久しぶりに先生の故郷に来たせいだろう、彼女と初めて会った時のことを思い出した。
「Hi, boy. Your mom?(ねえ、ぼうや。君のママは?)」
荒野をさまよい歩いていた僕に先生が初めてかけてくれた言葉だ。彼女は砂よけ用の帽子をかぶり、砂塵にさらされた白衣を着ていた。胸のIDカードにはNGOの医師であることが示されていた。
ミッドチルダ語の意味は分かっていたが、母のことは言いたくなかったので黙っていると、今度はベルカ語で、
「Darf ich mit Ihnen sprechen?(ちょっとお話しできるかな?)」
再び黙っていると、
「貴方、言葉分かる?」
聞いたことがない言葉を言った。思わず聞き返す。
「What is Anata ?(アナタって、何?)」
ミッドチルダ語で聞くと、女は驚いた顔をした後、
「Anata is you in my home language(アナタは君よ、私の故郷の言葉で)」
『おい、何をしてるんだ』
突然、交代で対象を監視していた相棒から念話が入った。
『なにって、休憩中だ。交代時間まであと3時間は…』
懐かしい気分を邪魔されて、思わず右目の周りをなでながら返すと、相棒は焦ったように続けた。
『違う、すぐ側だ』
『しまった…』
新暦76年7月27日 AM1423
<第97管理外世界「地球」極東地区「日本」海鳴市>
「よーし、宿題今日の分は終りーー!」
「いえーーい!」
黒髪を短く切りそろえた少女が言うと、金髪で右目が緑・左目が赤の虹彩異色の少女が元気よく歓声をあげた。
二人とも出会って数日しか経っていなかったが、初めてできた従妹と言うことであっという間に仲良くなった。
黒髪の少女、月村雫がキビキビとした動きで問題集や参考書を片付けながら、従妹のヴィヴィオに言った。
「さあ、ヴィヴィオ、翠屋に行こう」
「うん、3時のおやつは、桃子ママのシュークリーム」
ヴィヴィオがその言葉を口にすると二人の顔が緩む。
焼きたてのサクサクのシュー皮、その香ばしさに包まれたたっぷりのクリーム・・・。じゅるり、と、思い出しただけで出てきた唾液を、二人そろって飲み込み、高町家なのはの部屋を飛び出す。
二人が階段を駆け下り、玄関に直行せずに縁側に向かう。縁側ではのんびりと麦茶を啜る雫の母、月村忍が庭で木刀を振るう二人の男を眺めていた。男は高町士郎と、月村恭也だ。雫にとっては実の祖父と父に当たる。
「あら、あなた達、宿題は終わったの?」
「うん!」
「バッチリです!」
「そう、じゃ、これから翠屋ね。携帯は忘れてないわね?何かあったら、すぐ連絡を入れなさい」
「うん、わかってるよ」
男たちも雫達が降りてきたことに気が付いていたようで、剣の訓練の手を止め雫達に向き直っていた。
「父さん、士郎父さん。翠屋に行ってくるー」
「行ってきますー」
雫が手を振りながら言った。士郎まで父さんと呼ぶのは士郎の外見が衰えず、お爺さんと呼ぶには違和感を覚えるからだ。
「楽しんできなさい」
「・・・車に気を付けろ」
ヴィヴィオも雫に続いて手を振ると、人好きのする笑顔で士郎が返し、そっけなく恭也が警めた。無愛想な恭也の態度だったが、情のない人ではないことはヴィヴィオも分かっていた。
「「はーい」」
二人は高町家を飛び出し、翠屋に走った。
「し、雫、ま、待って~」
数分も走っていると、雫の後に続いて走っていたヴィヴィオが、あまり上手くない日本語で、悲鳴のような声を上げた。足を止めないまま雫が振り返ると、ヴィヴィオと差がずいぶん開いて離れてしまっていた。
(これはいけない。わたしの方が3ヶ月お姉ちゃんなんだから、ヴィヴィオちゃんに合わせてあげないと…)
そう考えた月村雫は速度を緩めて、従姉妹になったばかりのヴィヴィオを待った。ミニスカートにキャミソールのヴィヴィオが、サラサラした金髪を揺らしながら走り寄ってくるが、かなり息が上がってしまっている。ヴィヴィオは余り体力がある方ではないようだ。
夏の太陽は無遠慮に照りつけ、雫の体力もハイペースで削られていたが、
(わたしは3歳のころから鍛えている『みかみりゅう』の剣士。この程度でネを上げてはいけない)
と、見栄を張って、やせ我慢した。
「も~、だらしないな。ヴィヴィオちゃんは」
「だって~、結構走ったよ」
季節は夏。海鳴市はその名の通り海に面した町で、海からの風は心地よかったが、それでもわたしが着ている半袖のワンピースと黒髪の短髪は汗で湿っている。
なのは達との約束は、翠屋に15時集合。歩いて行っても何とか間に合うだろうと雫は考えた。
(お喋りしながら、ゆっくりと歩いていくのもいっか)
と、ヴィヴィオに気を取られ前方不注意になっていた雫は、曲がり角の先にいた人物に気が付かなかった。
ドンッ!!ドンッ!
