激しい雷鳴が響いたと同時に、なのははエイブラハムから離れて高度を取った。フロントメンバー、エイブラハムの両方を視界に収める。
フリードのそばで、エリオが稲妻を纏うと完全なバリアジャケット姿になった。同時にフリードが作った天蓋の隙間から、無数の光の道が伸びる。光の道、ウイングロードは上下左右に蛇行しながら絡み合い、それに乗って進む者の軌道を読みづらくさせている。
ウイングロードでエイブラハムの視界からフリードが隠れそうな頃合いを見計らって、スバルがウイングロードでの疾走を始めた。もちろん、バリアジャケットもデバイスも完全な形でセットアップされている。
エリオもそれに合わせて動いた。目がくらむような雷光を棚引かせ得意の高速機動魔法で、エイブラハムを右回りに迂回する。速い、恐らくキャロのブーストも上乗せされている。
二人の機動力を生かした前後からの挟撃。
(…と、思わせて…)
フロントメンバー達のことをよく知り、俯瞰した視点から様子を伺っているなのはには分かった。
スバルのスタートが僅かにだが早すぎる。自分の接近する軌道を隠すなら、ウイングロードが相手の視界からフリードを完全に隠してからでも遅くない。エリオも雷光が強すぎる。発している雷光は無駄な魔力消費でしかない。今のエリオならもっと効率的な魔力運用ができる…。
つまり…、
(これは陽動、相手の意識をそらせるように動いている…)
何の前触れもなく、エイブラハムの左側面にあるビル屋上にティアナが姿を表した。もちろん、バリアジャケット姿で。
対象を見えなくする幻術魔法と、アンカーショットの組み合わせで密かに忍び寄っていたのだろう。ティアナの周囲に無数の魔力スフィアが生成される。
「…死なす!クロスファイアシュート!」
執務官にあるまじき台詞と同時に、全力のが誘導弾が撃ち出された。挟撃を陽動とした側面攻撃。
並みの使い手なら対応はおろか、反応すらできないコンビネーション。さらに、模擬弾を使っているとはいえ、当たると相当痛そうな全力攻撃に、なのははティアナの殺意を感じた。
(ティアナ…、怒るよね。いきなり裸にされたら…)
ウイルス攻撃からのショックを乗り越えた後、フリードの天蓋のなかで作戦の準備をしていたのであろう。
前衛の二人を陽動に使い、自分の手で攻撃しようとするあたりが、なんとも気の強いティアナらしい。
(だけど…、それじゃ、ダメだよ)
《改竄思念感知》
なのはの思考に答えるかのようなタイミングで、レイジングハートが報告してきた。同時にティアナの撃った誘導弾が軌道を変え、スバルとエリオに襲い掛かる。
(やっぱり、ティアナの動きは聞かれていた)
武術を使う人の中には、視覚に頼らず相手の位置や動きを察する技術を持つ者がいる。なのはの家族が修める御神流で言うならば、『心』と、呼ばれる技である。
味方が近くにいる状況、ティアナの中距離に着いた位置取りで、エイブラハムは誘導弾による攻撃を予想していた。誘導弾の発射と同時に思念誘導を欺瞞し、誘導弾の攻撃目標を変えさせている。
「え!」
「な!」
味方からの攻撃を受ける羽目になった二人は、それでも素早く反応した。スバルはバリア展開、エリオは回避を選択した。
複数の誘導弾を躱し切ったエリオ。
(キレのあるいい動きだけど、弾幕の目的は移動制限だよ)
なのはからは、エリオが回避行動に移る姿と、エイブラハムが左腕のアンカーガンを床に撃ち込み、エリオの回避先に先回りするのが辛うじて見えた。もし二人と近距離で対峙していたら、一瞬見失うほどの速度で瞬間的に移動している。
超高速移動魔法のブリッツアクションを使用したエリオに対して、エイブラハムは魔法を使用していない。人間の潜在能力を発揮させることで可能になる動き。御神流の歩法『神速』と同格の技。
「_ッ!!」
魔法の気配すらなく、先回りされたエリオは驚愕の表情を見せる。そのスキを見逃さず、エイブラハムの左拳がエリオの脇腹に当てられる。
途端、雷光が走った。エリオのサンダーアーム、魔力から変換した電撃を体の一部に集中発生させ、触れたものに電撃を流し込む攻勢防御。
だが、電撃はエイブラハムの撃ったアンカーガンのワイヤーを伝って、床へと流れていく。
防御をすり抜けたエイブラハムは、ビシッと音を立てて床にヒビが入るほど踏み込む。
エリオの体がくの字に曲がった。
