シャブ漬け少女のストライクウィッチーズ   作:文月フツカ

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殆どの人が楠里が死ぬとは思ってなかったという事実




撤退戦の魔女

1

 

 ロスマンは痛む足を必死で抑えながら楠里に駆け寄った。

 動いたことにより足に激痛が走るが、それよりも今は目の前の事である。

 

 人間の、ましてやロスマン自身よりも年下の少女から噴き出た鮮血はロスマンの平常心を奪うには十分であった。

 

 歯をガチガチと鳴らしながら、庇ってくれた少女を守るために必死に動こうとする。

 

 だが思考が一切纏まらず、楠里に抱き着いてシールドを張る事しか出来なかった。

 頭の中がぐちゃぐちゃになり混乱していると、なんと楠里の方が動き出した。

 

 

 楠里は体を捻り、抱き着いてきたロスマンと共に大木の根へと倒れ込んだ。

 

「あ、あ……」

 

 頭では言うべき事を分かっているが、ロスマンはどうしても口元が動かない。

 楠里はこの時、ロスマンが一時的な失語症へ陥った事を悟った。

 

 

 津家楠里もただ無防備に攻撃を食らった訳ではない。

 被弾箇所に小さいが強度はあるシールドを斜めに展開し、軌道を変えて被弾する面積を減らしたのだ。もしこの対応をしていなければ、楠里の首は胴体から切り離されて即死していた。

 

 だがそれでも傷が深い事には変わりない。

 甲状軟骨という声帯を守る部分にビームを喰らった楠里は、芳佳や軍医少佐に教えて貰った応急処置を試みる。

 首に被弾の時点で応急処置も手当ても無いのだが、幸いにも楠里は魔法力を行使できる魔女である。

 医療などと高尚な行為ではないが、過去の経験から少なくとも延命措置は出来る。

 

 気管支が損傷していないか、頸動脈に異変は無いか。魔法力を流して処置を続ける楠里。

 

 魔法力を両手に込めて首に充て集中する。

 

 その時、チラッと顔を上げるとロスマンの姿が目に入った。

 

 オロオロしてどうしようかと慌てふためき、真面な判断が下せるとは思えなかった。

 声を掛けようとしても、正直今は喋る事が出来ない。

 

 右手を患部から放し、左手のみで処置に集中する。

 自分の血液でべっとりとした右手をチラッと見た楠里は、野戦服で血を拭い取ってからロスマンを引き寄せた。

 

 あっと驚いた声と同時、ロスマンは楠里の胸へと飛び込んでしまった。

 

 急いで顔を上げようとしたロスマンの頭に、優しく楠里の右手が触れた。

 

「……」

 

 よしよしと優しく頭を撫でていると、徐々にロスマンは落ち着きを取り戻してきた。

 

 それを見た楠里はポケットからハンカチを取り出し、ロスマンの顔に付いていた血を優しくふき取った。

 

 まだ足は痛み、混乱も抜けきらない状態だ。

 自分より階級も年齢も下の少女が一切慌てずに状況に適応している。だが先達たる自分は情けなく悲鳴を上げて、挙句の果てに頭を撫でられている。

 

 1周回って逆に落ち着きを取り戻しつつあったロスマンは、楠里に声を掛けた。

 

「取り乱しました……何か出来る事はありますか」

 

 それを聞いた楠里は、人差し指を口元に持ってきた。

 それが意味する事は即ち、黙って大人しくしていろという事だ。

 

 狐の耳と尻尾がシュンと垂れる姿を見た楠里は、ロスマンの頭を優しく撫でると、再度作業に戻った。

 

 失った血の量も結構な量であり、あまり時間が無いのは明白であった。

 

 

 

 魔法力で出血を抑え込んだだけだが、何とか一命は取り留めた。

 

「……ァー」

 

 だが声帯の機能も一時的に低下しているため、真面に喋る事が出来ない。

 

―――焼くか。

 

 だが楠里の頭に、芳佳と軍医少佐の言葉がフラッシュバックする。

 

 首は人体の中でも特にデリケートな部分であり、医療のいの字も知らない素人が手を出していい部分ではないのだ。

 ましてや焼くなど言語道断であり、最悪気管支損傷や失声も有り得る。

 そもそも焼灼止血法などという事自体、現代医学では禁止である。

 

