01フェイト執務官の後輩 起
「ティアナ、どうだった?緊張しなかった?回答の時間は足りた?」
「ええ、バッチリです!」
新暦76年2月。クラナガン中央裁判所にほど近い、執務官補佐試験会場から出たとたん、斜向かいのカフェテリアから駆け寄ってきた自身の上司、フェイト・T・ハラオウンに対して、ティアナはガッツポーズを返した。
「よかった…」と、安堵の息を漏らしたフェイトは、試験に臨んだティアナよりも疲労しているように見えた。私服姿も相まって妹の試験に付き添いに来た過保護なお姉さんといった体だ。もっとも、執務官試験を精神的な不調で、二度も不合格になったことのあるフェイトにとっては当然の心配であった。が…、
(この人が、やり手の執務官と言ったら、何人の人が信じるかしら?)
心配性の上司の愛情に気恥ずかしさを感じた。ティアナが口には出さずに軽口を叩いていると、カフェテラスから声が上がる。
「ティアナさ~ん」
ピンク色のパーカーに白のオーバーオールスカート、可愛らしい姿の女の子が手を振っていた。
同じテーブルで、現代ミッドチルダのシャツコーデの少年がテーブルの上の食器を片付け立ち上がる。肩にはくるると声を上げる小さなドラゴン。
機動六課の同僚キャロ・ル・ルシエと、エリオ・モンディアルの二人だ。
のちにJS事件と呼ばれる事件の首謀者も逮捕され、機動六課の面々は来年度に向けての準備と、たまっている有給休暇の消費に勤しんでいた。フォワードたちはその休日も、自主トレーニングで教導官の指導を受けていた。しかし、本日はスターズ分隊の二人が試験と挨拶回りとなったため、この幼い同僚達も休暇を楽しんでいるようだ。
「あら、あんた達も来てくれたの?」
「はい!」
素直に返事をしたキャロに対して、エリオは決まりが悪いように苦笑していた。
『エリオ、まさかと思うけど。フェイトさん、ずっとここにいた?』
本日の試験は休憩時間も含めて、8時間はあったがフェイトの性格を考えると、終わるまでずっと待っていた。と、言われても信じてしまう。
『いえ、さすがにそれは…、試験開始前にティアナさんを送った後、僕たちと街を回る約束をしていたので…』
『あ~~、でも、ずっと上の空だったんでしょ』
『はい、その通りです』
『ごめんね、折角の団欒の時間だったでしょうに』
『いえ、六課の仲間を心配するのは当たり前ですから』
念話を使いティアナとエリオが、本日のフェイトの様子を話し合ってると、また別の所から声が掛った。
「あれ!先輩?どうしてこんなところに?」
「__ッ!!!」
自信に満ちた低くてもよく通る男の声が聞こえた瞬間、フェイトがビクリと背筋を伸ばした。まるで、服の中に氷でも入れられたかのようだ。さらに顔が青ざめ、動揺した口が無意味にパクパクと動いていた。
「もしかして…、俺に会いに来てくれたのかな?」
フェイトの影になって見えないが、声の主が近づいてきたようだ。
声の主がフェイトの肩にポンと手を置き、フェイトの顔を上から除きこむ。
「ファ、ファン」
「はい、貴女の可愛い後輩、ファン・ユーゼェァです」
「ああぁ…」
ちらちらとティアナを見ながら逃げ腰になっているフェイトの肩に手を置き、ルーフェン系統の名前を名乗った男は、一言でいえば20代ファッションモデルだった。
口角の上がった男の口元には自信の笑みを湛え、切れ長の目がフェイトをからかうように見ている。身なりにも気を使っているらしく、マッシュレイヤーの髪は流行の色に染色され、清潔感のあるスマートカジュアルコーデを嫌味なく着こなしている。
しかし、フェイトの後輩との発言を聞くと、彼もまた執務官であるようだ。
(チャラそうな人…)
人は外見ではわからない。そう分かっていても、ティアナが好意的になれない軟派な印象を抱いた。
ティアナの執務官像は、フェイトやその義兄のクロノと言った、真面目で硬派な人間を指した。
また、それを目指す人間もそうあるべきと考え、今日はティアナ自身も髪を下ろしてスーツ姿なのだ。ちょっと、古臭い考えだとわかってはいたが、少なくとも執務官志望だったティアナの兄はそうしていた。
ふと、こちらの疑念の視線に気が付いたのか、ファンがこちらを見た。
「もしかして、君が噂のティアナちゃん?ティアナ・ランスター?」
「…そうです。が、どういった噂ですか」
名前を呼んだとき、僅かな含みを感じたティアナが苛立ちとともに聞き返す。執務官候補のランスターと聞くと、軽い侮蔑を滲ませるものがいる。彼女の兄に対する不当な評価故の噂のようなものだが、一度ついたレッテルはなかなか消えてくれない。このファンという男もその手合いだろと考えたティアナの語気が荒くなった。
「もちろんいい噂さ。機動六課地上班を勝利に導いた現場指揮官。あのハラオウン班が引き抜こうとしているストライカー。ミッドチルダの法律畑で、話題にならない方がおかしいと思うけど」
「そうですか…」
素直に信じる気にはなれなかったが、ティアナは苛立ちを引っ込めることにした。エリオ達という子供の前ということもあるが、噂などこれから実績で黙らせていけばいいのだ。
ファンの方も興味をエリオ達に移したようだった。屈んで目線をエリオ達に合わせる。
