う~ん?感じ出ていますかね?
新暦83年、エイブラハムは使っている集合住宅の一室で待機勤務を行っていた。何をしていてもいいわけではないが、何もしてはいけないわけではない時間。
雑誌を読みながら視聴予定のライブ配信を待っている間に、流しっぱなしにしていた番組から、気になる話題が聞こえ、エイブラハムは見ていた紙媒体の雑誌から目を話した。
「クラナガンの午後はここから。最初の話題はこちら」
「今、話題の新薬「ES-δ:エクリプスセルセーバー」について、お話を伺います」
「はい、私も最近、この薬についてニュースでよく見かけます。どんな薬なんですか?」
「ES-δは、エクリプスウイルス感染症の治療薬として開発された新薬です。エクリプスウイルス感染症は、致死的な感染症ですが、ESC-δは、この感染症を根治させる可能性があると期待されています」
「ES-δは、まだ臨床試験段階ですが、その効果は非常に期待されています。試験では、90%の患者さんが完全に回復したという結果が出ています」
「90%も回復したんですか!それはすごいですね」
「本当に、これは朗報ですね」
「もちろん、まだ臨床試験段階なので、副作用などのリスクは十分に考慮する必要があります。しかし、ES-δがエクリプスウイルス感染症の治療に大きく貢献する可能性は十分にあると思います」
「そうですね。ES-δが承認されれば、エクリプスウイルス感染症患者さんにとって大きな希望となるでしょう」
「次の話題です」
ES-δ、エイブラハムの記憶だと、トーマ・アヴェニールとリリィ・シュトロゼックの血液サンプルから得られたデータを基に、 ESC-αHDにさらなる改良を加えた薬品である。
しかし、エクリプスウイルス感染症の数自体が少なく、また被害の多くが地方世界だったためクラナガンの放送局が報道するとは思えない。疑問に思ってネット検索をかけてみる。が、何処の主要メディアもトップ記事にはなっておらず、ミッドチルダのローカルメディア「アルトセイム・ヘラルド」が第4見出しで扱っているくらいだった。
エイブラハムは記事を読み上げてみた。
「…と、新薬「ESC-δ」、エクリプスウイルス感染症の根本治療に期待。エクリプスウイルス感染症は、致命的な感染症を引き起こすウイルスです。これまでは、ESC-βHDという薬品で緩和ケアしか行えていませんでした。しかし、新たに開発された新薬「ESC-δ」は、エクリプスウイルス感染症の根本治療に効果的であるという臨床試験の結果が発表されました…。こんだけか…、エクリプス騒動が治まった証拠なんだろうが、なんで今更…」
画面に目を戻すと答えが映し出されていた、クレジットの中に提供『Altimmune gene』の文字。新薬「ESC-δ」を製造している会社である。
「どこの企業もCMに余念がないな。なあ、アリサ」
先ほどまで読んでいた雑誌の一面に語り掛ける。
表紙を飾っている女社長は普段見たことのないすまし顔をしていたが、片目だけでこちらを睨みつけてきたように感じた。
そんな妄想に浸っていると、玄関周囲の人感センサーが反応。来客を知らせた。その人物は防犯用のサーチャーに向かって手を振ってから、勝手知ったるアナタの家という様子で、エイブラハムの部屋にやってきた。エイブラハムが迎え入れると、食材の入ったトートバックを手にキッチンへ直行した。ガチャリと冷蔵庫を開けて一言、
「あー、やっぱり。保存食ばっかり!」
「いいじゃないか。安いし、早い」
「ダーメ、こういうのは、味付けが濃く作られているんだから」
早速お叱りの声を上げるなのはに一応反論するが、なのはは聞く耳を持たず買ってきた食材を冷蔵庫の中に放り込み始めた。エイブラハムは殆ど追い出される形でキッチンから出る。手持無沙汰になって時計を見たが視聴予定の番組までまだ時間がある。
