シャブ漬け少女のストライクウィッチーズ   作:文月フツカ

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時間と魔女

 月が顔を覗かせる夜。

 

 基地滑走路の隅で楠里は座っていた。

 格納庫から感じる芳佳の微弱な魔法力を感じつつ、月を眺めている。

 

 暫くそうしていると、人の気配が1つ増えた。

 

 少し横目で確認してみれば、それは先日入隊したばかりの静夏であった。

 恐らく芳佳の魔法力やエンジン音で目が覚めたのであろうか。

 

 芳佳を心配するように格納庫の中を見ている。それを見た楠里は特に何か思うでもなく、また行動するでもなく放っておいた。

 

 少し前なら静夏や芳佳に声を掛けていた。

 体がおかしいのは今更だが、気力というか精神面においても変化が生じ始めていた。

 

 ミーナ曰く、楠里は声を掛けるまで呆けている事が多くなったという。2、3度名前を呼んで漸く反応すると言った事が多い。

 この事を501専属の軍医に相談した所、原因は様々だが、老化による痴呆現象ではないかと診断された。

 

 間違っても未成年に対して使う言葉ではないが、まぁ在り得る話かと自身で結論付けた。

 

 だが同時に1つ分かった事がある。

 

 元から持っていた固有魔法『脳内麻薬術式』を使えば、幾分か以前の様に素早く反応出来る。

 魔法力を使えばそれと比例して寿命が減っていくが、使わなければそれはそれで戦闘で負傷しやすくなる。

 

 なので再結成されてからというもの、楠里は常に脳内麻薬術式を使い続けている。

 この調子で使い続けるなら、どれだけ持ってもあと3ヵ月程度だ。

 

 なんせ一度は死んだ体なのだ。それを魔法力という不思議パワーで無理矢理動かしているに過ぎない。

 どんな異常が出ても、何らおかしくはない。

 

 去っていく静夏を虚ろな瞳で見送った。

 

 

 楠里自身は出撃出来ると言っても、ミーナを始めとした周囲は止める。引退でもすればいいのだが、扶桑本土へ置く事はハルトマンもバルクホルンも反対の立場だ。

 

 なら油断こそ出来ないが、ブリタニアならどうかという話も上がっている。

 

 あーだこーだと言われる中で、最も楠里を放り込むに適した環境は、現状ペリーヌの屋敷だ。

 

 今だってミーナ、芳佳、静夏の3名で行われている出撃の可否云々のやり取りが、何処か遠い対岸の火事の様に思えて仕方が無い楠里。

 

 

 基地へ三方向から襲来したネウロイを迎撃する為、出撃したミーナや芳佳らを見送った楠里は、また思考が鈍くなったと自省する。以前よりも少しずつ投与量が増えた脳内麻薬を回しつつ、眠気覚ましのコーヒーを飲む。

 

 

 暫く時が経ち、無線機から聞こえてくるネウロイ撃破の知らせと、芳佳らの姦しい声を聞きつつ、管制室で目を瞑る楠里であった。

 

 

 

 歳を重ねると時間の経ち方が早く感じる。

 

 今の楠里は正にその状態だ。以前は24時間が途轍もなく長く感じていたが、今や体感数時間で月が顔を出している。

 

 これではいけないと何度か頭を振り、自意識を集中させる。だがどうしても直ぐに意識が薄くなる。

 睡魔が襲って来ると言う表現が近い。

 

 この眠気に流されると危ないと、楠里は本能で分かっている為、悪循環だが脳内麻薬を回す。

 

 冷や水を浴びせられたか、ジャーキングの一種なのか。素早く覚醒した楠里は、補給品のリストに目を通す。

 

「……津家さん、少し休む?」

 

 ミーナは楠里の違和感を何処か感じ取っているが、どうにも確証が得られない。

 専属軍医に聞いてみたが、本人が固く口止めを要請している為話せないとの事だ。

 

 部下の健康状態を把握するのも上官の役目だと、上官権限で無理矢理口を割らせれば、返って来たのは老化という答え。

 

 老化。

 

 老化なのだ。

 

 楠里は少し長い間悩んだ。

 

 いつもなら大丈夫ですと答える楠里は、今日はそのような気配は無かった。

 

