First Kiss   作:グルヌイユ

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ようやく過去編にこぎつけたぜ……


第8話

「本当に明日ここが満員になるんですね……」

 

 俺は今三船さんとイベント会場に来ている。何日もかけて作られたそこは1万人以上の人間を収容できるらしい。

 もっとも今はそんなこと気にならない。

 

「……吉木さん、大丈夫ですか? 最近元気ないですよ」

「……仕事のし過ぎで少し疲れているのかもしれません」

「イベントが終わればオフですし……頑張りましょう」

 

 三船さんの応援と同時にスタッフさんが呼びに来た。これからリハーサルだ。

 

「そうですね、まずは目の前のこと集中していきましょう」

 

 三船さんはしっかり頷いてからスタッフさんに着いて行った。残された俺は近くのシートに腰を下ろし完成に向かっているステージをぼんやりと見ていた。

 

 ずっと忘れていた。今の自分が安い妄想であることを。本当の自分はただ色んな苦しみから逃げたいだけの思い描いていた吉木徹也とは程遠い奴だってことを。

 北原さんの言葉が耳に木霊する。

 

【そんな安い妄想を叶えてあげるほどリアルは甘くないんですよ】

 

 あの言葉のせいで1年前の自分に戻された。せいでなんて……ただ先送りにしてきた。そのツケが今になって帰ってきただけだ。

 

 会場設営でせっせと動く彼らはきっと安い妄想なんか持っていないんだろう。それこそ俺の美学のように命をかけているのだ。

 目の端で人影が動く。特に警戒していなかったそれは隣までやってきて座った。

 

「サボりとは感心しないね」

「すみません、もう少しだけ休ませてください」

「はは……珍しい。吉木君が自分から休ませてくれと言うなんて……いやいやいい傾向だ」

「サボりを推奨していいんですか? 今西さん」

 

 今西さんは懐から携帯を取りだし会場を撮った。それがおめがねにかなった様でしまった。

 

「君は頑張りすぎるからね。前の会社の労働状況でも黙々と1年も働いていたくらいだからね」

「……」

「そうそう、北原君の件は私からも注意しておいた。しばらくは高垣君に付きっきりだろうね」

「ありがとうございます」

「これは本来私たちの仕事だ。むしろ感謝したいのは私の方だよ」

 

 ステージの真ん中で男性が照明や音響の確認をしている。その姿は演劇の準備を彷彿とさせる。皆がそれぞれの役を演じている。

 

「ときに吉木君、君に格言を送りたい」

「突然ですね」

「明日で君の担当を外れてアイドル部門全体のサポートに回らないといけないからね。言ってしまえば最後の言葉になるかもしれない」

「最後……」

「はは、そう畏まらなくていい。ただ覚えておいて欲しい」

 

 今西さんはまた携帯を取りだして今度は俺に見せてきた。カメラロールには沢山の会場準備が写っていた。

 

「これは私が今まで参加してきたイベント、ライブ、フェスを支えてきた人達だ」

 

 そこにはさっきの男性やスタッフの忙しなく動く姿が時間から切り取られていた。

 

「写真撮るの上手いですね」

「最初の感想がそれか……ゴホン、 アイドルが華々しく輝くその影には何人もの努力やアイデアや働きがある。決してそれらが賞賛されることは無い。しかし無下に扱っていい理由も無い。君もその1人だ」

「頑張って支えろという事ですか?」

「違う。一人で苦しまなくていいということだ。分からなかったり上手くいかないことは人間誰しもある。だからその苦しみを共有しなさい」

「どうしてそんなことを?」

「伊達に歳を重ねてないんだよ。迷える若者の顔ぐらいは分かるよ」

 

 今西さんは俺の肩をポンと叩いてから立ち上がり俺を撮った。

 

 リハーサルも終わり三船さんが帰ってきた。はっきり言って歌もダンスも笑顔も十分デビューできる水準だと思う。それだけ今の三船さんはアイドルだった。

 

「お疲れ様です、この後は帰宅になりますが空の会場を見れる機会は今しかないです。何か確認することはありますか?」

「いえ、大丈夫です……あと出来ることは……明日に向けて気持ちを落ち着けることくらいですから」

「……三船さん……あの……話したいことがあるんですけど……」

「なんですか?」

 

 歩きながら話すのも気が引けたので一旦車まで行くことにした。

 シルバーのワゴン車、これから俺の担当が増えるからそのために乗りなれておけと会社から支給された。今はその広さを無駄にして助手席にアイドル一人。

 

