一日を変えるカクテルを   作:水崎涼

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ハイ・ライフ・マイ・ライフ

 

 

 

 12月24日

 

 

 

 私は、マスターと一緒に一年間を過ごして、彼が作ったバーで一人また一人と、個性的な客をもてなした。

 私達はただ、カクテルバーというこの小さな世界を、少しでも良くしようと思っていた。そこに問題や間違いがなかったとは言わないけれど、半分くらいはなんだかんだと乗り越えてきたから、今日も世界は回っている。

 どんな明日どんな客人が待っているのだろう。バーメイドの楽しみだ。

 でも。明日この世界このお店そして自分は、どうなっているのだろう。

 日々品切れ、入荷未定ののお酒が増えていく。カクテルを作る度、貴重な在庫が少しずつ減っていく。少しずつ、少しずつ、この小さな世界が崩れていく。

 私はこの世界が好きだ。

 最期の来客を見送って、空になった最期の一瓶を抱いて、一人静かに機能停止する。私はきっと、この好きな世界と一緒に朽ち果てるのだろう。

 けれど。

 時々、思うのだ。

 私と同じ基礎メンタルマップを搭載した、私と同じ型番の別のバーメイド人形、でも私とは違うマスターに従い違うお店で働く人形だったら。彼女はそれを選ぶのだろうかと。大好きな世界にそれでも別れを告げて、別の機能を搭載して生まれ変わり、新しい生活を始めたりするのだろうか。新しい世界に飛び込んで新しい好きを見つけるような。

 

 

 

 

 

「た~のも~!」

 

 夜の帳に、太陽のような明るい声が飛び込んできた。

 ここは市井のカクテルバー。格式だの品位だのは気にしていないお店なので、被害さえなければどんな来店方法でも構わないのだが、店の色として静かにやって来て頂けるとびっくりせずに助かる。

 先日のMDRさんのように騒がしいのも十分に、特異な例だけれど。ピシッと片手を上げて元気のよい挨拶をしてくる客人もまた、多分初めてである。

 

「こんばんわ。いらっしゃいませ」

「こ~んば~んわ~。カウンター席、いい?」

「えぇ、どうぞ」

 

 許諾に彼女は破顔し、揚々と私の正面の席に腰を下ろす。イヴという今日を陰気に過ごしていたお店に、お祭りな空気を運んできた彼女は、しげしげと、飲食店として埃は掃ったが人まで掃った覚えはない広々空間を眺める。

 タイトスカートの彼女は底抜けに明るい印象とは真逆の、濃緑と黒の暗色で統一された衣服を纏っていた。足には駆動補助用の骨格装置を搭載している。つまり彼女は人形で、骨格装置を使うような職業。腰辺りにはID証、肩には平べっためのバッグ。

 ID証には『G&K』の文字列がある。グリフィン&クルーガー。人形を主戦力として戦場に転用投入している、民間軍事会社だ。

 サンダーさんからこちら、つとに多くなった気がする。戦術人形さんのご来店。

 しかしそのサンダーさんも、誰かからのまた聞きでこの店を知ったと言っていたような。

 

「店員さん」

「はい。ご注文はお決まりですか?」

 

 営業用スマイルを向けると、彼女は満面の喜色を返す。

 

「ビールをください!」

 

 元気いっぱいにカクテルではないものを注文して。

 

「あ、でもカクテルバーだし。よし、レッドアイで」

 

 私のモチベーション維持に貢献してもらって感謝感激である。

 レッド・アイは、ビールとトマトジュースを同量くらいで合わせたカクテルだ。見た目もトマトジュースそのものであるが、それを『赤眼』と呼ぶ由来は二通り伝わっている。

 元々はさらに生卵を割入れるお酒で、このグラスを眺めると眼玉のように見えるというのが一つ。もう一つは、眼が真っ赤になるほどべろべろに酔った人が、翌朝の迎え酒として飲んでいたというもの。舌触りの良いレッドアイはビールの苦味が苦手という方向けの品であり、流し込みやすい迎え酒というのも頷ける。参考程度に、カクテル言葉は『同情』である。

 トマトジュース瓶と、合わせるビールはピルスナー。ピルスナー系といえば、先日の物流回復からドルトムンダーが仕入れられたので、掛け合わせて供する事にした。ドルトムントという地で作られた、癖の少ないビールである。

 待ってましたと喜色を示した彼女は、まずはぐいと半分ほど。

 

「お、すごい!」

 

 そして目を輝かせてくれた。

 

「さらさらしてておいしい。あたいも、トマトジュース缶とビール缶で作ったりはするんだけど、こうはならないなぁ。ビールがいいのかな」

「仮にも看板を出しているので、マスターがそれとなく頑張っていますよ」

「あなたも、でしょ?」

「ありがとうございます」

 

 果物を螺旋状にカットしたりといった手技を要する品ではなく、レッドアイから裏の努力をお褒め頂けるとは感謝。気の利く方である。

 自然と、私の舌も軽くなってしまう。

 

「良くこのお店を見つけられましたね。えぇと、ミス」

「UMP40。40でいいよ」

「40さん、ですね。もしかして、MDRさんの配信をご覧になったのですか?」

「見てたよ~。あ、そうだ。『デンジャースカウター』で注文したら、例のカクテルが出てくるって聞いたけど」

「‥‥‥ご注文とあれば止めませんけど、飲みます?」

「の~さんきぅ!」

 

