シャブ漬け少女のストライクウィッチーズ   作:文月フツカ

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平和な回です。時系列はバラバラ。
最近ストパンの作品が増えてきて嬉しい。

私も10年以上前に書いたSS晒せて楽しい。


日常の魔女

 

 警戒待機。

 スクランブルが掛かった場合、即座に出撃できるように、滑走路近くで待機する任務だ。

 

 日差しも強い猛暑日。楠里は格納庫の壁に背を預けながら水筒に口を付けた。

 同じく警戒待機中のハルトマンとシャーリーはバカンス気分で日焼けに勤しんでいる。同じく芳佳もフラフラになりながら炎天下の中汗を流している。

 

 寛ぐ二人から警戒待機の何たるかを習っている芳佳は、チラッと楠里の方に目を向けた。

 

 野戦服をしっかりと着こなし、どこからか持ってきた帽子を団扇の様に扇いで頭を冷やしている。ハルトマンとシャーリーからそっと離れ、楠里の横に立った芳佳は、朦朧としながら発言した。

 

「最近、大きいおっぱいが気になるの」

 

 それを突然聞かされた楠里といえば、チラッと芳佳の顔を見た後、右手を芳佳の額に当てた。

 

「……日射病ですね。医務室に行きましょうか」

「そーんなことないよ! でね、シャーリーさんも凄いけど、実は坂本さんやバルクホルンさんも―――」

「私が、なんだって?」

 

 格納庫から歩いてきた坂本とバルクホルン。

 

ぃぇ、なんでもないです

 

 小さな声で何でもないという芳佳だが、二人は直前の発言をしっかりと聞いており、僅かに青筋が経っている。

 

「津家軍曹。宮藤軍曹の先程の発言を復唱してみろ」

「……何やら上官殿らの胸部について語っておられました」

「なぁ宮藤。確かにここ501は比較的和やかだが、上官侮辱罪はあるんだぞ?」

「以前どこかで耳にしたのですが、ウィッチは使い魔の影響を受けやすいようです。芳佳さんの使い魔が無類の胸部好きであるなら、それはもう仕方ない事では?」

 

 そんな使い魔いるのかと疑わし気なバルクホルン。芳佳は下を向いて嵐が過ぎるのを待っている。

 なお、今はこの様な状態だが、半年が経つ頃には芳佳の遠慮は無くなっていく。

 

「そういえば津家の使い魔はカラスか」

「ハシボソガラスという奴です。雑食性です」

 

 つまり何でも食べる。食べれるだけマシの精神である楠里は、しっかりとその雑食性の影響を受けている。

 

 食べたいけど食べれないという経験も相まって、ミーナの料理ですら平然と食べれるのだ。その後の後遺症については目を瞑るものとする。

 

「お前のパーソナルマークも決めないとな」

 

 別に要らないですと言いつつ、フラフラの芳佳を抱き抱えて日陰に運ぶ楠里。

 持っていたハンカチを水筒の水で湿らせつつ、頭の上に乗せる。

 

「そもそもパーソナルマークの使用とか認められていませんでしたし」

 

 そんな公的な物認める訳無い中将の奸計である。存在しないとは、文字通りの事であり、人間として扱われないのだ。

 

「お前、学校で何をやらかしたんだ……」

 

 バルクホルンの心配もよそに、楠里は芳佳の看病に当たるのであった。

 

「さて、そろそろあの二人にお説教をしてやらんと」

 

 楠里は日陰から坂本らを眺めていた。

 

  

 

 

 

 

 夜間哨戒を終えたサーニャ。

 普段であればそのまま自室へと行くのだが、本日は食堂から人の気配がした。

 

 この時間帯はまだ他のウィッチ達は夢の中である。気になったサーニャは、欠伸を堪えながら食堂の扉を開いた。

 

「おや、おはようございます」

 

 そこには、朝食の仕込みを行う楠里の姿があった。割烹着と三角巾を着用して、各種調味料を並べて確認作業を行っている。

 

「津家さん? こんなに朝早くから料理をしているの?」

 

 楠里とて味覚があるのであれば、この様に早朝から動く必要は無い。

 

