シャブ漬け少女のストライクウィッチーズ   作:文月フツカ

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楠里の薬とかうクソワード


欧州の魔女

1

 

 ミーナ中佐は通信室での所用が終わった後合流するので、先に滑走路に行くよう言われた楠里。

 案内図を見ながらなんとか辿り着くと、滑走路ではリネット・ビショップ軍曹の狙撃訓練が行われていた。

 

 長距離射撃、いわゆる狙撃という技術は、血の滲むような反復練習と、弾道計算によって為される技だ。

 

「よし、次は宮藤やってみろ」

 

 坂本の指示に、不服そうな顔で頷いた宮藤は、渋々と言った様子でリネットに変わり滑走路に伏せた。

 

 習うより慣れよの方針である坂本が射撃指示を出すが、やはり当たらない。2発ほど続けて撃った宮藤ではあるが、全て明後日の方向へと消えていった。

 だが思うところがあったリネットは、基礎的な事を宮藤へと教えていく。互いに高めあう事の何と素晴らしいことかと坂本が頷く中、視界の端に楠里の姿を捉えた。

 

「お、ミーナの所はもう良いのか」

 

 やはり彼女の役に立ったかという気持ちが嬉しい坂本は、良くやってくれたと津家を褒めた。

 

「どうも坂本少佐。中佐より『軍曹の半分でも少佐が手伝ってくれたら助かる』との伝言です」

 

 それを聞いた坂本は逆にそれを笑い飛ばして、それだけミーナが凄いんだと褒め称えた。

 なるほど、お二人は良いコンビだと思う一方で、これミーナ中佐の耳に入ればさぞ呆れるだろうなと確信した楠里であった。

 

「ついでだ津家。二人に何かアドバイスはあるか」

 

 もしかしてこの人は私が新人だという事を忘れているのだろうかという疑問を持ちつつ、楠里は集中している二人に近寄った。

 

「私にもぜひ教えてください」

 

 だが楠里はリーネに教えるどころか、逆に教えを請い始めた。坂本はそれを見て苦笑を漏らしつつも、三人を暫くの間眺めているのであった。

 

 

「次はストライカーユニットを装着して飛行訓練だ」

「坂本少佐、私も参加させてください」

 

 格納庫での説明途中、ペリーヌ・クロステルマン中尉が訓練に加わった。

 何やら私欲が見え隠れしているように見受けられるが、ここに居る誰もそれを気にしなかった。

 

「おや、貴女……津家軍曹は行きませんの?」

「津家のユニットは整備兵が使用禁止にした。旧式で碌に整備も出来ていなかったから暫くの間は待機だ」

「全く、自分の翼を乱暴に扱うなんて信じられませんわ」

「お恥ずかしい限りです」

「まぁそう言うな……ふむ、私のユニットを使ってみるか?」

 

 その言葉に猛烈に反対の意見を立てたペリーヌと、その剣幕に押された宮藤とリネット。

 当の本人である楠里は、いえ結構ですと断った。

 

「あ、貴女ねぇ! せっかくの坂本少佐のご厚意を無下に致しますの!?」

 

 結局その日は楠里は飛ばず、下からミーナと共に訓練を眺めていた。

 

「あらあら、ペリーヌさんも中々意地悪ね。いや、激励かしら」

 

 ミーナ中佐は苦笑いをしながら、滑走路で息を上げている二人に近づいていく。楠里も追従しつつ、二人の介抱を手伝うのであった。

 

 その日の夕食時、初日の訓練を終えた宮藤が、ふと疑問に思った事を口にした。

 

「そういえば坂本さんと私と楠里ちゃんって皆制服が違うね」

 

 それを聞いて楠里はナイフとフォークを置くと、宮藤に説明を始めた。

 

「大雑把に言えば、坂本さんのはお偉いさんが着る士官の服で、宮藤さんのは学校の制服ですね」

 

 へぇ~と頷いた宮藤は、だったら楠里ちゃんのはと疑問を再び投げかけた。

 楠里は士官学校を出ている訳ではなく、一つ下の海兵団出だ。そして佐官でもない為、必然的に坂本と違う服になるのだが……。

 

「楠里ちゃんのは茶色で、どこかボロボロだね」

 

 ウィッチは一般兵と違い高待遇である為、軍服もそれなりのものを用意されている。

 

