一日を変えるカクテルを   作:水崎涼

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雷鳴の少女

 

 12月3日

 

 

 このお店は、客寄せに関する宣伝類を行っていない。開店理由の8割くらいがマスターの道楽だからだ。墓に金を抱いて入っても仕方ない、とはマスターの言。

 よって、気に入ってくださっているお客人がお友達に紹介して、その友達がまたお店を好きになってくれてという、要するにリピーターで持っている。マスターの人柄を気に入って、空間が楽しくて、お酒がおいしくて、などなど。

 表通りから見える位置に店がないので、知らない人はさっさと通り過ぎてしまう。

 特に、こんな大雨の夜は。

 

「人間、雨の日は出歩きたくない。出歩きたくないから店に客が来ない」

 

 バケツをひっくり返したような、とは、一体誰が最初に考案した言葉なのか。12月にもなって、降るのが雪ではなく雨とは。

 どざどざと激しく降り注ぐ雨粒を、私はカウンターから出て窓越しに眺める。ハリケーンの予報はなかったはずであるが、夜の暗雲は時折赤白く光を散らして。次の一瞬に輝いたかと思うと、2秒ほどしてゴロンと轟音が響いた。これは確実に落雷したな、などと考えてみる。

 雷鳴り響く夜。このシチュエーションで、過去来客があった試しがない。うちはマスターの意向で雰囲気を大事にするが、ささやかに流すラジオやジャズ音楽など、この雷雨の音が盛大に吹き飛ばしてくれる。落ち着いてカクテルに舌鼓をうつも何もない。雨宿りついでに、なんて人も、店の看板を出していないのでスルーされる。

 こんな日はバーメイド用人形として備品を整理して、掃除も済ませて、後に残りそうな雑務も片付けて。どう頑張って時間を潰したところで、後は慣れきった景色を窓越しに眺めるのみ。それでも、待つのが仕事だ。

 いつも変わらずに鎮座する路地の壁面よりは、雲模様のほうがまだ面白みがある。私は窓に寄って空を眺めつつ。またゴロゴロと雷雲が陽気に喉を鳴らしたので、観測趣味のない私は一回稲妻が見れれば十分と、そっと視線を水平に戻し。

 またぱしゃりと、白く強い光が瞬いた。

 

「ひっ!?」

 

 雷鳴よりも早く、喉から悲鳴が出た。

 聞いてくださいよ奥さん。稲光が町を照らした瞬間、私、見ちゃったんですよ。

 

 

 

 誰も居ないと思っていた向かいの道、建物間にある細く暗い隙間に。

 黒い傘を差した女性が、じっと、無感情にこちらを見つめている姿を。

 ここらで亡くなった、浮かばれない少女の幽霊かと思いましたよ、えぇ。

 

 

 

 びっくりしすぎて、私はその場に固まったまま、かの場所に目を向ける。

 ほどなくして、影から彼女はゆるりとやってきた。

 白い髪に白いシャツ、黒いカチューシャに黒いスカートで黒い上着、赤い瞳に赤いリボンタイ。

 かようにさっぱりした色合いの女性は、こんな天気の中を急がず焦らず歩んでくる。そして車が離合できるかどうかの店の前通り、中ほどで遠慮したように立ち止まると、傘を持たない片手で簡易メガホンを作り、私に向けて口元をぱくぱくと動かした。

 明らかに何かを訴えている。いやぁ私はバーメイド用人形なんで、幽霊の声とか聞こえないですよ。

 ‥‥‥声が聞こえないのは、雷雨と窓越しのせいである。ふんわりとした彼女の外見から、多分声も小さい。

 私は店に雨が降り込まない程度に、窓を開ける事にした。雨音が一層耳に響き、それ以上に女性の声がよく届くようになった。

 

「あの、伺いたい事があるのですが」

 

 細いながらも聞き取りやすい声。スーツ風の服装が大人を演出しているが、とても若い。補足するならば、ちょっと存在感が薄めで、幸も薄そうな儚さである。

 どうやら、ちゃんとした生物ないしは人工物らしい。人型人工物とは我ら自律人形の事。

 