「はい。ここだけの話ですが、私は味覚がありませんので」

「え」

 

 サーニャは今まで何度も楠里が調理している姿を見たことがあるし、何度も食べた事もある。

 芳佳程に美味しいとは言えないが、それでも十分に食べられる物であったと記憶している。

 

「ですので塩や砂糖がどれかを確認しつつ、分量をしっかり量っておかないと、悲惨な物が出来ます」

 

 なんてことなく言い切った楠里だが、それはサーニャに取って聞き逃せない物であった。

 まず何で味覚が無いのだとか、それでどうやって今までやってきたとか、言いたい事は沢山ある。だが真っ先に思ったのは、なんで味覚が無いのに料理をやっているのという部分であった。

 

「待って、待って……。味覚が無い? だから調味料を毎回確認してから始める?」

「適量だとかお好みでだとかいう本には苦労させられます」

 

 違うそうじゃない。とりあえず今日はミーナ中佐にこの事を言わないとと心に誓ったサーニャ。

 

「わ、私も手伝うよ」

 

 今までの実績があるとはいえ、真実を知ってしまったからには黙って見ている訳にも行かない。

 

「ありがとうございます。それからミーナ中佐らにはご内密に」

「じゃあ何で今私に打ち明けたの!?」

 

 楠里は芳佳に味覚が無い事がバレて以来、段々と誤魔化し方が雑になっていた。一人にバレたのならもう良いだろうと素で思っている。だがミーナや坂本は自分程度の過去を気にし過ぎるから伝えたくないのだ。

 

 ここに致命的なミスがあるのだが、ミーナや坂本以外のウィッチ達も、楠里の過去を聞けば同じようになる。

 現に芳佳も最近は昏い目で楠里を見るようになっており、勘の良いウィッチは気づき始める。

 

 そうやって、サーニャの心配とは裏腹に、何の問題も無く朝食の用意が終わった。

 

「ほ、本当に何も無く美味しいのが出来た……津家さん凄いね」

 

 無論この凄いは褒める以外の意味も含まれている。

 

「お手伝いいただきありがとうございます。折角ですので一足先にどうぞ」

 

 サーニャが椅子に座ると、作った料理を丁寧にテーブルに並べてくれる。

 リラックス効果のあるハーブを使った紅茶も横に出されて、サーニャはまるでお嬢様になった気分だ。

 

 実際にお嬢様なのだが、津家楠里というウィッチが自分の為だけに恭しく補佐をしてくれる。

 

 そんな不思議な気配が立ち込める食堂で、二人は暫くの間談笑をしているのであった。

 

 後日、内容は分からないが、遠くから覗いていたエイラに嫉妬の炎をぶつけられる楠里であった。

 

 

 

 

 

 ミーナと楠里が厨房に立っている。

 坂本は食堂の椅子に座りながら二人を見ていた……冷や汗を垂らしながら。

 

「お、おい宮藤……津家は料理出来るよな……な?」

 

 津家楠里にとって、料理とは最早錬金術である。味覚は既にぶっ壊れて久しく、味付け一つで毎回無駄に神経を使っているのだ。

 

「え、ええ……」

 

 坂本の言葉に応える宮藤芳佳にとって、この状況は非常に不味い。楠里の味覚が無い事を、坂本やミーナはまだ知らないのだ。混乱させるだけだからと本人に口止めされている芳佳は、どうしてこうなったのだと何度も頭の中にで自問した。

 

 事の発端は些細な事である。たまにはミーナ自身が料理をすると言い出し、その場に居た楠里がコレを止めなかったのが原因だ。楠里自身はミーナの料理の下手さをまだ知らないというのも致命的である。

 

「み、ーナ中、佐……それは、その肝油は一体」

「あぁコレ? 前に美緒が持ってきてくれた物の余りよ。目と健康にいいから使っちゃいましょう」

「あ、ああ……ソデスネ」

 

 楠里が全神経を使って必死に仕上げたコンソメスープが、憐れ肝油の浸食を受けていく。

 

