわゆる一つの『イベント』だと聞かされて、初めての経験に姫子は緊張していた。

 

「スタッフさん、新しい方ですよね。凄く緊張してらっしゃいますけど、大丈夫ですか?」

 

 おかしそうにそう言うのは、リアナのコラボ相手の一人、女社長の鳳凰院 明歌(めいか)。金髪とぴしりと着こなしたビジネススーツが特徴的なお姉さんキャラだ。

 

「私達よりもカチカチじゃん。何、大丈夫?飴でも食う?」

 

 低めの声でそう言うのは、もう一人のコラボ相手のクールギャル、秋野 氷子(こおりこ)。冷めた目と態度とは裏腹に、気に入った相手をとことん甘やかす癖を持つ母性少女。

 

 姫子は頭の中で彼女たちのキャラと特徴を復唱しつつ、神妙にうなずく。

 

「だ、大丈夫です…骨は拾いますので!頑張ってください…!」

 

 姫子の支離滅裂な言葉に、二人はぽかんとする。そしてすぐに噴き出した。

 

「いや、顔がマジすぎるでしょ。絶対大丈夫じゃないから。あと私達別に死なないから」

「ふふ、ふふふ…っ」

 

 わなわなとする姫子に、氷子がそっと飴を口に入れた。姫子はというと唐突な甘味に目を白黒させる始末だ。

 

「初めてで緊張するのは分かるけど、肩の力抜いてこ」

「そうそう。ほら、深呼吸して」

「は、はい…」

 

 優しそうに諭す二人。

 そんな二人だが、彼女達は青原リアナに負けず劣らずの人気ライバーだ。一回の配信での同接数は優に1万を軽く超える。それがどれほど凄い事で、彼女たちがどれほどの人気者なのか、ここ数週間の間Vtuberについて勉強している姫子はちゃんと理解できていた。

 緊張しているのは彼女たちの所為でもある。だが、姫子は律儀に深呼吸を始めた。

 

「ほら、続いてください。ひっひっふー」

「ひ、ひっひっふー?」

「もっと可愛く!」

「!? …ひ、ひっひっふー!」

「やぁん、可愛い!」

 

 可愛いと言われて姫子は顔を赤くした。それにますます盛り上がる明歌。

 

「いや、遊ぶなし」

 

 その一連のやり取りを白い目で見ていたギャルが叩いて辞めさせていた。

 

「ねえ、この子面白すぎます。私持って帰っていいですか?」

「ふぇ!?」

「ちょ、駄目駄目。こいつこんな見た目で配信でギャルゲーし出すくらい美少女好きの変態だから。来るなら私の家に来?マジ友達になろ」

 

 二人が自分をからかっているだけだということは理解できる姫子だったが、同時にどうも危ない雰囲気もうっすらと感じ取ってしまい、あたふたと距離を取った。

 

「わ、私は、その、す、スタッフなので…過度な接触は禁止で…」

「まあまあまあ。よいではないか、よいではないか…」

「飴上げるから…ほら…こっち来な…」

 

 ―――めっちゃ悪い顔してる!?

 

 ついに椅子から離れて迫ってくる二人。姫子はこのままどうなってしまうのか乞うご期待な状況に追いやられた。

 

「―――ダメです!」

「―――ちっ、保護者来たか」

「り、リアナさん…」

 

 狼に追い詰められた兎めいた姫子を助けたのは、扉を勢い良く開けて中に入ってきたリアナだった。彼女はずんずんと三人の間に割り込んだ。

 

「二人とも、何してるんですか!私の霧島さんに変な事しないでください!」

「はい、ごめんなさい」

「正直ちょっと悪ノリかなとは思ってた。反省はしていない」

「明歌さん素直か!氷子さんは反省しろよ!」

 

 ツッコミを終え、リアナはすぐに姫子に詰め寄った。

 

「だ、大丈夫ですか?変な事されてませんでした?」

「は、はい…大丈夫、です…」

「もう!この子は小動物みたいなものなんですから…もっと優しく接してあげてください!」

「リアナさん…」

 

 リアナの温かいフォローに姫子は思わず感激した。この会社に入ってから数週間、リアナと接する機会が多くなり、二人の仲はかなり縮まった。少なくとも姫子にとってはリアナは友達と言ってもいい関係だった。

 

「いや、リアナもリアナでその言い草は酷いでしょう」

「ちゃっかり自分のもの扱いしてるの、そういう所よリアナ」

 

 姫子の頭をなでなでし始めたリアナを白い目で見る明歌と氷子。

 

「つか、ねえ。やっぱこの子ってさ…あの時の子?」

 

