シャブ漬け少女のストライクウィッチーズ   作:文月フツカ

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銀世界の魔女

1

 

 どのようなウィッチになりたいか。

 楠里は以前ミーナに、何故ウィッチーズ隊に入ろうと思ったのかと聞かれた事がある。その場では徴兵だからと答えたのだが、今回はどうなりたいかという質問であった。

 

 ひかりは皆の役に立てるウィッチになりたいと答えた。

 ロスマン曹長はその答えを聞いた後、過去に同じような理由で頑張っていたウィッチの事を話した。

 

「戦場で能力の無い者は、本人も周りも悲しい思いをするのよ」

 

 実際に経験した事なだけあり、ロスマン曹長の言葉はひかりの中に響く。

 だからといって、夢を簡単に諦めるほどひかりも弱くない。もしこの程度で諦めるようであれば、最初から志願などしていないのだ。

 

 さて、問題は楠里である。

 この少女、最低限生活出来る賃金が欲しいが為に志願し、自分の将来の事など微塵も考えていない。

 どうせ後数年の命だし、それを仲の良い人達と生きられればそれでいいと素で思っている。

 ましてやひかり以下の無才能で戦場に放り出され、台所の油虫のように生き残って来たのだ。

 

 そんな人間に将来の事や、どうすれば強くなれるのかと聞いても、参考にならない返答が待っているだけである。

 

 ひかりは本当に他の人に迷惑が掛かるなら身を引く覚悟はある。そういった気概を身を以て感じたロスマン曹長は、今度は楠里の方へと目を向けた。

 

 楠里は野戦服の内ポケットより、一枚の写真を取り出した。

 その写真を2秒ほど眺めた後、ロスマン曹長に手渡した。

 

 それは、彼の地にて楠里と陸戦隊が撮影した集合写真だった。

 

「そこに写っている方達は、その大半が既に戦死しました」

「……そう」

「確かに才能や能力は重要でしょう。ですがそれらが無くても戦わなければならなかった人達も確かに存在します。個人的な意見ですが、ひかりさんの様に諦めない人こそ私は応援します」

 

―――かつての芳佳さんのように。

 

 そう心の中で付け加えると、ロスマン曹長から写真を受け取り、再び仕舞い込んだ。

 良い事を言っているように聞こえるが、肝心の本人は命を諦めているという矛盾である。

 

 

 試験最終日。

 天候は曇りで風も強い。

 

 ひかりが登っているその下で、楠里は空を見上げていた。

 落下してきたひかりを補助出来る様に待機している楠里だったが、ひかりの一つの行動に目を向けた。

 

 落ちた際、咄嗟に足だけに魔力を回して落下を回避したのだ。

 

「……あ、確かこれって津家さんがやってた!」

 

 それは先日、ひかりと楠里がユニットの起動を行っていた時の話である。

 ひかりが起動しきれずに四苦八苦している中、ひかりより魔法力が少ない楠里が難なく起動したのだ。

 その方法は、魔法力を特定の箇所にのみ集中的に流すといったやり方である。

 ついでに言えば、楠里はロスマン曹長の前で、足だけを使って垂直歩行で登っている。

 

 だがこの結果に驚いているのは、何を隠そう楠里自身である。

 楠里は当初から魔法力が壊滅的であったため、誰かに何かを指摘される前からそのような魔法力の運用形態であった。

 

 自分が当たり前だと思っていた事が、一般的に非常識だった時の衝撃と同じである。

 

 魔法力を1箇所だけに集中して操れる事に気づいて驚いた反応を示すひかりと、そのひかりを見て驚いた楠里。

 

 そして、司令室からそれを見ていたロスマン曹長も、ひかりの成長速度に驚いていた。

 

 傍に居た菅野やニパはその有用性に気づいていないが、急いで来たであろうロスマン曹長は違った。

 もう1日延長してもらうよう頼めと菅野は言うが、ロスマン曹長はそのような事は認めない。

 戦場ではやり直しも待ったも無いのだ。

 攻撃を外したからもう一度同じ場所を飛んでくださいなど、ネウロイが頷く筈が無い。

 