 ミーナがご機嫌にソレを混ぜ切ると、出来上がったのは筆舌に尽くしがたい何かであった。強いて名前を付けるとするならば、コンソメ肝油スープであろうか。

 

 まぁ楠里自身はもうコレでいいと思っているが、チラッと後ろを見ると、絶望の表情を浮かべた坂本と芳佳の二人と目が合った。

 

「味見してみましょうか」

 

 味見は料理を作る上でとても大切だ。こういった状況では褒められるべき行為である。

 

 問題なのは、片方は自覚無しの味覚異常者で、片方はそもそも味覚が無い。

 そんな二人が味を見た所で何が分かるというのか。

 

「……折角ですから、坂本少佐たちにも味見していただきましょう」

 

 巻き込んできたと楠里に恨みの視線を向ける坂本ではあるが、まさかミーナが味音痴だとは知らなかった楠里。

 肝油の時点でまさかとは思っていたが、坂本らの表情で確信に至ったのだ。

 

「えぇそうね! 二人で作った自信作よ」

 

 楠里は自分のコンソメスープが肝油に侵された段階で、もう諦めている。他のメンバーからの味の評価も甘んじて受け入れる覚悟である。

 だが心配はいらない。なんせ感情が欠如しているために、悲しいとも不服とも思わないのだ。

 

 なのでこの引き攣った表情は、コレを食することになるメンバーへの申し訳無さである。

 

「……あの、どうぞ」

 

 二枚の小さい皿にスープを入れて、二人へと差し出した楠里。

 

―――あー津家、私は腹が減ってはいないんだ。

―――楠里ちゃん! 私! 今とっても! お腹痛い!

 

 アイコンタクトで持ってくるなと訴えたのだが、楠里はその内容の解読を拒否して二人の前に置いた。

 そして徐にミーナの方を指さした。

 

 そこには、100%善意で感想を楽しみにしているミーナの姿があり、それをみた坂本と宮藤は、覚悟を決めてソレを流し込むのであった。

 

「―――うっ」

「ぉぉぅ」

 

 余りの味に二人が悶える中、楠里は平然とミーナに言った。

 

「お二人とも美味しすぎて言葉が出ないようです」

「あらあら。嬉しいわ」

 

―――津家ぇ! 貴様人の心が無いのか!?

 

 えぇ感情とか無いんで、と視線を坂本に向けつつ、楠里はチラッと端材の確認をした。

 だがどんなに上手くやっても新しいスープを作れる量は無いので、このコンソメ肝油が本日の夕食になったのであった。

 

 希塩酸などは入っていない分食べれはするが、進んで食べたくない料理を見たウィッチ達。

 

「今日の料理当番って確か津家だった筈じゃ……」

「はい。私でしたが、ミーナ中佐が手伝ってくださいました」

 

 士気が上がる楽しい楽しい夕食が、一瞬で地獄へと変わった瞬間である。

 

「きょ、今日のメニューは、ナンデスカ」

 

 ルッキーニの覚悟を決めた問いかけに、楠里は応えた。

 

「本日はコンソメスープと焼き立てのパン、サラダにデザートです。お肉も焼いたので、お好みでパンに挟むなりご自由にどうぞ……コンソメスープには中佐がご厚意で肝油を入れてくださいました。パンは中佐がバターらしき何かを多く使ってくださり、サラダと肉は私が調理しました」

 

 言葉の中にスープとパンはミーナの手が入っていると伝える楠里。

 

 そしてここは、人類の中でも特に優れたトップエースが集う場所である!

 故に! この言葉の意味はしっかりと理解されているのだ!