「お言葉に甘えます」

 

 楠里はバインダーをミーナに手渡すとその場を離れた。

 

 自室へと戻った楠里は、備え付けの椅子に座ると天井を眺める。

 

―――少しだけ、少しだけ眠ろう。

 

 脳に回していたアドレナリンを切ると同時、凄まじく体が怠くなり、頭の中枢が麻痺していく感覚に陥る。

 

 椅子に座ってから僅か10秒。楠里は意識を手放した。

 

 基地に響くバイクのエンジン音も耳に入らず、楠里は眠り続けた。

 

 

 次の日、501のメンバーは何処か落ち着かない雰囲気であった。

 

 朝食はいつもの事だが、定時になっても、昼になっても楠里が姿を見せなかった。

 ミーナとバルクホルンが部屋の扉をノックしても無反応で、マスターキーを使い入って見れば、椅子の上で寝ている楠里を見た。

 

 ただ、異常な程呼吸が深く、また回数も低い。

 

 直ちに軍医のいる医務室へ放り込んだ所、聴診器を当てた軍医は渋い顔をした。

 

「脈拍、呼吸、心拍数が平均値を下回っています。これは……」

「これは、何なんだ! いいから言ってくれ!」

 

 口を閉ざす医師の対応に焦れたバルクホルンが、続きを催促する。

 

「津家少佐はロマーニャ解放の時、一度死んだ様なものです。今は……言い方は悪いですが、魔法力で動いている死体なんです。今回は効果の強い薬品で乗り切れますが、今後は症状がより顕著になっていくと思われます」

「じゃあ、このまま行けば……」

「何れはあらゆる機能が停止します。脳にある記憶にも影響が出ている筈です。意識が戻り次第、何か質問をして、整合性を確認する方が良いでしょう。医者として、軍務遂行は不可能の診断を出しておきます。後方移送か退役、またはこの場での即時除隊も」

 

「……」

 

 実は先ほどから目が覚めていた楠里は、まだ寝ている振りをしつつ話を聞いていた。

 足手纏いな自身を早々に切る考えは、正直に言って賛成だ。軍に居てもやれる事など無いに等しいのだから。

 

 

 ペリーヌ、芳佳、静夏がネーデルラントへ向かった頃。

 楠里は執務机に置かれた固定電話の受話器を手に持っていた。

 

 ダイヤルを回し、交換手が出れば司令部へと繋いでもらう。

 

 用件を伝え、坂本を呼び出して貰った。

 

『坂本だ、どうした』

「津家です。坂本さん、少し相談したい事があるので、一度ネーデルラント基地へご足労願えませんか」

『電話では駄目なのか?』

「えぇ。少々込み入った事ですので」

 

 坂本はそれを聞くと、数日以内に向かうと言って電話を切った。

 

「少佐にどんな用事なの?」

 

 ミーナは気になり楠里に内容を尋ねた。

 だが坂本と話し終えた後、内容を整理して話すと言ってはぐらかした。

 

 少し寂しそうなミーナを見た楠里は、罪悪感がもたげてその方針を改めた。

 

「すいません中佐。やはり坂本さんとの話し合いに中佐も参加してください」

「!……えぇ分かったわ」

 

 などと言っていった数時間後、坂本が到着した。

 

 数日以内と坂本は言っていたのだが、急に、そして偶然かつ幸運にも基地へ赴く用事が入ったとの事だ。

 過保護だなと楠里は思ったが、ミーナ中佐に会いたかったからかと勝手に結論付けた。

 

 なお当人たちがそれを聞けば呆れる事間違い無しである。

 

 

「それで、相談とは?」

「はい、実は―――」

 

 楠里の相談事とは、人の紹介だ。

 坂本程の人脈を持つならば、茂野少佐の様な万能に近い人を知っているのではないかと。

 

 先日の意識喪失を得て、呆ける事に関しても話し、どうにか出来る人は居ないかと相談した。

 

「結論から言うと、居ない。アイツとは同期だったから分かるが、あんな奴は他に1人としていないだろう」

「あらゆる異常箇所が即座に分かり、最も最適解な方法で治療を施し、後遺症や副作用を一切起こさない技術を持った人の代わりは、流石に居ませんか」

「自分で言っていて分かるだろう? 居ないんだよ……仮に居たら既に有名人だ」

 

