12月10日
人間の嗜好とは無数にある。
だからこそ、人間は多くの酒類とカクテルを生み出したのだろう。組み合わせと比率によってほとんど無限大に味を提供できるカクテルは、無限の可能性だ。好きな人は好きだが慣れていない人は苦手といった、クセをマイルドにする手法は定番。新たな創作カクテルなど考案披露されたりしている。今となっては、過去形ではあるが。
良い可能性が無限大。
悪い可能性も無限大である。
異なる複数が存在すると、絶望的に相性が悪いというものも存在する。
例えば、日本酒系統とハーブ系統は合わせるのが難しい。その持ち味が掛け合わせ先と殴り合い、持ち味を消したり消されたりしてしまう為である。カクテルに限らず、食べ合わせとか飲み合わせとか。残念ながら、相性というものが存在してしまう。
お酒と人との間にある相性も同じだ。そんなごちゃごちゃした妙な具合こそ、というお客様もいるので。やっぱり相性である。
今日は、随分と冷える。
12月だからと言えばそれまでの話だけれども、近いうちに雪でも降るのではないだろうか。このあたりは、一度降り始めるとどかりと積もるのである。私も多分、バーメイド業と並行して雪掻き作業に従事する破目になるであろう。
再来週にはクリスマスだ。ホワイトクリスマス、それはそれで乙なもの。
カラリと、戸の開く音がした。
カウンター内から視線を配る。
雪の塊が、ふわふわとやってきていた。
「いらっしゃいませ」
「こんばんわ。遅くまでやっていると聞いてきたんだけれど」
「日が昇っても大丈夫ですよ」
返答を聞いて、女性はうれしそうに目を細めた。
ウシャンカのようなもふもふの白い帽子、白いケープ風の掛物を羽織って、上着にショートスカートも白。黒タイツに皮のブーツ。北国出身なのだろうか。
透き通る蒼い瞳に、美しく流れるロングの金髪。どこかの令嬢と言われても納得できてしまいそうだ。
‥‥‥この区画で見られる、ここまで仕上がっている人型となると、構成物質はタンパク質ではなく電子部品の可能性が高い。人間の需要で作られる我ら自律人形、I.O.P.社製品は容姿にはむやみに力が入っているのである。その方が売れるし。
「今日は特に冷えますね」
「そんな日は、お酒で体を暖めよう!」
気さくな社交性を感じる。白い女性は、私に一番近いカウンター席へと腰を下ろした。
と、彼女の背中にふと目が行く。何かを担いでいたのだ。棒や杖と呼ぶには凝ったデザインの、木製の長物。彼女もまた、私の視線に気づいたらしい。
「失礼。ガンケースは、あまり使わないものでつい」
申し訳なさそうに述べつつ、彼女は長い棒、銃を脇へと立てかけた。
こういうスタイルの銃もあるのか。飲食店へ抜き身で背負ってくるのは無遠慮とも言えるが、仕事であろうし、別に携えてきたわけでもなし。何よりもふんわりとした印象が、危険人物とはかけ離れている。
銃を持つ女性。軍隊は女子禁制というわけでもないのでいるにはいるのだろうけど、素敵な私服姿で持ち歩く人。先日来店された一人の人形を思うに、彼女もまた。
「戦術人形さん、ですか?」
「えぇ。モシン・ナガンと言うわ。よろしくね」
白い彼女、モシン・ナガンさんは微笑むと「では早速」と前置きして。
「ウォッカを頼みたいけど、ここはカクテルバーだからね。ウォッカを使ったカクテルでおすすめを、一杯お願いしたいわ」
「ふむ。ご予算や味の指定は?」
「天井も指定もなしで」
「‥‥‥それでは」
ウォッカベースのカクテル。
ウォッカはアルコール度数がきつめなものの、ほとんど香りも味もない『水』のようなものなので、非常に使い勝手の良いお酒だ。それだけに、カクテルという派生作品も多種である。
さて。私は例によって悩むのをやめ、彼女の印象からレシピを選び出した。とある棚からウォッカ・レモンジュースを取り出そうとして、もう一つのお目当て、ホワイトキュラソーも見つけたのでこれも手に取る。
手に取って、おかしいな、と内心小首をひねった。
直近ではホワイトキュラソーを使った覚えはないのだけど、どうしてこの棚に。まぁいいか。
私はそれぞれをメジャーカップで計量し、シェイカーへ。シェイカー、もちろんシェイクする。カクテルと言えば、シェイカーでシャカシャカと振る。そんなイメージを持たれた方もいるだろう。おかげで、このあたりの手際のよさとかを見られる。モシン・ナガンさんからの期待の眼差しもあって、ちょっと緊張していたり。