「はい、どうなさいました」

「このあたりにお酒のお店があるとM950A‥‥‥知人に聞いてきました。座標は確かにここなのですが、よくわかりません。何かご存じはないでしょうか」

 

 なんと、こんな天気の日にやってくるお客様がいらっしゃるとは。

 どうやらお客様っぽい感じだし、放っておいたら可哀そうな。例えるならば愛犬家が、「拾ってください」とか書かれた段ボールに入れられてる子犬を見る心境。子犬は寒そうに小さく丸まっているとしよう。庇護欲を掻き立てられるというか。

 

「ちゃんとしたお酒を普通に飲みにいらした、と受け取ってよいです?」

「はい。カフェ、いえ、バーを探しています」

「もしもこの区画でカクテルバーをお探しでしたら、うちで合っていると思いますよ。他にはないので」

「ありがとうございます、ここで合っているようです。今日は店じまいでしょうか」

「開店休業中です。雨の中を大変でしたでしょう、どうぞ入ってください。扉は右側です」

 

 ふっと、彼女は小さく表情を緩めた。そんな彼女に戸口を示して、彼女が了解したのを確認して一旦窓を閉め別れる。一見様お断りとかではないので、来店経緯がどこ経由でも構わない。

 ほどなくして、本日最初のお客様が来店された。

 ‥‥‥扉を全開にしたタイミングで、また一つ雷様が彼女に後光を与えたのだが、本当に不気味なので止めて頂きたい。

 それにしても、こんな大雨に打たれながらやってくるとは。

 

「すごい天気ですね」

「良い天気ですね」

「え、あ、はい‥‥‥はい?」

「今日の落雷は、これで仕舞いの気配です。寂しいです」

 

 などと言いながら、惜しそうに空を眺めやってから扉を閉める。

 彼女は畳んだ傘を置き、上着を脱ぎながらカウンター席へやってきた。商社の仕事帰り、でもないか。彼女が肩にかける大きなリュックサックは、登山帰りと言われた方がしっくりくる大きさと無機質なデザイン。それに何より、髪質や瞳がこれは。

 人型機械、人形だ。

 

「お仕事は、天気予報士かなにかで」

「民間軍事会社の戦術人形、役柄は偵察兵か前哨狙撃兵、でしょうか。多少は天候が読めます」

 

 なるほど、戦闘用人形さん。だからこの愛らしさと相反するリュックサックなのか。黒羽根にも見える衣装の上着も、裏地は白と青を基調にした斑点模様‥‥‥迷彩という奴になっていた。

 生活においてそこそこ自由を与えられている民需人形は、お酒のような嗜好品にも手を付ける。なので民需人形は何度か迎えた事もあるが、戦闘用人形の来店は初めてだろう。自律人形を戦闘用として転用している会社が、実質G&Kという所しかないというのもあるし。

 戦闘用となれば豪放磊落な方を想像していたが。まさか、吹けばどこかへ飛んで行ってしまいそうな、か細い子がお初様とは。物珍しさもあってつい視線を配ってしまう。

 彼女の体、表皮組織部にはいくつかの傷跡が見える。戦術人形。おっとりとした雰囲気とは裏腹の、歴戦の兵士なのかもしれない。

 

「民間軍事会社の人形、とすると」

「グリフィン所属、今はサンダーと名乗っています」

 

 幽霊のような登場をした戦術人形は、特に対外的な微笑みもせずに淡々と答える。微細な表情変化は見えるし、不満色には聞こえなかったので不機嫌とかではなく、単純に、表現の深さが乏しい気質に見えた。

 しかしサンダー、『雷』が名とは。とても少女らしい見た目に反して、随分と荒々しい名前だ。

 カクテルバーになじみがないのだろう。サンダーさんは興味津々に店内をゆっくりと見回し、よくわからないがわかったというような顔をした。これもまた、喜怒哀楽で言えば楽な感情かな、というくらいはわかるのだが。

