小日向ちゃんの「待っててね」がエモかったです。
美優と楓を連れて沖縄にやって来た。暑すぎる太陽は犯罪級に眩しく外を歩くのも億劫になる。
「沖縄の夏舐めてたわ……なんだこれサウナ?」
「テーシャツ姿がさまーになってますよ」
隣の楓は涼しそうなワンピースだが俺と同じように汗だくだ。一方の美優はもはや真顔で先を進む。
ちなみに今は徒歩で移動中だ。ホテルから撮影地までが近いため経費削減。なんてリサイクル思考は高すぎる温度の前では無謀だ。
「海まで長いですね……徹也くんは泳ぐの得意ですか?」
「美優よりは得意ですよ。前にプールに行った時美優なんて半分溺れかけで……」
「なんでそういう余計なこと言うんですか?」
美優は振り向くなり睨んできた。同時に場の温度が絶対零度のように凍える。楓の圧は日に日に増すばかりだ。
「事実でしょ、恥ずかしい姿見せたくないって言ってたのも美優だし……」
「ウォータースライダーで情けない叫び声出してた人に言われたくありません!」
「それ言わない約束でしょー、口止め料としてカフェにまで付き合ったのにー」
「随分楽しい日々を過ごしてたんですね」
楓の殺気に美優がたじろぐ。俺はこれくらいの嫌なカンジは大嶋さんで散々味わったのでケロッとしたまま大股で歩く。
すると楓は悔しかったのか俺の腕に絡みついてきた。
「じゃあ次は私の番です。私もデートに連れてってくださぁーい」
「アルコール以外ならいいですよ」
「そ、そんなぁ……」
「そんなに落ち込まなくても……」
「楓から酒を取ったらダジャレしか残らないからな」
浜に着くと水着のしゅがはが出迎えてくれた。文字通りボンキュッボン!なのに全くいやらしくない。
「〆るぞ☆」
「心を読むのはやめてください」
「ヨシ吉は読みやすいんだよ。もっとポーカーフェース学んだら?」
「しゅがは相手にポーカーフェイスなんてもったいなくない?」
楽しい会話を心掛けたはずがローキックでオチがついた。
美優と楓は撮影にために着替えに行った。アイドルが水着ではしゃぐ絵が曲の特典として付くらしい。
いそいそと準備を始める撮影班に挨拶を済ませ何となく暇を持て余しているとギャラリーが湧いていることに気がついた。
「吉木さん」
背を向けた群衆の中から俺を呼ぶ声が聞こえ振り返ると北原さんがいた。
手招きに誘われ一時的に立ち話をする流れになった。
「お久しぶりです……えっとーお勤めご苦労様です?」
「違いますよ、横領はしましたが346の信用問題のためにもみ消されたので実質私は何もしてません」
北原さんは堂々と罪の暴露をしたので周りの人に聞かれてないかひやひやした。が特に誰も気にも留めていなさそうだ。
「でも犯罪は良くないですよ」
「ええ……それくらい分かってましたよ。それよりもなんかの撮影ですか?沖縄に有名人が来ること自体は珍しくないですけど……」
「はい……詳しくは言えませんけどね」
「部外者ですからね」
北原さんは以前よりも裏もなく笑った。以前のような追い込む正論がないととても接しやすい人だと感じた。
「そんなことよりも吉木さんには聞きたいことがあって……」
「何ですかあらたまって」
「いや、一年前に亡くなられた岡田沙織さんって知ってます?」
背骨をナイフでなぞられたような不快感が全身を巡った。思わず顔が険しくなる。
「どうしてそんなこと聞くんですか?」
「ある件で岡田沙織を調べることがあって、そしたら吉木さんらしき人に頻繫に会ってるって聞きましてね」
「誰にですか?」
「牢屋の中のお友達ですよ。それじゃあお仕事頑張ってください……あ、そうだ」
北原さんから封筒を押し付けられた。会話の流れ的に沙織についてのものか?
