お身体に気を付けながらも頑張ってください!!
ファンも含めた一行はいつの間にか、クラナガン中心地から離れた新旧の住宅街が隣り合う区域にあるレストランのテラス席に移動していた。あのあと二人が初めて会ったきっかけを話そうとしたファンを、フェイトがどうしてもやめてと懇願し、
「よしじゃ、夕ご飯で手を打とう。それでティアナちゃんには言わないであげる」
こう答えたファンが連れてきたのが、このお店。「ラーメン」ONE風堂である。ラーメンと言えばクラナガン市民にとっては、小洒落たレストランでとる夕食の定番になりつつある料理である。
ティアナが「あ、やっぱり、こういう人って、こういうところをチョイスするのよね」と、思ったが、フェイトは「やっぱり、違和感が…」と、一言。理由を聞くと、子供の頃6年間過ごした日本では、ラーメン店の雰囲気は違うものになるらしい。
席についてもフェイトは、ファンの様子を恐る恐るうかがっていた。しかし、ファンが巧みな話術で執務官試験後の研修の思い出や、取り扱った事件中で公になっている珍事件と呼べるもとを、エリオ達に面白おかしく語ったことで、警戒がほぐれたようだ。ラーメン一杯だけでは物足りない大食漢のエリオが、替え玉やサイドメニューを欲した時には、笑顔で「いいよ、どんどん食べて」と答えていたのだが、笑顔だったのはそこまでだった。
よく言えば天真爛漫、悪く言えば天然ボケ気質のキャロが言ってしまった。
「よかった。ファンさんは怖い人なのかと思ってました」
「ん?僕って怖く見える?」
「いえ、その、フェイトさんが、さっきまで怖がっていましたので」
「ああ、それはだね。はじめて受けた執務官試験時に…」
「え、え、待って!」
ガタン!と、急にフェイトが立ち上がったために、椅子が大きな音を立てた。店内の会話が一瞬止まり、客の視線が集まる。顔を赤くし恐縮したフェイトが、周囲にペコペコと頭を下げると客たちは各々の会話に戻って行った。
顔を赤くしたままのフェイトが、テーブル越しに身を乗り出してファンを責める。むろん小声で、
「話さないって、約束したよね!」
「うん、したね。ティアナちゃんには言わないって…」
ファンがにやりと笑う。言葉が続くとしたら、他の人に話さないとは言っていないである。
フェイトが殴られたように痙攣し、力を失って着席した。両手で顔を覆ったまま真っ白に燃え尽きている。突いたら灰になって、崩れてなくなってしまいそうである。
(確かに言ってたわ、この人)
ティアナは一瞬、上司を気遣って聞かないという選択肢を選ぶか迷ったが、好奇心の方が勝った。
さすがに声に出して催促するのは、はばかれたので視線で続きを促す。
「ティアナちゃんは聞かないでねー」
ティアナの視線を正確に解釈したファンが、白々しく言ってから続けた。
曰く、
新暦68年、ファンにとって初めての執務官試験日1日目(フェイトにとっては二度目)、会場の張り詰めた雰囲気に、さすがに気後れしたファンが不安げに自分が座るべき座席を探していた。
席番号の表示が出ている空間モニターを探し当てたファンが、モニターに近づくと、奇麗な長い金髪をおろし髪にした少女が食い入るように表示を見つめていた。年のころは10代前半、ファンと同年代。いや、成長期を迎えていない自分より、やや高い身長をしているので、少しだけ年上かも知れない。
(お、これは…)
周りにいる受験生の殆どが20代の大人。執務官試験を10代前半で受ける者はかなり稀有なはずだが、着慣れていなそうなスーツ姿で手元の受験票と席番号を熱心に見比べている。その様子は受験生で間違いないだろう。しかも、かなりの美少女。
執務官試験は及第点に達していれば合格者数無制限の免許試験ではなく、事実上事前に決定された合格定員枠を争う競争試験ではあるが、どうせ2~3回は落ちるのが当たり前の試験だ。今回は試験とペース配分とknow-howを学べればいい。と、ファンは気楽に考えていた。
(美人の同期候補とお近づきになるに、越したことはないよね)
近づいて取り合えず相手が年上として声を掛ける。
「こんにちは、おねいさんも受験生?」
「ひゃうっ!え、え、あ、はい」
自分に声を掛けてくるものなどいないと思い込んでいたのか、少女は奇妙な悲鳴をあげた後、ファンの方を向いた。声を掛けたのが同年代のファンであることに安堵したのか、少女のほほが緩んだ。座席表を見ていた時よりも、緊張がほぐれたらしい。
「よかったー、僕以外みんな大人で声を掛けれる人いなくって」
「そうだよね。私も1年前そうだった。…あっ!」
少女は言ってしまってから、顔を赤らめた。自分で試験を1度落とした。と、暴露したようなものだ。
ファンは照れた表情もいいね。と、思いながら、数年前マスコミの注目の的になっていた天才執務官を引き合いに出した。
「気にすることないんじゃない?ほら、あの闇の書事件を解決した。ハラオウン執務官だったけ?天才って言われているその人だって、一回落としているって聞いたよ」
「ぷっ…、ふふ、そうだね。お兄ちゃんもそうだった」
「え、お兄ちゃん!?」
「うん、わたしはフェイト・T・ハラオウン。クロノ・ハラオウン執務官はわたしのお兄ちゃん」
年下の子が何も知らずに、本人の身内の話を出したのが面白かったのか、茶目っ気のある笑顔でフェイトがいうと、ファンは眉を寄せ困惑の表情を作った。
「はは…、まずいこと言ったかな?」
「ううん、大丈夫」
「そう、よかった。ま、順当にいけば、次はおねいさんが合格する番だね」
「うん、そうなるようにお互い頑張ろう。よかったら、名前を教えて」