 だが、それ以上に気になる事があった為諸々スルーしてそう尋ねる氷子。

 それに対し、リアナは少し後ろめたそうな顔を浮かべた。

 

「あ、あー…は、はい。そうですね…お隣さんです」

「ああ、やっぱり…」

「まあそんなこったろうとは思ってた」

「えっと…私の事、知ってたんですか…?」

「そりゃそうだよ。あの動画、私も見たし」

「私も見ました」

 

 その言葉に、姫子は顔をさっと赤く染めた。あの後改めて自分の動揺する姿を聞いて、それが多数の人間に聞かれたことを、Vtuberについて勉強し始めた後からやっと実感した姫子は、正直当時の記憶を思い出すだけで頭がどうにかなりそうだった。

 

「あ、あれは…その、本当に、あの節はリアナさんにご迷惑をおかけしてしまって…」

「可愛かったのでモーマンタイです」

「もっとリアナに迷惑かけていけ」

「ちょっと二人とも?」

 

 冗談もほどほどに、氷子は椅子に腰かけて足を組んだ。

 

「ま、それでここのスタッフになれたんなら結果オーライじゃね。ここ結構ホワイト企業だし、給料も何気いいし。こういう縁もありっちゃあり的な」

「他のライバーの皆様も、お隣さんに非常に興味津々なので、悪いようには扱われないと思います。まあ、私達みたいに変な絡み方してくる方もいらっしゃるとは思いますが…その時は、私の名前を出してください。こう見えても社長なので!抵抗します。権力で」

「そこは拳な。ってか若干古いし」

「そもそも社長とか言いながら従業員ゼロ人じゃないですか明歌さんの会社」

 

 軽く平手で突っ込む氷子。リアナもそれに乗っかった。

 

「そう言えばそうでした。ダイスで従業員の数決めるんじゃなかったと未だに後悔しています…」

「あ。私、その回見ました!」

 

 姫子は思わず声を上げた。

 その回、というのは、長年実態が謎だった、明歌が運営する会社の内容をそろそろ決めようということで、会社の内容シートを自作して、従業員数、規模、資本金等、全てをダイスに委ねてみようという企画を立てた結果、最初のダイスで従業員数ゼロを出してしまい明歌が発狂するという伝説的な回の事だった。

 

「うふふっ…本当に面白かったです。今思い出してもニコニコしちゃいます」

 

 姫子の笑い方は控えめで、それでいて上品だった。その笑顔を微笑ましいものを見るような目で見つめる三人に姫子は一切気づいていなかった。

 

「…青原さん、鳳凰院さん、秋野さん。そろそろ時間です」

 

 扉が開かれて、中に入ってきたのは泉だった。

 

「おや、もうそんな時間でしたか」

「が、頑張ってください…っ」

 

 姫子の言葉に、三人がサムズアップしてかっこよく去った。

 

「お隣さん、行ってきますね!」

「ちゃんと見てな。私たちのコラボ」

「ええ。しっかりと模範になるようなコラボをして、お隣さんの後学のための一助としようじゃありませんか」

 

 影を濃くして光の元へとかっこよく去る三人はとってもかっこよくて、姫子はなんだか見とれてしまった。

 

 そんな姫子に、田村は優しく声をかけた。

 

「…どうですか?この仕事、できそうですか?」

「…はい!私、がんばります!」

 

 姫子の返事に田村は笑みを浮かべて、「それじゃあ、今日もサポート頑張りましょうか」と姫子の肩に手を添えた。

 

 その日、そのコラボは三人の爆発オチによって伝説的な回となったのだった。

 

 

 

 

 

 

〇月〇日 晴れ

 

 新しい生活が始まったので、ついでに日記も始めてみることにしました。

 私は今、ぶいかつという会社でライバーさんの補佐をするスタッフをしています。

 最初は何もかも知らない世界で、戸惑うことも多かったですが(それは今もなんですけど)、リアナさんや田村さん、他のスタッフの皆さんや、社長さんにも優しく教えてもらって、申し訳ないなと思うと同時に、早くしっかり一人前にならなくちゃと思えて、日々精進できています。

 

 正直、配信を見てもネタや話しの内容が難しすぎて分からない事ばかりなのですが、その度に辞書で調べたりして、しっかりと覚えるようにしています。

 でも、辞書に載っていないものもあったりして難しいです。ばぶみ?とかしこど?だとかが今のブームみたいです。分からない単語はしっかりメモして、後日他のスタッフさんに聞いてみるつもりです。

 

 ライバーさんは、本当の本当に、すごい人達ばかりです。なんて言ったらいいのかな…皆キラキラしていて、自信にあふれていて…私にはない輝き?を持っている人達なんです。話も面白くて、人気者で、優しくてかっこよくてかわいくて…私、ライバーさんの配信を見ていると元気を貰える気がして、今では見るのが楽しみになってしまいました。

 

 こんなすごい人たちを支えることができるなんて、私はきっと幸せ者なんだと思います!

