シャブ漬け少女のストライクウィッチーズ   作:文月フツカ

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本編 最果ての魔女
最果ての魔女


1

 

 

 銃声。

 扶桑皇国最北端・単冠湾基地は恐ろしく過酷な環境だ。

 

「三機撃墜」

 

 この吹雪打ち付ける北方の空で、ウィッチは彼女一人だ。本土から隔絶した離島であるが故、補給も後回しにされ続け、基地を維持するための人員すら定員に達していない。

 このウィッチの名を、津家楠里(ついえくすり)と言い、階級を軍曹と中々に低い。

目の下に大きな青隈をこさえて、焦点の合っていない死んだ瞳で携帯している無線機に報告を入れる。

 

『了解しました……それと、北方司令部より各種報告書類の提出催促が来ています』

「あぁ、はい。書類は全部私の机……いや、バインダーに留めてハンガーに持ってきてください」

『軍曹……少しお休みになられてはいかがでしょうか』

「私が休むと、上は待ってましたと更に面倒な事を言って来ますよ。休める程人員が居るのであれば、余剰人員は北方司令部へ転属とする、とか」

『馬鹿な、今でさえ軍曹が司令代理兼航空戦力という有り得ない掛け持ちで何とかだというのに!』

―――この基地にいるウィッチは私だけ。基地の基幹要員も圧倒的に足りていない……。

 

 軍曹が基地司令。

 世界中どこを見てもこのような異常な状態は無いだろう。そんな事も思いつつ、何とか滑走路に着陸し、格納庫の中へ退避した。

 

「最後に寝たのは……いつだっけ」

「おかえりなさい軍曹。貴方の前回の睡眠は二日も前です」

 

 基幹要員の中でも比較的古参の陸戦隊員が毛布を持ちながら答える。非常に申し訳ないという表情を浮かべながら、纏められた書類をおずおずと渡す。そんな隊員に対して、出来る限り精一杯笑顔を向けようとするが、上手く笑みを作ることが出来ない。

 

「ごめんなさい……皆さんももっと良い配属先がある筈なのに」

 

結局謝る事しか出来なかったが、その場に居た隊員全員が敬礼をする。

 

「私達は、その身を酷使して任務を遂行為されている軍曹殿を心より尊敬いたします」

 

 この少女の仕事は、一言でいえば激務だ。それは日々の睡眠時間が2時間取れれば良い方であり、三日間徹夜などザラだ。

 怪異はいつどこで襲撃してくるのか分からない以上、哨戒も欠かせないし、基地が問題なく機能するように必要な書類や在庫の管理もしなくてはならない。

 一部は陸戦隊に任せようとも少女は思ったのだが、彼らには塹壕の拡張管理、及び塹壕での戦闘という職務がある。

 少女が仕留め切れなかった怪異を塹壕で引き付け応戦し、少女が仕留めるのを待つ。彼らも命がけの戦闘を行っている。

 

「ありがとうございます」

 

 その一言しか返せなかったが、隊員達も事情を熟知しているので嫌な顔一つしない。

 代わりに、ハンガーの扉を閉め、ストーブを付けたりお茶を用意したりと動く。少女、楠里は卓袱台をストーブの横に置いて、書類を片付け始めた。

 この状況は、彼女が扶桑海軍に入隊し、ここ単冠湾に配属された日から続けられていた。

 

 

 海軍に入隊すれば、まず兵学校に入れられる。身寄りの無かった孤児である津家楠里は、一応の戸籍はあれどもまともな社会保障や扱いは受けられなかった。

 幼いながらも社会と大人の悪意に晒され続けた彼女は、最終的には受け皿である海軍に入る事になった。

 平時とはいえ、いつ何が起こるかも分からない軍隊ではあるが、孤児でも金を稼ぐためには、この様な方法しか無かったのだ。

 年齢制限も、国際情勢の悪化に伴い大幅に下げられていたため、入る事が出来た。

諦めの境地に達しながら、同期の眩しい笑顔を横目に、さっさと割り振られた教室へと歩いていく。

 

 元から知識も無いうえ幼少の頃から真面に栄養補給がされなかった彼女は、当然のように他の同期との差を付けられた。

 必然、彼女が最下位の成績であったし、彼女の一つ上の成績でも、彼女の3倍は点数があった。

 教官からは怒鳴られ続け、同期らからは最早居ない者として扱われる日々を過ごした少女は、結局は自分の生まれが悪いのだと結論付け、諦めの日々を送っていた。

 

 

 そうやってとうとう卒業し、配属先で軍務に就く事になった少女。本来であれば舞鶴の部隊に配属される予定であったが、ここで少女にとっても予想外の事が起きた。

 北方司令部のお偉いさんが、少女の配属先を無理矢理変更したのだ。

当然、上官の采配に拒否権など無く、あっという間に流された。放り込まれた場所を最初に目にした時、あまりの酷さに言葉が出なかった少女は、代わりに一筋の涙を流した。

 

「無能ならば無能なりに使い道がある。潰れるまで働き、有事の際は弾避けなり捨て駒になれ。無論、撃退した怪異は北方司令部付のウィッチの手柄であり、こちらに万が一何かあった場合は貴様の失態だ」

