突きだした拳はシグナムの鼻先で止まり。シグナムの刃はヴィルヘルムの首もとで止まっていた。
そのままピタリと動きを止め、睨みあっていると、次第に煙が晴れていく。
「あ、お二人の姿が見えました」
「おお、互いに寸止めで攻撃を止めています!ということは!?」
スバルとアルトが片手同士を組み、余った腕を広げるポーズを取ってから宣言した。
「「この勝負、引き分け~!」」
「なにー」
「ふん」
「やるねぇ、副長」
「あっちゃ~、番狂わせ」
「おお」
「誰か引き分けに賭けていた奴いたか?」
観客が上げたざわめきを聞きながらヴィルヘルムが拳を下ろすと、シグナムも伸ばし切っていなかった腕をさらに曲げ、剣を引いた。
(彼女の腕前なら腕を伸ばし切り、こちらより先に王手をかけることが出来た筈だ。加減されたと思うと腹立たしいが…。他の隊員達の前だ、華を持たせてもらったと思うことにしよう)
改めてシグナムの姿を確認すると、アギトとのユニゾンは解除されていたが、ほぼ無傷の騎士甲冑は通常のモノに変わっていた。が、アギトの姿が見えない。
「君の新しい相棒はどうした?」
「ご心配なく、ここです」
言いながらシグナムが胸元を緩めると、豊かな胸の谷間からアギトがフラフラと這い出てきた。疲労しきって目を回している、意識も怪しいようだ。
「大丈夫か、アギト!」
「な、なんてことねぇ…よ」
精いっぱいの強がりを言うアギトにシグナムが微笑みかけた。ヴィルヘルムは念の為にシャマルを呼び出し検査の用意をさせると、念話でシグナムに話しかけた。
『で、この騒ぎの目的は?まさか、本当に大事にしている主に夜遊びを教えた男に仕置きをする。とは、言わないだろうな』
『少しはそれもありますが、…気が付かれましたか』
シャマルや空間シミュレーターのチェックに来たメカニックチームとやり取りをしながら、二人の念話は続く。
『お前は実直な騎士だ。上辺をつくろうとも、剣に出る』
『それならば、もうお分かりでしょう』
『それでも言葉にしなければならないことはある。文官の全てが騎士というわけではないぞ』
シャマルにアギトを預け、話をしているシグナムに変化は見えなかったが、念話にはため息のような波動が伝わってきた。観念したらしい。
『「闇の書」の戒めから開放されてから約10年。罪を償い主の夢をかなえる為、戦ってきたつもりでした』
『事実そうだろう。このまま、無事に六課の運用期間を終えたなら、課長は昇進する。今回の手柄で人事もかなり融通がきくはずだ。部隊を持ちたいという夢は叶うだろう』
『ええ、我らは戦場では主を守り、道を切り開く剣となる事が出来ます。それに主には共に歩んでくれる友もいる。しかし、あなたに会うまで後ろから飛んでくる矢を防ぐ者はいなかった』
シグナムの念話に自嘲じみた波動が混じった。
戦いの場において最強クラスのシグナムだが、部隊運営というのは戦いだけでは成り立たない。どうしても前戦メンバーの華々しい活躍に目が行きがちだが、機動六課の仕事は設立、運営、襲撃で破壊された施設等の復旧など、戦い以外の仕事の方が遥かに多い。
また、どんな組織の中にもいるものだが、出世する一番の方法は同僚の足を引っ張ることだと考える輩が出てくる。管理局もご多分に漏れず、そういった輩がはやてや六課の妨害しようとしてくる。その類の相手は脛に傷があるヴォルケンリッターでは難しい、どうしてもヴィルヘルムに頼らなければならない。
シャマルは医官として、ヴィータは訓練幹部として事件捜査や運営の面で、はやてを手助けすることもできるが、純粋な武人であるシグナムは多岐に渡りはやてを補佐することが出来、設立準備から六課に深くかかわっているヴィルヘルムを意識せずには居られなかった。そして、はやてにとって、ヴィルヘルムが無防備な姿を晒せる相手と知り、どんな人物かより知りたくなった。