 最果ての地に着任して、たった半年の間で制服はもう無理と悲鳴を上げて亡くなった。

 連日連夜の戦闘と机仕事のデスマーチには着いて行けなかったのだ。戦闘での破損個所を縫い合わせたり、擦り切れた部分を補強したりする資材すらも無く、憐れ制服は散ってしまった。

 一張羅という名の唯一の服がダメになった事で、一時はズボンだけで過ごさなくてはならなかった程だ。

 見かねた陸戦隊の一人が、予備の野戦服を楠里に渡し、それをある程度自分のサイズに直して着ているのが今の現状である。

 

「これは陸戦隊の野戦服です……えーっと、丈夫な上に色々入るので便利ですよ」

 

 事実、格式張った軍装よりこちらの方が利便性は高い。だがその野戦服も酷使され過ぎたお陰か、擦り切れた部分が目立つようになっていた。

 その言葉に反応したバルクホルンが、なぜ規定通りの軍服を着ないのかと詰問した。

 

「手違いが起きまして。私の軍服が到着するのはまだまだ先です」

 

 何故手違いが起きたんでしょうねと素知らぬ顔でしれっという楠里を見て、坂本は吹き出した。

 

「まぁ津家の服装は私もミーナも許可している。大きな問題にはならんさ」

「まぁ、許可が出ているのであれば」

 

 まだ納得はし切れていないバルクホルンではあるが、上が認可するといった以上は問題は無い。

 

「便利ですよ。ポケットが多くついて非常に多機能です。外套のポケットと背嚢と合わせれば長時間の戦闘が―――」

 

 そこまで言った所で、坂本から咳払いが入り、さっさと食べてしまおうと意見が入った。

 

「早く食べないと冷めてしまうぞ」

 

 特に疑問を抱かなかったメンバーは、それもそうかと食事を再開した。

 

 ただ一人、ミーナの訝しむ視線を受けても、坂本と楠里は特に気にしなかった。

 

 

 

 翌日。

 坂本とミーナと楠里の三名は、飛行訓練をする宮藤とリーネを眺めていた。

 

「実戦で訓練の半分でも出来ればな」

 

 飛行訓練をしている二人に対して、坂本の評価は低い。

 

「訓練無しの土壇場で上がれた事を考慮すれば、その成長には目を見張るものが有るのでは」

「まぁな。だがそれだけに余計出来なかった時の失敗が目立ってしまうな。失敗は悪い事ではないし、問題は無いのだが」

「いっそのこと訓練弾で模擬戦をさせてみては如何です? 実戦に勝る経験はありませんよ」

 

 経験者はかく語るかと楠里の意見を採用する方針で固めていると、ミーナが口を挟んだ。

 

「飛行も碌に出来ていない状態で銃器を持っても振り回されるだけよ。大体貴方も新人でしょう」

「そうでした新人でした。まぁ私は兵学校で真面に飛べるようになるまで二年は掛かりましたし、焦るような事ではないかと思います」

 

 そこまで行けばもはや落第からの退学なのだが、戦時促成教育という魔法の言葉が楠里を救ったのだ。

 

 坂本はふーむと考え込んだ。チラッと上を見上げて、次に楠里を見て、ふっと微笑んだ。

 

「よし、明日は到着した訓練機を使って津家も上がるといい」

「分かりました。どうぞご指導のほどお願いします」

「はーっはっはっはっは!……う、うむ」

 

 さてコイツに何を教えるかと非常に悩む坂本であった。

 

 

 さらに次の日。

 ネウロイの襲撃があった。基地待機のウィッチを残し、坂本が出撃した。

 

 悲観的になるリネットを心配した宮藤に対し、基地司令のミーナは、リネットの事情を話した。

 

「宮藤さんと津家さんは、どうしてウィッチーズ隊に入ろうと思ったの?」

 

 困っている人の力になりたい。宮藤の理由は偶然にもリーネと同じで、ミーナは笑みを浮かべた。

宮藤もリネットも心優しい少女である事は、ミーナも理解していた。

 一方で何と答えたら良いモノか悩んでいる少女がここに一人。この少女、楠里にとって軍への入隊理由などただ一つだ。社会的弱者が生活費を稼ぐには、軍隊とはとても都合がいいからに過ぎない。

 だがここで素直にそう言って良いのか悩む自制心も多少は残っていた楠里は、無難な理由に留めて置く事にした。

 

「徴兵です」

 

