シャブ漬け少女のストライクウィッチーズ   作:文月フツカ

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案の定3万文字超えそうだったので分割

とりあえず出せる所まで


仮設 夢想の世界線
休息の魔女


「楠里さん、ソレとコレお願いね」

 

 欧州にてヴェネツィア・ロマーニャを覆っていた巣を破壊してから数週間後。

 

 解散した501のメンバーの芳佳と楠里は扶桑皇国へと戻って来ていた。

 場所は鎌倉郊外の山中にある宮藤診療所。

 

 楠里はやっかみと褒美も兼ねて結構な長期休暇を与えられており、またもや宮藤診療所で居候をしていた。

 

 動きやすい紺色の作務衣の上に半纏を羽織って診療所の手伝いをしている。

 芳佳の母である清佳の指示で手に持つのは、現代でも医師免許や薬剤師などしか扱いが許されていない薬品類であった。

 

 やれ関節が痛いだの咳が酷いだの、挙句には老人の談話室と成り果てた待合室を捌き終え、気が付けば業務を終える時刻となっていた。

 

 芳佳の母である清佳と祖母である芳子は、楠里の事情を大まかに伝えられていた。

 聞いたうえでこの地雷を引き取る決意をしてくれた宮藤家に、楠里は頭が上がらない。

 

 常軌を逸した魔法力の精密操作と有り得ない体の状態に当初は驚かれたものである。

 

 だがここで楠里自身も宮藤家の異常さを改めて肌で痛感した。

 魔法力が適齢期を過ぎても衰えていないのもそうだが、清佳や芳子は楠里以上に魔法力の精密操作をやってのけた。汗一つ掻く事なく涼しい顔でだ。

 

「相変わらず芳佳さんの家系って相当ですよね」

「私は普通だよ!? お母さんやお婆ちゃんが凄いのは事実だけど」

「貴方も大概ですよ」

「楠里ちゃんだけには言われたくない!」

 

 天然でボケる楠里とツッコミ役の芳佳は、後片付けをしながら喋っていた。

 

「おーい宮藤と津家。邪魔するぞ」

 

 そこへやって来たのは、楠里を最果てから救い、芳佳と楠里を501へ誘った坂本であった。

 

 本名を坂本美緒、扶桑皇国海軍少佐を務める。

 39年扶桑海軍事変を始めとし、数多の戦場で活躍した扶桑を代表するエースである。

 

 だが以前の作戦でとうとう魔法力が無くなり、後進育成や後方支援の為に第一線から退いた。

 

「あ、坂本さん」

 

 芳佳の脳内に無職という厳しい言葉が浮かんだ。

 

 坂本は教官職として海軍兵学校に勤め、楠里はある意味で有給を使った長期休暇である。

 対して自分は魔法力を使い果たして事実上退役。医学校への入学という目標があるが、ほぼほぼ無職の様な物だ。

 

「また今日も泊まっていいか」

「勿論です! でも良く来られますがお仕事とか大丈夫なんですか?」

「501や司令部からも細かに様子を見るよう言われていてな。宮藤の魔法力の現状や、一番何かをやらかしそうな津家の監視など」

 

 楠里は失敬なと思いながらも診療所の掃除をしている。

 

「世界中から皆に慕われている坂本さんを独り占めって、嫉妬されそうですよね」

「ん~……」

 

0800

『少佐、お電話です』

 

1000

『少佐、お電話です』

 

1010

『少佐、お電話です』

 

1145

『少佐お電話です』

 

1210

『お電話です』

 

 

0230

『……おでんわです』

『1日に何度もすまん交換手……いや本当にすまん』

『あぁいえ、ぐんむですので』

 

「……それはないな」

 

 万感の想いを込めて坂本は断言した。

 

「鈍感ですよね坂本さんは」

 

 個人の電話など無い時代、電話交換手という存在を介さなければ通話も出来ない。

 そして軍所属の電話交換手など、民間のソレとは比べ物にならない程に激務である。

 

