シャブ漬け少女のストライクウィッチーズ   作:文月フツカ

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501の魔女

1

 

 

 

 総員起こしの起床ラッパが基地に響き渡る。

 本日は記念すべき日だ。

 カールスラント空軍に所属するエーリカ・ハルトマンの叙勲式が執り行われる。250機撃墜を讃えて柏葉剣付騎士鉄十字章が渡されるのだ。

 

 睡眠薬を飲んでも深く眠れない楠里は、相も変わらず目の下に隈を作り、自室の扉を開けた。

 辺りを窺うと、寝ぼけ眼のウィッチ達も続々と部屋から出て来ていた。

 

 部屋の前で歯を磨くシャーロット・イェーガーに点呼を終えたミーナは、しっかりと野戦服を着て扉の前に立っている楠里にも挨拶をした。

 

「おはよう津家さん」

「おはようございます」

 

 特に何も変わった様子は無い。だがミーナは、毎日目の下に隈を作る楠里を見て言うのだ。

 

「毎日聞いてるけど、寝てるわよね?」

 

 そして楠里の返答も毎日変わらない。

 

「寝てますよ」

 

 どこまで本当かしらねと疑惑の視線を向けるまでが、ミーナと楠里の毎朝の日課だ。

 

「そう。叙勲式の勲章と共に補給も到着の予定よ。1700にハンガーに来るように」

 

 ミーナは他のメンバーへの挨拶の為にそのまま去って行った。

 

 暫くその場で立ち尽くし、窓から差し込む日光を浴びていると、何やら怒っているバルクホルンが歩いてきた。

 

「おはようございます。どうかなされましたか」

「あぁ、おはよう津家。未だに眠りこけているハルトマンを起こし行くのだ。付いてこい」

 

 お二人のやり取りも毎朝恒例ですねと思いつつ、楠里はバルクホルンに追従する。

 

 

「さっさと準備して食堂に来い!」

 

 バルクホルンは、ズボンを穿いていないハルトマンを見て顔を赤らめながら部屋を後にした。

 

「まったく~……朝からトゥルーデはうるさいなぁ。そう思わない?」

「全く元気が無くて暗いより良いではないですか」

 

 それ君が言う?と言った表情で再びシーツを被って寝始めたハルトマン。

 楠里は無理矢理連れて行こうとも思っておらず、ハルトマンのベッドの上を簡単に片づけ始めた。

 

 数分で人1人が寝られるスペースを作り終えると、シーツに包まっているハルトマンを優しく抱き抱え、ベッドの上へと乗せた。

 ついでに着替えも畳んで置いておこうかと思ったが、勝手に漁られるのも気分が悪いだろうと思い部屋を後にした。

 

「……」

 

 シーツの隙間からその様子を見ていたハルトマンは、楠里が去って数分後、のそのそと起き上がった。

 

 後に、着替えを手伝っていれば、あのような事にはならなかったと、楠里は反省している。

 

 

 

 食堂にて。

 楠里はシャーリーとバルクホルンと共に朝食を取っていた。

 とはいっても、楠里は小皿に取り分けた一つを処理しきった段階で満腹だ。

 案の定というか当たり前というか、胃を始めとして内臓も弱っているために食べられない。

 なので同じ小柄でありながら沢山食べるルッキーニは、楠里が見ていて気持ちがいいのだ。

 

 たった一つの蒸かした芋を、たっぷり30分は掛けて処理しきった楠里は、手を合わせた。

 

「なんだ津家、一つしか食べてないではないか」

 

 あまりの少なさと、あまりの時間の掛け様。

 見かねたバルクホルンがもっと食えと芋を皿に移した。

 

「あーあこれだから……どーみても津家が食える量じゃねーだろ」

 

 

 頑張って渡された芋を消費する楠里の横で、ハルトマンも朝食を取っていた。

 最果てでは食べたくても食べられなかったからか、残すといった考えは無い楠里は、無心で味の無い芋の感触をした芋を消費していた。

 

「ねー津家。さっきから何も付けずに食べているけど飽きないの?」

「私は大丈夫です」

 

 心なしかいつもより声も低い楠里を見かねたハルトマンは、ほいっと塩を投げ渡した。

 

「使いなよー」

 

 器用に塩を受け取った楠里は、お礼を言いながら塩を振りかけて食べた。

 

「丁度良い塩加減で美味しいです」

「……ふ~ん」

 

