シャブ漬け少女のストライクウィッチーズ   作:文月フツカ

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楠里→静夏:特に何も思っていない。

静夏→楠里:聞いた事も無い人。

総長:最近健康診断で胃潰瘍判定喰らった。



空母の魔女

 小さくなる横須賀海軍基地を見送る事数分。

 

 静夏はさて今度こそと楠里の方へ顔を向けた。

 

「あの、津『津家大尉、作戦室へ』―――!?」

 

 謝罪を口にしようとしたその時、今度は呼び出しによって遮られた。

 

「少し行って来ます。艦内見学は構いませんが、兵の邪魔はしないように」

 

 楠里はそう言うと、さっさと艦内に消えていった。残された静香はまたもや顔を蒼褪めさせて芳佳に助けを求めていた。

 

「運が無いなぁ」

 

 無情に静夏の事をそう評価した芳佳は、機会なんて幾らでもあるよと背中を擦って慰めた。

 

 

 そして艦橋に呼び出された当の本人である楠里。

 

 遣欧艦隊旗艦・天城の艦長を務めるのは、扶桑皇国海軍所属、長崎義男大佐。

 入室した楠里は敬礼をすると、既に席についていた航空参謀が着席を促す。

 

「よし。全員揃った所で、改めて航海中の哨戒を含めた全飛行計画などを再確認する。出港前、諸君らも再三の確認をしたであろうが、今一度念を入れておこうか」

 

 そして始まるのは、飛行人員のシフト管理であったり、資材や機体の状況であったりの確認だ。

 今回の遣欧航海において、楠里は空母天城の航空戦力としても乗艦している。

 

 大尉の階級でウィッチであるため、扱いは最早佐官クラスに近い。

 

 そうして3時間ほど艦橋要員らと話し合いを終えた楠里は、一息ついてコーヒーを飲んだ。

 無論味など分からない。

 

「まあこんな所だな。最後に何かあるか」

「はい」

 

 楠里は挙手をした。

 

「どうした津家大尉」

「私の飛行予定が入っていないのは何故でしょうか」

 

 それを聞いた艦長らは『あぁ……』と下を見たり上を見たり書類に目を落としたりと、楠里に視線を合わせようとしない。

 最終的に全ての視線が艦長へ向いた所で、気まずくなった艦長が咳払いをして答えた。

 

「まあ大将閣下や坂本少佐から一言あってな。士官としての能力向上を目指す目的として、津家大尉は航海中は基本的に艦橋や指揮所で動くことになる」

「お言葉ですが、ウィッチの私が出ないと……いや、だから今回こんなにも」

 

 楠里は今回の人員が異様に豪華な理由がやっとわかった。

 

 天城に乗艦しているウィッチの数が、通常よりもかなり多いのだ。階級こそ楠里より下の軍曹や曹長だが、歴戦である事に変わりは無い。

 

「貴官の戦闘力はあの坂本少佐や件の映画のお陰で、ここにいる人員は疑いを持っていない。故に今度は指揮能力を伸ばす方針なのだろうな」

「やってくれましたね坂本少佐」

 

 何がやってくれましたねなのだろうか。楠里の身を案じて普段は使わない権力やコネを総動員してくれた恩人に対する感情ではない。

 

 艦長たちもさすがに余命やらの事は知らない。知らないのだが歴戦の軍人である。

 

『あ、コイツやべー奴かも』

 

 そんな認識が既に艦橋要員の間に響き渡っている。

 尚、この航海の目的地である『パ・ド・カレー港』に着くころには『やべー奴かも』ではなく『やべー奴』という評価になっている。

 

 そうして多少の頓着はあれども会議は終わり、楠里は艦内を歩いていた。

 

 

「宮藤少尉、第一種軍装や第二種軍装はお持ちでないのですか!?」

 

 割り当てられた部屋に着いた3人は、改めて荷物の再確認を行っていた。

 だが楠里だけは個室が与えられている為、2人の会話を聞くに留めている。

 

「うーん、無いね」

「仕立ててすらも?」

「いや、何か本人の意思を無視して押し付―――支給された前例を見てると、勝手にくれるものだと」

 

 芳佳は楠里を見ながらそう言った。

 

「え、津家大尉は第二種軍装を着ておられますよ?」

 