「君たちは、先輩の被保護者の子かな?私はフェイト先輩の後輩ファン・ユーゼェァ。君たちの名前は確か…」
「はじめまして、エリオ・モンディアルです」
「キャロ・ル・ルシエです」
「おお、いい挨拶。こっちの小さくて勇ましそうなのは、キャロちゃんの竜かな?」
「え!」
エリオの肩の小竜を指してのファンの質問に、エリオが小さく驚きの声を上げた。キャロにはエリオの驚きの理由がわからないようで、小さく小首を傾げてからファンの質問に答えた。
「はい、名前はフリードリヒ。フリードって呼んであげてください」
「へぇ、かっこいい名前もらっているな。フリード」
「くるるっ!」
「でも…、よくわかりましたね」
褒められたのがわかるようで、上機嫌な声をあげるフリードを横にエリオが口を開いた。
「ん、どういうことだい」
「フリードです。最近、僕の竜だと、勘違いする人が多いので」
(ああ、そうゆうこと…。)
ティアナにも、先ほどのエリオの驚きの意味が分かった。六課メンバーにとって、フリードがキャロの竜であることなど、当たり前すぎるので疑問にも感じないが、初対面の人が『エリオの肩に乗った竜を、キャロの竜である』と、認識できるはずがない。
「いやいや、大したことはないよ」
言いながら人差し指を回しながらウインクを一つ。ファンの整った容姿も相まって絵になるが、なぜだかティアナの琴線に触れ苛立たせる。
「まず、この子がアルザスの竜であることは間違えようがない」
エリオが黙ってうなずいた。
それほどまでにアルザスの竜は有名だ。St.ヒルデ魔法学院の初等部の子供でも竜と言えば、アルザスと答えるだろう。
「でも、エリオ君のあいさつの発音はとてもきれいだった。クラナガン訛りというものもあるくらいなのにそれがない。てことは、君は地上ではなく本局で育ったことがわかる。本局の人工的な空間がドラゴンの飼育に適しているとは思えない」
「それだけですか?僕が本局で育ってアルザスに渡ったのかもしれませんよ。キャロは名前しか言わなかったですし…」
「それには反論ができる。アルザスの竜を使役するのにいったい何年かかる?二人の年齢から考えるに、どちらかがアルザスで一緒に育った。と、考えるのが常識的だろう。それと決定的なのは、香りさ」
謎解きの答えに納得しきれなかったエリオが反論すると、ファンが続けた。
フリードに顔を近づけ、匂いを嗅ぐ。
「竜特有の硫黄の香り…、エリオ君からも少し感じるが、四六時中、それこそベットの中まで一緒にいる人には、香りが染みついてしまうものだろ」
よく観察しているものだとティアナも思いキャロに視線を向けた。視線を向けられ話を聞いていたキャロが自分の手を嗅いだ。確かに、僅かにフリードの匂いがする。ちょっとした発見だ。
自分自身がかわいがっている竜を、より身近に感じることができたキャロがうれしそうに笑う。
「んー、キャロちゃんには、見えないおしゃれはまだ早いか」
普通の女の子なら、体から硫黄の匂いがするなどと、言われれば気にするものだろうが、キャロにはその概念はまだないようだ。
ファンが目を細めてエリオの肩に手を置く。
「硫黄の香りで栄える香水の銘柄を教えようか?」
「え、え、どうしてですか!?」
「決まっているじゃないか、そんなもの」
言いながらファンが耳打ちをすると、エリオが顔を赤らめ目を白黒させている。
その様子を見て、過保護な保護者が飛んできた。フェイトはエリオをファンから引きはがすと言った。
「エリオに悪いこと教えないでください」
「悪いこととは酷いな。女親じゃ教えられない男にとって必要なことを教えているのさ。な、聞いておいて損はないぞ。エリオ君」
「え、え~と…」
フェイトの腕の中でエリオが曖昧な声を出した。あの耳打ちの後だと、聞いておきたかった。と、エリオは考えてしまう。六課では、女性の同僚が多かったせいか、男同士の会話というものが楽しい。
ファンはそんなエリオの様子を敏感に感じ取り、手招きをしながら続けた。
「ほら、エリオ君だって聞きたがっているじゃないか。過保護は男の成長を妨げるよ」
「でも、でも、…この子にはまだ早いんです!!」
フェイトが必死になり、反論を試みているが分が悪そうだ。ティアナはフェイトの援護のつもり、つまりは全くの善意で、話題を変えるために質問を口にした。
「…すいません。ファンさんでしたよね。フェイトさんとはどういった御関係ですか?」
言った瞬間、フェイトが再び竦み上がった。あっという間に涙目になり、うろたえ切った顔でティアナを見た。「なんてことを聞いちゃうの?」という台詞が極太サインペンで顔に書かれている。
「聞かれてしまっては、説明しないわけにはいかないな~、いや~、あの時の先輩は可愛かったね~」
こう言ったファンの顔を見て、ティアナには一つ分かったことがある。このファンという男は、好きな子に悪戯するタイプで間違いない。
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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