 ハルトマンは楠里に渡した容器に一瞬目を向けて、すぐに自分の芋に齧り付いた。

 砂糖なんだけどなーと心の中で思いつつも、何か理由があるのかと特に追求しないハルトマンであった。

 

 

 

 ズボンが無くなった。

 食堂にやってきた芳佳らが言い放った一言で、事件発生を知った楠里。

 

「なら私のを貸してやろう」

 

 バルクホルンの善意の提案だが、芳佳は流石に遠慮した。上官で年上から、しかも今穿いてたズボンを直渡しで借りる勇気は持ってない。

 

 気を利かせた坂本が士官服を芳佳に被せて辺りを見渡した。

 ペリーヌの前に風呂場に居たのは誰か、そんな風に話が進み続け、楠里の横であからさまに震えていたルッキーニが逃亡を図った。

 

 バタバタと追いかけていく芳佳らを見送った楠里。だが不意に手を滑らせてフォークを地面に落としてしまった。

 

 拾うためにしゃがんだ楠里は、ふとハルトマンのズボンが目に入った。

 明らかに今まで履いていたズボンと模様が違うため、楠里はハルトマンに尋ねた。

 

「あの、ハルトマン中尉。大変失礼ですが、今日穿かれているズボンは一体……」

「ん?」

 

 楠里はその先の言葉を何も言わなかった。まぁ誰しも予備のズボンは持ってるかと思い、ハルトマンに何でもないですと告げてから部屋に戻った。

 

 どう見てもルッキーニのズボンであったが、巻き込まれるのが嫌だった楠里は、その場を退散する事を選んだのだ。

 

 

 自分の部屋に戻った楠里は、野戦服をテーブルの上に置いて、椅子に座って本を読んでいた。

 ミーナに借り受けた恋愛小説を、興味なさげにパラパラ捲りながら、補給の事を考えていた。

 

 連合軍司令部を通して送られてくる補給。ミーナが上に掛け合ってくれたらしいのだが、楠里は今までの経験から、特に内容には期待していなかった。

 

 飛んでくる罵倒や失笑が補給だとするならば、楠里は補給過多といった状態である。

 あれやこれやと考えていると、突如部屋の扉が勢い良く開かれた。

 ホルスターに入っていたmars automaticを抜き放ち、素早く照準を合わせた楠里。だが入って来た人物であるルッキーニを見て、すぐに銃を下ろした。

 だが銃を向けられた本人は気にした様子も無く、楠里にこう言い放って窓際に近づいた。

 

「ちょっと貸して!」

 

 ルッキーニが手に持ったのは、楠里の野戦服である。

 余りの出来事に行動が遅れた楠里。するとルッキーニが窓を開けて、楠里の野戦服を使ってパイプを降り始めた。

 地面に着いたルッキーニは、なぜか素早く野戦服を羽織ると、そのまま去って行った。

 

「入るぞ津家! ここにルッキーニが来なかったか!?」

 

 入って来たシャーリーの言葉を聞いて、まだ騒動が収まっていないのかとため息が出た楠里は、窓を指さした。

 

「私の服を引っ掴んでその窓から降りられましたよ」

 

 まだ罪を重ねるのかと、芳佳やシャーリーらは急いで部屋を出て行った。

 残された楠里は、後で服を返してもらおうと思い、再び椅子に座り込んだ所で、ある事に気づいた。

 

―――特殊強心剤はともかく、睡眠薬やアレらは報告してなかった筈。

 

 容器が割れるぐらいであれば良いが、ミーナ中佐らにバレると、余計な心配をさせてしまう。

 そういった危惧が頭に過った楠里は、急いで後を追いかけるのであった。

 

 

 

 遅れてハンガーにやって来た楠里は、サイレンを聞いて集合していたメンバーに合流した。

 

「坂本さん、私、穿いてません」

「私も、ちょっとスケスケで……」

 

 楠里は芳佳とペリーヌに同情の視線を送りつつ、坂本にも目を向けた。

 

「空では誰も見ていない!」

 

 豪快にそう笑い飛ばした坂本の言葉に、その場にいた皆が困惑した。

 さらに、警報を聞いて起きてきたサーニャが、エイラを見つけ、ズボンの取り合いに発展した。

 

「少佐、流石にそれはどうかと思いますが……」

「なぁ津家よ。一度ぐらい服やらズボンも無しで飛び立つ経験も必要だぞ?」

 