 

 私を推薦してくれた田村さんとリアナさんや、優しくしてくれるスタッフの皆さんと社長さんに報いる為に、そして、何よりライバーさんを支えられるようになるために、私、もっと頑張りたいと思います!

 

 

 

〇月〇日 晴れ

 

 今日は私にとって初めてのコラボの日でした。リアナさんの他に二人もライバーさんがいて、いつもと違う雰囲気に飲まれて緊張しちゃったけど、二人…鳳凰院さんと秋野さんはとっても優しくて、そんな私を話に混ぜてくれました。

 田村さんはコラボは大成功だと言っていました。私も見ているだけだったのに、たくさん笑っちゃいました。視聴者の皆さんも3万人まで増えてくれて、本当にたくさんの人が注目している凄い世界なんだなと改めて思いました。

 

 でも、途中で私との会話の事を話に出してきた時は本当にびっくりしました。可愛いかったとか、面白い子だったとか、凄い言われました。コメントでも沢山色々と言われてしまって、とても恥ずかしかったです…。

 田村さんに良いんですかって聞いたら「むしろいいんです」と言われてしまいました。本当はあまりよくない事の筈なのですが…田村さんには何か考えがあるのでしょうか?

 

 コラボが終わった後は、なんと絵師さんという、ライバーさんの絵を描いてくれる人と挨拶することになりました。綺麗な女の人で、名前はアケノさん。なんでも、凄い有名なイラストレーターの人らしいです。

 何故か私の事について沢山質問されたので、正直に答えました。でも、私の事なんか調べても意味なんてないはずなのに、一体なんだったんだろう。

 

 

 

△月〇日 晴れ

 

 今日は配信をする上でのコンプライアンスの勉強をしました。言ってはいけない事、していい事悪い事など細かく決められていて、配信ってこんなに大変なんだと驚きました。

 

 中にはどうしていってはいけないのか分からないのもありました。『いいぞこれ』がなぜダメなのか、尋ねても教えてくれませんでした。とにかく駄目らしいです。不思議です。

 

 今日は頭をたくさん使ったから、いつもより眠たいです。短いけど、もう寝ようかな。

 

 おやすみなさい。

 

 

 

△月〇日 晴れ

 

 今日はボイストレーナーの人を紹介されて、発声練習をしました。声専用のトレーナーらしくて、そんな職業があったことを今日初めて知りました。

 発声練習は喋り方の抑揚から適切な音量、それから歌の練習もしました。

 声が大きくなると、話している相手が聞き取りやすくなります。

 以前の会社では声が小さいと沢山怒られたので、今の仕事では相手がしっかり聞き取れるよう、大きな声を出せるように特訓したいと思います。

 

 あれ?でもどうしてスタッフの私がボイストレーニングをしてるんでしょう。これがいわゆるジョブローテーションってやつなのでしょうか?高校の時の先生が言ってました。

 

 配信者の方々はこれをずっと続けているんだと思うと、本当にすごいなぁと思いました。

 

 

 

□月○日 曇り

 

 今日はリアナさんがご飯に誘ってくれました。vtuberは焼き肉がエネルギーらしいです。初めて知りました。リアナさんとたくさんおしゃべりできてとっても楽しかったです。でも、その後そのままの流れでリアナさんのお部屋にお世話になったのは少し迷惑だったかも…でもリアナさん、すっごく楽しかったって言ってくれて、ホッとしたのと同時に、本当に嬉しかったです。

 でもこの年で一緒のベットで寝るのはちょっと恥ずかしかったので、次はちゃんと断ろうと思います。

 

 

 

□月〇日 雨

 

 

 今日は配信のやり方を教えてもらいました。パソコンは触ったことがなくて難しかったけど、何とか出来るようになりました。

 これでライバーさんの配信で何か問題が起きた時に、私も解決のお手伝いが出来るようになりました。

 出来ることが増えるっていいな。もっと頑張ろう。

 

 でも、立ち絵付きで練習ってなんだか緊張しました。和服を着た可愛い女の子で、近々デビューするらしいです。そんなすごい子を練習に使わせてもらえるなんて、びっくりしたけど少しだけライバーさんの仲間入りできたみたいで楽しかったです。

 

 

☆月○日 

 ライバーとしてでびゅーすることになりました。

 

 なんで????????

 

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