この薬漬けにそんな休暇認められる訳無いんだよなぁ。
Q最近更新頻度も展開も遅いね
Aそうだね
「ねえ津家さん、本当に受けるの?」
ミーナの目の前には、封緘密封の指定を受けた封筒を持つ楠里の姿があった。楠里は中身の書類に軽く目を通しながらも返答した。
やたらと細かい字であったため、眼鏡のテンプルを左手で持ちながら目を細めつつといった変なフェチ動作も含めている。
「まあ上層部直々の御指名を断れば、何をしてくるか分かりませんから」
その封筒には輸送機護衛の指示書が入っていた。輸送機に載っているパッケージについては詮索を禁止の上、緊急時には何が何でも盾になってでも守り抜けという内容が書かれていた。
「碌な内容じゃないのは確かだな」
夜空に浮かぶ月を眺めていた坂本が呟いた。
「優れた航続距離を有しつつも戦力になる存在……欧州の機体はどれも当てはまらないわね」
「ブリタニア本土を離陸した輸送機は、ガリアを縦断して地中海方面の司令部へと補給に来る。津家が護衛するのは、ガリア北部のセダン基地から地中海方面統合軍司令部までだな」
「ガリア領空から地中海の司令部は距離があるけど、途中まではノーブルウィッチーズの黒田中尉が護衛を継続してくれるわ。津家さんは黒田中尉と合流するように」
501は明日から少しの間だけ、海に繰り出して訓練兼海水浴の予定なのだが、見事に楠里は仕事と相成った。事前準備もあるため、明日の朝1番に506A部隊が駐留するセダンへと移動しなければならない。
▽
506の設立経緯は山あり谷ありの苦難の連続であり、軍上層部内と各国政府内の殆どを巻き込んだ足の引っ張り合いの末、何とか出来上がった部隊である。
それぞれの国の軍と政府が、国際会議等で大きな発言力を得るには幾つか方法がある。その中で一番手っ取早い方法が、派遣したウィッチの数だ。
単純に絶対数が少ないウィッチを多く戦地へ派遣する事自体、如何に世界平和へ貢献しているかの指標である。
現状で特にこの発言力の拡大を狙っているのが、海を挟んだ向こう側にある大国リベリオンである。
広大な国土と大量の資源を有する代わり、ウィッチの数が少なく、地理的な条件も相まって、連合軍やJFWへあまり派遣出来ていない。
506のウィッチは貴族のみという条件が原因でウィッチの集まりが非常に悪かったが、リベリオン政府が自国のウィッチを加えるよう進言したのだ。
貴族のみという条件を掲げていた面々も、その制約を撤廃してでも受けたい話であった。
現状、リベリオンから欧州へ派遣されているウィッチは、シャーリーを始めとして数が少ない。さらにその殆どがリベリオン陸軍第8航空軍という陸軍部隊出身なのだ。それ故に、リベリオン海軍や海兵隊からも不満が募っている。
ガリアの守りを固めたい面々はその話を受ける方向で進めていたのだが、ここで待ったを掛けたのが3枚舌外交で右に出る者は居ないブリタニア政府だ。戦後の事を考えると、ブリタニアとしてはガリアにはもう少し削れていて欲しいという思惑がある。
貴族のみという条件だから貴族ウィッチを出したが、撤廃してリベリオンのウィッチを受け入れるなら、ブリタニアは部隊から撤収すると言い放った。
だがリベリオンのウィッチは既に欧州入りを果たしており、ガリアも手ぶらで返す訳には行かなくなっていた。ブリタニアとリベリオンとの板挟みにあったガリア政府は、貴族のみで構成されたA部隊と、それ以外で固められたB部隊に分ける事となった。A部隊はセダン基地を拠点に、B部隊はディジョン基地を拠点にそれぞれ動く事になる。
▽
閑話休題。
スパイといった面倒な事件を乗り越え、結成された部隊から戦力として抽出された黒田中尉は、扶桑の華族の血を引く名家出身である。本人はそういったしがらみが大嫌いな為、偉ぶる事は無いが、かなりの守銭奴との噂である。
華族(笑)の楠里は、そういった情報を頭に纏めつつ、セダン基地へと降り立った。
2個統合戦闘航空団連携による輸送機長距離護衛作戦の開始3日前、楠里はこの部隊の面倒さを体験する事になる。
滑走路へ着陸し、事前に管制塔から誘導された格納庫へユニットを置いた楠里は、さっそく司令官であるグリュンネ少佐のいる司令室へと向かった。
楠里の予想では、基地設備は貴族趣味全開の煌びやかなイメージであったが、予想に反して普通の見た目であった。
「もっとこう……甲冑だとかレイピアだとかが飾られていて、赤と金で装飾されたカーテンがそこら中に巻かれており、豪華な絨毯の上で紅茶やスコーンを口に詰め込んでいるのかと」
「私もここに来る前はそんな事思ってたなー。だって無駄に偉そうな華族なのに、更にウィッチって言うんだから、そりゃもう奇人変人の集いだと」
楠里の案内を務めるのは、今回一緒に任務に就く黒田中尉だ。
「しかし、同じ扶桑の人間を見ると落ち着きます」
「その気持ちは分かるけど……うーん」
黒田は楠里が化粧をしている事を知らない。知らないが野生の勘ともいえるべき何かで、楠里の異常性に何となく感付いていた。
―――何だろ、何か焦げた様な匂い?