「裏金ですか?」
「違いますよ。これは一人に時に見てくださいね。私からの気持ちです」
北原さんは怪しさを残したまま人ごみに消えていった。
「……さん、徹也さん!」
「あ、はい!」
「そんなにボーっとされてどうされたんですか?撮影終わりました。次の場所まで車お願いします」
北原さんのことを考えていた俺は美優に尋ねられて気がついた。
「分かりました。少し待っていてください」
慌てて車を回すと楓と美優はさっきまでの険悪なムードはなく二人ともにこやかだった。車内を磯の香りが満たす。
「二人ともお疲れ様、次の場所まで時間はかかるから適当にくつろいでて」
「おじゃましまーす」
「徹也さん少しお願いがあるんですが……」
朗らかな楓と対比して遠慮がちな顔の美優はスマホでナビを見せてきた。
「道中にこの道に寄っていただけませんか?眺めが綺麗と評判で……」
「……いいですよ。これくらいの寄り道なら時間にも影響はないですし」
「綺麗な写真……でもわざわざ調べて下さっていたんですか?」
「仕事とはいえせっかくの徹也さんと楓ちゃんとの旅行ですから……」
楓と目を見合わせつい微笑みが漏れる。楓もふいんきが心地よい様で照れながら美優に抱き着いていた。
次の撮影地は美ら海水族館と言われる日本でも有数の水族館だ。そして今目指しているのは目的地を少し寄り道した古宇利島だ。
「ハートロックなんてロマンティックですねー」
「道中の橋から眺める景色が綺麗ですし……」
「どうせならこんなにバタバタしてるときじゃなくてプライベートで来たかったですね」
後ろで激しい動きがあったのだろう。車が少し揺れた。間髪も入れずに運転席と助手席の間から顔を出す二名のアイドル。
「私も同じこと思ってたんですけど……良かったら行きませんか?」
「今度のオフは長くしましょ!三泊四日とか」
「シートベルトを外すなよ…………でもできればこの三人でまた来たいな……」
言葉を途切らせるためか景色が一転する。窓ガラスの向こう側は見渡す限りのオーシャンビューに染まった。
「素敵……」
「このブルーのビューティフルな景色に胸の高鳴りがあおられましたね」
「そうですね……」
「徹也くんツッコミを放棄しないで」
運転中なので楓の表情は見えないがおそらく何食わぬ顔でダジャレを言ったのだろう。せっかくの海も一気に安くなった気がしてもったいなかった。
バックミラーで確認してみると美優はまだ感動の中にいそうなので速度を落とした。
「私……アイドルになれて幸せです。こんなに素敵な景色を大切な人と見られるなんて……」
「これからだっていくらでも見せますよ。もちろん楓も」
「私はついでですか?ふふ……期待してますよプロデューサー!」
古宇利島に少しだけ立ち寄った後目的地に着いた。あくまで貸し切りではなくロケのような形になるらしい。
今回のユニットの楓、美優、しゅがは、川島さん、安部さんは水族館を回りつつ軽快なトークで魅力を伝えていくらしい。にしても安部さんはまだ17歳なのにこのメンバーに馴染めているのはすごいな……。
「水族館なんていつ以来でしょうか……」
「ナナは友達と遊びに行った時以来ですね~」
「その割にはナナパイセン目が泳ぎがちじゃね?」
「な、ソンナコトナイデスヨ」
「目がクロールしてるのはきっと苦労してきたからですよ」
「楓ちゃんスタッフさん困らせないの」
「わぁ~!いわしの群れですよね……こんな風に人を見惚れさせることができるなら……流されて生きるのも悪くないかもしれませんね」
自由にトークを繰り広げるアイドルたちにドギマギしながらその日のロケは終わった。
ホテルに戻り着替えをしているとポケットに北原さんからの封筒が入っていることに気がついた。
「絶対だめなやつだよなー、なんで受け取ったんだろう……」
数時間前の自分に文句を付けつつ中を見ると写真と一枚のメモが出てきた。
それはこの前俺と美優がプールに行った時に撮られたものだった。メモには「マスコミに流されたくなければ折り返し連絡下さい」とあった。
慌てて電話をかけるとやっぱり丁寧な「もしもし」が聞こえた。
