シャブ漬け少女のストライクウィッチーズ   作:文月フツカ

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天災の魔女

1

 

 楠里のユニットの状態と、給与中抜き事件の翌日。

 戦闘隊長の坂本は、楠里を戦闘メンバーから一時的に外す事を決めた。だからと言って自由にしていても良いなどという事は無く、事情を知ったミーナの事務仕事を手伝うようにと伝えた。

 訓練も並行して行いはするが、日に3時間以上の飛行を禁止とし、ユニットも故障が無い訓練機のみという条件付きだ。

 また、余程の緊急時を除き、固有魔法の使用も改めて制限を課した。

 

「それは命令でしょうか」

「命令だ。私と、501隊長のミーナ中佐から正式に書面で交付する辞令だ。補給が届くまでこの命令の撤回は無い」

 

 坂本は楠里の頭を撫でて、ゆっくり休めと優しく微笑むと、背を向けて去って行った。

 もし、楠里から背を向けた坂本の表情を誰かが見ていれば失神していたかも知れない。それほどに坂本の表情は憤怒に染まりきっていたのだ。

 今は情報戦に長けたミーナが動いてくれているのでこの程度の怒りで抑えられているが、時がくればそれが大爆発を起こすのは明白であった。

 ここで上層部に乗り込もうものならミーナの計画が全て水の泡になる、と理解している坂本が、我慢しているだけなのだ。

 

 

 

 ミーナと坂本がその怒りを抑えて動く中、それ以外の人員の時間も動き続けていた。

 基地のラウンジにて、ミーナより海中訓練の実施が芳佳たちに伝えられた。

 

「海水浴だー!」

 

 芳佳が海だと燥いで注意を受ける中、他人の心や胃を破壊する天災にして天才である楠里は、本当に珍しく嫌そうな視線を空中に漂わせていた。

 というのも、楠里の体はあちこちがネウロイのビームが当たったり掠ったりしていて、基本的には傷だらけなのだ。

 脇腹に風穴が開いてしまった時など、陸戦隊の必死の処置で命は繋げたが、傷を塞ぎきれず出血が止まらなかった。最終的に本人の魔力で無理矢理傷口を焼いて塞ぐ焼灼止血法を行って一命は取り留めたが、消えること無い大きな傷痕が残った。

 

 この焼灼止血法を行った時だけは、流石の楠里もその痛みで絶叫してのたうち回った。

 脳内麻薬術式を何度も何度も乱用して作業を終えた時、糸が切れた人形のように倒れ込み気絶した。

 

 手術用の器具も無く麻酔も無い。非正規の無茶苦茶な処置を幾度も体に施して尚、肉体と精神の崩壊に至らなかったのは、楠里の部下に対する気持ちがあったからだ。

 付き従ってくれている陸戦隊だけは生かして本土に帰してやりたい。ここでこんな風に私が死ねば、また彼らに余計な重荷が増えるかもしれない。

 ここで楠里が幸運だったのは、自分が生きているから彼ら陸戦隊がここに縛り付けられているという結論に至らなかった事だ。

 運悪くそれが頭に過ったら、彼女は躊躇いなく自身を誅していたであろう。

 

 だが陸戦隊も陸戦隊で非常に病む者が多かったのも事実だ。

 最果ての地に中将の横暴で飛ばされ、やって来た地では年下の少女が自分を壊しながら理不尽な環境で戦っているのだ。

 頭が可笑しい少女が狂った理由で頭の可笑しい治療を自分で施しのたうち回る中、陸戦隊に出来る事といえば、必死に少女の手足を抑えて泣きながら檄を飛ばす事だけだ。

 

 この体を見られたら余計に拗れるのでは。

 そうやって他人に心配を掛ける事が本意ではない楠里。

 扶桑海軍が指定しているズボン、西暦世界でいうスク水は、幸い体の大部分を覆うためそこまで気にするほどではないが、それでも心配なものは心配だ。

 

 訓練かと落ち込む芳佳に対して、坂本は訓練が嫌かと聞き返す。ミーナが芳佳に優しく遊べる時間もあるかもと示唆する中で、あーっと誰にも聞こえないように唸る楠里であった。