 これはなんとなくであるが。一息入れて羽を伸ばしてきなさいとか、そうお勧めされた類に思える。けれどもどんなふうに休んだらいいかわからない、と言う具合。

 彼女は所在なさげに、しかしじっとこちらを見据える。

 なんというか。物欲しそう。いよいよ子犬か小鳥じみてきた。

 

「ご注文を伺いますよ?」

「カクテルの事は、よくわからないので。どれを注文したらよいかもわかりません」

「適当に見繕ってください、でも大丈夫です」

「では、酸っぱい飲み物をお願いします」

 

 私は「は?」と声にしそうになって、かろうじて呻きを飲み込む。

 短きバーメイド人生。機能テストを兼ねて謎かけのような注文を受けたことはあっても、『酸っぱい飲み物』と言われたのは初めてである。カクテルバーなんて気取ったお店に来店する方は、それなりに知識があったり狙ったカクテルを飲みに来る人、後はとりあえずお酒だという人が多い。

 丸投げもしないが主張はする、という方は初めて。

 

「レモンやオレンジ、ライムなどありますが」

「お任せします」

 

 不貞腐れたわけでもなく、ただ平坦に。

 もしも私が、搾りたてレモン100%の飲み物を出したら彼女は飲むのだろうか。

 ‥‥‥多分、飲むと思われる。しかも、眉一つ動かさず不満もなしに。漂う幸薄オーラが、そんな確信を私に与えていた。

 どれくらいお酒慣れしているのか。酸っぱいと指定しているなら酸味は強めのほうがいいか。もしかしたらとんでもないソムリエで、私が試されている可能性。星の数ほどあるカクテルの中から、さて、彼女に適切なお酒は。

 こうして困った時にどうするか。私は、マスターから習っている。その通りだとも思い、続けている。

 眺めるサンダーさんの前で、私は手を動かし始めた。

 酸味希望という事でロングのグラスへライムを追加分絞り入れ、ライムジュースを注ぐ。そしてドライ・ジン、トニックウォーターをオンザロックでステア。

 あれこれ誤魔化す余地がないシンプルさから、店の品質とバーテンダーの力量がすぐにわかってしまうとも言われるカクテル。それを自ら選択した上にライム量を変更などと、相当にチャレンジャブル。しかし、マスターの教示とサンダーさんの希望をマッチングしたらこれが浮かんだのだ。

 カウンター席へ提供しようとして、ふと窓に目が向く。いつの間にか小雨になっており、雲も唸るのをやめていた。どうやら、雷鳴に驚かされずにお話ができそうだ。

 

「お待たせしました。ジン・トニックです」

 

 無色のカクテルを、サンダーさんへ供する。

 サンダーさんは急ぎも恐れもしない無味な動きで手に取り、ゆっくりと傾けてちょっぴりと口に含み、特に遊ぶことなくすっと喉を通して。

 やっぱり感動とか不満とかもなく、でもちょっぴり満たされたような。そして目線はきちりと合わせて。

 

「おいしいです」

「よかった」

 

 よっぽどのものでない限り、どれでもおいしいですとしか答えそうもない人形さんである。両手で包むように持ち、小鳥がついばむようにちびりちびりと飲み進めるあたり、一応は満足している‥‥‥ようではある。声の抑揚や眉に頬の繊細な反応といった機能はしっかりあるので、見て取れはする。

 サンダーさんは一言も口にせず、何度も店内を見回してその風景を眺めては、思い出したようにグラスを傾ける。

 彼女からは話題を貰えそうもないので、とりあえず、話しかけてみよう。

 

「雷とは、すごい名前を貰いましたね。何か由来が?」

 

 彼女は顔を上げる。

 本当に。旧型自律人形かのような抑揚の少なさだが。一度動き出せば表情は繊細に変動する。

 

「雷の名を持つ銃を与えられた、が正しいです。私達はスティグマされた銃器の名前を、そのまま名乗るようされています」

「スティグマ。その銃に最適化された挙動を行えるようにデータパックを入れる、でしたかね」

「はい。私はTriple Action社の『Thunder.50』という銃器にスティグマされたので、私の名前はThunderとなります」

 

