1944年9月
ガリア・セダン戦域
「喜べ。久々に死ね以外の命令だ」
野営地のテント内で、如何にもプライドは高いが仕事が出来なさそうな士官が口を開いていた。
「すぐ死ねか少し後で死ねかの違いでしょうに」
「犬は与えられた仕事に対してワンと返事して従うんだな」
対面に居た少女の呟きが耳に入った士官は、吸っていた煙草を少女の顔に投げつけた。
だが少女は軽く手で払って煙草を地面に落とすと、下に敷いてあるカーペットに燃え移らないよう足で潰した。
「で、要員は小官1人ですか」
「犯罪者の薄汚い犬を躾けるお守りが居ないとでも?」
そいつは汚れ仕事を平然と行い、いざという時にはあらゆる支援を認められているという。
詳細は移動中に見ろと投げ捨てられた封緘命令書を拾うと、少女は舌打ちをしながら退室した。
▽
そうしてガリアを発ち、乗り心地最悪の輸送機に揺られる事数十時間。
ドーバー海峡を越え、ブリタニア本土へ降り立った少女は、久々に文明的な生活圏へと足を踏み入れた。
だが勿論の事市街地内への外出は認められていない。
さてどうしたものかと基地内を練り歩く。するとお目当ての人物が向こうからやってきた。
但し―――
「ねえ」
少々手荒であったが。
その声がしたと同時に、突如として首にナイフが迫って来た。
「ッ何を」
咄嗟にナイフを持つ手を左手で掴むと、その勢いのまま右手で相手の胸倉を掴む。
そして間髪入れずに背負い投げをお見舞いして、無力化した―――筈だった。
「はい残念」
驚くべき事に、襲って来た人物は背中から地面に落ちている最中にも拘わらず、足裏を強引に地面に着けて受け身を取った。
そのまま力を込めて逆さ上がりの様に足を浮かせ、まるで投げられたモーションを逆再生するかのように飛び上がる。
流れるように1回転して後ろに回り込んだ襲撃者は、少女を逃げられないように拘束し、勝負は完全に決まった。
余りにも気色悪い動きであった為、襲撃された側も碌に対応が出来なかった。
「基地内で度胸あるね」
「なに、ここの司令とは古い仲でね」
襲撃してきたウィッチは拘束を解くと、ナイフを懐に戻して正面に立った。
「で、いきなり見ず知らずの人間に襲い掛かる淑女は誰?」
「お上品なのは面の皮が厚い貴族や政治屋どもだよ」
「はぁ」
少女は胡乱な瞳で襲撃者を見た。
「ジェーン・プライス大尉。ブリタニア陸軍特殊作戦執行部」
「連合軍第442即応任務部隊シールド コールサイン『イージス』」
「知ってる。だが街中でそんな仰々しい名前呼べない。本名教えて」
「家葛 形」
「じゃあこの任務中はケイと名乗ってね」
「yes, sir」
嫌味を込めた返答を鼻で嗤った大尉は、ケイをブリーフィングルームへと蹴り入れた。
▽
「慰安部隊の安全確保」
改めて今回の作戦内容を口に出すと、余計に混乱するケイ。
「
「なんとまあ」
「で、2人でリベリオンに行って、そいつらの基地と人員を全員消してこいってのが任務だ」
「魔女の力は人々を守る為にあるのでは?」
「守ってるし今から守りに行くんだよ。人類を襲うネウロイからも、人間に害為す人間からも」
ケイは大きなため息と同時にパイプ椅子から立ちがった。
「殺すの?」
それを聞いた大尉は、またも鼻で嗤った。
「その為に汚れ仕事を遂行できる奴を頼んだんだ。出発は30分後、リベリオン到着後は軍服も脱いで、一般市民に紛れるよ」
「紛れるとはいいますが、軍服を纏わずに発砲はリスクが高すぎませんか」
「その辺りの問題を解決する為、本作戦において支給品がある」
プライス大尉は足元にあったクレートを蹴り、ケイの下へと寄せた。
訝しみながら蓋を開けると、そこには持ち手が付いた鉄パイプがあった。
「何ですかコレ」
「ウェルロッドMkII 消音拳銃で10発も撃てば消音機能が低下する。消音と名が付くが50dB程度は銃声が鳴るので過信しないでね。後はグリップを外して袖に仕込めるよ」
そうして支給されたゲテモノの扱いを移動中の輸送機内で教わりつつ時間が過ぎ―――
今次大戦において、一切ネウロイの物理的損害を受けてない肥沃な大地、リベリオン本土へと足を踏み入れたのであった。
▽
