復興が進んでいるガリアの街道を進む楠里達。
まだ補修が行き届いていない所もあるのか、所々で車体が揺れる。
楠里はトラックの荷台の縁に寄り掛かりながら、流れる景色を見ていた。
何の気無しに視線を地面に落としたその時、一際大きな段差に車輪が取られ、車体が大きく跳ねた。
「ガッ」
荷台の縁で鼻を強打した楠里は、鼻血を出しながら視線を皆に向けた。
「もっとしっかり整備されたガリアの街道を見て頂きたかったですわ」
ペリーヌは懐からクリネックスを取り出して楠里に投げた。
「だ、大丈夫ですか津家大尉?」
静夏が心配そうに声を掛けるが、当の本人は痛みを感じている様子が無い。
「この程度なら大丈夫」
一応芳佳の触診を受けつつそう答えた。
リーネ達も今更鼻血程度で大騒ぎなどしない。
「そういえば、黒田中尉から楠里さんに荷物を預かってますわ」
と、楠里の足元に置いてあった木箱を指差すペリーヌ。
楠里は木箱の中から小型の物資クレートを取り出すと蓋を開けた。
中には薄い木の板が1枚あり、その上に手紙が1通置いてあるだけだった。
「あれ、お手紙だけ?」
不思議そうな顔で芳佳は覗き込んだが、楠里はまだ下に何かあると察知した。
「まずは手紙から行きましょうか」
楠里は同梱されていた手紙の封を切って読み始めた。
▽
拝啓、津家大尉へ。
以前の作戦では大変お世話になりました。
隊長から色々聞いたのですが、あの後色々あったみたいですね。
ウチも変な柵がやたら多いですけど、そっちも中々みたいで親近感覚えます!
それでですね、以前ご一緒した時に津家大尉は銃剣を使っておられましたよね?
あれ、しっかりと整備してますか? 銃もそうですが、刀剣類も面倒見ないといざという時折れますよ。
ほんの僅かしか確認しませんでしたが、その銃剣は正直言って限界だと思います。
あと数回で折れるって確信できるぐらいに寿命ですよ。
そこで、あんまり使いたくなかったんですが、実家というか親戚筋というか、仲の良い本家の娘さんと本家当主の伝手を利用して、陸軍最新型の銃剣を送ります。
因みに竹井大尉からのプレゼントでもありますよ。
しかも特注の改造を施しました!
津家大尉の銃剣、明らかに前時代の奴ですからね。
刀身は縮みますけど、頑丈さは上昇しています。
あと柄の部分に魔法力の伝達機構が搭載されているので、今までよりも少ない負担で刀身に魔法力を送れますよ!
ではまたガリアに寄る事があれば是非会いに来てくださいね。
扶桑皇国陸軍飛行第33戦隊
連合軍第506統合戦闘航空団所属
黒田那佳
敬具。
追伸
おじいちゃん(本家の当主)に津家大尉と共闘したって言ったら、何か変な顔で色々調べてみるって言ってました。何かやらかしたんですか?
▽
「く、黒田中尉!? あの黒田侯爵家のご息女で、506でエースのあの黒田中尉ですか!?」
服部軍曹は一々大仰だなと楠里は思いつつ、薄い木の板を取り外した。
そこに収められていたのは、確かに銃剣であった。
だが楠里が持っている銃剣とは異なる部分があった。
「刀身が、今のと比べて半分以下ですね」
「楠里ちゃんは興味が無いから知らないんだろうけど、今の銃剣って基本ソレだよ?」
リーネが苦笑しながらそう付け加えた。
「前大戦……騎兵戦時代の銃剣を使ってたのは貴方ぐらいですわ。そこまでいくともうショートソードと変わりませんわよ」
「坂本少佐は白兵戦時代の物なんですが……」
「それはそれ。これはこれですわ」
確かに柄、もといグリップの部分も格段に握りやすい。
今までのと比べ、小銃への着剣も容易になった。
着剣などほぼ使わないという点を除けば、現代軍隊のコンバットナイフに近いモノである。
「おや、柄に何か彫られてますね」
「……そ、それ! それ! 黒田侯爵家の御家紋では!?」
見ると確かに、由緒正しき家紋が彫り込まれていた。
ペリーヌはソレの意味する事を理解していたが、特に何も言わず、古い方の銃剣を楠里から受け取った。
「まぁ私の実家に展示でもしておきます」
そう言うペリーヌは、見えて来た立派な屋敷を指さした。
余談だが、楠里が普段から使っているペンには、クロステルマン家の貴族紋章が刻印されている。