無色のウォッカと透明に近いレモンジュース、ここにホワイトキュラソーで白を加える。リズム音を奏でて、滞りなく、透き通った白のカクテルの完成だ。
白と北国のイメージ。北国の楽器の名を持つカクテル。
「バラライカです。どうぞ」
カクテルグラスをモシン・ナガンさんへ。
彼女は喜色で軽く香りを楽しんでから、まずはくっと一口。
ウォッカベースという事もありバラライカは高めのアルコール度数なのだが。飲む進める速度と、それに対する反応でだいたいわかる。このモシン・ナガンさん、相当な酒豪だ。恐らくは平素、ウォッカをロックで飲んでいると思われる。
モシン・ナガンさんは明るさと穏やかさの同居した微笑みで。
「うん、良い一杯。こういうお酒をのほほんと飲めるって、素敵よね」
「敷居が高い印象を持たれがちですね。お酒のミックスジュースと言ってしまえばそれまでなのですけど」
カクテルを突き詰めていくと、やれ手早くやらないとカクテルが水っぽくなるとか、シェイクの度合いがどうのだとかと言われる。食品でも飾り包丁一つで見栄えと食感が変わったりするわけで、料理カテゴリ全体の話ではある。
上質を求めると、ハードルが上がる。出来る事には限度がある。程よい所で止めておかねば、大変だ。
モシン・ナガンさんは改めて店内を見回す。空気を一杯に詰め込んだ店内を。
「他にお客さんは?」
「堅苦しいお酒を気軽に飲みにいらす方は、見ての通りです」
「今日はむしろ願ったりだけども。折角の楽器が泣いちゃうかしら」
述べて、彼女はバラライカをすっと飲み干した。早い、飲むペースが早い。
と、唐突に彼女は眼を細めつつ、一度は立てかけた銃に手を伸ばし背を気にする仕草を見せた。同時に、店の扉が二度開かれる。
私も目を向ける。
戸口にいるのはまたもや、白い塊だ。
モシン・ナガンさんが、表情を明るくした。
「あら、スオミちゃん」
「奇遇、ですね。こんばんは」
「世の中って狭いわね」
モシン・ナガンさんはくすくすと笑いながら銃から手を引き、スオミと呼ばれた戸口の少女はぺこりと一礼、白い上着を脱ぎながら店内へ。そして、モシン・ナガンさんの左隣の席へ身を落ち着けた。水色を基調とした衣服の彼女、金髪碧眼の少女は愛らしさが強調されている。以前来店されたサンダーさんも結構な若さだったが、スオミさんはより幼さが強調されていた。
それにしても、これが戦術人形か。私は戸が開かれる音がするまで気付かなかったのに、モシン・ナガンさんは壁越しに察知したのだ。
「いらっしゃいませ。同じ基地の方ですか?」
「はい、スオミKP/-31と言います。スオミで大丈夫です」
しっかりとこちらに目を合わせて名乗ってくれる。礼儀正しい子だ。
民間軍事会社に当てられた自律人形は、結構な確率で問題児が多い、という噂がある。民需用人形として順風満帆ならば兵士への転向なんてする必要がないわけで。それでもG&Kに入って改造を受けるような人形は最終処分場扱い、「民需製品として基準を満たさなくなった故障品」か「元からメンタルマップが変な者」である。というお話だ。
‥‥‥変な思考設定を付与したのは人間だろうに、とは口が裂けても言えません。
以前のサンダーさんはやや変わり者だったとは思うが、節度ある方。本日の両名も同様。自律人形は人間の為の奉仕、サービス用機械製品。人形権利報告書なんてものが出されて物議を醸すくらい、社会的地位が低いわけで。外部の意見は、話半分で流した方がよいのかもしれない。
などと考えているうち、スオミさんが声を上げた。
「店員さん、注文をいいでしょうか」
「はい、伺います」
「ブランデーとポマックのロンケロを。ポマックがなければ、ジンとレモンでお願いできるでしょうか」
「良いタイミングです。ポマックでしたら、数日前に入荷できたのです」
「このご時世にすごいですね。では、お願いします」
ロンケロとはまた。白い衣装は、北国出身の証なのだろうか。
私も同じのをお願いね、とモシン・ナガンさんからの追加注文を受けて、私は二人分のロンケロの手配に入った。
ロンケロとは、とある北国におけるロングカクテルの愛称みたいなものである。そしてポマックは北欧、果物のソフトドリンクだ。禁酒令が厳しかった時代は、ノンアルコール飲料として需要があったという。これとブランデーによるロングカクテルは、後のロングセラーになるジンとグレープフルーツによるロングカクテルの人気に押されたが、やはり愛好家はいるもので。
「ポマックを入手できるくらい、この地区は潤沢なんですか?」