 徴兵とは言うが、実際の所は自分から入隊を希望したので、扱い的には志願兵である。

 志願して士官学校に入学してエリートを目指すか、徴兵という名の強制志願の下、海兵団に通うかの違いである。

 

「貴女の義務に対する誠意は評価されるべきね」

 

 ここでおやっと思う。この戦時下で基地司令ともなれば典型的なタカ派で、色々と言われるかと思っていた楠里は、少し肩透かしを喰らった。

 まぁミーナが楠里の想像していた通りなら、もっと基地の雰囲気は悪かったであろう。

 

 宮藤がリネットと話をするためにその場を離れ、楠里は待機室へと赴いた。まぁユニットが無いので飛べはしないのだが、何もしないよりはマシかという判断の下であった。

 

 

 ネウロイの陽動は成功し、基地待機のウィッチに出撃命令が下った。

 どこか覚悟を決めた宮藤とリネットが出撃を嘆願し、ミーナはその思いに応えた。

 成長して覚悟を決めた二人のウィッチに対し、どこか嬉しそうにミーナは出撃準備をするのであった。

 

 夜間哨戒のサーニャを残し、出撃可能なウィッチが全て出払った基地内を、楠里は走っていた。

 別段一人出撃出来なくて落ち込んでいたりといった可愛げな気持ちは、この少女には一切ない。

 

 あるのはネウロイが第三の手を残したりしないかという事だ。最果てにて終わったと油断して何度も痛い思いを経験した少女は、万が一という言葉を許さない。もはや惰性で生きているような人生ではあるのだが、関係ない他人が死ねばいいと思うほど壊れてもいないつもりの楠里だ。

 自分の生死に関して無関心な分、他人の事は無表情の能面ながら気に掛ける方でもある。

 

 そんな楠里は、九七式自動砲を担いで、基地屋上の尖塔で銃を構える。360度見渡せるこの尖塔を選んだ理由は単純である。ネウロイがどの方面から来ても即座に対応できるからだ。

 

 

 そして、楠里の懸念通りに万が一が起こってしまった。

 宮藤とリーネが協力して敵のコアを撃ち抜き、その緊張からか着水した。

 だがミーナも始め、リネットの成長を喜ぶあまり、反応が遅れてしまったのだ。

 先程二人が撃墜したネウロイが比較にならない程の速度で、索敵圏外から一機侵入してしまった。

 

「しまったッ!」

 

 坂本が気づいた時にはもう遅く、ネウロイはウィッチ達の攻撃圏を一瞬で離脱し、基地近海にまで差し迫っていた。

 

「不味いわ。今基地に対応可能なウィッチは……、皆急いで戻るわよ!」

「クソっ、あまりに速すぎて、レーダーや索敵にほとんど映ってなかったと言う訳か」

 

 宮藤とリネットの回収にエイラとルッキーニが残り、一番速度があるシャーロット・イェーガーを先頭の風避けにして一同は基地へと急行した。

 坂本が魔眼を通して動きを追う中で、ミーナは急いで基地へと連絡した。

 

「一機そちらへすり抜けて向かっています! 直ちに警報を鳴らして迎撃の用意を!」

 

 急いで基地に指示を飛ばして対応策を頭の中で練るミーナに対して、基地から帰って来た言葉は、その場にいるウィッチ全員が呆気に取られる物であった。

 

『それが津家軍曹が何分も前から迎撃態勢に入るよう要請しておられたので既に―――あ、たった今報告が上が――何? それは――』

「どうしたの!? 応答せよ!」

 

 まさか、やられた。全員が悲観的な顔になる中、基地から続報が齎された。

 

『ほ、報告! 津家軍曹が基地へ急速接近中のネウロイを撃墜しました!』

「……えっ。ど、どういう事!?……津家軍曹はユニットが使えない筈よ!?」

『そ、それが基地屋上の尖塔からの狙撃です。レーダーでも撃墜を確認、周辺空域異常ありません』

 

 基地へと向かっていた全員は一先ず胸を撫でおろした。だが同時に湧いてくるのは楠里への疑問だ。

 

「津家軍曹は手際が良すぎる……まるでやり慣れてるかのようだわ」

「だがあいつは先月兵学校を出た新人だろう。書類にもそう記載してあったぞ」

 

 ミーナとバルクホルンの疑念は、やがて連れてきた坂本に向けられた。

 