「話って……何ですか?」

「実は……」

 

 声を出そうとしても喉がカラカラになっていた。言葉に詰まる。脳が痛い。別の自分が囁く。

 

「最高の状態の三船さんを私のちっぽけな悩みで汚してしまっていいのですか?」

 

 そうだ……やっぱり止めておこう。ここは激励でも言って話を逸らそう。それに何も胸の内を明かすのは今じゃなくてもいい。

 

「三船さん……明日は最高のライブにしましょう!」

「…………もう、吉木さん、少しはアイドルのことを信頼してくれてもいいと思いますけど?」

 

 三船さんは笑顔で般若になった。美人が怒ると怖いのは真実だ。

 

「ど、どういう?」

「今西さんから吉木さんが何か悩んでいるから相談に乗って上げて欲しいと連絡を頂きました。だから今からその悩みを相談されるものだと思ったんですけど?」

 

 あとサボってた写真も保存しましたと蛇足の報告を受ける。今度今西さんに会ったら仕返しをしようと心に決めた。

 

「吉木さんのことですから、本番前に余計な心配をかけさせたくないとか考えてたんじゃないですか」

「……はい」

「私には命をかけてくれるんじゃなかったんですか?」

 

 ツンツンツンツン、痛いところを猫じゃらしで殴られる。哀れな俺はじゃれるだけだ。

 

「申し訳ありませんでした!」

「もう……それで何で悩んでいるんですか?」

 

 完全にお母さん状態になった三船さんにうだつが上がらない。渋々抑えてきた感情を吐露することにした。

 

「……三船さんの私の印象って何ですか?」

「本当にそれ……そうですね、優しい所と丁寧な所、あと人の為に動ける所にそれから……」

 

思った以上に俺のいい所ばかりを上げる三船さんにストップをかける。

 

「も、もういいです。じゃあもしその吉木徹也が嘘だったらどうしますか?」

「……嘘?」

「はい、本当の吉木徹也が別にいて、今まで接してきたのは偽物だったら……」

「えっと……すみません……よく分からないんですけど……」

 

三船さんは頭を抱えている。正直俺も三船さんの立場だったら同じようになっていた。

俺は大きく深呼吸をしてからゆっくり説明することにした。

 

「そうですよね、それじゃあ……私がなぜこうなったのか、話していきたいと思います」

 

 夕焼けが車内に射し込む。忘れようとした記憶を辿る。人生最悪のあの日を──

 

「いやーしかしあたし達奇縁だよねー」

「そうだなー」

 

 沙織と焼肉をつっつきながら内心彼女の言葉に俺も共感する。

 俺たちは高校の同級生だった。高一で沙織に一目惚れした俺は運がいいことに三年間沙織とは同じクラスで仲もよかった。

 それでも俺には告白する勇気がなかった。沙織は顔もスタイルもいいのでいつも彼氏がいた。その事が俺の臆病風に拍車をかけ結局三年間で仲の良い友達にはなれても恋人にはなれなかった。

 卒業後はお互い疎遠になったが、つい二年前会社の飲み会で行った居酒屋でばったりと出会った。

 それ以来連絡をちょくちょく取り合い今では俺の東京での唯一の友人だ。

 

「そういえば最近どうなんだ? アイドル業……少しは進展あったか?」

「ぜーんぜん! 事務所が小さいから仕事もしょぼいことばっかりで、やってけない。徹也、改めてありがとね。あたしに貢いでくれて」

「相変わらず、調子だけはいいんだな。言っとくけど食事代位は奢るけどお前のグッズなんかは買わないからな」

「そんなこと言ってっけど前もイベント手伝ってくれたの忘れてねえからな?」

 

 そう言いながら沙織はカルビを食べる。イベントを手伝うことになったきっかけは俺が演劇部としてある程度照明や音響を扱えたからだ。

 

「どした? ジロジロ見て、あたしばっか見てると肉無くなるぞ?」

「いやそんなに食べてアイドル業に支障は出ないのかと思ってさ」

 

 沙織はにっこりと笑顔を作って

「アイドルはカロリーをバカみたいに使うからノーカン」

 

 とほざいた。それでも笑顔は様になっているんだから本当に卑怯だ。

 

「……実はさ徹也に相談したいことがあって……」

 

 沙織が真剣な顔になって切り出してきた時だ。俺の携帯が鳴った。相手は上司の大嶋さんだ。

 

