そんな夢を見たような気がする。
突然、瞼の裏まで貫く光に、顔中にしわが寄る。カーテンを開け放ったであろう相手に、口には出さずに文句を言っていると、
「さあ、いつまで寝ているのだ、我が宰相よ」
声とともに揺り動かされ、目を開けると薄いグレーブラウンの髪をショートにし、バッテン型の髪飾りをつけた女の子が覗き込んでいた。つり目気味の青い瞳が不満げにこちらを見ている。
ヴィルヘルムが体を起こしながら、今日の為に昨日仕事を頑張ったせいだと言い訳してみる。が、この自称王様は許してはくれなかった。お手伝い仕様時のアップポニーを揺らしながら、エプロン姿でドンと胸を張る。
「今日を無為に過ごしては、昨日の努力が無意味になってしまうであろう。それより、朝食を用意してきてやったぞ、喰らうがよい!」
ベット脇のサイドテーブルを見れば、トースト、コーヒー、目玉焼きが盆の上で湯気を立てていた。目玉焼きは奇麗に焼けている。2日前までは黄身を潰さずに卵が割れず、悔しがっていたのだが、今日は成功したようだ。と、言うより、これを見せたくて、ヴィルヘルムを起こしたのだろう。
そのことを理解したうえで、やや大げさにヴィルヘルムが朝食を褒めると、王様は満足したようだ。
「うむ、では、早々に身支度を済ませるのだ。大鴉は動けぬゆえ、我はホームパーティーの指揮を執らねばならん。」
「その大鴉というのを辞めなさいと、いつも言っているだろ」
「なにをいうか、これでも小鴉と呼ばずにいておいているのだ…」
「俺に言われているうちに辞めるか、ママに怒られてから辞めるか、どちらかを選べ」
「な、ちょう待ちぃ、おかんに言いつけるなんて卑怯やろ!」
ヴィルヘルムが早々に切り札を切ると、普段の王様口調から、精神的な余裕がないときに出る母親と同じ妙なイントネーションの付いた口調になった。
「ダメだ。今日はお客さんも来る。さっきのは聞かなかったことにしてやるから。鴉は禁止だ」
「むぅ、分かった。今日はうぬの具申を受け入れようではないか」
母親の耳には入らないと知って、王様の口調が元に戻った。しかも、『今日は』と強調しているので、明日も似たような会話を繰り返すことになると、ヴィルヘルムは確信していた。
しかし、それは後日の楽しみ。と、いうことにした。
「よろしい、では、ママの手伝いを頼んだぞ」
「うむ、だが、宰相も早く来るのだぞ」
「分かったよ、つむじ。なるべく、早く行く」
「うむ」
ヴィルヘルムが名付けた名前を呼び、同意すると、つむじは鷹揚に頷いた。
つむじが寝室を出て、一階に下っていく足音を遠くに聞きながら、ヴィルヘルムはトーストに噛り付いた。せっかく娘が用意してくれた朝食なのだから、ゆっくりと味わいたかったが、余りだらしない姿を見せると、子供の教育に悪いと妻の機嫌が悪くなるかもしれない。
着替えを済ませて洗面所に向かう。女手の多い我が家の洗面所は、かなり大きな作りになっていたが、使っているものは居ないらしい。3人位は同時に使えるガラスミラーの前で、サークルスツール達が暇そうに並んでいる。
ヴィルヘルムが洗面台の端に追いやられた髭剃りに手を伸ばす。と、洗面所の奥、脱衣場に続くスライドドアが勢いよく開けられ、目隠しに掛けられた暖簾を跳ね上げ、ブラウンの頭が飛び出してきた。青い瞳がヴィルヘルムを捉えると、ヴィルヘルムの影に隠れる。
「マレーネ、そんな恰好で出てくるな」
マレーネと呼ばれた女の子は何も着ておらず、バスタオルを体に巻いてはいたが、今にもずり落ちそうだ。普段なら毛先が元気よく外に跳ねているボブカットも、シャンプーの泡が付いたまましおれている。
せめて、タオルだけでも直してやろう。と、屈みこむと背後の脱衣場から、バタバタと気配を感じた。
「お待ちください、マレーネ」
「シグナム、その格好で出てきたら、娘のお世話係を解任するからな」
「ふ、副長!」
ヴィルヘルムが振り返らず言うと、スライドドアが半分ほど閉められる音が鳴った。ドアに身を隠しつつ、シグナムが言った。
「お見苦しい所を…、しかし、マレーネが、突然、飛び出してしまい…」
「分かっている。マレーネ、何があったんだ?説明してみなさい」
「…痛い…」
「痛い?何が痛かったんだ?」
「シグナム…」