 サンダーさんは、特に感慨もなさそうにつらつらと述べる。ただしThunder、の発言部分だけが、ほんのりと力が籠っている。あてがわれた銃にはむしろ喜んでいるようだ。

 Thunder.50なる銃を私は知らない。そも、銃に関する知識が壊滅的だ。銃を携える客人が自慢の一つに取り出して、すとらいかーだの、すなぶのーずだの、なしょなるまっちだのと話していてもさっぱり。深堀しようと思うほど知識欲も出ないし。銃が銃であるというのは理解できるくらいだ。

 話しかけても邪険にはされないようなので、続けてみる。

 

「私には、色と大きささえ同じならどれも同じに見えてしまいますが。いろんな銃があるそうですね」

「私のハンドガンは一目でわかりますよ」

「素人にもわかりますかね」

「はい。御覧になりますか‥‥‥いえ、この場で兵器を取り出すのは非礼ですね」

 

 酒+銃=乱射騒ぎ、美しき方程式。もっとも、今日は(今日も)ここに居る客人は一名なので、人目がどうのと咎めるのもおかしな話である。

 それに。御覧になりますか、の部分が、サンダーさんにしては弾んだ声だった。

 本当は自分の分身、自分の名の由来を自慢したくて、見てもらいたいのかもしれない。

 

「見間違えようがない銃というのは気になりますね。よければ話のネタを提供して頂けると嬉しいです」

「そうですか。では、失礼して」

 

 少しだけ意気揚々というか、うれしそうな反応を返したサンダーさんは、けれどゆったりと大きなリュックサックを開いた。

 ハンドガン、拳銃の文字通り、比較的小さいサイズの銃。コンシールドキャリーという言葉は、贔屓のお客さんから聞いた事がある。携行性を重視しており、服などに容易に隠せていつでも取り出せるようにだそうだ。軽く、取り回しがよく、映画なんかだと両手に一丁ずつ持ったりもする。

 ‥‥‥ハンドガンとは、そういうものだと聞いていたし、これまで見たものはそうだったのだが。

 彼女はそれを取り出した。

 ずしりと重々しい具合で。

 でかい何かが姿を見せる。サンダーさんは銃口の向きに気を付けつつ、卓上にそれを置く。家宝とでも言わんばかりの丁寧さと、彼女にしては陽気さで。

 

 

 

 その銃は、ハンドガンと呼ぶにはあまりにも大胆だった。

 

 

 

 どうあがいても服の下には隠せそうもない武骨さ。明らかにバランスが悪く片手で持てそうもない全体像。大筒に握り手部分を接着しただけのような大味の具現化。SF映画でもないとお目にかかれないであろう冗談みたいな外観は、一周回って水鉄砲の玩具に見える。一言で言って、銀塗りの大筒。

 だいたい、テーブルに置いた時の音からしておかしいのだ。サンダーさんはとても丁寧に扱ったのに、「ゴトンッ」って、音が重たすぎる。4キログラムは軽く超えている。

 誠に申し訳ないが、私はこの筒を銃だとは理解できたが、ハンドガンとは認識できなかった。

 

「これは何ですか」

「これはThunder.50です」

「Thunder.50とは何ですか」

「ハンドガンです」

「ハンドガンとは何ですか」

「拳銃です」

 

 私には、「ハンド」でも「ガン」でもないように見えますが。

 百歩譲って、人間が扱えるよう仕方なく付けたような、手で握り込む部分がハンドな要素だとして。これはカノン、砲という奴だろう。こんなので生物を撃ったら、文字通りの風穴が開くにリキュール一本を賭ける。

 

「その、随分と雄々しい銃、ですね?」

「ハンドガンです」

 

 しっと見つめ返すサンダーさん。どうあってもハンドガンだと自称したいらしい。

 なるほど。他の銃とは一線を画する銀塗りの獣をつい、食い入るように眺めてしまう。この銃はきっと、その名の通りに電光雷轟を戦場に響かせるのだ。

 