 

 初対面の中将にそう言われて最北端に流された。無論補給を申請しても通らないし、増員なども通らない。撃墜スコアも奪われ昇進も無い。あるのは罵倒と叱責のみ。

 

 思い出すと泣きたくなる過去を脳裏に浮かべつつ書類を捌き切った楠里は、少し仮眠を取ろうと目を瞑った。

 

 その時、怪異が突如として襲来し、基地内が警報に包まれた。

 最初の頃は怒りもしたが、年単位でこの生活が続くと、もう何も思わなくなる。陸軍北部方面憲兵隊は賄賂やら癒着やらで中将と繋がっているらしく、この基地の事は中央や上級司令部には届かない。

 

 零式艦上戦闘脚一一型と、武装は三八式歩兵銃。機関銃すら支給される事は無く、予備の部品すらも与えられない。

 まさしく死ねと言われているが、それでも少女はもう何も思わない。

驚くのも悲しむのも怒るのも疲れた、とは普段の彼女の口癖の一つだ。

 

「出撃します。この様子だとまた2日は降りられないかもしれません。私をロストした場合は上に指示を仰いで下さい。放棄なり後退なりして安全を確保する事。私の捜索は必要ありません」

 

 捜索は必要ありません。このセリフは、出撃前に必ず周りの隊員に言っている事だ。この隊員達が動いてくれても、結局司令部から撤収命令が下るのは明白だ。

 

 数少ない資材の中から、さらに少ない端材で自作した外套を軍服の上から着て手袋を付ける。最低限の防寒対策を施して背嚢を背負い、あまりに頼りない銃を背に下げて出撃する。

 

 

 雪と冷風が打ち付ける夜の空。

 旧型の戦闘脚を操り、貧弱な銃を構えながら、怪異に対して向かっていく。

 そう言えば、同期は大きな手柄を立て、立派な勲章や名誉を貰ったと、何年も前の古新聞の内容を思い出した。

 人として見られている彼女達は、人として見られていない私を見てどう思うのか。

 

 そんな自問自答を繰り返しつつ、楠里は照準を定めて発砲した。

 

 銃声と共に怪異の装甲に命中したが、所詮は一発。本来であれば、機関銃で装甲を削り取ってコアを撃ち抜くのだが、そんな上等な銃は与えられていない。

 必然的に同じ個所に命中させなければ落とせない。

 

 鬼気迫るといった表情で何発も撃ち込みつつ、同じ場所に当たってくれと願う作業。

 

 そして何度目かの発砲で、運よくコアを撃ち抜いた。そういった泥仕合を2時間、5体の怪異に対して続け切り、ようやっと最後の一体を墜とした。

 

 ふぅ、とため息を吐いて出撃時に背負った背嚢から飴玉を一つ取り出して舐めた。

 味も何もしないその飴玉は、何も無いこの地においては貴重な嗜好品であり、気を利かせた陸戦隊がくれた物だ。

 本土は今どうなっているんだろうかと思いつつ、哨戒ルートに沿って帰還しようとした。

 

『緊急! オラーシャ方面の領海より、極大反応急速接近! ……大型です!』

「……北方司令部へ直通回線オープン……こちら単冠湾基地所属・津家軍曹です。オラーシャ領海より大型怪異が接近中。指示を」

 

 少女が問うと同時、かの中将が乱暴に答える。

 

『分かりきっている事を一々問うな。こちらの手筈が整う迄引き付けておけ』

 

そう言って乱暴に通信回線が遮断された。少女は嘆息しながら心の中でこう思った。

 

 つまり私に死ねって事か。

 

「基地司令代理より全基地職員へ。やはり北方司令部はいつも通りでした。総員基地の放棄と部隊の撤収を命じます」

『お待ちください! では貴方はどうされるのですか!? まさか行く気では無いですよね!?』

「……私はもう疲れました。陸戦隊や基地の皆さんの優しさに触れられただけで、もう報われています」

 

 基地職員は陸戦隊も含めて30名にも満たない。基地と言えるかさえ怪しい。

だがそれでも、あの人たちが逃げる時間を稼げるぐらいの我儘は言って良い筈だ。

 

『本当に行かれるのですか……基地の放棄と部隊の撤収は、ご命令ですか?』

「私の最後の命令です。今までありがとう……皆、生きてね。通信終わり」

 

 最後の命令。何時も礼儀正しい敬語が外れ、本来の少女の口調で告げられた生きろという命令は、その場に居た隊員達にはあまりに辛すぎるものだった。

 

『津家軍曹、我等も貴方の下で戦えて光栄でした! 食糧と燃料補給機材を置いていきますので、どうか死なないで下さい!』

 

 管制塔要員からの最後の通信が切れると同時、彼女は笑みを浮かべた。

 どす黒く、自分や他人を嘲笑う笑みを浮かべた。どうせ生き延びても何も無いのであれば、最期は北方司令部へ突っ込もうかとも考えた少女は、慌てて首を振った。

 

―――もう、疲れた。やる事をやって寝よう。

 