シグナムがそれをシャマルに話したところ、シャマルは今回のこの模擬戦闘を思い付いた。自称、古い騎士のシグナムが自分の思いを伝え、相手の事を知るには剣を交えるのが一番いい。そう考えたようだ。
『恥ずかしながら、私はあなたが羨ましい。ヴィータのあなたに対する反発も似た思いがあるからでしょう…』
シグナムの説明を黙って聞いていたヴィルヘルムだったが、話を聞き終えると先程のシグナムのように自嘲した。
『例えナマクラであっても、他人が持っていると銘剣に見えることもある。私には武人としての道を究めること出来るお前が羨ましくてたまらないがね』
『ベルカの騎士が互いにないものねだりですか…。笑えませんね』
そう言いつつも念話から感じられる波動は爽快なモノに変わっている。誰かに聞いてもらうことでスッキリしたのだろう。
『今度、お前も酒に付き合え、ベルカ自治領産のいいワインを出す店がある』
『よろこんで、可能ならばシャマルを同伴させてもかまいませんか』
『いいだろう、その程度では私の財布は揺るがん』
『え、本当ですか!』
突如としてアギトを介抱していたはずのシャマルが会話に入ってきた。やはりというか、なんというか盗聴(立ち聞き)していたらしい。
『やはり聞いていたか』
『シャマル、悪癖だぞ。いい加減、直せ』
『その前にペナルティが必要だな』
『そうですね』
『え、ちょっとま…』
シャマルの返事を待たずにシグナムは、はやてに通信用空間モニターを開く。
「主はやて、後始末はシャマルがすべて取り仕切るそうです」
「良い案だ。課長、私は賛成です」
「え、ええ、そんな~」
シャマルに後始末を押し付け2人は笑った。念話の内容を知らない他の隊員は奇妙なモノを見るように二人の騎士を見ていたが、2人は互いの戦闘と智謀を称え暫く笑いあっていた。
模擬戦闘から3日後、模擬戦闘で得られたアギトの能力データや、今後のアギトの運用方法などをまとめた資料を作成したシグナムは六課部隊長室を訪れた。この資料ははやてを通して上層部に送られ、司法取引の際の刑の軽減、シグナム(正確にははやて)がアギトを引き取る際の根拠として使われることになる。
「シグナム、お疲れさんや」
「お疲れ様ですぅ」
シグナムを迎え入れた、はやてはリィンと共に紅茶を飲んでいた。仕事の合間の休憩中のようだ。誘われるままにテーブルに着く。
「シグナムの用件はなんや?」
「先日の模擬戦闘の資料をまとめました。後ほど、確認をお願いします」
「ん、ええよ」
データを受け取るはやてを見て、リィンはかねてからの疑問を思い出した。
「副長はどうしてあんなに強いんでしょう?」
リィンの知る限りヴィルヘルムは士官学校を出たわけでもなければ、高ランク魔導士がなる上級キャリアでもない一般キャリアだ。もちろん、一般キャリアも入局時には戦闘指揮訓練や通常の武器訓練などを行うが、武装隊員と戦える腕前を持っている者はほとんどいない。そう考えるとヴィルヘルムの戦闘能力は高すぎる。
「んん、まあ、そうやね。新米武装隊員じゃ、副長には敵わへんやろな」
「ですよね。副長は何処であんな戦闘技術を学んだのでしょう」
「私も興味がありますね。管理局のデータベースでは、副長のデータは個人情報として扱われているので、直接の上司しか閲覧できないようになっています」
二人からの催促を受けてはやてはしばし考える。流石に関係者以外閲覧禁止になっているデータを見せるわけにはいかないが、一般公開されているデータを見せることなら問題ないだろう。
「二人ともトーナメントって知っとる」
はやてが空間モニターを開き、ネットに接続しながら聞く。
リィンは首を捻ったが、シグナムは頷いて答えた。
「ベルカ時代からある、馬上格闘競技の事ですね。最も、ベルカ時代と現代ではルールがだいぶ違いますが」
遠い記憶を思い出すような顔をして語るシグナム。もしかしたら、遥か昔に参加した事があるのかもしれない。