 楠里は静夏に第二種軍装を手に入れた経緯を簡潔に話し始めた。

 

「私のコレは坂本少佐のお下がりです」

 

 簡潔にも程があるその説明が、静夏の脳内を更に混乱に陥れる事になった。

 

「え、え? でも士官用って個人で、え?……坂本少佐のおさがり!?」

「えぇ。全く知らぬ間に採寸されて渡されましたよ。この軍帽もお下がりです」

 

 まあ新規で仕立てるより安上がりだと楠里は思っているが、坂本ラブな人たちが聞けばそれはもう嫉妬の炎で燃え上がる。

 そしてそういった坂本ラブ勢は、扶桑を始めとして全世界に数多く存在する。

 

 

 

「宮藤少尉、何をなさっているのですか!?」

 

 服部が朝目を覚まして横を見ると、既に芳佳の姿は無かった。

 慌てて飛び起き、艦内を探し回る事数十分。

 

 何人かの証言を基に厨房へ駆けつけた静夏は、厨房内で料理に勤しむ芳佳の姿を認めた。

 

「あ、おはよー」

「おはよーではありません! 宮藤さんは少尉なのですよ!?」

 

 上の人間が現場にいると真面目に作業が出来て効率的と取るか、正直邪魔だと取るかは人それぞれである。だが芳佳が持つ元来の朗らかな性格は上手く現場に溶け込んでおり、皆が笑顔で作業を進めている。

 

 だがそれでも規則は規則。少尉は少尉らしくの言葉通り、静夏は芳佳の手を引いて厨房から退室する。

 

「ならちょっと格納庫見に行こう?」

 

 静夏はまぁそれならばと了承して芳佳の後に続いた。

 

 

 格納庫では楠里や整備兵が作業をしていた。自分のユニットは整備兵に任せるのが普通かと思うが、それに命を預けるのは自分である。ならば楠里自身も整備兵と共にあーだこーだと意見を出し合っている。

 

 整備兵の横に並んで工具を持ち、整備兵と同等の作業を自分のユニットへ施している楠里。

 

「津家大尉! 何をなさっているのですか!?」

 

 士官学校で習う事は何だろうか。

 

 基本戦術や部隊を掌握し管理する術。

 武器兵器の各種取り扱いや名称の暗記。

 座学や心構え、洋上航法や戦闘技術。

 

 無論、応急処置レベルの整備技術も叩き込まれる。

 

 だがそれはどうしても自力でやらねばならない時の為であり、尉官クラスが自ら進んでやる事では無い。

 

 軍人は己の命を守る装備は自分で手入れする。それは士官だろうが兵士だろうが変わりは無い。

 

「整備ですが」

 

 まあここにいる楠里は整備の専門課程を受けたプロフェッショナルと同等の作業を行っている訳だが。

 

「それは分かっています! ですが何故大尉が整備兵に交じっておられるのかと!」

 

 静夏の中では、尉官は基本的にデスクワークや部隊指揮を行っているイメージがあるのかもしれない。

 

「尉官に何か変なイメージを持ってませんか。尉官までは基本的に現場職の下っ端ですよ」

「ですがここにいる整備兵の仕事を大尉は盗ってしまっているのですよ!?」

 

 静夏の意見も正しい。楠里やウィッチのユニットはそれ専門の教育を受けた正規の整備兵に任せるのが安全である。

 

「こういう時に技術力を高めておかなければ、有事の際何も出来ませんよ」

 

 などとは言うが、楠里自身は別に自分でやった方が何かあった時に、責任が整備兵に行かないから程度の理由だ。

 

 言いながら楠里はユニットの最終点検を終えて工具を箱に戻した。

 そしてクリップボードに挟んでいた点検項目リスト全てに可の文字を入れた。

 

「楠里ちゃんって501で副司令官だったから、基本的に何でも出来るよ?」

「この人が副司令官!? 階級的に坂本少佐が副官では!?」

「ですよね私もそう思います。でも少佐が副官の職責を放、じゃなくて押し付……いや違うな。何だろうか……どの表現が適当ですかね芳佳さん」

「信頼して任せてくれた、とか」

「じゃあそれで」

 

 そんなアホな会話を聞いた静夏だが、当然納得出来る筈が無い。

 

