アインハルトが、ナカジマジムの格闘スペースに入ると最初に見えたのは、黒ずくめの男とヴィヴィオが対峙している姿だった。
男はヴィヴィオのフリッカーを軽く払い。男が放った抜き手に合わせたカウンターを、恐ろしい反応と蛇のような柔軟な動きで躱すと、ヴィヴィオの死角をついて背後に回り込む。アサシンのような男の姿に薄れていた覇王「クラウス・G・S・イングヴァルト」の記憶がフラッシュバックする。
『あれは危険だ!!』
覇王が経験したベルカ平定戦争。その際対峙した放浪民族の暗兵。
その者がオリヴィエを捕らえている。騎士甲冑を纏い身構えるが、それよりも、早く動いた者がいる。
黒髪をなびかせ、こちらも素早く武装した『リッド』がイレイザーを付与した鉄腕で拳を繰り出す。
暗兵はこれにも反応した。素早くオリヴィエを突き倒すと。『リッド』に対して迎撃の構えを取る。「ニャー」
誰かの猫型補助制御デバイスが、魔法プログラムに対しての不正通信をしている。と、警告する。
暗兵が顔をわずかに横にそらして、『リッド』の拳を避けようとする。だが甘い。「黒のエミリア」の鉄腕はかするだけでも、相手の命を刈り取る。受けも紙一重の避けができないのも、鉄腕の恐ろしさ…。
きわどい所で『リッド』の拳を躱した暗兵だったが、イレイザーの魔力が覆面を掠める。すると拳の勢いのまま、暗兵の覆面が引き裂かれた。覆面の下から変色した酷い傷跡のある顔が出てきた。しかし、暗兵は何の痛痒も感じていないかのように、『リッド』に掌底を放った。
(念話での魔法術式干渉!鉄腕の威力を落された!)
そう『クラウス』が判断した時、暗兵の掌底が『リッド』のコメカミを捉えた。『リッド』の体がビクッと痙攣したが、すぐさま体制を立て直す。両手には先ほどとは比べ物にならない魔力。「エミリアの神髄」の発動である。
だが、その隙を見逃すほど暗兵は甘くなかった。先ほどオリヴィエ相手に行ったように蛇のような動きで、『リッド』股の下を潜って背後に立った。恐ろしい柔軟さがあって初めてできる奇策のようなものだが、攻撃の空振り、視線誘導のフェイントと組み合わせられては、やられた相手からは消えたように見えるかもしれない。
「リッド!」
警告の声の前に、『リッド』は背後からの心臓に向かっての一撃を受け、今度こそ体を支える力を失う。
『リッド』を倒した暗兵は肘打ちの姿勢を取ったまま、動きを止めていた。
「覇王断空_ッ!」
『クラウス』が必殺の拳を放とうとした瞬間、懐に老人が潜り込んでいた。
背中から体を寄せ、覇王の踏み込み、膝の引きつけ、腰の切れ、肩の回転…。一撃に必要な主要な要素を全て封じられたかたちになっている。
「_くッ!」
老人の技術に驚愕し、『クラウス』の口から声が漏れる。間合いを放そうと、足に力を入れたところで…。
「それ以上はいかんよ。ボウズ。アインハルトに体を返しておやり」
「__ッ!」
言われて、アインハルトが我に返った。飛び退くために力を入れていた足から、突然力が抜けたためバランスを崩して、無様に尻餅を着く。
「キャッ!」
尻の痛みに思わずアインハルトが悲鳴を上げた。
女の子らしい悲鳴と、体の動かし方が女性的になったアインハルトを見て、エイブラハムは構えを解いた。足元に倒れている黒髪の少女の呼吸が確かなことを確認すると、ヴィヴィオに手を差し伸べながら、愚痴をこぼす。
「まったく、これだから古代ベルカの王族ってのは…」
ヴィヴィオはエイブラハムの手で引き起こされながらも、状況が掴めずに目をぱちくりしている。
「アナ、アビーくん、ヴィヴィオ、大丈夫?」
