美優の二度目のライブは成功に終わりそれ以降着々とファンが増え始めていた。
仕事の合間に携帯で美優のエゴサをしているが段々と増えていく賛否両論にニヤケが止まらなくなる。つい先日まではほとんどゼロだったのに……。
スマホをスクロールしていると呼びかけと同時に手からニヤケの元が奪われる。
「嬉しそうですね?」
「そりゃあ嬉しいですよ。ようやく美優が認められ始めましたからね」
「私には構ってくれないんですか?」
高垣さんは膨れ面で催促してくる。
「この二日間は高垣さんに付きっきりですからね。構うのでしっかり稼いでくださいね」
「付きっきりだとキリがない……霧に付きっきり……」
「唐突にダジャレ考え始めるのやめてくれませんか?」
しかし高垣さんはどこ吹く風と言わんばかりに鼻歌を歌う。
ちなみに美優は一人で営業に行ってもらっている。346の人材の少なさがアイドルにも迷惑をかけている気がするが俺は一人なので泊りがけの高垣さんを優先することになった。
「しかしよく地方ロケを受けましたね」
「現状維持をするつもりはありません。応援してくださる方がいるならどこにだって行かないと」
見上げたアイドル魂だと思った。これで酒がうまいなんてキャッチコピーの雑誌さえ持っていなければもっと感動できたかもしれない。
今まで俺はアイドルとの飲み会を避けてきた。理由は俺自身がお酒に弱いからだ。だから何かにつけて車を利用していたが今回は新幹線に乗るのでこの手は使えそうにない。
もちろんそのことを分かっているせいか、高垣さんは仕事の話が来た時から嬉しそうだった。
「ほどほどにしてくださいよ……」
「生ビール十杯くらいで打ち切りますから……」
「おいコラ」
先程の雑誌を高垣さんがしまったのを確認してから事務所を出た。
ロケの内容は町散歩で町おこしをしたいという市からの依頼に346が乗っかった形だ。そのため今は道行く人に町の名所を尋ねそこを目指すという何とも平和な内容だった。
今日だけで五つも名所と呼ばれる場所を巡ったがずっと歩きだったのでくたくただ。それなのにロケチームは真顔でカメラや機材を運んでるし高垣さんも休憩中さえも笑顔を絶やすことがない。
ようやく一日目のロケが終わった頃にはカラスも一緒に帰っていた。
「お疲れ様でした。流石高垣さんですね」
「このあとお酒を飲めると思ったら元気百倍です」
「ほどほどにしてくださいよ、本当に!」
高垣さんに注意をしながら旅館に入る。古風な造りと嗅いだことがなかったヒノキの香りに懐かしさを感じる。
「荷物はお部屋でしたっけ?」
「そのはずです。ついでに温泉もあるみたいですよ、ここ」
好きなことに温泉巡りと書いていただけあって瞬時に目の輝きが増した。これでお酒の時間が短くなるのを願うばかりだ。
「ここって……お風呂に焼酎……」
「ダメです!」
「分かりました。出るまで我慢しますから……」
「なんで俺がガッカリされる側なんですか!」
高垣さんは惚けた風を装った。
「それにスタッフさんたちとの飲みだってあるでしょう」
「あーそれなら断っておきました」
「なんでですか?」
「前からプロデューサーとサシ飲みしたいと呟いていたもので……気を遣われちゃいましたね……」
使わせたのあんただろ! とツッコミたかったが女将さんが来たので口をつむった。
案内された部屋は窓から緑を一望できる風通りの良いところだった。踏みなれない畳に感心しながら部屋を見渡すと整った障子や水墨画の掛け軸が目についた。
「いい部屋ですね」
「はい、一人でこんな贅沢できるなんて羨ましいです」
「……なんだったら吉木さんもここで泊まりますか?」
「はいはい……」
高垣さんのアプローチを片手間で扱って女将さんに向き直るとなにやら困惑していた。
話を聞いてみるとどうやら手違いで俺の泊まる部屋が取れていなかったようだ。猛烈な謝罪に「スタッフの部屋で寝ますから大丈夫です」とその場を収めた。
女将さんがいなくなった後俺は頭を悩ますこととなった。撮影チームが一向に俺の宿泊を認めてくれなかったのだ。