 楠里は尉官服が破れた時の事を思い出した。さてどうしようかと悩んでいる時だって、ネウロイは待ってくれないのだ。

 1回だけズボンだけでの出撃もした事がある楠里は、暫く考え込んでから首を振った。

 

「まぁ私はもう慣れていますからどうも思いませんが」

 

 首を振っても、出てくるのはこんな言葉であった。

 

「何やってんだコイツら……出撃だ! 全機続け!」

「りょーかーい」

 

 バルクホルンらが出撃しようとしたその時、ミーナとリネットが滑走路で制止した。

 

「ネウロイはいません」

 

 ルッキーニが隠れる為に忍び込んだ部屋で、瓶に足を取られてサイレンを鳴らした。これが事の顛末であった。

 

「流石だミーナ中佐」

 

 ミーナの早期事件解決力に、坂本はミーナを褒め称えた。

 だがミーナは今回の事件で一番のお手柄であるウィッチ、ハルトマンを紹介した。

 

「この混乱の中、素晴らしい冷静さでした、ハルトマン中尉」

 

 その言葉を皮切りに、他のメンバーが次々と集まって称賛の言葉を送った。

 

「いや~、どうもどうも」

 

 ただ楠里だけがハルトマンを微妙な表情で見つめていた。

 この人がルッキーニ少尉のズボンを取ったのが事の元凶ではと口に出そうかと考えたが、叙勲式を前に言っても詮無いかと口を噤んだ。

 

 幸いポケットの中身に気づいていないミーナから野戦服を受け取って、楠里はその場で袖を通した。

 その時、一枚の写真が内ポケットより落ち、他のメンバーの足元にヒラヒラと落ちていった。

 

「津家さん。これ落としたわよ?」

 

 サーニャが落ちた写真を拾いつつも、気になったのか目を向けた。

 エイラやバルクホルンと言った他のメンバーも気になったのか、次々と写真を覗き込んだ。

 

 そこに写っていたのは、楠里と数十人の陸戦隊だった。

 ただし、今の楠里と比べ物にならない程に顔色が良く、瞳に光も宿っており、隈も無く、何より、薄くではあるが笑っていた。

 

「これ、今の津家と大分印象が違うな」

 

 バルクホルンがそう感想を述べ、エイラが写真と今の楠里を見比べていた。

 

 その写真は、最果てに着いてまだ間もない頃、陸戦隊の一人が持っていたカメラで撮られた写真であった。

 辛い環境ではあるが、皆で力を合わせて頑張ろうとの決意を込めて撮った集合写真。

 

 だが写真に写っていた陸戦隊の殆どは、楠里のネウロイ撃破が遅れたために帰らぬ人となった。

 最果ての地上戦は、対空砲火や塹壕からの機銃で迎え撃つと言った"戦闘"などではない。

 塹壕という名前の穴から、小火器でネウロイを引き付ける時間稼ぎが、彼らの仕事であったのだ。

 

 地上に気を取られた隙に、楠里が同じ箇所に三八式で撃ち込んで、コアを破壊するまで耐える時間稼ぎ。

 

 部隊損耗率60%という数字を叩き出した結果は、今も楠里が思い悩む数少ない点である。

 

 そんな写真を見て次々感想を述べる中、写真を受け取った楠里は内ポケットに仕舞い込んだ。

 

「そろそろ中尉の叙勲式の時間ですね」

 

 楠里のその言葉で、皆はハルトマンを祝うために準備を進めていった。

 ミーナと坂本と芳佳の三名は、そんな楠里を暫くの間眺めているのであった。

 

 

 

 

 ハルトマン中尉の叙勲式が終わってから数時間後。

 いよいよ楠里の補給物資を確認する時が来た。今までの扱い故に何を仕込まれているか怪しむミーナと坂本が、トラックから運び出される荷物に視線を向けていた。

 連合軍司令部を通して、扶桑司令部に、津家楠里の補給を再度要請したのだ。

 使える戦力に対して補給を止めるとはどういう事かと苦情付きで。

 

 ここで冷水を浴びせられたのが軍医少将で、何故補給物資が届いていないのかと激怒する軍令部総長。

 今この瞬間、扶桑本土の司令室で、件の少将と軍令部総長が腹の探り合いを行っているのだが、この基地にいる人間には関係の無い話だ。

 

「……さて、連合軍司令部は仕事が出来るのか」

 