読んでいる途中だった雑誌を手に取りソファーに腰を下ろす。雑誌が特集記事として取り扱っているのは活躍する女性で、地球で最近伸びてきているドローンを取り扱っている会社の女社長と、その会社を支える女性エンジニアの特集である。雑誌の中ではエンジニアの写真もかなりデカデカと載せられている。
(そう言えば、この写真を載せるために、インタビューの内容が削られたと、アリサが怒っていたな)
見出しに踊っているのは、「最新鋭技術を操る美人過ぎるエンジニア」である。編集の段階で当初予定していなかったこの記事がねじ込まれたのがよくわかる。
当初予定していた技術力をアピールする狙いとは違った方向の記事に、憤慨しているアリサの姿をありありとイメージしたエイブラハムは、アリサが爆発する前に愚痴の一つも聞きに行こうと決意した。そうしていると、なのはがキッチンから出てくる。
いつもよりゆったりとした服装をしているなのははエイブラハムに寄ってくると、エイブラハムが手にした雑誌を見て笑った。
「あ、それ今月号のNASYI?」
「ああ、二人が乗っている奴だ」
「なんか、アリサちゃんが見なくていいって言ってた」
言いながらなのははエイブラハムの隣に腰を下した。
「そう、それだ。アリサをからかうネタにしようと思ったんだけどな。結構、普通だった」
「またそんなこと言って、アリサちゃんにキックされちゃうよ」
「問題ない。何もなくても最近はキックをしてくるようになった」
喜々としてエイブラハムの尻を蹴とばそうとしてくるアリサを思い出しながら、エイブラハムは続けた。
「尻に赤いリボンでも着けるよう提案しよう」
「お尻にリボン?」
「ああ、蹴り癖のある馬のサインだそうだ」
最近アリサが教えてきた、第97管理外世界でやっているアプリゲームで得た知識を口にする。
「へ~、因みに頭のリボンは?」
なのはが自慢のサイドポニーをまとめているリボンを指さしながら言う。
エイブラハムが反射的に答える。
「それは噛み癖の…」
なのはがニカッと笑いながら、顔の隣まで上げた手をニギニギと動かしながら襲い掛かってくる。
「おっと、やめてくれ。こら、なのは!ホースガールのシニセウインドか!」
エイブラハムは手にした雑誌を盾の様に掲げて見せた。すると表紙の中のアリサとなのはの目が合う。
「…この、アリサちゃん、ちょっと緊張している?」
アリサが営業用の表情をしていることに気が付いたなのはがそれを口にすると、エイブラハムはこれ幸いとばかりに話題を変えた。
「おっと、それは表紙モデルの先輩としての意見ですかな?高町なのは教導官殿」
言いながらエイブラハムは空間ウインドウに幾つかの画像を映した。
画像にはなのはの写真の他に女神アーカイブ、プリンセス型とのタイトルが示されている。雑誌のバックナンバーらしい。発刊日を見るとちょうどなのは達がミッドチルダに引っ越して間もないころの日付が印刷されている。
「え、あ、ははは。懐かしい写真だね」
「バリアジャケットまで専用のを用意して、ずいぶんと気合が入っているじゃないか。高町プレゼンツ、教導隊バリアジャケット・コレクションって感じだな」
エイブラハムがからかいまじりに言う。
空間ウインドウに映っているなのはの姿はそれぞれ違い。そういうコンセプトのファッションショーに見えなくもない。
「いや、これはエクシードモードのプロトタイプというか、色々試している時期で…」
「天下のエースオブエースにもそういう時期がありましたか」
「もちろんです」
「でも、一番楽しんでいた時期でもあると…」
「え、えへへ、まあそうかも、でも、それはみんなも同じでしょ。すずかちゃんも今新規のドローンの開発が面白くってたまらないって言っていたし…」
「ああ、会社にいるときはもちろん、家でもしずかの相手しているとき以外は、ずっとPC前らしいな」
「会社の作業服を脱がないでいて、忍さんに怒られたって言ってたな」
「ああ、聞いた聞いた。言い返して口論になったとか…」
「うん、すずかちゃん。忍さんだって油まみれの格好で歩き回ってるって…」
「二人とも、機械にのめり込むところはそっくりだよな」
「そうだね、ふふ」