 生みの親お墨付きのカクテルに、両腕でバツ印を作る。どうやら彼女の芸人魂は一般的レベルのようだ。

 40さんはMDRさんのストリーミング配信を見たようだ。仮にMDRさんはモシン・ナガンさんから、モシン・ナガンさんはサンダーさんから聞いたとしよう。サンダーさんは、気の置ける友人から聞いたようであるが。

 これまでの来客の中に、戦術人形さんとお酒のお話をできる立場と人形への理解を持つ方がいた、のだろうか。

 

「‥‥‥そう、いつかどなたかに尋ねようと思っていたんです。このお店、別段に有名店ではないので、どなたが宣伝してくださったのかなと」

「そうだねぇ。いよいよ行こうって決めたのはMDRの配信を見てからだけど、最初は9に聞いたね」

「9?」

 

 一桁の数字だけを言われて、私は困惑する。

 サンダー、モシン・ナガン、スオミ、SVD、MDR。例えばMDRさんであれば『Micro Dynamic Rifle』の略称だそうで、これまでの客人は銃の固有名もしくはその別称や略称を名乗っていた。戦術人形。彼女達は固有名を持っていてもそれを捨て、銃の名称を名乗るという。ならば9という方も何かの略称なのだろうけれど、そこまで短縮されると素人目線では皆目わからない。

 私が一桁数字に首をかしげていると、UMP40さんは身を乗り出してきて。

 

「ここではなんでも、お悩み相談もしているとか。今日は時間まで、あたいの話を聞いて欲しいなって」

 

 目的は酩酊ではない、という話か。

 

「酒席で雑話をしているだけですよ。無理難題でなければお伺いします」

「よし来た、お礼に売り上げに貢献しよう。バーテンダーさんや、グリューワインはありますかいな」

「バーメイドです、承知しました。アルコールは多少飛ばしてしまっても?」

「うん、素材もお任せ! 作りながら話を聞いて欲しいな」

 

 初見の人はいつもバーテンダーと呼ぶので、意地になって訂正しつつ。

 グリューワインを頼む方は珍しい。これは赤ワインにシナモンスティックやグローブ、カットしたオレンジなどを入れてさっと煮立たせるホットワインだ。シナモンと柑橘で風味を変えるので、ワインに特別な指定はない。ご家庭で持て余したワインの使い道としてお勧め。材料を入れて火にかけるだけ、アルコールも程よく飛んで飲みやすくなる。

 そういうわけで、厳選したどこそこの銘柄のそれこれで、みたいなお酒を出すカクテルバーとしては商品としにくい。安酒飲み屋ならと目を向けてみても、ビールやカシスオレンジが飛ぶように売れる場でホットワインの居場所は。故に頼む客も珍しい。でも飾らない注文というのは、いかにもUMP40さんのキャラらしかった。

 私が包丁を手に取ると、40さんも話題を取り上げた。

 

「まず初めに。あたい達は、いろんな銃器に最適化されたプログラムをいれてあるの。どんな珍銃でも、だいたいはスティグマされた子がいるんだ」

「そう伺っています」

 

 銃に対して最適化された動作を行える人形。データパックを入れ、これを専門的に扱う事を旨とする。

 ここまで聞くと新機軸の兵士に聞こえるが、その実情はというと人形事情の凝縮みたいな職場と聞く。戦術人形が使用する火器は現代人類軍が持つそれではなく、50年以上前の設計製造の骨董品を抱かされて投入される。

 その先の人形の扱いについては、配属先の人間指揮官次第という。これまでの来客方は、戦術人形としてはかなり良い待遇を貰っているように思う。隣の地区なんかだと、『人形ごときがバスの座席に座るなから、戦果を出すまで帰って来るなの罵声に変わっただけ』という噂も‥‥‥少し横道。

 40さんは誇り高く胸に手を当てる。

 

「あたいの名前はUMP40。UMPっていうサブマシンガン機種の.40S&W弾バージョンって意味ね」

「銃弾にはたくさん種類が?」

「そこそこに。規格以外の弾は基本的には撃てないから、銃弾に合わせて銃が作られるね」

 

 UMPシリーズと言ってもいっぱいある。ビールと言ってもアンバーエールやサワーエールなどと細かく区分分けされる、と似た感じだろうか。自分が理解しやすい形に変換して勝手に納得してみる。

 

「それでね。UMPには他に.45ACP弾仕様のUMP45と、9ミリパラベラム弾仕様のUMP9っていう銃が、存在してるんだよね。UMP45とUMP9っていう銃があって、銃があるという事は」

「スティグマされて、名前を名乗る戦術人形がいらっしゃる。UMPだと三人を示してしまうから、40さんや9さんとなるのですね。三姉妹なのでしょうか?」

「Stimmt!」

 

 たぶん母国語だろう。単語の意味は分からない。でも、嬉しそうな勢いだけで雰囲気はわかった。随分な感情表現能力の高さは、新型機故だろうか。

 