 ミーナと坂本が後ろで見る中、補給物資が入っている物資クレートを開ける楠里。

 現代に例えるなら期間限定の推しキャラガチャを引くかの如く緊張している二人。だが肝心の本人と言えば、まるで1日に一回無料で引けるガチャをやるような気持ちだ。

 

 クレートの中から出てきたのは、真新しい扶桑海軍用の制服であった。階級は変わらず軍曹のままではあるが、これは仕方ない事であった。新しい服を見た楠里は、野戦服の方が便利だと思いつつ横に置いた。

 

 続いてガンケースの中身だ。こちらは当初の予定通りで、1911と予備マガジン2つが収められていた。

 マガジンを挿入して構えた。戦闘や訓練でもないのでスライドは引かない。

 

 特に違和感が無いと感じた楠里は、mars automaticと交換した。

 

「後でその1911を分解整備して、安全を確認の後報告するように。何か仕掛けてるかもしれん」

 

 すっかり楠里の事で疑り深くなってしまった坂本とミーナであった。だが楠里は分かりましたと返事を返すに留まった。

 

 

 そして最後に、大きな布が被せてある台の前へと足を進めた。

 

「新しいユニットも基地の整備兵が一度オーバーホール作業を行って、安全が確約されたら使っていいわ」

「あの、流石にユニットまで細工をする事は無いかと……」

 

 それを聞いたミーナは、予想通りと言わんばかりに楠里の意見を封じに掛かった。

 

「あら楠里さん。あんなオンボロで戦えてたのなら、別の廃棄寸前でも十分戦えるとかで、ホントにゴミを押し付けられているかもしれないわよ?」

「……」

 

 楠里はもういつ死んでもいいとは思っているが、自分の不注意でこの基地の人に被害を与えたくないと思っているのも事実であった。

 仮に自分が戦死したとしよう。責められるのは誰か……まずは戦闘隊長の坂本で、次に基地司令のミーナである。

 

「後は各種整備用品であったり、小物がと言った所か」

 

 こうして楠里の補給用品確認は終わった。

 

 因みにではあるが、1911には案の定だが細工が仕掛けてあった。撃針が削られ、本当にギリギリ届かないという嫌がらせであった。

 やってる事の小ささに、楠里もため息が出てしまう程であった。幸い替えの部品はシャーリーが持っていたので分けて貰い、この事を報告した。

 

「あらそう……」

「……」

 

 人間は怒ると笑顔になるという。それは威嚇を表すのが元来笑顔だとか何処かで聞いたな、と楠里はそう思いつつ、原因の1911を置いて退室した。

 

 この細工も軍医少将であるのだが、やったのは彼の子飼いの部下である。

 本来なら、一発撃てば銃が爆発する仕掛けを施すようにとの命令であったが、この部下は過日、津家楠里絡みで中将が処刑されたのを知っていた。

 そんな劇物にちょっかいを出す雇い主からいい加減離れたかった部下は、コレを機に軍令部総長へとすり寄っていく。

 皮肉な話だが、この男の行動が皮切りとなり、ゆっくりとだが楠里の環境は改善されていく。

 

 

1.fin.

 

 

2

 

 

 

 数日後。

 新しい制服に身を包んだ楠里は、ミーナにラウンジへ来るようにと指示を受けた。

 

 ネウロイに対する会議かと思い扉を開けると、そこには501のウィッチ全員が座って談笑をしていた。

 

「あー! 新しい服になってる!」

 

 真っ先に気づいたルッキーニが、大声で楠里を指さした。その言葉に反応して、その場の全員が楠里へと視線を向けた。

 

「新しい制服来たんだ!」

「うむ。やっと本来の軍服が到着したか」

 

 芳佳やバルクホルンが言葉を掛け、サーニャ達が似合ってると褒め称えた。

 褒められるなどという行為に慣れていない上に、褒められると思っていなかった楠里。

 

「あぁ、どうも……変ではないですか」

 

 別段変わった所は見受けられないと指摘され、とりあえずは椅子に座って落ち着いた。

 

「まぁ今後はその服だけでと言いたいですが、式典などがある場合を除いて、今まで通りの野戦服でいいわ」

「ミーナ中佐。それでは軍規が」

 

 まぁいいじゃないのとトゥルーデを宥めたミーナは、皆に目立たないよう耳打ちした。

 