 楠里は気管に血液が流れ込んで窒息しないようにするなど、生き残るために最善を尽くす。

 

 そうやって奮闘する事1時間。

 容体はなんとか安定した。

 

 異能生存体と言われてもおかしくない化け物振りは、傍で見ていたロスマンも驚愕させられた。

 

 激痛と失血で意識が朦朧としているが、楠里は近くに落ちていた小枝を手に取った。

 

『適当な大きさの石を集めてください』

 

 雪の上に小枝を走らせ、文字を書き始めた。

 だが2、3文字扶桑語で書いた辺りでその文字を消し、無駄に綺麗なブリタニア語の筆記体で書き直した。

 

「分かったわ」

 

 狙撃型のネウロイと一番交戦経験がある楠里の言葉は、この状況では一番頼りになるものだ。

 ロスマンは痛む足を抑えながら、近くに石は落ちてないかを探し始める。

 

 

 そうして数分後。

 女性でも比較的遠くまで投げる事が出来る程の石が複数個見つかった。

 

『石に魔法力を込めて左側へ投げてください。その後すぐに右側へ』

 

 楠里の意図が読めたロスマンは、着弾の衝撃が来ないように遠くへと投げた。

 

 

 そして、左側に投げた石が雪の上に落ちて直ぐに、ネウロイのビームが石に着弾した。

 

 楠里はチラッと右の石に視線を向けた。

 

 右側の石には10秒経過しても攻撃が来る気配が無かった。

 だが楠里の経験が正しければ―――。

 

『やはり発射間隔は20秒。連射は不可能―――同個体か』

「20秒……石を投げてから走り出して、時間内に次の木に身を隠さないと終わりね」

 

 楠里はそれに頷くと、気力を振り絞り立ち上がった。

 

 何度も検証を行っている程悠長な時間も無い。日没まで2時間を切った今、基地への帰還失敗は即ち死に直結する。

 

 ロスマンも楠里の作戦と意見に肯定し、痛む足を抑えながら立ち上がった。

 楠里は近くにあったユニットを視界に捉えた。

 

 だが次の瞬間、ロスマンに頬を掴まれ、視線を合わせられた。

 

「ユニットは消耗品です。生きて帰る事が何より大事です……行きましょうか、最果ての英雄」

 

 そう言うとロスマンは魔法力を込めた石を遠くへ投げた。

 痛みを我慢して走るつもりだったが、唐突にロスマンは浮遊感を覚えた。

 

 その正体は、楠里が左手でロスマンを抱えたのだ。無論右手は患部に宛がわれ、今も魔法力が流れている。

 

 何をしていると文句を言う間もなく、楠里はロスマンを抱えながら走り出した。

 

 

 それはファイヤーマンズキャリーと呼ばれる、負傷兵運搬の運び方である。

 お米様抱っことも言われるこの運び方は、少ない体力で重い人体を運ぶのに適したものだ。

 

 西暦世界でも、自衛隊や消防士を始め世界中で使われている。

 

 だが運ぶ側が首に被弾しているのでは話が違ってくる。

 魔法力の補助があるから平気と思うが、今運んでいる側は同時に治療行為擬きも行っている。

 

 魔法力の精密操作が得意なウィッチでも、そう簡単には出来ない芸当である。

 ロスマンが自分で走れると言って楠里に降ろすよう言うが、肝心の楠里は楠里で考えがある。

 

「ひゃっ!?」

 

 楠里はロスマンが理解出来ると信じて行動に出た。

 担いで支えている左手を器用に使い、ロスマンの太もも裏に指で文字を書き始めた。

 

 文字を書くとは言うが、肌に指を這わせているだけなので、実際は何も書かれていない。

 ロスマンの艶やかな声を無視しつつ、楠里はその行動を続けた。

 

『万が一狙撃が来たらシールドをお願いします』

 

 幸いにも、ロスマンはそういった事もちゃんと読み取れる優秀なウィッチであった。

 

「分かったわ……」

 

 年下の部下は自分に出来る事を全力でやっている。ロスマンの眼から見ても満点の行動であり、一介の軍人として尊敬を覚える程である。

 

