それにほたるちゃんも出たので嬉しいです。
その前に70連爆死したのは……多分夢です。嫌な初夢だ。
「三船! ステップが遅れてるぞ」
「す、すみません」
三船さんはシュガハとのライブのおかげか前よりも格段に動きが良くなった。今もベレトレさんのメニューに食らいつけている。この調子ならイベントには間に合うだろう。
「お疲れ様です。三船さん」
既にバテバテの三船さんにスポーツドリンクを渡す。弱々しい手で何とかそれを受け取るとサバンナの動物のように飲み干す。
「私……ダメダメですね……もう限界が来てしまうなんて……」
「前よりも踊れるようになってます」
「それでも……この調子で……イベントに間に合うんでしょうか?」
「むしろこの調子なら間に合うと思います」
しかしこちらの考えとは裏腹に三船さんは後ろ向きだ。ミニライブで自信が付いたと思ったが俺に何度も励ましをくれた彼女の欠片は粉々になっている。
まさかこれが燃え尽き症候群というやつだろうか? 俺の死を止めたことで目的を達成したから……なのか?
「とにかく次は11時からボイスレッスンです」
「も、もう少し休ませて貰えませんか……?」
「午後の予定はその分空いていますから、さ早く行きましょうか」
ボイスレッスンスタジオ。いつもは文字通り三船さんを含めたアイドルのボイスレッスンのために使わして貰える。
一方俺のいるここはコントロールルームと呼ばれ機材が所狭しと置かれている。どれも使い方はまるで分からない。三船さんのいるスタジオはマイクが部屋の中央に置かれているだけの広い空間だ。
「じゃ音源流しますー」
しかし今日は三船さんのデビュー曲の収録だ。そのデビュー曲を次のイベントで歌いそのままCD発売の予定らしい。そのためいつものようにトレーナーがいるだけでなくレコーディングエンジニア──原田さんまでいて本格的だ。
イントロが流れ始める。三船さんは目を閉じてヘッドホンに集中しているようだ。
コントロールルームに流れている歌声は綺麗な声ではあるがどこか引き込まれない普通の歌だった。
三船さんが歌い終わる。緊張のせいか表情が硬い。
「オーケー……大体分かった。まず……」
その後は原田さんの指示に従いながら三船さんは歌声を調節したり感情の込め方を変え、歌った。
他のトレーナーさんはまずまずの評価をくれた。しかし原田さんからの評価はあまりいいものではなかった。
「君が三船くんのプロデューサー?」
「はい。本日はありがとうございます」
「おうおう。うーんとね、ぶっちゃけてんでダメ。一般人のカラオケって感じ……それだけならまだいいけども少し感情乗せてもらわないとキツイかなー」
要するにダメだったということだ。現に今も原田さんは眉間に皺を寄せている。
「とにかくさ、忙しいとこ悪いんだけど……取り直し。次は3日後にやるけど多分それが最後になると思う」
「そんなに時間がないんですか?」
「僕自体が忙しいの。ただでさえイベントのために他のアーティストも見なきゃならんのに新部門になんか時間使ってらんないよ。贔屓されたいなら魔法の一つや二つ使ってみたら?」
原田さんは冗談だとでも言うように軽く手を振る。こういうタイプは苦手だ。
「と、に、か、く次までに歌上手なれとは言わないから。彼女に歌の解釈と気持ちを込めろって言っといてー」
それだけ言い残すと原田さんはスケジュール帳を開きスタジオを出ていった。
スタジオを出ると三船さんは廊下の長椅子に腰を下ろしていた。午後からは休みだったのでもういないと思っていた。
「先に帰って頂いても良かったんですよ?」
「そういう訳にもいきません。それに……上手く歌えなかったですし……」
「原田さんからは上手い下手よりも感情を込めろと言われました……出来そうですか?」
歌に感情を込めるってどういうことなんだろう……音程? 音量? 強弱?