「驚きました。とんでもない銃が世の中にはあるんですね‥‥‥」

「これは技術展示のデモ機で、マーケティングされる類のものではありません」

「試作型とかですらないんですね」

「I.O.P.がどこからこの銃を入手したのかは存じませんが、人形ならこの反動も抑え込めるというのは、今後の人形開発には役立つかもしれません」

 

 役立つとは思う。全身防弾メタリックのサイボーグにでも持たせて市警あたりに配備する分には。もしくは大型バイクを軽快に飛ばしながら、片手で大きな銃を撃ちまくる筋骨隆々のアンドロイドかも。そんな新世代人形はちょっと、うちの世界線ではご遠慮願いたい。I.O.P.社さんには是非、これからも可愛い外見をした自律人形製造に精を出して頂きたいものである。

 素人目にもわかる、明らかに実用性皆無な銃。そのデータ取り程度の事で新型を使いたくないから、適当な人形を補修して使った、という予感がする。この場合の適当とは「適切な」ではなく「いい加減に」という意味で。

 

「腕、痛くなりますよね?」

「たいしたことではありません」

「幸せの逃げる音がする」

 

 手首の駆動系に負担がかかっていないわけがないだろう。幸せの青い鳥も全力で逃げる薄幸である。

 青い鳥なんておとぎ話にすがるより、雷鳴のほうがほっぽど役に立つとも言える。彼女を害する者は、このたくましいボディガードがすべてなぎ倒してくれる。

 

「幸せかどうかはわかりませんが」

 

 くっと、サンダーさんはジントニックを楽しんで。

 

「ここは面白いと感じます。お店もきれいです。お酒もおいしいです」

「ありがとうございます」

「気分が晴れたかはわかりません」

「その飲むペースでは、酩酊も何もないでしょうねぇ」

「もっと遅い方がよかったのですね」

「逆です、逆」

 

 サンダーさんは、はてという顔をして、残り半分くらいになったジントニックを見つめて。

 今度は、一気にくいくいと飲み干した。これがまたやけっぱちというほどでもないのだが、やることが極端な方である。そしてサンダーさんは氷だけとなったコップと、私とを交互に見やって。

 

「‥‥‥」

「‥‥‥」

「よくわかりません」

「秒で飛んじゃう人はいませんよ」

 

 いや、いるかもしれないけれども。

 私のサンダーさんへの評価が、幽霊みたいに現れた不思議ちゃんから、淡泊にボケ続ける不思議ちゃんへと変わりつつある。

 

「たくさん飲めば、憂さ晴らしという気持ちが理解できるでしょうか」

「あ~、ヤケ酒はお勧めしかねます。ひととき現世は忘れられるでしょうけども、後で地獄が待ってますよ。深酔いもとい、メンタルマップ動作異常が」

 

 それは嫌だと把捉した様子で、サンダーさんはすぐに諦めてくれた。

 サンダーさんの感情は読み取りにくいが、決してわからないわけではない。特に表現機構のきめ細かさによって、無表情を繕ったぽやんとした反応の中でも色が見て取れる。恐らくは、現行機クラスの物は搭載されている。本当はもっとたくさんを表現できる個体だったのだろうが、戦術人形化の際にメモリを圧迫したのかもしれなかった。

 旧型機でも高品質の感情表現機構を搭載した自律人形、というのは存在する。私のような接客業に充当される人形が一例だ。笑うのが仕事みたいなものである。駆動系やメモリ容量を多少お留守にしてでも付けたい機能。おかげか、私はカメラアイの性能が少し悪いまま搬出されている。

 人形らしい人形のサンダーさんは、ジントニックのグラスを手でなぞりつつ、こちらへと視線を向けてきた。

 

「ヤケ酒はお断りされましたが、何か飲みたい気分です。注文をしても良いですか」

「はい、どうぞ」

「『幸せな気分になれるお酒』をお願いします」

 

 ‥‥‥出題。幸が薄そうな少女から、このような注文を受けたバーメイドの心境を答えよ。答え。やべぇよやべぇよ。

 どえらく抽象的な注文が来た。しかも物言いがキワドイし、重い。彼女の銃くらい。

 

