既に知ってる内容かと思いますので、その部分は飛ばして頂いても問題ございません。
恐らくスマホ版ではレイアウトが崩れており、見難いかもしれません。
ご注意ください。
1
▽
津家楠里の部屋は殺風景である。
元々502には雁淵孝美1人の着任予定だったが、遣欧中の戦闘で負傷し後方へと下がった。まさかの本土へのとんぼ返りである。
一級の戦力の穴埋めとして配属となったのは、同乗していた妹の雁淵ひかりである。ひかりの配属先はこことは別の後方であったが、姉の代わりとしてラル少佐に嘆願し、502の所属となった。
本来の配属先とは違う最精鋭の最前線部隊であるため、要求される能力も高い。
で、問題は戦力以外にも出て来ている。
孝美に用意されていた部屋をひかりに宛がうのは当たり前として、コバンザメの様に同乗していた楠里の配属は予定外の事であった。
無論経理を統括するサーシャはラル少佐に苦情を入れるも、1人でも戦力を確保したい思惑がある為、結局配属となった。
結果的には扶桑の追加物資が来たのでプラスに働いたのだが、それでも補えない部分と言うのはある。
「……」
楠里の部屋にあるのは、サーシャが頑張って直したセントラルヒーティングと、凍結して罅割れたボロボロの絨毯だけである。これでは何も無いと言い換えても過言ではない。
そんな部屋で薄い毛布1枚に包まり、片隅で座って寝ているのがこの問題児の楠里である。
無論そんな事を基地の要員が許すはずも無く、相部屋案だとか、軍の経費で家具を揃えるといった事もしっかりと提案されている。
最初はひかりが相部屋案を出した程だ。
だというのにこの楠里はその全てを断っている。
楠里は一度502の経理書類を横目で見たことがあり、経費で家具を購入する余裕など全くない事が分かっている。
では倉庫に眠っている物や、他の人が使っていないお古ならどうなのか。
結論から言えば、予備の家具なんぞ無かった。
なんせ期待のエースであった孝美の部屋の為にその全てを使ったのだから。
何もかもが無い状態だというのに、サーシャは楠里の為にセントラルヒーティングを直した。
楠里はそれに感謝しているし、寒さに慣れているので問題は無いと思っている。
ここで勘違いしてはいけないのは、慣れているのと問題の有無は全く以て関係が無い。
単冠湾もペテルブルグも極寒である。
同じ極寒でも、ペテルブルグの方が過酷だ。だというのにコレである。
「あのですね、部屋の設備なんて頑張れば一人分ぐらい揃えられます。そんなカツカツな資金運用をしている訳無いじゃないですか」
サーシャは楠里が経理関係の書類は理解出来ないと思い、経理事務作業を行いながらこう言った事もある。
「ではこことここの部分、そして軍管区集積所からを合わせてこの数字ですよね。この額で一体何が出来るんですか」
まさかの書類内容を全部理解していた軍曹の返答は、サーシャの言葉を詰まらせるには十分であった。
「……えっと、えーっと。そう、アレです!」
「なるほど扶桑が送ってきた追加資金ですか。もうユニットの修理費でありませんよね」
サーシャが言おうとした事をすっぱりと言い当て、書類の束から修理費が記載されている1枚を取り出してみせた。
「私費で!」
「暖房を直して頂いただけで十分です……あと毛布」
「あああああ……」
呻き声を上げるサーシャを冷めた目で見つつ、楠里は視線を窓の外へと向けた。
そこには、ソリを囲んで話し込んでいる管野らが見えた。
「お話は以上でしょうか」
「どうしてそこまで頑固なんですか……隊員の健康維持は上官の役目なんですよぉ……」