「はぁー」
「どうされたんですか?」
「いや撮影チームがうんともすんとも言わないんですよ。女将さんにああ言った手前今更部屋は無いかといいづらいですし……」
「だったら私の部屋に泊まればいいじゃないですか!」
「それはまずいでしょ……」
「だからって今から泊まれるところなんて見つかるんですか? それに明日はこの旅館から撮影再開では?」
「でも、倫理的にダメでしょ。アイドルと同じ部屋なんて……それに何かあったらどうするんですか」
「何かするんですか?」
「しませんよ!」
「なら大丈夫ですね」
高垣さんは挑発的に見つめてきた。いつかの夜と同じ目。
「安心してください。『する』のは私ですから」
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私たちは荷物をまとめた後食事までの時間を温泉につかることになりました。
いくつかのお風呂を堪能した私は露天風呂に向かいました。大自然に囲まれていると心が洗われるようです。
それにこの後はプロデューサーとサシ飲みですか。吉木さんと飲むのはあの日以来ですね。
あの時は勢いに任せてキスをしてしまいましたが……吉木さんはどう思っているのでしょう。
自分一人では分かるはずのない答えを考えていたらのぼせそうになり慌てて湯から上がりました。
浴場の入り口に出ると吉木さんがソワソワした様子で待っていた。
「お待たせしました」
「本当ですよ、そのせいでココアを二本も飲んだんですよ」
「そこは待ってないっていうところですよ……風呂上りは牛乳では?」
「え? ココアじゃないの?」
「コーヒー牛乳なんかは聞きますが……ココアはあまり……」
吉木さんから手渡されたココアを飲みながら部屋に戻ると豊かな晩餐が用意されていました。もちろんお酒も。
「お待ちしておりました。ご夕飯の準備はできておりますのでぜひともお楽しみください」
「わざわざありがとうございます」
女将さんに会釈して私たちは食べ始めることにしました。
「あの……本当にギブ、もうキツイ……」
「吉木さん、まだ二本目ですよー。うふふふ」
「地酒を二瓶も開けるなって、明日も仕事はあるんですから」
「はーい」
「全く……」
真っ赤な顔の吉木さんは酒が進むにつれて瞬きに時間をかけるようになりました。
「吉木さんー」
「何ですかぁ……」
「うふふ、呼んだだけです」
それから吉木さんはぱったりと話さなくなり段々寝息が聞こえてきました。愛しの人の寝顔はなんでこんなに心をくすぐられるんでしょう。
「…………徹也」
恥ずかしかったけれど勇気を出して名前を呼んでみる。当然反応はないけれど私は少し満ち足りました。
そのまま吉木さんの傍らに移動して前に心さんから習ったことを試してみることにしました。
「楓さん、楓さん-……楓」
こんなことに意味があるのか分からないけれど私のことも下の名前で出来れば呼んでほしかった。
次第に恥ずかしくなってきた私は諦めて吉木さんを布団に引きずることにしました。男性にしては軽すぎる体を私は普段ならできないほど密着して運びます。
ようやく運び終えたところで吉木さんの懐から電話が鳴りました。
気になって確認すると相手は美優さんでした。どうしてこんな時間に……。
「美優……」
音に作用してか吉木さんは意識もないのに携帯へ手を伸ばしてきましたが、私は反射的に躱し電話が鳴り止むのを待ちました。
幸運なことに電話はすぐ鳴り止んで吉木さんは起きませんでした。私は携帯を元あった場所に戻した、とそのときまた別のものが懐から落ちてきました。
「写真……」
それは美優さんと吉木さんがおそらくプライベートで撮ったと思われる写真でした。
「どうして……」
心にため込んで押さえつけてきたドロドロが今更になって胸を締め付ける。
どうして私じゃないの? どうして美優さんなの? 歌もダンスもビジュアルも絶対に私の方が上なのになんで……。
名前も呼んでくれない。いつも越えられないアイドルとプロデューサーの枠。どうして──
あなたの隣は私じゃないんですか?