 この電話交換手も坂本を慕っているのに、仕事だから坂本へ向けられたラヴコールを繋げなければならないのだ。しかも1日に何度も。

 

「そういえば最近どうだ。軍に戻る選択肢もあるぞ?」

 

 芳佳は今どうしたいかを坂本に伝え、それに感銘を受けた坂本は涙をする。

 魔法力は無くなったが、皆を助けたい気持ちは変わらず、医学校へ行きたいと願う芳佳の意思は大変美しい。

 

「あぁでも1つ腑に落ちない事が」

「ほう。私や軍で解決出来る事ならいいんだが」

 

 芳佳は疲れた表情をしながら坂本に問いかけた。

 

「ここに来るまでの間、地元の商店街ってご覧になられましたか」

「あぁ見たぞ。旗やら土産物やらに全てお前の名があった。極めつけは芳佳ちゃん饅頭」

「はいそれです! 私だけが何であんな扱いなんですか!? あの場に居て戦果を挙げた楠里ちゃんの事は一切報道されずに何で私だけこんな扱い!?」

 

 この怒りは楠里の戦果が認められていないと憤るものではなく、何故自分だけ見世物兼ご当地ヒーロー兼客寄せパンダの様な扱いなのかという嘆きである。

 楠里関連のグッズなど存在しないし、そもそも扶桑本土で津家楠里を知る人間などほぼほぼ居ない。

 

「あー……」

「どうせ機密だからとか言いたいんでしょう!? なら恥ずかしいから私の商品関連は軍で何とかしてくださいよ!」

「そのな、軍は地域経済云々はどうにも出来ないんだ。ほら漁協とも度々揉めるし」

 

 話を聞いていた楠里は心の底から機密万歳と思いながら、清佳と芳子の診療を受けた。

 1日の終わりはこの津家楠里の健康状態を確認してから終わる。

 

 

 

 翌日、坂本が職場へと出勤するのを見送った芳佳と楠里は、朝餉の片付けを始めた。

 

「芳佳、楠里さん。今日はちょっと薬草を摘んできて」

「分かったお母さん」

「分かりました」

 

 残りの片付けは清佳が行い、診療所の準備を芳子が行う。

 

 早々に準備が出来た2人は玄関を出て山へ入った。

 

 

 その様なセミリタイア生活を送っていたある日、唐突にミーナから国際電話が掛かって来た。

 

「欧州のミーナ中佐って人からお電話よー。余り長く使ってはだめよー」

 

 清佳から受話器を受け取った芳佳は、久方ぶりに声をミーナの声を聴いた。

 

「お久しぶりです!」

「えぇ久しぶり……美緒が行方不明になったわ」

「え」

 

 そんな天地がひっくり返る出来事から数週間後、坂本の居場所がようやくわかった。

 

 なんと連絡が付いたのは扶桑本土から遠く離れたインドの地。一連の大騒ぎは何とか収束し、今後はミーナ達がいるサントロン基地から度々芳佳の所へ電話が来るようになった。

 

 

―――ジリリリリッ

 

「……」

「……楠里ちゃん出て」

 

 現在時刻を深夜2時と15分。

 

 向こうは凡そ17時前後。

 

「はい宮藤です」

 

 楠里は受話器を取って念の為に宮藤家である事を伝えた。

 

『やっほー津家』

「はい」

『いやー今日は面白い事あったよ』

「はい」

 

 そう言って長々と語り終えたハルトマンは、電話を切らずにバルクホルンへと渡した。続いてミーナへと代わり、最後に芳佳に代わってくれと言われた。

 

「はいもしもし」

 

 眠気を我慢し、努めて明るく声を出す芳佳を横目に、楠里は壁際へ背を預けた。

 

 扶桑と欧州の時差、およそ8時間近く。

 

 時差の事など頭から抜け落ちてるなと思いつつ、楠里は座睡に入る。

 

 

「で、電話料金200円!?」

「毎日国際電話で長話すればそうなりますね」

 

 楠里の事実を突き付ける声がどこか遠くなる芳佳。

 

