シャブ漬け少女のストライクウィッチーズ   作:文月フツカ

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少し過激な描写があるので気を付けてください。


渡り鳥の魔女

 滑走路を離陸した楠里は、護衛対象の輸送機が上がってくるまでの間、上空で警戒待機をしている。

 正直に言ってしまえば直ぐにでも撃墜したい所ではある。だが如何せんここは人の目が多い。

 

「はー、いい天気なのに、護るのは変な荷物かあ」

 

 黒田中尉がぼやくのも無理はない。上司もとい上官が、嫌々な顔を隠そうともしないのだから。

 

『こちらsarcasm、当機は離陸を完了した。これより所定のルートを巡航速度で飛行する』

「こちら黒田です。私達は左右で直掩に付きますね」

 

 sarcasmと名乗った輸送機のパイロットは、恐らく事情は知らないのだろう。このコールサインの意味も上が決めた物であるし、積み荷の中身も全く知らない。

 ただ軍人らしく命令通りに愛機を飛ばしているに過ぎない。

 

 そんなパイロットを楠里は横目で見た。楠里としては今すぐ手元の機関銃を操縦席に撃ち込んでやりたい気分である。それが出来ないのであれば、魔法力で強化した銃剣で片翼を根元から切断するだけだ。

 

『こちら茂野少佐、コールサインは渡り鳥(ミグラント)。sarcasmが保たないと判断した場合、機密に処理を施す。上手くやれよ』

 

 楠里は茂野少佐のコールサインを聞いて納得した。なるほどあっちこっちへふらふらと移動するその様はまさしく渡り鳥だ。

 一定の所へ根を下ろさず、常に動き続ける辺りがよく似ている。

 

 

 ガリア領空を出る直前、援護に来ていた506JFWB部隊隊長、ジーナ・プレディが編隊を離れた。それを以て輸送機が506の援護可能空域を離れたという印になる。

 

『sarcasmは予定通りガリアを通過。これより次のランデブーポイントへのルートを飛行する』

 

 ここから地中海司令部まではおおよそ巡航速度で2時間。だがこれは何事もなければの話だ。

 今回は通常の燃料に加え、増槽すら取り付けての飛行である為、燃料面においては大丈夫かもしれない。だが噂に違わぬ茂野少佐がネウロイの襲来を確定事項と予想している為、護衛の2名は気が抜けない。

 

「そういえば津家さんって何処出身?」

 

 黒田が少しでも暇を潰そうと声を掛けて来た。

 

「生まれは千歳ですよ。育ったのは舞鶴ですが」

 

 海軍では階級差が絶望的に開いていないか、公の場でなければため口も許される。まあ黒田は陸軍航空隊なのだが。

 

「私は宮崎出身なんだー。知ってる? 旧大名の黒田侯爵本家の養子」

「名前から予想はしてましたが、華族の代表格じゃないですか」

 

 万石単位の領地を織田家から任されていただけはある。

 

「津家さんも華族なんですよね」

「そうらしいですね」

 

 今更そんな情報が出てきた所で何が変わるというのか。

 

「お父さんとかの名前を教えて貰えれば分かるかも。歴史とかはそれなりにやらされたよ」

「名前……名前。茂野少佐、私の両親だった人間の名前知ってるんですよね」

 

 ここでまさかの茂野少佐に話が振られた。

 

『処刑された元中将殿の御名前は折田(おりた)って苗字だな』

「んー……聞いた事ないなあ」

『あ、知らないみたいだから教えておくがな、お前腹違いの姉がいるぞ』

「へぇそうなんでは?