「津家さんに関しては、まぁ……色々とあってね」

「……それは私にも話せないのか」

「少なくとも私の独断ではね。本人が話しても良いっていうなら別だけど」

 

 ここで、仮にバルクホルンが楠里に話せと言えば、ミーナの努力も虚しく、洗いざらいぶちまけられる。

 まさしく自走する劇物である。

 

「では、本日集まって貰った理由をミーナ中佐より賜るとしよう」

 

 坂本が改めてミーナに理由を聞いた。出撃でもないのに集まるというのは、何かしらの異常事態があったかと誰もが予想した。

 

「今日集まって貰ったのはね、津家軍曹とこの中の誰かに訓練で模擬戦をして貰う為よ」

 

 本来こういった事は訓練教官も兼ねている坂本の領分なのだが、今回に限っては坂本も参加側での希望であったため、こうしてミーナが纏めているのである。

 

「知っての通り、津家はユニットに問題があったので、殆ど訓練に参加していなかった。だが昨日漸く新しいユニットが到着してな。整備兵と私達も安全が確認出来たので許可を出した次第だ」

 

 さて津家と戦ってみたい奴は居るかと声を掛ければ、バルクホルン、ハルトマンが挙手をした。

 シャーリーやルッキーニ、ペリーヌはとりあえず様子見を決め込み、エイラとサーニャは完全に見る側の立場を取った。宮藤やリネットも見る側だ。

 

「あらあら。1対1を繰り返すのも時間が掛かるし、二機編隊(ロッテ)でやりましょうか」

 

「ではどう分ける」

「まぁ無難に私と津家。バルクホルンとハルトマンのペアが分かりやすいな」

 

 そうやってカールスラントが誇るウルトラエースらのコンビは、楠里が何か言う間もなく準備のために部屋から出て行ってしまった。

 

「新しいユニットの慣熟飛行が修了していませんが」

「ネウロイは我らの訓練が終わるまで待ってくれん。お前が一番知っていように」

「ごもっともですね」

 

 坂本と楠里はそう言いながら部屋を出た。後に残されたウィッチは、始まるまでの間に今回の模擬戦について雑談をしている。

 

「津家って少し前に学校を出た新人だろ? よりによってあの二人と戦わせるのか?」

 

 エイラの疑問はもっともである。片や撃墜数200を超える最高戦力のエース二人、片や同じようにエースであるが、もう一人は飛行時間もそんなにないであろう新人。

 結果は火を見るよりも明らかで、これならペリーヌやリネットらと戦った方が為にもなる。

 

 だが、津家楠里という戦力を何時までも地上に置いておけるほど戦況も良くない。

 本人は戦闘を忌避してはいないので、いい加減に戦って貰わなければならないのだ。だが津家の戦闘力は真に残念ながらエース級である。しかも実戦経験の豊富さもその過去から保証されている。

 少なくとも旧式のユニットと貧弱な兵装でも、大型を墜とせると示してしまっている。

 では今の状況を改めてみると、最新型ではないが問題の無い信頼できる型と、使っても問題が無い銃器一式。

 固有魔法は一旦考えないとしても、一方的にやられるという事は無い筈である。

 

 

 

 滑走路で多くの人員が空を見上げる中。

 坂本が隊長機のAチーム、バルクホルンが隊長のBチームは、お互いのスタート位置に着いた。このままお互いにすれ違ってスタートである。

 

「ユニットの調子はどうだ」

「今までの速度より3割は出ていますし、旋回性能も良好です」

 

 楠里に与えられた新たなユニットは名前を零式艦上戦闘脚二二型といい、今までの一一型とは比べ物にならない程に性能が上がっている。これは今現在扶桑海軍で一般的に採用されている型である二一型を更に改良したモノだ。

 因みにではあるが、楠里の一一型は坂本でも飛ばすのは非常に困難であった。一度試しに上がってみたのだが、率直な感想としては酷いの一言だった。

 簡単に纏めれば魔力を込めても反応しないし速度も出ない。魔力アシストを使って余裕で持てるはずの機関銃が持てない、旋回速度も劣悪である。また魔力接続部も壊れているのか、ほんの少しでも戦闘機動を取ると、ユニットが外れそうだったのだ。

 戦闘機に例えると、常に失速寸前であり、下手に旋回したら羽が折れるぐらい老朽化している。搭載されている機関銃は、留め具から外れて既に無いといった感じだ。

 

「それは、そうだろうな」

 