▽
屋敷に到着した一行は、ペリーヌが保護している孤児たちに出迎えられた。
庭で畑仕事をしていたアメリー・プランジャール軍曹を始めとして、ペリーヌに仕える屋敷の使用人達は快く一行を歓迎した。
執事が議員が待っていると告げるも、授業の後が良いというペリーヌの意見は、この場の誰よりも尊重される。
まあその程度で文句や嫌味を言う議員程度なら、初めからペリーヌに相手にすらされない。
なので2、3時間程度なら待たせても問題は無い。
寧ろ議員も車移動で疲れている為、休憩がてら仮眠もとっている頃合いである。
そうして子供たちの勉強を教える為、屋敷内へ消えていくペリーヌ達。
それを見送った楠里は、さてどうしようかと辺りを見る。
正直、ロスマンから人に何か教えるのは諦めろと言われた手前、変な事は出来ない。
仕事を統括しているであろう家令は今は議員の相手で忙しい。
そうやって散歩をしていると、いつの間にか時間が経っていた。
忘れているかもしれないが、楠里はこの場で階級だけは1番高かったりする。
なので家主のペリーヌ以外文句は言えないが、そのペリーヌ本人は楠里が散歩していてもサボっていても怒らない。
寧ろこのまま何もせず静かに暮らしていろと言いたい。
そして時刻は夕方に差し掛かり、今夜の夕食の準備に各々が入った。
流石に楠里も手伝おうかと厨房を訪れたが、ペリーヌは優しい口調で味覚の無い奴は出ていけと追い出した。
困った表情で家令に目を向ける楠里だが、家令も困った表情で見返すだけだった。
扶桑の料理が完成し、皆揃って夕食となった時。
「あの、津家大尉の分が無いのですが」
『あっ』
普段は何も食べない楠里。
稀に食堂に顔を出したとしても、スープやお粥を少量口に入れるだけであった為、いつもの癖で用意を怠ってしまった。
だが事情を知らない人からすれば、ただただ楠里が虐められているようにしか見えない。
「私は皆さんが授業をしている間に食べました。なので要らないと最初に言っていたんですよ」
「そうだったのですね」
「えぇ。なので水だけで良いです」
誤魔化す為に芳佳達の乾いた笑いが響き合う。
「あ、ペリーヌさん地元のお店に買い出し行くの?……そこってペリーヌさんグッズとか売ってたりする?」
「は? そんな物あるわけ……え、まさか貴方の地元ってそこまで?」
「……」
「ま、まぁ良いじゃありませんの。滅私による経済援助って」
「鎌倉商店街特産、宮藤芳佳ちゃん饅頭。定価5銭です」
「止めて―!」
▽
場所は大きく変わり、時刻も少し巻き戻る。
東欧、第502JFW前線基地。
ブレイブウィッチーズはサンクトペテルブルグを防衛するという名目で組織されているが、実際の所は攻勢部隊だ。故に前線基地を転々としながら遊撃に走ったりと、501よりも激務が多い。
その部隊では、サーニャとエイラが現在慰留されていた。
サーニャの両親を探す為に東へ向かって居た折、補給の為に502に立ち寄ったのが始まりであった。
それはもう見事な囲い込みと、エイラの親友であるニパも使って、何やかんや、ズルズルと引き留められた結果、現在2人は502に仮所属という形になっている。
「ねぇエイラ。501の皆を占ってみない?」
与えられた2人部屋で、サーニャはエイラにそう提案した。
「ん? そうだなぁ、やってみるか」
「エイラ……」
そう言って占った結果では、芳佳に嘗てない危機が訪れるという内容であった。
「他の皆は大丈夫なの?」
「バルクホルンだとかは大丈夫みたいだナ。津家もいつも通りの死神だしハルトマンも多発顔面骨骨折症の未来が見えるだけだし」
「芳佳ちゃんの事心配だわ……勿論ハルトマンさんや楠里ちゃんも心配だよ!?」
エイラはあの2人に関してはもういつも通りの為何も思っていない。
何度占っても顔面が陥没する奴と、常に死神を出し続ける奴など一々心配などしていられない。時間の無駄も良い所である。
「サーニャは優しいナ」
そんなやり取りがあってから少し時が経ち、結局芳佳を助ける為にここを出ていくと決めた2人。
その報告をサーシャに言おうと執務室にやってきた2人。