「もしもし、吉木です」

「おい、吉木! お前の作ったプレゼン資料まるでなってないぞ」

 

 開口一番大嶋さんの怒鳴り声はさすがにきつい。声が大きすぎたのか沙織も心配そうな顔をしてこちらを見ている。

 

「すみません、明日朝イチで作り直すので……」

「ふざけるな! お前の都合なんぞ知らん。早く会社に取りに来い! いいか、お前の代わりなんかいくらでもいるんだ。分かったらさっさと会社に来い」

 

 大嶋さんは言うだけ言って一方的に通話をきった。さっきまでの楽しかった気持ちが一転憂鬱な気持ちが俺の中に充満する。

 

「今の時代には珍しいくらいうるせぇ人だな。そいつが前部長になったって人?」

「……その口調はアイドルやってる時は大丈夫なの? そう、おかげでブラックまっしぐらだぜ」

「アイドルはオンオフがあるのー。そんなんで大丈夫なの? ストレスで働けなくなるってよくニュースで言ってるよ?」

「大丈夫! 昔から苦しいことがあったら役になりきると何も感じなくなるんだ。高校の頃からやってるけど結構使えるぜ、これ」

「ほんっと徹也勿体ないよね。俳優とか向いてたんじゃない?」

「そういう業界が難しいことを現在進行形で説明してくれてる奴が何を言う」

「はいはい、じゃ今日はこれでお開き?」

 

 とても残念だが会社にとんぼ返りしなくてはならなくなった。

 

「悪いな……」

「いいよいいよ。ってかあたしが奢ってもらってるんだし、愚痴ぐらいならいつでも聞いてやるよ」

 

 会計を済ませて店の外に出るとでかでかと表示された電光掲示板が目に入る。映っているのはミステリアスな雰囲気を纏った女性だった。

 

「うわっ、高垣楓じゃん」

「知ってるのか?」

「うん。あんまりテレビとか出てないけど最近雑誌で少し話題になってるモデルだよ」

 

 モデルか……。多分あの人は今が楽しいんだろうなぁ……。今の俺と違って。見上げる俺とは対比して沙織は少し俯いた。

 

「どうした?」

「いや方や24でモデルとして働いてて方や25で未だ売れないアイドルなんて……やっぱり神様は不公平だよなぁ」

 

 その意見に俺は何も言えなかった。神様が不公平だってことは沙織が一番分かっててそれでも夢を追ってる。そんな人になんて声をかけていいのか俺には分からなかった。

 沙織と別れた後会社に戻ると大嶋さんがオフィスに一人でいた。

 さてといつも通りに私になりきる。

 

「遅かったな、一体何していたんだ」

「友人と食事をしていました」

「けっ、いい身分だな。さっさと資料をまとめ直せ!」

 

 言われなくてもそうするわ。大嶋さんのプレッシャーを傍目に問題の資料を作り直す。この資料自体も大嶋さんから押し付けられた仕事に追われながら作ったものだ。欠陥があるのは仕方ないと思う。

 黙々と手を動かしていると大嶋さんが声をかけてきた。

 

「ちゃんとやっておけよ! ついでにこの予算案も確認しておけ、最も秀俊が作ったものだからお前のようなミスはないがな」

「秀俊って社長が?」

 

 大嶋さんは何故かギロりと俺を睨んできた。

 

「そうだ。あいつは忙しい中社員を想って自分で予算案を作ってるんだ。それにひきかえお前はなんだ。どうせ女とでも楽しく食事でもしていたんだろう」

 

 確かにその通りだが少なくとも社長は俺たち社員のことなんか想ってはいないと思う。でなければこんな上司野放しになんかしない。最もそれを言っても意味は無いので話を逸らす。

 

「あの……大嶋さんは?」

「俺はこの後会食だ。そんなことに気を回す暇があるなら手を動かせ、分かったな!」

 

 大嶋さんは最後まで嫌味たっぷりで出ていった。

 彼はこの会社の創業当時からの初期メンバーで社長とも仲がいい。そのせいで会社内でもでかい顔をしている。

 

「はぁー」

 

 つい一時間前までは沙織と食事をしていたのに今は残業とは……。大嶋さんは何かと俺に目をつけて絡んでくるし他の社員はここぞとばかりに俺を風よけにしている。

 

「どうせ、残業代も出ないんだろうな。ホントクソ会社め!」

 