「色々ありまして、ベッドやら布団といったちゃんとした所で寝ると逆に疲れてしまいまして」
楠里はその経験から、1度横になるといざという時動けないから座って寝ているのだ。
座睡と呼ばれるソレを見られた時、座ってないと寝れない体質で、いつでも動けるようにだと楠里は言う。
だが本当の所は全く違った理由である。
真の理由は、一度完全に寝転んでしまえば、もう自分は立ち上がる気力を沸かせる自信が無いからだ。
入院して担ぎ込まれた時は寝転んでいたのだが、目を覚ますや否や座睡へと移行した。
芳佳と軍医少佐らの懸命な治療により何とか保てていた体も、先日の特殊強心剤を利用した脳内麻薬術式でパーになった。
いい加減助走を付けてぶん殴られるべきではあるが、この部隊に楠里の真実を知るものは居ないのだ。
ミーナらの傍に居たいと言いながらも、平然と自分を壊すその矛盾。それこそこの津家楠里が既に真面な思考をしていない異常者の証拠である。
さらに基地の誰よりも早く起きているので、本当に寝ているのかを疑われる程である。
基地司令であるラル少佐も、そんな状態を許しておく筈が無く、安物ではあるがベッドやらが到着するまでの間、誰かと部屋を共用するように言った。
「命令ですか」
「ああ」
ラル少佐はゆっくりとだが、確実に楠里の思考を理解していた。ここで少しでも言い淀めば、そこを突いて色々屁理屈をこねるに決まっている。
それだけの知識と経験があると睨んだラル少佐は、いよいよ本腰をいれて探りを入れるかと決意を固めた。
なお、いざ動こうとした矢先に意外な所から情報が来て肩透かしを食らうのは、少し先の話である。
▽
そんな朝の一幕が終わって数時間後。
ひかりが突如として風邪をひいてしまったとの報告が上がった。
連日の過酷な任務に体が限界を迎えたのだ。
ロスマンは魔法力で保護されているウィッチは怪我や病気になりにくいと言いつつも、ひかりの魔法力の低さも原因の一端と説明した。
魔法力が少ないうえで連日過酷な任務。
誰かもう一人同じような奴がいたよなと、全員の視線が楠里に集中した。
「何でしょうか」
同じ条件の筈だが楠里は特に具合が悪そうには見えない。
「何とかは風邪をひかないって奴か」
「管野!」
ニパが諌めるも、楠里は特に反論する事は無い。
「ええ、私は風邪をひいても大丈夫です」
熱でフラフラになりながらも飛んでいれば何とかなると思っている。
だが流石に人前で言おうとは思わないが。
「津家が集積所を半壊の被害に留めてくれたとはいえ余裕は無い」
そして、毎年恒例のサトゥルヌス祭は中止との判断が下された。
そんな中で楠里は、かつての地での年末年始を思い出していた。
「……何も無かったなぁ」
大晦日も出撃と書類整理、元旦も出撃と中将からの嫌味と書類。
出撃書類出撃書類出撃出撃出撃出撃出撃書類睡眠出撃etc……思い出しても碌な事無いなと鼻で笑った。
「津家は何かプレゼントとか貰ったの?」
ニパの純粋な笑顔の質問に楠里はあっさりと応えた。
「
「そっかー。津家は人気者だね!」
事情を知る人間が居れば、喧嘩売ってんのかと思うだろう。
楠里は困った様な視線を向けて、紅茶を飲むに留めた。
▽
基地内にはウィッチの笑いが響いていた。
クルピンスキーが採取してきたキノコを食べた全員の笑いが止まらないのだ。
楠里も出された料理を少し食べてしまい、盛大に笑って―――いなかった。
厨房で同じく口にしたロスマンらが笑う中、楠里は冷めた目で皆を見ていた。
「っ、津家さんも食、べ……な、なんんひぅひひっ」