「脳内麻薬術式・無制限服用…………く、くくくく。くひひひひっひひ……ァハハハハハハ」

 

 固有魔法。才能あるウィッチに発現する個人的な超能力だ。肉体強化という単純な魔法から、魔眼や雷撃と言った超常的な能力まで多種多様存在する。そんな中で彼女に発現し、固有魔法は無いと言って騙し通してきた魔法がコレだ。

 

 脳内麻薬術式。魔力で生み出したアドレナリン様物質を、無理矢理脳内に浸透させて、体のリミッターを外す技だ。闘争という本能を大いに弄るためか、言動は薬物廃人のようになる。奇声、金切り声と様々な症状はあるが、少女の場合は過剰分泌による影響で只管に狂い笑う戦闘狂へと変貌するのだ。無制限服用は最終的解決手段だが、通常は少量を分泌させ、元気の前借を行う術である。とある薬物にも似た効果だが、直ちに悪影響のある依存性は無い。負傷兵などに打つモルヒネやアンフェタミンといった手段も、この地には無いのが現状だ。

 

 死への恐怖が無くなり、ただただ戦闘という行動を至上とする魔女が、嬉々として怪異へと突撃していく。

 

「当たった! ハハハハハハハ! また同じ所に当たったぞ!」

 

 誰もいない空。怪異だけがその狂った少女とダンスを踊っていた。年端も行かない少女が、激務に耐えられている理由は、この術があるからに過ぎない。

 だましだましで持たせては居たが、いずれ破滅していたのは間違いないであろう。

 また、軍医にこの術の説明をした場合、即刻この魔法の行使を恒久的に禁止されるだろう事は間違いない。

 

 照準を定める為に覗き込む動作をする度に、ぎょろぎょろと目が動いて脳内で計算をする。どこに偏差撃ちすれば、先程の所に当たるのかを延々と考え続けながら発砲する。瞳孔は開き切り、涎を流しつつ狂った笑みを浮かべて戦う魔女は、ただただ楽しい楽しいと叫び続ける。

 

「弾が無い! 魔力ももう無いぞ! コレで終わりか……コレが私の最期か!……だがまだだ!」

 

 まだ終わらない。銃弾が尽きたから何だというのか。懐から銃剣を取り出し、感情の赴くままに叫ぶ。

 

「着・剣! 弾が切れたら銃剣で、銃剣が折れたら銃床で! それすら壊れたら拳で殴って潰してやる!」

 

 何発も同じ個所に銃弾を受け、装甲に穴が開いた所に銃剣を差し込み、捻じ込むように回転する。

 そうしているうちに、とうとう固有魔法へと回す魔力が底を尽き、あれだけ凄まじかった高揚感はどこかへと霧散した。

 後に残ったのは、ハイになった影響で余計に言うことを聞かなくなった体と、鉛のような酷い眠気だった。

 

―――でも、次こんな事あれば笑わないだろうな。喉痛いし。

 

 一番最初に全力でラリッた時は、空の上で奇声金切り声は当たり前だった。徐々に徐々にやばい所を治していったのだが、どうしても狂った笑いは治せなかった。だが今回の戦闘で喉を痛めたかから、本能の方も多少は笑いを抑えてくれるだろう。

 

―――次があればの話だけど。

 

 気が付けば、怪異のコアを銃剣で破壊していた。しっかりと自我が残ったまま狂うという矛盾した行動の果てに行きついた結果は、単機で大型怪異を撃破という快挙だった。

 少女は、少し確認するため、危険を承知で無制限服用を行ってみた。

 

「……ははは、は。今まではコレで無理矢理笑顔を作ってたって事か」

 

 基地で部下に見せた笑顔も、たまに食べた甘い物も、やはりこの術式が無意識に発動していたから出てきた笑みだったという事実は、少女の心に響いた。

 怪異を倒した功績よりも、自分はこの魔法が無いと笑えないという事実と、先程の戦闘で、この魔法を使っても笑う事が難しくなったという事実に打ちのめされた。

 

 改めて自分の体を見てみる。やはりというか、血まみれだった。シールドを張って防御などという考えは空の彼方へ吹っ飛んでいたらしい。

 致命傷以外は避けないという行動が、血まみれの現状を生み出したのだ。術式でハイになる前も実戦経験からくる老練な回避技術で被弾を避けていたのが、まるで無駄になった瞬間でもある。

 

 

『――曹、つ………、聞こえるか!』

 

 楠里は不意に無線機に目を向けた。無意識に背嚢も投棄したと思っていたが、これだけは持っていたままだった。

 無線機からは相変わらず途切れ途切れの声が聞こえていた。だが怪異が倒された影響か、徐々に機能が回復していき、声がクリアになっていった。

 

『津家軍曹聞こえるか! こちらは288航空隊坂本少佐だ! 聞こえていたら返事をせよ!』

 

 北方司令部以外のウィッチとは、この地では大変珍しいものだ。しかも聞く限りでは本土から急いで駆け付けた模様だ。無線が通じるのにいつまでも無返答では処罰が下ると思った楠里は、疲労困憊の中返答する。

 