「坂本少佐はそのように無責任な方ではありません!」

「そうですね。後そろそろ勉強のお時間ですよ」

「ウッ……楠里ちゃんはこれから何かお仕事?」

「はい。定時哨戒を行うウィッチや哨戒機の人員と会議です」

「……皆、働いてるね」

「今の芳佳さんの仕事は勉強ですよ。あの事前教材はどこかハルトマンさんの個人的な意思を感じますが」

 

 

 

「ふー、良いお湯でしたね」

「うん、さっぱりしたねぇ。相互理解も出来たし」

 

 そんな会話が脱衣所から聞こえた楠里は、足を止めて少し会話を聞いてみた。

 

「静夏ちゃんは160って所だね。14歳だっけ、今は浅い角度だけどこの旅で私が育ててあげる」

「はっ、はい!」

「そうと決まれば厨房へフォローミーだよ!」

 

 そう言って水密扉を勢い良く開け、静夏の手を引いた芳佳が飛び出して来た。

 そして扉の前で呆れた視線を向けていた楠里と目が合った。

 

「……」

「……視力の話だよ」

「ほう、服部軍曹の視力は160と。凄いですねー扶桑本土から欧州見えるんじゃないですか」

「あのコレは」

 

 楠里は呆れた表情を崩さず、しかして何も言わずに去っていった。

 

「あ、あの今津家大尉の声が聞こえたのですが!」

 

 まだ部屋の中に居た静夏はまたしても楠里との接触の機会を逃したのだった。

 

 

 そして数日が経ち、今日は待ちに待った金曜日である。

 

 洋上で曜日感覚を失わない為に、金曜日はカレーという話は有名である。

 そして天城も例に漏れず、天城の給糧科特製カレーが振舞われた。

 

 静夏が芳佳の分もカレーを取りに行っている間、楠里は芳佳と部屋の前で話していた。

 

「ねぇ楠里ちゃん。辛味入り汁かけ飯って、何?」

「何でしょうか」

 

 1940年、インド発祥のカレーはブリタニア式カリーとして世界中に広まっている。カレーを扶桑の言葉に訳すと辛味入り汁かけ飯なのだが、芳佳も楠里も欧州で『カレー』としか発言していなかった。

 母国語なのだがピンとこないのはこういう理由である。

 

 そしてカレーを食堂から受け取って来た静夏を見ると、2人はあぁカレーかと頷いたのだった。

 

 

 また別の日。

 

 甲板上に居た楠里は、坂本の様な笑い声を上げながら木刀で素振りをする静夏と、それを苦笑いで見る芳佳を見つけた。

 

「あの掛け声も引き継いでるのか……」

 

 楠里は何も見なかったと言うようにその場を後にした。

 

 

 扶桑を出港して数週間。

 

 あと少しで喜望峰付近に差し掛かると言った海域。赤道に近い為気温が上昇し、男たちは半そでや上着を脱いだりして涼を取っている。

 

 芳佳も暑いと上着を脱いでスク水姿になるが、この世界では下着で出歩いているのと同義である。いや素晴らしい。

 

 だが扶桑撫子である静夏がそれを許す筈も無く、規律云々で芳佳を咎める。

 

 楠里は普段通りの寒冷地仕様野戦服の上から防暑衣を着るという大変意味の無い馬鹿な行動をしている。

 

 精神が弛んでいると自制する静夏の横で、芳佳は仕事をする楠里に話しかけた。

 

「ごめん楠里ちゃん。手を私の後ろ首に当てて欲しい」

 

 楠里の体温は氷の様に冷たく、まさしく死体のソレだ。その冷たい手を太い神経が密集する首の後ろに当てて涼もうというのだ。

 

 楠里はボロボロの手袋を外して芳佳の望み通りにしてあげた。

 

「ああ~……」

 

 蕩け切った芳佳はへにゃへにゃと力が抜けていった。

 

「え、え!? 宮藤少尉!?」

 

 静夏はそれに驚いてあたふたしているが、芳佳は『静夏ちゃんもやってもらうといいよ』と言った。

 

「やってあげましょうか」

「いえそんなとんでも……で、でも、試しに一度だけ、良いでしょうか」

 

 好奇心に勝てなかった静夏は、楠里に背を向けた。

 楠里はもう片方手袋を外して静夏の首に手を当てた。

 