 

 

 まぁ理解したからと言って避けられるとは限らない訳だが。

 

 頑張ってスープとパンを皆で処理しきった。

 

 

 

 惚れ薬。

 それは創作の中でのみ存在が許されているオーパーツ。媚薬とも言われているその薬は、性的感情や恋愛感情を誘発させる事を目的としたモノである。

 

「……で?」

「うむ。海中訓練をしていた宮藤が、海に漂っているのを見つけてな」

「拾ってきたと」

 

 本物かどうかは分からない。そんな物が実在するのは物語だけであり、此処は現実である。

ファンタジーなど有り得ないのだ。

 

「……うむ」

 

 惚れ薬を司令室のテーブルに置いて、報告を上げてきた坂本に疲れた視線を送るミーナ。対する坂本はスッと視線を逸らして、ミーナの手伝いをしていた楠里に視線を向けた。

 

 楠里はその受け取った視線をそのままミーナへと返し、3人は目線で語り合った。

 

―――捨てて来てよ面倒くさい……。

―――下手に捨てると拾われるぞ。

―――巻き込まないで下さい。

 

 と、全員が全員関わりたくないという態度を取った。

 

「ミーナ中佐、ちょ~っと話が……何これ」

 

 そこに入って来たのは、カールスラントが誇るウルトラエース、エーリカ・ハルトマンだった。

 彼女は机の上にあった惚れ薬とラベルの貼られた瓶詰めの液体を手に持ち観察を始めた。

 

「……宮藤さんがね、拾ってきたのよ。もう捨てるから返してちょうだい」

「え~、面白そうな物を捨てるなんてとんでもない―――あっ」

 

 蓋を開けて中身を覗き込んでいたハルトマンは、足元の書類に躓いてしまった。

 

 瓶はハルトマンの手を離れ、その中身を全てぶちまけた―――楠里の頭に。

 

 

 

 あと少しで終わる筈が全部台無しにされた書類の束。変な匂いの液体を頭から浴びせられた楠里は、無言で立ち上がるとハルトマンに近づいていく。

 

「あぁ~……えーっと、ごめん、ね?」

 

 ハルトマンに近寄った楠里は、この基地に来て初めて、それはもう誰も見た事が無いようなとびっきりの笑顔をハルトマンに向けた。

 

「―――ヒッ」

 

 どうした事であろうか。津家楠里の笑顔という、今後見られるか怪しい貴重な表情を見たハルトマンは、短く悲鳴を上げると、全速力で部屋から逃げ出した。

 

「……」

「……」

 

 ミーナと坂本も恐る恐ると楠里の顔を見て、即座に見たことを後悔した。

 

 楠里は笑っている。感情が無い彼女が笑顔を作るなど本当に珍しい事であり、喜ぶべき事だ。だがその笑顔は、誰も幸せになれない笑顔であった。

 

 楠里の口元は、普段の小さな口からは想像できない程つり上がっており、笑顔の証である歯も見えている。

 目の光は相変わらず無く、眉も目元も一切上がっていない。

 顔の上半分は無表情であるにも拘わらず、口元"だけ"笑っているという表情を作り出した。おまけにまばたきもせずに見つめてくるので余計に怖いのだ。

 

 

 楠里は走り出した。逃げ出したハルトマンのいる方角へ、普段からは考えられない程に全速力で。

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 ハルトマンは逃げていた。逃げ出して食堂に来たのだが、自分の勘は一向に警鐘を鳴り止ませない。

 

「あ、ハルトマンさん。そんなに慌ててどうしたんですか?」

 

 偶然食堂に居たリネットが、慌てているハルトマンに声を掛けた。

 

「や、ちょっとやらかして……」

 

 それを聞いたリネットは、またバルクホルンと何かありましたかとハルトマンに問いかけた。だがハルトマンは焦った様子で、それよりもヤバイと声に出した。

 余りの震え様に、流石におかしいと思ったリネットは、まずは落ち着くようハルトマンに言おうとした所で、気づいてしまった。

 

 食堂の出入り口に、下を向いて立っている楠里の姿を。

 その楠里から、普段と全く違う気配を感じたリネットは、恐る恐る声を掛けた。

 

「あの、く、すりちゃ、ん?」

 

 リネットはゆっくりと顔を上げた楠里の顔を見てその場で腰を抜かした。膝が突然ぷるぷると笑い出し、地面に座り込んでしまったリネットは、テーブルの脚に何とかしがみついて目を閉じた。

 

「ちょ、そんな可愛く私を見捨てないでよー!」

 