「ん? まぁとにかく宮藤らを拾って帰投しよう。基地も皆も無事だったのだ」

 

 問い詰めるより帰投が先と判断したミーナらは直ぐに号令を掛け、海に落ちた二人を拾ってきたウィッチらと合流して帰投するのであった。

 

 

 滑走路。

 ハンガーの出入り口付近で、楠里は左手で持っている九七式自動砲の銃床を地面に付かせ、滑走路に降りてくるミーナらを敬礼で出迎えた。

 先にユニットを格納するために、敬礼をしている楠里の横を飛行するミーナは、基地の被害状況等をどう対処するかで頭を悩ませていた。だがその前に基地の危機を救った楠里に言うべき事があるし、聞きたい事も出て来ていた。

 銃をハンガーの壁に立て掛けた楠里は、近づいてきたミーナに一つのバインダーを手渡した。

 言葉を発するよりも前に渡され、少し勢いが挫かれたが、改めて楠里に言葉を送った。

 

「まずはありがとう津家軍曹。貴女の的確かつ迅速な対応が無ければ、この基地は甚大な被害を受けていたでしょう」

「……ありがとうございます中佐。私は今自分に出来る事を実行したに過ぎません」

 

 何故あのように的確な指示が出来たのか。何故こうも迅速に動けるのか。甚だ疑問が尽きないミーナは取り敢えずこう言った。

 

「ですが無理をしないように。あぁ……えっと」

 

 ミーナが言い悩んでいる理由は色々とある。何故勝手に行動したのかと怒りたいのだが、そもそも何も命令違反は起こしていないし、基地に居るウィッチとして適切に動いていた。

 実力が無い新人ウィッチが危険な真似をするなと言いたいが、そもそもユニットも履いていない上に、動ける範囲で職務を遂行したに過ぎない。

 勝手に銃器を持ちだしたとも言いたいが、そもそも基地の中である。

 

 では軍曹の独断で基地の要員に迎撃態勢に入るよう言ったのはどうかと思ったが、そもそもこの楠里は独断で命令を下していない。あくまでも要請という形で発言し、基地の隊員がその言葉に正当性を感じて動いたに過ぎない。

 

 言いたい事は山ほどあるが、結局何も違反や独断を冒していないというヤキモキがミーナを襲った。

 規律の鬼であるバルクホルンも少し強く楠里を睨むだけで、何も言わずに去って行った。

 

「はっはっは、無茶をしたな津家。だが私たちが戻ってくるまで待てなかったか」

 

 坂本だけが唯一苦言を呈して楠里に聞いたが、坂本自身は返ってくる答えを予想していた。

 

「まぁ皆さんの速度では明らかに間に合いませんでした。対応策としては下策に近いですが……」

「いえ貴方は十分に活躍をしました。長距離狙撃に的確な指示、何も違反を冒さず出来る事を最善にやり遂げた楠里さんを、誰も責めません……本当に強いて言うのであれば、サーニャさんを叩き起こして上がって貰った方が良かったのではとは思いましたが」

 

 それを聞いた楠里は、気まずそうに眼を逸らしながら理由を述べた。

 

「その、一応リトヴャク中尉にはご起床願ったのですが、あまりにも……」

「……あぁ、はい。寝姿を見て邪魔できなくなりましたか」

「申し訳ございません」

 

 ミーナも坂本も苦笑を出して、その場は解散となるのであった。そして状況を確認するため司令室へと足を運ぶミーナは、先程楠里から渡されたバインダーを見て、再び頭を抱えるのでった。

 そこに載っていたのは、簡易的とはいえ、基地の被害状況を纏めたものだった。分かりやすく整理されている上に、関係各所の責任者のサイン入りで、この報告書が信頼に足る物であると証明されていた。

 後はミーナがこの書類を元に、提出用の報告書を作成すれば、諸々の手続きは終わりだ。

 本来であれば自分で関係各所全てからの報告を受け取り、纏めて整理しなければならないこの作業。広い基地ゆえに本日中に終わるか怪しかったのだが、楠里のお陰で何時間も短縮された。

 

「ネウロイを撃破して、私達が帰ってくる数十分の間に、コレ全部終わらせたの?」

 

 ミーナの心の中で、ある一つの可能性が浮かび始めていた。

 

 