 この熱気の中で手袋をしていたのに、不自然な程に汗一つ掻いておらず、また異様に冷たい手の感触に驚いた静夏はつい悲鳴を上げて―――反射的に右肘を後ろへと勢い良く下げてしまった。

 

 そして運悪くその右肘は楠里の腹部に吸い込まれ、鈍い音が響き渡った。

 

 咄嗟に全てを理解し出来た静夏は、楠里の手など関係無く背筋が凍った。

 不注意で驚いたとは言え、上官に手をあげてしまった静夏は恐怖と後悔で涙が出てきた。

 

 因みに静夏は気付いていないが、横では芳佳が『静夏ちゃん運悪いね……』と言いながら、楠里に視線を送っていた。

 

 普通であれば鉄拳制裁や重営倉といった重い刑罰があるが、楠里自身は痛みを感じないのと、別にどうも思っていない為何も無い。

 

 そして気にしていない為、楠里は芳佳とまた雑談を始めた。

 

 人間、何もされないというのが一番怖い時もある。

 

 特に静夏の様な真面目な人にとっては、信賞必罰というのは当たり前にして絶対の価値観だ。

 故に上官に手を上げた自分は今から叱られる筈と涙を流して身構えていたのに、それは何時まで経っても来なかった。

 

「もういいですかね」

 

 楠里は芳佳と静夏の首から手を放すと、再度手袋をして去っていった。

 

 無論、周りに居た兵士達もその状況を見ており、冷や汗が止まらなかったと後述している。

 

 そして緊張から解放された静夏は、芳佳へと助けを求めた。

 だが芳佳も楠里のやり方やその在り方に染まってしまっている為、後で謝ればいいよと言うだけだ。

 

「私は本土でのご無礼をまだ謝罪出来て居ません!」

 

 そう、驚く事に静香はまだ謝れていない。

 扶桑本土を出港してから数週間も経っているのに、謝罪の機会を悉く逃しているのだ。

 

 胃に穴が空くRTAをしているような静夏の苦労はまだまだ始まったばかりである。

 

 

 この天城には、2人の『ゆうき』がいる。

 

 1人は結城兵曹長。男性で最先任兵曹長であり、艦長よりも艦内の事に詳しい。艦橋の人員でさえ、有事には結城兵曹長に意見を求める事も多々ある。

 

 対してもう1人は有紀兵曹長。

 

 女性で結城兵曹長と同じ最先任兵曹長だ。結城兵曹長が艦内の力仕事方面を束ねる存在だとすれば、医療面や管理面においては有紀兵曹長の分野である。

 

 芳佳はその片方、有紀兵曹長と初めて廊下で出会った。

 

 先達には深い敬意をと感動する静香だが、その実はたわわな果実だけに目が行っている芳佳である。

 有紀兵曹長がもう顔を上げてくださいと頼んでも、いえいえ後輩として礼儀をなどと抜かして顔を上げない芳佳。

 

 そんなアホなやり取りが風呂の中でまで行われ、有紀兵曹長は芳佳と静夏の監督役である楠里へその事を話す決意をした。

 

 そして深夜。有紀兵曹長の課業が終了して自由時間になった。

 

 

 個室を与えられていた楠里が机で仕事をしていると、有紀兵曹長が扉をノックして入って来た。

 

「あの、津家大尉。少々お時間を頂きたいです」

「有紀兵曹長、お仕事ご苦労様でした。どうかされましたか」

 

 上官らしくない優しい言動で迎え入れた楠里は、眼鏡を外して目を休ませつつ、お茶を淹れてあげた。

 

「本日宮藤少尉と服部軍曹と入浴の機会があったのですが」

 

 楠里はもうそれだけで相談の内容が分かってしまった。

 有紀兵曹長の胸の大きさと、あの豆狸の胸への執着心を見れば、一目瞭然である。芳佳のおっぱい好きは使い魔の兼定の影響があるのだが、最近はもう開き直って芳佳自身もおっぱい好きを隠そうとしない。

 

「……」

「その、私のお、いえ胸部を常に見ておられたというか、何というか」

「……はい」

「津家大尉より口頭で少し注意をお願いしたく思いますッ」

 

 恥ずかしさで顔を赤くした兵曹長がそう言って頭を下げると、楠里は天を仰いだ。

 

「あの人はもう……私から言っておきます。以後同じような事があればまた言ってください」

 