 リネットがダメと感じ取ったハルトマンは、食堂の窓からダイブをかまし、綺麗に地面に降り立った。

 流石に直ぐ追ってこられないと思い、飛び出した窓を見上げた。楠里の姿は見えないが、このまま逃げ切ろうと前に向き直した所で―――楠里の笑顔が目の前にあった。

 

 カエルが潰れたような声を出しながら、余りの恐怖にハルトマンは気を失った。

 

 

 楠里は別段怒っている訳ではない。

 ハルトマンに惚れ薬をぶちまけられた直後からの記憶が無いのだ。惚れ薬の余りの強さに、ショック症状を起こした楠里は気絶した。

 だが意識が無いのに動いていたのには理由がある。

 

 あの惚れ薬は、古代の魔女が、死した後も愛しい人の墓を守るために作った薬品である。死体であろうと気絶した体であろうと、薬品を使う直前に視界に入れていた人をどこまでも追いかけて守る効果だ。

 楠里は夢の中で光に向かってのそのそ歩いていただけである。その光がハルトマンであっただけだ。

 

 目覚めたばかりの楠里は記憶が無い。故に目の前で気絶しているハルトマンを見ても、ここで眠っているだけだとしか思わない。

 

 風邪をひいてほしくない楠里は、優しく彼女を抱き抱えると、部屋へと連れて行くのであった。

 

 基地の中をそうやって歩いていると、遅れて探しに来たミーナと坂本に見つけられ、大丈夫かと心配された。

 何の事ですかと訝しんでいる中、ハルトマンが目を覚まし、楠里を視界に入れた。

 

「―――た、食べないで」

「は?」

「「ッ」」

 

 普段のハルトマンからは想像出来ないような声色で、涙目に訴える姿を見て、楠里は素直な疑問を。

 ミーナと坂本は笑うのを堪えている。

 

 楠里が怯えたハルトマンを抱き抱え、ミーナと坂本が笑いを堪える状況は、食堂での気絶から復帰したリネットが来るまで続いた。

 

 その後、事態が収まって暫くの間、ハルトマンは楠里にどこか低姿勢であったという。

 

 

 

 髪。

 誰もが自分の髪の毛を大切に扱う。

 

 年頃の女性や薄毛を気にする男性など、人間がオシャレに気を使う上で切っても切れない関係である。

 

「楠里ちゃん髪が大分伸びたね」

 

 リネットがそれなりに長くなった楠里の髪を見て指摘した。言われてみれば確かに伸びたと感じた楠里。

 

「後で切っておきます」

 

 基本的に楠里は何でもそつなくこなす。それは料理という名の錬金術であったり、掃除という名の修繕工事であったりと様々である。

 

 なのでリネットは特に疑うことなく楠里の言葉を信じてその場を離れた。

 

 ここで問題なのだが、楠里は以前、髪など悠長に切っている暇がない所にいた。だが長すぎれば戦闘に支障をきたす為、整えるぐらいは行っていた。

 

 この整えるぐらいはというのが大変曖昧で、以前はこのぐらいだったという感覚で処理をするのだ。

 その処理の方法も、懐から徐に銃剣を取り出して、何の気遣いも無くざっくり切るという荒業。

 

 髪を大切にする心の余裕すら無い人間の行動はこんなものである。

 そしてこの銃剣はとてもとても切れ味が酷い代物で、まるでノコギリで木を切るかの如くだ。

 傍から見ている陸戦隊もハラハラしながら見守る事が多い。切ってあげようかと思った事もあるのだが、ただでさえ気を張り詰めているのに、男が近寄ったら落ち着かないだろうという理由で何も出来なかったのだ。

 

 せめてハサミをと思ったが、それすらも無い。

 

 

 そんな人物が自分で切りますなどと言えば、どうなるかは分かりきっている。

 

 

 数時間後。

 

「いやああああああ!?」

 

 それはもう酷い髪の楠里はリネットに驚かれた。

毛先など無理矢理千切ったかの如く荒れ果てており、前髪はぱっつんを通り越し、そもそも無くなった。

 後ろの髪もそれはもう肩より上まで切られている有様だ。

 

 短くなれば何でもいいの精神の楠里は、その後メンバー全員からお説教を食らう事になった。

 