「いやー、遅かったですね。見てくれてないんじゃないかと心配になりましたよ」
「どういうことですか!」
「分かりませんか?脅しですよ。吉木さんには手伝って欲しいことがあるんです」
「また犯罪ですか……」
「やだなー、ちょっとした情報提供が欲しいんですよ。346のアイドル部門を潰すためのね」
大胆不敵な潰す宣言に唾をごくりと飲む。音色は変わっていないのに底知れないプレッシャーに押しつぶされそうだ。
「どうしてそんなことを……」
「沙織さんを殺した犯人憎いですよねー。私も憎くてしょうがない、なにせ彼がアイドルなんてものに手を出さなければ私の会社は潰れなかったのに」
「何を言って……」
「分かりませんか?沙織さんを殺したストーカーは私の会社の人間だったんですよ。私が一番腹が立つのはね!社会になんの得もないたかが地下アイドル一人と馬鹿な若者のせいで前途ある会社が一つ潰されたことなんですよ!」
衝撃のカミングアウトと怒気を帯びた声に身が固くなる。
「だからってそれがなんで346を潰すことに繋がるんですか!」
「……普通の会社なら社員が一人殺人犯になったところで信用は失いますが潰れはしません。でももしその会社が大手の傘下なら?信用のためなら犯罪すらもみ消してしまう会社なら?どうなるでしょうね」
「その傘下の会社の人間だったんですか?」
「…………話過ぎましたね。今聞きたいのは協力してくれるか否かですよ。ちなみにもし三船美優のスキャンダルが発覚したら346は対応してくれるんでしょうか?一人くらいならもみ消しそうですけどねー」
トカゲのしっぽ切りはどこにだってある。俺だって大嶋さんに身代わりにされた。
「まさきくんもいい子ですよ。お金をあげたら勝手に三船美優とあなたの写真を撮ってくるし……元カレの激白なんて過激な見出し、夏フェスと被ったらさぞ大変ですね。ま、今は沖縄楽しんでください。東京に戻ってきたらまたお話しましょう。それじゃあまた」
一方的に切られた電話をベッドに叩き付けずにはいられなかった。
状況が呑み込めずフラフラとホテルをうろつく。北原さんのことが四六時中頭に張り付いて離れない。
「どうしたんですか?深刻そうな顔をして……」
「楓……何でもない。ちょっと疲れただけだよ」
「なら……少し付き合ってください」
楓に連れられホテルのバーにやって来た。お洒落な内装に静かなBGMが大人なふいんきを醸しだしている。
「お酒は飲ませんって」
「飲まなくてもいいから話し相手にでもなってください」
楓はカクテルを頼むと手を組んで備え付けのアロマキャンドルを眺めている。仄かな香りが不安で書き乱れていた心を落ち着かせてくれた。
「昔は落ち着いて飲むの嫌いだったんです。でもキャラを守るために仕事仲間とこういう場所にやってきたりすることも多々ありました。今は居酒屋ばかりですけどね」
「その割には様になってますね」
「どこかの誰かさんが私の可能性を信じてくれたから、こういう私もダジャレ好きの私も受け入れていいかなって思えたんです」
紫色のカクテルは独特な匂いを漂わせている。楓は一口飲んだ後それを俺の方に差し出してきた。
「だから飲めませんって……」
「このカクテルの名前ヴァイオレット・フィズって言うんです。カクテルにはそれぞれ意味があってこの子の意味は……」
言葉を切って一口飲んだ後楓は俺の肩に頭をあずけた。
「私を忘れないで…………無理に抱え込むと本当に大切な時に適切な判断が出来なくなりますよ」
「楓……」
囁きにいざなわれてかそれともふいんきに飲まれてか、一口だけキスをした。
北原さんの過去編とかもう語らないと思うので軽ーく捕捉。
346の下請け会社の代表だったが部下の犯罪行為から会社崩壊。少数精鋭で会社を動かしていたため部下への思入れも強い。部下の中には自殺した人や生活がままならなくなった人もいた一方で自分は346に実力を買われある程度の地位が約束されていた。
しかし自分の部下をもう一度戻せないかと上司に掛け合いまくった結果新規のアイドル部門へ飛ばされる。
だったらと犯罪行為に身を染めることで346の信用問題を突こうとしたが失敗。
そして現在に至る。