今度は御神流『徹』と同じ打撃法である。衝撃を表面ではなく裏側に通す撃ち方で威力を『徹す』打撃。
バリアジャケットのフィールドを飛び越え、体内で炸裂した衝撃に、エリオが膝から崩れ落ちた。エイブラハムは、いつの間にか抜いていた銃型デバイスで二発。
《エリオ、LIFE:0》
一発ごとにカートリッジをロードしたシュートバレットを頭に受け、エリオが撃墜された。
しかし、エイブラハムは攻撃の手を緩めない。今度は、バリアを発生させるプログラムに感染するウイルスを送信。
欺瞞誘導されたクロスファイヤーシュートを受けきったスバルに向かって、デバイスを向けながら左手を振るった。
「うおおおおお」
右手に装着しているリボルバーナックルを振りかざし、エイブラハムに突進していたスバル。だが、急に腕を引かれて失速する。見れば、手首部分の高速回転するナックルスピナーに、ワイヤーが絡まっている。エイブラハムが避雷針代わりに使ったアンカーガンのワイヤーである。
スバルの動きが乱れると、エイブラハムはワイヤーをパージ、シュートバレットを残ったカートリッジの数だけ放つ。
バリア発生を妨害するウイルスを検知していたスバルは、素早く前面にシールドを発生させて、これを防いだ。だがそれは、エイブラハムが付け入るに十分すぎる隙だった。
件の歩法でスバルの脇に回ったエイブラハムが、銃を放り出し拳を走らせる。人体の急所の一つ脇の下に当たったに見えたが、拳がスバルのバリアジャケットの上を滑っていく。スバルは体を捻ることによって、『徹』の打点をずらし威力を半減させることに成功した。
(スバルのストライクアーツの中にも、似たような打撃法、アンチェイン・ナックルがあったね。それの対策かな?)
なのはの思考の間にも、スバルが反撃する。左のバックナックル、エイブラハムが身を屈め躱し、指で突いてきた。しかし、強靭なフィールドを破れず、スバルにとっては押された程度、ダメージもない。
バックナックルの反動を生かして、体を半回転させたスバルは、リボルバーナックルに絡みついたワイヤーごと拳を振り下ろした。全身の回転で押し出された拳は、アンカーを引き抜いても威力を落さぬまま、床に叩きつけられた。
スバルの拳を、エイブラハムは大きく間を離して回避していたが、その足元に1発のシュートバレットが撃ち込まれる。
撃ったのはティアナだ。
誘導弾を奪われ利用されたティアナは、欺瞞誘導される余地のない直射弾での攻撃に切り替えた。距離を縮めたのは誤射を避けるためだ。
(ティアナには、誤射に苦い経験があるからね…)
なのはがアンカーショットで隣のビルから移動し、塔屋に陣取っているティアナを見る。
クロスミラージュの一丁をダガーモードに変化させ、中短距離どちらにも対応できるように身構えたティアナ。上空にはバリアジャケット姿のキャロを乗せたフリードが旋回している。
ティアナ達が、エイブラハムを包囲したようにも見えるが…。
「あ、あれ?なんで…!?」
スバルが突然崩れ落ちた。両手を床に付き、生まれたての小鹿の様にガクガクと震え始めた。予想だにしていない事態に、ティアナは一瞬気が取られてしまった。
瞬きする間すらない時間で、エイブラハムはナイフの抜き打ちから始まる4連撃を繰り出した。クロスミラージュのダガーを払った後に、間髪入れずに2撃目を背後から放ち、更に3、4撃目を別軌道で叩き込む。
《ティアナ、LIFE:0》
連撃を浴びて、ティアナが撃墜された。レイジングハートがなのはに報告を挙げるころには、エイブラハムはナイフをスバルに投げつけていた。
訓練用のダメージ判定プログラムは、スバルの首筋に当たったナイフに付与された魔法が、スバルに致命的なダメージを与えたとして、無情な判定結果を算出する。
《スバル、LIFE:80。LIFE:100未満のため、治療が行われるまで、活動不可》
エイブラハムが呟く。
「戦闘機人ってのは、すごいな。点穴まで、有るのか…」
『点穴』、全身に存在するツボを付き、内力の循環を操る技術である。初歩的なものはミッドチルダの整体施術で、体調を整える目的で使われている。が、エイブラハムが行ったのは全くの逆、内力の循環を止め、各種の身体機能を乱すために利用している。
(美沙斗さんも驚いていたよね。香港国際警防隊でも、会得している者は2人といない武術の奥義だって。魔法文明の人にとって、魔法に見えるかも…?)