ヴィルヘルムの片眉が上がった。若干責めるようなトーンが声に乗る。
「聞こえていたか?頭を洗う時の力が強いそうだ」
「申し訳ありません。来客があると聞いて、粧し込もうと…、力が入り過ぎました」
シグナム自身は服装や装飾にはこだわりのないタイプだったが、お気に入りの娘にお洒落をさせるのは、また別の話らしい。
「マレーネ、おまえもそういう時は、ちゃんと相手に言いなさい」
「…」
この2番目の娘は、名付け親のシグナムが良く面倒を見ている。そのシグナムに影響を受けているのか、他の娘達と違って表情の変化があまりないうえに、かなり無口だった。
今も返事を声に出さず、黙ったままうなずく。ヴィルヘルムは親心を出して言った。
「返事は、はい」
「はい…」
取り合えず素直に返事をしたので、わかってくれたのだろう。と、思うことにして、娘をシグナムに送り出す。
マレーネがスライドドアの隙間から、スルリと脱衣場に消えていく。
「優しくして」
「…ッ!わかりました」
娘たちを構いたがる割には、甘えられると照れるシグナムの気配を聴きながら、ヴィルヘルムは髭剃りを手に取った。
「待ちやがれ、ゾイ」
「やっだよー、それにボクのことは、レヴィって呼んでって言っているだろ」
ヴィータの怒鳴り声と、元気のいい女の子の声と、バタバタと走り回る足音がリビングダイニングから聞こえてきた。最近、耳馴染みになった音だ。
「ああ、今日は何の追いかけっこかな」
諦めの声を出しながらリビングに向かうと、案の定、ヴィータと、青い髪をツインテールに結った少女がダイビングテーブルを挟んで対峙していた。ゾイと呼ばれた少女は真っ白な肌に赤い瞳のアルビノ体質で、髪が青く見えるのは、体を守るために紫外線を弾くフィールドを常に張っているため、弾かれた紫外線が偏光されて青く見えているからだ。アルビノ体質は体が弱いなどと迷信が囁かれることがあるが、少女は元気がワイドパンツとTシャツを着ているように見えた。食欲も旺盛、手にしたマフィンが、この追いかけっこの原因のようだ。
「つまみ食いはダメだって言っただろ」
「えー、だって、これ僕の分だよ」
ヴィータのお叱りに、言い訳をしながらゾイが唇に付いたクリームをペロリと舐めた。時計回りに近づこうとするヴィータに合わせて、ゆっくりと動いている。
ヴィルヘルムは、ゾイが背を向けるタイミングで近づき抱き上げる。
「そう言って、みなが食べ始めたらまだ食べたいとゴネただろ」
「うわ、父さん」
「また、ヴィータに叱られたのか、ゾイ」
「ゾイじゃなくて、レヴィって呼んでよ」
「ダメだ。リーヴァイは男の子の名前だろ」
ヴィータとの追いかけっこと同じく、この会話もいつものことだ。3姉妹は物心ついた時から、呼ばれたい名前を持っていた。特にこの三女はそれを強く主張しているが、レヴィ(levi)をベルカ読みするとリーヴァイ。巨人殺しの英雄として、男の子に人気の名前になるため、ヴィルヘルムは冗談でも呼ばなかった。
「よし、よくやった!」
ヴィータが目を吊り上げて近づいてくると、 ゾイはヴィータ、ヴィルヘルム、手の中のマフィンを見比べ、大きな口を開けてマフィンを放り込んだ。頬袋に種を満載したリスのような顔で咀嚼し始めたゾイに、ヴィルヘルムは裁定を下した。
「お行儀が悪いぞ、ゾイ。禁固刑だ。15分この椅子から降りるな」
「うー、うぐんっぐううぐんんぐ!(意訳:えー、その動けないの嫌い!)」
ダイニングテーブルの一席ににゾイを座らせながら、ヴィルヘルムが言った。
ジッとしているのが苦手なゾイが、不満げな声を上げる。が、ヴィルヘルムは受付なかった。さらに余罪の追及をする。
「口にものを入れての、お話禁止。5分追加!」
「うー」
「ヴィータ、見張っておいて…」
言いかけてヴィルヘルムは、言葉を切った。左右を見回して、目的の人物を見つける。
「ザフィーラ、二人を見張っておいてくれ」
ゾイとヴィータの追いかけっこを無言で見守っていたオオカミに、ヴィルヘルムが声を掛けた。ザフィーラの位置取りは、2人が万が一にもケガをしそうならば、すかさず保護魔法を使える位置取りで、慣れている感が出ている。
「ゾイが椅子から降りたり、ヴィータがゾイを逃がしたりしたら、二人ともママ手製のおやつは抜きにする」