「こち、らは北方司令部隷下・単冠基地司令代理兼・404航空隊所属、津家軍曹であります」

「繋がったか! 本土でも大型怪異の反応を捉えて急遽飛んできたのだが、北方司令部が色々と茶々を入れてきてな。状況を説明せよ」

「……」

 

 何も答えられなかった。どうせ撃破したと言っても信じて貰えないし、揉み消されて終わりなのだろう。

 上からの叱責、部下の命。足りない資源に冷遇された環境。

 その中で数多くの小型怪異を死に物狂いで倒しながら、基地司令代理という有り得ない職務を並行する。そうして上げた戦果は、すべて北方司令部と中将に奪われる。

 彼女もそうなのだろうという諦めの気持ちを持ちつつ、改めて報告を行った楠里。

 

「撃破いたしました。近くにおられるなら残滓が漂っているのをご確認いただけます」

『何!? 分かった……急に通信が回復したのも倒したからだな。では―――』

『こちら北方司令部。彼の大型怪異は北方司令部付のウィッチが撃破した。坂本少佐は直ちに帰投せよ』

『中将。私は現在この津家軍曹から話を聞いています。それに彼女は北方司令部付のウィッチでは?』

 

 楠里はこうなる事が何となく分かっていた。中将はこの手柄を使ってさらに昇進する事を望んでいるのだろう、と。

 

『津家軍曹? そんなウィッチは居ない』

『居ないですと? では私の出撃前、津家軍曹を助けてくださいと懇願してきた陸戦隊は何ですか』

『幻覚を見ているのだ。情けない奴らだ……ともかくその空域には津家などというウィッチは居ない。すぐさま帰投せよ』

「……もう良いですよ坂本少佐。私の事は、陸戦隊から聞いて下さい。私は……もう寝ます」

『ま、待て軍曹! 今お前を視―――、決し――な!』

 

 徐々に意識が薄れていき、最後は何年も履き続けたユニットも動かせず、そのまま地面へと向かっていった。

 白い地面が迫って来る中で、楠里は誰かに手を引っ張られるような感覚を覚えながら、意識を失った。

 

 

 

 第501統合戦闘航空団に所属するウィッチである坂本は、中央の目が届かないのを良い事に色々とやっているであろう、北方司令部の査察も兼ねた任務に宛がわれていた。そうして向かっている途中、北方海域にて大型怪異出現の報を受け、急遽向かったのが事の経緯だ。

 まず北方司令部で中央から与えられた権限を使って迎撃戦に上がった。魔力反応から既にウィッチと交戦中だと判断し、何度も無線で呼びかけた結果、応答が返って来た。

 所属を確認した次の瞬間には、北方司令部がきな臭い事を言い出したのが事の顛末だ。非常用に教えられた中央上級司令部への直通回線で事のあらましを伝えた結果、中央直轄の憲兵隊がすぐさま北方司令部に乗り込んできた。

 

 余りに急な事で何も対策できていなかった中将らは、何の抵抗も出来ないまま、恐怖の憲兵隊の手によって行ってきた悪事を白日の下に晒された。

 賄賂、癒着、恐喝、横領などは比較的可愛い方で、質が悪ければ婦女暴行なども行っていた。

 

 そして坂本をも絶句させたのは、件の少女である津家楠里の真実だ。

 

 楠里は汚職を働いた中将と、囲っている愛人との間に出来た子供である。元々その愛人も中将の金や権力が目的で擦り寄ってきただけであり、いざ子供が出来ると瞬く間に捨てられた。輝かしいキャリアに汚点が付く事を恐れた中将は、その愛人……楠里の母を秘密裏に処分し、楠里を子飼いの部下に投げ渡して、適当に本土へ捨ててくるよう命じたのだ。

 流石に困り果てた部下だが、何か出来る訳も無く、唯一の望みを掛けて孤児院の前に置いたのだ。

 無論、その部下も中将によって消されているという。

 

 だがこの孤児院もお世辞には良いとはいえなかった。この孤児院は優秀な技能を持つ子供を見つけては、軍に志願するよう働きかけていた。それだけでもアウトなのだが、もし断るような事をすれば、懲罰と称した暴力や暴行が振るわれるのだ。

 

 

 そうして軍への道を強制された楠里だが、見事に成績は万年最下位を貫いた。その結果、悪い意味で汚職中将に見つかってしまい、真実が露見する事を恐れた彼によって、存在そのものを抹消されていたのだった。

 それはもう軍籍や戸籍を始め、育てた孤児院も消すという徹底ぶりだ。

 早く死ねと願いも込めて、補給を必要最小限以下にして、お前は404飛行隊だと、存在しない部隊を名乗らせた。万一ばれても、津家楠里という軍人は最初から居ないし、404飛行隊などという部隊も最初から存在しないというマジックだ。

 以上が、憲兵隊による徹底的な粗探しと、お話しという名の尋問で中将本人から聞き出せた内容だ。

 

 そのあまりの惨さに、同席していた坂本はその場で中将の顔面にキツいパンチを入れた。それはもう歯が砕けようと鼻が折れようと関係なくだ。10発ほど殴った所で、これ以上はと憲兵隊に諌められた。