「先月まではレミーマルタンが残っていましたが、今は低等級ヘネシーだけですね。それも厳しかったのですが、数日前に供給が再開されまして。隣市との交通が少し回復したと、聞いています」
「それでも大変な事です。有難く頂きます」
述べて、スオミさんはモシン・ナガンさんと乾杯を交わし、ロンケロを丁寧に煽る。‥‥‥幼い容姿に反し、こちらさんもザルのご様子。
彼女はお酒もほどほどに、少しばかりそわついた様子でモシン・ナガンさんを見やった。
「お一人でとは、珍しいですね」
「所用のついでなのよ。待ち合わせをね」
ピシリ、との異音が聞こえたように感じた。
スオミさんが全身を硬直させている。
他方でモシン・ナガンさんも、あっと気付いたようでスオミさんの様子をうかがう様相。
スオミさんは、ロンケロを抱いて震え始めた。それは怯えているというより‥‥‥熱く滾る思い。まるで怒っているかのよう。
眺めるうちに、幼い令嬢然としたそれまでと打って変わって。
「そうでした、その可能性を考えていませんでした。奴らはどこまでも私の邪魔を、私はただ‥‥‥!」
「あの~、スオミちゃん。えっと」
モシン・ナガンさんが言葉を選ぶ暇もなく、スオミさんはぐわっと顔を上げた。
「モシン・ナガンさん。貴方という純白の素晴らしい銃と素晴らしい人形が、赤いカーテンの向こうへ行ってしまう姿を涙なしには語れません。いいえ、私は貴方に怒ってなどいません。白銀の大地に血化粧をばらまく奴らが悪いのです!」
恐ろしく獰猛な様子でモシン・ナガンさんに噛みつき始めて、私は思わず怯む。
「別に、だから決別して私の所へなんて言いませんけど。ロンケロをもう一杯お願いします!」と、こっちにまで飛び火しかねない勢いだったので、私は大至急ロンケロの作成に手を付けた。
吠えるだけ吠えたスオミさんは一杯目のロンケロをぐっと飲み干すと、今度は俯いて空のグラスに向けてなにやら小声でぶつくさとつぶやき始めた。その姿、鬼気迫るとはまさにである。
私は手は止めないまま、そっとモシン・ナガンさんに耳打ちしてみた。
「あの、一体何が起きたんです?」
「スオミちゃんは、私の銃を作った国が大嫌いなのよね。国と国の歴史、という話なんだけど。それで、その国で生まれた銃と、その銃を持つ戦術人形もまとめて大嫌いで。この通り、スオミちゃんは物事をまっすぐ言うから」
性格も災いして、と言った様子らしい。
しかしそのお話の通りだと、モシン・ナガンさんも『大嫌い』の枠組みに入りそうだが。
「モシン・ナガンさんには懐いている様子ですが」
そう尋ねると、返したのはモシン・ナガンさんではなく、がっと顔を上げたスオミさんだった。
「まったく抵抗がないと言えば嘘になります。ですが元の出自が敵国といえど、モシン・ナガンの派生型は私の祖国を共に守った銃。友邦です! モシン・ナガンさん自身も我が国の英雄達その誇りを宿すメモリーチップを搭載し、この通り穏やかで気遣いのできる、優しい良い方です。えぇ、奴らにはもったいないほどに出来た人なんです!」
「はいどうぞスオミさん、ロンケロです」
「ありがとうございます」
さっとロンケロを差し出すと、スオミさんは瞬間冷却で丁寧に受け取った。良くも悪くも、ものはまっすぐ返す子である。
ロンケロで喉を潤して、少しは落ち着いたようだ。スオミさんはモシン・ナガンさんに向き直って、深く頭を下げた。
「貴方がみんなを隔てなく扱うのは知っています。気分を害してしまったのなら謝ります、ごめんなさい」
「私は気にしてないから、謝らなくて大丈夫。おっけー?」
「はい、ありがとうございます」
「じゃ、話がまとまった記念に一杯しましょ」
そして両名は、次なるロンケロを今度は大きいサイズで注文し、「乾杯!」の歓声を上げるのだった。これでスオミさんはロンケロ三杯目、モシン・ナガンさんもバラライカ一杯にロンケロ二杯目。ものの十数分の出来事なのだが、まったくもって酔いが回った様子もない。果たしてうちにあるブランデーの在庫で足りるのだろうか。一瓶きりのポマックも既に残量が怪しいし、心配になってきた。
スオミさんの激情は収まったようで、ようやく酒席らしい雰囲気になった。見計らって、当たり障りなく話を振ってみる。
「お二人共、お酒に強いようですね」
「北国の人はたいてい、お酒を好む設定にされています。時間と場所をわきまえるだけ、モシン・ナガンさんはまだおとなしい方ですよ。笑い上古になって絡み酒になってからが本番です」