 数日後。

 またもやネウロイ出現の報を機に、訓練途中だがそのまま出撃と相成った宮藤たち。

 ミーナ、坂本、バルクホルン、ペリーヌ、リネット、宮藤。そして本日から限定条件下で一一型の運用を整備兵から許可された楠里の7名が迎撃に当たった。

 一人での動きに慣れ過ぎた楠里は、バルクホルンとペリーヌとの編隊に坂本の指示で入った。

 ペリーヌがバルクホルンの鋭い動きに着いて行けず、編隊が崩れかけた。悔しい思いでふと横を見ると、特に何の表情も浮かべていない楠里が、平然とバルクホルンに着いていくのが見えた。

 

「あの子ッ、新人の筈でしょうッ」

 

 襲い掛かるGに耐えつつ必死に必死に喰らい付いている内に、各編隊との連携が崩れて、とうとうペリーヌとバルクホルンが空中で衝突してしまった。

 

 そこからはあっという間だった。バルクホルンが被弾してしまい、それを援護するために宮藤とペリーヌも下がった。楠里も編隊長と僚機の援護の為に下がる事となった。

 地面に着いた三名は、慎重にバルクホルンを地面へと横たえて応急処置を開始した。

 ペリーヌが自責の念に駆られる中、何とか治療を試みる宮藤であったが、焦りからか集中力を乱してしまう。

 

 ペリーヌが攻撃を防ぎ、宮藤が最後の力を振り絞って治癒魔法を掛ける。宮藤の銃を借りて牽制射撃をしていた楠里が、銃を置いて野戦服のポケットから、メモ帳程のケースを取り出した。

 そのケースを開け、中から小型の注射器を取り出して準備しつつバルクホルンに確認を取った。

 

「私の固有魔法で作成した特殊強心剤です。依存性はバルクホルン大尉なら大丈夫です……どうしますか」

 

 だが直後、ペリーヌのシールドが遂に破られてしまった。

 ペリーヌと宮藤はその衝撃で気絶してしまったが、運よく無事だった楠里は、大尉の傷が塞がっているのを確認すると、注射器の中身を5分の1以下、つまり極僅かな量へと捨てた。

 

「やってくれ。私は……守って見せる」

 

 その言葉と同時、腕に注射器を刺して特殊強心剤を注入する。

 針痕も極小で、数時間で塞がり痕も残らない。そしてこの量ならほんの少し気が高ぶるだけで、中毒もショック症状も起こらない。楠里が最果ての時代に頭の中で思い描いていた魔法の活用を、坂本と軍医が実験的に了承して作り上げたモノだ。無論治験は全て楠里が行っており、効果と副作用は保証されている。

 

 欠点と言えば、楠里が居ないと作成は不可能な事であり、楠里自身に量産する気は毛頭ない事だ。

 

 ともかく、宮藤の懸命な治癒魔法と、ペリーヌの必死の防御と、ついでに楠里の極少量の努力のお陰で、事態は好転することになる。

 

 

 負傷扱いで先に帰還していた宮藤とペリーヌ達は、滑走路でバルクホルンらの帰還を待っていた。その最中に宮藤は先ほどの楠里の強心剤について聞いていた。

 

「アレは、まぁ……追い詰められた末に出てきた代物といいますか」

 

 まさか固有魔法を発動する魔力を惜しんで、いざという時一気にハイになれるようにするためとは口に出す事が出来ず、あくまでも医療用だとかで誤魔化す。

 因みに他人が楠里と同じような狂乱状態になるには、件の特殊強心剤の注射器10本分が必要と、安全管理もしっかりとしている。それぐらい濃度を薄めて運用しなければ真面に扱えない程この魔法は危険だ、というのが坂本と軍医の判断だ。

 

 エーリカ・ハルトマンがお礼を述べ、ペリーヌとバルクホルンの二人と心の距離が縮まった宮藤と楠里。

 今日は気分良く眠れるという宮藤の言葉を聞き、リーネは何だかおかしくなって、お互いに笑いあった。

 

 皆が各々談笑をする中、楠里は皆の意識が他に向いてる最中に、せり上がって来た血塊をぺっと海へ吐き捨てた。

 

1,fin.