 対して自分はどうだろうか。

 不時着時に足を捻り、庇ってくれた部下が負傷して錯乱し、挙句には頭をなでなでされた。

 不甲斐無さやら羞恥やらで涙が出てくるが、そんな物は生き残った後にやればいい。

 

 そう決意し直して、いつでも攻撃が来ていいように備える。

 

 

 そうこうしていると、再度大木の陰に身を隠す事が出来た。

 

 たった20秒走って後退しただけだが、既に1キロは走った気分である楠里。

 人を1人担いだ状態で、自分も重症。積雪により足も取られやすく、止血もしないと行けない。

 

 だが楠里はこのような所でロスマンを死なせないように全力を出す。まあその結果自分が生きようが死のうが誤差だという考えである。

 

 

 一方、野営地では重苦しい雰囲気が辺りを包んでいた。

 エディータ・ロスマン曹長と津家楠里軍曹が撃墜された。

 

 その事実は、他の歩兵にも伝わり不安が広がっていた。

 

「補給後、再度上がります。2人を見つけ次第保護し、全力で退避をすれば……」

 

 下原とジョゼがサーシャの言葉に頷きつつ準備を進めていると、1人の歩兵が歩いてきた。

 

 普通、歩兵とウィッチはそう接点を持つことは無い。501では接触を禁止されていた程である。

 

 502はそのような事は無いが、進んで交流を持つほど風紀が乱れている訳ではない。

 だがその兵士は、周りの部隊員がやめとけと忠告を出しても耳を貸さず、とうとうサーシャ達の前にやってきた。

 

「その方法では奴に居場所を教えるだけだ」

 

 サーシャがチラッとその歩兵の階級章を見ると、扶桑の軍曹である事が分かった。

 

 下原がその歩兵の前に出て、何のつもりかと詰問しようとする。

 

 だがその歩兵に視線を合わせた時、そのどす黒い瞳と殺気の濃さに黙ってしまった。

 サーシャもその兵を叱責しようとした所で、ふと服装を見た。

 

「ッ! そうか、では先程のあの表情……だとすれば。よろしい軍曹、対応策は」

「非魔法力依存による捜索が理想だが時間が無い。小石に魔法力を込めて投擲する。奴は基本的には魔法力に反応して撃ってくる。最初に補給車両と歩兵が狙われたのは、あくまでも魔法力を使う有機生命体を誘き出す為だ」

「ではこの地点からなるべく強力な魔法力を込めて投擲は」

「強力にすると投げる前に体を撃ち抜かれる」

「……なるほど。では捜索の中心には誰が」

「俺が行く。アイツの遺体も持ち帰るし……あの人だって同じ方法で動いている筈だ」

 

 その歩兵は、津家楠里とよく似た野戦服を着ていた。

 

 

 もう何度目かも分からない。

 

 だが今の所は石を囮にした作戦は上手くいっている。

 知性を持つが故にいつ破綻するか分からないが、少なくとも今は大丈夫である。

 

 だが楠里はそろそろ自分の体力が尽きると悟っていた。

 

 日没まで1時間半を切った。だが未だ味方勢力圏への退避は叶わず、見えない敵に背を向けて走っている最中だ。

 

 狙撃型ネウロイが痺れを切らし、極大のビームで薙ぎ払って来れば詰みである。

 もしくは自律進化とでも言うべき現象が起こり、連続攻撃が可能になっても終わりである。

 

 

「いざという時は、私を置いて逃げなさい」

 

 楠里はそれに分かりましたと文字で返すが、微塵も守る気が無い。

 ロスマンも薄々感付いているのか、約束よと念を押す。

 

 そんな風にお互い助け合いながらも、ロスマンは頭を動かしていた。

 

 それは、先程から石に着弾する攻撃の軌道を逆算し、どの辺りに潜んでいるか当たりを付けていた。

 

 もしかしたら移動しているかもしれないが、何もしないよりはマシである。

 日も暮れてきた雪の森で、たった2人の撤退戦はまだまだ続く。

 

 

 サーシャ達も行動を開始していた。

 先程端を発した歩兵が先陣を切って捜索の輪が広がっていく。

 

