Ⅲまで毎日投稿。
「みんなのいけず。覚えときぃ…」
ゆりかごとの戦闘から、2週間弱。はやては大量の書類仕事を終え、フラフラになりながら六課隊員寮に帰ってきた。提出期限がまだ先の書類も幾つかあり、本来ならこんなにフラフラになるまで根を詰める必要はなかったのだが、はやては意地になって仕事に取り組んでいた。理由は、
「みんな揃って、なにが『部隊長がいなくても支援攻撃がなくなるだけだが、副長がいなくなれば飯も食えなくなる』や。『副長が平日1日休めば、六課は黄金週間になる』?ふん、見てみぃ、今日1日で書類仕事はおわらせたったでぇ!」
ヴィルヘルムの休日中、文官タイプの部下にからかわれたのが原因だった。
はやても一端の部隊長。別に事務処理能力が劣っているわけではないのだが、JS事件の陣頭指揮を取らなければならなかった為に、補給などの所謂裏方の仕事をヴィルヘルムに任せていた。
当然、はやてよりもヴィルヘルムの方が、その手の仕事の処理速度が速くなっていく。そのことを揶揄した愛情のあるからかいの言葉だったが、悔しいものは悔しい。
「副長が休んだせいや!責任取らせたる!」
病み上がりで疲れを見せたヴィルヘルムに強引に休暇を取らせたのは、はやて自身だったがその辺の事情は器用に忘れたらしい。
本来だったらこのまま寮に帰って守護騎士達に甘えるところだが、
「シグナム達も悪い!揃いも揃って今日は帰れへんて、どういうことやねん!」
寮に帰っても家族が誰もいないのも怒りの原因らしい。シグナムは当直、ヴィータ、ザフィーラは検査入院中、リィンは調整、シャマルもその付添で本局泊まりと誰もいない。要するに、さみしいのを怒りで誤魔化している。
(アカン、皆が家族になる前は結構平気やったんけどな…)
ため息をついて寮の玄関に近づくと、突然扉が開いて飛び出してきた人物達に押し倒される。
「ぶっ…!」
「えぇっ!」
「きゃっ」
ここは幹部寮なので幹部の誰かには違いないが、下敷きにされてしまったはやてには顔が見えない。
「だ、誰や?」
「んっ…」
「…ッあ」
相手を押しのけようとしたはやての手に柔らかいものがあたる。
(この左手の手からはみ出るこの感触、一方、右手は手の中に収まるコンパクトサイズ)
よく揉んで感触を確認してから、言葉にする。
「フェイトちゃんに、なのはちゃん?」
「はやてちゃん、大丈夫?」
「ごめん、はやて」
正面衝突の相手はフェイトとなのはだった。
その場にしゃがんだ姿勢になった二人に、起こしてもらいながらはやては尋ねた。
「二人ともどうしたん?そんなに慌てて?」
「「フェイトちゃんのなのはと所に一緒にいる行ったと筈だった思ってたヴィヴィオがヴィヴィオがいないの見当たらないんだよ。。」」
フェイトとなのはは2人仲良く同時に答えてきた。常人だったらさっぱり意味が分からなかっただろうところだが…。
付き合いの長さなのか、それとも鍛えられたマルチタスクの賜物か、はやてはしっかりと二人の言葉を聞きわけた。
「うん、二人ともヴィヴィオが互いの所に行ってたと思い込んでいたけど、帰ってきてみると相手の所にも部屋にもいなくてビックリしたんやな」
「「うん」」
季節は秋、稼業時間を過ぎたこの時間はもう暗くなっている。子供が独り歩きしていい時間ではない。
「そら、心配やな。ヴィヴィオは何も言ってなかったんか?」
「お昼に一緒にご飯を食べた時は、午後からビデオデータを返しに行くって言ってたから。資料室でお仕事してた、フェイトちゃんの所にいたとばかり…」
「私は15時ぐらいに念話で、寮で動物さんのビデオを見ているって、ヴィヴィオに聞いたんだ」
