Vtuberとお隣さん   作:ただのリスナー

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第3話

「それでは、今日はここまでにしましょうか」

「は、はい…」

 

 会議室―――そこで、姫子は田村含む多くのスタッフと一緒に机を囲んでいた。企画部、広報部、マネージャー等など、様々な役職のスタッフがパソコンやノートとにらめっこしながら話し合っていた。

 

 その中でも会議を取り仕切っていた社長が、最後に話を纏めて締めてから、キリの良い所を見計らってそう言った。口を揃えておつかれさまでした~、と席を立つスタッフたち。『姫ちゃん萌~』とか『可愛すぎる…ロリって良いよな』とかよくわかんない大人の話をしながら部屋の外へと出ていく。

 

 そんな中、姫子はただただ真っ白になってその場に座り込んでいた。田村は姫子の肩を優しく揺する。

 

「あの、霧島さん。お疲れ様です、会議終わりましたよ」

「…は、はい…」

 

 疲労困憊の様子の姫子を見て、田村はその頭を撫でながら「流石にお疲れのようですね」と仕方なさそうに微笑んだ。

 

「とりあえずお茶です。どうぞ」

「ありがとうございます…」

 

 渡されたペットボトルに口をつけて、んくんくとその中身を飲む。喉を流れる爽やかなお茶の味が、火照った頭をいい具合に冷やしてくれた。

 

「落ち着きましたか?」

「ん…はい…ありがとうございます、泉さん…」

「それは良かった。さて、これが最後の会議でしたが…どうでした?」

 

 田村がそう尋ねると、姫子は小さく微笑んだ。

 

「なんというか、すごかったです。勢いというか、熱気というか…私なんかのために、あそこまで本気になってくれる人がいるなんて思いもしなかったので…」

「霧島さんだからこそ、です。それだけ期待されているんですよ」

 

 期待、という二文字が姫子の頭にガンと落下してきた。

 

「ううっ…どうしてこうなったんだろう…」

 

 そういう姫子の視界の先には、自分の分身―――『姫原詩(うた)』の詳細なキャラクター設定が書かれた書類があった。

 

 唐突に―――それこそ、姫子からしてみれば何の予兆もなく突如として社長からあてがわれた自分へのミッション。それは、なんと姫子がvtuberとしてデビューするという衝撃的なものだった。

 

 『姫原詩』。それは初期段階で立ち絵だけ作られていたが、適正な声や演じられる人間が見つからずに放置されていたvtuberの卵だった。黒髪姫カットの大和撫子。艶やかな和服を着こなし、おっとりとした性格で、品がある名家のお嬢様。それが詩だ。

 そんな詩の声優として、何故姫子に白羽の矢が立ったかというと、それはぶいかつに入る前の面接の時点で、社長がびびっと来たからだったらしい。当然雇用形態も契約もその可能性があることを明記した上での採用だった。姫子は雇用契約書等と言ったものをよく読まずに何の疑問も抱かず契約書にサインし入社したため、結果として主観的には何の予兆も無くこういう事態に陥ってしまったという顛末があった。

 

 これまで何度も調整のための会議が行われた。姫子を含めて大勢の大人が雁首揃えて自分の思い描く詩を熱弁し、これが良いだのこうした方がああだのと額を突き合わせていたその姿は、姫子にとってはあまりにも熱量が高く目を回すような現場だった。

 

 その間にもボイストレーニングやコンプライアンスの勉強、話の流れの作り方などを勉強するなど、それはもう忙しい日々を送り続けてきた。正直、隣で応援してくれる田村やリアナの存在がなければ、姫子は途中で知恵熱を出して倒れていたかもしれない。

 姫子とて、訳のわからないままここまで来てしまったが、本当に嫌なら泣いていただろう。ただ、リアナの配信する姿や、氷子や明歌といった尊敬できるvtuberを知っている。だからこそここまで頑張ってこれたのだった。

 

 そしてついに配信前の最後の会議が終わり、残すは姫子の初配信だけとなった。2週間後だ。その間は声が付かれない程度のトレーニングや今後の方向性をマネージャーである田村と話し合うことに使われるだろう。

 田村もまたリアナのマネージャーと掛け持ちになる為忙しくなるが、姫子がこの世界に来たのは自分とリアナが原因だという考えがあった。故に最後まで責任を取る…その為にマネージャーに志願したという背景があった。

 

 そして件のリアナは、ここまでことが大きくなることに気をもんでいたらしく、頻繁に姫子に応援のメッセージや差し入れを持ってくるなどして姫子を応援していた。顔を見せるだけで純粋に喜んでくれる姫子に多少の罪悪感を感じるものの、なんだかんだ楽しそうにしている姫子を見て内心胸をなでおろしたりもした。

 

 閑話休題。つまり、姫子はついにvtuberとしてデビューしてしまう所まで来てしまったということだった。

 

「私みたいな子が、リアナさんや明歌さんたちみたいなvtuberになれるでしょうか…」

「むしろ霧島さんは私から見たら立派な『ぶいかつ適合者』ですよ。自信を持ってください」

「そうでしょうか…?よくわからないけど、ありがとうございます、泉さん!」

 

 姫子は笑顔になった。『ぶいかつ適合者』…その言葉の意味を知らない彼女にとって、それは純粋な誉め言葉として聞こえていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「つ、ついにこの時が来てしまいました…」

 

 霧島姫子…否、今この時点から、彼女は姫原詩だった。パソコンの前でがくがくと震えている彼女は今、vtuberとして最初の一歩を踏み出そうとしていた。

 

 目の前にはカメラ。そして三連連結モニター。ゲーミングPCはあらゆるゲームも最高画質で行える程の高性能。事務所のとある一室、配信部屋に設置されている配信用の設備だった。

 

 部屋の中には詩が一人。しかし、扉の外には田村とリアナが二人で見守ってくれている。忙しい中、詩が緊張しない様にと応援に駆けつけてくれたのだ。

 そんな二人の期待を裏切らない様に、詩は失敗も許されないと自分を追い込む。

 

「う~、う~…リアナさん、私に勇気をください…っ」

 

 震える指で、そっと画面のマウスをクリックし―――そして。

 

 

 

コメント:声だけ聞こえてるがこれ放送事故?

コメント:うーうー可愛い

コメント:リアうたてえてえ…というかやっぱこの声お隣さんだよね?

コメント:やっほー、姫ちゃん見てる~^^?

 

 

「う、うわあああああああ!?」

 

 その日、姫原詩はネット世界に元気いっぱいな産声を上げたのだった。




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