 ロスマン曹長は、諦めの悪いひかりに直接指導を始めた。

 手足に魔法力を流して登っていたが、手だけに集中して魔法力を送るよう指示を出す。更にその状態から片手を離し、一本ずつ使って登るように言った。

 

 曇り空はいつの間にか雨に変わり、見守るウィッチ達も雨に打たれる。

 

 だがその努力を嘲笑うかのようにネウロイ出現の警報が基地に鳴り響いた。

 ひかりと楠里を残して、出撃態勢に入った菅野達は、ひかりと楠里のユニットを一瞥した。

 

 

 文学少女である菅野は、粗暴な言動で周囲に誤解を振りまいているが、その本質は心優しい少女である。

 口ではひかりを煽ってはいるが、心の底では誰よりも心配していたかもしれない。

 

 そんな菅野は、あと少しで登りきるであろうひかりに発破を掛ける。

 この1週間で、雁淵ひかりの性格が大体知れ渡ったお陰か、菅野の言葉に反抗して意地で登りきった。

 

 その成果を確認すると、ロスマン曹長は優しくひかりに微笑み合格を出した。

 そしてそのまま出撃するように言うと、ひかりは嬉しそうに返事をした。

 

「ん……あれ、おい津家が登ってねーじゃねーか!?」

「あ!」

 

 菅野とひかりが焦る中、ロスマン曹長はチラッと下を見た。

 楠里自身は現在無線を持っていないため、ロスマン曹長は眼下の楠里にハンドサインをした。

 要約すれば、さっさと登れと言った。

 

 楠里が登るために近づいたその時、ラル中佐から通信が入った。

 

『ネウロイの進行速度が予想以上に速い。先生達は雁淵を連れてすぐに迎撃に迎え……津家は基地待機だ』

 

 色々言いたい事はあったが、時間が無い為に直ぐに行動に入った。

 

「私の事はいいですから、早く行ってください」

 

 楠里のその言葉を受けて、ひかり達は急いで空へと上がっていく。

 それを見送った楠里は、ハンガーから出て、管制室へと赴いた。

 

1,fin.

 

 

2

 

「来たか。これを」

 

 管制室で戦略図を見ていたラル中佐は、入って来た楠里を呼び寄せると指示を出し始めた。

 現在迎撃中のネウロイとは別に、別方面よりもう一体が接近中との事だ。

 

「あちらの人数をもう少し回しても良かったのでは」

「魔法力が少ないルーキーを抱えている状態での分割など、それこそリスクを伴う」

「お忘れですか。私は雁淵軍曹以下の魔法力で、まだ登ってすらいないルーキーですが」

 

 そこまで言った所で、ラル中佐は鼻で楠里を笑った。

 

「軍歴が1年ある時点でルーキーとは言わん。先生曰く、やらねばならないなら、やるしかないという考えらしいじゃないか」

「まぁ仕事ですから」

「そうだ仕事だ。そして私は軍という会社でお前の上司……上官だ。津家軍曹は別方面から接近中のネウロイを迎撃せよ。撃墜までとは行かなくとも、主戦力のウィッチが到着するまでの間、遅滞防御戦を展開しつつ時間を稼げ」

「了解」

 

 ラル中佐からインカムを受け取ると、楠里はハンガーへと降りた。

 既に命令を受領していた整備兵は、楠里の存在を確認すると、直ぐにユニットの状態を報告した。

 

 ユニットを起動しつつ、整備兵から注意事項を聞いた楠里は、傍に展開された銃を担いで離陸した。

 

 

 今回楠里が携えている銃火器は、芳佳や坂本も使っていた物だ。

 正式名称を九九式二号二型改13㎜機関銃といい、装弾数と威力に優れ、継戦能力もずば抜けて高いという優秀な銃である。

 以前の九七式自動砲二号D型改と今回の機関銃を、状況に合わせて出撃時に選択するのが楠里のやり方だ。

 

 基本的に、ウィッチは使う武器を固定する。狙撃が得意なウィッチであれば対装甲ライフルを持ち、近~中距離が主体なら機関銃を持つのだ。

 

 坂本や北郷の様に零距離が出来る近接ウィッチなら扶桑刀を携え、菅野の様に拳で直に行くという例外も存在する。

 