 

 

 

 芳佳、リーネ、楠里の三人はユニットを履いて岩場に居た。

 楠里は訓練用のユニットだ。

 

「な、なんでこんなの履くんですか!」

「何度も言わすな! 万が一海上に落ちた時の為だ」

 

 ミーナが他の人たちもやったと言い、坂本が飛び込むように急かしたので、芳佳とリーネは勢いよく飛び込んだ。

 

「ここら辺りの波は穏やかですね。単冠湾で着水した時は本当に危なかったです」

 

 唯一のユニットを失う訳に行かないので、溺れるのを覚悟で必死に回収して泳ぎましたよと、またも楠里は爆弾発言を残して飛び込んでいった。

 

 何やら胃からこみ上げてくるのを抑えながら、ミーナと坂本は海面を眺めた。

 10秒ほどで危なげなく浮いてきたのは、やはり実戦経験だけは豊富な楠里であった。

 そのまま何事も無かったように泳ぐ姿を見て、安堵の表情を浮かべたミーナ。

 坂本はそんな楠里を確認して心の中で合格判定を下すと、険しい表情のまま芳佳とリーネを待った。

 

 そろそろ危ないかと二人で危惧し始めた時、何とか芳佳とリーネは浮いて犬かきを始めた。

 

「いつまで犬搔きやっとるかー。ほら、ペリーヌを見習わんか」

 

 実際、着水して救助が来るまでは、物に掴まるなり泳ぐなりして耐えるしかない。

 訓練未修で溺れて死にましたなど笑い話にもならない。

 

 二人は必死で訓練を行って、何とか陸に上がった。最早ユニットを持つだけで精一杯な芳佳とリーネは、浜辺に着くなり倒れ込んだ。

 

 後から上がってきた楠里は、訓練ユニットを平然と持ち歩き、運んできたトラックへと戻した。

そして何やら坂本とミーナが楠里を呼び出したので、用件を伺いに行くのであった。

 

「津家さん、欧州の海はどう?」

「入っても痛くありませんでした」

 

 坂本とミーナは頭に疑問符を浮かべた。まさか向こうでは傷口が海水で染みて激痛だったのかと二人は思った。

 まぁそれも事実ではあるのだが、最果ての海はとにかく冷たい。そして冷たいを通り越してもはや触れるだけで痛いのだ。

 ユニットを回収して自力で泳いで陸に上がっても、時期と運が悪ければ素足で雪の中を歩くことになる。

 

 小さな体で寒い冬の夜。

 雪が降り積もる中、ユニットを持ちつつ寒中水泳からの素足で雪中行軍。

 それを成し遂げた楠里の背嚢には、次の出撃から普段履いている靴が入っていた。

 その靴も穴が開いていたりとボロボロなのだが、無いよりはマシであった。

 

 本日二度目の過去話を、何の感情も無く言い切った本人は、しゃがんで頭を抱える坂本とミーナの二人を見下ろしつつ、やっぱり話さなければ良かったと思った。

 そして更にこんな事も言ってしまうのだ。

 

「私程度の過去で悩ませて申し訳ございません」

「かっはッ」

 

 我慢できずミーナが胃液を吐き出し、坂本も吐き気を堪えつつミーナの背中を擦る。

 そしてまたもタイミング悪く、楠里は血塊をぶちまけた。

 

 ちょっとした騒動が起こりはしたが、3人で内々に処理しきった後、坂本は疲れたように楠里を一旦その場から追いやった。

 

「もう、休憩していていいぞ……私達も少し休憩する」

 

 

 そんな海中教練があった日の数日後。

 司令部からの呼び出しがあり、予算削減を言い渡された。

 帰りの輸送機の中で、司令部への文句を言っていた坂本は、ミーナと会話を繰り広げていた。

 

 途中、エスコートに来てくれた夜間哨戒ウィッチ、サーニャが戦闘を開始した。だがエースであるサーニャの攻撃に何も反応する事無く、反応が遠ざかって行った。

 追撃不要の命をミーナが出し、機内では夜間哨戒の講義が繰り広げられていた。

 

