1
▽
扶桑皇国海軍・軍令部。
今ここでは二人の人物が腹の探り合いをしていた。
「さて少将、連合軍司令部から齎されたこの補給要請書は何かね」
一人は軍令部総長。階級を海軍大将と軍内でほぼほぼ頂点に立つ存在である。そんな彼は大声で怒鳴り散らしたい気持ちを抑えながら、目の前にいる人物を詰問していた。
「と、仰られましても。私は軍医ですので、主計に関して意見を述べる資格が無いかと」
対するは扶桑皇国海軍・軍医少将。
過日、連合軍司令部より苦情付きの補給要請書が回って来た時、思わず舌打ちをした張本人だ。
「この報告書によれば、主計科のこの人員が補給を滞らせているようだ。これらの者は、先日君から個人的な贈り物をされたらしいのだが……何やら偶然が重なっているな」
暗に、お前が派閥の人間に命令してやらかしたんだろうと責め立てるが、軍医少将の涼しい顔は崩れない。
「そういえば、仲の良い奴らに贈り物はしましたが、それを勘繰られては……まぁ総長の仰りたい事も理解はしているつもりであります」
「ほう。私の言いたい事が理解出来ているつもりかね。遠慮する事は無いぞ、言ってみたまえ」
おほんと咳払いした軍医少将は、大仰な仕草で説明を始めた。
「察するに、補給や待遇の劣悪さに嘆いておられるのでしょう。ですが、例の計画において彼女は非常に貴重な
「そうかね……本人に同意など求めていない非道な実験だとの認識はあるかね」
ここで、総長は己がとんでもない誤解をしていたと言う事に気づく。
「……?」
軍医少将は、心の底から何を言っているのか分からないという表情を作ったのだ。
「……本人の同意も無しにそのような実験を、ましてや何も犯罪歴も無い上、貴重なウィッチをそのように扱うなど、良心は無いのかね」
「同意と仰られますが、軍属である以上は上の決定は絶対であります。そもそも彼女は籍自体があやふやでありますし。北方での功績も無い事になったのですから」
「なぁ少将……君は国の為に戦い続けるウィッチにそのような扱いをしているが、罪や贖罪の意識はあるかね」
「ありませんが。私が彼女を始め被験体に思う事はただ一つ、感謝です。私は凶悪な犯罪歴がある人間も、国や人を守るために戦った兵士でも、人の未来の為に実験体となった人物に対して罪の意識など持ちません。あるのは万感の想いを込めた感謝です」
ありがとう、君のお陰で人類はまた一歩先へと進みます。
この言葉は少将が被験体に必ず言うセリフだ。コレを聞いた被験者も、その場に居た助手も心を揃えてこう言うのだ。
アレは人の形をして動いている何かであると。
「……それは君自身が有用な被験体であったとしてもかね」
「私が被験体に成りえるのなら喜んで。人の未来の為に役立てたのなら嬉しいですし、人の未来の為に役立った人に対して、謝罪をするのは冒涜ですから。津家軍曹にも感謝していますよ」
「筋金入りだな。いいだろう、もう下がりたまえ」
長い間人の上に立っていると、考えている事が大体読める。報告を多少脚色して誇張する心理も理解出来るし、後ろめたい事が報告しにくいのも分かる。
それ故に総長は分かってしまったのだ。
この軍医少将は、先程の言葉に何一つ嘘を言っていないと。
本当に罪の意識を感じておらず、あるのは感謝の気持ち。自分も喜んで実験体になると本心から言っている。
「それでは失礼いたします。あぁ津家軍曹ですが、彼女には最期の大実験を予定しています」
そう言って軍医少将は部屋を出て行った。
「あんな化け物が、扶桑の少将か……とにかく、まだ打つ手はある」
これが少将個人の計画であれば、さっさと拘束すれば良い。だが非常に残念な事に、この計画は国ぐるみで動いているのだ。先代の海軍大臣が任期満了間近に承認したこの計画は、今の海軍大臣と総長にとっては、非常に厄介な代物である。
バレれば文字通り上層部の首が物理的に飛んでもおかしくない。阻止しようと派手に動けば、自分や身内に不幸な事件が起こる。
だが何も悩んでいるだけではない。あの少将を始め、この計画に加担した者らに然るべき処罰を与える為にも、総長も必死に動いているのである。
1,fin.