「ッッッ」
下原やジョゼが何でと楠里に尋ねようにも、息が切れて真面に喋れない。
「……収まるまで私は姿を消していますね」
僅かに1でも笑う感情が残っていればそれが増大されて楠里も笑っていただろう。
だが無情にも楠里の感情値は0である。0に何を掛けても0に変わりはない。
以前サーニャ直伝の料理が褒められた時に出た笑みは、あくまでもサーニャが褒められた事に対する満足感であり、今回のような事では口元は1㎜も吊り上がらない。
そんな難儀な状態の楠里は、ロスマンらを放置してハンガーへとやってきた。
だがここでも、試作ワライダケ料理を口にした管野とサーシャが机に突っ伏していた。
「つつつ、津家さ、んは食べなかったん、で、すか」
笑うまいと必死で我慢するサーシャではあるが、今の状態はただただ煽っているようにしか見えない。
そんな時、基地内に警報が鳴り響いた。
「あれ、津家は大丈夫なの!?」
「私は問題ありません。カタヤイネン曹長の指揮下に入ります」
結局
『何はともあれ、
「隊長は真面そうで良かった」
「えぇ、怪しいキノコ料理を軽々しく口にせずしっかりと状況判断が出来る……流石です」
『……け、健闘を祈る』
そういってラル少佐との通信が切れた。
それと同時に2人は目標を捕捉し、喰らい付くのだった。
なお、ラル少佐は今司令室で大笑いしている。
▽
ニパと楠里の射撃が当たると同時、ネウロイはカモフラージュを展開した。
西暦の世界では光学迷彩とも呼ばれるその隠形は、2人を騙すには十分な威力を発揮した。
だが下から見ていたひかりには存在が確認出来るらしく、座標を2人に送った。
「全身を迷彩で覆われると手が付けられませんね」
上部だけの迷彩であったため、連携して有利な位置を確保しつつ、徐々に追い込んでいく。
だが突如として、ニパが射撃を中止した。
「うええ!? 詰まった!」
それに動揺し、一瞬動きが鈍ったニパ。
ネウロイがそれを見逃す筈も無く、数多のビームがニパに襲い掛かった。
「こちらです」
だがニパの手を、いつの間にか近くにいた楠里が握った。
「津家!……あれ待って、まさかコレって」
「気張ってください」
人間、慣れてない動きをすると十全に力を発揮できない。
ましてやニパが操るユニットの設計思想は、その悉くが扶桑製のユニットとは違うのだ。
後ろから迫りつつあるロケット弾に感づいた楠里は、ニパを引き連れてネウロイの攻撃圏から離脱を試みる。
津家楠里の超機動は、ニパの胃を確実に嘔吐へと持って行った。
本来、ロールなどで確実に回避して堅実に攻撃する楠里だが、乱戦で囲まれた時や今の状態では良い的である。
楠里本人もこんな動きをする前に、確実に倒す事を前提に動いている。
「ま"って"え"え"え"え"え"! ソレ絶対にやっちゃだめ"な機―――あっ」
ニパの尊厳を守る為にも、何が起こったのかは記さないのがマナーなのかもしれない。
何とか攻撃を凌いだニパと楠里の頭上を、ロケット弾が通り過ぎていく。そしてネウロイの後尾に着弾して、弱点となるコアを露出させた。
それと同時に行われた射撃により、人騒がせなネウロイは無事に撃破されたのだった。
「では先に帰還します」
楠里はぜぇぜぇ言っているニパに敬礼をすると、基地への進路を飛行し始めた。
「ん? どこにも行かないよな?」
そういった未来を完全に予測していた人物は、楠里の前に飛来した……右の拳をグーで構えて。
「……」
チラっと後ろを見ると、もう一人のウィッチがフリーガーハマーを持っていた手をグーで構えて微笑んでいた。