目を覚ますと吉木さんはいませんでした。フラフラとした足取りで朝食を食べに行くと吉木さんは昨日の酔いも感じさせずキビキビと動いていました。
「おはようございます! 昨日はよくも……高垣さん? どうかしたんですか?」
「あ、いえ……まだお酒が残っているみたいで」
「体調が戻らないようでしたら計画に融通を利かせますけど……」
「いえ、大丈夫です」
私はそそくさと吉木さんから離れました。
そのあとの仕事は昨日同様滞りなく進みいよいよ最後はこの市がつい最近作った洞窟を探検という流れになりました。
しかし洞窟には一度に沢山の機材を入れられないということで私の手持ちカメラで潜入撮影ということになりました。
いくらライトがあるからとはいえ暗い。しかも一人ということもあり心細くもありましたがアイドルである以上弱音は吐きません。
一人で話しながら暗黒を歩いていると、突然地面が地面が揺れました。
「きゃ!」
ほんの数十秒足らずの地震が収まり安堵したのもつかの間、私はあることに気がつきました。
今まで歩いてきた道が塞がっていました。
「そんな……」
手で掘ってみてもまるで手ごたえがない。退路の無くなったからには前に進むしか道は残されていなかった。
カメラの僅かな光を頼りにごつごつとした見えない道を進む。私の人生こんなことばかり……。
胸を締め付けるドロドロは涙に変わった。
モデルとしてデビューして一年でブレイクした時は嬉しかった。でも同時に忘れられることや置いていかれることがどれだけ辛いことなのか知った。
モデルとして自分を抑える日々に疲れていた時にアイドルの話が来た。今度こそは自分を抑えずに済むかと思った。でもそこでも我慢は強いられた。
また我慢しながら頑張っていたら吉木さんが現れた。今度こそ抑えなくていいと思った。けれど吉木さんにはもう美優さんがいた。
私の場所なんて初めからどこにもなかった。それを認めたくないから必死に吉木さんに迫ったけれど結果は変わらなかった。
彼が口にするのは美優さんのことばかりファンが増えたとかライブが上手くいったとか……私にかけてくれる言葉なんて流石ですねだけ。
もっと見て欲しい、もっと声をかけて欲しい、俺がいないとダメですねなんてキザなセリフでも言いながら……。
分かってる、こんなこと思っても吉木さんには美優さんがいる。私がいなくても……もとから私の場所なんてなかった。
だったらもう……。
「楓ー!」
沈黙を破るように私を呼ぶ声が天井から降ってきた。砂煙が舞う。その中から出てきたのは吉木さんだった。
吉木さんは私を一目見ると強く抱きしめた。
吉木さんの体はいつかの夜よりもずっと暖かくて優しい匂いがしました。ああずっとこうして居たい。
吉木さんは満足したのか抱きしめるのをやめ私に向き直りました。
「良かった、無事で良かったよ」
「で、でもどうやって」
「洞窟の天井に穴が開いてるところがあると聞いて」
「スーツも破れて擦り傷もこんなに……」
よく見ると吉木さんのスーツはボロボロで右足に至っては生地がなく皮が抉れていました。頭からも血が流れていて、それなのになぜそんなに笑っていられるの?
「どうしてこんな無茶を?」
「楓が心配だったから」
吉木さんは当たり前のようにサラッと言った後私の手を取ると暗い道を歩き出しました。
ああ、あなたはずるい。たった一言で私を変えてしまう。だからやっぱり諦めたくない。
「そんなことよりも土砂はあと五分くらいで撤去されます。今から入り口に戻りますよ」
「…………徹也!」
「呼び捨て? なんですか」
「呼んだだけですー」
呆れながらも繋がった手は暖かかった。例え隣に美優さんがいたとしても私は──
「もう諦めません!」
外に出た後の太陽はまぶしかった。