「うん、そうや、競技人口はストライクアーツと比べるとずっと少ないけどな…、お、あった」
はやてが開いて見せた空間モニターには動画共有サイトが映しだされていた。流れているのは10年以上前の映像で、どこかの大型競技場で行われたトーナメント競技会のようだ。ヴィルヘルムのようなプレートメイルタイプの騎士甲冑を着た騎士達が馬を駆り、実戦さながらの一騎打ちを行っている。馬も唯の馬ではないようでリンカーコアを持つ魔馬のようだ、乗り手と馬の魔力が混ざりあい共に闘う姿は正に人馬一体と言える。
リィンが映像を見ていると見覚えのある鎧を着た騎士が、黄金色の鬣を持つ軍馬に乗って現れた。アーメット型の兜を被った騎士は、素早い槍捌きで着実にポイントを重ね第1ターン(ラウンド)を先取した。騎士は自陣に戻るとバイザーを上げる。バイザーの下から現れたのは、まだ幼さが顔に残る十代のヴィルヘルム。
「副長が、若いですぅ!」
「そら、副長かて、いきなりオジサンだったわけないやろ。副長は子供のころからこの競技に出てな。結構な腕前だったらしいんよ」
「この映像はジョスト(一騎打ち)のようですが、トゥルネイ(団体戦)には参加を?」
「はて、どうやったかな?」
シグナムはこの手の競技に興味があるらしく熱心に聞いたが、はやてはあまりルールに詳しくないようで首を捻った。シグナムは残念に思いながら質問を変えた。
「副長は入局してからも競技を?」
「試合に出ることは少なくなったみたいやけど、腕を鈍らせるようなことはしなかったようや」
トーナメント競技の参加資格には、魔導師ランクD以上を取得していることとあるが、魔導師ランクによって階級分けがある訳でもないので、ヴィルヘルムは魔法の腕前が上がっても、ランクアップテストを受けなかったそうだ。
また、入局後も実戦でも指揮がメインである自分自身のランクの為に、保有できる戦力を減らすのも問題があると考えていた為、魔導師ランクはDに留まっていた。
「あ、そうそう、ベルセルクはトーナメントで強敵にぶつかった時の為に、開発した魔法らしいで」
「なるほど、競技用の魔法というなら合点がいきます。長すぎるチャージ時間もターン間に行うことが出来る」
何でもできるが決め技のない器用貧乏タイプのヴィルヘルムは自身の性質を嫌い、限界を突破することのできるベルセルクを組み上げ、基本的にドルン・ボーとドルン・ジャルグで戦い、倒し切れない相手にはベルセルクで止めを刺す。と、いうのを必勝パターンにしていたようだ。
「副長のベルセルクが凄いとなると、正面から打倒したシグナムはもっと凄いです」
「いや、なに、アギトが優秀だったおかげだ」
リィンの率直な賞賛を受けて、はにかんだシグナムは謙遜して言ったが、リィンはむぅ~と不満そうな声を上げた。同じ融合騎どうし、相手が優れていると言われると思うところがあるのだろう。不味いことを言ったと思ったシグナムは少し話題を変えた。
「模擬戦闘は3対2だったとも言えるからな。勝てて当然だ」
「どういうことですか?」
リィンが話に乗ってきたので、シグナムはホッとしながら続けた。
「こちらは私、レヴァンティン、アギトの3人。対して副長は、副長自身とドルンレースヒェンの2人だった。それに投擲によるダメージをもらった際、アギトは力尽きている。スバル達は引き分けと言っていたが、あのときすでに模擬戦の意義は失われていた。そう言う見方をするならば副長の勝ちとも言える」
シグナムが最後の一撃を加減したのは、そういった意味合いからだ。
しかし、この場にヴィルヘルムがいたならば、その結論には反対しただろう。はやてにはヴィルヘルムがなんと言うか予想が付いた。
彼ならあの模擬戦闘で常に戦闘の選択権を持っていたのはシグナムだった。と、反論するに違いない。ヴィルヘルムが模擬戦でベルセルクを使えたのは、シグナムが彼の挑発に付き合ったからであって、普通に戦っていたのならば、切札を使う間もなく敗退していたはずだ。