「「さ、お話を」」
ニパは未だに目を回している。本来であればニパの感動的な再会になる筈が、楠里の存在によって何とも微妙な雰囲気になってしまった。
▽
まるで犯罪者のように両脇を拘束された楠里は基地へと帰還した。
連行してきた1人であるサーニャは、502のメンバーへと挨拶をしていた。
楠里はといえば、寒い寒いハンガーに正座させらている。
目の前には目が笑っていないエイラが、笑顔で事情聴取を行っている。
「……で?」
「はい。少し長くなりますが……戦火が拡大する欧州へウィッチの追加派遣が決まりまして。ですけども航空ウィッチは希少で、その殆どが既に欧州入りをしている現状、上も何とか数を揃えるべく希望者自薦による学徒動員を決定しまして」
「で?」
「選抜された雁淵ひかりさんの護衛兼道中の教官として私が選ばれました。送り届けた後はそのままミーナ中佐の指揮下へ合流する予定だったのですが、同じく同行していたひかりさんの実姉である雁淵孝美中尉が戦闘中に負傷しまして、代わりにひかりさんが自薦もあって502へ配属となりました。私は、その……」
「どーせカバーストーリーで作り上げた部隊の調整が終わるまでここでとか言われて、そのままなし崩し的に配置されてんだろ」
楠里は小さくはいと頷くと、そのまま下を向いた。
「一度会ったけど、お前を横からいきなり掻っ攫われたミーナ中佐の狼狽は、私ですら悪戯心が芽生えなかったんだぞ」
「はい」
「そもそも検閲が入るとはいえ手紙の1つでも出せたよな。心配かけた謝罪ぐらいはするべきだと流石の私も思うぞ……お前さては忘れてたな」
「……はい」
怒鳴るように怒って責められるのではなく、チクチクと針の様な正論で刺される楠里。
502の皆は珍しい物を見たといった感じで注目していた。
「楠里ちゃん、その……戻ったらかなりお説教コースかも」
内容は遠目で分からないが、とりあえず楠里が何か怒られているのは分かる502。
「大体扶桑で休養してる筈だろお前。皆もそうだけど、何よりサーニャを心配させんなヨ」
「でも無事で良かった」
ちなみに、エイラは普段と変わらない表情で正論の針を、サーニャは涙を浮かべながら楠里の手を握った。
(あぁ!? サーニャの手を! 津家汚い!)
まあ内面はいつも通りではあるが。
楠里はエイラの視線を的確に感知して、この状況を脱しようと動いた。
「サーニャさん、エイラさんとも手を繋ぎましょう。2人の仲の良い姿が見たいです」
本心ではあるが。どこかその場を脱したいが為とっさに出たような言葉を吐く楠里。
「そうね、エイラ」
「な、ななななな喜んでなんだナ!」
緊張しているのか、若干汗で滑った左手で楠里の手を掴み、右手で恐る恐るサーニャの手を握った。
「あら、何か知らないけど仲直り出来たんですね」
終わりを見計らってサーシャが近づいて来た。
そうやって紆余曲折はあったが、ひかりを喜ばせる為のサトゥルヌス祭は大成功を収めた。
エイラも親友であるニパの笑顔を見て満足したのか、翌日にはサーニャと共に基地を飛び立った。
因みに楠里の強制異動の根回しは未だ完璧とは言えない為、今少し502へ留まる事となった。それと同時にだが、ミーナ中佐のラル少佐に対する細やかな意趣返しは始まった。
「じゃあ楠里ちゃん。今度でいいからミーナ中佐に手紙書いてあげてね」
「忘れんなよー」
「はい」
なお、飛び立って数十分後。
嫌な予感がしたエイラは再度楠里を占った。
「あぁ、ラル少佐らの胃かぁ……どうでもいいナー」
1,fin.