 余談だが、芳佳が楠里の過去を知ってしまった事は、既にミーナと坂本は知っている。最初は大目玉を食らった芳佳であったが、肝心の楠里本人の仲介で、1週間掃除係の罰となった。

 軽いかもしれないが、慌てていたため周囲の確認を怠ったミーナらにも責任の一端はあるのではと、楠里の発言が効いたのだ。

 

 最近自分の発言が地雷になっていると感じた楠里は、余計な事は言うまいと黙って講義を聞いていた。

 ただ心の中で、もう一人最果ての地にウィッチが居たら、何か歴史が変わったのだろうかと思いつつ、空を飛ぶサーニャの姿を目で追った。

 

「……人間五十年かぁ」

 

 もし極楽浄土だとか天国だとか存在しているのなら、私の人生なんて秒にも満たない程に一瞬で消し飛ぶ代物なのか。

 珍しく詩的になった楠里だが、体感しているこの現実はどこまでも暗く冷たく長かった。

 

 

 

 件の夜戦があり、501のウィッチがラウンジで話し合って、暫くの間は芳佳、サーニャ、エイラの三名が夜間戦闘班として任務に当たる事になった。

 

「夜戦でしたら私もそれなりに経験があります」

 

 朝昼夜と時間関係ないスケジュールで動いていた楠里は、当然夜間飛行も出来る。

 

 坂本は悩んだ。

 本人は戦闘経験をそれなりと言っているが、飛行・戦闘時間は501の中で断トツにトップだ。

 技術は坂本やハルトマンといったメンバーには及ばないが、熟達である事には変わりない。

間違いなくエースであり即戦力であるのだ。制約がある中で先日のバルクホルンの動きに付いて行けるウィッチはそうはいない。

 充実した補給と、万全な状態であればどこまで強いのか。

 気になる坂本であったがおいそれと戦闘禁止令を取り消す気は無い。

 なので一部折衷案を提示した。

 

「では三名が夜間哨戒飛行に出ている間、格納庫で待機せよ。予備戦力としてお前を配置する」

 

 ついでに、ユニットは坂本のを使うように念を押した。

 

「お待ちください坂本少佐! どうして津家さんが少佐のユニットを使いますの!?」

「私もお聞きしたいです」

「お前の一一型は良く持ったが、もう限界だ。それにお前は他人の物を壊したりしないだろう?」

「まぁ待機でしたら使う事も無いですし。未使用のままお返ししますよ」

 

 

 次の日。

 朝食でブルーベリーを食べた後、坂本から睡眠の指示が下った。

 楠里は皆の目に入らない所で睡眠薬を飲んだ後、芳佳らが居る部屋へと向かった。

 眠くなるまでの間、4人は雑談に花を咲かせた。

 

「暇だったらタロットでもやろ」

 

 エイラの言葉が気になった芳佳は、会いたい人に会えるという結果が出た。

 その結果に何とも言えない表情をする。

 

「……楠里ちゃんも占ってもらう?」

 

 そう言ってから芳佳は少し後悔した。エイラの占いは殆ど当たるらしい。

それはエイラの固有魔法である未来予知があるからだ。

 

「遠慮すんなよ。どれどれ……ッ」

「ど、どうでしたか?」

 

 恐る恐る芳佳が質問をすると、エイラは一旦タロットを集めて再度シャッフルした。

 そして再度占い、タロットを引いては苦い顔をしてやり直した。

 

「その表情からして、何が出てるのか分かりますね」

 

 完全に寝転ぶと起きれないから。そんな理由で壁にもたれ掛かり、座って寝ようとする楠里をエイラは横目で見つつ、またもやり直した。

 だが結果は変わらなかった。何度引いてもその結果が覆らなかったのだ。

 

「……占いってのは絶対じゃない。私だって外れる事は、ある」

「そうですね、絶対はありません……あるのは積み重なった過程の上に生じる結果です」

 