三船さんに言っといて俺が分からなくなってきた。
「やっぱりそうですか……」
「やっぱり?」
三船さんは苦笑いを浮かべた。その笑顔はやっぱり自信の無さを醸し出していた。
「LastKissって恋愛の歌ですよね」
「そのはずですが……」
「私……今までロクな恋愛をしたことが無くて……大体が最後は浮気されたり飽きられてフラれてしまうんです……」
三船さんは俯いた。その虚ろな目の先はかつての想い出でも見えているのだろうか。そんな三船さんを前向きにさせる方法は無いだろうか? その時アイデアが浮かんだ。
「三船さん、この後の予定はありませんよね?」
「はい……今日はレッスンも歌も午前中だけでしたから」
「でしたらこの後歌についての表現を探しに行きましょうか」
「でも……吉木さんこの後仕事が……」
「アイドル最優先です」
その後今西さんに許可をとったら二つ返事で許可が降りた。今西さんからは吉木君も息抜きをしてきなさいとのこと。そんなに根詰めて無いんだけどな。
「歌に感情を込めるためにわざわざ恋愛をする必要はないと思うんですよ」
「どういう意味ですか?」
「LASTKissの歌詞を見てみると恋人関係の人と別れる……でもその相手はたとえ別れると分かっていても私を好きでいる……みたいな内容ですよね?」
「はい、なのでそんな相手がいた事がない私に気持ちなんて……」
曲の話になると三船さんは目に見えて元気が無くなる。俺も片想いしかしてこなかったのでアドバイスが出来そうにない。
「……いない相手を考えるのは徒労に終わりそうですね。まずはせっかくの休みですし楽しみましょう」
「そうですね……せっかくのデートですしね!」
最近三船さんのキャラが変わった気がする。
ショッピングモール。様々なお店が所狭しと展開するここは人の数も異様に多い。三船さんにはとにかく好きなことをして欲しいと思ってここに来た。大体なんでも揃っているからだ。
俺は現在三船さんの着せ替え人形にされている。遊びに行くのにスーツなんてダメですというお言葉に従って洋服屋に入ったのが運の尽きだった。
「あのー」
三船さんはニコニコしながらTシャツやパンツを合わせている……と思ったら手渡してきた。
「一回着てみてください」
「いやでも……」
「これが最後ですから……」
ちなみにこの言葉はもう三回目である。はぁーとため息を吐きながら試着室の中に入る。渡された通りの服に着替えると三船さんは難しそうな顔をしてまた服を探しに行ってしまった。
戻ってきた三船さんは絶対に俺には似合わない色合いをした服を持ってきていた。
「こういうのって……女性がいつもと違う格好をして男性をドキッとさせるのが定番では……?」
「そんなのドラマの見すぎです。さ、次はこれに着替えてください」
有無を言わせぬ笑顔の圧力に行動を強制させられる。三船さんの流されて生きてきたというのは詐欺だった。それともやはりアイドルをやり始めて変わったのだろうか? いやこの強引さは前からか。
結局俺の服は無難な色合いのものとなった。
洋服屋を後にした俺たちは休憩のためベンチに腰を下ろす。
「三船さん楽しそうですね……」
「ええ……少しはしゃぎすぎました。初めてだったので……」
「初めて?」
ちょうど強引に友達を振り回す三船さんを想像していたので脳内とのギャップが起きる。
「はい、今までは遊びに行った友達や……恋人の行きたい所やりたいことにつられるばかりでいざ自分から誰かを誘ったことなんか無かったから……」
「だったらなんで私は振り回すんですか……」
「吉木さんならどんなことを言っても受け止めてくれる気がして……迷惑でしたか?」
その聞き方は卑怯だ。最近三船さんと一緒にいると楽しいと思う自分が居るのに気がついた。だから今も彼女に期待している自分がいるのだ。
本当はそんなこと望んではいけないのに……。
「私で良ければいくらでもお付き合いしますよ……さて次はどこに行きましょうか?」
「それじゃあ……お言葉に甘えて……」
観葉植物店。
「植物っていいですよね。見ていて癒されますし」
