「やあ、トラブルかい?フリント」
「あ?…なんだ…弁護士先生か」
左右を局員に固められた体格のいい若い男、フリント・ミシガンは、ファンに声を掛けられると不愉快そうに顔を歪め言った。
「俺は何もやってねぇんだ。弁護士に用はねぇ」
「それなら、なおのこと。困った管理局員ってのもいっぱいいるしね」
ファンとフリントの関係はシンプルだ。
フリントは学生時代悪い付き合いが多く、暴力沙汰や窃盗を繰り返していた。とうとう、少年院に放り込まれそうになったところで、彼の母親がファンに泣きついた。ファンの尽力のお陰で、フリントは保護観察処分に留まり、以降、フリントの母親ジャクリーン・ミシガンは、ファンに何かと相談を持ち込むようになった。母親とファンの熱心な姿に、フリントは悪い縁をきり、最近ではラーメン屋の下働きをするまでに更正した。
ファンがチラリと局員たちを見る。局員達は露骨に厄介者を見る目でファンを見ていた。気にせずファンは続けた。
「今なら無料相談の範疇ですむかもだ。お母さん、今入院中だろ」
「…」
フリントは顔をしかめたが、無言で頷いた。ファンは相談依頼と受け取り、局員達に向き直る。
「では、状況を説明していただけますか?公正さに不安があるのなら、そこに本局執務官殿も居らっしゃるしね」
ファンはエリオとキャロを席に残し、近寄ってきたフェイトとティアナを指して言った。
店の客たちから見えない位置に場所を変え、身分の証明をしたフェイト達が二人の局員に状況を聞く。説明してくれたのは、ネブラスカ・リンカーンと名乗る壮年の男性警邏隊員だ。彼の傍らにいる女性隊員チュマシュ・サウザンドオークスは、ティアナと同じ位の年頃で新品の制服姿を強張らせ、フリントを警戒している。男の中でもフリントはかなり体格がいいので、気後れすまいと必死のようだ。
事件のあらましは、ここから少し離れた混在住宅地の共同住宅の一室に住居侵入があった。と、いう通報からだ。現場に着いたネブラスカと、チュマシュが室内を捜索した。すでに犯人は立ち去った後だった。が、部屋の中はひどく荒らされていた。
部屋の住民の小柄な初老の女性、エリー・ペンシルベニアに犯行の時間帯を確認したところ、彼女が日課にしている1時間の近くの公園への散歩を行い帰宅後、玄関に入ったところで、すぐに部屋が荒らされていたことに気が付き通報した。とのことだった。
残念ながら、エリーの住む共同住宅には、監視カメラがなく。周辺住民に聞き込みをしても、怪しげな物音を聞いたという証言はなかった。
「最近引っ越してきたばかりの私の為に、厄介ごとに巻き込まれたくないのさ」
エリーは毒づいた後、自身は公園からの帰り道に大柄の怪しい男を見た。と証言した。その男の特徴がフリントと一致。
また、近くのコンビニエンスストアで、同じ特徴を持つ男性の姿が最近現れるようになった。その男はこのラーメン店で働いている。と、コンビニ店員からの証言も得られたため。
エリーに顔を確認させたところ、「私の見た男で間違いない」とのこと。その後、任意同行を求めていた所に、ファンが現れたとのことだった。
「フリント、その辺に行った覚えはあるかい?」
「ああ、あの公園近くの駐車場に車を置いている。コンビニには仕事前に飯を買いに行くこともある」
「だ、そうですよ。警邏隊員殿?」
ファンが警邏隊員に向き直ると、チュマシュが眉間にしわを寄せながら言った。
「被害者がその男を見た。と、言っているんですよ」
「事件現場のそばにいた。それだけだろ。それに単独面通しはガイドラインで禁じられているはずだよね」
ファンは穏やかな声で、チュマシュに応じていたが、チュマシュの眉間にしわが深くなる。彼女の眼にはファンは捜査を邪魔する悪徳弁護士に見えているのだろう。
ファンの方も、チュマシュのことを「哀れな老人の問題を解決してあげようとの善意から、直情径行になった未熟な局員」と、判断した。いくら理路整然と説明しても疑うのを辞めてはくれないだろう。局員たちにフリントの自由を奪う法的根拠がないことだけを指摘する。
「と、いうわけで、任意同行を拒否します。定職についている彼は逃亡のおそれがないことも主張しておきますね」
「・・・」