「えー」
「ちょっと待て何でだよ!」
ヴィータが、納得いかないと声をあげたが、ヴィルヘルムにもそれ相応の理由があった。
「黙れ、この前、見張りを依頼したら、10分も早く切り上げ、あまつさえ、自分のおやつを与えただろ。そういう事をするから、三人とも付け上がっているのだ」
「いや、えっと…」
ヴィータは3人の娘に溺愛気味で、どうにも教導隊の教え子達の様に、然るべきときに叱れない所がある。本人も自覚しているらしいが、叱ったときに娘たちの見せるしょぼくれた表情を見ると、振り上げた拳から力が抜けてしまうらしい。
そのため、3番目の娘でヴィータ自身が名付け親になったゾイを叱りつけても、いまいち本気だと言うことが伝わらず、追いかけっこの合図と思われている節がある。
「では、ザフィーラ、頼んだぞ」
ヴィルヘルムの言葉に、蒼き狼は無言で頷いた。
ヴィータ達をザフィーラに任せて、ヴィルヘルムが庭に出るとシャマルが鼻歌まじりに、オードブルの大皿を並べていた。昨日のうちに仕込みを済ませていたものだが、色彩よく並べられた料理からは、いまだにかぐわしい匂いが香って来そうだ。
隣のテーブルでは、リィンフォースⅡとアギトがデザート皿の乱れを直していた。
「ゾイの仕業か、15分では足りなかったか?」
リィンフォースⅡとアギトに謝辞を言った後、こっそりとシャマルが味付けした料理はどれか?と尋ねた後、妻のもとに向かった。
「やっと来たなぁ、この寝坊助」
「ああ、すまない、ここ最近改めて、君の偉大さを思い知らされているところだ」
「むふふぅ、そうやろ、そうやろ、5年前もそうやったやろ」
言いながら、テーブルガーランドの花の角度をちょちょいと直す。今の妻には力仕事も冷えもアルコールも厳禁だ。しかし、何もしないのも落ち着かないものらしく、自分でもできる小さな仕事を見つけては手を出している。
「五年前か…、そういえば、今日その頃の夢を見たな…」
「ん?結婚式の時?」
「いや、その前だ。君が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた時だ」
「ああ、そら、しょうがないやろ。まさか、まさか、居酒屋でプロポーズされるとは思わへんかった」
妻が不満そうに睨め上げてくる。どうにも、女子的にあこがれたシチュエーションがいくつか有ったらしい。
「それは君にも非があるな。それまで2回ほど仄めかしていたが、まだ、待ってくれ。まだ、待ってくれ。と、逃げ回っていたタヌキがいてな」
「う、それは…、そうやけど…、それは後で、シャマルに知れて、ものごっつう怒られたんや」
「正直、あの時、断られていたら、すっぱり諦めてやろうと思っていたからな」
「あぶな、3回プロポーズを断ったら、今度は自分から相手を探すことになる言うんは、ホンマやったんやな」
妻が冷や汗をかき、うろたえている姿に、プロポーズを逃げ回られた溜飲が下った。
「そういや、あんときも今回も、ビルはすぐ気づきおったな」
「ああ、理由を言ってなかったか?」
「うん、ほら、みんな揃って、てんてこ舞いやったやろ」
「確かにな、シュトルム・ウント・ドラングとは、この5年のことだ」
妻はこの5年を思い出したのか、目を瞑ってクククッと笑った後、片目を開けて答えを促して来た。片手でなでる腹部は、またぐっと大きくなっている。
「さすがに妻の様子が、おかしいくらいは気が付くさ」
「ほう」
「飲まない、よく食べる、私に対する八つ当たりが増える」
「あれ、そうやったっけ?ビル、なんも言わへんかったやろ」
「私以外に八つ当たりするようなら、叱っていた」
そこまで言って、ヴィルヘルムはここ数カ月の間、妻が頑なに答えない質問を再度聞いてみた。
「君こそどっちなのか、いい加減教えてくれないか?」
ヴィルヘルムはまだ4人目の性別を知らなかった。7カ月は過ぎているので、エコー検査等で妻は知っているはずだが、ニヤニヤ笑って答えない。
ヴィルヘルムとしては、どちらでも構わないのだが、できれば、できればでいいので、男の子も欲しいなと思っている。
「んん~、どうしょーかなー」
やはりというか、なんというか、ヴィルヘルムに腕を絡めて来て、そのまま、ニヤニヤと笑って答えない。