ドンッ、ドンッ
ついつい、休憩が長くなってしまっていたはやて達の会話が、荒いノックに止められた。
一体誰だろう?はやてが返事をすると、相手は意外にもグリフィスだった。
部隊長室に入ってきたグリフィスは息も荒くいつもと様子が違う。
「どないしたん?そんなにあわてて?」
「部隊長はご存知でしたか?」
「なにを?」
グリフィスは聞き返す、はやての様子を見てため息をついた。そして、はやてを憐れむような目で見た後、空間モニターを開き、ある書類を見せた。
「ん?請求書。下記の通り、ご請求申し上げます。ああ、副長のデバイスのやな」
ヴィルヘルムのデバイス、ドルンレースヒェンは新人達デバイスのように管理局製ではないし、なのはのレイジングハートように管理局が整備を請け負う契約を交している訳でもない。完全に副長の私物である。
この場合、破損した際の修理費はヴィルヘルム自身が払うことになるのが普通だが、前回の模擬戦は公の命令で行われた為、メンテナンス費用を必要経費として六課が持つことになっていた。
グリフィスが見せたのは、その整備にかかった請求書だった。
「これがどないしたん?書式も間違ってへんで」
「請求額をよく見てください…」
「ん…、ゼロがちゅう・ちゅう・たこ・かい…、…ちょお、待ちィ、桁が1個多いやん!!」
改めてよく見たはやてが悲鳴に近い声を上げる。請求額は新人達のデバイスを7~8回調整した時の費用よりも高い。内訳も通常のインテリジェントデバイス4機分の高速演算処理装置を使った並列演算回路や大容量魔力コンデンサなど、高級部品整備の項目が並んでいる。
「フロイラインって、こんなフルチューニングされてたんかい!そら、魔力の並行運用も簡単やろ!」
はやての叫びでシグナムの疑問が一つ解けた。道理で紫電一閃や火竜一閃の一撃から逃れられたわけだ。
シグナムが1人納得していると、はやてが脂汗をかき始めた。
「アカン、アカン、アカン!一回の模擬戦闘にこんなに予算使ったら。リンディ提督に怒られる…」
JS事件を解決した功績で、六課の復旧工事は優先されて行われたこともあり、結構出費が増えている。本局で予算確保のため、ゆりかご戦より激しい戦いを行っているリンディが知ったら怒りだすのではないだろうか。
「あの、そのことですが…」
「なんか、ええ、案があるんか!」
グリフィスの言葉に縋りつくはやてだったが、縋りついたのは死神の大鎌だった。
「いえ、先程、リンディ提督から連絡がありました。模擬戦闘の必要経費について話があるから、今日中に連絡がほしい。と」
「あ・あ・あ」
青くなり、頭を抱えるはやては、逃げることが出来ないのならせめてダメージを分散させようと助けを探す。
「シグナム~ッ」
「分かっています」
こう情けない声をあげられたら威厳も何もあったものではない。が、見捨てるのは哀れすぎる。シグナムは一緒に弁明する役を買って出た。
続けてはやてはヴィルヘルムとシャマルを呼び出そうとしたが、二人とも出掛けているとグリフィスが答えた。
「へ、何処いったん」
「副長は負傷の後遺症の検査で病院に、シャマル先生はその付添です。今朝、突然予定の変更が入りまして…」
それを聞いたはやては叫んだ。
「逃げた!逃げたな!あの策士共!」
今度の任務は、スカリエッティ事件の全容を把握するための捜査任務
どうしたんですか、フェイトさん?私が執務官補佐!?
次回、魔法少女リリカルなのはStrikerS、『偽りの勲章』
テイク、オフ!
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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