 

 何やら変な事が明かされたその時、茂野少佐と戦域管制官の通信が同時に入った。

 

『来るぞ。2名とも戦闘態勢に入れ』

『何……警告、大量のネウロイ群接近中。直掩のウィッチは輸送機を死守せよ!』

 

 対空レーダーを見ていた管制官の警告よりも早かった茂野少佐は、特に慌てた様な声は上げない。

 ただ淡々と事態に対処するように命令を下した。

 

 

 

 輸送機に襲来したネウロイ群、その数45。

 

 その全てが小型である為、大した脅威には思えないかもしれない。

 だがそういった認識は死に直結する。

 

 小型とはいえ航空力学を無視した機動力と戦艦の重装甲を容易く貫く攻撃力を持っている。更にある程度は機銃弾すらも弾く生存力。

 

 通常のウィッチ部隊であれば、余程の事が無ければ即時撤退が許される戦力差である。しかし今回の任務はそうではない。

 幸運な事と言えば、直掩の護衛戦力が片方は世界最高峰であるという事だ。だが最高峰である黒田中尉を以てしても、この差は余りに絶望的であった。

 

 だが絶望ばかりではない。次に響いた管制官の声が、楠里達の撤退判断を止まらせた。

 

『アルプス戦域管制より緊急通達! 現在指定の座標で輸送機が脅威に晒されている。行動可能な部隊は直ちに急行せよ。優先度は最優先。繰り返す、優先度は最優先だ』

 

「さも格好良く言っていますが、誰が時間稼ぎをすると思っているのか」

 

 楠里の呟きは誰にも聞こえる事無く虚空へと消えていった。

 

「津家さん! これ残業代って出ますか!?」

「出るんじゃないですか。機密物資なんですから口止め料とかで」

「お金に貴賤は無いけど汚いお金は嫌です!」

 

 3機目、4機目と何とか捌きつつも、軽口を言い合う2人。

 

 楠里は無意識にではあるが、相手の話題や呼吸に合わせる事がある。ペーシングに近い様なスキルではあるが、存外即席の連携では役に立つ。

 

 だが如何に質の高い精鋭と言えども、数の暴力の前にじりじりと押し込まれていく。

 

『津家は5時の方向、黒田は10時の方向から狙われているぞ』

「管制するお暇があるなら何か手立てとかありませんか」

『以前にお前が遭遇した薄い特異個体が遠目で見ている。一か八か倒しに行ってみるか』

 

 だが当然として、この輸送機は撃墜されることになる。

 

「援軍の到着まで耐えましょう津家さん」

「戦域管制、増援まで何分ですか」

 

『現在504よりウィッチ2名、ランデブーポイントで待機していたウィッチ3名。計5名が急行中、最短で10分』

 

 楠里は茂野少佐に脱出準備を要請しつつ、小型に狙いを定めた。

 

 少し前にも描写したが、航空戦での10分は悍ましく長い。黒田と楠里は果てしない持久戦へ挑まなくてはならなくなった。

 

 

「4機目撃墜」

「こっちは5機……2人合わせて9機」

 

 45機中9機撃墜。被弾無しで敵戦力の5分の1を消滅させた。

 だが少しでも油断すれば、ビームの薙ぎ払いで輸送機は簡単に墜ちる。

 

「恐らく5波に分かれてる感じですね。第1波は凌ぎましたが」

「この密度の持久戦を後4回かぁ」

 

 当たり前だが弾薬も無限ではない。茂野少佐の予想もあって多めに予備弾倉は持っては来た。多めとは言っても+1や2程度だ。楠里の機関銃はマガジンタイプであるが、如何せん巨大で重い。

 

 楠里は空になった弾倉を外して捨てた。代わりにポーチから次の弾倉を取り出して装填しつつ、敵の動きを見ている。

 

「次は9機ずつなんて生易しい事はしないでしょうね。恐らく3波分27機で囲んできます」

「どれだけ保っても1分かなあ」

 

 輸送機を退避させようにも、今の均衡を崩せば瞬く間に狩られる。

 

『おい津家……あー、私を信じられるか』

 

 楠里は黒田中尉と顔を見合わせた。質問の意図が分からない為、若干返答に間はあったが、楠里は命の恩人は信じられると言った。

 

「で、今貴方を信じる事で何か解決策があるのですか」

 

 正直に言えば、楠里は若干イラついている。守る価値の無い荷物に付き添っているのは、殺しても死ななそうな茂野少佐だからだ。

 

『黒田中尉には負担を掛けるが、1分間輸送機を1人で守ってもらう。今から私が津家を直接管制する』

 