「気分が良くなるとついね。私がおとなしい方っていうのは、AK-47あたりと比べて?」
「配給食糧の枠に酒瓶を押し込む人形なんて、初めて見ました」
「AK-47なら、『なぜ満タンの酒瓶を持って行かないのか!』とか言うでしょうね」
「常識の違いですね。まったく、信じられません」
スオミさんはぶんぶんと首を横に振る。
モシン・ナガンさんから『大嫌いな人形達』の名が出たようだが、スオミさんは押さえている様子。これが他の人形からの振りだったら、アレルギー反応がごとくギャンギャン吠えたてるのだろう。
そして吠えぬまでも、愚痴は駄々洩れ続ける。
「特盛を注文してがっつくのがAK-47なら、9A-91は小茶碗で延々と食べ続けるタイプです。涼しい顔して、OTs-14も大概です。バッテリーではなくウォッカが駆動源みたいな酔っ払いも」
「よく観察しているんですね」
「グリフィン配備の銃のうち、実に数割をかの国の銃が埋め尽くしているんです。嫌でも目に入ってくるんです!」
スオミさんは机を叩かんばかりに。私が話題を出すと、やっぱり吠える。モシン・ナガンさんへの敬愛とか友情とかによる、かろうじてのしおらしさか。
これは相当に、解決不能なほどに根が深い問題であると感じる。カクテルでも、どうやっても組み合わせ難い種類というのが存在するけれど、同種の問題なのだろう。
「AK-74Uはきっとロシアンマフィア出身ですよ、戦場だと性格が豹変して別人です。他にも弾丸のメロディを聞けとか喚きながらトリガーハッピーする人とか、電柱に恋をする人とか、睥睨して回る尻軽ドSとか」
云々と話し続けるスオミさんと、困った様子ながら穏やかに聞き眺めるモシン・ナガンさん。
その両名が、その瞬間。ほんの数瞬だけ視線を外して、店の出入り口へと意識を向けた。
これは。と私が思う間に、三度店の戸が開かれた。
開かれた扉。今度は衣服は別色だが、髪が真っ白な女性だ。極めて上機嫌で気の強そうな一見さんは、大きくて硬そうな長方形のケースと、大きく膨れたリュックサックを背負って、何を臆することなく我が物顔でそこにいた。
彼女はモシン・ナガンさんを見て笑みを深くし、隣のスオミさんを見て少々驚いた様子を見せつつ。
「邪魔をしたか」
「そう思うなら、回れ右をするものじゃない?」
「目標は前にあるんだ。進まずしてどうする」
述べた彼女は、ゴゴゴと異音が出そうなほど気を立たせるスオミさんを横目に、白い長髪をなびかせて堂々カウンター席へ歩んでくる。その角度、モシン・ナガンさんを二人で挟む格好だ。座る場所には配慮した、という所か。
彼女こそがモシン・ナガンさんの待ち人にして、スオミさんの大嫌いな人形。の、うちの一人。つまり戦術人形。トレードマークである銃は多分、大型アタッシュケースみたいなほうの荷物に詰まっているのだろう。
私は改めて三人目の来客へ目を向ける。 結わえられた長髪と、ミニスカートが女性らしさを示しているが。見下ろされている感覚の目つき、中性的な話し方その口元には薄ら笑いを浮かべ、私の通る場所が道だと言わんばかりに堂々歩くその様。
私は直感する。ドSだ。サディストのSだ。
そんな彼女にも、むしろ旧友のようにモシン・ナガンさんは暖かさを向ける。
「それでSVD、手に入ったの?」
「あぁ。本場のクワスだ。お前の想像以上だぞこれは」
SVDと呼ばれた彼女はさっとリュックを下ろし、その中身を開けて見せた。ちらりと私からも見える。液体を詰めた瓶が狭しと詰まっていた。
クワスは北方で愛飲されたと言われる微炭酸のアルコール飲料だ。お酒と言っても、ほとんど風味付きのジュースのようなものと聞いている。聞いている、というのは、私自身はクワスを飲んだことがないからだ。このあたりでは珍しい飲料だし、それ自体で完結しているのでカクテル素材に利用しにくい為である。
モシン・ナガンさんもまた、目を輝かせる。スオミさんにとっては友邦モシン・ナガンさんを大嫌いな人に取られる形であり‥‥‥最早語るまい。私は見なかったことにして、SVDと呼ばれた彼女へ逃げるように意識を向けた。
「わお。すごいわね!」
「さすがはモシン・ナガンだ、情報網の厚さに感服したよ。他にも喜びそうなものを仕入れたから、後で見てくれ。物流が回復傾向にあるというのは本当らしいぞ」
「ここの哨戒をしてる小隊って、今はATK小隊だったわよね。頑張ってるみたいよ」