 

 

2

 

 数日後に海での訓練が控えた日。

 坂本は宮藤とリーネと楠里の飛行訓練を行っていた。

 

「どうした宮藤、リーネの動きから遅れているぞ!」

「はい!」

 

 リーネが先導し、宮藤と楠里が後から続く。一通り飛行訓練が終われば、合流してきたペリーヌを加えて模擬戦となった。

 

「宮藤とペリーヌ、リーネと津家でペアを組め」

 

 その指示のもとに分かれて、ペイント弾を使った模擬戦が始まった。

 ペリーヌが一番機となり宮藤を誘導し、リーネが一番機となり楠里を誘導する。

 お互いに射撃位置を確保するために乱戦になるが、楠里がやたらと的確にリーネにアドバイスをする。

 

「後方8時の方向からペリーヌさんに狙われています。援護をするので合図で右へ切り返してください」

「わ、分かりました!」

「あぁっ、また外れた!? どうなってますの!?」

「あ、ここだあー!」

 

 ペリーヌが外したと同時、宮藤が楠里への射線を確保してペイント弾を発射した。だが楠里はヒラヒラと全て弾を避けた。まるで紙吹雪のように舞って攻撃を避けるが、ペリーヌ達が苛立ちで少し隙を見せると蜂の如く鋭い攻撃を入れてくる。

 楠里の動きはまさしく、現実の西暦世界における熟練の零戦乗りのソレであった。単機でも厄介だと言うのに、一番機のリーネもしっかりと援護するという徹底ぶりだ。

 

「うーむ。やはり津家が相手だとあの3人では歯が立たんな」

 

 その呟きを横で聞いていたミーナは、坂本に問いを投げかけた。

 

「ねぇ美緒、津家さんは本当に軍曹なの?」

 

 そもそも基地襲撃時の対応といい先日のバルクホルンの時の冷静沈着さといい、新人の動きではない。更にミーナも舌を巻くほどの事務処理能力と来た。

 ここまでくれば、幾ら何でも津家楠里という存在がおかしい事に誰でも気づく。

 

「楠里ちゃん。芳佳ちゃん達の動きが鈍くなってきたよ」

「まあアレだけ動き回れば疲労も溜まるのは早いかと思います」

 

 その言葉通り、疲労の隙を突かれたペリーヌらは敗北を喫した。

 

「そこまで。本日の訓練はここまでとする!」

 

 坂本はミーナに後で司令室に行くとだけ伝えて、格納庫へと入って行った。ため息が出たミーナも続いて格納庫へと入り、帰って来た4人を出迎えるのであった。

 

「芳佳さん、近い」

「だってだって楠里ちゃんに全然当たらないんだもん」

「だからと言って地上でこうもくっ付かなくても」

 

 ペリーヌが呆れてリーネが苦笑を漏らす中、坂本がふと楠里のユニットに目を向けた。

 

「……津家、少しユニットを借りるぞ」

 

 楠里がどうぞと言う前に、坂本はユニットに足を通してエンジンを回した。だが幾ら時間が経っても離陸に必要なエネルギーに達せず、出力が低いままであった。

 

「あの、坂本少佐はどうなされたんですか」

 

 ペリーヌの問いに答えられる人物は、坂本一人だ。5分程粘って何とか離陸に必要なエネルギーを確保できた段階で、エンジンへの魔力供給を止めてユニットを外した。

 

「お前、いつもコレか」

 

 その問いの意味が分かった楠里は、自分のユニットを軽く叩きながら説明を始めた。

 

「そうですね。碌に整備も出来ませんでしたし、内部部品も含めて寿命が近いでしょう。以前に整備兵とも確認したのですが、魔力供給に必要な配管も破損し、放出機関にもガタが来ていますので、まぁそう長くは持たないでしょう」

「この廃棄寸前のガラクタで今までやってこれたのは、それだけ技術があると見るべきなのだが」

 

 こうも現実を見せられると、やはり出撃メンバーから外すかと坂本は思った。

 そもそもここは各国のエース達が犇めき合う部隊。当然供給される装備なども最新鋭や信頼できる型だったりと、色々と優遇されている。

 だと言うのに楠里自身に対する装備だけこうも遅れるというのは、些かおかしい。

 軍服にしてもユニットにしても、まるでどこかで差し止められているように感じる坂本は、こういった補給が一切来ない状況に慣れ過ぎている楠里の事を不憫に感じた。

 だからと言ってはいそうですかと最新型などを用意出来るほどの権限など無い。

 

「津家さんへの補給が遅れているのは私も疑問に思っていました……私の方からも上に掛け合います」

「すまんな」

「それと津家さん。貴方、非番の日もいつも同じ服だけど着替えは無いの?」

「私はこの野戦服以外は持ち合わせておりません」

 