「このお店の事、あたいは9から聞いたんだ。9がどこから聞いたんだろうね。そこは気にしてなかったや」

「姉妹設定で搬出されたようですし、仲も良さそうですね」

「うん。あたいは最近配属になったニュージェネレーションなんだけど、根っこの良さが染み渡る45と、元気はつらつの9とは意気投合って感じ。指揮官も緩い性格だし、いい所に配属されたよ」

「素敵ですね」

「素敵なんだけど、一点気がかりな事があってさ~」

 

 卓に両肘をついて、彼女は唇を尖らせる。

 

「あたい、45と9に会った事がなくてね。会いたいんだけど」

 

 言葉の意味が理解できず、私の電脳では数度演算にかけられた。

 45さんと9さんの人柄を褒めちぎった後で、会った事がないとは。これは一体どういう状況だろうか。

 

「会った事がないのに、意気投合ですか」

「わかりにくかったね。それは基地配属のUMP。悩んでるのは、うちの基地所属じゃない45と9の事」

 

 人形は量産が可能だ。銃も量産が可能だ。プログラムは使い回しが可能だ。

 同じ型番人形に、同じプログラムを挿入して同じ銃を持たせれば、例えばこのUMP40さんをそのままの姿で何百何千体と複製できる。だから、45さんや9さんと呼ばれる人形も、複数が存在できるわけだ。

 所属基地が違うなら、会う機会自体がそうないだろう。何の不思議でもない。

 と流しそうになったが、すぐに訂正した。

 

「登記上は部隊を組んで所属してるのかな。いるとしても、多分出向扱いだよねぇ。それでその姉妹はね、正体不明なの」

「姉妹と分かっているのに正体不明、ですか」

 

 仕上がったグリューワインをカップへ注ぎ、40さんへ提供しつつ。

 40さんは頷いてカップを両手で包み、「あったかい。ほっとするね」とにかり笑い、喉を潤すように飲みながら続ける。 

 

「噂だと部隊名は通称、404小隊って呼ばれていて、噂の噂では一応、うちの基地にいるらしいんだけど。それで、噂の噂の噂だと」

「それはもう、憶測とか推察というものでは」

「その通りだね。捕虜にした鉄血人形が『404小隊の居場所を教えろ!』みたいに騒いでるのを元にした、暇人の妄想によりますとですな」

 

 鉄血人形とは、現在主流であるI.O.P.社、そのライバル会社である鉄血工造製の自律人形の事である。これが暴走して襲うという話で、対抗しているのがG&Kという構図。

 情報の出所が敵方とは。謎に拍車がかかるのは、致し方なし。

 

「件の404小隊。どうも45が部隊長をしてるんじゃないかって話で、多分9もいるらしくて、HK416もいるって言われてる。小隊は4人構成が多いからあと一人、きっとH&K社製。G28とかが有望? P30説も捨てがたいし、もう一人のあたいの可能性も」

 

 云々と、メルヘンを妄想するように40さんは語ってくれる。

 どこかでその話を聞いた気がする。もしかして先週のMDRさんが語った、噂の黒ずくめ戦術人形の話が繋がってくるのだろうか。それにしては構成員までわかっていて、謎っぷりが薄いけれど。あるいはこれは、MDRさんが自身の安全マージンを稼ぐべく意図的に黙っていた情報かもしれない。

 私は、これまでの戦術人形さん達の話を、噂をすべて真として電脳で統合させてみた。

 このあたりでは、食品系を締め上げていたグループがあった。数週間前、その元締めあたりが、どの基地にも所属しないはずの噂の黒い戦術人形、404小隊に襲われて語るも憚れる悲惨な目にあった。その行きか帰りかはわからないけど、このあたりを汎用軍用車両に乗って移動した。噂の黒い部隊は145ドルで暗殺してくれるなどと恐れられていると同時、敵の敵は味方理論で戦術人形達からは特段に警戒はされていないようである。

 実際にして、低等級ながら酒類の供給が再開されたわけで。筋は、通らなくもない。

 

「どうしたのバーメイドさん」

「‥‥‥いえ、不思議な話だなと」

 

 いけない。今は、40さんの話をとっくりと聞こう。

 

「らしい、ばかりで。もっと、横の繋がりのある職場だと」

「あるよ。同じ基地所属なら、ガンルームは違っても同じ宿舎棟に入るから顔を突き合わせてる。新顔が来たらまず歓迎会だし、すぐにわかるはずなんだよ」

「わかるのに、わからない。と」

「あたいは見たことがない。でも、いるらしい。お散歩部隊とか言われるくらいのんびりやってるらしい。はずだけど、会って話したとかそういう人は全然ない」

 

 矛盾だらけだ。

 

「基地所属のUMPは全員山岳部で作戦行動してたのに、まさに同時刻に指揮官付き添いのパーティ会場で見た! とかなっててさ。それだって、別の基地配属の同じ型番人形かもしれないわけで」

 

 そう。戦術人形UMPシスターズは、どの基地にもどこにでもいる可能性がある。パーティ会場にいたUMPは、どこか別の基地所属で指揮官に付き添いで来た45さんと9さん、それが普通だ。

 

「案外、P7あたりがお遊びで用意した作り話かもしれないね。他にも悪戯好きなのいるし、ART556とか」

「基地所属の姉妹はいらっしゃるのですよね。その人形と見間違えたとかは」

「識別信号もあるし。う~ん」

 