 そういうと坂本は持ってきたカバンの中から、少し大きめの手帳を取り出した。

 そしてあるページを開いて、ミーナと楠里に見えるように机に置いた。

 

「一時的な意識障害の改善方法と、永続的に身体機能を維持、または回復させる可能性がある方法?」

「茂野少佐の遺品である手帳の記述を、扶桑の皇……織―――まあその筋が解読してな。要約すれば『魔法力が減退しない性質のウィッチの中でも、より強力な治癒魔法を行使出来る存在が、時間遡行レベルでの治癒魔法を掛ければ、理論上は五体満足になるかもしれない』らしいぞ」

 

 楠里は窓の外に視線を向け、ネーデルラントへと向かった芳佳を思い浮かべた。

 

「宮藤さんの魔法力を全力で行使するという解釈なのかしら」

「それでもあくまで可能性が有るかもしれないという非常に不透明な話だ。第一肝心の宮藤がアレでは、前提条件すら整っていない」

 

 まだ何か方法は無いか探してみると坂本は言い残し、基地を去っていった。

 

 ミーナと楠里はまた執務に戻ったが、不意に楠里が口を開いた。

 

「せめて、ミーナさんらと共にベルリンを解放するまでは」

「……」

 

 ミーナはそのセリフを聞き、必死で涙を堪えながら笑顔を作った。

 

 

 また数日が経過した。

 

 アントウェルペンが破壊され、戦略基盤を見直す事態に陥っていた連合軍に、一筋の光明が差した。

 

 それは、キールと呼ばれる地の港湾施設が、奇跡的に無傷の状態で発見されたという。

 だがその場所はネウロイの制圧下にある為、まずは奪還作戦が執り行われる。

 

 侵攻部隊が進軍する為のルート偵察として、まずはウィッチによる偵察任務が組まれた。

 

 進路上の敵を薙ぎ払いつつ偵察をしてたまでは良かった。

 

 だがその任務中、大変信じがたい事に、あのハルトマンが撃墜されたのだという。

 バルクホルンも間一髪で芳佳と静夏に救出されたが、ハルトマンは未だMIA、いわゆる任務中行方不明だ。

 

 その知らせを受けたメンバーが格納庫に待機していると、件のバルクホルンらが帰って来た。

 

「おい大丈夫かバルクホルン!」

 

 シャーリーらが駆け寄ると、バルクホルンはその手を払いのけて叫んだ。

 

「どけ! 津家は、津家は何処だ!」

 

 バルクホルンは開口一番、楠里を呼びつけた。

 

「落ち着きなさい! 津家さんは今司令部へ行っているわ」

「呼び戻せ! 直ぐにアイツを呼び戻せぇ! アイツしかいない、あの機動に真面に対処できるのはアイツしか居ないんだよ!」

 

 バルクホルンが捲し立てる様にそう言う。

 だが無駄だと分かると、何か覚悟を決めた様にその場を去っていった。

 

 

 後にバルクホルンが話した内容と、救援に駆け付けた芳佳らの話を聞いたミーナは、これまで以上に手ごわい敵だと改めて認識した。

 

 故に、キール奪還作戦の事前準備の為に司令部入りをしていた楠里を急遽呼び戻した。

 

 だがどんなに急いでも明日の早朝までには帰ってこれない。これは物理的に距離が離れている為、どうしようもない。

 

 バルクホルンはその一件以降、鬼気迫る顔でサウナに入っている。心配したミーナが声を掛けるが、それすらも耳に入っていないのか、取り付く島も無かった。

 

 落ち込んでいる―――訳ではない。

 

 ただあの個体を殺す。

 

 綿密に、繊細に、洗練していく。

 

 

 次の日。

 知らせを受けて帰投した楠里は、格納庫で出撃態勢を整えていた。

 

 第1次救出部隊であるシャーリー、芳佳、静夏は現在バルクホルンの様子を見に行っている。

 

 事前に聞いた話では、敵は素早い為、真面に照準を合わせる事が出来ないとの事だ。

 かつて対峙したXS-1を思い出す楠里。

 