 言葉の意味は即座に理解出来ないが、黒田中尉はとんでもない役目を押し付けられたと冷や汗を流した。

 

「私1人では1分も持ちませんよ!?」

『銃座からも弾幕を張って牽制するから頑張ってくれ』

「少佐、お考えがあるのは分かりましたが、幾ら何でも……」

 

『特殊強心剤の服用を許可する』

 

 その日、楠里は茂野少佐が一部の間で『やべー奴』と言われている理由を味わう事になった。

 

「何ですか、その特殊なんとかって」

 

 黒田中尉が疑問を投げかけるが、楠里はその疑問に対して首を振った。

 

「今、ここで見た物はどうかご内密に」

 

 そういうと懐から小型のケースを手に取ると、中から筒状の注射器を取り出した。

 

 そして躊躇なく首に突き指すと、中の薬液を流し込んだ。

 魔法力を無理矢理励起させ、脳内麻薬術式を発動した楠里は、まさしくリミッターが外れたバーサーカーと同義である。

 

 

『3秒後真下へ飛び込め』

 

 その指示通り、3秒ピッタリで急速ダイブを楠里は行った。その瞬間、つい先ほどまで楠里が居た所に無数のビームが殺到した。

 

『1.113秒後右旋回。体を捻って直角に動け』

 

 リミッターが外れて無茶を無茶と思わなくなっている事を利用し、普段では出来ない機動を要求する。

 

『機関銃発砲用意。合図で真上に撃て―――今だ』

 

 楠里は指示通りに手に持っていた13㎜機関銃を真上に撃った。

 

 だがそこにネウロイは存在せず、ただ銃弾が虚しく上空へ消えていくだでけあった。

 

『再装填しつつ体を捻って左旋回』

 

 急激なGをも無理矢理抑え付けて弾倉を差し込む。旋回中の為動作が少し遅くなった。

 

『右上空45度に3発』

 

 両手で照準を構えていては間に合わないと判断した楠里は、魔法力で機関銃を片手で持ち発砲した。

 

 そして発砲した3発は、なんとネウロイ3機のコアを貫いた。

 傍から見ていた黒田中尉からしてみれば、なんだそれといった感想である。正確だが狂気染みた指示を出す人間と、それを平然と受け入れ躊躇なく正確に実行する人間。

 

 普通であればこのような戦い方は出来ない。

 まるで人形同士が決められた行動ルーティーンを繰り返しているかのような錯覚に陥る。

 

『合図で銃剣を後ろに振り抜け―――3、2、1、今』

 

 顔は動かさず、手だけで銃剣を真後ろに突き刺した楠里は、ネウロイのコアが確かに貫かれる感触を味わった。

 

『銃剣はもういい。1911全弾を左下へ』

 

 銃剣を懐に戻した楠里は、ホルスターから1911を取り出して、特に狙いを定めずに全弾撃ち放った。

 この銃の装弾数はマガジンに7発、薬室に1発の8発。

 

 無造作に放たれた8発の45口径弾は、その全てが偶々射線上に入り込んだネウロイ8機のコアに着弾した。

 

『手に魔法力を込めつつ急上昇、合図で一気に急降下しつつ拳を振り抜け』

 

 機関銃を持っていない左手に魔法力を込めつつ急上昇した楠里は、そのまま合図で反転し頭から地面に落ちた。

 

『今だ』

 

 楠里は言われた通りに拳を振り抜くと、またもや丁度良く目の前に現れたネウロイのコアを粉砕した。

 

『下拵えは終わった。その場で頭上に地面と平行でシールドを張れ』

 

 楠里はその場を動かずに、傘の様にシールドを張った。

 

 急に止まった楠里を、油断した獲物と認識したネウロイは、残った14機が一斉に取り囲んだ。

 

 黒田中尉が危ないと大声で警告を発するも、時すでに遅かった。

 

 ネウロイらが一瞬力を溜め、ビームを放とうとしたその瞬間、無数の銃弾が真上から飛来した。

 