現在18時を回ったところだ。六課の敷地の出入りは警備班の人たちがチェックしているとはいえ、No2の潜入を許してしまったこともある。慎重になる必要があるかもしれない。もう少し、手掛かりが欲しい。
「ほかに何か気がついたことあらへん?何でもいいんやけど」
「あ、そう言えば…、ビデオデータは普通のお店で売ってないものだった。学生の研究室?の製作て書いてあったかな?」
おろおろして何も思い浮かばないフェイトに対して、こういうときのなのはは芯がしっかりしている。細部を思い出そうと目を閉じている。
「ちなみに、なんちゅうタイトルのビデオデータだったん」
「え~と、確か…、『ゴットリープと愉快な仲間達』」
「…ゴットリープ?それって確か…」
「何かわかったの!?」
「う、うん、ヴィヴィオが今どこにいるのか分かった気がする…」
「ど、何処!」
「迎えに行こう、もう暗いからヴィヴィオ1人じゃ危ないよ」
「ちょお、待って。確認するから」
はやてが念話をとばすと相手のかわりに、冷静な女性秘書をイメージさせるようなデバイスの声が返ってきた。確認するとヴィヴィオはデバイスの持ち主の部屋にいることが分かった。デバイスは部屋の主が動けそうもないので、迎えに来てほしいと要望してきた。はやては了解すると念話を切った。
「二人とも、見つかったよ。迎えにいこか」
「…はやてちゃん?」
「ここなの?」
「せや」
はやてが二人を連れてきたのは六課幹部寮の最上階。フェイトとなのはの部屋から見ると斜め上の部屋、八神家から見るとお隣の一室である。郵便ポストには現代ベルカ文字でケーニッヒと書かれている。要するに…
「副長の部屋?」
「そうや」
「副長がその…、動物のビデオデータを?」
フェイトが言い辛そうに言うのも無理はない。正直、激しく似合っていない。
そんなフェイトの様子を笑いながら、はやてはインターフォンを押す。対応に出たのはヴィルヘルムのデバイス『ドルンレースヒェン』だった。
「フロイライン、開けてもらってええか?」
はやてが聞くと、返事とともに鍵が開く音がした。
整理された靴箱にセンスのいい小さめの絵画を掛けられた玄関の照明が自動で点いた。そして、照明に照らされてキラリと光る懐中時計が落ちている。…て、あれ。
「フロイライン、なにしとん」
はやてが聞くとドルンレースヒェンは「17時を回ったのでヴィヴィオ嬢を送って差し上げるように進言したところ、うるさいとマスターに投げ飛ばされた」と答えた。デバイスの声は感情であまり変化しないが、何となく拗ねているように聞こえるのは気のせいではないだろう。
待機モードのドルンレースヒェンをつまみ上げ、開きっぱなしの内扉の先を見る。
扉の先にはリビングになっていて。テーブルの上に立体映像投影機と幾つかの記録チップが出しっぱなしになっている。テーブルの前の大きめのソファーではヴィルヘルムが寝息を立てていた。
「しゃあないマスターに使われとるね。ドルンレースヒェン」
デバイスは沈黙を守ったが、なのはとフェイトは違った。なのはは目がおかしくなったのかと疑い目を擦り、フェイトは目をしばたたかせながらヴィルヘルムとドルンレースヒェンの間で視線を行き来させている。魔導士の相棒たるデバイスを寝ぼけて、放り投げる魔導士が何処にいると言うのだろう。
信じられないモノを見たという顔をして動けずにいるなのは達を置いて、はやてはさっさとリビングに上がり込むと、ヴィルヘルムが腹にかけていたジャケットをひっぺがしながら起こした。
「ビルッ!起きぃ!ビル!ビ~ル~」
はやてに耳元で騒がれたヴィルヘルムは顔をしかめると目を覚ます。目の前にはやての顔があるのを確認したヴィルヘルムは、しかめっ面を隠そうともせずに口を開いた。