 中距離から遠距離が主体であれば、サーニャやロスマン曹長が持つフリーガーハマーが活躍する。

 では肝心の楠里はどの立ち位置なのかというと、答えは全部である。

 

 零距離では1911(ハンドガン)銃剣(バヨネット)を使い、中距離では九九式二号二型改13㎜機関銃(マシンガン)、遠距離では九七式自動砲二号D型改(対装甲ライフル)と、オールラウンダーである。

 

 一見凄く聞こえるが、それは所詮オールラウンダーという名の器用貧乏であり、一つを極めた特化型から見れば、何段も劣化したデッドコピーのような扱いである。

 

 楠里自身もそれを認識しているため、あらゆる状況に対応出来る回避技術に重きを置き始めている。

 一人で複数の敵を幾度となく相手取るしかない場所で戦っていたために、この様な例外的な戦い方になってしまったのだ。

 

 ともかく、楠里は今回機関銃を持って出撃した。

 敵数は3体、どれも中型であり、カバー出来るウィッチも居ないため、動き回れる機関銃が採用された。

 

 

 正面にネウロイを捉えつつ牽制射撃を行う。

 それと同時にネウロイと正面から交差し戦闘状態に突入した。

 

交戦(エンゲージ)

 

 3体とも基地へ向けて侵攻していたが、楠里の存在を認めると、即座に別々の方向から襲い掛かって来た。

 

『敵はどうやらお前を指名しているようだ。もう少しで向こうも片付く……15分粘ればこちらの勝ちだ』

 

―――簡単に言ってくれる。

 

 楠里は心の中でラル中佐に舌打ちしつつも回避に専念する。

 連携を取ってくるネウロイの存在など聞いたことも無い楠里は、常に最適な位置を確保し続ける。

 

 致命的な隙でも見つけない限りは、楠里もおいそれと攻撃が出来ない。

 弾薬も無限ではないのだ。これがネウロイ1体だけであったならば問題は解決するのだが。

 

 などと思いつつ、楠里はネウロイの後ろを取って射撃を開始した。

 だがコアの位置も分からない中では、どうにも効果は薄い。

 

―――おかしい、どこか簡単に裏を取れ過ぎる。

 

 1体がやけに易しく背後を突かせてくれるのだ。楠里は疑問に思いつつも誘いに乗り、真後ろに着いた所で悪寒が走った。

 

 即座にその場をロールで離脱しつつ、チラッと後ろを見ると、先程まで楠里が居た場所の後ろ左右に、残りの2体が陣取っていた。

 

「陽動兼囮に1体。誘いに乗って後ろを突けば、残りの2体で十字砲火か」

 

 囮に対して発砲する暇すら与えないその連携は、楠里の少ない魔法力をジワジワと削って行った。

 

 そのような攻防を続ける事10分。

 待ち望んでいた通信が楠里に舞い込んだ。

 

『消耗の少なかったサーシャと先生が先行して戦闘空域へ到達した。合流出来次第編隊を組み迎撃せよ』

「了解」

 

 だが接近するウィッチに感づいたネウロイは、一気に勝負を決めるべく動きを変えた。

 

 航空機、引いては人間には真似出来ないであろう音速域での超機動。

 凄まじい速さで楠里の周囲を周回しつつ、ビームを四方八方から浴びせ続ける。

 周囲のX軸、Y軸、Z軸全てを高速周回という今までに無い戦術を前に、楠里の選択肢は狭まって行った。

 

 

「く、誤射の危険がある為撃てません!」

「フリーガーハマーでは爆風で津家軍曹も巻き込んでしまうわね……」

 

 素早く楠里の周りを動くことで、体よく人質の形を取ったのだ。

 

 ポクルイーシキン大尉とロスマン曹長がどうにか出来ないかと楠里の方を見て思考を巡らせる。

 試しに数発DP28軽機関銃を撃ち込んでみるも、僅かに機動がそれただけで、全く当たる気配が無い。

 

 楠里はそれを見て、手に持っていた機関銃のセーフティを掛け、ベルトを回して背中に背負った。

 

「何をしているの!?」

 

 敵の真っただ中、ましてや囲まれている状況で武器をしまうなど、ただの自殺でしかない。

 ロスマン曹長の言葉に反応せず、楠里は野戦服のポケットから、特殊強心剤を取り出した。

 