 雨の様に降る銃弾は、楠里を狙っていた残りの敵の装甲とコアを食い尽くし、辺り一帯に残滓を撒き散らした。

 

『管制終了』

 

 この日、黒田中尉は人間が人為的に奇跡を起こす瞬間に立ち会った。固有魔法の未来予知を使った訳でもなく、便利で強い魔法があった訳でもない。

 

 そこに存在したのは、ただただ自分の技量(薬)だけで成しえた、人外の連携技術だけだった。

 

 

『さて、残り9機と特異個体1機だ』

「……何、今の」

 

 1分にも満たない時間、だがその短い時間で、輸送機を襲おうとしていた27機全てが2人の手で撃墜された。

 しかも片方は輸送機の中から『人を操って』である。

 

「流石に反応速度をコンマレベルにまで上げるのは堪えますね」

 

 アドレナリンを出し切った楠里は、顔に疲労の色を浮かべながらハンドガンのマガジンを取り換えた。

 機関銃は言わずもがな、ハンドガンでさえ重く感じる。

 

「す、凄い……凄いけど真似したくない!」

『安心しろ黒田中尉。こんな事出来るのはコレ以外いないだろうよ』

 

「指示通り動いたのに何ですかねこの扱い」

 

 楠里は様子見を決め込んでいる残り9機を視界に捉えつつ輸送機を守れる位置に就いた。

 

 だが残りのネウロイは突如として進路を変え、特異個体のいる方角へと退避していった。それを見た黒田中尉は助かったと胸を撫で下ろすも、楠里や茂野少佐は逆に怪しんでいた。

 

 まずこちらも疲弊している為、9機同時であれば輸送機は撃墜出来た筈である。だというのに後ろから撃たれる危険を冒しつつも撤退した。

 極めつけは逃げた方角には厄介極まりない個体がいる。

 これでは逆に敵の戦力が跳ね上がったのではないだろうか。

 

 どうしても客観論で行動出来ないズレた2人の人間は、去っていく小型を見つめていた。

 

 そして悲観的な予想とは大概において的中するのだ。

 

 

 比較的遠くに居た特異個体は、煎餅の様な丸く平べったい胴体の中に、小型9機を吸収した。

 その瞬間、淵の部分に突起が等間隔で生まれ、その突起同士がビームで接続された。

 

 そして全ての突起がビームで繋がったと同時に、ゆっくりと回転を始めた。

 

 最初は非常に遅い速度ではあったが、1分もすればその回転速度は凄まじい物に変貌した。

 電動丸鋸の歯を想像すれば分かり易いかもしれない。

 

 1秒間で100回転以上回る巨大な電動丸鋸の刃が、不規則な機動で襲ってくる。

 

 静音ではあるが、その巨体が高速で回転しつつ動いている為、凄まじい風圧が生じている。風切り音の代わりに、延々と発射され続けるビームが一層不気味さを滲みだしている。

 

『ハウニブでも見てる気分だ』

 

 回転しつつ凄まじい速度で飛来した物体は、輸送機の直ぐ右横を掠めた。

 だが掠めただけで右主翼からは異常が発生し、根元から不協和音が生じだした。

 

「この、攻撃を―――!」

 

 黒田中尉が咄嗟に照準を合わせて撃とうとするも、楠里が手で無理矢理銃身を下げさせた。

 素手で発射された機関銃の銃身に触れた為、火傷こそ負ったが、楠里の行動が1つ遅ければ大惨事になってたかもしれない。

 

「あの個体に銃弾は無意味です。不用意に攻撃しない様に―――」

 

 だが楠里の言葉は、最後まで紡がれなかった。

 

『この、この―――、』

 

 余りの非常識な敵が出現し、混乱した輸送機の銃座手が勝手に発砲してしまったのだ。

 そして幸か不幸か、この射手の腕前は各部隊からオファーが来る程優秀だった。

 

 初弾から的確に命中した銃弾は、ネウロイの装甲を削る筈であった。

 

 だが、現実は違った。

 

 放たれた銃弾は、あらゆる物理法則を無視して、重機関砲の砲口部へと勢い良く戻っていった。

 