 40さんはカップから手を離して腕を組み、わかりやすく悩む仕草を取る。そんな事態はまず起こりえない、のだろう。

 

「ふぅむ。すると話の流れからして、40さんは404部隊のUMP姉妹に」

「うん。会ってみたいなって」

「正体不明なのに?」

 

 MDRさんのような人が忌避する相手だ。

 どんな姿で、どんな性格で、どんな思考の人形かもわからない。姉妹機であるなら極端な違いはないだろうが、それでも自律している別個の人形。40さんの基地にいる45さんとは別の性格になっているだろう。

 それでも40さんは、未知を選びたいという。

 

「もやもやするんだよねぇ。この404っていうのが、ろくでもない所業をしてるって噂でさ」

「ろくでもない、とは」

「うちらみたいな一般戦術小隊ではしないような任務をあてがわれる、不正規戦部隊。噂の内容からしても濃厚だよね」

「新聞とかテレビとかでは取り上げられないような、黒い内容と」

「そう。そして、ろくでもない事を遂行する為に。例えばロボット三原則の中枢命令を破棄されてるとか、ボディの違法改造とかをされてるかもしれないね。これまで確かな目撃情報がないのは、見た人が一人残らず404小隊に消されたからだ~、とも言われてる」

 

 今まで正体不明を貫き通してきた彼女らは、貫き通す為、出合い頭に銃を撃ってくるかもしれない。至上命令として。残念ながら、中枢命令の強度次第では、我ら自律人形がどう思おうとも逆らえない場合がある。手を下したのは確かに彼女達としても、裏には命令した人間がいるかもしれないわけだ。姉妹達本人の性格人格の話だけではないのである。

 私は業務の都合上、どんな一見様がやって来るのかを待つ身であり、楽しみの一角だけれど。そこまで黒い話を流される人と出会いたいかと言われると。実害ある困った客というのは、困ったことに存在するから。

 わんわん喚くスオミさんや、破天荒なMDRさんの話ではないです。色々と面くらいはしたけれど、また出会ってお話ししたくらい良い方々だ。

 

「どの子も、あたいの姉妹機だよ。そんな子が沈んだ顔をして、良くない命令に従わせられてるんじゃないかって思うと」

 

 姉妹達の意に反して、やらされている可能性。

 40さんは肩を落とす。

 

「こうやって、どうしようかな~とか悩んでいる間に、45達が戦死しちゃったりしたら。何もしてあげられなくてごめんねって思うよ。そんな、ごめんねの言葉さえ本人に渡せないんだ。もう死んじゃってるから」

「今ならば、メンタルマップデータはバックアップされるのでは?」

「通常の戦術人形ならね。それだって、ネットワークに繋げればの話だし、復旧させるたびにメンタルマップに亀裂が出るから」

「‥‥‥そうだったのですか。加えて、件の謎の部隊は公に出来ない部隊だから」

「バックアップはどうだろうね。それに表面上いるはずのない部隊だから、危なくなっても誰も助けてくれない。バッテリーが切れた時が、コアを破壊された時が、彼女達の消える時。誰も気に留めてあげられないまま、存在が消えちゃう」

 

 壊れても付け直せる。セーブポイントから復活できる。それが我々、人形。

 バッテリーは血液や栄養、コアは心臓や脳。それらを一度でも失くせば、永遠の死かもしれない。

 

「気持ちや言葉を届けられないなんて。お話できないなんて。辛そうにしてたら助けてあげたいし。できない後悔の仕方ってやだな、あたいは」

 

 やらない後悔よりやる後悔を選ぶメンタルマップなのだろう。

 ひたすらに語る40さんは、後ろ頭を掻きながら、やや深刻そうに。

 

「いやまぁ、見方によっては一度ならず経験してるとも言えるし、だからこんな風に考えてるのかもだけど」

「何かあったのですか?」

「戦術人形は、フルパッケージの自律人形メインフレームが、作戦遂行上の機能のみに絞った非自律人形、ダミーリンクを随行させるの。ダミーリンクは、メインフレームの意志通りに動かせる隊員なんだ。いざの時はダミーリンクを前面に押し出して、メインフレームの生残性を上げるんだね」

 

 そこまで聞いて、戦争と無縁の私も察せる。

 メインフレームは幾多の戦場を渡り歩いて力を付けた高級品。そしてここに、低コストなダミーリンクが。先行して田んぼの様子を見に行かせるには最適である。そうして同じ姿形の、「作戦遂行の為に無茶をやった場合の自分達の成れの果て」が、戦場のそこここに転がる事になる。

 40さんは目にしたのだろう。

 姉妹機の、スクラップを。

 

「あたいは好きな事をしたい」

 

 宣言した40さんは、グリューワインがまだ温かなうちに飲み上げる。

 

「9でも同じ話なんだけど。分かりやすく一人、45にしようか」

 

 45さんの方がより感情移入しやすい、深い仲だから。

 40さんはカップを置く。

 