 味方航空勢力圏の半分まで電撃的に展開したが、まだ2人は見つからない。

 

『あと1時間で見つからなかった場合は野営地で防御陣地を構築せよ』

 

 現実的なラル少佐の意見に、誰も反対はしなかった。

 夜の森に入るなど、二次遭難の恐れがある。それにネウロイにしてみれば昼夜など関係無いのだ。

 

「サーシャさん。あの歩兵さんは一体……」

 

 下原は問いかけるも、確信があるわけではないサーシャは首を振った。

 

「怖かったね……」

 

 あの歩兵は楠里と同じく、目に光が宿ってないのだ。

 だが纏う殺気やベテランの風格は、まさしく地獄を生き抜いて来た証である。

 

 そうして捜索を続け、とうとうタイムリミットが来てしまった。

 

 サーシャが総員撤退の指示を出そうとしたその時、ウィッチ全員が魔法力を検知した。

 

「微弱な魔法力反応検知! 距離200m、進路北西!」

 

 その言葉と同時、歩兵が大声を上げて周りの兵士に指示を出した。

 

「1箇所に固まるな! 移動する時も3秒以上同じ動きをすると死ぬと思え!」

 

 手本を見せるかの如く走り出した歩兵を、狙撃型ネウロイは脅威と認識したらしい。

 その歩兵に照準を合わせたが、そのビームが撃たれる事は無かった。

 

 なんと直前で歩兵が体を捻り射線から退避したのだ。

 

 ウィッチ達でも苦戦するネウロイ相手に、魔法力を持たない1歩兵の動きが勝っている。

 それは捜索に駆り出されていた他の兵士の戦意も高揚させ、大きな力となった。

 

 

 

「……味方に合流出来そうね」

 

 ロスマンがそう言うも、楠里は一切気を抜かない。

 どうせ合流する直前に何かしら仕掛けてくるのであろうと踏んでいるからである。

 

 それを証明するかの如く、先程から魔法力を込めた石を攻撃してこない。

 

 恐らく一番油断したタイミングでズドンかと予想している。

 

―――あの時も、その油断で1人死なせてしまった。

 

 そしてまた同じように気を抜けば、今度はロスマンがやられるかもしれない。

 そう考えると、楠里はより一層後ろへの警戒を強めるのであった。

 

 

 だがそんな楠里の気持ちを嘲笑う事態が起こった。

 

「―――ッ!」

 

 その衝撃は一瞬だった。

 

 ネウロイの攻撃が、楠里の首を的確に狙って来たのだ。

 担がれていたロスマンは咄嗟にシールドを展開するも、不安定な姿勢であったため本来の強度が発揮されなかった。

 

―――防げない!

 

 ロスマンが覚悟を決めたその時、目の前に青い光が射した。

 

 その光は直ぐに収まり、カラスの形へと変貌した。

 

「……ありがとう」

 

 楠里は必死で声を出した。ロスマンはそれの意味が最初は分からなかったが、直ぐに理解してしまった。

 

「待っ―――」

 

 その瞬間、現れたカラスはシールドを張りネウロイのビームと拮抗した。

 

 楠里が衝撃でバランスを崩し、ロスマン共々倒れ込んでしまう。

 地面に投げ出された拍子に、2人は後ろを見た。

 

 そして2人の肉眼は、楠里の使い魔がネウロイのビームに呑まれて消えていく瞬間を確かに捉えた。

 

 

 直後、楠里とロスマンは凄まじい力で抱えあげられた。

 2人がぱっと視線を向けると、目に入ったのは野戦服であった。

 

 それは、津家楠里が着ている野戦服と形状が酷似しており、何年も使い古された様に傷だらけであった。

 

 楠里はその声と容姿を見た時、抱いたのは嬉しさだった。

 

 何故ここにいるのかといった疑問ではなく、元気そうで良かったという気持ちが勝った。

 ロスマンは混乱しているが、味方と合流出来たという事は理解出来た。

 

 聞きたい事も沢山あるが、まずは目の前の状況を何とかするのが優先だ。

 

 

 楠里は万感の想いを込めて、歩兵の背中を軽く叩いた。

 

―――後は任せます。

 

「了解」

 

 人間2人を担いでるとは思えない速度で森を駆け抜ける。

 