 そして盛大な爆音と共に銃座が吹き飛び、その衝撃や熱は輸送機の弾薬庫にまで引火した。

 

『おーおー、これはもうダメだなぁ』

 

 そして通信の向こうから聞こえるのは、茂野少佐の弱り切った声と、ごぽごぽといった音であった。

 楠里が急いで輸送機へと向かったが、肝心の輸送機は遂に内部から爆散してしまった。

 

 茂野少佐だけが一瞬の判断で機体から身を投げたが、それでも焼け石に水であった。

 

 

 何とかシールドを張った茂野少佐だけが、唯一機体から放り出されたが、その怪我は酷い物である。

 

 まず顔面部分が細かな破片や火傷でぐちゃぐちゃであり、大きな破片が右腕を根元からすっぱりと切断していた。

 足と背中には大小様々な破片が刺さっており、全身は血で赤く染め上げられていた。

 

 愉快なオブジェに仲間入りした茂野少佐は、『ぐちゃっ』という音と共に地面に叩き付けられ、数回バウンドしたあと、木の根元まで転がって動かなくなった。

 

「あ、い、いやっ……!」

 

 黒田中尉がその光景を真面に見てしまい、動揺と同時に行動が遅れてしまう。

 

 楠里は黒田中尉の手を引きながら急降下をして、茂野少佐の下へと近づいた。

 

「司令部へ。特異個体が進化し輸送機が撃墜された。添乗員の茂野少佐は瀕死の重傷、その他の輸送機要員は戦死」

『何だと!?……特異個体の形状を報告せよ』

 

 黒田中尉は茂野少佐に近づくと、手当をしようとして……出来なかった。

 

 自身も軍属で、多少の応急処置の心得はある。あるが故に、この場で茂野少佐に出来る手当など何も無い事が分かってしまった。精々魔法力で止血する程度だが、それを出来る魔法力も技術も黒田中尉は備えていない。

 

 楠里は司令部へ報告を終えると、援軍のウィッチが到着するまでの間、特異個体から身を隠すよう指示を受けた。

 

 

「……」

 

 茂野少佐は瀕死で一言も発しないが、唯一残された右目だけは、楠里や黒田を見ていた。喋れず動けず、後数十秒もすれば事切れる状態の人間が、この場で唯一落ち着いているのだ。

 まるでこの程度慣れ親しんだ状態異常だとでも言わんばかりである。

 

 茂野少佐は力を振り絞り、自身のホルスターから拳銃を取り出して楠里に手渡した。

 

 そして掠れた声で呟いた。

 

そういえば、あのせかいで、はいった、にくたいは、おまえのだったな……生きろ、よ」

 

 茂野少佐は血塗れの手で楠里を撫でると、そのまま地面に腕を降ろし―――

 

 それ以降、茂野少佐が動く事は無かった。

 

 

 楠里とて部下を始めとしてそれなりの人間の死を看取って来たつもりだった。

 

 だが何回も自身の命を、面倒と言いながらも助けてくれた人物が死ぬ感覚には慣れていなかった。

 慣れたら慣れたで化け物なのだが、少なくとも楠里はそうではなかった。

 

 隣では黒田中尉が涙を流しながら手を合わせており、楠里はそれに倣った。

 

 未だ上空では特異個体が楠里らを探しているが、木々が上手く楠里達を隠していた。

 

 

 1分間の黙祷を終え、茂野少佐の認識票を取った楠里と黒田中尉は、その場を後にした。

 茂野少佐の遺体を埋葬してあげたいが、状況がそれを許さない。

 

 最期に手渡された拳銃を右手で握った楠里は、不謹慎ながらその拳銃の持ちやすさに驚いた。

 

 この時代の人間は知らないが、茂野少佐の使っていた拳銃は、遥か未来でリベリオン特殊部隊ウィッチらに向けて開発された銃だ。

 

 その名を『M45A1』という。その材質も製造過程も、設計思想すらも1945年では到底模倣不可能なその1911クローン(オーパーツ)は、不気味な程に楠里の手に馴染んだ。

 