白いYシャツに緩めた黒いスキニーネクタイ。
チャコールグレーのパーカー付きウィンドブレーカー。
左手にはジェラートを持ちつつ、右手袖の中には変な銃。
ニューヨークの摩天楼を見上げつつ練り歩くケイは、まさしく田舎者であった。
シャツも左右両方だらしなくベルトタイツから出てる辺り、余計にそう見えている。
「余りキョロキョロしないでね」
そう諌めるプライス大尉は、右手にコーラを、左手にバーガーを持っていた。
「どの口が。しかしカルト宗教がこんな都心に建物を持ってるんですか」
「いや、雑居ビルの1フロア丸ごと借りてるみたいだよ」
どこにそんな資金力がとケイは疑問を抱く。
しかも標的が音楽隊というのが全くもって納得できない。
そうプライス大尉に伝えはしたが、大尉自身は何も答えなかった。
「手段としては狙撃でしょうか」
「その可能性は高い。高いけど、なりふり構わない人間ってのはもっと直接的な手段を使うよ」
「観客に紛れて接近し、直に襲うんですね」
そんな事させずに潰せばいいと大尉は締め括り、事前に齎された拠点へと足を進めた。
用意されたウォール街の一室に到着した2人。
作戦決行の時間迄は此処が拠点となる。
「とは言っても、カルト宗教の借りてるビルのフロア自体は分かってる」
「どのタイミングで行けば1人も逃さずに済むのかって話ですね」
大尉は頷くと、朝刊の1面に目を落としながらコーヒーを飲んだ。
同じく椅子に座ったケイは懐からブロマイドを2枚取り出した。
これはブリーフィングの時に大尉から渡された写真だ。
ジョアンナ・エリザベス・スタッフォード曹長
グレイス・メイトランド・スチュワート少佐
今回の音楽隊襲撃の中で、特に狙われる可能性が高いのがこの2人との事だ。
だが2人に何かしらの政治的、または危険思想が無い事は事前に調査が終わっている。
寧ろそんなものがあれば軍の貌とも言える広報部隊には所属出来ない筈だ。
スチュワート少佐のブロマイドを人差し指で軽く弾いた。
「あー美味しい。いけませんいけません あー、おいしー」
ブリタニアのウィッチの癖にコーヒーを飲んでバーガーを貪る大尉。
「そのバーガー何個目ですか」
「3」
「太りますよ?」
「太らない」
他愛のない会話を挟みつつも大尉へ質問をするケイ。
「人種国籍もバラバラの部隊でこの2人の共通点とは」
「とは?」
「いえ私が聞いてるんです」
「考えを放棄しちゃダメ。常に考えて適応して最適化していくの」
「適応して最適化? ウィッチとはいえ一介の軍人はそんな事する職責は…」
大尉はその言葉を遮り2人のプロフィールをつらつらと読み上げていく。
だが結局、ケイの脳味噌では2人がリベリオン出身の軍人という事しか分からなかった。
「明日がコンサート当日。今日の夜拠点を襲撃するつもりだったけど、やっぱり当日にしようか」
「出身地? 連合軍でそんな事気にする必要は」
ブツブツと呟くケイは大尉の言葉が耳に届かない。
「人の話が聞こえなくなるほど考えろとは言ってないんだけどな」
これは不安だと思いつつ、猫だましで思考を中断させる。
「きゃあっ!? 何するんですか!」
「寝ろ」
▽
コンサート当日
ニューヨーク・ウォール街。
『ビルの出入り口に1名』
いつも騒がしい摩天楼は、より一層の活気を見せていた。
『無関係な市民なのでそのまま行かせて』
市民がビルの出入り口から離れ、雑踏へと消えていった。
『先行するから数分空けてビルに入ってきて』
『了解』
残り少ないジェラートを処理したケイは、カフェテリアから外に出る。
目標のビルは窓が等間隔に10個並んでおり、この摩天楼の何処にでもある造りだ。
「騒がしいなあ」
独り言をぼやきつつ、言われた通り時間を空けて、件のビルに入った。
実はこの時代、エレベーターというのはもう存在していた。
現代の様な物ではなく、どちらかと言えば昇降機ではあるが。
「今の所グランドフロアに人は居ない。エレベーターは音が大きいから階段で行くよ」
「1階と2階はアパートメントで、3階はフロア全体で1部屋でしたね」
「2階までの住民は無関係なので巻き込んじゃダメ」
そうして音を立てずに3階に到着した2人は顔を顰めた。
▽
