「何見てるのよ」
「ああ、申し訳ない。あまりに、楽し気な会話が聞こえたものでね」
「それは、ど、う、も」
アリサが語気を強めたが、男は気にせず続けた。
「しかし、いいものをみせてもらった。…これが日本名物のツンデレと言うヤツか」
「違うわよ!だいたい、なにその名物!」
アリサが勢いよく立ち上がると、その弾みでテーブルの上のティーセットがガチャンと音を立てた。しかし、男は得心が行ったという顔をする。
「アア、そうやって男を罵るのが商売なんだな」
「違うっていっているでしょ!」
たまに大学で、「罵ってください」「蔑んでください」と、言い寄ってくる男どもから、「あたしはそんな趣味はしてないわよ!!!」と、逃げ回っているアリサは更に声を上げる。
そのまま、アリサが詰め寄ると、スツールから立ち上がりヒョイと避ける。
「おっと、私はくぎみー病ではないので、遠慮しておく」
言いながら、男は両手を上げて降参のポーズを取りながらレジの方を向いた。
男につられて、アリサも視線をレジに向ける。
「二人とも他にお客さんがいなくても、店内では暴れないでね」
アリサ達を注意しながら美由希は、金属製のシャープで伝票をトントンと叩いている。結構怒らせてしまったのかもしれない。
「あ、ごめんなさい」
「私は巻き込まれただけですよ、店員さん」
「喧嘩は両成敗です」
「おお、怖い、怖い。美人で強い看板娘か…。店員さん、仕事の終り時間はいつです?騒がしたワビといっては何ですが、食事に招待させて…」
「ダメ。お誘いはうれしいけど、フリーじゃないので」
「あなたのためなら。カレシさんと殴り合うのもやぶさかではありませんが…」
「ダ~メ、そうなったら、赤星さんの味方をしちゃう」
「おや、残念。そうなると私に勝ち目がなくなってしまうな」
「あ、やっぱりわかるんですか?」
「腕に覚えがあるつもりだったんだけどな。私もまだまだだな」
男は美由希に興味を持ったのか言い寄ろうとしたが、美由希にあっさりと振られる。
しかし、男は振られたにも関わらず、へらへらと美由希に愛想を振りまいている。よほど美由希のことが気に入ったらしい。
(しかし、腕に覚えがあるね…)
アリサには美由希達の武道や、なのは達の魔法のことはよく分からなかった。しかし、父のデビット曰く、鉄砲を持ったボディーガードを10人雇うなら、高町家の士郎、恭也、美由希の誰か一人に警護を頼んだ方が安心できると聞いていた。
アリサはすらりとした士郎さんや恭也さんもさることながら、美由希さんまでが大の男10人より頼りになるということは、ちょっと信じられなかった。しかし、父の人を見る目は確かである。
(まさかこいつも?)
アリサが改めて男を見ても…年の頃なら20前後、中肉中背の普通の男…というか特徴のない人と言った方が正確に思えた。少なくとも、強そうには見えない。
(強引に身体的特徴を上げるとしたら、ちょっと低めの鼻ぐらいだろうか?でもこれ長所じゃないわね。)
まじまじと男を見てしまったわたしの視線の意味を読み取ったのか、男は美由希さんに尋ねた。
「……店員さん、参考までに聞きますがどの位に見えますか?黒帯を貰えたりしますか?」
「うーん、そうだねー?」
美由希さんが小首を傾げ、男の頭から足までに視線を走らせる。
「私のやっているものに段位はないけど、師範代にはなれるんじゃないかな?」
「え、そんなに!?」
聞いていたなのはは感嘆の声を上げたが、正直言ってアリサにはあまりよくわからない。とりあえず、高校生ぐらいの時の美由希さんが、そう呼ばれていたような気がするので、師範と呼ばれる現在の美由希さんより、弱いという理解の仕方だった。
なあんだ。と、アリサは思ったのだが、
「おお、師範代!!」
雫が声を上げる。目をキラキラさせて、男と美由希さんの話に飛びついた。
「あのあの、わたし、小太刀二刀御神流の月村雫と申します。あなたは何という流派なんでしょうか?」