 試しに持参した予備マガジンを挿し込むと、互換性があるのかすんなりと装填できた。

 

 楠里は持っていた本来の1911から弾を抜いて安全確認をしたあと、背嚢に入れた。

 ホルスターにもぴったりと入ったM45を見つつ、こんなのを持っていたあの人はやっぱり変な人だったと結論付けた。

 無論しっかりと敵は取るつもりである。

 

 

 

『援軍のウィッチが到着した。それと津家大尉、作戦終了後に軍法会議が待っている』

 

 黒田はそれに対して異議申し立てを行うが、楠里は楠里で思惑があった。

 

 実は出撃直前、護衛担当が楠里である事は実験に絡んだ人間は認知していなかった。茂野少佐が手を回して策を廻らせ、軍法会議直前まで楠里の事が明るみに出ないように仕向けていた。

 

 楠里を問い詰める側で実験に絡んだ人間は、ダミーの情報に直前まで踊らされる事になった。

 

「まあ終わってから決めましょう。援軍のウィッチは」

「私達よ」

 

 楠里が問うと、真上から声がした。

 

「これはこれは竹井大尉。隣の方は噂に名高い赤ズボン隊の」

「フェルナンディア・マルヴェッツィよ。よろしくね津家ちゃん」

「こちらこそ。残りの3名は」

 

 第11統合戦闘飛行隊「HMW」から来る筈であった人員の姿が見えず、楠里は所在を尋ねた。

 

『その3名に関しての通信記録がある。口で説明するよりコレを聞け』

 

 戦域管制は憤った声で通信履歴を流した。

 

 

『HMW部隊、輸送機の状況は依然劣勢。到着時刻は早められるか』

『こちらHMW即応部隊! 現在我が部隊はブリタニア軍司令部より撤退の命令が出ている! どちらの命令系統に従えばいいんだ!?』

 

 この飛行隊は、HMW―――Her Majesty`s Witch、即ち陛下の魔女である。故に統合戦闘飛行隊の名を冠しているが、命令権はブリタニア司令部が握っているのだ。

 

「3枚舌外交は流石ですね。分かりました、HMWは来なくて結構。来る筈の無い人員に時間は割けません」

 

 楠里は若干怒気を含んだ声で会話を打ち切った。

 

『こちらHMW、すまない。貴官たちの武運を祈る……』

 

 楠里はそれに返答せず通信を切り、頭の中で思い浮かべていた作戦を破棄した。

 

 

 

「銃弾を跳ね返してくるぅ!?」

 

 マルヴェッツィ中尉が驚愕するのは無理はない。だがその生き証人であり、その身を以て体験した人間が言うのだ。

 

「なるほど、だから右胸に銃創……」

「じゃあどうすんのよ。もういっそ殴るとかどうかしら」

 

 何の気無しに発言したその言葉は、楠里の脳内に一筋の光明を見出した。

 

「あぁ、それいいですね。やりましょうか」

「ああはいはいじゃあ殴るのね……は?」

 

 笑顔のまま固まったマルヴェッツィ中尉が困惑する中で、楠里は竹井大尉に問いを投げかけた。

 

「時に竹井大尉、剣術の御経験は?」

「え……美緒達と講導館で北郷少佐から手解きは受けたけど」

「では黒田中尉、剣術の御経験は?」

「あるけど、どちらかと言えばこの槍かな」

 

 黒田中尉は腰に差した扶桑刀を見ながら、背中に背負った槍を構えた。

 

「黒田中尉は刀を竹井大尉へ渡してください。私はこの銃剣で」

「ちょちょちょちょっと待って待って。待って……待てって言ってるでしょうが津家ちゃん」

 

 必死にマルヴェッツィ中尉が止めるも、何か火が付いた扶桑人達は準備を始めた。

 

「実戦剣術かぁ……」

 

 黒田中尉から受け取った刀を、音を立てず綺麗に抜き放った竹井大尉は正眼に構えた。扶桑の鍛冶職人が鍛え上げた名刀が、鈍く光った。

 

「いやー、まさかこうなるなんてねー」

 