2
▽
届いた物資の中に、クルピンスキー宛ての小箱があった。
大人のぶどうジュースと期待に胸を躍らせたクルピンスキーだが、中身がマカロンだと知ると、露骨に落胆した。
そうはいいつつも試しに1口齧り―――中の異物に歯を痛めかけた。
そうして異物の中にあったマイクロフィルムは即座にラル少佐に届けられた。
解析された内容は、ブリタニア空軍所属のマロニー大将の一派がやらかした最高機密の詳細が記されていた。
クルピンスキーやロスマン、サーシャもその資料を読み、第501統合戦闘航空団がその尻拭いをさせられた事を知った。
だがこの事実を知ってもなお、ラル少佐は不敵に笑った。
ネウロイを倒し続けていればいずれ巣に辿り着く。その事実を再確認出来ただけでも、この軍機を握った価値はある。
そうやって今後の方針も大まかに固まったころ、司令室のドアをノックする音が響いた。
「入れ」
ラル少佐が入室を促すと、少し涙目のジョゼが入って来た。
「失礼します。その、残ったお菓子から出てきました……もう1つ」
「……ほう」
ラル少佐は直ぐにそのマイクロフィルムを書面に出力するよう指示を出そうとした所で、一旦思いとどまった。
ウォーロックレベルの軍機が記されているなら、自分がやった方が早いと結論付けたのだ。
それに先程の資料も自分で出力したのだ。多少増えた所で問題は無い。
「では早速現像を―――」
「いや、今回も私がやろう。心配せずとも見せてやるさ」
そういって数分後。戻ってきたラル少佐の顔は、今までに無い程に険しい物であった。
「お帰りなさい。で、内容はどうだったの」
基地司令の椅子に腰かけたラル少佐は、まず大きなため息を吐いた。
「やられた、まさかこんなのだったとは。クソ、こちらは航空団だぞ……まさか地雷を気にしないといけない日が来るとはな」
ラル少佐はバインダーに纏められた2つ目の機密情報を無造作にロスマンへと投げ渡した。
軍事機密は、扶桑の場合は上から順に軍機、軍極秘、極秘、秘、部外秘の5段階に分けられている。
そして今回の機密には、最上級の軍機に割り振られていた。序文からぶっ飛んでいる内容はこのような物である。
▽
No,404.
扶桑皇国海軍第404号軍事機密
第404号機密の漏洩及び拡散(故意的・無自覚問わず)を行った者を、所属国家・階級を問わず厳罰に処する
扶桑皇国海軍軍令部
ブリタニア空軍総司令部
カールスラント空軍上級司令部
人類連合軍統合総司令部 認可
姓/津家 名/楠里(以下:甲)
使い魔:ハシボソガラス
撃墜数:推定200機前後(後述2)
固有魔法:脳内麻薬術式(後述1)
:魔法力変換術式・代償(後述4)
原隊:扶桑皇国海軍遣欧艦隊第24航空戦隊288航空隊
所属:連合軍第501統合戦闘航空団
階級:軍曹
経歴:舞鶴鎮守府海兵団第●期卒
:扶桑皇国海軍北方司令部隷下単冠湾基地所属404航空隊 解隊済み
:扶桑皇国海軍第401実験飛行隊 解隊済み
甲は北方司令部総司令■■中将 処分済みと津家■■ 死亡確認済みとの第1子に当たる。
中将と津家母との不貞の間に出来た子であったため、生まれて直ぐに捨て子となる。捨ててくるよう命じられた子飼いの私兵に本土の■■孤児院 廃院済みの前に置かれる。その私兵も中将により抹殺されたとみられる。
孤児院は定期的に子供を扶桑皇国軍へと無理矢理入隊させる事で、支援金を軍上層部の一部から受け取っていた模様。
孤児院での扱いは、甲も他の孤児も褒められた物ではなく、軍入隊を拒否する孤児には体罰が行われていた事が確認されている。
入隊後、舞鶴鎮守府海兵団に入団するも、成長期にしっかりとした栄養補給が行われなかった為、知力及び体力テストの成績は最下位となる。平時であればこの段階で強制退団措置だが、戦時促成教育法が決定したため、退団を免れる。