現在ラルは所用で居ない為、その全ての業務がサーシャに投げられている。
「と、いう訳でここを出ていくんだナ」
さて、そう言われたサーシャの顔は、字面で表すには難しすぎる表情であった。
というのも、502はユニットの損耗率が何故か、そう何故か異様な程に多い。
その為エイラの未来予知でユニット損傷率を下げるという事までやっているのだ。それだけやって漸く食費をギリギリ削るか削らないかの状況だ。
そんなギリギリを持たせている肝心のエイラと、唯一エイラを好きに動かせるであろうサーニャが出て行くと言い出した。
「み、みみ、宮藤さんって今扶桑ですよね?」
「あぁそうだ! だから一刻も早くサーニャと両親を探しながら向かうんだな」
違うそうじゃない。安全な扶桑本国にいるのであれば、危機など起こらないのではないかとサーシャは言いたかった。無論ここから扶桑までどれだけ離れているという意味も込めてはいるが。
「それに、芳佳ちゃんの傍には楠里ちゃんもいるから、余計に心配で」
「津家軍曹が? じゃなくて津家大尉も?」
「はい」
確かにそれでは心配になるのは分かる。だがそれとこれとは別問題である。
今ここで502から2人が消えれば、やっと資金や資材面に余裕が出来たというのに逆戻りだ。
自身の胃の為にも絶対逃がさない決意を固めたサーシャ。
「や、辞めるには1ヶ月前の申請がですね」
目を泳がせながら何とか引き留めようとする。
「民間でもあるまいし」
「事が終われば、戻ってきますよね?」
「いや別に? じゃ、委細よろしく! 退室するんだな!」
全く取り付く島もないエイラは、サーニャを引っ張って外に出た。
502に慰留されている2人だが、残念な事にその指揮権は未だにミーナが持っている。
あくまでも臨時かつ善意で残っているだけなのだ。
そしてサーニャはこの日、執務室からサーシャの絶望を表す唸り声を聞いた。
▽
次の日。
502で送別会の様な催しが開かれた。
「エイラさん、サーニャさん! 津家さんにお手紙を渡して欲しいんです」
「おぉひかり。それぐらいならいーぞー」
「ひかりちゃん、楠里ちゃんと1番仲が良かったもんね」
しっかりと成長し、今や502のエースとなったひかりが、顔を赤らめながら頷いた。
「そうなんですよ! 天城の時からずーっと色々な事を教えてくれたんです」
横でそれを聞いていたロスマンは、その結果が精神論や根性論かと目を伏せた。
不肖の弟子が、超害悪思考を受け継いだ。
確かに努力や根性は大切である。それでも加減という物がある筈なのだ。
誰が首が物理的に消し飛び掛けても戦えと言ったか。
そもそも尖塔を登る時も戦闘する時も、曲芸染みた事をやれなんて言ってない。
挙句に頑張れば誰でも出来ると来たモノだ。
一教育者としても、心の底から腹の立つ考えである。
「度々情報が下りて来るけどよ、アイツあの1件以降もまた怪我とかしてるんだろ?」
「してるナ。胸に銃創、左顔面大火傷。それに伴い左目の視力無くなったから眼帯もしてる」
聞けば聞くほど生きてるのが不思議であり、聞いていた菅野達も顔を蒼褪めさせている。
「そうまでなって戦うって凄いけどよ、何でアイツ引退しねーんだ?」
「アイツの頭の中に引退なんて文字無いだロ」
「おいニパ。お前の再生力分けてやれよ」
「そーだぞニパ。その大きいおっぱい……おっぱいか。宮藤に揉ませれば魔法力が戻って、何やかんや津家の機能復活しねーかな」
「そんな事出来る訳ないだろ!?」
ニパのツッコミがエイラに炸裂した。
普段ならサーニャもエイラを叱るのだが、何だか本当に行けそうな気がしてしまったので、小さく頭を振る程度に留めた。
「この中なら、下原、ジョゼ、ニパ、ラル少佐辺りを差し出せば……いやひかりも行けるな」
「え!?……そ、それで津家さんが助かるなら!」
「エイラ、皆を巻き込んじゃ駄目よ」
「ほらサーニャさんもこう言っているんだから、変な事言うなよイッル」
この時出されたくだらない案が、まさか後に大きな意味を持ってくるとは、エイラ以外は誰も想像していなかった。
後にエイラはこう語る。
―――まあアレでどれだけ宮藤が非常識な存在か、改めて分かったよナ。何なんだろうなアイツ。