エイブラハムに声を掛けたのはなのはだ。足元には魔法陣。エイブラハムが危ないところだったら、バインド系の魔法でジークリンデ達を拘束する用意ができていた。
「問題ない。変身の魔法はとけてしまったがな」
言いながらエイブラハムは右目の周りをなでた。右目の周りには火傷痕に似た酷い変色がある。戦いの時ならば、それはエイブラハムを迫力のある顔にしてくれるのだが、一般的な受けが悪いので変身の魔法で隠している。この変身魔法は使用していることを気づかせない隠匿性は高いのだが、外部からの刺激に弱かった。イレイザーを付与した拳が掠めただけで、術式ごと見事に崩壊してしまった。
「え、え、なんで?ジークさんがなんで、アナタさんを?アインハルトさんも?」
「俺ではなくて、古代ベルカ時代のツィゴイナーでも、殴るつもりだったんじゃないか?」
エイブラハムが口に乗せたのは、ベルカの歴史では敵役として登場する放浪民族である。聖王や覇王は輝かしい武勇を誇った英雄とされるが、それを向けられた側からすると、虐殺者であり暴君である。
(しかし、当時の軽歩兵をモチーフにしたバリアジャケットに、『黒のエミリア』が反応した。て、ことは、『シュトゥラの覇王』を討ったのは、うちの民族だと言われているのは、あながち間違いではないのかもな)
そして、現代では聖王の関係者と仲良くしている…。
エイブラハムは歴史的な皮肉を感じながら、ジークリンデに屈みこみ、指で数度突く。
「けほぉ、ほ」
点穴の要領で内力を循環を良くしてやると、ジークリンデが意識を取り戻した。キョロキョロと周りを見渡すと、最初に目に入ったのがエイブラハム(傷あり)。
「___ッ!!ほんま、すんません!!!」
シュッバ!っと音を立ててジークリンデが額を床に擦りつけた。フワッとしたツインテールの彼女がやると謝罪の姿というより、ごめん寝のように見えてしまう。
「_ウチ、ご先祖さまの一部の記憶を継承してまして、それで…」
「黒のエレミアだろ、さすがに知っているよ、有名人。そっちのアインハルト、チャンピオンもな。そっちは、覇王イングヴァルトだったか…」
二人とも先祖の記憶を受け継ぐ記憶継承者である。古代ベルカの王族が自分の知識や思考を何とか残そうとした技術なのだが、今の様に力を暴走させてしまうこともある。事情を初めて聞いた時のエイブラハムの感想も、子孫に取り付く古代の亡霊。で、古代ベルカの王族へ対する評価が下がった。
「それでも、とんでもないことを…」
ひたすら恐縮してジークリンデが、チラチラとエイブラハムの顔を見てくる。リオ達も似たような視線をエイブラハムに投げている。エイブラハムもそこで合点がいった。
「ああ、これ(顔の傷痕)は君のせいじゃないよ」
いいながら変身魔法をかけなおし、傷痕を消すと、ジークリンデもホッとしたようだ。
「己の肉体は、己の魂だけのものじゃ、過去の記憶にふりまわされているようでは、二人ともまだまだじゃな」
尻餅をついてしまったアインハルトを立たせながら、レイが言った。
「脳震盪と心臓打ち、脳は言うに及ばす、心臓はリンカーコアの傍で最も神経網のある臓器…。どちらも古代の王の記憶が取り付きやすい場所じゃな」
周囲に説明するように、エイブラハムがやったことを、レイが言葉にした。
そのおかげで、ヴィヴィオにも分かった。エイブラハムは、ジークの中で暴走している記憶に衝撃を与えることで、『エレミアの神髄』を解除させていた。
「『神眼』と軟体の組み合わせ、そこを突く…。若いのによくできているのぉ…」
レイはニコニコと笑っているが、その声に上機嫌以外の何かが乗り始めた…。