黒田の使い魔は柴犬であるため、嗅覚が敏感なのかもしれない。
途中で息を切らせながら2人に合流したカールスラント空軍所属ウィトゲンシュタイン大尉はそう語った。
本名:ハインリーケ・プリンツェシン・ツー・ザイン・ウィトゲンシュタインと名乗った彼女は、501からの客人である楠里を胡乱な瞳で出迎えた。
「お主、本当に貴族か?」
このような事を言われても、楠里自身もつい最近になって、少量の血が混じっていなくもないという事を知ったのだ。
高貴なる者の義務など、鼻で笑って馬鹿に出来る。
更に欧州の貴族というのは、代を重ねる毎に名前が長くなっていく。治めている領地の名前や、父方母方の家名や称号も入り、カオスな事になるのだ。更にその名前を筆記体などで書かれると、アジア圏の人間にはただのミミズ文字にしか見えない。
彼女を無理矢理扶桑語に訳すならば、ウィトゲンシュタイン紀伯ハインリーケ卿とでも言うのだろうか。無論正式な訳ではないが、聞けば長い説明が返ってくるであろう。
そんな事を楠里は頭で考えつつ、長ったらしい名前を覚えられない為、大尉と呼ぶことにした。
「まあ私の事はさておき、大尉は私の想像通りの方ですね」
「ほう。どのような想像か聞かせて貰おうか」
典型的な貴族に見えますと言おうか迷ったが、丁度良く目的の部屋に到着したため、楠里は引き下がった。
「今回の作戦で共闘する客人を連れて来たぞ」
部屋の中から入室許可が下りると、黒田、ウィトゲンシュタイン、楠里の3名は部屋へ入った。
▽
「またお前か」
部屋の中に居たのは、506司令官のグリュンネ少佐と、茂野軍医少佐であった。
楠里はこちらの台詞ですねぇと思いつつ、敬礼をして上官の言葉を待った。
「会議以来ね。ヴィルケ中佐やクロステルマン中尉はお元気かしら?」
軍人ではあるが、社交辞令やらを使い熟す貴族は、中々本題には入ってくれない。大尉程の性格であれば、さっさと次に移れるのだが、グリュンネ少佐は穏やかな表情だ。
「御二方とも壮健です。この度は栄えある部隊と同じ戦列に加わる事が出来て光栄であります」
その言葉を聞いたウィトゲンシュタインは大変機嫌を良くし、黒田は半笑いで外を見ている。
「これはご丁寧に。有名な津家大尉と共に飛べて光栄です」
グリュンネ少佐も一応そういった返答をしているが、楠里自身が面倒だという雰囲気を隠していなかった為、苦笑しながらそう返した。
そしてある程度挨拶が終われば、本題へと移った。
「積み荷の中身は詮索禁止とはいえ、私達もはいそうですかとは言えない。なので信頼出来る情報筋を総動員した結果、やはり碌な物ではない事が判明したわ。この書類に記載されているのだけれど……」
グリュンネ少佐は茂野少佐に中身を見せると、特に反応を示すことなく楠里へ手渡した。
「……機密では?」
楠里は嫌々その書類を手に取るが、目を通さずにグリュンネ少佐と茂野少佐を見つめた。
「私も機密だから見せない方が良いって言ったのだけれどね。茂野少佐が見せておかないと面倒な事になるって聞かなくて」
「今回は私はその積み荷が載る輸送機に添乗する。もし護衛戦力が無力化された場合、機内で機密処理を施した後に、パイロットを連れて脱出する。上からは決して荷物の内容を明かすなと言われているが、私にそれを言うなどフリでしかないからな」
楠里は嫌だなーといった表情を見せると、書類に目を通した。
それと同時、低く悍ましい声で『ほう?』と発した。
▽
Drug Plan-444は、有効と判断された能力を、薬品類で再現する事に基点を置いた計画である。
楠里はそこまで読んだ段階で、後に何が書かれているかも大体想像出来た。要約すれば、1人の狂人が総監を務めていた実験内容が、何処か意図的に各国の暗部へと流出。コレが有用性の塊だと確信した者達が、似たような事を出来ないかと練った計画であった。
