俺は現在346プロの前にいる。先日の通知に導かれて……。あの女性の口ぶりから言ってどう考えても不採用だろうと思ったのに一体何があったのか?
真相を知るためには中に入るしかないようだ。二回ほど深呼吸をしてから覚悟を決めた。
フロントに入ると高そうなスーツを着こなした人達が右往左往している。面接当日は警備員とあの女性しかいなかったのに出勤時はこんなにも人はいるものなのだろうか?
人の間をすり抜け受付の人に話しかける。
「すみません、アイドル部門事務室に行きたいのですがどこから行けばいいでしょうか」
「アイドル部門ですね。かしこまりました。アイドル部門の事務室は十九階です。エレベーターを降りられましたら左側の通路を進んでいただくとアイドル部門と書かれたプレートがあると思いますのでそこが事務室です」
「ありがとうございます」
丁寧に説明してくれた受付の方にしっかりと頭を下げエレベーターに乗り込む。エレベーターは高級感がありシーザーのエレベーターとは雲泥の差だった。
エレベーターに飾られていたポスターには川島アナが真面目な顔をして写っている。
そうか……ここって芸能事務所だもんな。それも超大手。あいつもこんな所でアイドルやりたかっただろうな……。
そうこうしているうちにエレベーターの扉が開き、お目当ての事務室へと歩く。一体何が待っているのか。不安と……不安しかない。
本当はもっと人のためになるようなことがしたかった。通知を受け取った時には紛争地域でのボランティアを視野に考えていた。そのせいかここの華やかさは肌に合わなかった。
俺はアイドル部門と書かれたプレートを確認し、扉に手をかけ勢いよく開ける。
「失礼します!」
中に入ると前のキツそうな女性とこの間指輪を拾ってあげたおじいちゃんが居た。おじいちゃん?
「来たか……今度は時間ピッタリだったようだな」
「まあまあ、まずは吉木君に事の顛末を教えておかないとね」
女性が鼻を鳴らすとおじいちゃんは落ち着いた声で女性を宥めた。
「あの……なぜあなたがここに?」
俺の質問におじいちゃんは笑いながら説明を始めた。
「申し遅れましたな、私は今西。こちらの女性は美城常務とでも呼んでくれ」
イマイチ状況が掴めない。それも分かっているんだろう。今西さんはゆっくりと説明を続けた。
「私もね、こう見えてアイドル部門立ち上げに関わっている一人でね。何せ大企業と言えど新規部門だ。だからこそ少しでも尖った人材が欲しい」
「とがった人材……ですか?」
俺の疑問に美城常務は補足する。
「偏った知識、並外れた身体能力、生きてきた経歴、高いコミュニケーション能力そして……精神が異常に発達している者、あとは運……このどれかに該当していれば即採用だ」
そんなむちゃくちゃな、明らかにプロデューサーに必要ない気もするが……。
そんな俺の疑問を感じ取ったのか美城常務は続ける。
「真面目に業務を行うことや芸能界を渡り歩く経験など時間をかければいくらでも習得できる。そのためのカリキュラムも346には充実している。故にこのアイドル部門には他の部門と差別化できることを始めて結果を残すと言うのが会社の方針だ」
「そして君はそれに該当した。それだけだ」
「該当した……? 私のどこにそのような要素が?」
今西さんはにっこりと笑って教えてくれた。
「面接当日に人助けのために遅刻して果ては助けた人がその会社の、それも人事を担当する人間だった。これだけの強運を持っている君を採用しない訳にはいかない」
それでも運だけで一人の人間を雇うのだろうか? 俺がそんなことを思っていると美城常務が資料を渡してきた。
「なんでしょうか? これ」
「君についての調査書だ」