 銃剣はいつもより抜き易い位置に構え、ハンドガンも一時的に右太腿から胸へとホルスターを移した。

 

 一応13mm機関銃も持って行くが、予備弾倉やポーチと言った物は今回持って行かない。

 少しでも重量を減らし、機動力を上げる為に、外せるものは全て外す。

 

「よう津家、準備出来てるか」

「大丈夫ですよ」

 

 そうして4人は軽くブリーフィングを終え、滑走路から飛び立った。

 

 

「さて、ハルトマンがやられた空域はここだが、どこから来るかな」

 

 問題の場所へ到着した楠里達は、飛行しながら辺りの様子を伺っている。

 

 そして彼方の地平線に、一瞬赤い光が移った。

 

「ん?―――いぃ!?」

 

 その瞬間、シャーリー達の真下に件のネウロイが既に居た。

 更に言えば既にビームの発射態勢を整えていたのだ。

 

「―――総員ブレイク!」

 

 楠里の咄嗟の判断に反応し、3人は一斉にその場から動いた。

 

「ッッの野郎、アタシのユニットに当たったじゃねーか!」

「シャーリーさん、動けるなら2人の近くに。芳佳さんは可能な限りシールドを張っておいて下さい」

「待ってください津家さん! あんな機動を相手取るなんて無理ですよ!」

 

「大丈夫だ服部。津家を集中させてやれ」

「ですが!」

「いいから見てろって。恐らくあの機動に付いて行けるのは、アイツだけしか居ないんだよ」

 

 静夏は楠里とネウロイが交差するのを見た。

 あのままでは後ろを取られて直ぐに撃墜される。

 

 静夏はそう思って危ないと叫ぼうとした。

 

 だが次の瞬間、楠里もネウロイも、同時にその場から消えた。

 

 いや、消えたという表現は正しくない。

 

 正確には動きが激しすぎて目で追いきれないというのが正しい。

 

 

 楠里が直角に近い方向転換すればネウロイもそれに倣って照準を定め、逆に楠里が照準を定めれば航空機では有り得ない方向転換や急加減速で避ける。

 

 避けては撃ち撃たれ、撃っては避けて躱す。

 

 静夏の目が異常な物を見ている訳ではない。

 コレは現実なのだ。

 

「速すぎて、照準がッ」

 

 なんとか援護しようとするが、それもシャーリーに止められた。

 

「止めとけって。アレに付いて行けるのはそれこそハルトマンやエイラぐらいだ」

 

 時間にして5分。

 僅か5分、されど5分。

 

 楠里とネウロイは一旦距離を取って互いに様子を見た。

 静夏はこのまま押し切れると思い、再度銃を構えた。

 

 だが楠里の口から衝撃の言葉が出た。

 

「―――撤退します。各員そのまま戦域外へ退避、下手に刺激せずにそのまま下がりなさい」

 

 何故かと静夏が大声で言おうとしたが、シャーリーが静夏の口を抑えて宥めた。

 

 もう少しで勝てた筈だ。なのになぜ下がるのか。

 納得が出来ない静夏は悶々とした気持ちで帰還の途に就いた。

 

 

 基地に居たメンバーは、楠里でも無理だったという報告に衝撃を覚えた。

 

 そうしていると静夏が歩み寄って来て、何故あの場面で撤退を選んだのか楠里に大声で聞いた。

 楠里はボロボロの状態だが何とか椅子に座り、静夏の方へ向いた。

 

「戦闘中、彼方にもう1つ赤い光を視認しました。恐らく、もう1機居ます」

 

 途端にその場がざわついた。ハルトマンを撃墜した超強力な個体が2機もいるという。

 

 楠里は重い体に鞭打って立ち上がり、バルクホルンがいるサウナへと向かった。

 

 

「……戻ったか」

「はい。敵個体の癖や挙動は把握しました。今から言うので頭に叩き込んでください」

「分かった」

「あと、まだ体が絞り切れていません。バルクホルンさんの体型であの機動を出すなら、まだ脂肪が多すぎます」

「分かった」

「ではまず―――」

 

 サウナの熱気など気にする事無く、楠里はバルクホルンに集めた情報を伝えた。

 

 