 1円が1000円のこの時代、200円は20万円の換算となる。

 

「おおおおおおお……」

 

 腹の底から響くどす黒い声を芳佳は出す。

 

「……」

 

 楠里は自分の通帳を見た。

 月額の給与はほぼペリーヌへ渡していたが、機密の口止め料やら特別賞与等は頭から抜け落ちていた為、それなりの金額がある。

 

 まあ払えるなと思った楠里は芳佳にそれを説明した。

 

「そんな、流石に悪い……いやでも半分は楠里ちゃん宛だったからいいの、かな? いやそれでも半分は私が!……半分でも100円って相当だよ!?」

「良いですよ別に。どうせ使い道の無いお金ですし」

 

 後日、それを聞いたミーナは請求書を回してくれたら肩代わり出来ると言い、芳佳は胸を撫で下ろした。

 要らないお金を何処かへやれる機会を逃した楠里は、嘗ての部下の家族へ送りつけるかとか思い始めていた。

 

 

 数日後、山へ出かけた芳佳と美千子は、1人の少女を伴い帰って来た。

 

 余談だが以前芳佳が山中で助けた熊を見た時、楠里は躊躇い無く撃ち殺そうとした。

 人の味を覚えているいないに関わらず、羆は危険な存在だ。

 

 兎も角、いつも通り作務衣の上から半纏を纏って楠里は出迎えた。

 

 その少女は自らを服部静香と名乗り、芳佳に会えて光栄だと言った。

 

「改めまして、海軍兵学校から宮藤少尉に辞令をお持ちしました!」

「学校って、坂本さんの教え子さん?」

「はい! ご活躍は聞いておりました! 危機的だった501を救い、ネウロイの巣を打ち倒す原動力だったと!」

 

 軍人はかく在れかし。大きな声ではっきりとを体現した静香は、正しく次代の軍を担う士官の卵そのものである。

 

「お茶をどうぞ」

 

 楠里は静香にお茶を出した。

 

「あら、こんなに小さいのにお手伝いなんて偉いわね。ありがとう」

「いえ」

 

 楠里の正体を知っている芳佳からすれば、笑いを堪えるのに必死である。大尉の階級は上から数えた方が早いと言われている。新兵や下士官、卒業したての准士官にとっては正に雲の上の人間である。

 さらに近々少佐への昇進がほぼ決まっている。

 

「え、でもこの人―――」

 

 楠里は優しく美千子を制してその場を下がった。

 勤務中でもなく、休暇中にまで階級云々で揉め事を起こしたくない。

 

「背伸びしてお手伝いするなんて良い子ですね!」

「そ、そうだね」

 

 そして静香は留学の話を詳しく始めた。

 

「なるほど……―――で、ヘルウェティアって?」

「えっとね、欧州三大医学校の1つで軍の招聘でも中々行けない超名門だよ」

「へぇー」

「芳佳ちゃん……」

 

 一通りの説明を終えた静香は、楠里に出されたお茶を啜る。

 

「そうですか、芳佳が欧州の医学校に留学ね」

「はい。私が随行員として同行するよう仰せつかりました」

 

 何故今なのか、そういった疑問があった芳佳が尋ねると、新学期が始まるに伴い、英雄の芳佳が医学部志望であった為是非迎え入れたいとの事であった。

 

 それを聞いた芳佳は、人を助ける力を学ぶために留学を決意した。

 

「あれ、そういえば辞令書の裏にもう1枚」

 

 手に取った芳佳は数秒間その書類を眺めたあと『はいどうぞ』と楠里に手渡した。

 

 受け取った楠里は、その書類が芳佳と静香の監督役として同行するよう記載された内容であると確認した。

 静香は芳佳の周囲を護衛する訳だが、楠里は監督者と乗艦する天城の航空戦力要員としての仕事も兼任するようにも書かれている。

 詳しく話を詰めるから受け取り次第さっさと司令部へ来いという末文で締められている。

 

「はぁ……よい、しょっと」

 