 楠里は自身の固有魔法を発動させる魔法力の確保すら、ウォーロック事件以降は難しくなった。

 そこで白羽の矢が立ってしまったのが、散々に渋い顔をされたこの薬品である。

 

 それを何の躊躇いも無く首横に突き刺し薬品を流し込むと、一気に感覚が研ぎ澄まされていく。

 表面上は冷静に見えるが、全ての感覚が何十倍も進化した狂乱状態になった楠里。

 芳佳と軍医少佐達の懸命な治療で回復傾向にあった楠里の体が、再度ボロボロになっていく事が決まった瞬間であった。

 一見軽い判断で使っているように見えるが、楠里の才能ではこれぐらいしないとこのネウロイの動きに適応できないのである。

 もしここに坂本らが居たなら、この様な理由で自らを壊していく楠里に、またキツイ一発をくれていたであろう。

 副作用もしっかりと存在しており、しっかりと代償も支払われる。一時的にパワーアップなどという都合の良い物など存在しないのだ。

 

「あれは……銃剣?」

 

 楠里は懐から銃剣を取り出すと、左手に逆手で持ち、右手に1911を持った。

 安全装置を外し、あろうことかスライドを口に加えて引き、初弾を薬室へ送り込んだ。

 

 在りし日、楠里はシャーリーに1911と銃剣の改造を依頼していた。

 リベリオン合衆国が試験的に開発した小火器用アクセサリー取り付けレール。

 西暦世界で言う所のピカティニー・レールの前身体のような物を発注してもらい、取り付けてもらったのだ。

 

 1911にアンダーレールが取り付けられ、銃剣の持ち手には規格と合致したマウントが取り付けられた。

 これにより、銃剣を1911の下部に取り付けられるようになったのだ。

 

 だがシャーリーは完成品を見てこう吐露した。

 

―――これ何の意味があるんだ?

―――銃弾尽きた時の最後の足搔き用です。銃剣のリーチを少しでも伸ばしたいので。

 

 もしかして扶桑のウィッチは皆こんなのばっかりなのかと、真剣に悩んだシャーリーが居た。

 

 ともかく、そうやって生み出されたゲテモノだが、今回は装着しない。ブローバックしたスライドが顔にギリギリ当たらない近さで1911を構え、サイトを覗き込む。

 銃剣を左手で持ちつつ、左手首を右手首の上に乗せた。

 

 左手首を、無いよりはマシの反動吸収材として利用しつつ、研ぎ澄まされた神経でネウロイを狙う。

 

「何をする気か分からないけど、いつでも突入出来る様にしましょう」

 

 ポクルイーシキン大尉とロスマン曹長がいつでも動けるように構える中で、楠里は行動を開始した。

 

 機関銃が取り回しづらい狭さに於いて、確かに有効な手ではあろうが、誰しも進んで真似しようとは思わない戦闘方法。

 それを何の躊躇いも無く実行した楠里は、まず手近な一体の予測軌道上に2発撃ち込んだ。

 

 拳銃弾とは言え、45口径かつ超短距離であるため、その威力は凄まじい物になる。

 亜音速で螺旋回転しつつ、ネウロイの装甲を一部削り飛ばした。連携が崩されたのが予想外であったのか、残りの2機の動きが一瞬怯んだ。

 

「今」

 

 その隙を突き、西部劇の早撃ちガンマンの如く他の2体にそれぞれ2発ずつ撃ち込んだ。

 そして、撃ち込んだ1体の装甲がはがれ、無防備なコアが露出した。

 

 残しておいた最後の1発を叩き込み、完全に動きが鈍った所で、楠里はユニットのエンジン回転数を一気にあげ、コアへと突っ込んだ。

 銃剣の刀身に魔法力を流し込み折れない様に強化する。更にその上から魔法力を薄く針の様に縫わせ、刃の先端に魔法力を集中させた。

 

「ちょ、まさか菅野さんみたいな事する気ですか!?」

 

 どこか悲鳴じみた驚きが聞こえる中、楠里はコアに銃剣を突き刺した。

 

「坂本さん直伝・烈風穿」

 