今回の犯罪の嫌疑は住居侵入と器物破損なので、盗品を処分する等の証拠隠滅は出来ない上に、逃亡をする可能性も低いと主張され、チュマシュもそれ以上の追及はできずに黙った。
ファンは依頼人に言った。
「フリント、仕事に戻っていいよ。あとはこっちでやっておくから」
「ふん!」
フリントが鼻を鳴らして、店に戻っていく。礼の一言もなかったが、ファンは気にしなかった。理不尽に疑われたりしたら、頭に血が上り粗野な行動もしてしまうだろう。
「さて、依頼人に掛けられた疑いを晴らすために、現場の状況を見せてもらってもいいかな?」
チュマシュは嫌そうな顔をしていたが、ネブラスカは弁護士を敵に回すのはまずいと考えたようで、エリーの部屋を捜索した際の映像を見せた。
映し出された映像が、ドアポストの付いた金属製の扉を潜ると、切り裂かれた絵画が視界に飛び込んできた。絵画はミッドチルダで教育を受けたものなら、名前は思い出せなくとも、一度は見たことのある『緑色のターバンを巻いた少女』。170cm弱の高さにつられたLLサイズの額縁に収まった絵画は鋭い刃物で切り刻まれていた。そのうえ、額縁のかかっていた壁にはカラースプレーで、Fu〇k me と、落書きされていた。絵画の下部にもスプレーが掛ってしまっているので、修復は不可能だろう。
他にも、一緒に飾られていたのであろう、額縁が床に転がされている。日焼けしたアクリルフィルムの下で、幼い子供に描かれた女性が画面越しにこちらを見ていた。
映像は進み、ダイニングへ。
こちらでも、組み合せ食器棚に刃物による傷が無数に走り、塩化ビニール化粧加工が剥がれ中の合板が顔を覗かせている。
新暦元年記念の意匠が彫られたウォールナット材のオーバルサロンテーブルの上には、水光熱費の領収書、損害保険の契約書、高級家具の鑑定書、引っ越しの領収書、ハイブランドのショッパーが投げ出されており、飾られていたであろう写真立てもすべて倒されていた。倒れた真新しい写真立ての中で、ティーンエージャーの娘が高級バックを片手に、気を使った笑顔を浮かべていた。
映像が寝室へ向かっていく。
扉が開けられると無数のフェザーが舞った。鳥の羽の出所は枕だったようだ。マホガニー木目がプリントされた合板のシングルベットの上に、萎んだ袋上の布切れがあった。切り裂かれているが、もともと枕だったのだろう。ベットと一体になった収納引き出しは開け放たれており、飛び散った羽が中にも入り込み、しまわれていたSサイズの衣服に絡まっている。ベットの隣のマホガニー材のドレッシングテーブルも似たようなありさまで、旧暦300年代の特徴的な取っ手の付いた引き出しは、すべて開けられ中身が散乱していた。
(あ、あの化粧水、私も使っているやつだ)
ファンと一緒に映像を見ていたティアナだったが、見慣れた瓶についつい意識が引かれた。あの化粧水は陸士386部隊災害担当時から使っているもので、災害現場の強い刺激からお肌を癒してくれる心強い味方だ。何処のコンビニでも手に入る所も素晴らしい。そんなことを考えていると、ファンが「もう、いいや」と、ネブラスカに映像を止めさせた。
「状況は大体掴めた。私の依頼人が犯人ではない確信が得られたよ」
ファンは砂糖と塩を間違えた料理を食べさせられたような顔で、フェイトを見た。フェイトも悲しみ、切なさ、哀れみを煮詰めたようなメランコリックな表情だ。
しかし、局員たちとティアナは、二人の表情の意味が解らず困惑していると、ファンとフェイトが口を開いた。
「ちょっとした、プロファイリングというやつさ」
「ティアナ、被害者学と犯罪学の両面から、部屋を荒らした人間の人物像を想像してみて」
ファンは被害者と加害者、双方に同情したようだった。フェイトも加害者を責め立てることができない様で、目を伏せている。
二人が同情的になる相手が犯人の人物像?
ティアナは頭の中で人物像をくみ上げていった。
参考文献にして、元ネタは、FBI心理分析官(ハヤカワ)です。
皆さんは、どのような人物が犯人と思いますか?
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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何卒よろしくお願い申し上げます。