 無論北方司令部の憲兵隊も、同様に裁かれる。

 

 

 

 そんな大波乱な人生を送っていた本人の楠里は、数週間後に目を覚ました。

 あちこちに治療の後が残り、包帯も取れずに点滴漬けの生活を送ることが確定した瞬間だった。目を覚ましたと聞いて見舞いに来た坂本少佐が、楠里に真実と顛末を話した。いずれ話さなければというが、今回は事が大きすぎるので、つらい事だが早急に教えることになったのだ。

 

「……何もかも、中将の掌だった訳ですか。まぁ……別にどうとは思いません」

 

 そんな感情、もう無いのでと淡泊に言った楠里の頭を、坂本少佐は優しく撫でた。

 

「中将は他の余罪を追及して、全て吐かせて軍法会議の後銃殺刑。これに係わった関係者も、軒並み不名誉除隊だ」

「私はどうなるのでしょうか。せめて部下……陸戦隊にはお咎め無きよう願います」

「かの陸戦隊らも被害者であるので、階級が一つ上がるとともに、名誉除隊が許された。望むのであれば士官学校への入学も取り計らうようだ」

「なら良かった」

 

 そんな無表情で言われてもな……と、坂本少佐は頭を優しく撫でながら、楠里の扱いを説明し始めた。

 

「今回の事を重く見た中央は、一番の功労者にして被害者であるお前の階級を三階級特進で准尉に、という話だったのだが、軍籍が無くなってたのも事実でな」

 

 レーダーの履歴など、細部まで突き詰めれば功績を立証出来るのだが、それはつまり中央が北方の横暴に気付かなかったという証明もより確固たる物にしてしまうため、功績が帳消しになったのだ。

 軍籍や戸籍が抹消されていたのは事実であるため、これ幸いと中央も乗っかったのだ。

 

「いいですよ別に。一介の軍曹ウィッチが基地司令と航空戦力を単独で兼任なんて、誰も信じないでしょうから」

「せめてもの口止め料として、軍はお前の戸籍と軍籍の復活と保障を約束した。階級もそのままからのスタートだが、今後はしっかりと功績も反映される筈だ」

「ふふ……ありがとうございます。ですが私はもう……」

 

 それを聞いた坂本少佐は、持ってきていた封筒を押し付けるように楠里に渡した。

 

「辞令だ。密封指示書だが、期限は過ぎているので現時刻を以て開封を許可する」

「拝見します………………これは」

「命令だからな。心配しなくても誰もお前を嫌がったりしないさ! あと一人、目を付けている奴もいるんだがな。そいつと一緒にな!」

「……まだ、私は眠れないのですね」

「はっはっはっはっは! エースをはいそうですかと逃がすわけは無いな!」

 

 この少女が、後にどれほどの活躍を繰り広げるのか。それは今の時代の誰も分からない。

 だが後世の歴史書の中にはこのような一節がある。

 

―――最果ての魔女は、その類い稀なる力を以て、多くの魔女を支えたのだ。

 

 

 

 

 

中央司令部人事令3x31号

 

扶桑皇国海軍第401航空隊所属

 

津家 楠里 階級:軍曹

 

上記の者を1944年x月x日を以て

連合軍第501統合戦闘航空団に配属とする

 

 

扶桑皇国中央人事局 認可

連合軍空軍人事局 認可

 

 

 

1,fin.

 

 

2

 

 准尉とは、大雑把に言えば、士官学校を出ていないが優秀な兵に部隊を率いさせる為の階級だ。

 徴兵されて兵学校を出た兵士は、基本的には曹長辺りが昇進できる最高階級になる。だが戦時などで人員が不足した際には更に昇級出来るのだ。

 士官学校を出た下士官は、最初から准尉や少尉からのスタートが一般的で、ウィッチともなれば兵学校出でも最初から軍曹と高待遇である。

 

 さて、准尉級の能力と撃墜スコアを持っているが軍曹という、面白おかしい存在が誕生してから数週間。

 横須賀にて、楠里は坂本少佐より再訓練の手解きを受けていた。

 

「基礎技術、戦闘機動に射線確保。特に問題は無い優秀な新人だな!」

 

 最果ての地での戦果は正式に認められず、結局の所は新人ウィッチとして再度一から軍歴を歩む事になったこの少女は、非常に評価に困る軍人であった。

 

 基本・応用の戦闘技術だけではなく、佐官クラスが扱う書類も処理出来る知識を持ち、戦略レベルでの作戦立案も可能という、新人の皮を被った何かの扱いに、流石の上層部も困惑した。

 撃墜スコアは少なくとも130以上の新人ウィッチは、そんな事を気にせずに訓練中である。

 上層部の見立てでは、撃墜数はまぁ多い前線タイプだと思っていたら、それ以外も熟せるという予想外の掘り出し物だった。

 

「三八式に慣れ過ぎたせいか、機関銃はまだ実戦では使えません」

「欧州のネウロイは三八では厳しいな。それこそまた脳内麻薬術式で曲芸射撃をしないとダメな程だが、軍医より使用禁止令が出ているぞ」

「やはり装甲ライフル主体の狙撃支援が妥当でしょうか」

「とは言ってもお前の飛行技術ならアタッカーも出来るぞ?」

 