 文句を言ってもしょうがないので心を切り替えることにした。

 集中し始めてからは黙々と訂正作業を続けている。何とか問題の資料は終わったが、大嶋さんから与えられた予算案は膨大な量だった。おまけにその予算案は穴だらけだった。どこがミスがないだ。ミスしかないだろ。

 何とか終わらせた時には既に0時を過ぎていた。うつらうつらする頭を何とか起こして帰る準備をする。

 そのあとの記憶はあまりない。気がつくと家にいた。朝飯を作る気にもなれないしダルさも全然残っている。それでも体は会社へ向かおうとしている。

 これじゃまるで社畜だな。

 時刻を確認しようとスマホをつけると昨日の俺はどうやら充電していなかったようで20%をきっていた。充電器を付け連絡が来ていないかを確認すると沙織からのLINEが入っていた。

 

「あのさ、話があるんだけど今日の夜って時間ある?」

 

 部長に大嶋さんが付いてからは今日どころかほぼ毎日仕事は終わるのが遅い。昨日は運が良かっただけでそう何度も定時で上がれるとは思えない。そのことは沙織も知っているはずだが、忘れているのかもしれない。とりあえず返信をしておく。

 

「すまん、多分仕事でしばらくは時間が無い。どうかしたのか?」

 

 メッセージを打ち込んでから気がついたが時刻は8時30分を過ぎており慌ててスーツに腕を通す。その時猛烈にお腹が痛み我慢できなくなって膝をつく。

 

「な、何だこの痛み。昨日の肉に当たったか?」

 

 それでも休む訳にはいかない。自分が休めば他の同僚が大嶋さんに何か言われるのだろう。それはあまりいい気がしない。

 何とか痛みを我慢して出勤する。会社に着いてからは少しだけ和らだ。お腹を抱えながらオフィスに行くと昨日の予算案を持った社長と大嶋さんがいた。

 

「雅成、本当にありがとな。まさか予算案がここまでズレていたとは、その事に何も言わず修正してくれるなんてやっぱりお前は最高の友達だ」

「いやいや、お前が頑張りすぎなんだよ。たまには俺たちを頼れ」

 

 会話を聞く限り社長は大嶋さんが予算案を直したと思っているようだ。ちょっと待て、それは俺がやったことだろ! 

 

「大嶋さん、それ訂正したの俺じゃないですか! それに大嶋さんは昨日会食じゃないんですか?」

 

 突然俺が会話に入って来たからだろう。社長は不思議そうな顔を大嶋さんは怪訝な顔をした。社長が俺に落ち着いた声で言った。

 

「何を言っている? 昨日は会食なんかしていないぞ」

 

 そ、そんな……あれ大嶋さんの嘘かよ。

 

「でもそれは俺が……」

 

 俺の言葉は大嶋さんが俺を引っぱたいたことにより強制的に止まる。

 

「口を慎みなさい。いつもいつも、お前の虚言癖にはうんざりしているんだ!」

 

 鬼の形相でとんでもない嘘をでっち上げる大嶋さん、俺が状況を把握出来ずにいると大嶋さんは続ける。

 

「すまんな秀俊、こいつは出世したいあまりよくこういう嘘をつくんだ。あまり気にしないでくれ」

「……苦労してるんだな」

「お前に比べたら大したことない」

 

 こいつらは何を言っているんだ? 残業代も出ない、手柄も盗られる。そんなことが許されてもいいのか? 

 周りの社員たちが心配そうに見ている。俺が心の中で業火を煮やしていると社長が肩に手を置いて笑いかけてきた。

 

「出世したい気持ちは大切だ。だが手段を間違えてはいけないよ」

 

 怒りを通り越してもはや呆れるしかない。

 そんな俺を無視して社長と大嶋さんはどこかへ行ってしまった。

 そのあとは淡々と仕事をこなしてしっかり残業もした。心が鈍くなっていくのが分かる。

 役になりきれ! 今日さえ乗り切れば明日になればこの鬱憤も無くなるはずだ。今までもそうだったから。

 全ての業務を終えた時は20時だった。今日は早いなと思ってしまうあたり俺はもう社畜かもしれない。ムシャクシャが溢れ出てくる。早く帰って寝よう。

 会社を出て数歩でまたお腹が痛くなりその場で疼くまる。またこれかよと悪態をついた時電話が鳴った。

 

「もしもし……」

 

 腹から声が出ない。本格的に痛い。

 

「あ、徹也か? 今って時間ある?」

 