「他はリー小隊と。探索任務の部隊も、今月はこのエリアだったな。あるいは、例の黒染め小隊の噂か。誰でも構わないさ。敵の敵なら、味方にもなるだろう」
そしてSVDさんは、ずしりとしたリュックサックをモシン・ナガンさんへ受け渡した。
「何から何まで悪いが、こいつを頼む」
「隠し場所はいつもの通りでいいわね」
「謝礼もいつも通りで」
「了解、楽しみだわ」
そして両名は含み笑い。これは、密輸入取引現場、という認識でよろしいか。
戦術人形さん達の基地では飲酒禁止なのだろうか。とも思ったが、先の会話ではウォッカが駆動源とまで呼ばせる人形もいるくらいだから、制限はないように思える。
なので、興味本位で尋ねてみた。
「酒類の持ち込みは禁止なんですか?」
「いいや。基地にも飲み場はある。ただ、私が酒を持ち込むと、マカロフがどこからでも嗅ぎつけて取り上げられてな。これはジュースだと言っても通してくれない。だから運搬役を頼んでいる」
「へぇ。隠すのが上手なんですね」
「モシン・ナガンなら、マカロフにお目こぼしして貰えるんだ」
彼女モシン・ナガンさん、仲間内では相当な人気者のようだ。スオミさんの扱いといい、とりまとめ的存在なのかもしれない。温和さならそれも頷ける、というもの。
そんな人格者は、目を細めて笑いかける。
「訓練をサボってAK-47と飲み明かしたりしなければ、黙認する寛大さはあるわよ。あの子は」
「馬鹿を言うな。訓練は昨日でも明日でもできるが、AK-47との酒会はあいつがいる日でないとできないんだぞ」
「それでOTs-44に頼んで、SVDが訓練しているよう偽装したから、大目玉を貰ったんでしょう」
それは目をつけられる。
いろんな名前が出てくる。例の国の銃、を持つ人形はずいぶん大所帯のようだ。そして、とても楽しそう。
ドSは憚らず両の手を大きく開いて見せる。工場出荷時点において、怯むという機能を搭載し忘れたかのようである。
「訓練とは、技量の維持向上が目的だ。SVDの実力を最大限に引き出し続けている私にしてみれば、訓練とは調整時間。そんなものは5分もあれば十分だ。だが勘違いしないでくれよ。自分自身で不服を感じる結果ならば合点いくまでするし、教示も仰ぐ。あの日は訳も分からん遠距離訓練だったし、酒が待ちきれなかったんだ」
「素晴らしい自信ですね」
「私は優秀だからな」
SVDさんはそれはもう鼻高々と。自画自賛というか、自意識過剰というか。尊大すぎて清々しい。
それにしても何だろうか。ビッグマウスはその通りなのだけど、SVDさんと話していると何か違和感が。
「優秀だから、指示書がつまらんものかもすぐわかる。この件についてはうちらの可愛い後輩君、SV-98に求めるような精度基準を課すマカロフに問題がある。そのうちに、ここから地球の裏側まで狙撃しろと言い出すぞ」
「あなたの自信が、致命的な瞬間に行き過ぎてしまわないか心配しているのよ。額縁通りの結果は求めていないわ」
「知っているさ、モシン・ナガン。抱き枕にしたいくらいモフモフな髪も含めて、私は彼女を高く評価している。だが、それはそれだ」
払うジェスチャーも交えて彼女は語る。
違和感の理由がわかってきた。
こうして話を聞く限り、SVDさんから加虐や嗜虐嗜好が見えないのだ。可愛い後輩さんというのも、意訳が付く可愛がりではなく、きちんと面倒を見ているのだろう。すっきりとした自信家。尊大性質が苦手な人からは徹底的に嫌われそうだが、彼女の清々しさを好む人はことのほか好むに違いない。
ひとしきり語らって。モシン・ナガンさんの友人なら、やはり酒類に目がないか。SVDさんは店の酒瓶や酒器を愉快そうに眺めてから。
「バーテンダー、水を頼む」
「バーメイドです。構いませんが。SVDさんは、お酒を飲まれないので?」
「喉を酒に浸して帰ったら、何を突っ込まれるものか。いやしかし、目の前には酒が‥‥‥よし」
すすっと棚の酒瓶達に視線を奪われながら、SVDさんは顎に手をやって思案し、ちらりとモシン・ナガンさんを横目で見やって。
数秒の禁酒を成功させた。
「バーテンダー、バーメイドか。ここにクワスはあるか」
「申し訳ありません、実物を拝んだ経験もなくて」
「では、クワスで何かカクテルは作れるか」
クワスを使ったカクテル。
非常に難しい。クワスはお酒として使用する場合、北国版ビールやコーラといった立ち位置という。それでいてクワス自体が酸味の癖が強く、率先したカクテル素材にする立場ではない。現物が手元にないのもあって、クワスを使うレシピは未所持だった。