 それが当たった瞬間、3体のネウロイの活動は停止し、残滓となって砕け散った。

 

 

 その後、ポクルイーシキン大尉とロスマン曹長が急いで楠里へ近づいた。

 

「無事ですか!?」

 

 ポクルイーシキン大尉は楠里に肩を貸し、飛行の補助をしようとした。

 だが楠里はそれを丁重に断りつつ、自力で飛行を継続した。

 だがここで怒り心頭なのがロスマン曹長である。自らを何も省みないその立ち回りの事を指摘すべく、大きな声を上げた。

 

「貴女はあのような立ち回りをいつもしているの!?」

 

 対する楠里とてそのように言われるのは想定内である。

 

「あの状況下において、私は私自身が出来うる限りの事を実行したに過ぎません」

「包囲の外には私達二人が居たわ。同時攻撃をすればもっと安全に突破出来た筈よ」

 

 楠里も最初はその方法で乗り切ろうとしたのだが、常に攻撃に晒されていたため、タイミングを合わせる事が出来なかったのだ。

 ならばさっさと機関銃を背負い、ハイになって拳銃と銃剣で内側から食い破った方が早いという考えなのだ。

 

「やらねばならないなら、やるしかないのですよ」

「……貴方、いつか死ぬわよ」

 

 その言葉を聞いた楠里は、本当に珍しくくつくつと笑った。

 

く、くく……ははは

「何が、おかしいの……」

 

 だが次の瞬間にはいつも通りの能面に戻っており、楠里はロスマン曹長を一瞥するに留まった。

 

「おーい! 3人とも無事かー!」

 

 そこへ、遅れてやって来た菅野達が合流した。

 

「状況はどんな感じだい?」

 

 クルピンスキー大尉がロスマン曹長に問いかけると、彼女はチラッと楠里に目を向けた。

 

「おい、随分とボロボロだけど大丈夫なのかよ!?」

 

 菅野が詰め寄ると、楠里は大丈夫ですと返答しつつハンドガンをホルスターに収納した。

 それと同時に銃剣も懐へと仕舞い、ビームが掠った時に出来た傷の処置を自分で始めた。

 

 作業をしつつも、楠里は口を動かした。

 

「ネウロイは先行して来て下さったお二人のお力で何とかなりました」

「おー、やっぱり大尉と先生は凄いなぁ」

 

 ニパ達が感心する中で、件の二人は困惑していた。

 ネウロイを引き付け、自力で撃墜した楠里は、自分がやったと言っても良い筈だ。

 

 過程がどうであれ、撃墜した事に変わりは無い。なので本当かと疑われた際、自分たちもこの目で見たと言ってその正当性を保証する筈だった。

 

 だのに肝心の楠里はそれを言うでもなく、あやふやにした。

 

 これは別に楠里が格好を付けているなどではなく、単純にどうでもいいと思っているだけだ。疲労も相まって、いいから早く帰投しましょうという気持ちが、心の中で渦巻いているだけである。

 もし楠里が悲劇の主人公のような言動であったなら、周囲の反応はもっと違う物になっていたであろう。

 だが実際の所は、もう終わった事だからどうでもいいというのが本音である。

 

 

 

「忘れてた。結局お前登ってねーな」

 

 無事基地へと帰還し、全員がハンガーで一息ついた頃。菅野が肝心な事を思い出した。

 

「そうだった! まだ日付変わってないから間に合うよ! 多分津家さんなら大丈夫だよ!」

 

 一気に捲し立てるひかりだが、楠里にしてみれば今日はもう動きたくなかった。

 だが一度も全員に登った姿を見せないままでは、ひかりだけが何か問題があった様に見えてしまう。

 

 ましてや津家楠里は何か裏取引をして合格になったと思われてはこの先必ずどこかで面倒が起きてしまう。

 

「いえ、津家軍曹は一度―――」

 

 話を聞いていたロスマン曹長が事情を説明しようとするが、その前に楠里が口を挟んだ。

 

「ではさっさと登ってしまいましょうか。一度登っていますし、すぐ出来ますよ」

『え?』

 

 ロスマン曹長以外のメンバーの目が点になった。あれ程ひかりの補助に徹していた楠里が、いつの間にか登っていたというのだ。

 