「あ、5時方向」

 

 ロスマンが警告すると、その歩兵は直ぐに行動を取った。

 ひらりひらりと避けて走り、とうとう他の味方と合流してしまった。

 

「2人とも無事ですか!?」

 

 サーシャ、下原、ジョゼが駆け寄ってきた。

 歩兵は楠里とロスマンを優しく降ろすと、直ぐに銃を構えて辺りを警戒した。

 

『基地の砲兵隊の準備が整った。必要なら使え』

 

 その言葉と同時、ロスマンはサーシャから無線機を奪い取り、怒鳴るように告げた。

 

「こちらロスマン曹長! 座標(グリッド) K(キング)F(フォックス) 9(ナイン)2(ツー)! 指定の座標に砲撃支援を要請する!」

 

 それを聞いて、基地の砲兵隊からの応答があった。

 

『こちら砲兵隊。砲撃支援要請を受諾、座標指定確認。基準砲にて試射1発、弾着観測を行われたし』

 

 その言葉と同時、下原が魔法力を全力で回して空へと上がった。

 

 固有魔法の魔眼を発動させ、ロスマンが指定した座標を観測する。

 そして狙撃型ネウロイがそこに潜んでいる事が、下原の眼にも確認出来た。

 

 

 そして暫く観測を続けていると、基地から放たれた砲弾が狙撃型ネウロイに直撃した。

 だが咄嗟に回避行動を取ったらしく、コアは破壊出来ていない。

 

 着弾で体の3割を消し飛ばされた事で撤退を決めた狙撃型ネウロイは、離脱すべく動き始めた。

 

「弾着確認、初弾命中! 公算誤差±1m、同一諸元に効力射を実行されたし!」

『こちら砲兵隊。全力砲撃開始、再度援護可能まで300秒』

 

 それと同時、20発近い砲弾が次々とネウロイに襲い掛かった。

 

 たった1発でも凄まじい威力を誇る砲弾が、雨霰のようにネウロイに降り注ぐ。

 砲弾の雨が降り注ぐ中、この体では逃げ切れないとネウロイは悟った。

 

 自分の無駄と思える部分を自ら切り離し、速度重視の体型へと変えていく。

 

 

 そうして軽量化に成功した狙撃型ネウロイは、コアを晒しながら宙に上がった。

 

 一瞬で最高速度に達したネウロイは、一目散にとある場所へと向かいだした。

 

「目標が移動を……なにあれ、津家さんのユニットを取り込んでる!?」

 

 下原がそういうと、サーシャらも直ぐに空に上がって追撃戦へと移行した。

 

 下原、ジョゼ、サーシャが編隊を組み肉薄するも、最高速度が違い過ぎる為ぐんぐん引き離された。

 

「ッ、ダメです!……目標、ロストしました」

『基地のレーダーでも範囲外への離脱を確認した。ウィッチ達は引き続き上空警戒だ。地上部隊はユーティライネン大尉の指示に従い撤収しろ』

 

 ラル少佐もどこか悔しそうな声で撤収を命じた。

 

 

 こうして、基地へ甚大な被害を与えたネウロイは消息を絶った。

 

1,fin.

 

 

2

 

 

 航空ウィッチ2名負傷。うち1名重症。使い魔戦死。

 補給部隊歩兵23名死亡。

 

 たった1機のネウロイにより齎された被害により、クルピンスキーらが帰還するまでの間厳戒態勢が敷かれた。

 

 他の基地と司令部へも報告を回し、補給線には通常の倍近い兵力が配置された。

 だがそれ以降、件のネウロイは一切行動を起こさず姿を消した。

 

 何度も広域探索が行われ、幾重にも基地のレーダーを稼働させた。下原が魔眼を使い捜索をしても、何も進展は無かった。

 

 そしてクルピンスキーら4人が帰還すると共に、ペテルブルグ基地は通常の状態へと戻った。

 

 ロスマンを庇って重傷を負った楠里は、医務室のベッドに座りながら、歩兵から話を聞いていた。

 

「で、貴方達の殆どは名誉除隊や士官学校と聞いてましたが」

 

 歩兵……嘗ての部下は椅子に座りながら話し始めた。

 