あえてカクテルを作ろうとするならば。
かけ合わせ先は、同じく北国のアルコールだろうか。その土地の人達の嗜好によって作られた飲料同士であれば。クワスは微アルコールの癖の強い飲料なので、相手は度数強めで味の主張が少ないものがベター。
そして、モシン・ナガンさんが一杯目からご所望したお酒は。
「レシピはありませんが‥‥‥クワスにウォッカ、比率は1:1か3:2。風味のプラスでハーブかレモン、いえ、シナモンがいいでしょうか。いかがでしょう」
「良さそうだ。1:1の、レモンやシナモンはなし、氷も不要だな。三杯頼む。こいつでな」
語りながら、モシン・ナガンさんの手に渡したリュックからクワスの瓶を一つ自慢気に取り出した。
品質の確認が取れない飲料を商品として返すのは、本来はまずいのだが。それで胃腸を壊されても責任が持てない。しかしSVDさんは、細かい話は笑い飛ばす性格のようだ。本人が良いと言っているのなら、これもご用命である。
「一品はうちらが頂きたいから、上物ではなくて悪いがな。余った分はよければ貰ってくれ。祖国の味を知って欲しい」
「うれしい限りです。お代はクワス、という事で。しかしその、三杯というのは」
「三杯だ」
私はスオミさんに視線を向け、SVDさんとモシン・ナガンさんもまた、沈黙し続けている戦術人形を意識して。
対するスオミさんは。
それはもう、乱闘を始めるんじゃないかというほどの般若面をSVDさんに返していた。しかしドSは、一切控えない。般若面を睥睨で返すパワーの持ち主は始めて見る。
「モシン・ナガンも良くしているようだし、お前とは一度話してみたいと思っていたんだ。さりとて、基地ではピーピー喚いて逃げ回るからな」
「あなた方の施しは受けません! 飲み交わす気もありません!」
即座に絶叫。水に油、いや火に油。組み合わせは最悪だ。
SVDさんは大仰に肩をすくめて見せた。
「仕方ない、二杯で頼む。先に支払いを済ませてしまおう」
それでないとカクテルが作れない。
彼女から私はクワスの瓶を丁重に頂き、蓋を開けてみる。熟成もの特有の芳醇な酸味を想像していたが、香りにはむしろ甘味を感じた。
SVDさんは私が受け取ったのを確認して。
「酒は複数人で飲むものだ。そっちのフライング・フィンには、バーテンダーから適当に見繕ってやってくれ。適当にな」
「承知しました」
あからさまな含みに私はしゃなりと返す。そう、このクワスは当店の商品となった。商品を商品として使うのは私の自由。
スオミさんも察したか、頑と拒絶意思を見せた。
「必要ありません」
「何だ。スオミは、うちの国とは縁もゆかりもない店員の好意まで跳ねつけるのか?」
「むぅ‥‥‥!?」
唸るスオミさんを尻目に、私は店のウォッカの瓶、それとロングカクテル用のグラスを三つ。「絡め手が使えるようになったの?」「先輩達の指導がいいからな」との同郷達の会話を横に、クワスとウォッカだけで作るカクテルを手早く三つ揃えて、各人へと提供した。
スオミさんはまだまだ頑強に抵抗する。
「結構です、下げてください。ほかのお酒を」
「ほかのお酒だと、有料になってしまいますが」
「構いません。ロンケロをお願います」
「申し訳ありません。ブランデーが底をつきそうでして」
「‥‥‥むむむ」
ロンケロを出せぬ事もないが、ここはSVDさんの好意を何とか渡すべく言い訳に使うと、いよいよスオミさんは手を震わせ深く葛藤し始めた。ジン系のロンケロを、という選択肢が出ないあたり、よほど追い詰められているか。
それとも、モシン・ナガンさんの友人との酒席ならちょっとは我慢できなくもない、という気持ちが片隅にあるかも。
SVDさんも、私と同様に受け取ったようだ。
「私達の祖国の間には何万ガロンの血の歴史があるが、戦術人形としての私とお前が戦争をした日は一秒だってない。共通敵を持つ間柄だ」
「‥‥‥」
「この一杯を終えたら立ち去るよ。トカレフにまでどやされては面倒だ。うちのハンドガン連中は肝が据わっていて困る」
長く引っ張り回さないから、一杯くらい我慢して飲んでみないか。
いよいよもって私はSVDさんへの評価を変えた。ドSだ。親切のSだ。頼めばサンタクロースコスを着てくれたり、探し物を一緒に探してくれたりするほうのSだ。口調と態度で一見そうは思えないけど、圧倒的自負を使った滅茶苦茶面倒見のいい人だ。
「じゃあ乾杯、グリフィンの友人諸君!」