 今までの扱い故に、自信などという物を微塵も持ち合わせていない楠里は、さてどうしようかと頭を捻る。

 

「まぁ暫くの間はコレでいいです」

 

 楠里が手に持つのは扶桑皇国製の対装甲ライフルである九七式自動砲だ。使ってみた感想としては、今までの使用武器である三八式が玩具に感じるようであったと、坂本に語っている。

 相も変わらず死んだ目で次弾を装填しつつ、楠里は坂本の方へと首を傾げて疑問を投げかけた。

 

「どうした津家」

「失礼ですが、聞くところによれば501は各国のエースが犇めき合うとの事で。私が着任しても差しさわりの無い所でしょうか」

 

 坂本少佐はその意見を笑い飛ばすと、楠里もエースだから大丈夫と言い放った。だが楠里にしてみれば自分がエースなどとは毛ほども思っておらず、坂本の賛美もお世辞に聞こえてしまっていた。

 

「それはどうも」

 

 

 

 横須賀より出港した坂本、宮藤、津家の三名は、ブリタニアまであと半日の所を航海していた。

 扶桑皇国海軍所属の航空母艦・赤城の飛行甲板上では、早朝だというのに訓練に打ち込む人影があった。

 

 飛行訓練をする坂本と、九七式自動砲で海面に浮かべた的を射抜く楠里。そして二人の傍でせっせと甲板を掃除している宮藤だ。

 

「あ、楠里ちゃん。次そこを掃除したいから少しいいかな」

「どうぞ」

 

 宮藤と楠里が出会って1か月。元気で朗らかな宮藤と、常に能面な楠里のコンビは、赤城の乗組員らにとってちょっとした名物となっていた。

 

「仲良くしているようで何よりだ」

 

 飛行訓練を終え、降りてきた坂本が二人に向けて言葉を送った。

 

 楠里ちゃん楠里ちゃんと人懐っこい笑みで質問を投げかけてくれる宮藤に対して、別段興味も無いが嫌うでもない反応を返す楠里。それがまた何か面白かったのか、幾度も幾度もそれを繰り返すうち、楠里は最終的に、表情は能面だが苦笑いをするという、無駄に器用な表情を会得した。

 

「ブリタニアまであと少し。何事も無いといいですね!」

「あっ」

 

 楠里は知っている。最果ての地にて、もう終わっただとかの油断した事を言った時に限って、ネウロイは待ってましたと言わんばかりに攻めてきたのだ。

 

 固有魔法・魔眼を持つ坂本がその能力でいち早くネウロイを察知すると、赤城全体に響き渡るよう号令を掛けた。

 

「―――ッ、敵襲ーー!」

 

 その言葉と同時、坂本は宮藤を船内の安全な所へと引っ張っていく。

 楠里はユニットの格納庫へと銃を担いで駆け出した。ちらっと横目に宮藤を捉えながら。

 格納庫へ到着すると、既に整備員が楠里のユニットの稼働を完了させていた。

 

「坂本少佐は非戦闘員の宮藤を部屋に送ったらすぐ来ます」

 

 整備兵はそれを聞いて返事をすると、坂本のユニットの最終確認に取りかかった。

 

「津家軍曹のユニットは何分旧式の上整備も追いついていません。1500回転に抑えてください」

 

 楠里単機での迎撃なら致命的ではあるが、熟達のウィッチである坂本も直ぐに上がるので、今回は大丈夫かと思い、楠里は整備兵に礼を返した。

 

「401飛・津家軍曹、進発します」

 

 魔力をユニットに流し込み、エンジンを回して飛行甲板を掛ける。最果てに居た時とは比べ物にならない程に恵まれた出撃。

 

 艦隊からの充実した対空砲火の援護を受け、空へと上がった楠里は状況を確認する。既に天津風や浜風はネウロイの攻撃に晒されており、一刻も早く支援が必要な状況だ。

 

 

 戦闘が始まって数分。戦闘機隊と共に上がってきた坂本の指示で狙撃支援に回った楠里。ウィッチ用に改修された対装甲ライフルとは言え、まだ慣熟訓練を修了し切れていない楠里にとって、このライフルは非常に取り回しが面倒な物であった。

 

 最悪突っ込んで搔き乱すしか無いかと思い始めた頃、楠里のすぐ近くで戦闘機が撃墜された。今の2機を以て戦闘機隊は全滅の憂き目にあった。2機のうち1機は爆散してしまったが、もう1機は左主翼が捥がれている状態だ。

 

「まだ、間に合うッ」

 

 楠里は対装甲ライフルを背に回すと、懐から銃剣を取り出して装着し、墜ちていく戦闘機のコックピットへと近づく。パイロットは気を失っていたため、魔力で強化した腕力で風防をこじ開けると、ナイフを使って、体を固定しているベルトを器用に切っていく。

 ものの数秒で作業を終えて、パイロットを引きずり出すと、赤城の甲板へと向かった。

 