2
▽
「ゔえ"えっ、え"ッ……」
津家楠里の体は限界に近い。度重なる固有魔法と薬物の乱用、極度の不眠とストレス。
齢16にも満たない少女の体は、確実に崩壊に近づいていた。
朝起きたらシーツを血で赤く染め上げているのも当たり前である。
半月程前から頭痛に吐き気、全身の激痛も収まる気配が見られないのも問題である。だが楠里はただ痛いと思うだけで、誰にも言わない。
焦点のあってない瞳で、フラフラになりながら鏡の前に立つ。
少し前は、もう少し顔色が良かった筈だが、今は酷いモノである。
「津家、少し雑用を頼んでいいか」
上官の坂本曰く、ウィッチに不可能は無いとの事だ。楠里は自分の魔法力で無理矢理顔色を作って、部屋に入って来た坂本に振り返った。
ウィッチに不可能は無いのだ。
「はい。何を致しましょうか」
「ここ最近のネウロイの兆候やらを纏めた書類を、私と宮藤と共にミーナに届けに行くぞ」
最近は確かに変な動きでしたねと坂本に言葉を掛けつつ、楠里は野戦服を羽織った。
「この野戦服、またサイズを調整しないと」
坂本はボソッと呟いた楠里の言葉を深く考えずに歩き出した。
大体何が言いたいのか分かっている坂本は、特に深く追求したりはしない。どうせ何かあったのかと聞いても、返ってくるのは吐き気を催す返答だけなのだ。
爆弾発言を回避して自分の心を守るのも立派な戦術である。
まあ彼女の予想は正しいのだが。楠里は501入隊時より、明らかにやせ細っている。
「さて、そういえば宮藤が先日初戦果を挙げたな。目一杯褒めてやらんと」
「そうですね。命を掛けて戦果を挙げ、返ってくるのが罵倒や失笑では宮藤さんも可哀想です」
坂本は油断していた。
先程回避したと思った地雷が、まさかの二段構えで設置されていたのだ。
しまったと思った時には既に遅く、楠里の言葉が容赦なく頭の中に流れ込んできた。
「津家分かった……分かったから。頼むからこれ以上責め立てないでくれ」
楠里はしまったと言った表情で口に手を当てた。
何度も言うが、坂本とミーナは自分の過去を気にし過ぎると楠里は思う。
他のウィッチも聞けば同じようになると予想出来ないのが、楠里の数多い欠点の一つである。
▽
世間では英雄のように扱われているが、軍上層部にとってはあまり良い話ではない。
確かに戦力にはなるが、人員も資材もその分使う金食い虫だ。自国のエースを本土防衛以外で預ける事に躊躇いを覚える参謀本部も数多い。
バルクホルンは、妹の見舞いに行った帰り、二通の手紙を持って帰って来た。
幸いにも両方とも手紙の主は予想が付いた。
片方はブリタニア空軍所属、トレバー・マロニー大将であり、もう片方は、坂本が真っ先にピンと来た。
「これは……また厄介な事が起こるぞ」
送り主は、楠里の件で色々と動いていた憲兵隊であった。
「不穏な動き有り、か」
手紙を取って読んでいた坂本はため息を吐いた。
「ミーナ中佐も坂本少佐もさ、いい加減にしてほしいなー」
ハルトマンの口から唐突に出た言葉に、急に現実に引き戻された二人。
「どうしたハルトマン。何かやってしまっていたか?」
おおよそ何が言いたいのか分かってはいるが、態々言う必要があるのかと思う坂本。
とはいっても、このままにしておけば後々余計に面倒が起こるのも事実である。
「ハルトマンの言う通りだ。そろそろ津家の事を聞きたいものだ。私達以外のメンバーも、もう津家が本当に新人だと思ってる奴など居ないぞ」
「そーそー」
坂本とミーナはお互いに顔を合わせた。
確かに楠里の言動は新人からかけ離れている。基地襲撃の時も、模擬戦の時も、その動きは新人と呼ぶには余りにも手慣れ過ぎていた。
「もう少し、待ってもらえないかしら……私達も、安易に口に出せる内容じゃないの」
ミーナの言葉の節々には、これ以上聞くなとの思いが滲み出ていた。
バルクホルンとハルトマンは、そんな二人の様子を見て、黙って司令室を去って行った。
「近いうちに、本人にどうするか聞かないとな」
「私達が、勝手に話していい内容ではないものね……」
▽
魔法力低下によるシールドの貫通。
ウィッチの魔法力は10代がピークであり、20を過ぎれば弱まっていく。