「私は気にしません」

「もっと自分を大切にしろ!」

 

 バルクホルンの言葉は、その場にいたウィッチ全員の総意であった。

 

 結局芳佳の手により髪は元通りとなり、バルクホルンの手によってそれなりの髪型へと落ち着いた。

 

 

 

「……もう日付が変わるわね」

「そうだな……明日も良い日になるといいな」

「……」

 

 睡眠。

 それは人間に宿る三大欲求のうちの一つであり、何者も逃れられぬ本能である。

 

 それはたとえ薬物で心身共にボロボロの楠里であっても変わらない。深く眠って目の隈を取りたいし、寝る時だって一人でさっさと寝たい。

 

 なのでこの様に、左にミーナが、右に坂本が寝転び、一つのベッドに入っている状況は、楠里にとっては困惑の一言に尽きるのだ。

 

 事の発端は、昼にまで遡る。

 

 手すきのウィッチが執務室に呼び出されたのだ。

 何事かと思い急ぎ足で向かい、扉を開けたところで、ミーナと坂本の会話が耳に入って来た。

 

「ねぇ美緒、今夜は寝かさないでね……」

「あぁ、任せろ」

 

 坂本とミーナの二人の会話の内容に呆れ返ったバルクホルンと芳佳が扉から離れた。

 

「そんなの見せるために呼ぶなよ……」

「ごゆるりと……」

「お邪魔致しました」

 

 楠里は他人の恋愛観や性癖をとやかく言うつもりはない。ましてやここはネウロイ最前線である。

 自分の背中を守ってくれる戦友に対して心が揺り動かされるのは理解できる。

 

 ただそれを第三者に見せつけるのは如何なものかと楠里は思う次第である。

 

「カムバーック!」

 

 ミーナの必死の説得により、夜間哨戒の事だと誤解は解けた。

 

 尚、このやり取りは少し先の未来、楠里が消えた501でも起きるのだが、それはまた別のお話である。

 

 話を戻そう。

 

 夜間哨戒の話が進み、全体の方針がまとまった所で、不意に坂本が発言をした。

 

「うむ、こうして聞いているとミーナは母みたいだな」

 

 その瞬間、ハルトマンとシャーリーとルッキーニが吹き出し、エイラはその場で笑いを堪える為に蹲った。

 

「……ねぇ美緒、ちょっとそこに正座してほしいの」

 

 そこから始まるミーナの愚痴という名のお説教。黙って正座し、下を向いている坂本。

楠里はと言えば傍で体育座りをして二人を見ている。

 

「あの三人を見ていると家族みたいだね。仲良し夫婦喧嘩を呆れた目で見る子供の図みたい」

「ちょっとリーネさん!? 誰と誰が少佐と家族みたいですって!?」

 

 リーネとペリーヌの発言を皮切りに、ハルトマン達がやんややんやとはやし立てる。

 

「はーい津家ちゃん。坂本お父さんは後どれぐらいでミーナお母さんの説教から解放されるかなー?」

 

 シャーリーが楠里に尋ねた。この501に来てそれなりの日が経った楠里は、この騒ぎに慣れてきている自分を改めて観察して、一つ分かった事がある。

 存外、ここの雰囲気は嫌いではないと言う事だ。

 

「この様子だと暫くお父さんとお母さんはこのままかと」

「だーっはっはっはっはっはっは!」

 

 その発言で、更にその場にカオスが生まれた。

 全員が全員、この様に楽しく笑っている。この状況は、今ままでの人生の中で一番幸せな時だと楠里は思った。

 

「だったらもう三人で寝ちゃいなよー」

 

 空気も何も読んでいないハルトマンの発言は、ミーナお母さんのテンションを更に狂わせたらしく、その言葉通りになってしまったのだ。

 

 夜間哨戒はどうしたのかなど、その時は誰もツッコミを入れなかった。

 

 

 時間は冒頭に戻って夜。

 ミーナと坂本に挟まれる形で寝転んでいる楠里は、今日一日を振り返って発言した。

 

「お二人とも、退役後はどのようにされるのですか」

 