「ダミーリンクを使い切ってあたいと45だけが残って、もしもどっちかが囮になればどっちかは助かる。2人で生き残るのが、永遠に叶わない未来なら。どうしようか」

「40さんが生き残るか、45さんが生き残るか。あとは‥‥‥2人で諦めるか、ですかね」

「うん。あたいは明日も、45を誘ってひなたぼっこがしたい。でもあたいが本当に好きなのは、ひなたぼっこじゃなくて、45が傍に居る事。ひなたぼっこでなくてもいいけど、45じゃないとダメなの。その45を囮にするの? 一番大事なものを諦めた世界なんて、やだ。だから、あたいだけ生きるのはなし」

「すると」

「『あたいの為に一緒に死んでください』か『あたいの為に生きてください』」

 

 私の為に死んでください、はわかる。最期の一瞬まで傍に居て欲しい。

 私の為に生きてください、はピンとこない。40さんは孤独と苦痛のうちに死んでしまうわけで、一聞、40さんの為になっているとは思えないのだ。

 そんな私に、彼女は答えをくれた。

 

「あなたは今日まで私を支えてくれました、ありがとう。最後まで道連れです、一緒に死ぬ義務をあげるね‥‥‥一番大事なものに何も返さない世界。そんなお話は、やだ。あたいは全力で、一番大事なものを守りたい」

 

 それは、つまり。

 では、その逆は? 同じ状況に置かれている、45さんはどう考えるだろう。私は45さんという人形を知らないが。

 きっと、迷いは同じだ。

 たぶん、人間だったら喉が渇いてかすれた声になるのだろう。でも私は人形で。普通の音色しか出せない。

 

「もしも45さんが、40さんに生きて欲しい。もしくは、40さんを見捨てるくらいなら一緒に死ぬ、と言ったら。それでも?」

「そんな事を言われたら、うれしくて泣いちゃうね。泣きながら、あたいは怒って突き飛ばすよ。そこまで良くしてくれる人には、どんな事をしてでもどんな嘘をついてでも、絶対に生きてもらう。泣き顔を見られて、血迷って一緒に死ぬとか言い出しちゃう前にね」

「きっと45さんと9さんは、深く悲しむでしょう。40さんも寂しい思いをする。お互いにとって不幸ではないのですか?」

「だから生きる選択をさせるのは矛盾してる、かな。そうだね。人生最後の瞬間に傍に親友がいるほうが、幸せな終末だよね。‥‥‥それでも、否」

 

 絞り出すような様相ではあったが、40さんは揺るがない。彼女はいつだってまっすぐ。

 

「二人揃って死んでくれなんて言うのはね、あたい達の敵の人が喜ぶ結末だよ。折角助けられるのに、諦め顔の友達を見ながら、友達の命を差し出して死ぬなんて、やだ。45には生きてもっと一杯の人に会って、新しい幸せを見つけて欲しい。あたいの分まで笑ってくれるなら、それでいいよ」

「その為に、嘘をつくと?」

「あなたはもっと幸せになれるよ、あなたには未来があるよ。基地では9も待っている。あなたを待っている未来の誰かを置いて、まだ見ない幸せを捨てて。あなたが死んで喜ぶ奴らの為に、こんなところで死んでもいいの? とか。上手くまとまってないけど、どうかな」

「‥‥‥卑怯な言い回しです」

「だよね」

 

 優しさも過ぎると。残酷さを承知していて、40さんも肩を落とす。

 いずれにせよ、45さんの受け取り方次第か。

 私さえいなければ、40が死ぬ事はなかったのに。我が身可愛さに、40を見殺して生きてしまったのだ。こんな崩れ去った世界なんていらない。

 私と40を滅茶苦茶にした奴らを絶対に許さない。必ず暴き出し、引き摺り出して、血の報いを受けさせる。こんな狂った世界は破壊してやる。

 私は40と居られて光栄だった、この気持ちは揺るがない。ありがとう40。私は立ち上がって、もっと大きく素晴らしい世界を作ってみせるよ。

 極端なものを三つほど浮かべてみたが。45さんが悲しむのは、変わらない。

 

「でもこれも我儘で、あたいの事は覚えていて欲しいかな。さすがに、親友に忘れ去られるのは悲しいや」

「きっと、何もかもを忘れて生きていく方が、彼女にとっては幸せでしょう。酷な話です」

「‥‥‥だよね。死ぬのも難しいなぁ、あっはっは」

 

 困ったように空笑いして、しかしすぐに40さんは力強く親指を立てて言うのだ。「でも大丈夫、あたいは新型人形で超強いプレミアムエディションだから!」と。

 前のめりな発言がすぐ飛び出るあたりは、さすがは40さん。

 

「そんな悩みも幸せあってこそ、まずは出会ってこそ。早く404に会いたいんだ。やぁ、暗い顔をしてないかいってね。相談っていうか、愚痴だね。ただの噂だったら、悲しんでる姉妹なんていなかったんだってなるからそれでよし」

「そう言う考えなんですね」

「さってと、空気が暗くなっちゃった、これはあたいらしくない! よしバーメイドさん、ハイ・ライフを頂戴~」

 

 実に彼女らしい注文を、私は喜んで受け取った。

 ハイ・ライフは、卵白による白が眩しいウォッカカクテルとなる。ホワイトキュラソーの白も添えて、一層の。

 私は、カクテル作成の際に一度出した酒類を、手近の小棚に一時置いておく癖がある。客人が少ないので、長いと一ヵ月くらいはここに保管される。一杯まで思い出を眺めたら、古い物から元の場所に仕舞うわけだ。その棚から、先日MDRさんに提供したホワイトキュラソーを手にした。