 上官の理解を得られた兵曹長は明るい顔で部屋を退室していった。お茶を片付けた楠里はその足で芳佳と静香の部屋に向かった。

 

 さてどう説教しようかと思いつつ部屋の扉を叩いた。

 

「どなたでしょうか」

「津家です」

「失礼致しました!」

 

 静夏が扉を開けて楠里を中に招き入れた。芳佳は医学書を読みながら勉強している。

 

「芳佳さん」

「んー、ごめんこのままでいいかな」

「いえ少しこっちを向いてください」

「ん……分かった。どうしたの珍しいね」

 

 芳佳が寝ぼけ眼で楠里を見た。

 

「有紀兵曹長についてです」

「……」

 

 途端に眠気が取れた芳佳は楠里から視線を逸らして机に向いた。

 

「先程私へ陳情が来ました。風呂でもずーっと見てたんですね」

「……ミテナイヨ」

「しかもそれで誤解した服部軍曹に医務室に担ぎ込まれて」

「……」

「空母って4桁数の人間が色々な仕事をして動かしているんですよ。しかも有紀兵曹長ってその中でも最古参で現場指揮を行える貴重な人なんです。あまり邪魔しない様に」

「……ごめんなさい」

「気を付けてくださいね。あとリーネさんやハルトマンさんに報告します」

「そんな殺生な!」

 

 静夏は会話の内容の意味は分からなかったが、出会ってから初めて楠里の士官らしい態度を見た気がした。

 

 

 艦隊は今、物資補給や燃料給油の為にインド連邦の港へ寄港していた。

 

『津家大尉、宮藤少尉。港の駐屯地より坂本少佐からお電話とのことです。下船お願いします』

 

 ひと悶着在り、何故か逮捕連行されている犯罪者の様な芳佳と共に楠里は久方ぶりに大地に降り立った。

 インド特有の匂いも全く感じない楠里は、さっさと指定された電話へ近寄った。

 

 最初に芳佳と話し終えた坂本は、次に楠里との近況確認だ。

 

「で、お前から見て宮藤達の様子は?」

「ギクシャクしてます」

「そうなのか?」

「憧れの芳佳さんの実態と言うか、普段の行動が軍人らしくない事から来る葛藤というか」

「それでは501でやっていけんぞ」

 

 いえ服部軍曹の方が正しいのですがねと楠里は訂正をする。

 本来軍規は守られるべき物であり、それを逸脱した場合はそれ相応の罰則が下される。

 

 501や502で何も言われないのは、そんな違反を戦果を上げる事により封殺しているからという理由もある。勿論縛り過ぎるのは良くないというミーナやラル少佐の判断も混じっている。

 

 自由と平和を愛し、シカゴ学派を信奉する何処ぞの幼女軍人が聞けば、芳佳の軍規違反ぶりは即射殺レベルなのだが。

 

 ともかくとして、現状では頭がまだまだ固い静夏にとって、芳佳の言動は刺激が強すぎる。

 

「まぁ表面上は普通ですので」

 

 楠里はそんな曖昧な返答をして坂本との通話を切った。

 

 受話器を置いて後ろを振り返れば、物産店で年相応の反応を見せる2人が居た。 

 

 

 

 扶桑を出発して1ヶ月と数日。航海生活も慣れた頃。

 

 甲板で階級が下のウィッチ達と訓練に励む楠里は、やれ鰹節を顔に喰らう芳佳を見たり、やれラムネを顔から浴びる芳佳を見たりと忙しかった。

 

 他のウィッチや戦闘機の乗員が次々と酸欠や疲労で脱落していく中、楠里だけは平然とした顔でランニングを続けたりしている。

 

 各々が徐々に楠里を化け物を見る目で見始めた頃、またもや休憩時間の芳佳が甲板にやってきた。

 

 因みに楠里らは既に艦内の出入り口付近に固まっている。理由は単純で、あと少し時が経てば定時哨戒機が発艦するからである。

 

 それを知らない芳佳と静夏は艦首付近の甲板で座り込み会話をしている。

 

 

 後ろから聞こえる轟音に気付いた芳佳と静夏だが、時すでに遅し。

 艦首を風上に立てて航行しているため、強烈な風が前から押し寄せてくるが、発艦する艦載機の発する風の方が強い。

 