今回の輸送計画は、要約すれば取り敢えず形にはなった試作品を前線へと送る為に組まれた物であった。無論元々実験を行っていた某国や総監の二の舞いにならぬよう、細心の注意を払っていたのだが、これまた別の狂人によって、1番伝わってはならない人物の耳に入る至りとなったのだ。
「……」
「私も目を通したけど、良く分からない事だらけなのよね。そもそも脳内麻薬術式っていうのかしら?……その言葉自体に理解が追いつかないわね。術式って言うぐらいだから魔法なのでしょうけど、そんな物持ってるウィッチが居るなんて聞いた事無いわね」
楠里と茂野は機密統制が効いてる事を確信した。まあだから何だという話なのだが。
「私も寡聞にして存じません」
シレっと虚言を放った楠里は、軽く茂野少佐を睨んだ。
「どうした津家。ああ心配するな、この機密を見た所でお前は何も処分など受けんさ」
何せこの実験の大本の原因なんだからなあと心の中で嘲笑いつつ、茂野少佐は輸送計画の本筋に話を戻した。
「茂野少佐は添乗員として、輸送機の左右に津家大尉と黒田中尉が展開します。ガリア北部を抜けるまでの間は、他の506要員も交代で支援に付きます。ガリア領空通過後は2人で次の護衛ウィッチが待機するランデブーポイントまで直掩を継続するように」
その後も詳細に作戦内容を詰めていく中で、楠里はどう事故に見せかけて撃墜するかを考えていた。
茂野少佐はその考えに気付いていたが、別段何も口を挟まず、ただその時が来るのを待っていた。
▽
輸送機が補給の為にセダンへ降り立つのは明日の昼頃。
それまでは基地待機を命じられた楠里は、格納庫で自分の機体を整備していた。隣には茂野少佐が銃を整備している。
「少佐も1911ですか」
茂野少佐が整備している銃は、指摘されなければ見分けが付かないぐらいの微妙な部分が、楠里の1911とは異なっていた。
唯一ぱっと見て分かるのは、グリップ部分が青黒いという所だけだ。
「まぁ、1911だな」
「細かい部分が違う様に見受けられますが、かなりの改造を施されていますね」
茂野少佐は当たれば何でも構わんといった風に発言すると、軽く歌を口遊み始めた。
「キューポラから顔出して ガタガタ不整地にっこにこ~……っと」
「その歌、何です?」
「んー……忘れてしまったなぁ。大切な誰かが歌っていたと思うんだが、もう自力では思い出せん」
楠里はその表情を見て、この人は失ったものが多いと思い、そのまま黙り込んだ。
暫くの間は無言が続いたが、茂野少佐が唐突に口を開いた。
「まあお前が輸送機を墜としてやりたいという気持ちも分からんでもない。完成しようがしまいが碌な事にはならないからな」
「……」
無言の楠里は黙って話を聞き続ける。
「間違い無くネウロイは襲ってくる。あぁいった物にはアイツらは鼻が利くから、弾薬は多めに持って行っておけ」
茂野少佐はどっこいしょと年寄り臭い台詞を吐くと、その場を去っていった。
楠里自身もこの輸送機を墜とした所で、また別の似たような事が行われるのは理解していた。だからといって目の前を通る曰く憑きの薬品をスルー出来るかと言えば、頭を捻る。
任務は成功させなければ、その責はグリュンネ少佐やミーナにも行く。かといって成功させてしまえば、人を人とも思わない薬品の実験が行われる。
強制的に能力を引き出すのは、体にも精神にも悪影響を及ぼす。悪影響を最も受けた第一人者が言うのだから間違いは無い。
重度の後遺症などが発生しても、機密実験の為保障すら無いのだ。
「……今回だけは、ネウロイに祈るとしますか」
楠里は冷めた目で自分の掌を眺めると、銃の整備を再開するのであった。
最近平和な薬漬けで申し訳ございません。