「お酒が好きな人は楽しそうに飲むので、どういう気分なのかなと体験してみたいのです」

 

 困惑が筒抜けてしまったか、サンダーさんが静かに手をパタパタとふって繕う。たぶん、本人は本心で言っていると思われる。天然っ子みたいだから。

 それにしても難しい。何をお出しするのが正解なのだろうか。酸味が好きならば柑橘類か、万人受けしやすい軽い飲み口のがよいか、カクテル言葉から見繕うか、当店第一位の売れ筋を素直に提供するか、私の個人的嗜好な一品を示してみるか。さて、どの手札を使おうか。

 こうして困った時にどうするか。私は、マスターから習っている。その通りだとも思い、続けている。

 あれこれ考えたって、答えは出ない。どれでも正解だし、どれでも不正解なのだ。それぞれで未来は変わるかもしれないが、どれも正解で不正解なのだ。ならば。

 眺めるサンダーさんの前で、私は手を動かし始めた。

 酸っぱめで、ソフトで、イメージはガーリーなカクテル。あるのはカクテル言葉ではなく、謳い文句。

 オンザロックでバカルディ・ラムにライムとソーダ、シュガーシロップで甘み付け。にしたが、純正レシピ再現が不可能で、手持ちで試みた品である。本家とは遠くかけ離れているであろう。でも、試飲で私自身満足できる形になった事だけは断っておく。

 仕上げた一杯のカクテルを、サンダーさんの目の前へ。

 サンダーさんは持ち上げて向けてきた。

 

「これが、『皆さんが幸せな気分になれるお酒』ですか」

「いいえ。このカクテルを商品としてお出ししたのは、今日が初めてです」

「‥‥‥?」

「もしもあなたが気に入ってくだされば、『飲んだ人が幸せな気分になれるお酒』ですね」

 

 小首をかしげるサンダーさんに、そう微笑んでみる。

 

「それでは、店員さんがこのお酒を選んだ理由は何でしょうか」

「これは。私が100点の点数で、サンダーさんが幸せになってくれるよう願ったお酒、です」

「‥‥‥願う」

 

 何かの琴線に触れたのか、サンダーさんは呟いて。

 

「願って、実行された。受ける私の責任は重大ですね」

「苦味が好きという人がいれば、甘味が好きという人もいます。もしサンダーさんの舌には合わないとしても、裏メニュー表から下げたりはしませんよ。どうぞ気楽に楽しんでください」

 

 試飲会のお誘いみたいなものである。

 言葉にサンダーさんは静かに見つめ返し、カクテルをじっと見分してから、ゆっくりとグラスを傾ける。反応は‥‥‥サンダーさんのこれまでを鑑みるに、上々といった所か。

 彼女は感想を口にせず、少しずつ飲み進めながら、代わりにこちらへと尋ねを入れてきた。

 

「あなたは、誰かのお役に立ちたいと考えているのですね」

「お客様に満足していただきたい、ですね」

「相手の感情を重視する、というのは理解できますが‥‥‥私には、相手に満足して欲しいという感覚がわかりません」

 

 少しだけ、つまり大いに悲しそうに、サンダーさんは目を伏せる。

 

「誰かのお役に立ちたいとか、戦いたいとか、褒められたいとか。皆は良く言いますが、私には、その感情がよくわかりません。風紀が云々と、指揮官に褒めてもらえるようにしようと言う‥‥‥知人に、最近は連れ出されますが」

「サンダーさんの印象からするに、怠けるという選択肢はなさそうに思いますね」

「構ってくれるので、その分を返します。こうして店員さんが話しかけてくれるから、私は話せます。相手にされなければ、それで構いません」

 

 彼女は瞼を落とす。積極的に生きる気がない、とでも言おうか。

 彼女の首元とかに見える傷は、修理が追いつかないとか名誉の負傷と思っているとかではなく。自分には修理をしてもらうほどの価値がないからと、自分から断っているのだろうか。我々自律人形は人間様にとっての労働力であるので意図した自殺行為ができないが、鉛玉飛び交う戦場という環境を利用した「脱法的自殺」は、あるいは可能かもしれない。