 ホントに登ったのかとメンバーが疑問に思いつつ、モノリスへと歩く楠里に追従する。

 

 ここで、先程庇おうとしたロスマン曹長は気持ちを切り替えた。

 もしまた垂直に登るようであれば、皆の反応を見てみたいと思ったのだ。

 

 彼女は厳しく真面目だが、楽しい事にも全力なのだ。

 

 

 

「お、おおおおおお!?」

「うっわ、うっわぁ……」

 

 驚愕、唖然など、様々な感情がその場を支配した。

 ロスマン曹長に見せた時と同じく、楠里は垂直に登ったのだ……歩いて。

 その腹筋どうなっているのだとか、そもそも重量の影響はなど言いたい事は沢山ある。だが今目の前で起こっている不思議現象は、間違いなく自分の肉眼で見ている現実なのだ。

 

「凄まじい程綿密な魔法力操作だねぇ……」

 

 クルピンスキーが楠里のズボンが見えないかと必死で上を覗いている中、菅野が試しに楠里と同じ様に登ろうとした。

 

「止めておきなさい。アレは恐らく相当繊細なコントロールをしないと出来ないわよ」

「なんでぇ、新人に出来るなら俺にだって出来る筈だ!」

 

 ロスマン曹長はそれを苦笑いで見つつ、改めて楠里を確認した。

 

 楠里はボロボロの野戦服の一つ下に、防寒用の薄くて黒いベルト(スパッツ)を穿いていた。

 これはサーニャやエイラ、ニパと言った寒冷地出身のウィッチが愛用しているのと同じ様な物である。擦り切れた茶色の靴や、今にも穴が開きそうな薄い手袋、そして明らかに有り合わせの端材で作ったであろう外套。

 これは、彼の地にいた時とほぼ同じ格好であった。

 

「着ている服も全体的にボロボロ、軍歴1年とは思えない程の魔法力操作と空戦技術……そして何より、あの何の感情も宿していないどす黒い眼。貴女は、一体どこから来たのかしらね」

 

 ロスマン曹長の呟きは誰の耳にも届かず、虚空へと消えていった。

 

 後に、彼女の過去を知ったエディータ・ロスマンはこう語る。

 

―――もっと早く、彼女と出会いたかった。

 

2,fin.

 

 

3

 

 

 司令室にて。

 報告を聞いたラル中佐は、ロスマン曹長と共に楠里の経歴書を眺めていた。

 

「ふーむ……何者なのだろうな?」

「予測ですが、何かしらの特殊部隊出身……でしょうか」

「あー、ブリタニアが試験的に運用している空挺部隊のようなアレか」

「もしくは、負の方面……懲罰部隊からだとか」

 

 あれやこれやと予想を立ててみるも、どれも今一現実味に掛ける。ウィッチの特殊乃至懲罰部隊など、物資も人員も慢性的に不足している戦時に於いて、設立するだけ無駄という物だ。

 

 だが事実は小説より奇なりという言葉があるように、楠里の経歴はびっくりどっきり満載なのだ。

 

「西の狼にそれとなく聞いてみてもいいかもしれないな」

 

 ラル中佐はそう言うが、西の狼はそう簡単にボロを出さない。ましてや津家楠里を502に強制配属とした段階で、既にミーナは本気も本気で怒っているのだ。

 

「本人に本当の経歴を言うよう促しましたが、知りたいならガランド少将やミーナ中佐に聞けと相手にすらされなかったわ……」

「何だと?」

 

 まさか将官クラスまで背後にいるのかと警戒を強める中で、ラル中佐はとある事を思い出した。

 以前司令部へと赴いた折、マンネルヘイム元帥らが502の新人2名を見て顔を顰めていたのだ。

 その事をロスマン曹長に伝えると、彼女もそう言えばと思いだした。

 

「雁淵は特に問題など起こしていない優等生タイプだ。だとすればやはり津家軍曹か」

「何か軍機密でも握っているのか、お偉いさん方達のスキャンダルでも握っているのでしょうか」

 

 

 頭を捻っていると、管制塔より電話が来た。その内容を確認した時、ラル中佐は今度こそ困惑の表情を浮かべるのであった。

 

 

 