体がビクッと震える。急いでそれとなく目を通すとかつての同僚や今のバイト先のことまで書いてある。これ訴えたら勝てるんじゃね? プライバシーの権利とかで。
「我々の傘下の企業にシーザーと言う広告会社があってね」
シーザーと言う名前に体が固まる。言われてみれば確かにシーザーの親会社は346だった。
「そこに君の評判を聞いてみた。君の元同僚や後輩達は君の仕事ぶりを高く評価していた。それと上司のパワハラの標的を一人で請け負っていたという話も聞いた。さらにはある事件以来……」
事件の意味を理解した俺は受け取った資料を落としてしまう。慌てて拾い上げてなるべく平然を装おうと表情を探す。
そうか……そんな所まで調べられてんのか。
俺の様子に美城常務は顔をしかめた。
「すまない……配慮が足りなかった。だが君の背景にはドラマ性がある。これで君が有名プロデューサーとなれば我々はさらに躍進を遂げるだろう。これが我々の決定だ」
それに続けるように今西さんも話す。
「君は喫茶店で誰かのために死ぬなら本望だと言ったね」
今西さんの言葉に俺はゆっくりと頷く。
その想いは決して変わらない。おそらくこの先も。
「なら頼みたい。我社のアイドルが輝くために君には死んで欲しい」
今西さんはさっきと表情を変えないまま俺に死の宣告をした。普通の人が聞けば絶対に了承したりしないだろう。
「最初からそう言って頂ければ……分かりました。プロデューサー全力でやらせていただきます」
その時俺は二つの顔を見た。当然だと頷く顔と有り得ないと驚愕している顔。
今西さんは俺の答えに満足したらしく意気揚々と話を続ける。
「さてじゃあ君の担当のアイドルを紹介しよう」
「もう担当のアイドルがいらっしゃるのですか?」
「上層部の頭が固くてね。人材育成に中々時間を割けそうにない。物は試しだと思ってプロデュース業に励んで欲しい」
放心から回復した美城常務も続ける。余計な一言を添えて。
「最も君が担当するのは候補生の中で落第ギリギリの成績だった者だ。せいぜい足掻くといい」
「それではアイドルの元へ行こうか。君の担当は今レッスンにいてね」
美城常務と別れた後、俺は今西さんに案内されレッスンルームまでやってきた。
「失礼するよ」
今西さんが先に中に入っていく。俺も続こうかと思ったが今西さんはすぐに出てきた。
「紹介しよう、君の担当アイドルだ」
その声とほぼ同時に扉が開いた。中から出てきたのは三船さんだった。
「はじめまし……え、吉木さん?」
「三船さん?」
「おや? どうやら知り合いかな」
「えぇ……マンションで……部屋が近くで」
しどろもどろになりながら何とか言葉を紡ぐ。三船さんの方に至っては開いた口が塞がっていない。
「……これからの方針を説明しようかと思ったが……先に君たちの間で整理したいこともあるだろう。しばらく席を外すから要件が済んだら話しかけてくれ」
今西さんはその場から去っていった。気を使わせてしまって申し訳ない。
今西さんが居なくなってから三船さんは慌てて話し始めた。
「どうして吉木さんがここに? それにプロデューサーって」
「昨日面接に受かったという通知が来まして……急だったものですから連絡し忘れてました」
「なるほど……でも凄いですね。今回のプロデューサー採用試験、書類審査と面接だけで受かったのは片手で数える程と伺っていたので……」
「そんなに少ないんですか」
確かに尖った人材を採用するとは言っていたがそこまで徹底しているとは……。
「けど良かったです……」
「え?」
「プロデューサーどんな人なんだろうって不安だったんです……けど吉木さんなら……安心して任せられそうです」
「それってどういう……」
「それじゃ着替えてくるので少し待っていてくださいね」
俺の言葉を遮って三船さんは行ってしまった。信用してくれてる……ってことでいいんだよな?