冗談じみたことを考えながら、なのははキャロを見守った。
キャロは次の手を打てずにいた。キャロ自身も中距離射撃戦を行うことは出来たが、自分以上に中距離からの攻撃を得意とするティアナを制した相手に、正面から攻撃を当てる自信はなかった。フリードのブラストレイなら通用するかもしれないが、AAランク以上の砲撃魔法は味方を巻き込んでしまう。
「ここでは撃ちにくいか…。どれ…」
言ってエイブラハムは、残ったアンカーガンを使って隣のビルに移った。余りに無防備な動きだったため、キャロがかえって攻撃を躊躇していると、
「これで、撃てるだろ…」
撃って来いと挑発するエイブラハム。さすがに、機嫌を損ねた顔したキャロがフリードに命じる。
「フリード!ブラストレイ!」
キャロの命を受けて、フリードがその顎を開く。竜の強力な魔力が炎熱返還され、砲弾として形を成していく。
同時に、
「錬鉄召喚、アルケミックチェーン!」
キャロの声と共に鋼鉄の鎖が召喚され、エイブラハムに襲い掛かった。
砲撃魔法に意識を取られていたエイブラハムの反応が遅れた。無機物操作で操られた鎖が、投網のように動きエイブラハムを捕らえ拘束する。
ブラストレイのチャージが終了する。今まさに砲撃されるという時、エイブラハムが何かを呟いた。
「ファイア!!」
フリードが放った炎の奔流が、エイブラハムのいるビルに迫った。
ドゴオオオン!!
が、その途中で爆裂四散する。
ブラストレイの魔法プログラムに侵入したエイブラハムが、着弾時爆裂効果を意図的に暴発させた。キャロがそうと気が付いた時には、エイブラハムの姿が少し変わっていた。エイブラハムの背中ら大小6対の翅のような廃熱板が展開していた。
「見よ、すべて火をともす者、剣をつかむ者。その者は、自らがともした火の中に倒れ、自らがつかんだ剣の上に倒れるがよい」
飛び散ったはずの炎が、エイブラハムの言葉に誘われるように集まっていく。集められた炎は、パイロシューターに変わり、エイブラハムの周りに複数のスフィアが形成された。
「発動中の魔法プログラムを書き換えるなんて…」
目の前で起こったことが信じられずに呆然としているキャロ。
エイブラハムは更にパスワードを唱える。
「剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする」
こちらは魔法プログラムデータを破壊するウイルスのようだ。 アルケミックチェーンの鎖が力を失って落ちる。
エイブラハムがキャロに言った。
「感謝する。竜を落すには、俺の火力では難しくてな」
「__ッ!」
キャロがはっと気づくのと、パイロシューターが放たれるのは、ほぼ同時だった。
フリードが吠え、炎の魔弾をアクロバット飛行で回避したが、その余りの激しさにキャロはエイブラハムを完全に見失ってしまったようだ。
キャロがエイブラハムの位置を捕らえたのは、背後から組み付かれ、喉元にナイフを突きつけられた時だった。
なのはからはよく見えていたが、エイブラハムがウイングロードの魔法プログラムに侵入、強引に光の道を曲げ、フリードに飛び乗る足場にしていた。背中の翅は飛び移る際に、パージされ、魔力光を発しながら消えていった。
キャロのLIFEはまだ残っているが、これからどんな魔法を使うにしても、エイブラハムが止めを指す方が早い。捕獲されたと言っていいだろう。
「うん、ここまでだね」
フロントメンバー:行動不能1名 捕獲1名 撃墜2名
エイブラハム:戦闘継続可能
試合時間9分41秒
フロントメンバーの全員の戦闘不能につき エイブラハムの勝利