 そこでミーナらから生まれたのは驚愕だった。軍人とは言え年頃の女の子が私服を一切持っていないとは一体どういう事なのだろうか。

 これには坂本も予想外だったらしく、慌てて問いただした。

 

「津家、給与はミーナから渡されているよな」

「私は確かに手渡したわよ?」

 

 楠里は徐に野戦服から給与の入った袋を取り出した。楠里はそれをミーナに渡した。

 困惑したミーナだが、封は空いていたので中身を確認すると、中に入っていたのは給与明細の一枚のみであった。

 疑問に思い明細を確認すると、そこには目を疑う内容が記されていた。

 

「何よ、コレ……私はこんな事聞いてないわ」

 

 訝しんだ坂本もその明細を覗くと、途端に険しい表情を露にした。

 

「お前はコレをおかしいと思わないのか」

「おかしいも何も、私は以前からこうでしたので」

「ふざけるなぁ!」

 

 それは何に対しての怒りだったか。こんな事になっても平然としている楠里に対してか、このような事を平然と行う奴らに対してか。

 

「ちょっと美緒落ち着いて!」

「何だこの明細は! 支給額が"諸経費など"との一言で全て引かれているではないか!」

 

 基本給・調整給・役職給を合わせた給与から税金などを引いた手取り。その手取りすらも諸経費などという言葉一つで全て無くなっていた。

 信賞必罰は組織を運営する上で切っても切れない関係だ。ましてや軍隊においてこのような事は絶対にあってはならない。だというのにこの少女一人に対して、軍という組織はどこまでも厳しかった。

 

 あまりの内容にそこに居た全員は言葉を失い、顔を伏せた。

 

「今日はもう遅いので、明日司令部へと確認を取ります。ペリーヌさんとリーネさんと宮藤さんは部屋に戻っていいわよ……坂本少佐、津家軍曹の両名は直ちに司令室へ」

 

 楠里はあれま面倒な事になってしまったと思うと同時、此処まで歴史的な中抜きを許したのなら、除隊後の軍人恩給すらも無くなるかもしれないと感じた。

 チラッと後ろを振り返ると、心配そうに楠里を見つめる芳佳らと目が合った。

 

「大丈夫ですよ。何かの間違いでしょう」

 

 ペリーヌらにそういいつつ二人の後を着いていく楠里。それを見守る三人のウィッチは、彼女の悲惨な人生の一端を垣間見て、背筋に冷たいモノが走ったのであった。

 

 

 

 日の落ちた指令室にて。

 椅子に座ったミーナが、坂本少佐と津家軍曹を詰問する。

 

「津家さんがここに着任してからの行動は、新人のソレではないわ。私だけではなく、トゥルーデも薄々勘づいていると思う……ねぇ美緒、津家さん。二人は何を隠しているの?」

 

 扶桑の中央上級司令部から明確な箝口令は発令されていないが、言葉の節々には内密にするようと圧があるのも事実であった。

 先ほどの給与明細の騒動が無ければ、坂本も言葉を濁したのだが、事ここに至っては内密にした場合のリスクが大きすぎると判断した。

 最終確認で楠里の了解を得ようとしたが、肝心の本人は坂本少佐のご判断にお任せしますの一点張りだ。

 

「これから言う内容は、くれぐれも内密に頼むぞ……これはな、ある扶桑のウィッチが体験した実話だ」

 

 そうして坂本の口から出た楠里のこれまでの人生。

 生まれた事も祝福されず、幼き頃より社会と大人の悪意をその身で受け、軍に入ってからもその出自が原因で冷遇されていた。人間と認めて貰えない。

 固有魔法で心と体をズタボロにして壊しながら軍務を遂行しても、返ってくるのは罵倒のみ。

 軍籍と戸籍が本当に一時的に無かったという理由で、最果てでの功績も反映されないまま、坂本に連れられてやってきた501。これで救われたかと思いきや、あからさまに補給を煙たがられて、挙句には給料の中抜きと来た。

 

 ここまで聞いたミーナは、椅子を立ち上がると、無意識に流していた涙を拭く事も忘れて、今にも折れそうな小さい楠里の体を抱きしめた。

 言葉が出ないというのはこういう事を言うのかとミーナは思いつつ、ただ嗚咽を堪えてギュッと楠里を抱き寄せる。事情を話していた坂本も、そっと楠里の頭に手を置いて優しく撫でた。