すると、
「あ、やっと来たか、我が宰相よ。さあ、動けぬ者二人はおいて、我を手伝うがよい」
つむじが手にしたテーブルガーランドの小皿を手近なテーブルに置くと、プンプンと怒りながら近づいてきた。今日のテーブルガーランドはつむじの手によるもののようだ。
つむじが妻とは反対側の手を取りグイグイと引っ張るが、妻が腕を放さず動こうともしないので、ヴィルヘルムが動けずにいると、そのことに気が付いた、つむじが妻を睨む。
「我が宰相を放せ」
「宰相?誰れのことや~?この人は私の副長や」
ヴィルヘルムの腕を抱え、勝ち誇ったような顔で流し目をつむじに投げるはやて。その挑発にまんまと乗って、つむじが瞳を吊り上げた。
「貴様、またしても、我が前に立ち塞がるか!!」
「ついにここまで来たかつむじよ。この大魔王に逆らおうなど身の程をわきまえぬ者じゃな」
「我が家には、勇者不在だな」
王様口調の娘と、ノリノリの大魔王さまに、取り合ってもらうのは気分が良かったが、大魔王はホルモンバランスの乱れから、最近不安定で少し意地悪である。
ヴィルヘルムが大魔王に上申する。
「ほら、大魔王さま、副長めに、宰相の仕事をさせて頂きませんか?」
「知らなかったのか…? 大魔王からは逃げられない…」
わざわざ娘に見せつけるように、ヴィルヘルムの腕に頬摺りをする。つむじの唇がどんどん尖っていくのもお構いなしである。
「おい、いい加減にしないか、大人げないぞ」
「あ、妻が甘えているのに、つれない言い方。ビルの愛はもう冷めてしもたん?」
「愛の証人なら、三人とお腹の中に一人いるだろ」
「証人じゃなくて、証言が欲しいんや」
「おとんは私を手伝うんや」
つむじの自制心がそろそろ限界のようだ。ヴィルヘルムとその妻の間に割り込むように体を入れ、ヴィルヘルムにしがみつく。つむじの目が涙目になりつつある。
さすがに妻も、まずいと思ったのか、少し前からつむじが作り方を覚えたがっていたマフィンの作り方を交渉材料に平謝りした。
「つむじ、ゆるしてぇな。後でマフィンの作り方を教えてあげるから、ビルを後3分かしてぇな」
「ほら、王様、寛容なところを見せてくれ」
つむじの頭を撫でながら、ヴィルヘルムも宥めると、やや不満げにだったが納得してくれた。
「マフィンの作り方、忘れるでないぞ」
ヴィルヘルムから離れ、つむじが言った。そのまま、ホームパーティの準備に戻っていく。
十年もたてばお父さん嫌いとでも言ってくるんだろうな。と、ヴィルヘルムが世の父親と共通の悩みを思い浮かべていると、腕を放して彼の妻が両手でヴィルヘルムの顔を掴み正面を向けさせた。
「ほれ、証言を早よう」
催促に、どうせなら妻の故郷の言葉で答えてやろう。と、口を動かす。
ヴィルヘルムがこの言葉を使うと、妻の幼馴染の同僚が目を白黒させるが、この柔らかなイントネーションの関西弁という言葉は気に入っている。
「愛してんで、はやて」
はやてが答えるように、顔を近づけてきた。
以上をもちまして六課の副長編を終了させていただきます。
お付き合いくださいました皆様には、感謝、感謝であります。
感想、評価、お待ちしております。
登場人物
三人娘は、夜天の書の影響か?本来なら知らないはずの知識を持って生まれてきている。GODのマテリアル本人ではありません。
つむじ:
長女、ヴィルヘルムが命名。自称、王又はディアーチェと呼ばれるの好んでいたが、つむじと言う名前も「愛情を感じる」と、気に入っている。由来は母親の名前、疾風(はやて)の一種から、ビルがどんだけ愛妻家か解る由来である。
マレーネ:
シグナムが命名、本来の意味は海であり、次女本人はシュテル(星)と呼ばれたがっていたが、マレーネには星の海という意味もあると知って納得している。危なかったね、シグナム。
ゾイ:
ヴィータが命名者の三女。ヴィータと同じく生命を表す意味を持つ、鉄槌の騎士が完全に自分の趣味に走った名前。あまり、気に入られていない。三女曰く「ゾイは世を忍ぶ仮の名」とのこと。
第四子:
性別不明。シャマル、リィンフォースⅡ、アギトが密かに名付け親の座を狙っている。三人娘はすでにユーリと呼んでいる。ユーリはロシア圏の男の名前でもあるので、ワンチャン男の娘の可能性あり。