「ファン・ユーゼェァ、ちょっと気が早いけど、フェイト先輩って呼ばせてね。おねいさん」
ファンはなるべく彼女の印象に残れるように、ウインクをしながら笑顔で答えた。
「と、いうことが遭ってね。受付とか、合間の休み時間で休憩しやすい場所とかを教えてもらったんで、以降、僕は先輩と呼んで慕っているのさ」
「はあ、そうですか…?」
ファンの話にエリオが首をかしげる。この話を聞いてもフェイトがおびえる理由がわからない。エリオが答えを求めるように、ティアナに視線を投げたが、ティアナも意味不明なので首を振って見せる。
するとファンが続けた。
「いや、問題はこの後でね。先輩とは1年後に試験会場前で再会したのはいいけど、先輩は私服のスーツ、僕は黒い制服を着ていた。…まあ、まだ、研修中だったけど…。言っている意味わかるよね…」
「あー、それは…」
「…気まずいわね」
「…フェイトさん、残念だったんですね」
キャロは純粋にフェイトが不合格になったことを思いやっているようだが、エリオとティアナは違う解釈をした。要するに、『2度目の試験の際、先輩風を吹かせて年下の男の子を案内したら、その男の子に先を越されてしまった』と、いうことだ。これは確かに恥ずかしい。ティアナ達後輩の前では、話してほしくない話題かもしれない。
ちなみに、フェイトがここまでこの話を身内に聞かせたがらない本当の理由は、この話を聞いて最も大袈裟に反応し、遠慮のかけらもなく大爆笑した、胡散臭いイントネーションを付けた話し方をする子狸と、CVを使いこなしている海鳴市のツンデレがいるためである。が、さすがにティアナにはそこまでのことは、推測できなかった。
「執務官はテストよりも、なった後の実績だと思うけどね~。君も気を付けな、燃え尽き症候群になってしまう人も多いからね~」
ティアナを見ながら呑気な口調でそこまで言って、ファンはテーブルの下を覗き込んだ。テーブルの下ではフェイトがしゃがみ込み、両手で顔を覆っている。
「ほら、先輩もいつまでも落ち込んでいない。もう、執務官としての実績は先輩の方が多いでしょ」
ファンの慰めの言葉と、話を聞いた後輩たちのリアクションが控えめであったことに安心したのであろう。フェイトは顔から手を放しのそのそと席に戻ったが、現れた表情は不満げだった。
「4年でやめちゃったくせに…」
「いや、それはほら…、」
滅多に見せることのないフェイトの恨み節に、今度はファンの方が顔を引きつらせる番だった。
印象的な出会いをし、年も近かったことからフェイトとファンは互いに、情報交換や捜査協力を行い、新米執務官の悩みを話し合える程度に良好な関係性になっていた。特に新米執務官と管理外世界の女子中学生の二足の草鞋を履いていたフェイトにとっては、本局やミッドチルダ周辺の様子を教えてくれるありがたい情報源だった。
しかし、フェイトとその親友達が活動拠点をミッドチルダに移したころ、ファンは「執務官をやめて弁護士になる」と、言って、執務官どころか管理局を退局してしまった。しかも、理由を尋ねたフェイトに対し、ファンはほとんど説明することはなく、「家庭の事情」の一言ではぐらかし続けた。
その態度がファンを友人と考えていたフェイトの中で小さな棘になっていた。
それに、フェイトのなりたかった執務官に、彼女より早くなれる才能を持っているものが、その道を捨ててしまったことが、フェイトの道を否定されたような気分にさせるのも原因かもしれない。
「家庭の事情ってやつだよ…」
フェイトの小さな葛藤に、ファンも気が付いているようだったが、寂しさ混じりの自責の表情を浮かべ、いつもの答えを口にした。途端にファンの軟派な印象が消えうせ、虚無的な影があるように見える。
ティアナにもその表情はウソには見えず、卑怯な顔だなと思いながらも話題を変えた。
「いまは何のお仕事をなさっているんですか?」
「ん、弁護士だよ。探偵のまねごとをすることもあるけど…..。なにかお困りのことがございましたら、ユーゼェァ法律事務所に、お気軽にご相談ください。ってヤツさ」
ティアナの問いに答え終わるまでには、ファンの顔には人好きする笑みが戻っていた。
しかし、それも長くは続かず。ファンの目がスッと細くなったかと思うと、フェイトが執務官の顔になり、揃って近くの路肩に止まった車両を見た。ティアナもそれに習うと車両から、この一帯を担当する陸士部隊の部隊章を付けた局員が2名下りてくる。武装隊の恰好ではないので、警邏任務か捜査任務の一環だろう。
「反対車線」
「うん、多分面通し」
ファンが視線で反対車線を指すと、フェイトが答えた。反対車線には、一般車両に近いタイプの別の官用車が止まっていた。車両には3名の人影、一人は私服の初老の女性。民間人のようだ。
車を降りた局員がStaff onlyと書かれた扉に向かい、対応した店員と何か話す。
店員が中に戻り代わりに大柄でガッチリとした体格の男が顔だした。男と局員が話していると、数秒後局員が身構えた。実際には大した動きをしていたわけではないのだが、六課で教導のエースに鍛えられたティアナ達には分かった。
大柄な男と局員は、大きな声こそ出してはいないが、言い争いになりつつあるようだ。
「うん、どうやら僕のご飯の種が出来たみたいだね」
ファンが自信の笑みを湛えたまま立ち上がった。
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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