 そしてバルクホルンに伝える事を伝えた楠里はサウナを出た。

 熱気の籠るサウナに長時間居たというのに、不自然な程汗が流れていない楠里は、その足で格納庫へと戻って来た。

 

 既に人はおらず、明かりも消されていたが、何処に何があるのか分かっている楠里は道具を集めた。

 そのついでに照明の電源も入れておく。

 

「お、津家? 何だ考えてる事は同じかー」

「そのようですね。工具類は既に出しておきましたよ」

「サンキュー」

 

 そうしてシャーリーとどうにかして機動性を確保出来ないかとユニットを弄っていると、バルクホルンがやってきた。

 

「リベリアン、津家、頼みがある」

「おいおい、やつれてんぞお前」

 

 只ならぬ様子を見たシャーリーがバルクホルンを心配する。

 

「頼みがある!」

 

 その目は、決して死んでいなかった。

 

 それどころか、ギラギラと光が満ち溢れている。

 

 心は熱く、されど頭は冷静に。

 

 闘志―――殺意とも言い換えて言いソレを原動力とし、頭で綿密に立てた事前準備をする。

 

「……話を聞かせてくれ」

 

 

 シャーリーがユニットの基本調整を行い、楠里は経験から局所部分の部品を選定する。

 互換性があり、出来うる限り軽いパーツへと差し替え、塗装を剥がしリベットを潰す。

 

 極限まで機体の空気抵抗を抑える仕様へと近づけていく。

 

 バルクホルンは楠里から体を捻るタイミングや急旋回時の視野確保のコツなど、あらゆる事を聞いている。

 

 魔法力で筋力を増幅させ、急激なGに耐える。

 急旋回中に天地が逆転して目が回らない様にする。

 ネウロイを常に視界に入れながらも、辺りの様子を把握し続ける。

 

 機動力、空間把握能力、忍耐力。

 

 そして必ずハルトマンを助けるという気持ち。

 

 作業と特訓は朝日が顔を出すまで続いた。

 

 

「よし、ユニットはこんな物だな」

「バルクホルンさんも仕上がりました」

 

「2人とも、助かった。感謝する」

「礼なら助けた後に聞かせてくれよ」

「……中佐の下へ行きましょうか」

 

 

 

 先日敗北した場所に戻ってきた楠里達。

 

 ネウロイもそれを分かっているのか、姿こそ現さないがいつでも強襲出来るように構えている。

 それを肌で感じ取った楠里はM45を構えたバルクホルンに確認を入れた。

 

「では、始めます。よろしいですか」

「あぁ」

 

 楠里は恐らくネウロイがいる場所へ向けて魔法力弾を撃ち込んだ。

 

 それを戦闘の意思有りと受け取ったネウロイが、途轍もない速さで接近してきた。

 

 バルクホルンは芳佳らから切り離され、2日前とは比べ物にならない程の機動力で対峙した。

 

 ハルトマンに次ぐ最強のエースが、今までにない機動力を以て敵と渡り合う。

 楠里はそれを少し離れた所から見ているが、高機動の先達としてバルクホルンの方が勝っていると確信した。

 それも、楠里自身よりもだ。

 

 照準に捉えようとしても、楠里にも難しい。

 だが実際に戦っているバルクホルンは最大出力でネウロイを追い抜き、瞬時に銃口を向けた。

 

 ネウロイが避けるという動作をする前に、二丁のMG42の銃弾に蹂躙されていく。

 

 高機動の代償か、装甲が無いに等しかったのか。

 

 コアが瞬時に露出し、そのコアさえも僅か一瞬で銃弾に呑まれて砕け散った。

 

 時間にすれば僅か15秒程度。

 

 たったそれだけで、ハルトマンを撃墜したネウロイは撃破された。

 

 

 楠里は昨日もう1体が居た方向を睨むと、まだ様子を窺っているのが薄っすらと分かった。

 

 いつ来ても反応出来る様に構えて待機していると、後ろからバルクホルンの声が響いた。

 

 どうやら木の下敷きになったハルトマンが見つかったらしく、士気が一気に挫かれたらしい。

 楠里も遠目であるが、間違い無くハルトマンであると分かってしまう。

 

 

 ハルトマンの姿に気を取られ、怒りのあまりネウロイに視線を戻した時には、既に遅かった。

 