ここで取り持つのが、いかにもモシン・ナガンさん。まずは進み出るSVDさんとグラスキス。そしてスオミさんにもグラスを寄せて、断れないスオミさんも極めて渋々と贈り物を掴んで、二人で乾杯をする。この一幕だけでも、モシン・ナガンさんの存在の大きさが伺えた。
歓談とはいかないが、スオミさんが怒気を抑えた分、悪くもない静かな時間がしばし続いた。スオミさんはカクテルに一切口を付けずずっと顔を逸らしているが、引き出せる譲歩はここらが限界だろう。
このまま飲み進めるのかな、と思って眺めていると。
大好きなクワスに舌鼓のはずのSVDさんは、それまでの強気な姿勢から一転して何かを迷うように眉を落とし。早速空にしたグラスをしばし弄んでから、意を決したのか傍らのモシン・ナガンさんに向いた。
お酒の力で何とか。そんな、始めて見せる弱気な態度。
これはどうしたことか。
「モシン・ナガン。酒席でこういう話題を出されるのは好かないと知っていて、その上で言うが」
「うん?」
「最近、明るすぎないか」
言葉に、より反応を示したのは対外用のお面で受け流す本人ではなく、スオミさんだった。横目だけれどしっかりと、背を向ける形となったモシン・ナガンさんを凝視している。話題の彼女を挟んだ両名は図らずも視線が合ったようだが、しかし今は一時休戦とばかりに。
二人に何かを心配されている当のモシン・ナガンさんは、変わらぬ穏やかさで返す。
「いつも通りのつもりだけれど、そう見える?」
「見えるから言っている」
「そうかしら」
「‥‥‥‥‥‥、いや、いい。くだらない勘違いだ。忘れてくれ」
SVDさんはモシン・ナガンさんの視線を手で遮るように振り、フイと、逃げるように顔を背けた。
欠片も納得した様子はないまま。私にはわからないが、何ぞ憂慮するような変化に思えるのだろう。そして確証がないとはいえ、ここでSVDさんが怖じてしまうくらいには、普段は頼り切りなのかもしれなかった。良き友人であると同時、先輩後輩みたいな抗い難い立場の差のような。
微妙な空気を作ったSVDさんだが、打破するのも彼女だった。持ち直した気力でスオミさんに視線を注ぎ。
「そう言えば、デートを邪魔してしまったんだったな」
「‥‥‥」
「場末のウエスタン・サルーンがごとく決闘を挑まれる前に、退散するか。また基地でな」
逃げ口実にスオミさんをからかってから、彼女は同郷の肩を叩いて腰を上げた。「任せてね。仕入れ物、私も楽しみにしているわ」と、モシン・ナガンさんも変わらぬ笑顔で彼女を送る。
「SVDさん!」
いよいよ店を出ようかというタイミングで、大きな声を上げたのはスオミさんだった。
彼女に嫌われている自覚はあるSVDさんは、どうしたと不思議そうに振り返る。そんな彼女に向けて、スオミさんは軽くクワスとウォッカのカクテルグラスを掲げると、ごくごくと一息に飲み干してみせて。しっかりとSVDさんに目を合わせた。
「お酒、おいしかったです。ごちそうさまでした」
「そいつはよかった。飲み仲間は多い方がいい、いつでも歓迎するよ」
「考慮だけはしておきます」
「十分だ。ではな」
謝礼に胸を弾ませ、来店時の勢いを取り戻したSVDさんは今度こそ店を後にした。
あのスオミさんが素直にお礼を言うとは意外であったが、良くも悪くもはっきりと返す気質なのだと思えばむしろ当然の反応かもしれない。水に油、よりは、もう少しだけ相性がいいのかも。
そんな彼女だから。
スオミさんは、モシン・ナガンさんに正面を向ける。
「モシン・ナガンさん」
「うん?」
SVDさんと違って、こうと決めたからには行動の一切に躊躇なく。
意思高らかに。
「かつて我々は自らの手で独立を果たし、自由な未来を守ると誓いました。自らを自らの手で守る事の出来ない者の主張など、他者は認めはしません。我々は、自分達の手で未来を守らなければならないのです」
「‥‥‥その演説を、生で聞けるとは思わなかったわ」
彼女達の間では有名な台詞なのだろうか。感心し感嘆ながらも、モシン・ナガンさんはどこか動揺しているようにも見える。SVDさんは引くが、スオミさんは絶対に引かない性格だから、だろう。
「貴方は優しすぎます。優しすぎるせいで、貴方自身がやりたい自由をできないのではと。何か様子が変なのはそのせいではないかと、私は心配しています。真っ白で真っ赤なあの国の集団が、貴方に迷惑をかけているのだと思っていましたが‥‥‥違うようですね」
「‥‥‥」