1年の練成を終えて卒業し、舞鶴航空隊に配属予定だった。最下位の成績で目立っていた甲は、実父である中将に見つかり、強制的に中将の管轄である北方司令部への配属となった。
甲は士官候補生でない上に新兵だが、中将は単冠湾基地司令に無理矢理任命し、過度な激務を強要した。
甲の配下で、中将により強制配属となった第9陸戦隊らの証言にて、以下の事が判明した。
睡眠時間:平均30分
連続勤務時間:最長120時間(5日分相当)
1日の最高連続出撃回数:13回
航空戦力と基地司令の単独兼任
中将による給与改ざん(後述3)
4年の間その激務を遂行した。
後述1:脳内麻薬術式について。
甲の持つ固有魔法。これは脳内に魔法力を使って意図的にアドレナリンを浸透させ、あらゆる感覚と身体能力を一時的に強化する。その恩恵は凄まじく、大型ネウロイを歩兵用小銃で撃墜する程。
ただし反動もあり、使用後は極度の倦怠感や健康被害を引き起こす。甲はこの術式を何度も使用してこの激務を遂行した模様。
代償として、感情の希薄化(現時点において感情の喪失を確認)や睡眠障害、寿命減少などがある。
担当の軍医少佐の見解では、余命2年程度と言われている。
現同隊の坂本美緒少佐(以下:乙)が、中央司令部の要請で北方司令部を視察中、大型ネウロイが接近。
乙が迎撃に上がるも、甲がこれを単機で撃墜。北方司令部の甲に対する扱いに違和感を感じ、乙が中央司令部の認可を得て、憲兵隊と共に強制査察を実行。
事が全て明るみになり、尋問の後に中将は銃殺刑。
その他関係者も軒並み処刑(甲には関係者は不名誉除隊と伝えている)
騒動の終結後、乙によって第501統合戦闘航空団に引き入れられる。
後述2
甲の撃墜数は、ウォーロック事件時点では公式には72だが、4年分の功績は反映されていない。
これは処刑された中将が、甲の軍籍や戸籍を抹消して、存在しない部隊に配属したためである。
大本営はこの功績の反映を検討したが、情報漏洩の危険があるため見送りとなった。
また、甲が今後どのような功績を上げても階級の上昇は行わない事が決定した。
例外として、甲の死亡が確定した時のみ2階級特進とする。
固有魔法移植薬実験 実験凍結済み
軍医少将(以下:丙)行方不明を実験総監とする軍機実験(323号機密参照)
甲の原隊を裏で密かに変更していた形跡を確認済み。
本来は甲を丙自身の手元に置く算段であったが、乙の手回しにより不可能になった。
甲の固有魔法に目を付け、実験に基づく経過観察を得る為に補給の類を差し止めた。
後述3
金銭面や物資面を極限まで削り、甲の固有魔法に頼らなければならない状態にする事で、さらなる結果を求めた模様。
501所属後、甲が乙を庇い撃墜されるも、焼灼止血法を実行して自力で帰還する。
証言によれば、焼灼止血法は2回目である。
ウォーロック事件に乗じて欧州入りを果たし、軍階級を行使して甲に試製発現薬を投薬する。
丙は甲がこの実験で死ぬ予想を立てていたが生き残った。
後述4
試製発現薬によって得た2つ目の固有魔法。
生命力や視力といった代償を払い魔法力を行使する。
甲はウォーロックと融合した赤城との戦闘中に、生命力を代償として少ない魔法力を行使。
戦闘終了後に戦死一歩手前に陥るが、軍医少佐と宮藤芳佳軍曹の処置により一命を取り留める。
佐世保で療養中に、雁淵ひかり欧州派遣学徒の護衛兼教官として任命される。
本書類の第三者への公開を固く禁ずると共に、違反者は厳罰に処する。
扶桑皇国にて違反の場合は扶桑皇国海軍軍令部総長が対応
カールスラントでの場合はアドルフィーネ・ガランド少将が対応
ブリタニアでの違反の場合はチャーチル首相が対応