 エイラはそれを聞くと、悔しそうに楠里の未来を占って出た結果のタロットを、楠里に投げ渡した。

 

「……寝るッ」

 

 楠里は器用にそのタロットを人差し指と中指で受け止めると、結果を目に入れた。

そして珍しく鼻で笑うと、分かりきっていた結果をエイラへと投げ返した。

 そうして特に言う事が無くなると、楠里も目を瞑るのであった。

 

 投げ返って来た結果を、芳佳は手に取って見た。

 そこに映っていたのは、黒いフードを被り、大きな鎌を掲げている骸骨であった。

 サーニャも芳佳と共に結果を見て、眉を顰めた。

たとえ占いでもこの結果が出ればそれなりに動揺はするものだが、楠里は信じていないのか狼狽えなかった。

 

「ねぇエイラ。これ、逆位置の事よね……?」

 

 だが本人は顔を埋めたまま上げず、右手をベッドに叩き付けただけだった。

 それが指す意味とはただ一つ。

 

 死神の正位置に他ならなかった。

 

 その日の夜は、仲良く三人で手を繋いで出撃したのを滑走路で見送って終わったのだった。

 

 

 結局、人騒がせなネウロイ騒動で、楠里が戦闘を行う事は無かった。

異常発生の後にスクランブルが掛かったのだが、レーダーが何も映さなかった為、救援に間に合わなかったのだ。

 だが楠里はその時をこう語る。

―――恐らく、私ではエイラさん達の連携に付いて行けなかったでしょう、と。

 

 

1,fin.

 

 

 

2

 

 楠里にとって、料理とは非常に神経を使う行為だ。

 味覚という高尚な感覚は最果ての地にて失われて久しく、501に着任してから頭を抱えた数少ない事例だ。

 なにせこの501は料理当番制を採用しており、各々が持ち回りで作っているのだ。

 流石にミーナや坂本といった佐官クラスは担当しないが、軍曹の楠里はやらなければならない。

 

 普通なら料理本に記載されている手順で作れば失敗はしないのだが、楠里の場合はそうはいかない。

 まず塩と砂糖の見分けが付かない。同じ白色であるし細かさもほぼ同じである。入っている容器に塩と砂糖の表記をするなり、何か目印を付ける方法もあるのだが、楠里が当番の時は切れてる事が多い。

 楠里の一つ前の当番がエーリカ・ハルトマンだと言うのが大きな理由だ。何せ彼女は大量の芋を蒸かして大皿に盛って、大量の塩をテーブルに置いて料理と言い張るのだ。

 普通の料理も出来るのだが、如何せんこのような事が多発しており、容器に入っていない。

 では砂糖は使われていないので見分けが付くかと思いきや、501は午後のお茶会もそれなりの頻度で実施しており、それには砂糖もかなり使われている。

 必然的に、使う人がその時々で補充するのが暗黙の了解という事になっているのだ。

 

「……」

 

 何度も言うが、楠里に取って料理はもはや料理ではなく、錬金術をしている感覚である。

 自分自身は酸いも甘いも感じないので何でも良いが、他のメンバーは違うのだ。

 なので塩か砂糖か分からない白い物体をスプーンの上に少量載せ、短時間火に掛けるのだ。

燃えたら砂糖で、燃えないなら塩。これを毎回やる訳だが、他人から見ると毎回毎回何やっているんだというのが率直な感想である。

 

 なので楠里が当番の日は、誰も居ないタイミングを見計らってさっさと各種調味料の確認を行う必要があるのだ。

 であるから、善意で手伝おうと調理場へ足を運んでくれた芳佳の存在は、楠里はとてもありがたいと感じると同時に、また要らぬ心配を掛けるのではないかとの危惧もあった。

 

「手伝うよ楠里ちゃん。今日は何作るの?」

「私は簡単なモノしか作れないので、一人で大丈夫ですよ?」

 

 そう言うと芳佳はうーんと悩んで、困ったように楠里に視線を向けた。

 

「でも楠里ちゃんは……味覚無いよね?」

「……おや、何の事でしょう」

 