 年寄りくさい台詞を吐きながら立ち上がった楠里は、着替える為に奥の部屋へと消えていった。静香は何故軍の書類を民間人の少女に見せるのか分からなかったが、目の前に憧れの芳佳が居た為、楠里を咎める事を忘れてしまった。

 

 そして少し時が経ち、芳佳らと話し込んでいた静香は、先程楠里が淹れたお茶に再び口を付けた。

 

 だが丁度その時、奥の部屋の障子が開いた。

 

 それと同時に、坂本から贈られた士官用の第二種軍装と軍帽を着て、大尉の階級章を装着した楠里が出てきた。

 

「―――ゔッ!? ヴぇほッ! え”ほッ!……!!?!?!!!?!?!?」

 

 飲み込んだお茶が気管に入り咽る静香だが、頭の中は混迷を極めていた。

 

 芳佳の年下の知り合いで、背伸びして診療所を手伝っている民間人の少女かと思っていた存在が、まさかの変身を遂げて戻ってきた。

 

 更に上官である大尉の証も身に着けている。

 

 だが咽る静香を一瞥しただけで楠里は、今日は夕餉は要らないと伝えると司令部へと向かう為に靴を履いた。

 

「行ってらっしゃーい。坂本さんと総長さんによろしくね」

「え、え? 総長?……まさか大将閣下!?」

 

 楠里は行きたくないなという表情を浮かべつつ出て行った。

 

「あ、で話の続きだけど」

「待って下さい宮藤さん!……さっきのあの子、じゃなくてあの方は!? 私知らずにとんでもなく失礼な態度を!」

 

 動揺、焦燥、後悔。

 色々入り混じった静香はたまらず芳佳に助けを求めた。

 

 ついでにまさかこの人もかと美千子に視線を向けるのだが、美千子は『あ、私は違うよ』と言った。

 

「えっとね……原隊どこだっけ。あぁ坂本さんや私と同じ所属で501のメンバーの津家楠里ちゃんだよ。階級は大尉さんだね」

「坂本少佐や宮藤さんと同じ隊であの501!? いや、でも……年下」

「15歳か16歳だよ」

「……」

 

 芳佳や楠里は余り気に留めないが、軍隊での階級の差は基本的に絶対である。

 比較的緩い海軍であっても、締める所は締め、緩める所は緩めるスタンスなのだ。

 

 その上でさん付けといった仲の良い関係が許されている。

 

 親しき中にも礼儀あり。

 

 

 だが静香は知らずとはいえ、見た目と言動に騙されて年上の上官にため口と少女扱いをした。

 顔を蒼褪めさせてこの世の終わりのような表情をする静香。そんな静香に芳佳は声を掛けた。

 

「大丈夫だよ。楠里ちゃんってブリタニアの頃からそんなの気にしない子だったから。それに最初に官姓名とか名乗らなかった楠里ちゃんが悪いから」

「ですが、ですが私はお茶を淹れて頂いたのに上から目線で!」

「そんなに気になるなら後日謝ればいいよ」

「いえ、それでは誠意が伝わりません! 今から追いかけて誠心誠意謝罪をして罰を頂戴してきます!」

 

 手早く宮藤家で挨拶を終えると、静香は大急ぎで楠里の後を追いかけた。

 診療所から麓の商店街までは一本道である為直ぐに追いつけると静香は思い、全力で走り出す。

 

 

 だがこの日静香が楠里に追いつく事は叶わなかった。

 

 理由は簡単で、楠里が魔法力を使って若干浮遊しながら基地への最短ルートである獣道をスイスイと移動していた為である。

 

 

 数週間後、横須賀鎮守府の軍港にて。

 

 遣欧艦隊旗艦・天城の上で、芳佳と静香と楠里は見送りの人達を見ていた。

 

 だが静香はと言えば先日の楠里の事もあり怯えていた。

 結局出発する為に合流した今の今まで終ぞ会う事が出来ず、恐怖と緊張と後悔の数日間を過ごした。

 

 

 そんなでこぼこ3人の欧州への旅が、今始まる。

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