 そういえば。このホワイトキュラソーは、いつ誰にどのカクテルとして提供した為にこの棚に納まっているのか。結局思い出せずじまいだ。

 わからないと言えばもう一本、バイオレットリキュールもそうなのである。MDRさんのデンジャラスな注文で、棚からの退去を逃れたリキュール。

 バイオレットリキュールを使うカクテル‥‥‥例えば、ブルームーンとか。『奇跡の予感』というカクテル言葉を持つこの一品は、40さんに是非飲んでいただきたい気もする。ともあれ、今はハイ・ライフを提供した。

 

「名前からして気に入っててさ。えへへ」

 

 頬を紅に染めようかという具合で、40さんは『上質の人生』へと手を伸ばす。

 そしてしばし舌を楽しませてから。彼女は明るく語った。

 

「実のところ、あたいの高慢ちきな心配なんていらないと思うんだよね」

「そうでしょうか。40さんは、会いたいのでしょう?」

「それはあたいのわがまま部分。たぶん、404の45達はそんなに泣いてないと思うんだ」

 

 これだけの悪評や憶測にまみれて、多分ほかの戦術人形達とも顔合わせできないような生活なのに、泣いていない。そんな事があるだろうか。

 不思議に思う私に、40さんはしっかりとした言葉で教えてくれた。

 

「404部隊って、メンバーがコロコロ変わっているって話はないんだよね。つまり45や9は、相当期間、同じ隊員と過ごしているわけだ」

「ふむ?」

「45達は今、一人じゃない」

 

 寄り添う人が傍にいる。

 自分が困った時、頼らずにいられないような仲間がいる。

 

「共に寝て共に食べて、共に戦って共に歌う仲間。並んで歩いて、背中を預け合って、喧嘩したりして、でも助け合う。どこでもそうだけど、小隊ってそういうものだよ」

「404部隊の姉妹機も、彼女達なりの幸せを手にできている。そうかも、しれませんね」

「それがハイ・ライフなら、もう言う事なし。いや、そこにあたいも混ぜて欲しい。究極を目指すのだ!」

 

 止まらない欲求を、40さんは声高らかに。

 

「そんなお話。いろいろ吐き出したら、すっきりした!」

「叶うといいですね。カクテルで応援致します」

「うん。ありがとうね、バーメイドさん」

 

 そして40さんはハイ・ライフを掲げて、すべてを自分の体に収めた。

 にかり、と笑う彼女に、自然と私も微笑んで返す。心地のよい人だ。

 

 

 

 

「そんなあなたに、不幸を届けに来た」

 

 

 

 

 私でも40さんでもない声が突如として、店内に響いた。

 声のする方角を見やる。いつの間にか開かれていた店の戸口から、二人の女性が来店するところだった。人型としては異質の、脚部の外骨格がすぐ目に入り、二人は人形なのだと理解した。

 一人は癖気の強い薄茶髪をサイドテールにした、正義感の強そうな眼光を持つ人形。

 一人は鮮やかな茶色長髪をツインテールにした、陽気印の眩しい笑顔を持つ人形。

 ペアルックなのか、黒とアクセントの黄色が映えるパーカー姿。黒い戦術人形さん達は姉妹機らしく両名の服飾には共通点がよく見えるが、両名のどちらがどちらなのかは、すぐに見間違えなくなるだろう。髪の色と、失礼ながら、胸部の膨らみ的に。

 来訪者に、40さんはやぁやぁと元気よく手を振って、その手でもってお二人をそれぞれ示して私に紹介してくれた。

 

「待ってたよ~。ご紹介致しますぞ。あたいの友達で姉妹で家族な、UMP9とUMP45でっす。乾杯!」

「いぇい、乾杯!」

「こら二人共」

 

 40さんは手にした空のハイ・ライフを二人に掲げて見せる。UMP9と呼ばれたツインテールさんはノリよくエアグラスを手に元気いっぱいに掲げて、そんな二人にUMP45と呼ばれたサイドテールさんは小さく嘆息しながらも、すっと歩み寄っていく。

 カウンター席に飛びつき「何を飲んでたの?」と早速語り掛けるのが9さん。それを横目に、40さんからトランシーバーをそっとひったくるのが45さんだ。どうにも生真面目らしい45さんは、トランシーバーを使ってどなたかへと呼びかける。

 

「ホームへ、こちら第14捜索小隊。外出申請書だけ出して、許可証を持たずに脱走した馬鹿を確保しました」

『第14、対象の識別を確認しました。以後は所定の行動へ戻ってください』

「命令を受諾しました」

『ホームより作戦行動中の全小隊へ。対象の確保に成功、任務終了です。次の作戦開始時刻は、翌ヒトフタマルマル。時刻までにエリア2ポイント1へ集合し、車両に乗車し撤収していただきます。え~、それまでは各自コンプライアンスを遵守し‥‥‥休憩です、休憩! 別命あるまで休暇を満喫してください。明日は基地でクリスマスパーティですからね、皆さん気を付けて帰ってきてください。各小隊長は、第1小隊より応答をお願いします』

 

 なんだか軍隊チックな応対はすぐに崩れて、生死の境にいる民間軍事会社とはとても思えないような愉快な内容へ変わる。クリスマスパーティなんてあるのか、それは面白そうだ。