ネウロイの警報があり、坂本を隊長機として迎撃に上がった楠里達。
現場に到着すると、芳佳はなぜか至近距離でネウロイの傍を飛んでいた。
「人の形ですね」
楠里のその呟きに反応を示す者はおらず、坂本は芳佳へと近づいていく。
これまで人の形をしたネウロイは目撃情報が無く、余計に不安になるのも仕方の無い事だ。
坂本の援護に直ぐに入れるよう、直ぐ真横に付いた楠里は、ネウロイの動きが変わった事に気づいた。
「攻撃来ます」
咄嗟にシールドを張った坂本と楠里だが、二人のシールドにふと違和感を覚えた。
―――これは、まずい。
危機回避能力と呼ばれる本能の一種。究極の護身は近づかないこととも言われているが、楠里はその特異な経験から、その危険を察知した。
このままでは、二人のシールドが貫通されると確信した楠里。
咄嗟に坂本のシールドに、自分のシールドを重ねるという曲芸技を成し遂げ、坂本を庇う様に前に出た。
人の形をしたネウロイから放たれたビームは、二人分のシールドを易々と貫通し、貧弱な楠里の体も容易く貫いた。そして、坂本の体をも貫通したビームは、海へと消えていった。
被弾したその瞬間、楠里は咄嗟に坂本の手を掴んで、出せる限りの力で上へと放り投げた。
せめて坂本だけでもと思い起こした行動は、幸運にも実った。空中で芳佳とペリーヌが坂本を抱き抱える事に成功したのだ。
代償は、楠里は海に突っ込んだ事だ。
「しょ、少佐と津家が被弾した」
バルクホルンが基地に居るミーナと通信をする中、残ったメンバーは、海へと沈んだ楠里を必死で捜索していた。
ルッキーニとシャーリーが上空警戒を、ハルトマンとリネットが必死で海面を捜索するも、ユニットも浮かんで来なかった。
しかも大変不運な事に、急激に天候が悪化したのだ。易々と荒波へと姿を変えた海を、必死で捜索するハルトマンとリネット。
だがこのまま天候が悪化すれば、全員に危険が及ぶ上に、早急に坂本を基地へ連れ帰らなけらならない。
「畜生!」
バルクホルンは、断腸の思いで撤退を決意した。
反論するリネットらであったが、全員の安全が第一だとバルクホルンは言い、撤収が決まった。
「そんな、そんな……少佐、津家さん」
必死で坂本に治療魔法を掛ける宮藤の傍で、ペリーヌはただ狼狽える事しか出来なかった。
▽
まさかシールドも不安定なほど体にガタが来ていたとは。
それが被弾して海中深くにダイブしてしまった楠里の心境である。最果ての地でも何度か海に落ちた事はあるので、動揺はしていない。
あの時の海は、被弾の傷も相まって激痛であり、波も今回以上に高かった。幸いにも今回の傷はそこまで大騒ぎする事ではないと楠里は思った。
魔法力で酸素を最低限確保しつつ、出血も無理矢理抑えるという手段を実行し続ける。
楠里の魔法力は、お世辞にも高いとは言えないのだ。
チラッと自分の太ももに挟んでいるユニットに目をやった。コレを諦めればもう少し楽になるのだが、捨てるという考えが思い浮かばない楠里。
天候からして、一度他のメンバーは撤収したと判断した楠里は、あろうことか基地の方面に向けて泳ぎ出した。
やらなければ死ぬのだ。じゃあやらねばならないのだ。どうでもいい命ではあるが、恩人らに迷惑を掛けるような死に方をする気も無い。
せめて基地で遺書を書いてから死んでやるという気持ちで、楠里は必死に藻掻く。
感情が無いだとか、自分の命はどうでもいいと言い張る楠里にしては珍しく頑張っていた。
だが魔法力を持っているとはいえ、たかが10代の少女が、荒波に勝てる筈無いのだ。
結局流れに流され、地図にも載っていない無人島の岩場へ打ち上げられた。
「ユニットは……悪運が良いですねこのユニットも」
海水に晒され、所々壊れてはいるものの、ただ真っすぐ飛ぶだけなら出来るかもしれない。
楠里はユニットを背負いつつ、またも偶然に在った洞窟へと避難した。
被弾した右脇腹の傷も広がりつつあった。
―――左脇腹といい今回と言い……。
彼の地にて焼灼止血法を行って地獄を見た楠里。最悪またやるしか無いかと思いつつ、魔法を当てて治療を試みる。
だが楠里は治療魔法など使えない。