問題のフロアは、昼間だと言うのに遮光カーテンが重ねて掛けられている。
しかもテープで壁に固定して、一切光が入らないようにする徹底ぶりである。
そんな努力のお陰か、このフロアだけまるで真夜中のように暗い。
「大尉、聞いてた話と違います」
「何が何でもこの計画は成功させたいらしいね」
まだ壁越しなので全容は分からない。
だが部屋に入るまでの通路には、明らかに訓練を受けたであろう人間が巡回していた。
「懐に拳銃で少なくとも.45クラス。歩幅も一定で体幹にブレ無し」
「第6課の奴らかな?」
幸いな事に、ウィッチは暗闇においても視力は良い。
件の人間は成人男性であるが、視力の良さではウィッチに劣る。
「どうしますか」
「通路が直線だからね。次後ろ向いたら足音立てずに全力で走って懐に飛び込んで」
「は?」
「援護はするから飛び込んだらその銃で頭撃って」
ケイは苦虫を嚙み潰したような表情で、袖から銃とグリップを取り出して組み立てた。
「本当に、殺すんですか?」
「ならここで見逃して、何の罪も無い一般市民や音楽隊の命を狙わせる?」
「―――いえ」
「世界は綺麗事じゃ回らない。誰にも知られず、誰からも感謝なんてされなくても、今ある秩序や平和を維持する為には、誰かがやらないと」
「……やります」
「おっけー……今だよ」
その言葉と同時に全力でケイは走り出す。
だが極力足音を立てず、かつ壁向こうに音を伝えない程度に。
その少し後ろでは、同じく組み立てたウェルロッドを構えた大尉が照準を定めている。
ケイにとって幸運だったのは、その歩哨は連日の作戦行動で疲弊していた事。
歩哨にとって不運だったのは、ケイが想像以上に殺人の才能を持っていた事。
真後ろに立ったケイはウェルロッドで膝を撃ち抜き地面に跪かせた。
自分の胸近くに落ちてきた頭を後ろから抱え、口を押えて声を出せない様にしつつ、ウェルロッドを後頭部に押し付けた。
「ごめんなさい」
その一言と共に、ケイは引き金を引いた。
設計通り極限まで抑えられていた銃声は、中の人員にまで届かなかった。
「よくやったね。次だよ」
扉を少し開けて中の様子を確認し終えた大尉は声を掛けた。
自分の手に付いた血を見て嫌悪を示したケイは表情を歪めつつ、大尉に近寄る。
「ッ……早く、終わらせましょう」
「敵は6人。外の奴と違って訓練は受けてないみたいだけど……ちょっとおかしいかな」
「何処か、フラフラしてますね」
「それにこの甘い匂い……さっきみたいにまずは膝をって考えは捨てて」
「ですが手が届きません」
「薬品で痛覚を消してる可能性がある。下手に同情すると死ぬよ」
そういってゆっくりと扉を開けて、姿勢を低くして侵入した2人は、雑多に並べられたテーブルやパーテーションや椅子の陰に潜みつつ近寄っていく。
部屋の中は最低限の灯りしか燈っておらず、視認性は悪い。
『そっちをやって』
ハンドサインで指示を出した大尉は、部屋の隅で体をフラフラさせている人間に照準を定め、躊躇なく引き金を引いた。その銃弾は見事に頭に吸い込まれた。
大尉はくずおれるその死体を掴み、音を立てないように地面に寝かせる。
チラッと状況を確認すると、ケイも同じようにヘッドショットした相手を寝かせていた。
―――掘り出し物だね。
薄く笑ったプライス大尉は次だとハンドサインを送る。
ついでに、極力この甘い匂いを吸い込まないようにと念を押しつつ、残りの4人も片付けていく。
4人中2人は大尉のヘッドショットで、残りの2人はケイのヘッドショットで。
存外簡単に片付き拍子抜けしたケイは、その場に座り込んだ。
暗い部屋で身を隠せる物が多くあり、手に掛けた人間がどんな容姿かは詳しく分からない。
だがケイは、その精神を大きく削られた。
「こんな筈じゃ、なかったんだけどなぁ」
どこで間違えたのかなと自問して、結局は父親のせいだと決めつけた。
「さて制圧した訳だが、これと言って目ぼしい物は無いね」
ケイは眼精疲労のような目の重さを覚えつつ、同じく辺りを見渡した。
「机と椅子、パーテーションに薄汚れたカーテン」
ざっと見渡したが特に何かあった訳ではない。
だが漠然とした違和感は拭えず、変な気持ち悪さだけが残る。