 甲板上では衛生兵が待機しており、楠里が見捨てなかったお陰で奇跡的に助かったパイロットが戻ってくるのを見ると、大急ぎで手当の用意を始めた。

 

「急げ! ウィッチが一人回収してくれたぞ!」

 

 衛生兵に負傷兵を渡したと同時、中央エレベーターが作動しているのが目に入った楠里。

 この状況で無理矢理上がろうとするのはどこの馬鹿かと思い近づくと、エレベーターに乗った宮藤と目が合った。

 

 あぁ馬鹿の正体は心優しい少女かと納得した楠里は、宮藤が上がれるよう直掩に入った。

 

 通常は何週間も訓練を積まなければならないのに、この少女は土壇場でとんでもない才能を開花させた。

 

「あっ」

 

 宮藤を脅威と捉えたネウロイは彼女に照準を定めてビームを放った。

 

「させません。宮藤さん上がって!」

 

 寸での所でビームを防いだ楠里が、宮藤へと檄を飛ばす。

 

 甲板上の兵士が、艦橋要員が、楠里が宮藤に檄を飛ばす中、一番大きな声で応援をする存在があった。

 

「飛べえええええ! 宮藤いいい!」

 

 宮藤の才能を一番最初に発掘した坂本だ。彼女の激励を皮切りに、一気に引き起こして、宮藤は人生で初めて大空に駆け上がった。

 

 

 

 魔眼でコアの位置を特定した後、坂本が突撃し、宮藤がそれに続いて援護。楠里が後方支援という作戦になった。

 だが初の実戦で緊張していた宮藤は、坂本の援護に入るタイミングを逃してしまった。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫ですか宮藤さん」

 

 二人が宮藤の傍に行き確認を取る。

 

「もう一度、お願いします!」

 

 チラッと坂本と楠里が目を合わせた。初飛行と初陣でここまでやれるだけ凄いのだが、じゃあおめでとうといってネウロイが引き返してくれる訳はない。

 

「……坂本少佐、宮藤さんを信じましょう」

「分かった、気を引き締めろよ。最後のチャンスだ」

「はい!」

 

 坂本に続いて、今度は臆する事無く突っ込んでいく宮藤。楠里は使用厳禁と言われていた固有魔法を限定条件下で発動させた。

 

 直後、アドレナリンの過剰分泌により、楠里の体感が酷くゆっくりになった。

 

「落ち着いて。宮藤さんが仕留め切れなかったら、私が撃つだけ」

 

 宮藤が機関銃で装甲を削り、運よくコアが露になった。急いで振り返り、宮藤が再度射撃を試みるも、既にコアは通り過ぎ、狙える位置ではなくなっていた。

 

 だがその時、宮藤には二種類の銃弾が目に入った。極限の集中状態であったため、宮藤も体感が酷くゆっくりになっていたらしい。

 二種類のうちの一つは大口径20㎜弾、もう一つは10発の7.62mm弾だった。この二種類の弾丸はネウロイのコアを同時に、かつ的確に撃ち抜いた。

 

 

 

 ネウロイの残滓が漂う中。宮藤を抱えた坂本が、楠里の下へ近づいてきた。

 

「初戦果だな。流石、最果ての新人だ」

「なんですそれ。それよりも宮藤さんですよ」

 

 楠里は気を失っている宮藤の頭を撫でると、一足先に赤城へと降りるために高度を下げようとした。

 

「はっはっはっは! 宮藤はまだお前に傍に居て欲しいそうだ」

 

 坂本に抱きかかえられながらも、楠里が着ている軍服の袖を握りながら寝ている宮藤を見ると、楠里はどこか嬉しそうにその場に留まるのであった。

 やがて眼を覚ました宮藤は、眼下の水兵達が自分に手を振っているのを見て、涙を浮かべるのであった。

 

 

 

 第501統合戦闘航空団(ストライクウィッチーズ)が駐留する基地。

 同・作戦会議室にて。

 

 新しいメンバー紹介の為に、所属ウィッチは集まっていた。各国から集められた選りすぐりのエース達はその言葉を待っていた。

 

「改めて、今日から皆さんの仲間になる新人を紹介します。坂本少佐が扶桑皇国から連れて来てくれた宮藤芳佳さんと、津家楠里さんです」

「宮藤芳佳です。皆さん、よろしくお願いします」

「津家楠里です。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」

「階級は二人とも軍曹になるので、同じ階級のリーネさんが面倒を見てあげてね」

 

 楠里はチラッと、返事をしたリネット・ビショップ軍曹へと目を向けた。

 また気苦労が多そうな人だと心の中で手を合わせて、同時に私の世話係とは運の無い人だと、再度心の中で合掌した。

 そうこうしていると、ヴィルケ中佐から、必要な装備一式が入った箱を渡された。

 だが宮藤は思う所があるのか、拳銃の携帯を拒否した。ヴィルケ中佐は護身用や、もしもの時の為にと伝えたのだが、やはり戦争に使う武器の類の所持は嫌らしい。

 楠里はサイドアームの重要性について教えようかと思ったが、自分は実戦経験のない新人の軍曹だという設定なので、口を噤むことにした。

 余談だが、最初から軍属ではあったものの、例のごとく中将の奸計によって、戦闘時以外での武装も許可されていなかった。

 