 芳佳が楠里の味覚障害に気づいたのは、偶然でも何でもない。

 そもそもこの宮藤芳佳の実家は診療所であり、一般人と比べて医学書に目を通す機会は幾らでもあった。

 その中には、各種五感に異常がある人の行動が記載されている本もあり、ついでに楠里の経歴も知ってしまったのだ。

 中毒性は無いが、障害が残らない訳ではなく、現に味覚も失われているのだ。誰にも言っていないが、楠里の見立てではあと1年も経たずに嗅覚か触覚のどちらかも潰れると予想している。

 

「といった感じの理由で予想出来るよ。楠里ちゃんが調味料を確認しているのは、初めて料理当番だった時に偶然見てたからね」

「何とも、まさしく芳佳さんはお医者様の卵ですね」

 

 結局その日はコーンポタージュとパンとサラダになった。

 以降も芳佳が楠里を手伝うと言って来たのだが、訓練やネウロイの襲撃が運悪く重なり、後にも先にも芳佳が楠里の料理を手伝えたのは、この1回だけであった。

 

 

 

 津家楠里が着る陸戦隊野戦服には、左右二つずつ、計4つのポケットが着いている。

 内ポケットも左右にあり、収納性は抜群である。

 そんなポケットの一つには、あまり大っぴらに出来ないモノが入っている。

 これは横須賀で坂本と再訓練という名の技術確認が行われている中、軍医が本当に渋々処方したものだ。

 

 楠里は固有魔法を乱用した影響により、感情喪失、味覚欠如といった副作用が発生している。

 それに加えて長時間の過度な激務を遂行するために、陸戦隊が私物として持ち込んでいたメタンフェタミン系向精神薬を分けて貰っていた。極力戦闘時の魔法力を温存しておく為に服用していたのが理由だ。

 これは楠里の固有魔法とは違い、しっかりと中毒性も存在する。故に、睡眠障害の副作用も発症するのは自明の理であり、楠里もこれは諦めていた。

 坂本には言っていないが、医療に精通した軍医は簡単にそういった症状を見破ってくる。

 だが根本的な解決方法は、中毒症状と副作用が収まるまで放置するしかないのだ。

 

 軍の仕事は激務だ。訓練も戦闘も事後処理も、全力でやらねば自分の首を絞める。そして休憩や睡眠もしっかりこなさなければ付いて行けない。

 ましてや薬の副作用で寝れなかったので、戦闘に出る体力がありませんなど、全く以て話にならない。

 楠里の発症している薬の症状を別の薬で誤魔化すという悪循環に、当時の軍医はキレた。

 

 散々楠里にその危険性を怒鳴って説明したが、そんな事を楠里が理解していない筈が無い。

 自身が如何に危険な状態かをしっかり自覚し、残りの寿命が短いと理解して、今後どのような症状が出るか分からないが、行き着く結末に大差はないと楠里は軍医に言い切った。

 最終的に軍医は叩き付ける様に睡眠薬を処方した後、楠里の診断書にこう書き殴ったのだ。

 

 感情喪失と共に自己の生命に対する危機意識も希薄化が顕著であり軍務遂行は不可能である、と。

 

 怒りに任せて書き殴ったこの診断書は、軍令部や司令部に回らなかった。

 代わりに、よく似た筆跡で、多少精神面に異常はあれど、軍務に支障無しと記載された診断書が回される事になった。

 

 

 

 ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケは、カールスラント空軍中佐で、JG3と501の司令を務めるエースだ。

 撃墜数160を超えるエースであり、政治的手腕にも優れた優秀な人である。

 501の結成や運用に際しても、その能力や人脈はしっかりと活用されている。そう、故にこの各国のエースが集う部隊で、そのエースの祖国の裏をある程度を探るのも容易いのだ。

 

 基地内の誰も居ない廊下で、情報を齎してくれる友人に、扶桑で怪しそうな人は誰か居ないかと呟けば、誰も居ない筈の廊下の物陰から咳払いが一つ聞こえた。

 それを聞いたミーナは、あぁ忙しいといった表情で手元の書類に目を落とすと、悠然と去って行った。

 