 

「でも、この子は違います」

 

 カウンター席に鎮座している自分の分身を、サンダーさんはそっと撫でる。

 

「変わらずにまっすぐ、大きく叫びます。絶大な火力で役立とうと、私を、味方を、全力で基地へ帰そうとする、強い子です」

「強い子、ですか」

「強くて正直。怖い目をされた時、泣き叫びたい時、とても気分の良い時、笑い出したい時。私に代わって、何よりも雄弁に、声を上げてくれます。この銃を撃つと、自分の本音を言えたようで、すっとします」

 

 サンダーさんがそう言うのだから、よほどスカッとするのだろう。見るからにゴツイ異形は、それはけたたましく吠えるであろう。彼女は秘める感情を、すべてを貫く銃弾と銃声で代弁してもらっている。感情がないわけでも、理解できないわけでも、無気力なわけでもないのだ。役に立ちたいと思えるような人間に、出会った事がなかったのかも。

 感情表現能力はあるのに、乏しい表現量。体の傷、影のある性格。華やかな評判を聞かない戦闘用人形。

 ‥‥‥過去への詮索は、やめておこう。

 今会話をするのに、その情報は不要だ。今、サンダーさんには五体満足の体があり、気晴らしを勧める知人がいて、こうして外出が許可され、お酒や銃の話で楽しめる環境と人となりなのだ。それで充分である。

 それはいいけれども、それにしてもこのハンドキャノンである。しかも、銃声を撃ち鳴らす状況を聞くに、感情表現が不器用という表現さえ生ぬるい疑惑があるので、この質問は大丈夫だと判断して私は興味から尋ねてみる。

 

「あの、銃を撃つ必要がない場面でも、これをぶっ放してるように聞こえたのですが」

「感情表現ツールですので、撃つ必要はいつもあります」

「‥‥‥えぇと。例えば知人さんとお話していて、とても気分の良い時は、具体的にどうするんですか?」

「今日はバッグに入れていますが、まず懐から銃を取り出します。薬室に弾を込めます。たいていは装填済みです。擦過しない距離を計って、跳弾に気を付けながら相手に向けて、撃ちます。それで、銃を仕舞います」

 

 日常会話をしていて彼女が楽しいと思ったら、おもむろにこのでっかい銃を取り出されてこっちに向いて銃弾が飛んでくる、としか受け取れないのだが。それで合っているだろうか。合っていてほしくはないのだけど。

 

「廊下などは一つの音が反響して、建物全体がうち震えたようになって。平原も捨てがたいです。山の木霊も良いですね」

 

 合っていそうである。サンダーさんの語り口が、ちょっと楽しそう。彼女にとっては、心が震えるくらいの感動のようだ。

 

「よく怒られませんね」

「怒られます。AEK-999からは、お前の銃は音がでかいから勘弁してくれと。M950Aからは、撃つ必要ないじゃんと」

「これは怒ってませんね、周囲も慣れたもので‥‥‥それについてのサンダーさんのご感想などは」

「大きな銃声大きな返事は、確かな返答です。なぜ怒られるのでしょう」

「サンダーさんあなた、私の想定以上に面白い人ですね?」

 

 率直な感想がつい出てしまう。

 特に自覚もなく真顔で、本人はいたって真面目に面白い事をするタイプの人だ。いると勝手にネタをぽろぽろと落としてくれて、場が和む感じの。根掘り葉掘り聞いて行けば、返ってくるのは日々のドタバタ劇と見た。周囲の面々にも恵まれているようだ。

 どうだろうか。私程度では一日を変えるのがせいぜいだとは思うが、彼女の今日のこの一日をよりよくできないか、やってみたい気分だ。

 サンダーさんは再び沈黙する。だから失礼して、私は言葉を並べてみた。

 

「たまに、変な注文をするお客様がいます。一番仰天したのは、『まがいものをください』ですね」

「まがいもの?」

「わからないですよね。私は子供ビールを提供したのですが、ハズレだったようです。ついでに答えも教えて貰えなかったので、結局、今でもわけがわかりません。私達は機械ですから、こういった事態で演算結果を出せなくなると思考が同じところを回るか、ビジーに陥ります」