その他地域での違反の場合は最も近い位置の人員が対応
▽
『……』
誰も何も言わなかった。
ざっくりと斜め読みしただけでも分かるとんでもない内容の数々。
詳しく見れば更に悲惨な内容も書かれている。
口を滑らせても、自分がこの軍機を知っていると知られてもアウトな内容である。
ミーナはウォーロックの事件の詳細をクルピンスキー宛に用意するハルトマンを見て思いついたのだ。
―――あの子の事情を一切知りもしないでよくも……巻き込んでしまえ。
無論、ミーナやハルトマンが送り主だと分からないように幾重もの工作が張り巡らされている。
北へ南へ、西へ東へとあらゆる経路を回って、完全に出元が分からなくなった段階で、誰の物でも無い筆跡でクルピンスキー宛の文字を書いた。
そうして絶対バレない工作過程を経て届けられた特大の劇物は、こうして目出度く502の幹部要員の間でぶちまけられたのだ。
他に添付されている書類には、実験の内容やら楠里の健康状態やら、関係者の個人情報やら沢山たーくさん記載されている。
挙句にはバラしたら殺す、知っていても殺すの脅し文句である。
楠里の過去を知ったクルピンスキーは、ラル少佐の執務机に腰を下ろした。
「……はぁ、どうするのさコレ」
ロスマンはソファーへと倒れ込むように座り、ずっと地面を眺めている。サーシャは手を口元に持って来て震えている。
「サーシャ、津家軍曹を呼んできてくれ」
「……はい」
ラル少佐は心の中でミーナに毒づいた。
―――やってくれたなミーナ……サトゥルヌスの時の2人の様子に合点がいった。
この軍機を知ると言うことは、それすなわちブリタニアと扶桑のどす黒い闇を覗き込んだと言うことである。
軍機が漏れていないか確認するために、軍機を知る人間は定期的に確認をする。
例えば、怪しいと目星を付けた人間の前で、こう言うのだ。
「そういえば何かの薬品の臨床が承認されたらしい」
そう言って揺さぶりを掛ける。真に知らないのであれば態度で分かるし、その場で何事も無く乗り切った奴でも、その後の行動が見張られていてバレるケースもある。
そんな風に聞くから拡散するのではとの意見もあるだろうが、そもそも怪しいと目を付けられた人間の大抵は黒である。
そして万が一にも……
「あの津家を実験体にした薬品がですか」
などと言おうものなら、二度と日の目は見られない。あらゆる拷問が即座に課され、情報の出処やその他の情報を洗い浚い吐かされてから消される。
正規の手順を踏まずに軍機を知るとは、死ぬまで油断できない人生になるという事だ。
ラル少佐とて軍機の1つや2つは知っているし、その扱いも十全に遂行してきたつもりである。
だが主要大国の全てが関与した機密、ましてや一個人に対する物など初めてだ。
突けば絶対碌な事にならないのが目に見えている楠里は、こうやって各方面の手を焼いていく。
分の悪い賭けが好きなラル少佐だが、最初から勝ち目が一切無い賭けは例外である。
ロスマンらは凄惨な過去を知った事による感情の変化が大きいが、ラル少佐だけは半分ほどこんな軍機知りたくなかったというのが本音である。
因みに、有り得ない程の高待遇であるが、楠里が状況的に止むを得ず自白した場合は別だ。
ラル少佐もその方向に持っていくつもりであるし、楠里もこの後は皆を庇って自白したと言うつもりである。
―――私程度の過去でお手間を取らせて申し訳ございません。
部屋にいた全員がストレスやら申し訳無さやら何やらで胃液を吐き出すまで、あと10分程である。
ともあれ、今からラル少佐とサーシャ、クルピンスキーとロスマンによる津家楠里への事情聴取が始まろうとしていた。
2,fin.
次回か次々回ぐらいにロスマン先生には大役をお任せする予定です。
なおこの作品において大役とはそれ即ち。