雫はその人物にぶつかり、後ろを走ってきたヴィヴィオに衝突されてサンドイッチにされる。
「むぎゅっ!」
「はわ!」
雫達は、すてん、と地面に尻餅をついて…、相手もよろめいて、近くの家の塀に左手をつく。
「!!!!!」
その人物、特徴のない容姿をした男が顔をしかめた。しかし、男はそれをすぐに消し、
「すみません、大丈夫ですか・・・・?」
雫達に左手を差し出そうとして、思い直したように右手を差し出した。
「あたた」
「ううぅっ!」
雫が男の手に惹かれ立ち上がると、次はヴィヴィオの番。
「・・・・・・?」
男がヴィヴィオを助け起こすとき、雫は男が少しだけ奇妙に口元を歪めたのを見た。なんだか、恭也(父)が意地悪をするときの表情に見える。後で聞いたら皮肉な表情と言うものらしい。
(なんだろ、このひと、ヴィヴィオの知り合い?)
ヴィヴィオも男の表情に気が付いたらしい。
「・・・えーと?どこかでお会いしましたっけ?」
「あー…、君、山田さんのところの娘さん…だよね?」
「…わたし、『高町』です……」
「…勘違いだったみたいだな…、失礼しました」
と、男が踵をめぐらす。
「あ…、ちょっと待って」
ヴィヴィオは男の腕を掴んで止める。
「…いっッた!」
男が苦痛の声を上げる。ヴィヴィオが思わず掴んだ男の左手のひらには僅かに血が滲んでいた。先ほど二人に衝突されよろめき、壁に手を着いた時に壁の金属部位で切ったのであろう。
「…はぁあ!ご、ごめんなさい」
「いや、イイよ。大したケガじゃない」
二人の反応で雫も男の怪我に気が付いたようだ。
「あ、怪我。ごめんなさい。さっき私たちがぶつかったときのですよね」
「ああ、でも、それも気にしなくていいよ。前方不注意はお互い様だ」
男は無事な右手で傷を扇いだ。左手の傷の血はすでに乾きつつある。
確かに大した傷ではなかったようだ。と、雫は思った。男の手の皮が、雫の父のようにぶ厚かったことも幸いだったようだ。
しかし、武道と縁のないヴィヴィオはそういったことは分からないようだ。心配そうな顔のまま言った。
「えーと、えーと、こういう時は…、…大人に助けてもらうのが、一番確実…」
そう言って、ヴィヴィオは名案を思いついたと手を打った。
「翠屋に行けば、ママが手当てしてくれるよ」
「あ、そうだね。確か救急箱ぐらいあったはず…」
雫もヴィヴィオの提案に賛成したが、男は違ったようだ。
「その大人の中に、私も入れてほしいな…」
そう言って懐の中からカーキ色で十字のマークがはいった布ケースを取り出す。ファーストエイドキットという小型の救急箱といえるしろものだ。そこから、消毒液と絆創膏を取り出し、ササっと手当てをしてしまう。
「ほら、もう大丈夫だろ」
絆創膏を張りながら男は言った。
男としては、放っておいても大丈夫と思っていた傷だった。が、子供に心配させたままにするのもどうかと思い、二人の目の前で手当てして見せたのだが、雫達はかえって恐縮してしまった。
「あの、本当にごめんなさい」
「ごめんなさい、手当ても出来ないで…」
「ああ…、えっと…」
ションボリとしてしまった二人を見て、男は二人がちゃんとした詫びを入れようとしていることに気が付いた。右手で右半面に触れながら男が聞く。
「あー、そうだな。じゃあ、この辺で手土産になりそうな名物があれば教えてくれないか?女の人が喜びそうなやつ…」
男の提案に二人がパッと顔を輝かせ、二人そろって声をあげる。
「「それなら!!」」
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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何卒よろしくお願い申し上げます。
ここの話のPV数がおもちゃ箱編では多めだったので、雫ちゃんの挿絵追加
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