「隠し部屋でもあるかも」
プライス大尉のその言葉を聞いたケイは、ハッとして窓に目を向けた。
急いで遮光カーテンを壁から剥がしていく。
その行動を不用心だなあと思いつつ見守っている。
「1、2…9。窓が等間隔に9枚しかありません」
外から見た時は窓が10個だったとケイは付け足す。
ケイの言葉を聞いたプライス大尉は、部屋隅の壁を軽く叩いていく。
何カ所か叩いたところで、1箇所明らかに音の反響が違う部分を発見した。
「当たりだよケイ。お手柄お手柄」
その言葉と同時に、仕掛けを見破った大尉は音を立てずに出入り口を出現させる。
回転ドアのような仕掛けであり、そんな大仰な物ではないのだが。
▽
そうして新たに表れた隠し部屋だが、今度はしっかりと灯りが燈っていた。
中には1人の人間が、ケイ達からは背を向けていた。
その視線はニューヨークで行われる音楽隊のコンサート会場周辺の地図に固定されている。
だが通信機でどこかと連絡を取っており、それが終わるまでは手が出せない。
「コンサート途中に襲撃する筈でしたが、入場出来るのは上流階級民だけだ。仕方が無いので、コンサート終了後、楽屋スタッフに変装させて突っ込ませる。薬で意識は奪ってあるから人間爆弾だって簡単だ」
通信機の向こう側の相手はそれを聞いて、幾つか報告事項を伝えた。
何分かやり取りをした後、諜報員の手から通信機が離れた。
『私は右手、ケイは左脚』
そう指示した大尉は素早く最適な射点に就いた。
ケイも嫌々ながら大尉の邪魔にならない位置に移動して銃を構える。
それと同時に準備完了のハンドサインを送る。
『3、2、1、撃て』
カウントダウンの合図と同時に放たれた銃弾は、見事に狙い通りの部位を貫いた。
「ぎっ!?」
突如として訪れた衝撃と激痛に身悶えした人間―――諜報員は崩れ落ちた。
プライス大尉は素早く駆け寄ると腹部を蹴り上げ、手持ちの布で手足と口を縛る。
変な気を起こさないようにケイは銃を突き付けて警戒している。
「よし、こんなものだね」
それはもう優しく椅子に座らせた大尉は一息をついた。
そうしてやっと状況を呑み込んだ諜報員が、呻き声を上げる。
「尋問、しますか?」
懐からナイフを取り出したケイは、過去に自分が受けたのと同じ拷問をしようと近づいた。
諜報員はケイが本気でやると確信して、逃げようと体を捻る。
だが残酷な事に、きっちりと椅子に縛り付けられたその体は一切動かない。
「ちょっと待って。お目当ての書類が無いと始まらない」
その言葉を聞いた諜報員は、まだ希望があると考えを巡らせる。
大尉が何の書類を探しているかは知らないが、見つけてしまったら十中八九碌な事にならない。
そう確信している為、何とか逃げ出す方法を考える。
だがその時、絶望を知らせる報告が通信機から響き渡った。
『緊急通達。先程、501がガリアを解放セリ。現刻を以てN計画を発動する』
「見つけた」
通信が終わると同時、大尉は目標の書類を見つけた。
クソったれと思いつつ、もう一度体を捻った諜報員に、ケイは躊躇なく右脚も撃ち抜いた。
「―――ッ」
余りの激痛に、猿轡を強く噛み締める。
「うん。この書類さえあれば全部分かるから、もういいよ」
そういった大尉は何の躊躇も無く、諜報員の頭を撃ち抜いて殺した。
「……良かったんですか?」
「この手の奴らの口を割らせるには時間が掛かるからね。定時通信が途絶えた時点で、隠されているかもしれない爆弾がこのフロアを吹き飛ばす可能性も否定できない」
ケイは頭に穴を空け、もう2度と動く事の無くなった諜報員を見ると、静かに手を合わせて冥福を祈った。
テロリストの拠点という名の、諜報部の隠れ家を潰した2人は、拠点へと帰還した。
大尉は持ち帰った書類を手に、ケイに対して説明を始めた。
「まあコレは草案段階の書類だけど、本案はほぼこの内容と同じだから」
そう前置きして、ケイに見せた書類の1枚目には、計画名が記載されていた。
「パリ防衛を主任務とする新設統合戦闘航空団の編成計画書?」
「今回の任務の答え合わせを始めようか。コレを聞いたうえでどうするかは……自分で決めてね」
そうして、大尉はケイに答えを教え始めた。