 黒田中尉が扱うのは、扶桑の職人が拵えた名槍「扶桑号」。魔法力を縫って扱えば、ネウロイすらも貫ける。

 

「ではマルヴェッツィ中尉。周囲警戒を」

 

 何か発言する間もなく、3人は特異個体へと向かっていった。

 

 

 

 風圧を乗り越え、何とか接近した楠里は、試しに銃剣でネウロイに攻撃してみた。

 

 耳を劈くような不協和音の代償は、しっかりとネウロイの体に刻み込まれている。

 

「……どうやら銃火器以外は有効なようで」

「へぇっ……それはそれは!」

 

 黒田中尉が神速の連続突きを放つと、まるで砲弾が命中したかのような風穴がネウロイに空いた。

 

「あの2人、どうしてこうも……」

 

 竹井大尉は疲れた様な表情をしながらも、ひらりと身を翻した。

 

 そして上手くネウロイの縁に辿り着いた竹井大尉は、刀を突き刺してそのまま移動を始めた。

 

 縁の部分だけ切り取ってやろうという思惑に気付いたネウロイ、必死に抵抗するも、それに合わせて動きを変える竹井大尉には敵わなかった。

 

 とうとう刃の大部分を切断された特異個体は、全方位にビームを放ちながら、全力で撤退を開始した。

 

 楠里らも逃がすかと追うが、どうしても速度差と風圧で距離が離されてしまう。

 

「この……次は殺す」

 

 銃剣を握った手から血が出る程悔しがる楠里は、逃げるネウロイに低く呟いた。

 

 

 機密物資輸送作戦。

 

 結果は惨敗に終わり、物資は爆発で消し飛び、乗っていた人員も全員戦死した。茂野少佐はこれにより二階級特進、大佐の階級が与えられた。

 

 だが問題はここからだ。

 

 任務の失敗は部隊長の責任、即ち楠里はそれを軍法会議で問われるべく、連合軍総司令部へと招聘された。

 

 拘束され、扉の前に立った楠里は、ウィッチの聴力を活かして部屋の中の声を聴いてみた。

 だが案の定、不当な実験やらの揉み消し、事態の責任を楠里に擦り付ける話し合いがされていたのだ。

 

「被告、入室せよ」

 

 そして準備が整ったのか、入室を促された楠里は、監視の兵に目配せをした。

 それを受けた兵士は、楠里の拘束を躊躇なく外した。

 

 

 それと同時に、扉を蹴破った楠里は部屋の中に侵入した。

 

「な―――貴様ぁ!」

 

 激昂した将校の1人が楠里を射殺しようと銃を発砲するが、その全弾がシールドによって弾かれた。

 

「誰かコイツを撃ち殺せ!」

 

 また別の将校が指示を出すが、どういう訳か、警備の兵士は1人も銃を構えない。

 

「何をしているのだ!? コイツは軍法会議に掛けられる犯罪人だ―――びべっ」

 

 楠里はその喚く将校の顔面を片手で掴み、軽々と持ち上げた。

 

 男性軍人を軽々と持ち上げた楠里は、一番上の座席で唖然としている軍事裁判官に投げつけた。

 大きな衝撃音と共に正気に戻った将校、この場で一番階級が高い人物が銃を構えながら楠里を睨みつけ―――その瞬間、見た事を後悔した。

 

「き、貴様……馬鹿な、こ、コイツだけには内容を漏らすなと、な、何故だ」

「何故?……私が護衛担当だったからですが」

「誰がそのような人員配置を行っ、いやだが、そ、そうだ結局貴様が」

 

 楠里は何の躊躇も無く将校の足を撃ち抜いた。

 

 大の男が痛みで泣き叫ぶ中でも、警備の兵士は誰1人駆け寄ろうともしない。

 地面で泣き叫ぶ男を椅子に座らせた楠里は発言をした。

 

「素直に口を割るまで死ねると思うな」

 

 楠里はまたもや躊躇なく45口径弾を膝に撃ち込んだ。着弾した瞬間、ホローポイント弾が体内で飛鳥文化アタックを炸裂させ、筋線維やら血管やら骨をぐちゃぐちゃに掻き混ぜた。