「その野暮ったいミッド発音の愛称はやめろと言っているだろ…。…ていうより、なんでここにはやてが?」
「暗くなってもヴィヴィオが帰ってこうへんて、なのはちゃん達が騒いでいてな。ドルンレースヒェンに聞いたら。ここにおるって」
そこまで聞いてヴィルヘルムの頭脳がようやく通常回転し始めた。あっ、と目を開くと辺りを見回しデバイスがないことに気がついたようだ。その様子を見たはやてがニヤニヤと笑いながらドルンレースヒェンを渡す。もちろん、渡すときに
「寝ぼけてデバイスを投げ飛ばす騎士なんて聞いたことあらへん」
と、からかうのも忘れない。対してヴィルヘルムは、
「…俺の本職は商人で文官だからいいんだよ。…だいたい、17時に起こせと言ったのに起こさなかったデバイスに対する罰だ、罰」
と、言い訳していたが自分のデバイスに「起こしたのにも関わらず貴方が起きなかっただけです。この扱いは不当です。待遇の改善と謝罪を請求します。この要求がかなえられない場合、こちらにはストライキする用意があります」と、至極まっとうな反論、と言うか妙に人間くさい要求を突き付けられ閉口した。
はやてはやり取りを聞いて爆笑し、なのはとフェイトは初めてみるヴィルヘルムの姿に完全に呆気に取られている。
「まあ、ストライキの話は二人でやってもらうとして…。ヴィヴィオは?」
「ああ、あの小さい怪獣なら寝室だ。映像データを見ているうちにコトンと寝てしまってね。まだ、私のベットを占拠しているはずだ」
「だって、なのはちゃん」
「へ、えぇっ!」
茫然としていたなのはは突然声をかけられて大声を出してしまった。その声に反応するように寝室の扉が開いた。
「副長さん、なのはママの声がする~」
目を擦りながら出てきたのはヴィヴィオ。急に賑やかになったリビングの様子に気がついて起きたのだろう。ヴィヴィオはなのは達を見止めると、パタパタと駆け寄りなのはに抱きついた。
「ママ~」
「ヴィヴィオ…」
ヴィヴィオの顔を見て安心したなのはは深く息を吐いた。気丈に振舞っていたが不安で仕方がなかったのだ。
その様子を見てヴィルヘルムは謝罪した。
「すまなかったな、高町嬢。17時前には帰すつもりだったんだが…、思った以上に疲れがたまっていたらしい」
「あ、いえ、こちらこそヴィヴィオの相手をして貰って…」
二人の会話を聞きながらはやてはフェイトに耳打ちをした。
「疲れが取れないのは、きっとお歳やからや」
「…は、はやて…」
耳打ちをした割にははやての声は大きくヴィルヘルムがこちらをジロリと睨む。
目があってしまったフェイトは慌てて首を左右に振って無実を訴えたが、はやてはそっぽを向いて目を合わせようとしない。必然的にフェイト一人だけだけヴィルヘルムと目線を合わせることになり、フェイトは逃げ遅れ一匹だけ熊の前に置き去りにされたうさぎのような心境になってますます首を振った。
フェイトの哀れな姿に同情したヴィルヘルムははやてを叱った。
「はやて、あまりハラオウン嬢をからかうな」
「ぷ、ぷはは、や~フェイトちゃんはかわええからついつい。フェイトちゃん、安心しいビルは無実の罪で怒ったりせぇへんから」
「え?」
フェイトはようやく、はやてがヴィルヘルムが部下から怖がられていることを利用して、からかってきたことに気がついた。
「ひどいよ、はやて」
「ごめん、ごめん」
3人の会話には加わらず、にゃははと苦笑いをしていたなのはの袖をヴィヴィオが引っ張った。なのはが顔を向けると。
「ママ、お腹すいた」
「あ、そうだね。あ、でもどうしよう…、ご飯の用意まだしてないし」
フェイトに責められ平謝りをしていたはやてがこれを聞き付け、逃げ出すちょうどいい口実だと話に乗っかる。