 戦闘も政治も情報が命である。闇雲に楠里の事を司令部へ報告しても、煙に巻かれるのだ。

 故に証拠を集め、根回しをして駆け引きをする。こちらはそちらの急所を知っており、いつでも突く事が出来るのだと暗に仄めかせて実を得る。

 

 楠里の身の上話を坂本から聞き、ある程度覚悟していたミーナであったが、親切な友人が知らせてくれた報告は、ミーナの心を再度圧し折りに掛かっていた。

 

 

 楠里の父親であり、既に銃殺刑が執行された中将の愉快な仲間には、軍医少将にまで上り詰めた人物もいる。

 中将とは比較的仲が良かった軍医少将は、ヘマをやらかした中将の最期を見届けた後、被害者であった楠里に目を向けた。

 担当していた横須賀の軍医、この場合軍医少佐の診断書が自分の所に回ってきた時、彼は一つの興味がわいた。

―――さて、このような状態に陥った魔女は、どの程度戦闘を行えるか。

 

 人間を薬物で兵器化してネウロイとの戦闘に投じる計画は、残念な事に存在した。

 この軍医少将は、偶然にもその計画の統括責任者であり、楠里の診断書が回ってくるのは必然であった。

 これほど貴重な実験体も居ないため、最終的に楠里は直ぐに確保される手筈であった。

 だがこの少将より階級の高い存在が楠里を501へと送る書類に許可印を押したため、少将は煮え湯を飲まされる事になった。

 せめて経過観察を得る為、自らの伝手を全力で使い補給や給与を差し止めた。

 そうして楠里が自己の固有魔法や、別途の薬を使うしか無い状況にする事で、今後の実験に役立てようといった考えであった。

 

 たった一人の魔女の献身的な実験で、その他大勢の国民や兵士が救われる確率があがる。

であるならばソレの犠牲は全くの無駄ではなく、称賛されるべき事だ。

 小を犠牲に大を生かすという考えを地で行く軍医少将は、楠里に対する憐憫や贖罪などは一切感じない。

 あぁ寧ろ今すぐにでも勲章を受け取ってその名誉を享受すべきだ!

 

 医学の発展には犠牲は付き物であり、その犠牲になった者はたとえ犯罪者でも称賛されて然るべき。

 本当に恐ろしいのは、この軍医少将自身も、自らが有用な実験体であったら躊躇なく喜んで被験者側に回るという事だ。

 

 この実験は、別段諸外国に内密にされている訳ではない。各国も似たような事は行っているし、首脳部も認知している実験でもある。

 だが公にするには時期尚早であるため、一応は機密扱いという訳である。

 

 そんな報告を親切な友人から受け取ったミーナは思考が纏まらなかった。

 これは一体何だというのだ。

 

 命の灯火が今にも儚く消えそうだと錯覚する程のか細い少女。

 津家楠里という存在は少し前まで、悪意という名の暴力で痛めつけられ、今にも死にそうであった。

 その悪意が無くなったと思ったら、今度は狂気という名の暴力が彼女の体に降りかかっている。

 

 彼女が一体何をしたのか。

 正解は簡単だ。既に銃殺刑で死んだ中将が、死の間際に言い放っている。

 ―――あんなゴミ、この世に生まれるべきではなかった、と。

 

 津家楠里が生まれたから中将のキャリアに陰が差し始めて、最終的に処刑となった。

 

 津家楠里が中将からの悪意に耐えれてしまったから、軍医少将の狂気に目を付けられた。

 

 最後の一枚の報告書に目を通し終えた時、ミーナは己の見落としがあった事に気づいた。

 

「……まさか」

 

 ミーナは上層部から回ってきた津家楠里用の護身用拳銃にも、今更ながら気が付いた。

 楠里が希望してmars automaticを選んだと思っていたミーナだったが、それすらも上層部の根回しだったのだ。

 