 

「痛いですか。治療して差し上げますよ」

 

 楠里は全く以て得意ではない、素人の付け焼き刃による治療魔法を掛けた。無論正規の救護講習など受けてない上、適正は無く才能も無い。故に傷が塞がれば何でもいいという藪医者もびっくりな手段である。

 

 危ない治療魔法による激痛を耐え忍んだ将校は、息を何とか整えるが、その次の瞬間にまたもや膝に撃ち込まれた。

 

「先程はああ言いましたが、気絶もさせませんし殺しもしません。命は1人1つなのです、大切に行きましょう……おや随分酷い怪我ですね。誰にやられたんですか? 治療して差し上げます」

 

 貴様だ貴様と心の中で罵った将校だが、またもや不正規な治療魔法による激痛で悲鳴を上げた。

 

「そういえばあの薬品、まだサンプルがあるんでしたっけ。貴方の妻子に打ち込めば良い結果が得られるのではないでしょうか」

 

 将校が青い顔をしながら立ち上がろうとするが、楠里が魔法力を縫った膝蹴りで足の骨を砕いた。

 

 

 そうした素人の拷問が30分を超えた辺りで、司令部付の憲兵隊が部屋に入って来た。

 

 人間の尊厳を失う状態の将校が助けを求めると、銃を抜いた憲兵隊が楠里と将校に近づいた。

 将校は助かったと思ったが、その考えは打ち砕かれた。

 

 憲兵隊が将校に手錠を掛けると、大声で部下に指示を出した。

 

「この部屋にいる実験関係者を拘束する。貴様ら、二度と日の目を見れると思うなよ」

 

 部屋に居た将校達が最後に目にしたのは、将校の妻子やらが記載された書類に目を通す楠里の姿であった。

 

 

 

「はあ、もう……もう!」

 

 ミーナは連合軍司令部で楠里にお説教をしていた。

 始めてからかれこれ2時間は経っている。

 

 言いたい事も全部言い終えたミーナは溜息1つ、窓の外を眺めた。

 

「落ち着かれましたか」

「ねぇ、時々思うんだけど楠里さんって私に喧嘩売ってるのかしら」

「まさか」

 

 楠里は叱られている筈なのに、コーヒーを飲んだ。

 

「で、顛末は?」

「実験に関わった人員は軒並み消されました。その関係者も近々消えて頂く予定です。妻子らに関しては……まあ、それなりの扱いは受けるかと」

 

 この場合のそれなりとは、別に迫害でも差別でもなく、戦死した軍人の手当などが支給されつつも、要監視対象になるという話だ。

 

「あの機密を知る者、もしくは広めたり利用しようとした者は、その例外なく処罰の対象、か」

「ブリタニアやガリア王党派から謝罪が届いてましたよ」

「上辺だけなのが透けて見えるわね」

「まあこの件はこれで一段落です……で、我々はまだ帰還しないのですか」

 

 ミーナはまた頭を抱えつつ理由を説明した。

 

「広報も兼ねて、次の作戦に追加人員が組み込まれます。一時的に501所属になる為、待っているのだけれど」

「その様子ですと、我の強い方なんですね」

「……あの子も貴方には言われたくないんじゃないかしら」

 

 話し込んでいると、建物の中から1人のウィッチが出てきた。

 

 

「待たせたなミーナ! ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ、堂々と到着だ!」

「……30分の遅刻です」

 

 楠里は低い身長を背伸びで補い、ミーナの肩をポンと叩いた。

 




本編のあれやこれや

腹違いの姉云々は再構成前の設定です。本編には出ませんが、いずれ没ネタ集で出てきます。
因みに名前は13年前から決まっていて汚職中将の本妻の旧姓を名乗っています。

名前は『家葛 形』です。


私は基本的に、自分で作ったオリキャラを殺す事に躊躇を覚えないタイプでして、茂野少佐の死も当初は1行程度で終わらせるつもりでした。
ですが端折り過ぎるとそれはそれで収集付かないので描写しました。
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