なので出血を魔法力で抑えつつ、ハンカチで傷口を縛るという方法になるのだ。そのハンカチすらも海水に浸され汚れている物である。
かつては背嚢を背負って出撃していた。
だが此処では必要ないかと思い持って来ていないのも痛い。
チラッと洞窟の出入り口を見ると、海水が入ってきていた。
余り時間が無い事を悟った楠里は、覚悟を決めて、作業に取り掛かるのであった。
▽
坂本が目覚めた時、ミーナと芳佳とペリーヌの顔があった。
三人の顔は疲れ切っており、真面に休息が出来ていない証拠であった。
「……津家は無事か」
そう聞いた段階で、坂本は失態を悟った。
あの気を失う直前に、楠里が自分を空へと放り投げてくれたのを思い出した。
「今、全力で捜索中よ……」
「くそっ」
基地の総力を挙げて楠里の捜索中であるが、悪天候の影響も相まって遅々として進んでいないのだ。
「少佐、大丈夫ですよね。楠里ちゃんなら……楠里ちゃんなら大丈夫ですよね!?」
坂本とて大声で当たり前だと言いたい。津家楠里は歴戦のウィッチであり、落とされても自力で基地に生還した実績もある。
だが同時に、彼女の体が最早限界であることも知っていたのだ。
「ウィッチに……ウィッチに不可能は、無いんだ。無いんだよ宮藤」
そう言う坂本の表情はとても暗く、今にも自分で飛び出して行きそうな程であった。
「クロステルマン中尉、至急ウィッチ全員をこの部屋に集めてきて」
ペリーヌは最初は駄々を捏ねていただが、楠里関連で全員に話があると聞くと、何も言わずに部屋を出て行った。
「今言うのか」
「何時までもウィッチ一人の為に時間は割けない。そういった意見が出てくる前に、楠里さんの過去を皆に言っておかないと」
本来、宮藤芳佳には謹慎が与えられるのだが、楠里の捜索に当たってそれは見送られていた。
だが連日の捜索で気負い過ぎているため、休息も兼ねて、話の後に処分が下される。
「皆さんをお連れいたしました」
ペリーヌがメンバー全員を坂本の病室へと連れてきた。
長丁場になるが、全員に聞いてもらわなければならない事なのだ。
今ここで楠里を見捨てるという意見を出さないためにも、彼女の過去は明かされるべきである。
そういったミーナの判断の下、遂に全員に打ち明けられ始めた。
「揃ったわね……津家軍曹の捜索に協力してくれてありがとう。今日はね、皆も薄々思っていたと思うけれど、津家さんの事について話があるの」
いざ説明を始めようとしたと同時、病室の扉が唐突に開けられた。
「ぜひ私もお聞きしたいですね」
『―――え?』
そこには、行方不明の筈の楠里が立っていた。
▽
絶叫。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!」
傷口を魔法力で焼いて無理矢理止血する。かつて行い、もうやりたくないと思っていた応急処置を、彼女は行っていった。
「い"ッ、あ"ぅうう"……」
普段からは想像できない程、獣のような悲鳴を挙げて処置に掛かる。
「―――の"う"な、まやく"じゅッ」
必死で固有魔法を乱発して痛みを誤魔化す。ポケットに入っていた特殊強心剤も全て打ち込んで、気を失ってなるものかと必死で足掻く。
そして、2時間にも及ぶ激痛との戦いの末、何とか傷口を焼いて止血を終えた楠里。
「あ"ーーーッあ"ーーッ…………あ、お"えええええ!」
盛大に胃の内容物をぶちまけ、必死に酸素を取り込もうと呼吸する。
気管に吐瀉物が詰まり、真面に息が出来ないが、残った魔法力で必死に押し戻す。
「―――、くそ……海水が」
そうやって手招いていると、とうとう満潮が牙をむき始めた。
この島が地図に載っていない理由は至極単純だ。
小さいし、満潮になればその大部分が水没するからである。
楠里は野戦服のポケットから、手帳程の大きさの白いケースを取り出した。
それは、余り他人に言い触らせない代物の一つだ。
特殊強心剤、効果の強い睡眠薬に続いて、楠里のポケットから出てきたのは、市販で売られている薬だ。
それはまたも注射器に入った薬であった。