「自動で再始動ができない事もあります」

「そんな時はメーカーにリセットをかけてもらうわけですけれど。この通り、店を一人で預かっている時間に起こすと大変です。だから私は、マスターからアドバイスを貰いました」

 

 いつでもどこでも、何度も何度でも、マスターの声とセリフを追憶できる。

 

「マスターはおっしゃいました。悩んでわからなかったら、自分に従うように、と」

「自分に従う、ですか。それは一体どのような内容なのでしょうか」

「一度すべてをリフレッシュにして再演算にかけ、最初に思い至った品を選ぶ。そうしたら、まず止まる事はないのでバーメイドの仕事を継続できる。後悔の方は‥‥‥結果次第、ですけれど」

「‥‥‥Facta Non Verba」

 

 囁くように、いや、自らに言い聞かせるようにサンダーさんは小さくつぶやく。私の言語圏の言葉ではないので、意味は把握しかねた。

 サンダーさんはしばしカクテルグラスを弄び、手を離して、数センチほど自身の銃に手が伸びかけながら。

 引っ込め、俯く。

 今、撃とうとした。絶対に、感情表現ツールとして撃とうとした。もし気心が知れている相手だったら、そのまま祝砲なのだろう。

 

「貴方は自ら、たくさんを伝えてくれます。私はもっと、自分の言葉で叫ぶべきなのでしょうね」

「理想は恐らく。しかし無理をして煽り飲んでも、悪酔いをしてしまいます」

「貴方ならば、悪酔いしないカクテルをくださったと信じられそうです。貴方が私に贈ってくださったこのカクテルは、何と言う名前なのでしょうか」

 

 カクテル名を尋ねられた。

 覚える価値がある、と思っていただけたのだろう。私は、名を口にした。

 

「『ふもふもドリーム』と言います。謳い文句は、『数杯飲むと舌が軽くなり、もう数杯飲むとぐっすり眠れる』」

 

 何杯でも飲みたくなるお酒で舌が軽くなる、愉快な気持ちになるから多弁になる。そして、良い気分のまま良く眠る。メモリをリフレッシュした朝は、快適な一日の始まりを告げてくれる。

 このふもふもドリームはBTCという、全世界のカクテルバー充当人形が集うネット集会所で最近話題に上がったカクテルだ。お酒に関する、自律人形達の情報交換場所。ジュリアンというアカウント者が提示したカクテルなのだが、どうにも聞いた事のない合成酒を繊細に組み上げたカクテルのようで。提示者が現物酒でどうにかこうにか再現した品から、皆がレシピ開発にかかっている。

 お店によって、酒類の在庫状態が違う。それでもどうにか再現を。

 すべてはこの味と、謳い文句に恥じぬカクテルとする為に。

 

「‥‥‥夢。確かに、幸せになれそうなお酒です。ありがとうございます」

 

 述べて、サンダーさんはほんのりと微笑むと、最後の一口をすっと飲み上げた。

 カクテル再現はどうかわからない。でもこの瞬間、このカクテルは確かにふもふもドリームだった。

 

 

 

 :

 

 

 

 締めの挨拶がなされ、手続きを済ませると、サンダーさんはち上がって上着を羽織った。

 雨は、止んでいる。これだけ降ったのだ。明日は晴れだろう。きっと。

 夜に溶け込めそうな真っ黒衣装の彼女は、戸口に立つと黒い傘を取り上げて。ほんの少しだけ、つまり彼女にしてはそれなりに急いでいる風にも見えた。早く家に帰ろう、としているように。

 今日この店で羽を伸ばすよう提案した知人さんの元へ、だろうか。

 きっと、彼女の素敵な友人だ。

 

「今日は、ゆっくりと眠る事にします」

 

 透き通る赤眼が、見返ってくる。

 目元をほんのりと緩めて。 

 

「明日がありますから」

 

 白い人形は小さく、美しく、微笑んだ。

 

 

 

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