 声から沙織であることが分かったがそんなことが気にならないくらいイライラする。なんだこれ、気持ち悪くて仕方がない。

 

「悪い、沙織。今日だけは無理なんだ……」

「あたしも……今頼れるのは徹也しかいないの! お願い!」

 

 なんで……今なんだよ。タイミング悪いな。

 

「ごめん、また今度で頼むよ」

「お願い! 徹也、頼むから」

 

 あまりにもしつこい催促に遂に堰き止めていた怒りが吹き出してしまった。

 

「だーかーらー、今日は無理って言ってるじゃん! なんで分かってくれないかな? お前昔からそうだよな。俺のアドバイスなんか無視して男取っかえ引っかえして付き合って、それにいつも奢ってやったりしてるだろ! 少しは俺の事をいたわれよ!」

「……ご、ごめん。そんなつもりじゃ……」

「とにかく今の俺はこんな調子だからまた今度にしてくれ! 分かったな! 切るぞ」

 

 沙織の返事も聞かずに電話を切る。お腹は相変わらず痛い。鉛のように重い足を何とか動かして帰宅する。早く今日が終われと願いながら眠った。

 その時は今日ほど腹が立つ日はないだろうなーと思いながら……。

 最もそれが次の日に更新されるとは思いもしなかった。

 翌日、キリキリと痛むお腹を抑えながらテレビをつけると衝撃の事実が目に飛び込んできた。

 

 

【ストーカー被害 アイドル殺す】

「昨晩20時30分頃事務所からの帰宅中のアイドル岡田沙織さん25歳が以前から彼女にストーカー行為を働いていた男性に果物ナイフで帰宅中に刺され殺害されました」

 

 川島というアナウンサーが無機質な声でそう読み上げていた。

 沙織が死んだ……? しかも20時30分頃って俺と電話をしたほんの数十分後だ。

 嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! こんなの何か悪い夢だろ? あ、うあああ──! 

 無我夢中で家を飛び出す。外にでて右も左も分からないほど視界がグルグルと回る。と突然腹痛に襲われその場に倒れ込む。そのまま俺は意識を手放した。

 気がつくと私は病室にいた。ボーッと窓の外を見ていると医師が入ってきた。その人は私の病状を酷くあっさりと告げた。

【ストレス性胃腸炎】

 それだけでなく精神がとても衰弱している。しばらくの療養が必要だとも言われた。

 その後に入ってきた警察には事情聴取を受けた。沙織のことについて隅から隅まで聞かれた……気がする。あまりにもショックがデカすぎてそんなことは記憶に残りもしなかった。

 もう全てどうでもいい。私には関係の無いことだ。

 もう………………寝たい。私はゆっくりと瞼を閉じた。

 目が覚めるとまた警察の方が来ていた。

 

「おはようございます」

「今の時間帯は朝ではない気がしますが……おはようございます。何か…………沙織について聞きたいことでも?」

 

 口からすぐに沙織という言葉が出てこなかったのは彼女の死を受け入れたくない私がどこかにいるのだろう。

 警察の方はしかめっ面のまま彼女の携帯を差し出してきた。

 

「おそらく吉木徹也さん宛に残されたボイスメッセージだと思います。画面を開いてすぐこのアプリが起動されていました。死ぬ前の最後の……すみません、配慮が足りませんでした」

「いえ、大丈夫です」

 

 そのまま彼女のスマホを受け取ると画面を開いてボイスメッセージを再生する。私のその動作を見ると警察の方は退出された。

 メッセージが再生される。

 

「あー徹也へ……さっきはごめんね。あたしちょっと配慮が足りなかったよね。本当にごめん。でもあたし……徹也には感謝してるんだよ。東京に出てきてアイドルとして輝いてやろうって躍起になったけど、いざ蓋を開けてみたら不安ばっかりの日々で辛かった。そんな時に徹也と出会えたこと本当に嬉しかった。今はまだ徹也に頼りきりだけどいつか誰からも応援される星のようなアイドルになるから、もう少しだけ応援してね! ……ってなんかあたしっぽくねーな。ま、いっか。それじゃまた今度な」

 

 …………………………。

 どうして神様はこうも不公平なんだろう。こんなにもいい子が死んで何故俺みたいな奴が生きているんだろう。どうしてこんなに苦しいんだろう。どうして……? 

 

「そうだ……私になれば……私になればきっと苦しまない。もう……全部……どうでもいい」

 

 

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