「そう言う爺さんこそ、年の割には素早いな…。…ヴィヴィオのカウンター。教えたのは爺さんか?」
「さぁ、どうかのう…」
レイがヴィヴィオに『神眼』を会得させるために行った賭けは、かなり危険を伴うもので、ノーヴェや孫たちにばれると、怒りを買うと分かっているレイは誤魔化した。
しかし、エイブラハムは続ける。
「…ヴィヴィオの年で出来るってことは、それなりの教え方(止める気のない攻撃)をしたってことだよな」
エイブラハムの声に隠す気のない不機嫌が乗ると、ヴィヴィオ達の肌が粟立つ。
ヴィヴィオ達は、エイブラハムとレイを別の姿に幻視する。
レイにはどこまでも広がる草原の中、久しぶりにじゃれつく相手を見つけて、上機嫌に嗤う古龍を…。エイブラハムには、寒風吹きすさむ荒野に、不機嫌な顔をして佇む魔神をである。
ヴィヴィオ達はおろか、ノーヴェすら二人の激突は避けられたいと、覚悟した時…。
「アビーくん、ダメだよ喧嘩なんかしちゃ」
横からひょいっと、現れた天使が二人を諫めた。
「この話は前にしたでしょ。格闘技の事はノーヴェに任せてるって…」
「いや、今回はノーヴェ先生のことでは…」
「問題がある技なら、ノーヴェが止めています」
「しかしだな…、」
「自分は教えないって、公言しているのに、不満だけ言うのはずるいと思うな」
「ぬ…」
ズイっと、なのはに迫られて、エイブラハムの纏う雰囲気から強さが抜けていく。
(やれ、ああなってはいくら焚き付けても、相手はしてもらえんのぉ)
実はエイブラハムが入ってきた時から、武道家として興味を持ったレイは、立ち合いを申し込むタイミングを図っていた。この年になっても、こと武道に関しては血気盛んである。
レイが小さく落胆していると、
「じーちゃん、エイブラハムさんの言う『それなりの教え方』って、どういう方法なの?」
「え、大した方法ではないんじゃが…」
リオが瞳のハイライトの消えた笑顔で聞いてきた。レイの妻を怒らせた時と同じ表情をするリオに、レイが思わず後ずさりすると、
「あたしも興味ありますね、レイ師範」
ノーヴェが背後に立っていた。
「確かに、先生方に任せた方がいいな」
無双無敗の伝説の武術家が女性陣に袋叩きにされている姿に、なのはの主張が正しかったと、エイブラハムが一人納得していると、なのはが耳打ちをしてくる。
「アナタくん、そろそろ」
「ああ、そうだな。突然予定を変えてしまって申し訳ないが、聖王教会に向かう」
言いながらエイブラハムは、バリアジャケットを解除。普段着に戻った。
エイブラハムが答えると、なのはは愛娘に向き直る。
「ヴィヴィオ、今日、わたしは遅くなるかもしれないから、アイナさんに来てもらうね」
「え、今日はいつもの時間に帰るんじゃなかった?」
「海鳴であったことで、予定変更」
「うん、分かった」
なのはとエイブラハムは、連れだって本局に向かう。
「ヴィヴィオ、大きくなったな、力がなくて悔しいって言っていた子とは、思えない」
「ふふ、そうだね。でも、もう、四年も経ったんだよ」
「そうだな。そして、後処理に掛かった時間でもある」
「時間がかかってゴメン。なんて、言わないでね。アナタくんが、ヴィヴィオが、高町ヴィヴィオでいるためにがんばってくれていたから、今、こうしていられるんだから…」
「…そうか」
目の前にいるなのはの顔を見ながら、エイブラハムは、4年前、モニター越しに見ていたなのはの姿を思い出した。
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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