 朝食時。

 ブレイブウィッチーズのウィッチが勢ぞろいして食事を楽しむ中、ラル中佐が端を発した。

 

「本日、扶桑より追加の物資が到着する」

 

 これに敏感に反応したのは、戦闘隊長を務めるポクルイーシキンだ。ブレイクウィッチーズが齎す被害を直接受けている彼女は、追加の物資などはまさに天の恵みなのだ。

 

 何故だとかどうやったかなどの些細な部分は抜きにして、喜びの表情を浮かべる大尉であった。

 

「で、今度はどんな魔法を書類に使ったんだい?」

 

 クルピンスキーは分かってるよーといった風にラル中佐に確認を取る。

 

「今回は私は何もしていない。本当に扶桑から唐突に連絡があってな。あと数時間で到着する」

「やっと上も激戦区のここに目を向けてくれるようになったのかな」

 

 ニパの純粋な意見は、ジョゼや下原達にも伝染し、何が送られてくるのかと笑顔になった。

 

「……」

 

 楠里はそんな中で胡乱な視線を宙に向けていた。

 思い出すのは嘗ての地だ。何度補給を申請しても握りつぶされ、一方的に罵声などを浴びせられる環境。

 僅かな物資で必死に陸戦隊らと生き抜いたあの時代を振り返ると、どうにも追加補給の物資という言葉自体が、どこか遠い異世界の言語と勘違いするのだ。

 

 ましてやドリームチームであった501に居た時でさえ、扶桑は楠里の補給を止めて来たのだ。

 狂気の軍医少将の奸計だったとはいえ、そうも簡単に補給が通ると、何やら思う事も出てくる。

 

 

 

 少し時間が進み、基地の滑走路に扶桑の輸送機が着陸した。

 冬で閉ざされる前に可能な限り持ってきたと自慢気に話す補給係の兵を見つつ、楠里は物資の箱を眺めていた。

 

「ラル中佐殿、扶桑軍総司令部よりお手紙を預かって参りました」

 

 そう言って手紙を渡し、積んできた荷物は全て降ろされた。

 そして手早く所定の手続きを終えると、補給兵はまた挨拶をして戻って行った。

 

「ハンガーにて中身を再確認する。全員居るな?」

 

 そうやってラル中佐やポクルイーシキン大尉が中心となり、物資クレートが開かれていく。糧食や各種部品を始めとして、なんと太っ腹にも予備のユニット二つもあったのだ。

 

「素晴らしいです! 素晴らしいです!」

 

 余りの嬉しさに涙すら浮かべているポクルイーシキン大尉と、何やら胸が痛いブレイクウィッチーズの3名の対比を眺めつつ、ラル中佐は渡された手紙を読み始めた。

 

 その手紙の内容は、要約すればこうなる。

 

―――たとえ地の果てといえど、扶桑は絶対に諸君らを見捨てない、と書かれていた。

 

「ほう、何とも感動的じゃないか」

 

 無論本心からそうは思っていないが、試しにロスマン曹長に渡してみた。

 

 読み終えたロスマン曹長は、ラル中佐に視線を移した。するとツイっと首を動かして、他のウィッチ達と一緒に物資の確認をしている楠里を指した。

 

 ロスマン曹長はため息を一つ、仕方なしに楠里に近づいた。

 

「津家さん。この手紙を読んでみなさい」

「……どこのどなたからですか」

「扶桑総司令部からよ」

 

 総司令部から一介のウィッチ宛てとはありえないが、今回の手紙はラル中佐当てでもあったため、特に皆が何か言うような事は無い。

 楠里は手紙を嫌そうに受け取ると、渋々と読み始めた。

 

 最後まで読み進め、先程の見捨てないという一文を見た楠里は、何の脈絡も無く手紙を握りつぶしてこう言った。

 

笑わせてくれる

 

 そのあまりの声の低さと、ドス黒い雰囲気に呑まれ、その場にいた全員は楠里を見て固まった。




何やら最近、ストパンで命が軽い系主人公が増えてると聞きました。

なんで???


烈風穿
坂本少佐が使う決戦魔法・烈風斬の超劣化版
銃剣の先に魔法力を集めて直に突き指しに行く最終手段

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