「そんなら、ここで私が作ろか?ビル、晩御飯の食材ぐらいあるやろ?」
「それはあるが…って、私の城で何するつもりだ」
キッチンに向かおうとする、はやてをヴィルヘルムが止めた。
「そりゃ、料理にきまっとるやん。まさかかわいい女の子の手料理を断るつもりなん」
「生憎、器量と料理の腕前が比例するとは限らないのでね」
「わたしの腕前を知らんのやな」
「話には聞いているが、情報の出所がヴィータ嬢ではな」
ひいき目が入り過ぎていて当てにならないと笑うヴィルヘルム。
はやては一度口を尖らせると、不敵に笑った。
「それは挑戦と受け取った!絶対にへこましたる」
こう宣言するとはやては腕まくりをしながら、キッチンにズンズンと進む。
その背中を見ながらヴィルヘルムはボソリと呟く。
「うまい料理を食べてへこむ奴はいないだろ」
「…はは」
「…にゃはは」
ばっちり聞こえたなのはとフェイトは曖昧に笑いながら、はやての様子に何となく違和感を覚える。ヴィルヘルムも気が付いたらしい。
「彼女、妙に強引すぎやしないか?」
なのはとフェイトの二人は頷いた。はやては普段から多少強引なところもあったが、他人の家でそんな真似をするような子ではなかった筈だ。
「あ、そうか。あれじゃないかな?」
最初に気が付いたのはフェイトだった。
「今日確か、シグナム達が皆帰ってきてないんだよ」
「じゃあ、はやてちゃん今日は1人?」
「え~、それじゃ。八神部隊長かわいそうだよ」
ヴィヴィオもはやてに同情的だ。
(女性の方が家族と言うコミュニティを大切にするものなのかもしれないな)
ヴィルヘルムがそんなことを考えていると、キッチンからはやての声が聞こえてきた。
「ビル~、お鍋は何処や?」
「戸棚の一番上だ」
「届かへん!取ってや!」
知ったことかと無視しようかとヴィルヘルムは一瞬思ったが、はやての次の一言で慌てふためく。
「お、いい白ワイン発見!ファナウンテラスの新暦63年もの」
「ちょっと待て!なにを使うつもりだ。それは取っておきなんだ!」
ヴィルヘルムはキッチンに急いだ。
「は~い、みんなお待たせ」
左手に大皿に盛られたカルボナーラ、右手にワインとオレンジジュースの瓶を持ったはやてがリビングに戻る。ヴィルヘルムもそのあとに続く。
結局、新暦63年ものは死守したものの、ブドウの当たり年の一本を料理に使われてしまった挙句、そのまま料理を手伝わされることになってしまった。ヴィルヘルムの手にはルッコラサラダの大皿と人数分の食器を乗せた盆を持っている。
「楽しみにしていた一本が…」
「いや~、久しぶりにいい素材で料理が出来てん」
ヴィルヘルムが口にしてみても、はやては得意そうにするだけだ。
「この子狸め、尻尾はどうやって隠している」
「イヤン、H。そんなに見たいん」
はやては怪しげにお尻を振りながら、無念そうにしているヴィルヘルムをからかっている。
そんな二人を見ていて気が気ではないのがなのはとフェイトの二人だ。何しろ今までプライベートの接点がなかったためヴィルヘルムの印象と言ったら、堅物で誰かを叱っているイメージが強い。今日のようにはやてと掛け合いしている姿など想像もしていなかったので、同じ顔をした別人だと言われても素直に信じてしまいそうだ。
ヴィルヘルムは二人の表情を見ると少し呆れたようにため息をついた。
「いい加減、その初めて見る珍獣の生態を見たような顔を辞めてくれないか?」
「え、あ、いや」
「にゃ、にゃはは」
はやてはなのは達の正面に座り。ヴィルヘルムも少しためらいがちカーペットに並んで座り、テーブルに料理と食器を並べ始めた。ヴィルヘルムにとって床に直に座るという習慣はクラナガンに来るまでなかったので、どうも落ち着かない。