 近い将来、坂本とミーナは魔法力を失う。楠里は生命活動そのものを終えるであろう。出会ってからあまり時間は経っていないが、二人共長く生きて欲しいモノだと楠里は思う。

 

「まだまだ考えた事無いな」

「ベルリンを奪還して、平和の楔を打ち込むまではねぇ」

「お二人に幸多からんことを願っています」

「んむ……ん、お前も良い人生を歩めよ」

 

 坂本の言葉を聞いて、楠里は瞼を閉じつつこういった。

 

「私はもう良き方々にお会い出来ましたし、運を使い果たしましたから」

「そんな事無いわ。まだまだ良い事は沢山あるし、人生これからよ」

「……そうですねぇ」

 

 残り短い人生、せめて501の人達の為に使えたら、それはどれほど幸せな事であろうか。そう思いつつ楠里は二人に挨拶をして、先に眠りに着くのであった。

 

 

 坂本とミーナは、二人の間にいる楠里を見つつ、徐々に睡魔に身を任せていくのであった。

 

 

 余談だが、坂本が次の朝起きた時、血を吐いて震えている楠里を見てひと騒ぎあった。

 

 

 

「すまんな津家。あの3人の行動を考えると、こうしておくに限るんだ」

 

 ハロウィン。まぁやり方や諸説は色々あるが、大まかに言えばお菓子をくれないと悪戯する奴である。

 現代では別に仮面を付けて魔女をやり過ごすという訳でもない。

 

 バルクホルンの自室にて、ミーナとバルクホルンと楠里は、問題児三名が来るのを待ち構えていた。

 

 災害が来ると分かっているのであれば、最初からお菓子を用意してさっさと食わせればいいという先見の明を得たバルクホルンは、近くに居た楠里を巻き込んだ。

 

 そうやって用意し終わった所で、丁度ルッキーニとシャーリーと芳佳が現れた。

 

「おや、ハルトマンさんも一緒かと思っていました」

「ああ……近くに居た宮藤を巻き込んだんだな。困った奴らだ」

 

 楠里はそうですねと言いながらバルクホルンを見た。まぁハルトマンはハルトマンでとんでもない目にあっているのだが。

 

 お茶を差し出してパーティーを始めたミーナらに一言告げて、楠里は部屋を出た。

 

 こんな行事に顔を出さないハルトマンが少し気になり、基地の中をウロウロと探しだした楠里。

 暫く探し回って、ゴミ捨て場から何やら呻き声が聞こえてきたので、恐る恐る蓋を開けた。

 

「……お手をお貸ししましょうか?」

 

 ゴミ箱に詰め込まれていたハルトマンは勢いよく頷いて楠里に助けを求めた。匂いが付いて汚れるのを気にする事もなく、楠里はハルトマンをゴミ箱から出した。

 

「助かったよ津家……トゥルーデの奴ぅ」

「まぁ大尉もうら若き乙女ですから」

 

 楠里にお姫様抱っこされて運ばれているハルトマンは、腕の中で吹き出した。

 

「うら若き乙女は同僚をゴミ箱に詰めたりしないよ。良くてゴリラだよゴリラ!」

「ハルトマン中尉。そういった発言をなされる度に痛い目に遭われておられますよね」

 

 楠里はハルトマンにも見えるように後ろを振り返った。そこにはやはり青筋を浮かべたバルクホルンが笑顔で立っている。

 

「……やだこわーい」

「津家、ソレをこっちに渡してくれないだろうか」

「本日はどうぞお見逃し下さい。流石にゴミ箱帰りは精神的にきついでしょう」

「津家~」

 

 ハルトマンは楠里に抱き着いた。バルクホルンが仕方ないと諦めて去っていく中、楠里はハルトマンに質問をぶつけた。

 

「そこまで酷い断り方を成されたのですか」

「ん、年齢考えなよって言った次の瞬間にはああなってたよ」

 

 女性を年齢体重で弄ると大変ですよと、自分も女性である事を棚に上げていう楠里。

 

 君ももう少し周りの評価を気にした方が良いよと口に出さないハルトマンは、間違いなく優しいのだろう。

 

 

 

 

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