「部屋のインテリアとしても置くと置かないじゃ違いますしね。私はこういうのとか好きですよ」
俺はまりもを手に取り三船さんに見せる。丸いこの形とか植物としてどう進化したらこうなるのかまるで分からない。
「ふふ……可愛い」
「なんで可愛いになるんですか、インテリアとして良さそうというだけで……」
「いえ、マリモを持ってる吉木さんが思いの外可愛かったので」
三船さんは悪戯げに笑った。俺とマリモのどこに萌えを感じたのか。やっぱり分からない。それでも三船さんの満足そうな表情に少し嬉しくもなった。
「こうして二人で買い物をするのも、楽しいです。何かを見つけた時の感動を、一緒に分かち合えるのって……嬉しいですよね」
映画館。
今流行りの都会の男の子と田舎の女の子が入れ替わる映画を見に来た。この映画にした理由は今ものすごく流行っていることと表現の足しになるかと思ったからだ。
「映画を見るなんて……久しぶりです」
「私も誰かと映画を見るなんて学生以来かもしれません」
「その時は誰と?」
自分の失言に思わず頭を悩ます。どう話を逸らそうかと考えていると照明が元気を無くしてくれた。
「映画が始まりますし会話は打ち切りですね」
「映画が終わった後で聞きますからね」
ステーキチェーン店。
「中々いい映画でしたね。冷静に考えてみたら二人の時間がズレているのには気づけそうでしたし……」
俺は前足を器用に使ってステーキを食べる。一方の三船さんはサラダを増し増しにしている。アイドルは大変だ。
「そんなことよりも学生時代には彼女さんと映画を見たんですか?」
「……そんなに気になりますか?」
三船さんは照れくさそうにうつむき加減で小さくはいと答えた。
「……親友ですと言っても私は彼女に片想いでしたが……」
「片想いの相手とデート……ドラマみたいですね」
三船さんはニヤニヤとしているが耳は真っ赤なので聞いているのも恥ずかしいのだろう。
「期待されてるところ悪いですがその当時彼女には恋人が居ましたし結局私と彼女が付き合うことはありませんでした。告白する勇気も私にはありませんでしたし……」
「ひょっとして……今でも好きだったりしますか?」
三船さんに核心をつかれてしまい持っていたフォークを落としてしまう。皿の上に落ちたフォークはカランと乾いた音をたてた。
「……そうですね、今でも好きですよ……そんな資格俺にはないのに……」
「資格がないと言うのは?」
最後の方は声を小さくして言ったのだがドラマでは無いので三船さんはバッチリ聞いていた。だが説明したくもなかった。
「そろそろ帰りましょうか」
帰り道。
「今日は本当にありがとうございました……こんなに遊んだの久しぶりです」
「私もですよ。何より三船さんが楽しんでくれたみたいで良かったです」
「でも……歌の解釈にはどう役立つんでしょうか?」
ぶっちゃけそのことはもっと後回しにする予定だったが三船さんはやっぱり気になるみたいだ。
「恋人役が私のようなものでは厚かましいでしょうが……今日過ごしたことは世間一般ではデートだと思います」
「そうですね」
三船さんは平然を装っているが顔を赤らめていた。
三船さんはこういう話にはウブなことは今までの付き合いで散々分かっていたので、その反応も正直予想通りだった。
「こんな風に会っている男性との別れだと思ってください」
「……確かに吉木さんと別れるのは嫌ですね」
三船さんは先程の赤面から一転すました顔をして反撃してきた。耳は真っ赤のままだが。
さてとそろそろ頃合だろう。
「三船さん……今日話したいことは他にもあります」
俺の心臓がいつもよりも早く動く。緊張が心を支配する。それでもそんな心境を三船さんには把握されたくないので表情を繕ったまま帰路を黙々と歩く。隣で歩く三船さんの顔は見れなかった。
「他にもなにか?」
「実は私……父から家業を継げと言われまして……この度実家に帰らせて頂くことになりました」
「え?」
三船さんが突然止まるので俺が数歩前に出る。慌てて三船さんは後ろから追いかけてきた。
「そ、それってどういう……」
「今言った通りです。父ももう歳ですし……前から帰る約束はしていました。こんなタイミングになってしまったのは申し訳ないです」