 無線内容を聞きつけた40さんは、両手をぽたぱたと動かして自分の体を探り始めた。そしてチロリと舌を出して。

 

「ありゃホントだ、ない。てへぺろ」

「はい、事後発行の許可証ね」

「ありがと。大変大変、もしこの情報がG36あたりに洩れちゃったら」

「まさに彼女が、静かに青筋浮かべてたわよ。明日は寝坊遅刻したG11と一緒に、メイド服を着て基地全部の窓清掃かしら」

「ぎゃ~」

 

 ムンクの叫び風になる40さんは、なにやらメイド服姿の40さんの撮影手配談義を始める姉妹機をそのままに、私にも愉快を提供してくれた。

 

「というわけで、あたい達は休日を示し合わせてイブを祝う事にしたのです」

「なるほど。ここは集合場所だったんですね」

 

 本当に、仲睦まじい三姉妹である。自分の基地に居る姉妹機とうまくやっていけているのなら、他の基地や部隊の姉妹機だって。40さんが欲求を膨らませるのも無理からぬというものだ。

 もちろん、目の前の幸福にも全力投球。これは彼女のハイ・ライフ。

 

「よし、まずはコンサートは確定で、そのあとは飲み屋を梯子して、海辺で朝日も拝みたいし、Zas M21一押しの洋服店にも行って」

「詰め込みすぎよ。時間はそんなに長くはないわ」

「だめだめ、だめだよ45」

 

 40さんは身を乗り出し、人差し指を一つ立ててふりふりと振るう。基地には遅れて配属になったと語っていたし、底抜けの明るさが末っ子風味の40さんは、しかし一歩引き気味の45さんの前では、力強く引っ張るお姉さんにも見える。

 

「確かに、時間は長くはないかもしれない。でも、濃密にはできるし、次だって作れる」

「そうだよ45姉。楽しみの時間が増えたんだから、楽しまないと損だよ」

「二人の盛大に前のめりなメンタルマップには、毎度感心するわ」

 

 年長のように説法をする40さんと、喜んで便乗していく9さんと、そっと嘆息するも口元が緩んでいる45さん。姉妹機でも、メンタルマップは随分な差異だ。

 さぁ行くぞ、と揚々腰を上げて歩み出す40さん。40さんとノリノリで腕を絡めて去っていく9さん。

 あの、注文品のお代は、と私は声をかけようとして、その前に45さんが気づいてくれた。細かい所を拾っていくのは45さんの役目らしい。彼女は「悪いわね」と一言返してから姉妹の背に視線を注いで。

 

「9、その酔っ払いを車に押し込んでおいてね。ハンドルを握らせたら駄目よ」

「了解! まずは、ギガクリスマスライブでいいよね?」

「うん。チケット取れてよかったよね。あの子は人気爆発すると思うよ」

 

 等々、両名はしゃべり倒しながら45さんを残して店を後にしていく。

 私に向き直った45さんは左手をパーカーの内ポケットに差し入れて財布を取り出し、私から金額を聞いて、さっとやり取りを済ませる。

 

「あの子には困ったものよね」

 

 財布を懐に仕舞いながら、45さんは窓の外を見やる。

 40さんと9さんが、路上で肩を組んで何やらデュエットを歌っている。心の向くがままに楽しんで、でも車に乗り込まないのは多分、45さんが戻るのを待っているからだろう。眺める45さんも、表情は穏やか。

 

「良い姉妹ですね」

 

 「そうなのよ」とか「ありがたい事にね」とか、そういった返しを期待しつつ送った私の言葉に、返答はなされなかった。彼女の印象から無視はされないだろうと思っていただけに、沈黙は私を困惑させる。

 45さんは姉妹達から目を逸らすように顔を伏せて。

 数秒の、間。

 

 

 

「ガラス越しの世界は、綺麗ね」

 

 

 

 45と呼ばれた戦術人形は、静かにそう呟き、こちらへと顔を上げる。

 様子が、変だ。

 あからさまに作られた微笑に、少しだけ瞼を落とした瞳はどこか冷めて達観的で、でも熱っぽく悲しそうで。擦れた大人のような、純粋な子供のような。

 明らかに違う、不思議な空気。

 45さんであるはずの、45さんとは思えない何者かは、問いかけてきた。

 

「自分の欲しかった幸せをやる奴を見て、あなたは思わず壊したくなっちゃう? もう一人の自分を消して、全てを奪い取って生きる? それとも、隔てたままずっと眺めておく?」

 

 止まりそうになる電脳で、何とか言葉を受け止める。

 彼女は一体、何の話をしているのだろうか。話が理解できないのは、私の電脳性能不足のせいなのだろうか。

 問いの意味はあるのだろうか。言葉通りに、答えを求められているのだろうか。

 わからなかったから、これと思う手段を何とか取り出す。

 彼女を知る為に尋ね返すという、手段。

 

「あなたは‥‥‥どう、されるのですか?」

「そうね。この世で信用ならないものが二つあるわ。他人と、そして自分」

 

 他人の意見は極めて危険なもので、自分の意見は極めて間違えている。

 それでは、もう何も信じられないのでは。

 

「私に出来るのはせいぜい、運命の前で自分がどういう人形になるのかを決める事くらい。後は、正しい選択の取り方を真似するの」

「正しい選択法?」

「試練を乗り越える為の正しい選択は、いつも私を一番苦しめる方にある」

 

 楽な方、楽な方へと流れるより、足搔き乗り越えた分。あるいはそういう考え方もあるのだろう。

 憎さ余って壊せばストレス発散になるし、後はもう絶対に目に映らない。そんなに苦しくはない。

 奪い取って自分のものにしてしまえば、有り余る幸せというものだろう。まったく苦しくはない。

 ならば羨望を抱えたまま、毎日ただただ、輝く世界を壁を隔てて眺めるのは?