「えぇ、間違いなく全員そのようになりました。ただ今回戦死したアイツは……」

 

 秋田に婚約者が居た嘗ての部下も、もちろん名誉除隊を選んで故郷に帰った。

 4年もの間手紙も出せない環境であったため、さぞや驚かせる事になるだろうと語っていたらしい。

 

 だが、故郷に帰った彼に待っていたのは、自分の両親と婚約者、そして婚約者の両親全員が既に故人である事実だった。

 

 彼が名誉除隊で帰ってくる3日前、本土にネウロイの小規模な襲撃があったらしい。

 そしてその時の被害が、婚約者達であった。

 

 彼が無事に帰ってくるよう全員で祈っていたところに、ネウロイのビームが直撃……との事だ。

 

「……それで、彼は」

「あれからおかしくなってしまいました。名誉除隊を証明する書類やらを破り捨て、再入隊したんです」

 

 彼の地で生き残った彼の能力は高く、直ぐに欧州の―――このペテルブルグ基地に配属になった。

 そして基地に勤めて半年と少し経った頃、今回の事件が起こったのだ。

 

「……」

「私は望んで残ってるので大丈夫です……軍曹殿のお言葉は、陸戦隊全員が心に刻んでおります。やらなければならないのなら、やるしかない。貴方のこれからの道が祝福で溢れているよう願っています」

 

 楠里にピシッと敬礼を決めた歩兵軍曹は病室の出入り口へと歩いた。

 

「……遅れたけど、昇進おめでとう。基地の皆を支えてあげてね」

 

 楠里は本来の言葉遣いで嘗ての部下に激励を送る。

 

 津家楠里が本来の口調で話すのは稀であり、4年も地獄を共にした部下達ぐらいにしか使わない。

 

 その言葉を聞いて、にかっと笑った歩兵軍曹は部屋を出て行った。

 

 

「さて……」

 

 問題はまだある。

 

 楠里の使い魔であるハシボソガラスの事だ。

 暫くして、ロスマンとラル少佐が病室に入って来た。

 

「津家さん、容体は大丈夫?」

「座睡なんざしてないよな」

 

 2人して楠里の頭をなでなでしながら、お見舞いのリンゴの皮を剥く。

 

「座って寝てますが回復傾向にはあります。ジョゼさんとお医者様に感謝ですね」

 

 なでなでがチョップに変わった。

 

「不死身なのか運がいいのか……お前みたいなのを異能生存体とでもいうのか?」

 

 楠里はそれを嘲笑うような表情を造ると、手に持っていた銃剣の刀身を撫でた。

 

「私の使い魔は、戦死しました」

 

 それは、ウィッチとしての生命線が完全に途切れた事を意味している。

 

「ウィッチでないお前を前線に置いておく事は出来ない……恨んでくれて構わん」

 

 本来、もう戦えないと宣告されたウィッチはその殆どが大きなショックを受ける。

 年齢による魔法力の減退や、肉体の損傷など理由は様々である。

 

 だが楠里は手を首に当てつつ、言葉を発した。

 

「使い魔が消えるその瞬間、ちょっと待ってろという感情が流れ込んできました。昔から中々賢しい鳥でしたので、何か仕込んでるのかもしれません」

「そんな事があるのか?……まあ容体が安定するまでは待とうか。その間に進展があれば伝えるように」

 

 楠里は、寒々しい青空を眺めながら、了解と言うのであった。

 

 

 

―――は??????

 ―――ちょっと恰好付けたら分霊が消し飛ばされた件。

 

 舞鶴の某所にある寂れた祠にて。

 人が訪れる事がまず無いその場所は、もう何年も手入れがされていなかった。

 

 津家楠里という存在に力を貸していた存在は、自分の軽挙な行動に頭を抱えていた。

 

―――まあ楠里自体が貧弱なのが悪いんだけどな! ファッキンドッグ兼定にまた煽られるんだが???