 寧ろあんなのでやってこれたお前が凄いんだと心の中で坂本は称賛を送った。

 

「少佐。ご指示を」

「やる事は単純だ。今回お前はライフルではなく機関銃を持っている。なので私の戦闘機動に合わせつつ、相手をペイントまみれにする。ただし知っての通りあの二人は世界最強と言ってもいい。油断すればこちらがペイントまみれになるぞ?」

「まぁやってみましょう」

「その意気だ。どうしてもという場合は編隊解除しても構わん。最果て帰りの実力を示してやれ」

「少佐はその最果ての単語お好きですね……交戦開始」

 

 

 

 

 ハルトマンはまるで勘で動いているかのように、トリッキーな動きをする。

 対してバルクホルンは戦闘経験からくる堅実かつ安定した戦闘を行う。

 このコンビの厄介な所は、ハルトマンがこれでもかと搔き乱し、それに気を取られると、バルクホルンがここぞと言わんばかりに攻めてくる。そうして鉄壁のバルクホルンに目が行くと、どこを向いているのかと言った感じでハルトマンがまたおちょくってくる。

 

「相も変わらず見事な連携だ」

 

 坂本も扶桑が誇るエースであるため、カールスラントのエース二人に食いついて行っている。では肝心の楠里はどうかと言うと、こちらもこちらで延々と攻撃を避けている。

 

「あーもうまた外れた! もう紙吹雪じゃないんだからさー!」

「焦るな! こちらが焦って集中力を乱すと撃ってくるぞ! 全く、zeke乗りのお手本だな」

 

 射線が通り、当たると確信して撃った弾は、その全てが避けられる。

 しかも大きく旋回して躱すという方法ではなく、エルロンロールやバレルロール、ピッチのアップダウンと言ったように、当たりそうで当たらないという嫌がらせのような回避方法だ。

 そのためにハルトマンがムキになって追いかけ、当初の連携が崩れ始めていた。

 挙句に、少し速度を付けすぎると、エルロンロールで前に押し出されて後ろを取られるというオマケ付き。

 

 基本的に楠里は、攻撃をロールで回避する。大きく旋回するループなどはあまり使わないのだ。

 何せループは魔力も使うし体にも負担が掛かる。彼の地では連戦が当たり前であったため、温存出来る所はしておかないとダメなのだ。

 

 楠里の実戦を通した基礎と応用の技術の高さは、横須賀で坂本も認める程の腕前だ。

 

 何度目かの回避の後、楠里が高度で有利を獲得しバルクホルンの正面を飛ぶ。

 対してバルクホルンはユニットの出力を生かして、楠里に真正面から突っ込んだ。

 

 すると突然楠里が逆さになり、天地が反転した。その状態でバルクホルンに突っ込む―――と見せかけ、その場で縦に急旋回を掛けた。

 これに驚いたのはバルクホルンだ。突っ込んでくると思いきや、急に速度を落とす行為に出たため動きが間に合わず、銃を構える前に楠里の遥か後ろに遠ざかってしまった。

 

「不味い!」

 

 そういって急いで振り向こうとしたが、速度が乗り過ぎているため急制動を掛けられない。その間に旋回性能を活かして反転を終えた楠里が、後ろ姿を見せているバルクホルンへと照準を定めた。

 

「貸しひと~つ!」

 

 直後、ハルトマンが楠里の上後ろを取り、ペイント弾を発射した。だがすぐにバレルロールへと移行してハルトマンを前に押し出す機動に入る。

 

「おっと」

 

 ここで坂本がハルトマンの後ろを取って楠里の動きを援護する。そしてとうとう楠里を追い抜かしてしまった。

 煮えを切らしたハルトマンが旋回してから一度上昇しようとした所で、ハルトマンの後ろ下に付いた楠里はペイント弾を発射する。

 

「へっへー。その程度じゃ当たってあげられないよー」

 

 ペイント弾を避ける為に急上昇したハルトマンは、心の中で自分の失策を悟った。

 

―――あ、回避するために引き起こしたら、速度が落ちて的じゃん。

 

 事実、それを待ってたと楠里は左へと思いっきり捻り込み射線を確保してペイント弾を放ち―――

 

「これで借りは無しだ!」

 

 態勢を立て直したバルクホルンが、楠里へと牽制射撃を行って、ハルトマンの被弾を間一髪阻止した。

 

 

 

 流動的に動く空戦の最中。

 