雑談をしていると、視聴予定に設定していた配信が始まった。DSAAの公式試合の配信である。
エイブラハムが配信画面に目を移すと、注目選手としてナカジマジムのフーカ・レヴェントンという選手が紹介されていた。セコンドには、ノーヴェとアインハルトがついていた。
カメラが会場の盛り上がりを映し出すため、パンニングし始めたところで、エイブラハムの眉間にしわが寄った。口元をへの字に結びながら、何とも形容しがたい声を出す。
「ところで、この会場に行かなくて良かったのか?」
「ん、どうして?」
「いや、どうしてって、ヴィヴィオが通ってるナカジマジムが出ているじゃないか…」
「うん、でも、ヴィヴィオは今日は見学だけだし」
「ああ、だが、君の友人は行っているじゃないか!」
会場をぐるりと一周パンニングしたカメラのアングルが戻ってくると、フーカ選手側の応援席が映り、応援席にはナカジマジムの面々と、ベージュの長髪を後頭部で束ね、奇麗な顔立ちに眼鏡をかけた細身の男が座っていた。時空管理局無限書庫司書長ユーノ・スクライアである。
ユーノ司書長の隣に座るヒルデ魔法学院中等科の制服を着たヴィヴィオが熱心に話し掛けている。
「ていうか、距離近すぎないかヴィヴィオ?」
選手がリングインしようとしているにも関わらず、画面端の観客席を睨むエイブラハムに、なのはが告げる。
「あの子、多分年上が好みなんだよね。何でも始めてママの実家に遊びに行った時に、年上の男の人に良くしてもらってから、同級生が子供っぽく見えるんだって…」
エイブラハムに近づき頬を寄せてきたなのはがジト目でエイブラハムを見ながら言った。
塩と砂糖を間違えた料理を食べさせられたような顔をしながらエイブラハムが返す。
「しかし、年齢差ってものがあるだろ」
「それも大丈夫じゃないかな。スクライア部族の人って割とそんな感じらしいし…」
「ヴィヴィオは、まだ中等部だぞ」
「来年卒業。それに、その辺はヴィヴィオにも良く言い聞かせてあるから」
完全に娘を嫁にやる父親ムーブのエイブラハムに対して、なのははニコニコと笑っている。
「君の友人は人格者だと聞いているが…。万が一ってことも…」
「大丈夫だよ」
なおも言い募るエイブラハムに、ニコニコ笑うなのはが…、
「その辺は、ユーノくんにも良く言い聞かせてあるから」
「お、押忍」
突然、ニコニコと笑うのを止め。能面のような無表情で続けるなのはに底知れぬ恐怖を覚えたエイブラハムは頷いた。その辺のことはなのはに任せたほうがいいようだ。それでも、一応口にする。
「君の友人が騙馬になりたがっているなら、いつでも協力するぞ」
「うん、お願い」
配信を流している空間モニターの中では、ナカジマジムのフーカが優位に試合を勧めている。これはよほどのことがない限り彼女が勝つだろう。フーッと長めに息を吐く。するとこちらの様子を心配したのかなのはが身を寄せながら聞いてきた。
「どうしたの?」
「少し安心したんだ。ヴィヴィオの周りにも頼りになるヤツが増えてきたようだし…」
「うん、みんないい子だから、これからヴィヴィオに何があっても味方でいてくれると思う」
「…」
エイブラハムが黙ると、なのはが何かを期待するように覗き込んできた。
「それだけ?心配事は、それだけ?」
エイブラハムはなのはを見る。最近なのはは普段よりもゆったりとした服を好むようになっており、体温も上がっている。こうやって世話を焼きに来てくれた時、出してくれる料理の味付けも少し変わった。
「今、俺の一番の心配事は…」
「心配事は?」
「子供に着けるいい名前が思いついていないってことだな」
なのはは満足そうに笑うと、下腹部をなでた。
「にゃはは、それは二人で考えよう。アナタ」
おもちゃ箱編終了
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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