 前へ前へと転がって押し出されていく2人を見た水兵達が慌てるが、楠里だけが指示を出した。

 

『あの、津家大尉……前方で』

『気にしなくていいです。哨戒機発艦どうぞ』

『え、ですが』

『発艦どうぞ』

『あ、青1番、発艦します!』

 

 空母天城より艦上偵察機『彩雲』が発艦した。

 

 

 甲板にいた兵士が遠回しな言い方で2人は邪魔だと伝えた。

 怒鳴って怒りたいが、片や士官教育を受けた将来の幹部候補生で階級が上。

 

 もう片方に至っては扶桑の英雄である。

 

 怒られるよりやんわり邪魔と言われて追い出される方が堪える事もある。

 

 

 だがここに1人、唯一小言を言える存在が居た。

 

「芳佳さん、暇なんですか」

「いえ……暇ではないです」

「服部軍曹、暇なんですか」

「いえ暇ではありません!」

「言おうか迷ってましたが、今の芳佳さんは……ハルトマンさんみたいですね」

「え?……わたしが、はるとまんさんみたいな?……!!?!?!?!?」

「部屋とか特に」

 

 

 そんなこんなで始まった部屋の大掃除。

 乙女の部屋に巣食っていた黒い悪魔も無事退治された。

 

 

「楠里ちゃん、この症状って……」

「あぁ、あの3人がよく陥ってましたね」

 

 送られてきた教材で勉強する芳佳と、横でその教材を斜め読みしながら手伝う楠里。

 後ろでは静夏が手持ち無沙汰でソワソワしている。

 

 試しに2人が見ている教材を覗き込んでみたが、静夏には全く内容が分からなかった。

 

「結局ここって窪んだ中心部から治すのがいいのかな。それとも周りから?」

「周りからでは? いきなり中心部を引っ張ると周りとの整合性に苦労しますよきっと」

 

 静夏は2人が難しい医学の話をしている為黙っているが、本心では自分も何か芳佳と専門的で知的な会話をしてみたいと思っている。

 だが残念な事に、静夏は2人の会話に付いて行ける知識がまだない。

 

 せめて何か飲み物を持ってこようと静かに扉付近に移動した。

 

 その時、艦内警報が響き渡った。

 

『定時哨戒機が艦隊に向かうネウロイを捕捉。距離3万9000、到達まで10分。迎撃機は直ちに発艦準備に移れ。津家大尉は直ちに指揮所へ』

 

「ね、ネウロイ!?」

 

 静夏がネウロイの襲撃に驚いて上官2人を見た。

 

 先程まで優しい目つきだった芳佳と楠里は既におらず、静夏の前に居たのは敵と相対し、軍人の顔になった2人であった。

 

 そして静夏が何か言う前に部屋を出て行った。

 呆気に取られた静香だが、急いで2人の後を追いかけた。

 

 

「包帯の在庫ってどのぐらいだっけ」

「まだ1箱分はあったので大丈夫ですよ。消毒用アルコールとガーゼ等も同じ棚です」

「分かったよ。乗員用リフトでいいかな」

「いえ、甲板で。1人非番のウィッチを護衛に回します」

「了解だよ」

 

 

 事務的に、必要最低限のやり取りをする2人を見る静夏。

 芳佳は危険だから直ぐに最重要区画への避難をと言わなければならないが、艦内の慌ただしさと実戦への緊張から、何も言えずに2人の後を付いて行く事しか出来ない。

 

 そして楠里はブリーフィングと指揮の為に格納庫へ、芳佳は医務室へと別れた。

 オロオロと迷った静夏は、最終的に護衛対象と離れるのは良くないという結論に至り、芳佳の後に続いた。

 

 

 格納庫では整備兵の怒号が響き渡る。

 

 迎撃に上がるのは天城所属の艦載機15機とウィッチ3名。

 楠里は出撃する人員の前に立ち、黒板で敵の進路や速度を伝え、発艦後のルート等の指示を出す。

 

「何か質問は?……無いですね。総員乗り込み次第即時発艦、全員の生還を望む」

 

 その言葉と同時、敬礼した人員が己の機体に乗り込んでいく。

 

 

 同時刻、甲板では医療用器具を持った楠里と軍医が待機していた。

 戻ってきた兵士が大怪我を負っていた場合、直ぐに応急処置が出来るように待機している。

 