「クソ、アレで新人だと!? 動きが歴戦のエースのソレではないか!」

 

 ゲルトルート・バルクホルンも、エーリカ・ハルトマンに一切劣らないエースである。

 戦闘隊長の坂本が強いのは知っているが、津家の強さは予想が違った。

 数分もすれば新人の津家は脱落するかと予想していたが、開始から10分経っても戦況に変化は訪れない。

 

「ミーナ中佐、絶対津家の事で隠し事あるよねー。あんな動き天才の一言でも無理だよ」

「分かっている!……ハルトマン、もう一度行くぞ」

「ほいほーい」

 

 一旦態勢を立て直したカールスラントのエース二人は、扶桑のエースに突っ込んでいった。

 扶桑のエースである坂本は、楠里の心配をした。

 

「どうだ楠里。世界最強のエースとの戦闘は」

「いやはや、避けるだけで精一杯です」

「はっはっはっは。そうは言いながらも隙を見つけては攻撃している。お前は零式艦上戦闘脚乗りのお手本だな!」

「それはどうも。向こうも再度いらっしゃいましたよ」

 

「うむ。私の捻り込みをあそこまで出来るのであれば、この戦いは心配要らんな」

 

 そう言って再度正面ですれ違い、戦闘は第3ラウンドへと入って行った。

 

 

 

 楠里の実戦経験からして予想は出来ていたが、やはり彼女は即戦力の認識で間違いは無い。

 ミーナは心の中でそう思いつつも、この試合の趨勢を読み切っていた。

 

 残念ではあるが、楠里はこの模擬戦に勝てない。

 楠里は確かに実戦経験豊富ではあるが、それは他のウィッチ達とて同じなのだ。まさかハルトマンやバルクホルンが戦闘を行っていないなどと言う訳は無い。

 楠里が訓練しか出来なかった時も、彼女らは戦っていたのだ。

 そういった紙一重の差で楠里は敗北した。

 

 もっと簡潔に言うと、体力が尽きたのである。最果てと比較する事自体烏滸がましい501の恵まれた環境下で、飛行も禁止し、実戦も禁止されていた楠里は、当たり前だが体力が落ちた。

 固有魔法やら薬やらでブーストして戦ってた頃とは違うのだ。

 

「おいおい、ウルトラエースと渡り合ってるぞ」

「な、なんなのですかあの人。し、新人……新人?」

 

 ミーナはシャーリーやペリーヌの気持ちもちゃんと分かる。

 基礎練習も諸事情であまり出来ていなかった人が、あんな動きをしてエースと渡り合ったら、顎が外れそうになるまでぽかんとするのも頷けるのだ。

 他の人も楠里の動きを見て、驚愕やら何やら、色々な表情を浮かべていた。

 

 唯一、芳佳だけは、あーまあそれぐらい出来そうだったよねーという顔で苦笑いをしていたのだった。

 

 

 

 楠里の体力切れを狙った紙一重の攻撃が、真新しいユニットを掠った。本当に微若干のペイントで、まだセーフの判定であったが、楠里にとってコレは負けである。

 彼の地での影響か、楠里は坂本に被弾の報告を入れて滑走路に戻ってきた。

 

「おかえりなさい。その程度ならまだセーフよ?」

 

 ミーナの言葉に楠里は珍しく口元を上げて言った。

 

「セーフ? この程度の被弾で即死の世界でしたから、実感が湧きません」

「……そう。坂本少佐たちの方も終わったから、休憩にしましょうか」

 

 この少しの沈黙の間に、ミーナは吐き気を数回我慢して抑え込んだ。最近楠里の過去を聞くのが心身共につらいミーナ。

 拒絶反応と言っても差し支えないが、どうやら坂本も似たような感じらしい。

 

 戻った楠里は、他のメンバー達から驚愕や感嘆の言葉で出迎えられた。

 空から降りて戻ってきたハルトマンは真っ先に楠里へと抱き着き、もう1回もう1回と模擬戦をせがんでいる。

 

 バルクホルンはその状況を見ながら、楠里の事を尋ねるべくミーナに近づいた。

 

 

 後に、エーリカ・ハルトマンとゲルトルート・バルクホルンは津家楠里の事をこう語る。

 

―――奴は間違いなく英雄だった。 

 

  ―――その事に文句があるなら言いなよ。その覚悟があるならね。

 

 

2,fin.

 

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