「え、流派か。あー、そうだな。私がやっているのは、この国で言うところの忍術みたいなもので、答えてはいけない。と、言う教えなんだ」
「忍術!!忍者、忍者なんですか!?」
雫は両親の仕事の関係上、ドイツで過ごしている時間も多い。あちらでも、サムライやニンジャは人気のコンテンツらしいので、雫も憧れみたいなものを持っているのかもしれない。
アリサやすずかから見たら、美由希たちが手裏剣みたいなモノを投げる姿を見たことがあるので、似たようなものじゃないかと思った。が、雫は違うものと認識しているらしい。
男はちょっと困ったように目を引き寄せたが、強く否定することもないと思ったのか、
「ああ、うん、そう、私は忍者のエイブラハム・ハーヴェイ、ってことで」
と、名乗った。
「忍者が名乗ってどうするのよ」
「え、そうなのか?漫画でシナチクは名乗ってたじゃないか」
アリサが思わずツッコミを入れると、男…、いや、エイブラハムはサブカルチャーの人気キャラクター『SYNACHIK-シナチク-』を喩にだして返してきた。どうもこの人は間違った日本観を持っているようだ。
しかし、この漫画中の忍者は、幼い雫には丁度良い喩だったようだ。
「エイブラハムさんは上忍ですか。中忍ですか?」
「うーん、どうだろう?中忍ってことはないと思うけど、鹿驚先生よりは弱いかもしれないな」
「おお、と、言うことは…、美由希さんは火影レベル」
雫の疑問に、エイブラハムが答えると、雫は得心が行ったと頷き。エイブラハムがそれに乗っかる。
「なるほど、そうなるのか。もう、店員さん、なんて呼べないな。店員様と、お呼びした方がよろしいでしょうか?」
「もう、お客さん。からかわないでください!!」
調子に乗るエイブラハムを美由希が少し大きな声で叱った時だった。
「あら、なになに、ずいぶん、賑やかな声がきこえるわね~。桃子さんも、混ぜてくれない」
そんなことを言いながら桃子が厨房の方からやってきた。手にはショーケース用トレイにいっぱいに並べられたシュークリーム。翠屋名物が焼き上がったようだ。
「さて、そろそろ、失礼するかな」
シュークリームの焼き上がりを待っていたエイブラハムが、手付かずだったチーズタルトを口の中に放り込む。途端、
「…ッ!!…ほぉぉぉ…」
目を丸くしたエイブラハムが感嘆の吐息を上げていた。
「気にっていただけましたか?」
「…いや、凄いです…、驚いた」
桃子がシュークリームを持ち帰り用の容器に入れながら尋ねると、笑いじわができるほどくしゃっとした笑顔で、エイブラハムが称賛した。桃子もその賛辞を笑顔で受け止めている。高町家の面々もニコニコと嬉しそうにしている。
エイブラハムは桃子にありったけの褒め言葉を言った後、シュークリームを受け取り、なのは達のいるボックス席に振り向く。
いや、エイブラハムの視線は雫とヴィヴィオに向けられている。
「雫と…、山田?」
「高町!!高町ヴィヴィオ!!!」
エイブラハムが言うと、ヴィヴィオがムキになって言い返した。
なのは達はヴィヴィオがムキになった理由が分からずキョトンとしていたが、エイブラハムは笑みを浮かべた。
「…フフ、二人とも、外に出るときは、誰かにぶつからないように…気を付けて」
「「…あう、…そうします…」」
エイブラハムの言葉に、二人が息の合ったリアクションをして。エイブラハムが悪戯が成功したような笑みを浮かべる。
(…笑うと、愛嬌のある顔になるわね。イタズラ好きっぽいけど…。)
なのはがエイブラハムに挨拶をする。
「ホントに娘がすみませんでした」
「いや、こちらこそ。それに、いい店を紹介してもらった。それじゃ…」
エイブラハムは翠屋をあとにした。
その後、なのは達はおしゃべりで盛り上がって、男のことは記憶の奥に押しやられていった。
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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