 

 兼定とは、宮藤芳佳に力を貸している九字兼定という犬の使い魔のような何かである。

 

 因みに向こうは向こうでこのカラスの事を、脳内花畑焼き鳥とか罵っている。

 

 ともかく、今から再度分け御霊を欧州には飛ばせない。

 1回休みの様な状態であり、飛ばせたとしても1週間近くかかる。

 

 件の主人である楠里は、1週間も目を離せばあっちこっちへフラフラ動き、知らない間に野垂れ死んでいる。

 

―――で、私に力を貸してやれと。

 

 古い付き合いで顔馴染みのカラスが遊びに来ていたので、代わりに頼んだと投げる。

 

 実はこの知り合いカラスの方も、少し前から一緒に楠里の事を見ており、割と心配はしていた。

 

―――頼んだ。俺復活まで3年掛かるから! 可哀想だけど寿命に間に合わねーわ。

 

 頼まれたカラスはハイハイと返事をすると、バサバサと飛び去って行った。

 

 

 そのカラスは日本で多く見られるハシボソガラスとは違った。

 

 寒冷地や欧州で多く見られるカラスの一種で、その名をワタリガラスと言った。

 

―――はい現場に到着ぅ。件の楠里ちゃんは……また座って寝てるぞコイツ。

 

 ワタリガラスの分霊は窓をすり抜け、寝ている楠里の膝に降り立った。

 

―――起きろ。いややっぱり寝転んで寝ろ!……あれ、いやとにかく起きろぉー?

 

 概念のような何かで起床を促し続ける事数秒。

 楠里は目を覚ました。

 

―――知り合いに頼まれてきた。ちょっと前から一緒に見てたから行けると思うけど使い魔契約する?

 

 目を覚ました楠里は、また濃いのが来たと微妙な視線を向けつつ、アイツはどうしたと答えた。

 

―――祠で不貞腐れてる。代打で私が来たけど、アイツが復帰可能になったら帰るわ。

 

 どこまでも軽いノリだが、あのカラスと知り合いの時点で信頼はおける。

 

『はいはい。よろしくお願いします……』

 

 前の使い魔が消し飛ばされてから僅か2日。新しい使い魔との契約に成功した。

 

 

 

 ペテルブルグ基地に激震走る。

 津家軍曹がロスマン曹長を庇って重傷! さらに使い魔も戦死したが、見事に危機を乗り切った。

 

 そんな報道が基地内を騒がせてから僅か2日。

 

 津家楠里が新たな使い魔と契約した。

 

 これには上はラル少佐から下は警備兵まで大騒ぎであった。

 

「何だ、その……何だ。使い魔はそう簡単に見つかるものなのか?」

 

 ラル少佐でも事態を呑み込むのに10分は掛かった。

 

「どうにも前の使い魔が知り合いのカラスに私の事を頼んだようで」

「……あぁ、そう。まあ良かったな……色々と」

「で、新たな使い魔は何ですか?……カラスですけども」

「前のはハシボソガラスでした。今回の使い魔はワタリガラスです」

 

 違いなんぞはあまり無い。

 ともかく、津家楠里はまだウィッチとして空を飛び続ける事は出来る。

 

「まあ暫くは休んでいるといい」

 

 ラル少佐は目元を抑えながら病室を出て行った。

 出ていく間際に、腰だの目薬だのとブツブツ呟いていたが、誰も基地司令の苦悩は分からないのだ。

 

「……そうだわ。貴方にコレを」

 

 ロスマンは楠里の首に、黒いマフラーを巻いた。

 

「これは」

「私の手編みで悪いのだけれど、せめて首の傷が見えないように、ね」

 

 楠里はキョトンとロスマンを見上げた後に、口元を僅かにマフラーに沈めた。

 

「……暖かい」

 

 楠里のその呟きは、確かにロスマンの耳に届いた。

 

 ロスマンは手を楠里の頭に乗せて撫でた。

 

 それは他の皆が噂を聞きつけてお見舞いに来るまで続けられた。

 

 

 後に、グンデュラ・ラル少佐は津家楠里の事をこう語る。

 

―――良くも悪くも凄まじい奴ではある。勿論、褒め言葉以外の意味も込めているさ。

 

 




先生、頭なでなで、既視感がありますね。


楠里の戦闘方法はロール機動による堅実な回避ですが、囲まれて被弾直前になるとヤバイ超機動で避け出します。
魔法力があるとはいえ、肉体に負荷は掛かるので乱用は出来ません。


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