 本来、楠里に支給されるのは装弾数7+1発 45口径弾使用のリベリオン製拳銃である1911の予定であった。

 だがこの書類の欄には、支給兵装 1911の欄が斜線で消され、mars automaticへと変わっていた。

 

 ユニットにしても、零式艦上戦闘脚二一型の欄に斜線が引かれ、現状維持の文字で上書きされていた。

 

 この軍医少将の他にも、この実験を認知する将校も多数存在している。

実験即中止派が3割、賛成派が5割、未認知が2割の対比であった。つまり扶桑の上層部の半分は、楠里に対する扱いを黙認している形となっている。唯一の救いと言っていいのは、軍令部総長が中止派であり、501への異動を差し向けたという事だ。

 

 これが公になれば、扶桑海軍は文字通り崩壊する。海軍大国で海軍が崩壊するなど致命的だが、下手すれば陸軍も煽りを食らう事になる。

 そんな事になれば連合軍は瓦解し、ネウロイ殲滅など夢物語となってしまう。

 

 こうなった以上、解決手段など一つしかない。それは、楠里が軍を辞めて亡命する事である。

 二度に渡る将官の不祥事は、いかに軍の諜報部といえカバー出来る物ではない。

 

「失礼致します」

 

 ミーナは慌てて書類を引き出しにしまうと、頭を痛めている元凶である楠里に入室許可を与えた。

 

「どうしたの。今日は非番の筈でしょう?」

「ここ数日、ミーナ中佐のご容体が優れておられなかったので」

 

 誰のせいだろうか。答えは単純で楠里のせいである。

 

「何でもないのよ……ねぇ津家さん」

 

 無駄に経験がある楠里の頭脳は、ミーナが今何を言いたいのか、何をしようとしているのかが分かってしまった。

 

「中佐。中佐のお立場が悪くなるような事はおやめください」

「何の事かしら。私は私の職務を遂行しているだけよ?」

 

 楠里は自分のせいで他人に悪影響が及ぶのを極度に嫌う。自分の経歴や現状を知ってミーナや坂本が憤るのは、一般的な人間だから当たり前だ。

 だからと言って残り少ない自分の命の為に、危険な事をしてほしくないのだ。

 

「お願いです中…ミーナさん。私は貴方や坂本さん達が傷つくのを見たくない」

 

 それは無意識の行動か。

 ミーナは楠里の体を優しく抱き寄せ、大丈夫とあやした。補給も連合軍の上層部を通じて話を通すから危険な事は無いと言った。

 

「ねぇ楠里さん。この戦争が終わったら、私と家族にならないかしら」

 

 楠里はミーナと顔を合わせる。暫く見つめ合ってから、楠里は視線を逸らした。

 

「戦争が終わってもし生きていたら、今のお話をお受けします」

 

 生きていたらの話ですがね。

 心の中でもう一度念押しをして、楠里は司令室を出て行った。

 

「……美緒、居るんでしょ」

 

 気配を完全に殺し、窓の外で盗み聞きしていた坂本が入って来た。

 

「儘成らんな。一人の犠牲を何とも思っていない奴らなど、今すぐ斬り捨ててやりたい所だ」

「美緒、補給は連合軍上層部を通すわ。あそこも大概だけど、扶桑の上級司令部よりマシよ」

「楠里に対する扶桑軍司令部の言動は今後一切信用成らんな……私も伝手の憲兵隊で少将らに圧力を掛けておくとしよう」

「分かったわ。でも気を付けてね……こんな狂信的な人間は、何をするか分からないわ」

 

 気を付けようと言って坂本も退出した。

 

 

 

 後に、扶桑海軍少佐・坂本美緒は、津家楠里についてこう語る。

 

―――もしその名を侮辱する者が居れば教えると良い。世界中のエース達が相手になろう。

 

 

2,fin.




なーんかシャブ漬け要素足りない……足りなくない?

Q 文中の焼灼止血法で腹の風穴が治るんですか!?
A 無理矢理治った事にしたんです。

4つのポケットのうち、睡眠薬と特殊強心剤で一つずつ。
残りの二つはいつか出てきます。
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