 その周りには1名非番だったウィッチが、念の為に銃を持って待機している。

 

 芳佳は器具の用意であったりと忙しくしているが、静夏は小銃を持って同じく護衛として待機している。

 だが自分に何か出来る事は無いかと辺りを見回して、落ち着かない様子だ。

 

「静夏ちゃん?……静夏ちゃん!」

「えっ!? はい! 何でしょうか!」

「大丈夫? 駄目そうなら艦内に居てもいいよ?」

 

 今の静夏にとって、その言葉はこう聞こえる。

 

『緊張して何も出来ないなら居ない方が良い』

 

 無論、芳佳はそんな事全く思っていない。

 

 だが士官教育というエリート街道を進んできた静夏にとって、役立たずは要らないという評価は決して受け入れる事は出来ない。

 

「大丈夫です! 宮藤さんは宮藤さんの仕事をしてください!」

 

 扶桑語は難しい。

 

 今の言い方では他人より自分の仕事をちゃんとしたらどうだという意味に取れてしまう。

 決して心配してくれた上官に対する言葉ではない。

 

 静夏は今の自分の言葉を慌てて訂正しようとするが、芳佳はもう静夏を見ておらず、作業に集中していた。

 

 やってしまったという感情が渦巻く中、ネウロイ迎撃戦が始まろうとしていた。

 

 

 

「味方航空機、全滅です……」

 

 指揮所は正しくお通夜ムードであった。

 迎撃に上がった零式艦上戦闘機は全て戦闘不能となった。

 

 幸い、歴戦のパイロット揃いであった為、爆散して戦死という事態は免れている。

 

 その殆どが大怪我を負っており、機体もほぼ廃棄寸前だが全員が母艦である天城へと帰還した。

 これだけでも異様な練度を誇れるが、迎撃には失敗している。

 

 3名のウィッチもまだ実戦経験が少なかった為か連携が取れず、1人が被弾してしまった。

 

 そこからはもうあっという間であり、残り2名も直ぐに重傷を負って天城へと帰って来た。

 ネウロイの速度自体は遅い為、幾分か対策を整える時間はある。

 

「……艦長、出撃許可を」

「だが君の出撃には総長の許可がいるのだが」

「艦隊を沈めるのと許可の事後承諾、どちらの責任が重いですか」

 

 そう言われては誰も反論が出来ない。

 有事の現場判断という事で納得させるしか道は残されていない。

 

「分かった。津家大尉、出撃を許可する。但し残りのウィッチ全てと隊を組むように」

「了解、出撃します」

 

 

 魔法力を励起させる。

 

 使い魔が残してくれた魔法力の量はお世辞にも多くはない。だがそれでも、芳佳らを守る為であれば喜んで飛ぼうじゃないか。

 

 格納庫からエレベーターで上がった楠里は、甲板へと現れた。

 

「……!? 楠里ちゃん!?」

 

 待機していた芳佳は当然止めるが、簡単に現状を説明した楠里はその意見を黙らせる。

 ここは外洋であり、近くに陸上の基地などは無い。

 

「宮藤少尉、何故津家大尉の出撃を止めるのですか?」

 

 静夏の尤もな意見が芳佳の言葉を詰まらせる。

 楠里はいいぞもっと言ってやれと思いつつ、武装の最終確認を完了させた。

 

 もう色々と憤慨した芳佳は、楠里の右手を取ると素早く脈を取り始めた。後は簡易的な触診を終わらせ、最後にこう付け加えた。

 

「必ず帰ってくるように」

「了解、芳佳さん」

 

 

 そして、津家楠里は空母天城を飛び立った。

 

 ネウロイへ向かっていく楠里の背中を芳佳は見守っていた。

 

 だがどうしても、蠟燭の最後の揺らめきが頭から離れない芳佳であった。

 




楠里はノーマルやコモンといった低レア。但し限界突破だとか各種パラメーターはカンスト済み。それだけやっても性能はゴミ。
初心者でも簡単に作れる序盤の穴埋め枠。直ぐに捨てるか育成の素材にしよう。

対する静夏は一番上のレア度で超高性能を誇る人権キャラだがレベル1。現状は楠里より低い。だが少し育成すれば簡単に楠里の性能を追い抜く。強力な装備と性能で敵を蹂躙してやろう。
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