「そんな……」
「ですからプロデューサー業の最後として三日後のCDレコーディングお願いします」
しばらくの間三船さんはフリーズしていた。唯一活動を止めなかった顔色はコロコロと色を変えた。全て暗い色だった。
ついに覚悟を決めたのか三船さんは顔を上げた。
「……分かりました。例え吉木さんが居なくなってしまっても私はあなたとの約束は守ります」
その一言が聞けて良かった。安心してまた歩を進めると後ろから微かに聞こえてきた。
「……けど本当はあなたとこの先も一緒に……」
とてつもない背徳感に襲われた俺はせめてもの罪滅ぼしをすることにした。俺は振り向くと黙って三船さんに手を差し伸べる。
「あと少しの間ですが共に……」
三船さんは俺の手をギュと握り返した。
それから三日間の三船さんは熱量が凄かった。その熱量のまま迎えたレコーディングの日、スタジオに入る前三船さんはこう言ってきた。
「私……吉木さんに会えて良かったです」
「それはこちらこそです」
俺の返しを聞いて満足したのか三船さんはスタジオに入って行った。そして俺もコントロールルームに入る。
原田さんが声をかけてきた。
「三船くん大丈夫なの?」
「……それは分かりません。ただ前よりは良くなっていると思います」
「それならま、期待しといてやるか」
原田さんは姿勢をスタジオの方に向けるとレコーディングが始まった。
音楽が流れる。三船さんの静かな声が室内に響き渡る。
あっという間の出来事だった。その声は確かに意中の人との切ない別れを歌っていた。三船さんは涙を流していた。
「……プロデューサーくんどんな魔法を使ったの?」
しばらくの硬直から回復した原田さんは呆然としている。やっぱり三船さんは凄い。
「あれが三船美優の実力です。ご贔屓してくれますでしょうか?」
俺が図々しく説明するとエンジニアさんは大爆笑だった。
「君らいいコンビだなー。客を引きずり込むアイドルに魔法が使えるプロデューサーとは……アイドルに驚かされたことは前に一人あったがプロデューサーに驚かされたのは初めてだな」
原田さんは懐から名刺を取り出した。慌ててこちらも名刺を出したらお前のはもう貰っただろと軽く笑われた。
「俺旧式人間だから、連絡先とかは全部メールか電話だけなのよ。もしこの先歌の専門家の意見が必要になったら連絡しなよ。プロデューサーくんの相談くらいは乗ったげる」
原田さんはまたスケジュール帳を開きスタジオを後にした。三船さんが認められたのがどうしようもなく嬉しかった。
ウキウキで退出するとまた三船さんは長椅子に腰を下ろしていた。
「お疲れ様でした。凄かったですね、三日前とは大違いでしたよ」
「緊張も不安もありませんでしたから……ただ遠くに行ってしまう人に愚直に気持ちをぶつけたかった。それだけです」
「あー、その事なんですけど……」
凄く言いづらい雰囲気だ。最もこの雰囲気の根本的な原因は俺だけど……。
「実家を継ぐって話は嘘です今回の歌の足しになればと思って……でもこんなに覚醒するなら……」
「……どうしてそんな嘘を……いくら歌のためだからって……そんなの……」
「本当にすみませんでした」
俺の心の底からの謝罪の後三船さんは俺の胸に顔を押し付けて泣いた。
「私……吉木さんが居なくなって……この先アイドルとしてやっていけるかも不安で……だけど……だけど」
「三船さん前にも言ったと思いますが、私の命は三船さんに使います。それだけは嘘じゃないですし、嘘にしません」
「だから……そんな簡単に……」
縋りついて泣く三船さんをもっと強く抱きしめる。
「簡単になんか言っていません。私の命は三船さんのためにあります。必ずあなたを一番のアイドルにしてみせます」
それがせめてもの罪滅ぼしですから。
思わず出かかった言葉を飲み込んだ俺は泣き続ける三船さんを抱きしめていた。
「あれ?美優ちゃんにヨシ吉何してん……なんで美優ちゃん泣いてんだよ!」
「いや、これは……」
「グズん……吉木さんに…………泣かされました」
「ヨシ吉?お前なぁ……」
「三船さん!た、助けて……」