特殊強心剤は、他人が使えば依存性の無い安全な戦意高揚薬であるが、楠里自身が使えば忽ちハイになれる代物だ。これは固有魔法の魔法力が無い時などに役に立つ。
一方、こちらの薬品の正式名称は無痛薬という。
501に着任した楠里が、夜な夜な自分の固有魔法を麻酔薬と合わせて作ったものである。
麻酔薬の出処は、今頃横須賀でガチギレしている。
この麻酔薬は、楠里が固有魔法で変な風に改造したので、使っても眠気は襲ってこない。
ただしあらゆる感覚が無くなるため、危険極まりないのだ。先程の焼灼止血法の時に使わなかったのは、傷口を焼き過ぎる恐れがあった為であるのだ。
魔法力を行使している感覚すらも薄くなるので、繊細な作業をする時などに使うと大惨事に陥る。
バッチリと副作用があるその薬を少量服用し、痛みが幾分和らいできた楠里。ふらつく足でユニットの装着を終えると、既に海水が入ってきている洞窟から這い出した。
「方角は……あっちか」
今はもう戦闘機動など出来ない。ただ浮いて真っすぐ飛ぶことすら難しい。
だがそれでも何の躊躇も無く空に上がった。
上がったとは言うが、実際は20メートル程浮き上がってノロノロと進んでいるだけであり、とても飛行とは言えないモノだ。
極寒の海水浴よりマシだと思いつつ、基地の方角へとフラフラ飛んでいた。
津家楠里は不運である。
その出自や経歴もそうだが、今この様にして基地の滑走路へと降り立ったのだから。
真に幸運であれば、坂本を庇った時の被弾で、苦しい人生に幕を下ろせたのだ。
だがしぶとく生き残って、結局は苦しい目に遭い続ける。
悪天候の中での帰還。
弱った状態で低空を飛び続けたため、誰にも気づかれる事無く帰還した楠里。
ハンガーに自分のユニットを入れてから、その場で座り込んだ。
「生き残った……大丈夫、これでミーナさんらが責任を負う事も無い」
医務室に行こうと立ち上がった時、遠くで他のメンバーの話し声が聞こえた。
心配を掛けてしまったので、謝らなければと思い、楠里は急いで後を追うのであった。
▽
「つ、津家さん!?」
「えぇ!?」
坂本の病室に入ると、当たり前だが全員から驚かれた。ビームを被弾して風穴をこさえて海に落ちたというのに、何の手助けも無く楠里は帰って来たのだ。
泣き崩れる人もいれば、どうやって帰って来たのか聞く人もいる。
「津家……」
「はい。津家軍曹、帰還致しました」
とにかく医者だと騒ぐシャーリーが、大急ぎで駐留している軍医を呼びに走って行った。
「私のせいで、すまない」
「私は大丈夫です」
他のメンバーの介護で、空いていた椅子に座った楠里は、改めてミーナへと向き直った。
「楠里さん……一体どうやって、いえ、とにかくお帰りなさい。直ぐに診てもらうように」
「はいミーナ中佐。ユニットも一部は破損しましたが、付けて帰ってきました」
その言葉を以てますます場に混乱が生まれた。
「じ、実は被弾とかしていなかったとか?」
ルッキーニがそう聞いてきたので、楠里は徐に穴の開いた野戦服を脱ぎ、上半身を晒した。
「……なんだ、これは」
「ひ、酷い……」
バルクホルンとリネットがその場の総意を口に出した。
楠里の体には、ネウロイのビームで被弾したであろう傷が、あちこちに付いていた。
肩や腕もそうだが、特に両脇腹の傷が酷い。両方とも何かで焼いたかの如く爛れたような痕であり、真面な治療を受けていないのが一目で分かる。
急遽駆け付けた軍医も、この楠里の傷を見て唖然としていた。
そして今回被弾した傷を見た軍医は、低い声で言った。
「貴女、この傷は……焼きましたね」
楠里がはいと答えると、そこから始まるのは軍医によるお説教だ。
自分が何をやったのか理解しているのかと大声で怒鳴って、事の重大さを教え込む。
バルクホルンを始め、その場に居た坂本とミーナ以外も次々とお説教に加わり始めた。
「えっと、あの……」
余りの剣幕に何も言い返せない楠里は、坂本とミーナに視線を向けた。
「はいそこまで。津家軍曹は緊急手術の後、どうやって帰還したかを聞きます。今はとにかく療養なさい」
楠里は軍医に連れられてその場を退室した。
「ミーナ中佐! こうなったからには津家の事をしっかり話してもらうぞ!」