その表情を自分たちへの不満と勘違いしたなのはが何か話題はないかと考えをめぐらし、目の前にある料理の話題を振ってきた。フェイトもそれに続く。
「そういえば、副長はお料理をなさるんですね」
「うん、うちの義兄さんなんて、家のことは何もしてくれなくて」
休日に妻のエイミィにしかられているクロノ(義兄さん)の姿を思い出し、フェイトは思わず頬を緩めた。
「自活せよ。が、うちの家訓でね。まあ、弟は女に作らせることの方が上手いようだが…」
後半、あまり宜しくないような発言が聞こえたような気がしたが、フェイトは話を続ける。
「あ、副長には弟さんがいらっしゃるんですか?」
「ああ、ヴィヴィオ、ちょっとそれを再生してくれないか」
「はーい、副長さん」
ヴィヴィオが立体映像投影機を操作すると、「ゴットリープと愉快な仲間達」と、いうタイトルコールの後、中等科ぐらいの少年が司会の海洋生物をテーマにした自主製作番組が流れ始めた。
「こいつは弟が友人と作ったのもでね。その司会者が弟だ」
「「えっ!…っ」」
「うわー、似てなぁ!」
なのはとフェイトの二人はかろうじて言葉を飲み込んだが、はやては全く遠慮しなかった。ヴィルヘルムもそう言った反応に慣れている。それはそうだろう映像の中の少年は小柄で甘い女性的な容姿をしているのに対して、ヴィルヘルムは背が高くいかにも男らしい容姿をしている。
「腹違いだからな、弟は親父の後妻の子供だ」
複雑な家庭環境のようだ、なのは達が聞かないように話を変えようとしたが、ヴィヴィオにはそんな大人達の会話についてこられなかったようだ。首を捻りながら聞いてくる。
「なのはママー、ごさいって、な~に」
なのははどう説明しようかと迷い、代わりにフェイトが少しお茶を濁して説明することにした。
「ようするに副長さんもヴィヴィオと同じで、ママが二人いるってこと」
「へぇー、お揃いだね、副長さん」
「そうだな」
ヴィルヘルムは笑って答えると、ヴィヴィオのグラスにジュースを注ぐ。
「あ、私がやります」
「気にするな。客人に対する家主の勤めだ」
慌てるなのはにヴィルヘルムは答えると、今度はなのはとフェイトのグラスにワインを注いだ。まだ、19歳のなのははギョッとしてヴィルヘルムを見た。法律家であるフェイトの前で20歳未満の自分にお酒を勧めるとはなんと大胆なんだろう。と、思ったのだがその反応を見たフェイトの反応は、なのはの予想していたモノとは違った。
「あ、なのは、お酒を飲むのは初めてだった?」
「いや、そうじゃなくて、私の誕生日まだ先だよ」
「ん、それはミッドの社会法ではだよ。本局の内の法では19歳以上の飲酒は認められているんだよ」
「…でも?」
ここ、六課があるのはミッドだよ。と、首を捻るなのはにはやてが説明する。
「六課は本局所属やろ、せやからミッドの中にあっても六課敷地内は本局の社会法を適用するんや」
地球で例えるなら、日本内にあるアメリカ軍基地の様なものだ。管理局に加盟するのが遅かった世界では、風俗や慣習のさでガラリと法律が変わってしまうこともある。とはいえ、ミッドは管理局発祥の地、ほとんど差はないので意識しなくても生活していけるのが普通だ。
「そうなんだ…」
問題がないと分かれば、なのはの好奇心が顔を出した。父と母、そして、義理の姉(月村忍)は実においしそうにこの未知の飲み物を飲んでいる。興味がないわけではない。
「じゃ、じゃあ、少しだけ」
好奇心には勝てず飲むことにすると、はやてが「初体験やな!」とはやし立て、自分の分も貰おうとグラスを持った。ヴィルヘルムはすぐさまビンを持ちかえ、はやてのグラスにジュースを注いだ。