 楠里はさっさとmars automaticを右足のホルスターに収納する。

 

 夜間哨戒での影響か寝ているウィッチ。そんな事関係なく机の上で寝ているウィッチ。

 そして急に立ち上がり出て行ったウィッチを一通り一瞥したあと、楠里は何やらこれからの生活に不安を覚えるのであった。

 

 ヴィルケ中佐の解散号令で唖然としている宮藤は、突如として後ろから胸を揉まれる事態に陥った。

 驚いて変な声が出ると同時、今度は楠里の胸を揉もうと素早く後ろに回り、何か行動を起こす前に楠里の胸を鷲掴みにした。

 

「ん~、どっちも残念賞!」

 

 発育という言葉に見放されている楠里は特別腹を立てることは無いが、こうも真っ向から言われると、少しやり返したくなるのが人間という物である。

 楠里は自分の胸を後ろから揉んでいるルッキーニの左腕を自分の左手で掴むと、その場でぱっと左回りで振り向いた。それと同時に掴んでいた左腕を引き寄せてバランスを崩させ、空いていた右手を使って背中を押し、地面に倒れさせた。

 そして倒れた背中の上に素早く左膝を宛がうと同時、先程腰にしまったmars automaticをホルスターから取り出して照準を定めた。無論ホルスターから銃を取り出すと同時、マガジンは抜いたので暴発の危険は無い。

 

「宮藤さん。このように護身用として持っておくのも良いのでは?」

「あ、あはは……」

「うじゅ!? ご、ごめんってばー!」

 

 能面の表情、つまり光の無い瞳と無表情でそんな事を言われたルッキーニは、たまらず相棒であるイェーガーの下へと駆け寄った。

 

「お、珍しくルッキーニが負けたな!」

 

 パチパチと楠里の腕を褒めると同時、改めてメンバーからの自己紹介が始まったのだった。

 

 

「よし、挨拶はそこまで。リーネと宮藤は午後から訓練だ。津家は私とミーナとの三人で少しお話だ」

 

 

2,fin.

 

 

3

 

「あら、リーネさんと宮藤さんと共に訓練をさせないの?」

 

 501の隊長であるミーナは、坂本が津家を連れて午後の司令室に来たことに疑問を感じた。

 

「あぁ、まぁコイツに基礎訓練は必要ない。それよりもミーナの仕事を手伝わせようかと思ってな」

「兵学校を卒業したての新人ウィッチに訓練が要らないって……しかも佐官が扱う書類を軍曹に見せれる訳無いじゃない」

「そうですよ坂本少佐。私は一刻も早く基礎的な訓練をですね」

「あぁ津家……使用厳禁の固有魔法使ったな? それに対する罰でもある」

「……おーぅ」

 

 一瞬で反論を封じられた楠里は、口を閉じることになった。

 

「何大丈夫だ。コイツの事は訳あってまだ詳しく言えないが、必ずやミーナの力になってくれるぞ」

 

 何がどう大丈夫なんだろうか。ミーナと楠里の気持ちは一致した。

 

「はぁ、もう……。津家軍曹、そこまで言うなら少し手伝ってもらいましょうか」

「では頼んだぞミーナ。私は宮藤の様子を見てくるとしよう」

 

 まさに台風一過。自分のペースを終始崩さず去って行った坂本に向けて、二人のため息が重なった。

 

「坂本少佐は昔からあのような方ですか」

「えぇそうよ。しかもそれで上手く行くから余計に質が悪いのよ」

「あぁ道理で……改めまして、津家楠里、階級は軍曹です」

「501隊長職を拝命している、カールスラント空軍中佐・ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケよ。私の事はミーナでいいわよ」

 

 それではミーナ中佐と。そう言って書類仕事を始めた二人。だが時間が経つにつれて、ミーナは楠里のその能力に喜ぶ事になる。

 

「ミーナ中佐、南東軍管区よりの物資が一部不足しています。別軍管区の集積所から回してもよろしいですか」

「構わないわよ。弾薬の備蓄も少々厳しいわね」

「あー、それでしたら西方集積所に各規格の弾薬が明日到着予定ですので、抑えておきます」

 

 ミーナは喜んだ。普段であれば自分が何時間も掛けて処理しなければならないというのに、楠里が一人いるだけでその労力が半減するのだ。まるで基地運営などやり慣れているかのような働きに、なんで軍曹なのに出来るのかなどという疑問は吹き飛んでいた。

 

「少し宮藤さんの様子を見てくるわ。津家さんも来る?」

「行きます行きます……書類とか暫く見ないで済むと思ったのに」

 

 文句を言いながら、ミーナと楠里は滑走路へと向かっていった。

 

 

 

 後に、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐は最果ての魔女の事をこう語る。

 

―――彼女の経歴を知った時、私はただ泣く事しか出来なかった。だというのにあのような最期を迎えた彼女は、とても満足気な表情をしていた。

 

 

3,fin.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の主人公
津家楠里

津家→ついえ→つけ→漬け
楠里→くすり→薬

→薬漬け
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