「もとよりそのつもりです……」
▽
「部屋を壊すなバルクホルン」
楠里の事情を聴いたバルクホルン達。
その惨さに、つい坂本の病室の壁をへこませてしまった。
場に居る全員の表情は暗い。なんせつい先日まで仲良くやっていた同僚は、生まれも経歴も酷いモノだったのだ。
本来なら精神崩壊していてもおかしくないし、わが身の不幸を嘆いて周囲に当たり散らしても良い。
だがそんな事は一切せず、皆の為にせっせと働き続けた一人の少女。
まだ未成年で、人生はこれからだ。
だが少女の体には消えない傷跡が幾つも有り、その固有魔法や薬物で廃人寸前である。
寿命も残り僅かで、味覚も無いと芳佳の口から伝えられた。
「え、は? ちょっと待ちなさい宮藤さん。今とんでもないこ―――うっぷ」
「宮藤、何故私達に教えないんだ。見ろミーナは限界寸前だぞ……私もやばいぞ」
「お二人は気にし過ぎるからって楠里ちゃんが……」
坂本は宮藤の頭にポンと手を乗せてから、他のメンバーを指さした。
バルクホルンは手を握りしめすぎて血が出ている。ハルトマンは厳しい顔で下を向いていた。
ルッキーニはシャーリーに泣き付き、シャーリーも目に涙を浮かべていた。
サーニャはエイラと共に楠里が消えていった扉を見続けている。
ペリーヌに至っては先程から下を向いて動かない。
リネットは無表情で天井を眺めているが、芳佳の手をぎゅっと握って震えている。
大惨事である。
結局、場を一旦仕切り直すために、その場は解散となった。
後日改めて、墜ちた後から帰ってくるまでの経緯を説明した楠里は、再度ウィッチ全員に泣きながら怒られるという体験をした。
「私のせいで心配をおかけしてすいません」
この言葉が止めの一撃だったのは言うまでもない。
2,fin.
3
▽
芳佳が謹慎当日に抜け出して撃墜命令が出た日。
軍医は猛反対したが、楠里の出撃停止は考慮されなかった。基地司令であるミーナも抗議したのだが、今回は扶桑の司令部に限らず、連合軍司令部までもが楠里の休養を認めなかった。
ここまで傷が深ければ、傷痍除隊も有り得るのだが、そのような話は一切持ちあがらなかった。
だが今は芳佳の事が先だとミーナは判断し、芳佳追撃の戦列に加えたのだ。
謎の飛行機械により、人型ネウロイとその巣諸共一掃された。
疑問を残しつつも基地へと帰還した時、滑走路に数人立っていた。
「ご苦労だった、ミーナ中佐」
ブリタニア空軍のマロニー大将は、背後に謎の機械を着陸させると、横に居た人物を紹介しようとした。
だがその人物は、先にそちらの用事を済ませるように言うと、一歩下がって静観し始めた。
マロニー大将は、芳佳の脱走と、それを処するミーナの対応に散々文句を言った後、501の解散を言い放った。
芳佳はその場で気絶し、リネットに抱えられた。
「こちらの用件は終わった。そちらもどうぞ」
黙って見ていた人物が一歩前へと進み出て名乗りを上げた。
「初めましてだ。私は扶桑皇国海軍の軍医少将だ」
その言葉を聞いた途端、ウィッチ全員が反射的に銃に手を掛けようとした。
だがその動きも、横に待機していたブリタニアの兵によって阻止された。
「上官の話の途中で動くとはな……これだからウィッチーズ隊など」
マロニー大将の言葉を聞き流しつつ、軍医少将が話を再開した。
「さて津家軍曹。君も原隊に戻る訳だが、401は私直属の実験部隊でね……変な手を入れられる前に、出来る事は終わらせておこうという話さ。またどこからか辞令が飛んできて、変な所に行っても困るからね」
不穏な動き有り。
手紙の内容は頭の片隅に入っていたが、まさかこうも早く動くとは思っていなかった坂本とミーナ。
「……ご命令ですか」
「あぁ命令だ。何、君のお陰で人はまた一歩進む。胸に誇りを抱き給え」
津家楠里は不幸である。
先日の撃墜でその命運を手放していれば、更なる事態に巻き込まれずに済んだというのに。
数日後、赤城の上で海を眺める楠里は、今までの思い出を頭に浮かべていた。
別に死ぬと決まった訳ではない。だがどうしてだろうか。
あの軍医少将の言葉を聞いていると、暗い未来しか思い浮かばないのだ。
3,fin.