 

「津家は……その固有魔法を酷使した代償ゆえ、あと5年も生きられないというのが軍医の話だ」

「ッ、この子が、この子が何をしたっていうのよ。何でこの子だけこんな目に……」

 

 楠里はポケットからハンカチを取り出して、優しくミーナの涙を拭った。このハンカチですら、陸戦隊からの貰い物であった。

 

「確かに、聞いていて気分の良い話ではありません。ですが中佐、どうでもいいじゃないですか」

 

 その言葉に、ミーナはたまらず聞き返した。

 

「どうでも、いいですって?」

 

 楠里は心の底からそう思ってるようで、平然と言い放った。

 

「はい。私はもう笑うのも泣くのも怒るのも出来ません。ですが起こった事を悲劇の主人公のように何時までも引き摺るという感情ももうありません。今のこの状況も、正直どうも思いません。ただあるがままに流れていけば、やがて行き着く終着点に行き着く事でしょう」

 

 たった十数年生きただけの人間、ましてやまだ青春真っ盛りの少女の口から出る言葉ではなかった。

 

 ミーナはそんな事ないと叫びたかった。生まれもこれまでの人生も不幸ではあったが、貴女の命が尽きるその瞬間までこれまでの不幸と同じような事がある筈が無い、と。

 だが言えなかった。何か言葉を発しようとしても、出てくるのは嗚咽だけで、結局彼女に出来たのは、その身を力一杯抱きしめる事だけであった。

 

「今日はもう休もう。さぁミーナも津家も部屋に戻れ」

 

 坂本の言葉で解散となり、坂本はミーナの肩を抱えて出て行った。

 

 

 二人が去った後。

 ミーナ中佐の心をへし折りに掛かった当の本人は、ミーナに明日謝ろうと考えていた。

 ―――私程度の過去で悩ませて申し訳ございません。

 そんな事言おうものなら、更にミーナを追い詰める事になり、坂本にも呆れられるのだが。

この楠里はそれに気付かないし、言われてもそうですかと流すだけである。

 

 司令室を後にした楠里は、さっさと自室へと戻った。

 これまで自分の過去を聞いた人は、誰も彼もが暗い顔になった。

 鬼の憲兵隊も、捜査途中から楠里の過去が明らかになっていく度、吐き気を催す者が多発したのだ。

 そういう理由も相まって、無暗に人に明かさないようという達しでもある。

 

 ベッドとクローゼット、そしてテーブルとイス以外何一つない殺風景な部屋で、窓の外を眺めていると、突如部屋の扉がノックされた。

 日も落ち、皆が寝静まったのに来客とは珍しいと思った楠里は、扉を開けた。

 

「急にごめんね……その、司令室での話なんだけど……外に聞こえてて。通りかかった私だけ聞いちゃって」

 

 タイミングが良いのか悪いのか、ちょうどせり上がってきた血塊をクリネックスティシューに吐き捨てた。

 そうしてチラッと彼女、宮藤芳佳の顔を見ると、あーと唸ってから部屋の中に招き入れた。

 

「それで、聞いたとは、どこからどこまでですか」

「……全部」

 

 知られただとか、誰にも知られたくなかっただとか、楠里にそんな気持ちは無い。

 芳佳の言葉を聞いて真っ先に浮かんだ感想が、防音性大丈夫ですかねというのだから、筋金入りである。

 

「まぁ言い触らしても構いませんが」

「そんな事しないよ!……私に、楠里ちゃんを治せるだけの力があれば」

「まぁお気持ちだけで。今まで通り仲良くやりましょう」

「……う、うん」

 

 不慮の事故で楠里の話を耳にする前まで、楠里の言葉には何も違和感は感じなかった。だが今はどうであろうか。

 仲良くやろうという言葉一つにも、芳佳は何の感情も籠ってないように思えて仕方ないのだ。

 

 だが逆にそれが芳佳の心に火を付けることになった。何時か絶対心の底からゲラゲラと楠里を笑わせてやるのだと心に誓うのであった。

 

2,fin.

 

 




感性って人それぞれ違うじゃないですか。

なので皆さんの思うハッピーエンドと、私の思うハッピーエンドって
必ずしも同じとは限らない訳です。

まぁ深い意味はありませんが。
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