「ならば遠慮はいらないはずです。貴方自身の自由の為に戦ってください。たとえ貴方が諦めても、私達は貴方を諦めません。それくらい良くしてもらっているのです。たまには、私達に返させてください」
恐らくはSVDさんが言いたかったであろう気持ちを自身と二人分、すべて言葉にしてぶつけ、しばし静寂が下りる。スオミさんは、言いたい事は言い終わったという顔だ。
反対に、モシン・ナガンさんは。
何かの狭間で揺れるように、スオミさんから目を逸らしかけては何とか戻す仕草を繰り返している。
「ぶしつけな意見、失礼致しました」
いよいよモシン・ナガンさんを困らせる前に、の気遣いだろうか。スオミさんはぴっと背筋を伸ばした。
「お邪魔致しました、私も基地へ戻ります。ゆっくりお休みください。良い夜を」
「スオミちゃんの足で今出ると、SVDに追いついちゃうと思うけど?」
「‥‥‥、別ルートを探って帰ります」
そこで思い切り眉を曲げて返すのが、スオミさんらしかった。
□
その後、会計をどちらが持つかでまた談義。両者とも、私が払うの一点張りである。結局、自分が飲んだ分をそれぞれでという妥協案を受け入れて、スオミさんは帰路に就いた。クワスとの半分割りとはいえ、ウォッカを一気飲みしたとは思えぬ足取りの確かさで。
店内は一挙に静かになった。
騒ぎ飲み交わす気分ではなかった。そう初めに語っていたモシン・ナガンさんは、黙々と、ラジオの音楽を傍らに舐めるように飲み進めている。
アルコールを入れると理性のタガが外れる。自然、飲食で憂さを晴らすか、普段は言えない本音を吐露する方が多いが。彼女を酔い潰すには、まだまだウォッカが必要らしい。簡単に酔える人はお酒を楽しむ事ができないが、簡単に酔えない人もまた、違った難しさがある。
彼女は理性で動く方だから。どうやら、要らぬ心配や迷惑をかけられないと、私は配慮を受けているようだった。配慮というか、遠慮というか。世話を焼くのは得意だが焼かれるのは不慣れ、利他主義、と言うのだろうか。だから、私達の会話らしい会話は次のものくらいだった。
「店員さん。あなたはバーメイド人形で、私もウォッカ派なんだけど」
「はい」
「紅茶とケーキには、幸せの魔法がかけられている。そんな楽園って、あなたは気になる?」
「可愛らしい楽園ですね、面白そうです。紅茶にブランデー、ケーキにワインも、よく合います」
正解か不正解か判断しかねる無難な答えに、モシン・ナガンさんも過不足なく「うん。ちょっとお話に行ってみようかな」と返すに留める。
どんな楽園なのか、そこにモシン・ナガンさんの欲しい答えがあるのか、聞き出したい気持ちはあったが。
興味だけで踏み込んでいい領域には思えず、私としては珍しく沈黙を選んだ。
「考える事が多すぎてね。たまには、こうした時間が欲しくなるわ」
何十分経っただろうか。ようやく、愚痴のような発言が一つだけ零れ出た。
周囲に気を配れる彼女には必要だろう。何も考えなくていい一瞬が。
そういう場を提供できた。私の精一杯で、それで充分だと思う。彼女が相談するべき相手は、できる相手は。他所のバーメイドではなく、基地にいる仲間のはずだ。
「休息は、必要です。少しはお役に立てたでしょうか」
「えぇ。今日は素敵な出会いもあったわ、ありがとう」
モシン・ナガンさんは一切の憂いを感じさせない 万人受けする優しい表情と言葉を私にも振り撒いた。
彼女がありがとうを向けるべきは、奇遇を装ってやってくる方や失礼を承知で物言う、毎日顔を合わせている相手だろうに。
そんなひと時も、終わりがやって来た。
クワスのカクテルを舐め終えて、うんと一つ頷いて、彼女は席を立った。
「暇ができたらまた来ようかしら。期待の後輩を、お酒の虜にしないとね。SV-98ったら生真面目だから」
「楽しみにお待ちしています。その時は、事前にご一報下さい」
「貸し切り予約?」
「ウォッカの空瓶が飛び交うと思うので」
言葉を聞いたモシン・ナガンさんは、いくらか小首をかしげてから。
私の懸念を理解して、お腹を抱えて笑い出した。
「ぷっ、あははっ!」
砕けた笑い。
肩の力を抜いた笑いも出来るんだな、と安堵に思う間に、ひとしきり笑った彼女は、元の温和な人格を取り戻す。
「それは大問題ね、了解よ。一人につき二本くらいあれば、とりあえず足りると思うわ」
ぐっと、親指を立ててみせる。
ビールじゃないんだぞ。一人でウォッカ二本が最低ラインって、一体どれだけの酒豪ぞろいなんだ。そんな量をどうやって調達しよう。
との私の青ざめた反応にまた一つ、彼女は軽やかに笑ったのだった。