First Kiss   作:グルヌイユ

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妄想が浮かばなくなって気やがりました……ぐぉぉ。


第10話

舞台袖からの景色はいつももどかしい。高校の時からそうだった。幕が上がってしまえば照明や音響は役者に手を差し伸べることは出来ない。

 今もそうだ。

 三船さんが今本の数メートル先でライブをしている。俺のいる場所よりも何倍も煌びやかなそこで三船さんはいつもよりもぎこちない。

 所々ダンスはズレ、歌も前のような心を打つような声じゃない。

 何より三船さん自信が楽しそうじゃない。

 それでも何も手は差し伸べられないし、なんの声もかけられない。かぼちゃの馬車は舞踏会まで運ぶことは出来る。でも王子と踊るかどうかを決めるのはシンデレラ自身だ。

 曲が終わる。まばらな拍手と共に、三船さんはとぼとぼと帰ってきた。

 

 「労わってやんなよ?プロデューサー」

 

 後ろからしゅがはに言われて我に返る。声をかけてきた本人はもうステージへ向かってすれ違うように三船さんが俺の元へやってきた。

 

 「お疲れ様でした」

 

 声をかけてが三船さんは素通りしてその場を離れた。舞台袖には俺一人になった。

 

 「待ってください!」

 「……何ですか」

 「衣装を着替えるなりなんの挨拶も無しに帰ろうとするなんて酷いですよ」

 

 三船さんを励まそうと廊下で待っていると泥棒さながらコソコソと逃げる彼女を発見して現在に至る。

 

 「……もう十分分かりました」

 「何が」

 「私には……アイドルなんて……向いてなかったんです」

 

 三船さんは震えた声で涙を流した。出会った時のような弱々しさだった。

 

 「まだ始まったばかりですよ!」

 「もう私がアイドルをする理由なんてないじゃないですか!」

 

 突然の豹変にたじろいでしまう。それだけ三船さんの剣幕には八つ当たりそのものだった。

 

 「吉木さんはもう……自殺をしない、なら私はもう……」

 「俺が死ぬかもしれないからアイドルをやっていたんですか?」

 「そうですよ!吉木さんを……貴方を繋ぎ止めるためにはアイドルをやるしか無かった」

 「本当にアイドルをやってた理由はそれだけなんですか?今までの努力は……」

 

 強いと思ってた人物像は両目を手で覆った彼女と共に崩れてしまった。

 

 「それは……私だって、原田さんに褒めていただいて、心さんと一緒にライブをして、いっぱいレッスンもして……吉木さんから一緒に歩いて行くって言われて……それで出来るつもりでいたんです」

 

 涙で赤くなった目の三船さんは縋るように俺を見上げている。その高さに合わせるようにゆっくりとしゃがむ。

 

 「でも、でも……いざステージに立ったら…………何も出来なかった」

 「初めは誰だって失敗します。それを乗り越えて、トップアイドルになるんじゃないですか」

 「でももし、乗り越えられなかったら?また歌えなかったら?踊れなかったら?」

 「それは……」

 

 続く言葉が出ないまま三船さんの幾つの涙を何もせず見送った。床には大きなシミが出来た。

 

 

 

 

 「私……アイドル辞めます」

 

 

 三船さんはそれだけ言うと立ち上がり向きを変えスタスタと歩き出した。

 

 置いてきぼりの俺は膝立ちの状態で呼びかけた。

 「待ってくださいよ、どういうことですか!」

 俺の呼び掛けにも彼女は止まらない。

 「星のようなアイドルになるって約束はどうするんですか!」

 俺の呼び掛けに彼女は応えない。

 「どんな俺でも受け入れてくれるんじゃなかったんですか!」

 彼女が曲がり角を曲がりもう姿は見えない。

 ホントはここで追いかけるべきだ。

 でも俺は追いかけられなかった。

 

 イベントが終わった。元々午前中に出番を終了したアイドル部門の人間はほとんど帰っている。

 でも俺は帰れずに会場入口で項垂れていた。もうこれで終わりなのかな……結局何もしてあげられなかった。何も……。

 

 「コンサート面白かったな!」

 「346プロにアイドル部門が出来るって話本当だったね」

 「北条はアイドルばっかだな、そんなんだから大嶋ともケンカすんだよ」

 「うるさいなーもう……それで神崎は誰が良かった?」

 「トップバッターのアイドル!」

 

 つい何となく聞いていた男女の会話で三船さんの話題が出てきて心臓が掴まる。

 それでももっと聞きたいと思って耳をすませる。お客さんから三船さんはどんな風に見えたのか。

 

 「えー、あの人歌もダンスも他の人よりヘタだったよ?」

 

 事実を的確に突かれ息がしずらい。三船さんは努力してたことを言いたくなった。

 

 「でも俺は一番心にきたね!頑張ってる人には頑張れって言いたくなるもんだしょ?」

 

 男の子の当たり前だろ?と言わんばかりの言葉に心が叩き起される。憑き物が取れたような感動だった。

 栗色の女の子と黒髪の男の子は楽しそうに会話を続けている。

 彼らに心の中でお礼を言うと俺は駐車場へ急いだ。

 三船さんに会いたい。

 

 三船さんの部屋に着いた頃には日は傾いていた。チャイムを鳴らす。無論返事はない。

 何度も鳴らすが一向に扉は不動のまま、俺はダメもとでドアノブを捻ったらあっさり開いた。

 中にズカズカと入ると三船さんは俺を見るなり驚いたような怒ったような顔をした。

 

 「何しに……来たんですか」

 

 俺は無言のまま三船さんの正面に腰を下ろしあぐらを組んだ。

 