「……」
はやて(現在20歳)は注がれたジュースをニコニコ笑いながら一気飲みをすると、ヴィルヘルムの置いたワインのビンに手を伸ばす。はやてがビンを掴もうとした瞬間、ヴィルヘルムの大きな手がビンを素早く掴み、はやての手から遠ざける。
「……」
沈黙。気まずさになのはとフェイトの目が泳ぎ始めたが、ヴィヴィオは大人達がなぜ突然黙ったのかわからない様子で母達の顔を見比べている。
はやては笑みを消さぬままさらに手を伸ばしたが、ヴィルヘルムははやてからさらにビンを遠ざけた。
はやては今度は止まらずにビンを追ったが、バランスを崩して胡坐をかいたヴィルヘルムの足の上に倒れ込む結果になった。
「……」
数秒間、ヴィルヘルムの膝の上でうつぶせになっていたはやてだったが、いきなり仰向けになりヴィルヘルムに向かって怒鳴った。
「なにすんねん!」
「やかましい!君とロウラン夫人だけには、だれが飲ませるか!」
ロウラン夫人とは、はやての副官をつとめるグリフィスの母レティ・ロウラン提督のことだ。優秀な文官として知られている一方、仲間内では酒癖の悪さが有名になっている。
レティの名前が出たことで、なのは達もだいたいの事情が分かってしまった。とんでもない厄介事を押し付けられた人達の共感に似た感情を共有する。
「は、はは」
「…ひどい?」
「女性を酒に誘って後悔をしたのは、俺の人生では2人だけだ」
「「「……」」」
ヴィルヘルム、なのは、フェイトが痛みを堪えるように沈黙している間に起き上がり、まんまとワインを奪ったはやては上機嫌で自分のグラスに酒を注いでいる。 はやてにスリの才能があるというより、ヴィルヘルムが諦めたようだ。しかし、一言は忘れない。
「飲み過ぎるなよ。介抱なんてしないからな」
「大丈夫やて」
「これほど誠意の感じられない言葉はないな」
ふと視線に気が付いて、ヴィルヘルムがはやてから目を離すとなのはとフェイトがこちらを見ている。
「どうした?」
「いえ、二人が六課でお話をしている時とは随分…」
「うん、その、雰囲気が…」
六課でのはやてとヴィルヘルムは寛容な上官と苦言を呈する部下の関係を崩さない。少なくともなのはとフェイトは二人が愛称やファーストネイムで呼び合っていることは見たことがない。
「そらまあ、プライベートを出さへんようにしよか。て、決めておいたんや。六課は若い組織になるから、長と次席との関係はカッチコチやないと引きしめ切らんしな」
「もっとも、ロウラン夫人、いや、レティ提督とリンディ提督のなかでは、そうなることを期待して私に声を掛けたのだろう」
「それってあの時?」
「ああ」
はやととヴィルヘルムを少しなつかしそうな顔をする。一方、なのは達はあの時と言われても何のことだかわからない。子供特有の素直さでヴィヴィオがはやてに聞いた。
「はやて部隊長、あの時って、どの時ですか?」
「ん?私がビルと初めておおた時の話や」
ヴィヴィオの目がキラキラ輝き、話をねだってくる。二人のママも興味がありそうな顔をしている。
はやてが話してもいいものか?と、ヴィルヘルムの方を振り返ると、彼は肩を竦めただけだった。レリック事件の主犯も逮捕できた事だし、部隊の錬度も上がっている。「ご自由に」と、いうことだろう。
はやては何となくマジシャンが種明かしをする気分を味わいながら口を開く。
「せやな、私がビルとあったんは、ちょうど2年前になるかな…」
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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