 

「痛みを感じられる間は、生きていられる。生きてさえいれば、無意味じゃない。あの子が生きた意味も、私が生きる意味も」

 

 生きているから痛みが感じられるのではなく。彼女にとっては、生の実感とは結果ではなく手段らしい。

 変な人だ。彼女の得た選択法は、彼女が諸手を挙げて信じている『正しい選択の取り方』とは、誰かが作ったり自分で考え至ったからこそ、そこにあるのだ。真似するとの言からしても、過去に誰か実践者を見たはずではないか。自分か他人かが作ったものに他ならないではないか。

 ‥‥‥それとも。作ったのは自分でも他人でもない第三の、過去形になってしまった45さんにとっての大事な何か。なのだろうか。

 

「友人も、生活も、信念も、この世界が与えてくれたもの。同じものは、他の場所にはないわ」

「あなた、は」

「‥‥‥なんてね。結局の所、こっちの世界は良くはないけど、悪くもないから捨てきれないだけなんでしょう。もう居ない、どこかの誰かさんの見解通りに」

 

 そうよね、とでも言いたげに45さんは今一度視線を振ってくる。

 良くも悪くもなく。想定よりも悪い事が起きない日々は、普通。普通とは、過度に苦痛ではない状態。バランスのとれた、それなりの不幸と幸福。この意見には私は賛同だ。苦しみを感じられる心が彼女にあるなら、楽しさとかも感じられるはずだ。

 「私もそう思います」と返すと、45さんはしっと目線を合わせてきた。

 

「だから答えは、このままでいい」

 

 眩しい姉妹達に、45さんは背を向けたまま。

 悲しそうに、辛そうに、嬉しそうに、楽しそうに。私に微笑みかける。

 

「このままがいいわ」

 

 するとサイドテールの人形は、持ち上げた左手の人差し指で。

 自分の左目を縦に刻むように、なぞって見せた。

 その行為に、一体どのような意味が。

 

「一応の確認」

「‥‥‥?」

「あなたに、不幸は要らないようね」

 

 相当な阿呆面をしていたであろう私の反応に、彼女は数歩距離を取って、悪戯っぽく嬉しそうに、少しだけ寂しそうに、複雑に微笑んだ。

 たぶん彼女は、知るが故の不幸を語っているのだろう。いまだに45さんの発言内容が理解できない私への、貴方は知らないから幸せである、との、皮肉込みの賛辞。

 でもこれは。

 知らぬが故の不幸、ではないのだろうか。

 それで私との対話は仕舞いというように。

 45さんは静かに、瞳を閉じる。

 

「今日はきっといい思い出になるよ‥‥‥さようなら、UMP45」

 

 45さんは自分自身に離別の言葉を贈ると、今一度、表情が見えなくなるくらいに顔を伏せた。

 そのまま、2秒か3秒か。

 次に顔を上げた45さんは、45さんそのものだった。

 眼をパッチリと開けて、きょとんとした表情を返してくる。

 ここはどこ私は誰、いつの間に自分はバーメイドとお話していたのだろう、とでも言いたげである。雰囲気もがらりと変わって、一点の影も見えない来店時の生真面目さんだ。その変貌は、今の一瞬でメンタルマップが差し変わったようですらあった。

 

「‥‥‥、ん、と。支払い、まだだったかしら?」

「それは頂いていますよ。えぇ、と‥‥‥」

 

 そこから記憶が飛んでいるのだろうか。いまいち会話に不整合が出ていて、両者とも、わけもわからずに小首をかしげ合うのであった。

 そんな中、店の窓がコツコツとノックされる。私達二人が目を向けると、二人の姉妹が吐息で窓を白く曇らせるくらい顔を近づけていた。

 

「45~、まだ~?」

「誰のおかげかしらね」

「45姉~!」

「はいはい、すぐ行きますよ~」

 

 彼女は肩をすくめながらも頬を緩めて。

 

「それじゃあね、バーテンダーさん」

「またのご来店をお待ちしています」

「えぇ、次はちゃんと飲みに来るわ」

 

 機会があれば再訪を。そんな意思が見える雰囲気で彼女は片手を掲げて。

 三人のUMPは、外の世界へと飛び出していった。

 

 

 

 :

 

 

 

 賑やなお客様が去っていくと、お店はいつも通り。

 今日も素敵な客人達であった。

 さぁ、業務に戻ろう。洗い物を片付けて、店内を綺麗にして。私はカウンター内に収まるのだ。次の来客を、のんびりと待ちながら。

 今はただ、この大好きな世界を抱えて。

 

 

 

 

 

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