 「この辺りに上手いラーメン屋があるんですよ。良かったら今度食べに行きませんか?」

 「……はぁ」

 「あと前三船さんが言ってたアロマテラピーもそのうちやりましょうよ」

 「……回りくどいのはやめてください!」

 

 三船さんは机の上に置いてあった化粧品やアロマを根こそぎ落とす。

 静かな部屋にガラスの割れる音と物が落ちる鈍い音が響いた。

 俺は静かに深呼吸して乱心した三船さんに尋ねた。

 

 「アイドルってなんでしょうか?」

 「どういう意味ですか」

 「アイドルって皆歌が上手くてダンスも踊れてトークも演技も完璧な才能マンばかりじゃないですよ」

 

 三船さんは黙っている。俺が何を言おうとしてるのか推し量っているみたいだった。

 

 「俺は……そんな訳ないと思うんですよ。歌が下手だったりダンスが踊れないアイドルだっています。沙織の手伝いしてた時に歌もダンスも上手いのに埋もれていく人を沢山見てきました。じゃアイドルってどうすれば正解ですか?」

 

 三船さんは睨みを解かぬまま彼女にしては低い声で答えた。

 

 「それは……人気が出たり……皆から愛されたり……」

 「そう!それなんです!」

 「それ?」

 「アイドルって多くの人に応援されたかそうじゃないかなんですよ!だから……今日の三船さんのライブは失敗なんかじゃないんですよ」

 「そんな訳……」

 

 もうほっといてくれと言う思いは肌に刺さるほど伝わった。だから彼女の言葉を遮る。

 

 「人は完璧な人間を応援なんかしませんよ。どこか欠点があってそれを補おうと努力する人を応援するんです。それは三船さんだって例外じゃない」

 「もういいじゃないですか……私はもうアイドルを続けていけるだけの気持ちがありません」

 「いえ、続けてもらいます」

 「無理です」

 「出来ます」

 「無理です!」

 「できます!」

 

 

 「なんでそんなに私に拘るんですか!」

 「好きだからですよ!」

 

 ヒートアップした会話をせき止めた一言に俺もそして三船さんも一瞬動けなかった。

 

 「え、えー……よ、吉木さん?」

 「と、とにかく!もう一回言います。どんなに苦しい道でも三船さんとなら歩いて生きます」

 

 気がつくと俺は三船さんの手を強く握っていた。それに応えるように彼女も握り返してきた。

 

 「……私もう26ですよ」

 「俺もですよ」

 「人に流されてばかりの何も持ってない女ですよ」

 「何かを持ってるから好きになったんじゃないんですよ」

 「……前の付き合ってた人には重いって言われて……」

 

 俺はまた三船さんの言葉を遮って、彼女を抱きしめた。冷えきった三船さんの体温と女性独特の柔らかさそして仄かな匂いが俺を包んだ。

 三船さんは俺の胸の前で顔を埋めた。

 少ししてから三船さんは上目遣いで訊いてきた。

 

 「何があっても……そばに居てくれる?」

 「はい」

 「じゃあ……えっと、その…………美優、って呼んで貰えませんか?」

 

 俯いて本当に聞こえるかどうか分からない声量でそれだけ言うものだからつい笑ってしまった。

 

 「わ、笑わないでください!」

 三船さんは顔を真っ赤にしながらポカポカと胸を叩いてきた。

 「分かりました……美優、俺と一緒に星のようなアイドルになろう」

 三船さんは静かに頷いた。

 

 「いやー良かったよ!さすが天下の346ってことだわな」

 「ありがとうございます!また三船のことを……」

 「うんうん、また呼ぶよ!」

 

 スタッフさんに頭を下げ美優を待たせているカフェへ急ぐ。

 今日の仕事は街ロケだったが美優は思ったよりも上手くやってくれて番組側からも好評だった。

 

 「おまたせしました!」

 「全然待ってませんよ」

 「それ男性側のセリフでは?」

 

 美優の向かいに座ると大きめのパフェが運ばれてきた。

 「それカロリー大丈夫……ですよね?」

 俺への返事を笑顔ひとつで済ませパフェを食べ始める。これは俺も手伝わないとダメなやつだ。美優にいいように使われるのを承知でクリームにスプーンを入れると甘さが口の中で広がった。

 あのライブから一か月、美優はまだライブを出来ず代わりにタレント業をメインで頑張ってきた。そのおかげか仕事も少しづつではあるが増えつつある。

 パフェが半分を過ぎたところで美優は俺の頬をお手拭きで拭いた。クリームくらい自分で拭くと言ったが彼女はニコニコしているだけだった。

 

 「そういえばもうすぐですね。二人目が来るの」

 「あー、そうでしたね。先週美城常務から聞いた時はビックリしましたからね」

 「原因は徹也さんがスカウトしないからですけど……」

 

 美優の仕事一筋だったは言い訳には使えないようでアイドル候補生の中から一人が選ばれるらしい。

 

 「ところで本当に候補生についての情報は無いんですか?」

 「初めのうちはレッスンばかりだから気にしなくていいと……絶対嫌がらせですよ」

 「まあまあ」

 

 パフェを食べ終えて帰る支度をしようとしたタイミングで常務から連絡が入った。

 噂をすればと言わんばかりのメールに俺も美優も苦笑いだった。

 ただ内容は俺も美優も予想外のものだった。

 

 

 

 「北原昭を本日限りでクビにした。詳細については君が事務所に戻り次第説明する。

 それに伴い君の二人目の担当アイドルを高垣楓に変更する。明日からの彼女のスケジュールも送るので確認しておくこと、以上だ」

 






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