 既にもう1つの個体は楠里の前でビームを放つ瞬間であった。

 

 咄嗟に体を捻り避けようとしたが、芳佳と静夏がバルクホルンらの前に出てその攻撃を防いだ。

 

 だがバルクホルンからすれば、それすらも些細に思える程に、ハルトマンの死が受け入れられない。

 普段は言ってないが、心の底から信頼しあっているのは、誰の目にも明らかなのだ。

 半身を失ったかの様に、悲しみに暮れるバルクホルン。

 

 

 その時、楠里がバルクホルンの肩を指で叩いた。

 

 暗い目でそれに反応したバルクホルンが楠里を視界に収めると、前を指差した。

 ゆっくりとそちらに視線を向ければ、眼下の森から何かが複数回発光していた。

 

「―――ッふふ、はっはははは」

 

 バルクホルンが一瞬で芳佳らの前に出てシールドを張った。

 

「バルクホルンさん?」

「すまなかったな、お前たち」

 

 残ったネウロイは、復活したバルクホルンを最大の脅威と認識したのか、パーツをパージした。

 ここからは本気だと言わんばかりである。

 

「パージした!?」

「ふっ、それがどうしたァ!」

 

 楠里は銃剣の刃を右手人差し指と中指で挟み、柄を持ちやすい様にバルクホルンに向けた。

 

 その瞬間、二丁のMG42を投げ捨てたバルクホルンが銃剣を左手で握ってネウロイに突っ込んだ。

 

 

 互いが交差した瞬間、殴る。

 

 再度交差したその時、斬りつける。

 

 その筋力から出るパンチの貫通力と銃剣の刃は、ネウロイの装甲に罅と切傷を入れていく。

 

 幾度目かの交差の後、銃剣を真上に投げて、突っ込んできたネウロイをがっしりと掴む。

 完全に動きを止めたその時、天に向かって叫ぶ。

 

「今だァ!」

 

 その言葉と同時、真下から凄まじい勢いで上昇してきたハルトマンが、ネウロイの真上を取った。

 

 そして落下途中の銃剣を握りしめると、片肺ながら残った魔法力を全力で行使する。

 

―――疾風(シュトゥルム)

 

 エーリカ・ハルトマンの固有魔法は嵐を引き起こし、高機動に必要な翼が捥ぎ取られる。

 

「トゥルーデーーーーーー!」

「おう!」

 

 出発前、シャーリーがバルクホルンのズボンに入れたリボルバーを取り出し、コアのある位置を撃つ。

 

 1、2、3、4、5と連続で撃ちコアを露出させ、最後の1発で止めを刺す。

 

 リボルバーの理想的な使い方を難なくこなし、バルクホルンとハルトマンは再会した。

 

 

「はい津家、銃剣ありがと。切れ味良すぎない?」

 

 楠里はやたら頑丈に作られたその銃剣を見つつも、2人が無事で良かったと気遣う。

 

「お前たちには世話になった」

「迷惑掛けてごめんねー」

 

「いえっ、お2人が無事で何よりです!」

「帰ったらお風呂入りたーい……入ろうねー」

 

 邪な気配を感じなかったハルトマンは特に何も言わず、ほぇーと相槌を打った。

 バルクホルンが胸から溶けたチョコを取り出し、色々と先ほどの言葉で揶揄われる。

 

「でも、津家少佐も先日、あのネウロイに対抗出来て居ましたよね」

「あぁ……教えましょうか」

 

 その途端、芳佳とバルクホルンとハルトマンは止めろと制止した。

 

「服部がお前の機動を欧州で標準的だと誤認したらどうする!?」

「そうだよ。静夏ちゃんには無理せずに坂本さんの様に強くなって欲しい!」

「あーいやでも、502の雁淵って子は既に手遅れかも」

 

「あのですね、私の動きは誰にでも出来ます。現に雁淵軍曹も私の動きを4割程模倣出来てます」

「それはお前ら扶桑のウィッチがおかしいだけだ」

 

 そうして5人は無事、基地へとたどり着いた。

 




今月中、または来月中には完結します。
誤字報告や感想いつもありがとうございます。

もう少しだけお付き合い下さい。

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