346内の施設は中々に豊富だ。レッスンルームにスタジオ、ステージ。果ては噴水まである始末。これだけ整っていたらアイドル業もすぐに成功しそうだ。
そして今俺たちはカフェに来ている。理由は今後の方針の説明だ。
「それで今後の方針って具体的には何を?」
「君たちには346の看板を背負うアイドルとプロデューサーになってもらう必要がある」
今西さんの言葉に俺も三船さんもゴクリと唾を飲み込む。あまりに固くなった俺たちを見て今西さんは朗らかになった。
「これは他のアイドルやプロデューサーにも毎回言ってることだからそこまで緊張しなくてもいい」
そう言われてすぐに気を抜けるほど俺も三船さんも肝は据わってない。それも分かっているのか今西さんはニコニコしながら続ける。
「当面の課題だけど、まず三船くん。君には技術の向上に努めてもらう。そして今の君の現状はこれだ」
一瞬隣の三船さんの顔が曇ったが気にせず机の上に置かれた紙を見る。そこには三船さんのダンス、ボイス、ビジュアル等の評価が事細かに書かれていた。だいぶ辛口の……。
「はっきり言って、今の三船くんがアイドルとして活躍するのは難しい。しかしもう一つ重大発表がある」
重大発表という言葉に釣られ二人して今西さんに注目する。
「二週間後に346アイドル部門を売り出すためのイベントが企画されている。もちろん、そのイベントのメインは346の芸能、モデル、アーティスト部門だがお客さんを前にすることに変わりはない」
「それって……どれくらいの規模なんですか?」
三船さんがおどおどとしながら軽く挙手をした。しかし今西さんの回答は重いものだった。
「346のイベントだからね。ざっと一万人を予定している。もちろん人数の増減はあるけどね」
いきなりの大仕事じゃないか! 本当にこの会社は俺たちに時間を割いてはくれないようだ。三船さんに至っては完全にグロッキー状態だ。
「それから吉木くんには私の下でプロデューサーとしての仕事を学んでもらう」
「プロデューサーとしての仕事とは具体的に何でしょうか?」
どんな仕事でもいいので死ねるほど忙しくして欲しいと頼みたかったが三船さんの手前なので控えた。
「主にアイドルの調整やスケジュール管理、番組スタッフや他のプロデューサーとの関係作り、イベントや番組の見学、手伝いさらには自分の担当アイドルのギャラ交渉や流行のチェック……あとは今はいいけどスカウトやアイドルと今後の方針を決めるなんてこともある」
「ちなみにそれをいつまでに……?」
「私が君に付きっきりで教えられるのはそのイベントまで、つまり二週間の間だけだ。それまでには今言ったこと叩き込むから死ぬ気で食らいついてきて欲しい」
「はい」
どうやったら死ねるのか真剣に考えて見る必要がありそうだ、なんて見当違いのことを考えている俺に今西さんは静かに言った。
「……三船くんをシンデレラにしてあげて欲しい」
「え?」
「私がシンデレラ……ですか?」
突然のよく分からないオーダーに疑問を抱かざるえない。
「そうだ。私は君たち二人の経歴を知っている」
経歴を知っていると言う言葉に体がまた反応してしまう、と同時に三船さんはなんの仕事をしていたのかなんてことが気になった。どうやら俺は三船さんのことを何も知らないみたいだ。
「君たち二人は似ている。現代の荒波に流されながら真面目に生きてきた……そんな二人にこそ、私は輝いて欲しい」
カフェのBGMからは聞き覚えのある歌が流れている。俺と三船さんはお互いの顔を見合わせた。特別美人とか可愛いというような人じゃないけどどこか儚さと色気を含んだ人。これから三船さんと……。
「三船さんを必ずトップアイドルにしてみせます。この命に変えても……」
「吉木さん……」
「三船さん、改めてよろしくお願いします」
イベントもそしてこれからどうなるかも俺の頭には無かった。ただ三船さんを星のようなアイドルにすることだけを考えていた。
アイドルマスターシンデレラガールズのアニメは未視聴です。そのため今西部長や美城常務はオリ要素が強くなると思います。
許せサスケ……これで最後だ……